「貴族探偵」はいかに改造されたか?

ドラマ第10・11話 「なほあまりある」

2018.01.15 by SAKATAM

ドラマ「貴族探偵」全11話と、原作「なほあまりある」『貴族探偵対女探偵』収録)のネタバレがありますので、未読・未視聴の方はご注意ください

第10・11話 「なほあまりある」

放送日:2017年6月19日・26日
原作:『貴族探偵対女探偵』の第5話「なほあまりある」

○あらすじ

 「私の前で事件を正しく紐解くことができたなら、彼女の死の真相をお教えしましょう」――女探偵・高徳愛香に、師匠・喜多見切子殺害の疑惑を突きつけられた貴族探偵は、事件の解決と引き換えに真実を知らせる約束をする。
 事務所に戻った愛香のもとには、無記名の依頼書が舞い込んでいた。それは、シンガポールを拠点に軍需品の輸出で財をなす具同家が所有する別荘・星見荘に来られたし、というものだった。貴族探偵の罠かもしれないと疑いながらも、愛香は星見荘を訪ねる。
 星見荘では、具同真希の誕生日を祝う“スピカの宴”が行われようとしていたが、真希は星見荘に届いたという一通の脅迫状を愛香に見せる。それは、一年前の宴で起きた事故死の真相を知っているというものだった。そしてその夜、ついに事件が……。


○登場人物・舞台・事件の概要

[主要登場人物対照表]
原作ドラマ
高徳愛香高徳愛香(武井咲)
玉村依子玉村依子(木南晴夏)
具同弘基具同弘基(桐山漣)
具同真希具同真希(矢作穂香)
具同佳久具同佳久(辰巳雄大)
有岡葉子有岡葉子(南沢奈央)
国見奈和国見奈和(佐藤めぐみ)
平田平田早苗(高橋ひとみ)
緒方修(小松勇司)
貴族探偵貴族探偵(相葉雅紀)
執事・山本(松重豊)
メイド・田中(中山美穂)
運転手・佐藤(滝藤賢一)
秘書・鈴木(仲間由紀恵)

 原作の舞台は、高知県の沖合にある具同家所有の孤島・亀来島{かめぎしま}で、女探偵・高徳愛香以外の登場人物たちはウミガメの産卵を見物するために島を訪れ、やがて嵐の中で事件が発生します。ある種のミステリではおなじみの、警察の捜査の手が及ばない典型的な“嵐の孤島”ですが、そのままドラマにすると少なくとも“マル貴”の出番がなくなってしまいます*1し、ロケも大変になる割にあまり意味がない(?)*2ことを考えれば、舞台が変更されるのは妥当でしょう。

 ということで、ドラマでは神奈川県にある具同家の別荘・星見荘に舞台が変更されています。具同家が買い取る前は天文ファンに人気の観測スポットだったという星見荘では、星を見ながら具同真希の誕生日を祝う“スピカの宴”が毎年行われているという設定で、今回は(原作と同じように)折悪しく天候が崩れて星もあまり見えない中での“宴”となり、その後に事件が発生します。

 ドラマは星見荘へ行く前に、まず前回のドラマ第9話「こうもり」の結末――サルーンでの女探偵・高徳愛香と貴族探偵の“対決”の続きから始まりますが、その後、愛香が正体不明の依頼人からの招待状(と前金)を受け取って具同家のイベントに参加する展開は、原作をほぼ踏襲するものです。ただしドラマでは、愛香が貴族探偵を“告発”したために、依頼が“罠”ではないかという懸念が強まるのも自然な成り行きで、愛香は貴族探偵の秘密を探るために危険を承知で星見荘に乗り込む――ということで、事件が発生するまでを描いた第10話は全体的に、原作よりもサスペンス色が強い内容となっています*3

*

 事件関係者としては、具同弘基・真希・佳久・国見奈和・有岡葉子、そして使用人の平田(早苗)が原作とドラマに共通して登場しますが、原作では弘基・真希・佳久の三人ともいとこ同士で、物語に登場しない真希の兄が具同家の跡取りとなっているのに対し、ドラマでは弘基が具同家の跡取りで佳久と真希が兄妹という具合に、具同家の血縁関係が変更されています。加えて、ドラマの弘基は貴族探偵とも面識がある上に“政宗是正”の名前まで知っているなど、ドラマ第5・6話「春の声」と同じく上流階級が舞台となっていることを生かして、ドラマの軸につながる設定を用意してあるのがうまいところです。

 ドラマではさらに関係者として、(葉子と同じく)佳久の先輩という立場で一年前の“スピカの宴”に参加し、その際にジェットスキーでスピードを出しすぎて事故死したという葉子の恋人緒方修が追加され、(一年前には参加していなかった)葉子は単に佳久の仲のいい先輩というだけでなく恋人が亡くなった場所を訪ねてみたいという理由もあって、今回の“スピカの宴”に参加しています。

 一方、原作では最後まで事件に関わる玉村依子が、ドラマでは真希らに愛香を紹介したところで早々に“退場”してしまうのも大きな違いです。これは、依子の天真爛漫なキャラクターがシリアスな展開で浮いてしまうということもありそうです*4が、今回は――後述する貴族探偵の不在も含めて――愛香を“敵地”で孤立無援としてサスペンスのヒロインに仕立てるのが主眼でしょう。その依子は、愛香へのプレゼントとしてドレスを置いていきますが、愛香が“ドレスに着替えてディナーに遅れてくる”場面*5とそれに続くバースデーケーキの登場*6は、麻耶雄嵩ファンの不安感を煽る演出として見逃せないところです。

 貴族探偵の側に目を移してみると、原作は執事・山本らおなじみの使用人たちが不在のまま終わるのが大きな特徴ですが、ドラマ最終話とあってそういうわけにもいかないのは明らかで、使用人たちはいつもと同じように*7事件の捜査に加わり、推理を披露することになります。これは、ドラマ第4話「幣もとりあへず」で(ぎりぎりまで)使用人不在の展開がすでに使われていることからも予想できたところですが、使用人たちが最初から出ずっぱりでは原作の“最後のオチ”と整合しなくなるので、事件発生までは使用人たちとともに貴族探偵も不在という形で、“最後のオチ”につなげつつドラマ第4話との差別化も図り、さらに愛香が貴族探偵の秘密を探るのに都合がいい状況を作り出してあるのが実に巧妙です。

 かくしてドラマ第10話では、主役であるはずの貴族探偵がわずかな出番しかないという、ドラマとしては異例の事態になっています。が、冒頭のサルーンでの一幕の後、シンガポールから帰国した秘書・鈴木を出迎えて大詰めに向けて動いている印象がありますし、不在の星見荘でも再三にわたって貴族探偵の名前が出るなど、存在感は十分です。そしてドラマ第10話の終盤、星見荘で緊張感が高まっていくのと合わせるように貴族探偵が少しずつ近づいてくる様子をちらりと見せる、まったく予想もしなかったホラー映画風ともいえる演出がスリリングで、エンディング間際についに降臨したその姿――昏倒した愛香を抱きかかえて真夜中の星見荘を悠然と歩く、支配者然とした迫力満点の姿は圧巻です。

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 原作では二日目のディナーの際に、葉子が二年前に目撃したひき逃げ事件を思い出して語ったことが引き金となり、リゾート気分から一転して事件が発生します。しかしドラマではその代わりに、緒方の事故死が事件の発端に据えられているのが大きな違いで、“スピカの宴”を前に“お前が緒方修を殺したことを知っている”という脅迫状が星見荘に届くなど、最初から不穏な空気が漂っています。それを受けて、真希が貴族探偵に依頼しようとして断られ、次いで愛香に依頼してきた……ような話の流れになっている*8中、ディナーの席で脅迫状の存在*9とともに葉子が緒方の恋人だったことが一同に明かされ、一気に重苦しい雰囲気となります。

 そして起こる事件は、原作ではまず葉子が鈍器で殴殺され――発見の順序は逆ですが――続いて使用人・平田が自室で絞殺されたのに対して、ドラマではまず弘基が殺された後に葉子が殺され、さらにいち早く二人の死体を発見した愛香までが襲撃されるという風に、被害者が違うのが目を引くところで、殺害の順序をみれば事件の構図まで改変されていることも明らかでしょう。

 ドラマ独自の設定として、原作でのバラの花瓶の代わりに――おそらくはバラの品種の違いが見た目でわかりにくいため――星座の彫刻が各部屋に飾られていますが、獅子座の彫刻が弘基殺しの、また乙女座の彫刻が葉子と愛香に対する凶器となっています。また、殺された葉子が右肩を脱臼していたことから、葉子殺害の際には“もう一人の犯人”が存在したと推測されています。さらに葉子の所持品からは、緒方の“事故死”に関する弘基と奈和の会話が録音されたICレコーダーが発見されています。

 葉子の部屋に“ある人物”の痕跡が残っているのは原作もドラマも同様で、テラスから椅子まで続く〈濡れた痕跡〉――レインコートを使わなかったこと――はまったく共通ですし、(原作では鏡台の表板*10、ドラマではテーブルの)〈紅茶のシミ〉〈灰皿の紅茶〉、そして部屋に残った〈タバコの臭い〉もほぼ同じです。

*1: 現場が孤立することになったドラマ第4話「幣もとりあへず」では、鼻形警部補をあらかじめクローズドサークルの“内側”に配置しておくという手法が効果的でしたが、“いづな様”の儀式と違って具同家のイベントではそのような手法は難しいでしょう。
*2: 事件の謎解きには雨が不可欠ですし、基本的には屋内のみで話が進んでいくので、孤島らしい映像は行き帰りくらいになるのではないでしょうか。
*3: 当然ながら、原作にあった愛香・弘基vs貴族探偵・奈和のなごやかな(?)テニス対決も割愛されています(ドラマ第1話「白きを見れば」で貴族探偵のテニス姿の写真が登場しているのは、やはりこれを補完するためでしょうか)。
*4: ドラマ第5・6話「春の声」で愛香をすっぽかし、その後“お休み”が続いていたのも、この理由ではないかと思われます。
*5: 話の展開上は愛香が遅れてくる必要性が見出せないので、問題作『夏と冬の奏鳴曲』を思い起こさせるためのものと考えていいでしょう。
*6: 某作品の結末で大変なことになります。
*7: ただし、鼻形にもわかるほどに(?)捜査中の使用人たちの様子がおかしいのが今回の特徴です。
*8: 最後に明かされる依頼人の真相を考えると、真希は依子を介して愛香に依頼したと思っている、ということでしょうか。
*9: “スピカの宴”に貴族探偵を呼ぶつもりだった、という話から脅迫状の存在が明かされる流れがよくできています。
*10: 原作では、灰皿がテーブルの隣の鏡台に置かれていたため。

○原作の解決

 愛香の推理ではまず、葉子の部屋に残された数々の痕跡をもとに、その部屋に貴族探偵がいたことが明らかにされます。その手がかりとなるのは〈濡れた痕跡〉(レインコートを着なかったこと)、〈紅茶のシミ〉〈灰皿の紅茶〉、そして〈タバコの臭い〉(灰皿に吸殻がなかったこと)ですが、これらがそれぞれ、「白きを見れば」で他人が使ったスリッパを履こうとしなかったこと、「むべ山風を」でのコッタボス、そして「幣もとりあへず」での自前の携帯灰皿といった前の作品での出来事*11と結びつけられる推理は、連作の最終話ならではの面白い趣向といえるでしょう。

 しかし愛香はここで、コッタボスの痕跡――少なくとも〈灰皿の紅茶〉――がそのままにされていたことから、これまでの作品と違って貴族探偵が犯人ではないと明言し、さらに推理を進めます。これまでの多重解決を形式的に踏襲するとともに使用人の不在を補うかのような*12、三津田信三の〈刀城言耶シリーズ〉を髣髴とさせる“一人多重解決”が面白いところですが、あくまでも推理の途中経過という形を取ることで無理のない印象となっています。

 愛香が推理を披露する直前に、平田が殺害された理由からバラの入れ替えに至る推理がすでに示されているので、部屋のすり替えに思い至るのはさほど難しくないかもしれませんが、貴族探偵が訪れた時だけ部屋の主が入れ替わっていたという綱渡りのような真相がよくできています。そして、貴族探偵を欺くための部屋のすり替えトリックによって、葉子の部屋に残された貴族探偵の痕跡が“犯人の意図しない偽の手がかり”となり、他の登場人物や読者をミスリードすることになっているのが秀逸です。

 そこから先の犯人特定も、お茶の相手を貴族探偵に尋ねることはせず、代わりにこれまでの事件を通じて愛香が知り得た貴族探偵の性格を手がかりの一つとしながら、あくまでも推理によって奈和が犯人という結論を出していることで、これまでの意趣返しも含めたようなカタルシスを感じさせるところがあります……が、しかし。

 愛香を雇ったのが貴族探偵その人であり、愛香は使用人代わりだったという最後のオチは、当初から見え見えの感がありますし、一見意味深な“彼女は私の所有物{もの}だから”という台詞でもかなり露骨に示唆されている感があります。が、“貴族探偵対女探偵”の勝負が“女探偵”の勝利で終わったかのように見せておいて、やはり(これまで通り)貴族探偵には勝てなかったという結末は、連作のまとめとして絶妙といえるでしょう。

*11: 残る「色に出でにけり」はバラの展示会の話が、バラの花瓶を入れ替える必要性に関する推理で使われています。
*12: 最後のオチを考えると皮肉な気もしますが……。

○ドラマの解決

 ドラマでは、殺害の順序とICレコーダーに録音された会話などから、弘基殺しが緒方の“事故死”に端を発する葉子の犯行であることはかなりあからさまですが、それはカモフラージュで貴族探偵による口封じ――その意を汲んだ暗殺者“SUZUKI”こと秘書・鈴木の犯行だとする、アメコミ調の“HANAGATA no Souzou”がまず愉快です。

 その後、サルーンで愛香が推理を披露しようとしたところを執事・山本が遮り、これまで愛香の“誤った解決”の後に正しい推理を述べてきた慣例(?)を崩して使用人が先に推理する順序となり、しかも恒例の使用人たちによる再現ビデオがない――通常のミステリドラマのような“再現”映像が視聴者に向けて流されながら、その中に一人だけ“黒子”が登場する――という、異例づくし*13の展開が見どころです。

 執事・山本を中心に披露される使用人たちの推理では、まず弘基殺しについては葉子が犯人という妥当な結論で、一年前の“事故”の真相に始まり、葉子が脅迫状を送ってかまをかけ、奈和との会話をICレコーダーに録音して弘基に突きつけた末に、弘基が金で解決しようとしたことに激高して殺害した――というところまで、露骨に匂わされていたそのままといっても過言ではないでしょう。問題はそこから先で、葉子殺しについて奈和が“犯人”という推理が示されることにより、原作の真犯人が“誤った解決”の“犯人”へと変更されたことが明らかになるわけで、最後まで原作既読者にも気を抜かせない姿勢に頭が下がります。

 弘基を殺害した葉子が次に奈和を訪ねるのは自然ですが、そのままでは奈和の部屋が現場になりかねないところ、奈和が弘基と相談するためにひとまず葉子を追い返すという、自然な理由が用意されているのがうまいところ。かくして、“テラスにいた人物”が自室に戻ろうとした葉子と出くわして、葉子の部屋で紅茶を飲むという具合に、一旦は原作の路線に近づきながらも、やがて訪れた奈和と葉子が口論となり、奈和を殺そうとした葉子を“テラスにいた人物”が背後から止めたところで、奈和が凶器(乙女座の彫刻)を拾って逆襲したという、発見時の状況に合致したドラマ独自の推理に到達するところがよくできています。

 その“テラスにいた人物”が、“たとえ殺人者であっても女性を大切に”する性分であることは、(ドラマ第2話「加速度円舞曲」でもそうでしたが*14)前回のドラマ第9話「こうもり」で大々的に視聴者にアピールされていますが、そこで葉子を殺した奈和をかばおうとしたというのはいささか苦しいものがあります*15し、そのために(殺意がなかったとはいえ)愛香を襲撃したという推理は、“女性を大切に”と相容れないので論外といってもいいかもしれません……が、意図的とも受け取れる“誤った解決”なので、まあそこはそれ。

 いずれにしても、葉子の部屋に残された痕跡から“テラスにいた人物”が特定されるのは原作と同様ですが、執事・山本が〈濡れた痕跡〉から“誰が使ったかわからないレインコートを着ない人物”*16に、メイド・田中が〈紅茶のシミ〉〈灰皿の紅茶〉から“コッタボスをたしなむ人物”*17に、そして運転手・佐藤が〈タバコの臭い〉から“特定の銘柄の葉巻を好む人物”*18にそれぞれ言及する推理の分担によって、最終話にふさわしい使用人たち全員の見せ場となっています*19。しかもその際に、推理を語る使用人たちの背景に貴族探偵がぼんやりとフレームインしてくることで、映像的に“犯人”を暗示する演出が心憎いところです。

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 執事・山本が“高徳様の推理も同じでよろしゅうございますね?”と念を押し、貴族探偵が“言い訳などという雑事は、貴族のすることではない”と言い切る中で、愛香が披露する推理は原作での“一人多重解決”から、使用人たちの“誤った解決”の否定へと転じています。すなわち、自身の推理の途中経過を否定して真相に至る原作の手順から、使用人たちの“誤った解決”で“犯人(の一人)”とされた貴族探偵を救う*20形になっているわけで、愛香がついに一人前の“探偵”となることを強く印象づけることに成功しています。

 使用人たち(主に執事・山本*21)のお約束の台詞を逆用した“惜しいところまでいっていました”から推理を始める愛香は、葉子の部屋で紅茶を飲んだのが貴族探偵であることは肯定しつつ、その相手が葉子ではなく犯人だったとしています。この部分は原作とほぼ同様ですが、そこに弘基殺しを目的とした犯人が葉子をそそのかしたという、原作にはなかった“操り”による殺人が追加されているのが秀逸。目論見どおりに弘基は殺されたものの、録音された弘基と奈和の会話の続きで“事故死”の真相を知っていたことが露見し、葉子に問い詰められた真希が犯人――という推理も納得できるところでしょう。

 真希が葉子をそそのかした“黒幕”であれば、殺人幇助犯となる佳久が呼ばれるのも自然ですし、何よりも原作と同じ部屋のすり替えが、真希のお気に入りのスピカが含まれる乙女座の彫刻が凶器となったことで示されるのが鮮やか。メイド・田中による捜査情報のまとめでは、奈和が天秤座、真希が水瓶座、葉子が乙女座、愛香が蠍座とされていますが、パーティーの前に葉子が自室にいる場面で水瓶座の彫刻が映っていますし、パーティーの後には真希の部屋の乙女座も含めて各人の部屋にある彫刻がしっかり映され*22、視聴者に向けた手がかりの見せ方が巧妙です。

 真希がスピカへの思いを語る場面は、貴族探偵が星の話を振ったことがきっかけでしょうから、これが今回の〈御前ヒント〉と考えていいでしょう。その場に愛香はいませんが、(遅れてきたとはいえ)パーティーで話を聞く機会があったかもしれませんし、“スピカの宴”というネーミングから推測することも不可能ではないでしょう。

 愛香が犯人を指摘した後、貴族探偵が“人間は生まれ持った境遇を変えることはできない”と、珍しく突き放したような言葉を真希と佳久にかける*23のに対して、愛香が“誰だって、どこにいたって(中略)いつか絶対輝ける”と、(師匠の受け売りとはいえ)貴族探偵に代わって犯人のケアまでしてみせたことで、愛香が最後までしっかりと事件を解決したことがはっきりと印象づけられます。貴族探偵としても文句のつけようがない、探偵として見事な事件の幕引きといっていいでしょう。

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 さて、原作の『貴族探偵対女探偵』では第1話「白きを見れば」から第4話「幣もとりあへず」までの毎回、愛香が貴族探偵を“犯人”と推理する趣向が用意されているため、第5話「なほあまりある」で愛香の推理の前半、葉子の部屋にいた人物を貴族探偵と名指しすると“またか”*24という雰囲気になりますが、そこから愛香が貴族探偵を犯人ではないと断じて“一人多重解決”に突入する、“お約束”からの逸脱が一つのポイントであることは間違いありません。

 ところがドラマではご承知の通り、愛香が貴族探偵を“犯人”と指摘するのはドラマ第1話「白きを見れば」のみで、すでに“お約束”から逸脱しているともいえますし、そこに愛香のある種の“成長”を見て取ることもできるでしょう。そうすると、ここで“愛香が貴族探偵を“犯人”と推理する”ような演出を施すのは、あまり効果的ではない――むしろ逆効果といってもいいかもしれません。一方で、原作には登場しない使用人たちを、ドラマの大団円のために登場させる必要があるわけですから、原作での愛香の“一人多重解決”の前半を使用人たちに割り振ることで“お約束”からの逸脱を図るのは、一石二鳥の解決策といえるでしょう。

 いわば“先手必敗”の推理合戦において、今回は使用人たちが“先手”を取る必要がある――ということはすなわち、貴族探偵が解決を命じる前に自発的に推理を披露しなければならないわけですが、貴族探偵その人を“犯人”と告発する推理となればそれも自然ですし、直前に使用人たちの苦悩を描くことでより説得力を高めてあるのも周到です。結果として、愛香がついに“正解”したというだけでなく、使用人たちの推理を乗り越えて貴族探偵に“勝利”した(ように見える)ことで、事件解決によるカタルシスが原作よりも強まっています。

 一方で、使用人たちにも“傷”がつかないよう、愛香が指摘するように推理をわざと間違えたとも解釈できる余地を作ってあるのが絶妙。自分の信じる推理を語れ”という貴族探偵の言葉を重んじれば本気の推理だったということになりますが、今回に限って事件の再現ビデオがない――貴族探偵を演じるのはおそれ多い、ということかもしれませんが――のはそれが真相ではないことを暗示しているようにも受け取れます。また、推理を披露する前の使用人たちの苦悩は本物のようですが、貴族探偵の言葉にそむいて間違った推理を語る葛藤とも解釈できるでしょう。いずれにしても、実にうまい落としどころだと思います。

 しかし愛香であればともかく、使用人たちが貴族探偵を“殺人犯”と告発するのはあまりにも重すぎる*25ので、使用人たちの推理では貴族探偵の罪が“殺人幇助”にとどまるように、入念に事件を改変してあるのが見逃せないところです。すなわち、“葉子が犯人を襲おうとしたところを止めた”という状況を作り出すために、原作のひき逃げ事件に代えて緒方の事故死で葉子の側に動機を作り出す一方、葉子との関係から犯人と葉子の対決に同席しても不自然でない佳久を“もう一人の犯人”に据え、葉子の復讐相手とは別に犯人を用意する必要などから*26具同家の人間関係も変更し、真希を真犯人に仕立てた――というところまで、事件に関する改変の大半は“貴族探偵による殺人幇助”を演出するためといっていいでしょう。

 また、原作で各部屋のバラの種類を知っていたために殺された平田は、作中で愛香が指摘しているように貴族探偵の代わりに殺されたようなものですから、ドラマでは貴族探偵の印象が悪くなるのを避けるために、平田ではなく真希が自ら星座の彫刻を各部屋に飾ることで、生き残るように改変されたと考えられます。

*13: 異例といえば、メイド・田中による捜査情報のまとめを、田中本人ではなく鼻形が使って説明するところからして異例です。
*14: ドラマ第7話「ウィーンの森の物語」も女性が犯人ですが、これは“女性vs女性”(旗手真佐子と都倉光恵)となっているのでノーカウントで。
*15: ……と思いましたが、ドラマ第8話「むべ山風を」で推測したように韮山瞳が真犯人だったとすれば、これ自体はあり得なくもないかもしれません。
*16: ただし、原作「白きを見れば」スリッパの一件がドラマではカットされている――記憶の限りでは他に裏付けとなるエピソードはなかったはず――ので、執事・山本は“そのような性分の高貴なお方”と具体的でない表現にとどめています。
*17: ドラマ第8話「むべ山風を」で貴族探偵がコッタボスをやっています。
 余談ですが、紅茶をこよなく愛するメイド・田中としてはどう思うのか、少々気になるところです。
*18: “1997年キューバ産の葉”を用いた特注品ということですが、この銘柄も記憶している限りでは初めて明かされたと思います。どのみち臭いそのものは視聴者にはわかりませんし、他に喫煙者がいないことは示されているので、問題はないでしょう。
 ちなみに、原作では灰皿に吸殻が残っていなかったことが携帯灰皿につながる手がかりとなっていますが、ドラマの方ではドラマ第1話「白きを見れば」で依子の部屋に手がかり(吸殻)を残すために、貴族探偵が携帯灰皿を使わない設定になっている――ドラマ第9話「こうもり」のトレーラーハウスでどうするつもりだったのか気になりますが、ここでは運転手・佐藤が灰皿も持参していたということでしょうか――ので、この推理もなくなっています。
*19: ドラマ第1話「白きを見れば」での解決に対応する形になっているのが印象的ですし、紅茶はメイド・田中の、また葉巻は運転手・佐藤の担当なので、役割にふさわしい分担といえるでしょう。
*20: “実行犯”とされた奈和の方はスルーされていますが、後に貴族探偵が指摘しているように、一年前の“事故死”のことを考えれば“完全に無実”ではない、ということでしょうか。
*21: 運転手・佐藤はドラマ第9話「こうもり」でこの台詞を口にしていますが、愛香vsメイド・田中の推理合戦はドラマ第2話「加速度円舞曲」のみで、そこでの愛香の推理はとても“惜しいところ”とはいえませんし、ドラマ第8話「むべ山風を」では貴族探偵を“犯人”とした鼻形に憤慨していることもあってか、田中のみこの台詞がありません。
*22: 奈和の天秤座や愛香の蠍座と比べて、水瓶座と乙女座はぱっと見でわかりにくいところがありますが……。
*23: “生まれ持った境遇”が重要な貴族だから……ということもないではないかもしれませんが、愛香に解決の締めくくりを任せるために、あえて自分では“ケア”をせずに突き放した、といったところではないでしょうか。
*24: 原作「なほあまりある」で、愛香が貴族探偵を名指しした際の依子の表情の描写より。
*25: ひいては、視聴者の受け取り方として、使用人たちが“わざと推理を間違えた”という解釈に大きく傾いてしまうきらいがあります。
*26: 葉子の復讐相手と犯人を同一人物(葉子だけが殺される)とした場合、葉子の動機を裏付ける証拠(ICレコーダーの録音)が隠滅されるのは間違いないでしょう。そして、“貴族探偵による口封じ”を匂わせることを考えれば、葉子の復讐相手は具同家の跡取りが望ましいことになります。

○ドラマ「貴族探偵」の結末

 ついに事件を正しく解決した愛香に対して、貴族探偵はドラマ第10話冒頭の約束にもかかわらず、ぬけぬけと“真相の解明などという雑事に、貴族は加担しません”と言い残して去っていきます。後に明らかになるように切子の意向もあって、いつものように“雑事は使用人に任せておけばいいんですよ”とはいかないのが苦しいところですが、そこを使用人たちが“忖度”*27して愛香に真相を明かすことになります……が、その前に、愛香が事務所に戻ってきたところで切子の生存がまず明らかになります。

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 ドラマ第1話「白きを見れば」の冒頭では実在しているように見えた切子ですが、その結末では唐突に姿を消したかと思えばまた突然現れてレコードをかける――しかも切子も愛香も互いを無視するように――という、現実的な存在としては不自然な挙動を見せています。さらにその後も、奇妙なカメラの揺れとともにその実在を疑わせるような描写が続く一方、愛香が“切子の死”を認識していることが明らかになっていく*28ことで、某映画を思わせるような“死んだ人間が見える”映像ならではの叙述トリックであることがうかがえます……もっとも、ドラマ第2話「加速度円舞曲」の結末で切子が姿を消すとともにチョコレートが一つ消えているあたり、一筋縄ではいきません。

 後に明かされるように、隣室からの“壁ドン”が切子の仕業だったとすれば、ドラマ第1話の冒頭など切子が“いる”のに“壁ドン”される場面は“非実在”だと考えられます。それとカメラの揺れや消え方などを考え合わせると、第10話までの切子*29は“非実在”だったと考えてよさそうで、第2話の結末でチョコレートを持ち去ったのは隣室から侵入した貴族探偵ということになりそうです。

 しかるに、ドラマ第11話で事務所に戻った愛香を待っていた切子は、いつもと同じ“非実在”かと思いきや、愛香の手を取り、口紅の跡がついたワイングラスを残し、愛香へのプレゼント(“高徳愛香探偵事務所”のプレート)を置いていく――といった手がかりから、明らかに“非実在”ではなく物理的な存在であることがわかります。すなわち、これまでのように“存在しない人間が見えている”ように見せかけて実は“生きて登場していた”という、“一周回った”トリックになっているのが面白いところです。

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 やがて事務所に使用人たちが現れ、ついに真相の説明という雑事が始まります。まずは人形劇で、次いでドラマ第5・6話「春の声」の結末での切子と貴族探偵の会話の録画……かと思いきや、ここにきてまさかの再現ビデオ――しかも貴族探偵役として鼻形がサプライズ出演*30しているのが何とも愉快。映像と音声が違う*31気持ち悪い(苦笑)再現ビデオの最後には依子も登場し、(鼻形の挨拶の途中で止められたものの)大団円にふさわしい内容です。

 具同家の商売敵でもある政宗是正は貴族探偵とは別人*32で、探偵の仕事がきっかけで政宗是正に命を狙われることになった切子が、貴族探偵に助けを求めて“死んだふり”をすることになったという真相は、おおよそのところ想定の範囲内でさしたる驚きはありませんが、「月9」で麻耶雄嵩らしいカタストロフを見せられても反応に困る(苦笑)ので、ドラマを丸く収めるいい意味での予定調和ととらえるべきでしょう。巧妙なのは、切子だけでなく愛香も守られる対象だったというのはいいとして、これまで愛香を“打ち負かして”きた使用人たちの推理が“失敗のフォロー”に転化され、一気に後味がいいものになっている*33点で、よく考えられていると思います。

 最後には秘書・鈴木まで出現してリアル“ギリ”を演じてくれるサービスぶりで、愛すべき使用人たちならではの見事な“最後の挨拶”です。

*

 真相が明かされたとはいえ、最後はやはり貴族探偵との直接対決となるのは当然ですが、勇んで(?)サルーンを訪ねた愛香がそこで切子との久々の対面を果たすのは、視聴者としてもうれしいサプライズ。しかし切子がイタリアはピエモンテ州の貴族と結婚するというのもさることながら、ドラマ第10話で依子が“退場”した理由や、第2話での“イタリア人の彼氏”の話、果ては第1話で妙にポルチーニに詳しかったことまで、何気ないあれこれが伏線だったことに驚かされます。そして、切子が“女貴族探偵”となるところにはニヤリとさせられます。

 貴族探偵に礼を言いながらも事件を解決したことを誇る愛香に、依頼人の真相*34が明かされ、原作と同じく――“私の所有物{もの}に対して“私の道具”と表現は違いますが――愛香が使用人だったというオチが用意されていますが、原作と違って貴族探偵がきちんと“探偵さん”と呼んだことで愛香の気持ちが一変し、ドラマでは実に三度目となるアヴァンチュールのお誘いですか?”という問いに愛香が“はい”と答える、「月9」らしい決着に至るところがよくできています。

 そして最後の最後に鼻形がサルーンへ入ってみると、貴族探偵と愛香はおろか調度品まですべて消え失せてもぬけの殻で、鼻形が“いつの間に間に……”と困惑する結末はユーモラスですが、(サルーン本体はまだ残っているとはいえ)あまりにも鮮やかすぎる消失ぶりは同時に、ドラマ第7話「ウィーンの森の物語」での魔法の時間はおしまいという切子の台詞を思い起こさせます。満足とともに寂しさもしっかりと残すという意味で、最高の幕切れといっていいのではないでしょうか。

*27: 執事・山本は愛香への説明の中で、政宗是正との取引を“忖度”と表現していますが、むしろこちらこそが忖度というべきでしょう。
*28: ドラマ第1話の結末でも、愛香がポルチーニのパスタを一人分しか作っていないところに、切子の“不在”を認識していることは表れているのですが。
*29: 過去エピソードのドラマ第7話はもちろん、ドラマ第3話と第8話の回想シーンも別として、ドラマ第1話の冒頭と結末、第2話の結末、第6話の結末、そして第10話の序盤で事務所に登場しています。愛香が切子の“死”について本格的に調べ始めると同時に、“非実在”の切子の出現頻度が下がっている。
*30: 貴族探偵を演じるに当たって、エアピストルでオリンピック候補となった際の代表ジャージを着ているのが味わい深いところです。
*31: 音声は密かに録音してあったものをかぶせたと思われますが、貴族探偵と切子がノリノリでアフレコしたのかも、と考えると笑いがこみ上げてきます。
*32: 考えてみれば、第10話で具同弘基が“政宗是正”と“貴族探偵”を呼び分けていたことが、両者が別人であることを示唆する手がかりだったといえるかもしれません。
*33: 愛香は原作よりも二つ多く“敗北”しているわけですから、この効果は大きいと思います。
*34: ドラマでは真希が依頼人だったかのような演出が施されているので、原作未読者にとってはより意外だったかもしれません。事件解決直後には切子の“死”の真相に焦点が移ったため、うまくオチに配置されることになっているのも見逃せないところです。

○まとめ

 今回の原作「なほあまりある」は、舞台や小道具の変更はともかくとして、ミステリ部分はほぼそのままいけるのではないかと考えていたのですが、ドラマ第7話「ウィーンの森の物語」ドラマ第9話「こうもり」などのように大幅な改変ではないにせよ、この期に及んで事件の真相を改変してくるスタッフの意欲に脱帽。実のところ、ドラマ最終話らしく使用人たちを全員登場させる必要性からの改変が中心ではありますが、ドラマ全体の“軸”のまとめだけでなく事件の謎解きにも最後までしっかりと注力する、プロの仕事を見せてもらった感があります。

 ドラマの“軸”となる部分も最後までうまく引っ張った上できれいにまとめてありますが、原作と同じ“使用人オチ”に“探偵さん”という一言を加えることで、原作とは“反対方向”へ――愛香にとってのバッドエンドからハッピーエンドとなる「月9」らしい結末へ持ち込んだ豪腕にうならされます。





終わりに

 最後に、実によく考えられているドラマの全体構成――エピソードの順番についても触れておきます。原作『貴族探偵』『貴族探偵対女探偵』の収録作から適当に選ばれているわけではないのはもちろんで、ドラマの内容を振り返ってみるとこれ以外の順番は考えられない必然の配置といわざるを得ません。ということで、実際にどうだったのかはわかりませんが、ドラマがどのように構成されていったのか考えてみます。

[1]貴族探偵対女探偵
 「月9」枠でのドラマ化ということで、まずは貴族探偵に対するヒロインを登場させる必要がある――とすると、原作の半分に登場している上に毎回の事件に絡ませやすい女探偵・高徳愛香をヒロインの立場に据えるのは当然で、“貴族探偵対女探偵”の構図を全篇で展開するという方針は早々に固まったと考えられます。

 したがって、毎回の事件を多重解決に仕立てるという“茨の道”とともに、原作『貴族探偵対女探偵』と同じく「白きを見れば」で始めて*1最後に「なほあまりある」で締めることが、最初に決まったのは間違いないでしょう。

[2]貴族探偵の秘密
 原作を未読の視聴者が、正体不明の貴族探偵という不可解な存在に困惑することはまず確実なので、それを逆手に取って、“貴族探偵が何者なのか”を連続ドラマの軸の一つとして視聴者の興味を引っ張るようにするのは、十分に納得できるところです。

 幸いにして、原作では「春の声」「なほあまりある」の2篇が貴族に近い世界の物語なので、愛香が貴族探偵の秘密に近づく足がかりとしてそれらを使うことができます。「なほあまりある」[1]で最終話にくるとすれば、「春の声」はやはり真ん中あたりに配置*2してドラマのターニングポイントとするのが収まりがいいのではないでしょうか。

[3]師匠の事件簿
 貴族探偵の秘密を軸とするのはいいとしても、あくまでも原作を尊重する限りは、ドラマで勝手に貴族探偵の“正体”を作るわけにはいかないので、それに代わる――それでいて貴族探偵にも関わる――別の“真相”を最終話に用意する必要があります。そこでドラマでは、原作ではすでに病死している愛香の師匠を登場させ、その“死”が貴族探偵の仕業ではないかという疑いを盛り込んでありますが、これは同時に、貴族探偵の秘密を探る強い動機を愛香に与える*3点でも効果的です。

 そうなると、ドラマでは貴族探偵と師匠が顔を合わせる過去エピソードを用意し、ターニングポイントである「春の声」の次にやるというのは自然な発想でしょう。そしてどの原作が適切かと考えてみると、原作での“貴族探偵最初の事件”というだけでなくその内容からも、実質的に「ウィーンの森の物語」一択となります。というのも、(あくまでも最後には貴族探偵が解決することを前提としつつ)師匠の推理を弟子の愛香と差別化しようとすれば、愛香の推理と違って“誤り”がなく、なおかつ最後まではいかない“未完成の解決”が落としどころとなりますが、そのような“解決”ができる可能性があり、しかも推理を途中でやめても大義名分が用意できそうな原作は、他に見当たらないからです。

 [1][2]で順番が決まっている「白きを見れば」「春の声」「なほあまりある」を除外して考えてみます。
 少なくとも「トリッチ・トラッチ・ポルカ」「加速度円舞曲」・(ドラマ化されなかった)「色に出でにけり」「むべ山風を」「幣もとりあへず」は、推理を“未完成”とすることがまず不可能です。「トリッチ・トラッチ・ポルカ」「加速度円舞曲」「色に出でにけり」の3篇は、トリックの解明が犯人の特定に直結するので、真相解明まで至らせないためにはトリックの解明に“誤り”を組み込むしかありません。また「むべ山風を」「幣もとりあへず」の2篇は、どちらも“誤った解決”の途中で真犯人が除外されている――推理を途中でやめると“正解”が含まれない*4――のが困ったところで、“誤り”を排除するには原作と完全に別物になるほどの根本的な改変を施さざるを得ないでしょう。
 実際に放送されたドラマ第9話「こうもり」の内容をみると、唯一「こうもり」のみ“未完成の解決”を作ることができた可能性もないではない*5のですが、事件の状況や人間関係などをみても“そこ”で推理をやめる大義名分がありませんし、何より放送開始後の2017年4月24日の時点でも「こうもり」のドラマ化は決まっていなかったようなので*6、過去エピソードの候補にはそもそもなり得ません。
 それに対して「ウィーンの森の物語」は、ドラマ第7話「ウィーンの森の物語」「○改変の連鎖」で検討したように、多重解決の必要性による(それなりに)合理的な改変の結果として、密室トリックを解明しつつ“どちらかが犯人”という“未完成の解決”が用意される*7と同時に、家庭内の事件であってなおかつごく表面的には自殺とも解釈できるため、“どちらかが犯人”で推理を止めることで家族に考える余地を与える、という大義名分も成り立ちます。

 ということで、「春の声」に続く過去エピソードは「ウィーンの森の物語」以外に考えられません。

[4]もう一人の“探偵”
 ドラマ第8話「むべ山風を」「○ドラマの解決と結末」で検討したように、「むべ山風を」のドラマでは愛香に代わるもう一人の“探偵”を用意する必要があります。原作に存在しない人物を“探偵”に抜擢しなければならないという難題に対して、その人物を過去エピソードにも登場させてドラマの軸にも深く関わらせておく、というのは巧妙な解決策ですし、ドラマ後半の方が望ましいのも明らかなので、「ウィーンの森の物語」の次に「むべ山風を」がくるのも納得です。

 もう一つ、「○ドラマの“真相”?」で推測したように“隠された真相”を仕込む狙いがあったとすれば――原作の中では、容疑者が多い点でこの「むべ山風を」が最適ですが――貴族探偵(と使用人)が疑わしい行動を取ることになるので、その意味では貴族探偵への疑念がかなり強まった段階、すなわち――「こうもり」のドラマ化が未定の段階では――最終話「なほあまりある」の前あたりがベストとなるでしょう。

[5]愛香の推理の変遷
 今回のドラマ化には向かないと考えられる「色に出でにけり」*8を除けば、残る原作は「トリッチ・トラッチ・ポルカ」「こうもり」「加速度円舞曲」「幣もとりあへず」の4篇です。このうち、ドラマ化が決まっていなかった「こうもり」はとりあえず後回しとして、その他の3篇は適当な順番でよかったのかといえばさにあらず。その理由は、愛香の推理の内容に表れていると思います。

 愛香の解決備考
第1話「白きを見れば」不正解原作の推理に“減点材料”が追加されている
第2話「加速度円舞曲」不正解落石の狙いの一つ(アリバイ)以外は的外れ
第3話「トリッチ・トラッチ・ポルカ」一部正解和菓子屋でのトリックと、切断した首と腕をトリックに使った点のみ正解
第4話「幣もとりあへず」条件付正解(?)“後出し”のアリバイで否定されるものの、人物入れ替わりがなければ妥当
第5・6話「春の声」約半分正解密室トリックとその“犯人”は正解
第9話「こうもり」ほぼ正解画竜点睛を欠いたものの、メインの事件は正解
第10・11話「なほあまりある」正解使用人たちの推理を否定した上で真相解明

 少し補足しておくと、ドラマ第1話「白きを見れば」では改変の結果として動機に関する“誤り”と[謎の物音]の“無視”が追加され、原作の“誤った解決”よりも外れ具合が大きくなっているといえます。またドラマ第4話「幣もとりあへず」では――原作でもそうでしたが――田名部優と赤川和美の入れ替わりという“飛び道具”で真相が隠されているので情状酌量(?)の余地がありますし、ドラマで追加された手がかりを第1話のように“無視”することなく、それなりに説得力のある推理を展開しています*9

 こうしてみると、愛香の推理は大まかな傾向として正解に近づいていくようになっているわけで、これは明らかに偶然ではなく*10、愛香の探偵としての成長を描くために各エピソードが配置されていると考えるべきでしょう。第1話に追加された“減点材料”をみれば、すでに順番が決まっているエピソードも含めて、愛香の推理の外れ具合が調整されているということかもしれません。

 このように、ドラマ「貴族探偵」を制作するに当たっては、ミステリ部分、とりわけ多重解決をどのように処理するかが相当早い段階で綿密に検討されている節があり、うまくバランスを取ってドラマとミステリを両立させながら各エピソードを配置し、あまりつながりのない短編ミステリをしっかりと連続ドラマに仕立ててあるのがすごいところです。

 非常に面白かったのはもちろんですが、原作からの数々の効果的な改変をはじめ、(個人的には)どこをとっても非の打ち所がなく、実に完成度の高いミステリドラマだったと思います。ありがとうございました。A unde ces quatre!

*1: 実際に放送されたドラマの内容をみると、貴族探偵が(表向きは)ガスコン荘に泊まらなかったように改変されているので、貴族探偵以外の人物を“犯人”とすることもできた――と考えると、ドラマ第1話が「白きを見れば」でなくてもかまわなかったようにも思われます。
 しかしストーリーの面からみれば、愛香と貴族探偵が会ってから事件が起きる「むべ山風を」「幣もとりあへず」は、二人の初顔合わせにそぐわないところがあるので、やはり「白きを見れば」で始めるのが妥当でしょう。
*2: 原作でも、『貴族探偵』『貴族探偵対女探偵』と発表順に読めば「春の声」は五番目ですし、「なほあまりある」に対応するイレギュラーなエピソード――使用人の出番が表裏の関係にある――なので、半端な位置に置くよりは前後半の区切りとするのがふさわしいといえます。
*3: 原作「なほあまりある」には、“愛香は眼前の貴族探偵の正体を探る気もなかった。(中略)調査でもないのに、興味本位で他人を詮索するのは、探偵として失格だからだ。”という記述があります。
*4: 「幣もとりあへず」については、“男性のどちらかが犯人”で止めておけば“正解”が含まれることになりますが、推理の“第一歩”で終わりになってしまうので、解決としてはお粗末にすぎます。
*5: サルーンで目の前にいる“大杉”は無視しつつ、あくまでも“大杉道雄が犯人”と指摘するにとどめておけば、“誤り”は排除できるのではないでしょうか(証拠を求められると困ったことになりますが……)。
*6: 羽鳥健一プロデューサーのインタビュー記事「原作ファンが絶賛!? 月9『貴族探偵』プロデューサーと振り返る第1話&ドラマ化の裏側 (1) 原作者・麻耶雄嵩との約束は1つだけ | マイナビニュース」を参照。
*7: “特定の人物が犯行不可能”なアリバイと違って、密室は“誰にも犯行不可能”という状況なので、密室ものはトリックの解明(ハウダニット)と犯人の特定(フーダニット)を切り離しやすい傾向があり、それが「トリッチ・トラッチ・ポルカ」「加速度円舞曲」「色に出でにけり」(いずれもアリバイもの)との違いとして表れているといえます。
*8: 理由はこちらにも書きましたが、加えて、原作そのままの人物配置であれば“誤った解決”で貴族探偵を“犯人”とせざるを得ず、状況も含めてがらりと変えれば貴族探偵を事件に絡ませづらい――事件発生後に登場させようとしても、事件の様相が明らかに貴族探偵好みではない――ところも難点です。
*9: だからこそ、ドラマでは女将に“後出し”のアリバイが追加されて、愛香の推理がしっかり否定されることになっているのではないでしょうか。
*10: 後回しにされた結果として第9話に収まった「こうもり」が、ちょうど“ほぼ正解”にしかしようがない作品だった、というところは偶然かもしれませんが……。

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