Huanying xinshang Ding Fengzhang de zhuye



  沁園春

 
雪

            一九三六年二月
北國風光,
千里冰封,
萬里雪飄。
望長城内外,
惟餘莽莽;
大河上下,
頓失滔滔。
山舞銀蛇,
原馳蠟象,
原指高原,即
秦晉高原

欲與天公試比高。
須晴日,
看紅裝素裹,
分外妖嬈。


江山如此多嬌,
引無數英雄競折腰。
惜秦皇漢武,
略輸文采;
唐宗宋祖,
稍遜風騒。
一代天驕成吉思汗,
只識彎弓射大雕。
倶往矣,
數風流人物,
還看今朝。


******

沁園春
      雪

北國(ほっこく)の風光は,
千里 冰(こほり) 封じ,
萬里 雪 飄(へう)たり。
長城(ちゃうじゃう)の内外を 望めば,
惟(た)だ  莽莽(まうまう)たるを餘(のこ)すのみ;
大河(たい が )の上下は,
頓(とみ)に 滔滔(たうたう)たるを 失ふ。
山は 銀蛇(ぎん だ )を舞はせて
原は 蠟象(らふざう)を馳(は)せ,
原は高原を指す,即ち
秦晉高原なり

天公と 試(こころ)みに高きを 比べんと欲す。
晴たる日を 須(ま)ち,
紅裝と素裹( そ くゎ)とを 看れば,
分外(ぶんぐゎい)に  妖嬈(えうでう)ならん。


江山(かうざん)は 此(か)くの如(ごと)く  多(おおい)に嬌(あでやか)なれば,
無數の 英雄を引(ひ)きて  競(きそ)ひて腰を折らしむ。
惜(をし)むらくは 秦皇(しんかう) 漢武(かん ぶ )は,
略(ほ)ぼ 文采(ぶんさい)で輸(やぶ)れ;
唐宗(たうそう) 宋祖(そう そ )は,
稍(や)や 風騒(ふうさう)で 遜(ゆづ)る。
一代の天驕(てんけう)  成吉思((ジンギス))汗は,
只だ 弓を彎(ひ)きて  大雕(おほわし)を 射るを 識(し)るのみ。
倶(み)な 往(す)ぎに矣(けり)
風流人物を  數(かぞ)ふるには,
還(な)ほ 今朝(こんてう)を 看よ。

*****************

私感注釈

◎毛澤東の一連の長征詩詞の一。天公と陝北高原とを比べ、秦皇、漢武、唐宗、宋祖、一代の天驕・成吉思汗をも大したものではないと言い切った。実に気宇壮大な詞である。毛澤東自身の言葉で、「この雪の詞は、封建主義に反対するものであり、二千年の封建主義の反動的の側面を批判するものである。…末の三句はプロレタリア階級を指している。」と言っているが、ここは、政治から離れて、文学作品として自由に味わっても好いのでは無かろうか。

※沁園春:詞牌の一。双調。114字。平声の一韻到底。韻式は「AAAA AAAAA」。詳しくは下記の「◎ 構成について」を参照。逗が多いので要注意。

※雪:ゆき。大地を覆う大自然の力。古くからあって、抑圧してくるもの。人間社会で謂えば、長期に亘る封建制度であり、反動的な統治…とする。

※一九三六年二月:紅軍が陝西省の陜北根拠地にたどり着いた後。紅軍は江西省の井岡山や瑞金の根拠地にいたが、1934年夏に、国民党政府軍の数度に亘る包囲攻撃を受けた。やがて支えきることが出来なくなり、江西省根拠地から撤退し、苦難の長征の末、一年後、陜北根拠地にたどり着いた。その時の作。今日謂われている長征とは、複数の部隊が、複数の根拠地から、複数の経路を辿るという、異なった行程のもの全てを、統一した軍事行動と捉えているため、日時に幅(やずれ)がある。この時、毛澤東の部隊は陝西省に着いて、既に四ヶ月以上過ぎていた。その地、西清澗から黄河を越えて、東の方への出撃前の作。陝北根拠地に辿り着いた所も呉起鎮やその他の場所があり、後に延安へと移る。

※北国風光:北国の風景は。 ・北国:陝甘寧一帯を指す。南方(湖南省)出身である毛沢東にとっての冬の陝西・甘粛一帯。その風光に基づいて、上片の描写があり、下片の想像へと広がっていく。 ・風光:景色。風景。

※千里氷封:遙か彼方まで、氷が封じ込めている。 ・千里:遙か彼方まで。ずっと。広さ、長さのの大きいことを謂う。 ・氷封:氷で封じ込められている。

※万里雪飄:万里の彼方まで、雪が風に吹かれて、ひらひらと舞っている。 ・万里:長大な里程を謂う。「千里氷封」「万里雪飄」での「千里」と「万里」とはほぼ同義意で、遙か彼方まで。ずっと。広さ、長さのの大きいことを謂う。ただ、「千里」(○●)の場合は、詞譜上の●の所に当たり、「万里」(●●)の場合は、●●の所に当たる。それ故、両者の入れ替えは不可。 ・雪飄:雪が風に吹かれて、ひらひらとなるさま。

※望長城内外:万里の長城の内側と外側を望めば。 *「望長城内外」は、「望+長城内外」とする。ここの「望」は領字。「望」は「長城内外,惟餘莽莽;大河上下,頓失滔滔。」まで、本来かかっていく。 ・長城:万里の長城。「長城内外」万里の長城の内側と外側。国境の内外。嘗て長城は国境線であったので、長城外という語の響きには、「異郷の地、地の果て、天涯」等という感じがあった。蛇足になるが、「長城内外」に対しては「大江南北」。

※惟餘莽莽:ただ、広々と果てしないさまが残されている。 ・惟:ただ…だけ。=唯。曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。」とあり、唐の劉希夷『白頭吟(代悲白頭翁)』に「洛陽城東桃李花,飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色,行逢落花長歎息。今年花落顏色改,明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。古人無復洛城東,今人還對落花風。年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。此翁白頭眞可憐,伊昔紅顏美少年。公子王孫芳樹下,�C歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫�~仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」とあり、李白の『將進酒』に「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。天生我材必有用,千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。岑夫子,丹丘生。將進酒,杯莫停。與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。」とあり、中唐・白居易の『�闍瘁xに「自從苦學空門法,銷盡平生種種心。唯有詩魔降未得,毎逢風月一�闍瘁B」とあり、中唐・劉長卿は『尋盛禪師蘭若』で「秋草黄花覆古阡,隔林何處起人煙。山僧獨在山中老,唯有寒松見少年。」とあり、晩唐・杜牧の『懷呉中馮秀才』に「長洲苑外草蕭蕭,卻算遊程歳月遙。唯有別時今不忘,暮煙秋雨過楓橋。」とあり、後世、北宋・蘇軾の『江城子』乙卯正月二十日夜記夢には「十年生死兩茫茫,不思量。自難忘。千里孤墳,無處話淒涼。縱使相逢應不識,塵滿面,鬢如霜。   夜來幽夢忽還�ク。小軒窗,正梳妝。相顧無言,惟有涙千行。料得年年腸斷處,明月夜,短松岡。」と使い、司馬光『居洛初夏作』「四月清和雨乍晴,南山當戸轉分明。更無柳絮因風起,惟有葵花向日傾。」と使う。 ・餘:残す。余す。また、残る。余る。ここは、前者の意。 ・惟餘:ただ…を残して。・惟:は「ただ…のみ」。「惟」≒「唯」。盛唐・李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』に「故人西辭黄鶴樓,煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡,
惟見長江天際流。」「ただ一面に。それだけで余の物は見えない、ただそれだけで全てになる」の「ただ」。後出の「只識…」の「只」も「ただ」と読むが、趣が異なる。「只」は「それだけしか」という限定する働きになる。また、平仄上も違いがあり、「惟」は○で、「只」は●になる。それ故、「惟」と「只」とは換えられない。 ・莽莽:〔まうまう;mang3mang3●●〕広々したさま、果てしないさま。草深いさま。ここでは、前者の方。

※大河上下:黄河の上流や下流では。 *「大河上下,頓失滔滔」黄河の上流や下流では、寒気のため、たちまちのうちに河の水が凍り付き、水の滔々たる流れが失われる。 ・大河:ここでは、黄河を指す。「大河上下」で、黄河の上流と下流では。 ・上下:ここでは、上流と下流の意。

※頓失滔滔:(寒気のため、)たちまちのうちに(河の水が凍り付き、)水の滔々たる流れが失われる。 ・頓:頓(とみ)に、たちまち。(寒気にあって、)たちまちのうちに。 ・滔滔:〔たうたう;tao1tao1○○〕水が盛んに流れるさま。

※山舞銀蛇:(雪で一面に白くなった)山は、銀色のヘビをくねらせている(かのようであり)。 *「山舞銀蛇」で、雪が積もって白くなって連なる山々の形容。雪で一面に白くなった山や原野を、動的な表現をする。 ・銀蛇:銀色のヘビ。

※原馳蝋象:(秦晋)高原は、白い象(/カンボジアの象)を走らせた(かのようである)。 *「原馳蝋象」で、雪が降り積もった原野の形容。蝋象は白い象。ここは、初め「臘象」としていたが、臧克家より意味が分かりにくいとの助言で、「蝋象」と改めたという。「臘象」は「眞臘象」で「カンボジアの象」の意で、「蝋象」は、「白い象」の意。 ・原:原註にもあるとおり、高原を指しており、ここでは、秦晉高原のことになる。 ・馳:〔ち;chi2○〕はせる。走る。(車馬を速く)走らせる。 ・蝋象:真臘(現・カンボジア)の象。/毛沢東は、はじめは「ロウで作った象」の意で使ったか。

※「原指高原,即秦晋高原」:「『原』とは高原を指しており,即ち秦晉高原のことである。」「秦」とは陝西のことで、「晋」とは山西のこと。長征後、当時毛沢東が住んでいた附近。

※欲与天公試比高:お天道さまと、高さ比べをしてみたい(かのようである)。 ・欲与:…と…しようとする。 ・欲:…たい。…よう。 ・与:…と。「Aと(…する)」は「与A+〔動詞〕」とする。副詞などはその前に附く。 ・天公:(俗・現代語)天、天帝、上帝の意味だが、俗っぽい感じがあり、お天道さま、天の神様、という風な砕けた言い方に該当する。ここでは、空の意味。 ・試:(古・現代語)試みに。試しに。ちょっと。 ・比高:高さを比べる。両地点の高さの比率。

※須晴日:晴れた日を待って。 ・須:(現代語の書面語)待つ。

※看紅装素裹:あでやかな装いに白い絹の着物(=雪で包まれた原野)を看れば。 *節奏は「□+□□□□」で、「看紅装素裹」は「看+紅装素裹」とする。ここの「看」字部分は領字。 ・紅装:あでやかな装い。紅は、あでやか、美しいの意味。また、紅裝=紅妝で、婦人の化粧だが、ここでは、紅い太陽の意。作者・毛沢東は『爲女民兵題照』では「颯爽英姿五尺槍,曙光初照演兵場。中華兒女多奇志,不愛
紅裝愛武裝。」とする。  ・素裹:(女性の)白い絹の着物。 ・裹:〔くゎ;guo3●〕包む。包み込む。動詞。また、包んだもの。つつみ。名詞。ここでは名詞形で、雪で包まれた原のこと。

※分外妖嬈:とりわけ、なまめかしくあでやかである。 ・分外:〔ぶんぐゎい;
fen4wai4●●〕(俗・現代語)とりわけ。格別に。毛沢東の『采桑子・重陽』(一九二九年十月)に「人生易老天難老,歳歳重陽。今又重陽,戰地黄花分外香。   一年一度秋風勁,不似春光。勝似春光,寥廓江天萬里霜。」とある。 ・妖嬈:〔えうでう(えうぜう);yao1rao2○○〕なまめかしい。あだっぽい。あでやかである。なまめかしくあでやかである。

※江山如此多嬌:祖国の山河は、こんなにも美しい。 ・江山:祖国の山河。山河に、「祖国」の意が隠されている。「如此江山」は詞牌にもある。「齊天樂」のこと。 ・如此:かくのごとく。かくばかりに。こんなにも。 ・多嬌:とてもあでやかである。「多」は、とても、大層の意。 ・嬌:〔けう;jiao1○〕(女・子ども・花などが)あでやかで美しい。愛くるしい。

※引無数英雄競折腰:多くの英雄に競って(祖国に)尽くさせた。 *節奏は、「□□□+□□□□□」(「引無數+英雄競折腰」)となる。三字逗のところ。 ・引:…によって…する/させる/させられる。さそって。ひっぱって。 ・折腰:腰を折り曲げて挨拶をする。転じて、敬意を表すこと。ここでは、祖国のために尽くす、の意。

※惜秦皇漢武:残念なことには、秦の始皇帝や漢の武帝は。 *この句は「□+□□□□」の節奏。 ・惜:惜しむらくは。残念なことには。一字逗。 ・秦皇:秦の始皇帝。秦・始皇政(前259〜前210)のこと。以下、登場する人物名はそれぞれ、武を以て天下を治めた英傑名で、王朝を開いた者や中興の祖等である。 ・漢武:漢の武帝・劉徹(前159年?〜前87年)のこと。前漢の第七代皇帝で漢の黄金時代を築いた。

※略輸文采:ほぼ文才で負けて。 *「略輸文采」「稍遜風騒」:両者は基本的には同じ意になるが、「略輸文采」は
●○○●で、「稍遜風騒」は○●○○となっている。ここは、前者は詞調が「○●」のところに該当し、後者は詞調が「●○○」のところに該当するため、両者は入れ替えることが出来ない。 ・略:ほぼ。だいたい。 ・輸:〔しゅ(ゆ);shu1○〕(俗・現代語)まける。敗れる。劣る。 ・文采:文才。

※唐宗宋祖:唐の太宗や宋の太祖は。 ・唐宗:唐の太宗・李世民(599〜649)のこと。唐の第二代皇帝。貞観の治といわれる盛時を開いた。 ・宋祖:宋の太祖。趙匡胤(927〜976)のこと。宋の初代皇帝。

※稍遜風騒:いささか風流韻事で負けている。/やや文化面の政策では劣っている意。 ・稍:やや。いささか。 ・遜:ゆずる。負けていること・劣っていること。 ・風騒:風流韻事。『詩経・国風』と『『楚辭・離騒』から出ている。

※一代天驕成吉思汗:一時代中の最も有名な異民族の首長・ジンギス汗は。 ・一代:一時代中の最も有名な人物。 ・天驕:「天之驕子」の意で、匈奴(≒北方の異民族)の首長を指す。『漢書・匈奴傳』に「其明年(武帝が侵攻したので),單于遣使遺漢書云(單于は手紙で):『南有大漢,北有強胡。
胡者,天之驕子也,不爲小禮以自煩。…』…」とある。ここでは、モンゴル人を指すことになる。 ・成吉思汗:ジンギス汗。チンギス・ハン。モンゴル帝国の初代皇帝。(1162頃〜1227)。幼名はテムジン。金、中央アジア、南ロシアを征服し、モンゴル帝国の基礎を確立させた。

※只識彎弓射大雕:ただ弓を引いて、オオワシを射ることをしっているだけだ。/武力、武勇に優れているだけで、(その他のことでは、大したものではない)。 ・只:ただ…のみ。 ・識:しる。知識として知っている。「只識」は「只知」とほぼ同じ意味になるが、「只識」は
●●で、「只知」では●○になる。ここは●のところなので、書き換えは出来ない。 ・彎弓:弓を引き絞る。清・石達開『入川題壁』に「大盗亦有道,詩書所不屑。黄金若糞土,肝膽硬如鐵。策馬渡懸崖,彎弓射胡月。人頭作酒杯,飮盡仇讎血。」とある。 ・彎:〔わん;wan1○〕ひく。はる。弓を引き絞る。 ・大雕:〔だいてう;da4(・)diao1;●○〕オオワシ。また、大きなワシ。

※倶往矣:(上述の歴史上の人物の世は)みな、過ぎ去ってしまった。 ・倶:皆。 ・往:ゆく。すぎる。 ・矣:…た。…しまった。過去・完了・感嘆を表す。

※数風流人物:(現在、)英雄的な人物を数え上げる(には)。北宋・蘇軾の『念奴嬌』に「大江東去,浪淘盡、千古
風流人物。故壘西邊,人道是、三國周�カ赤壁。亂石穿空,驚濤拍岸,卷起千堆雪。江山如畫,一時多少豪傑。   遙想公瑾當年,小喬初嫁了,雄姿英發。�註�綸巾,談笑間、檣櫓灰飛煙滅。故國�~遊,多情應笑我,早生華髪。人間如夢,一樽還酹江月。」とある。 *「數」は一字逗で、節奏は「□+□□□□」、「數+風流人物」となる。 ・風流人物:プロレタリア階級。英雄的な人物。本来は、風雅な人物。風流人。粋(いき)な人。「數風流人物,還看今朝」:英雄的な人物を数え上げようとすれば、なおもまた 今朝を看よ。毛沢東自身の言葉で、「プロレタリア階級を指している。」と言ってはいるものの、「英雄を数え上げたいのなら、今日(の人(々))を看よ。」からでは、「今日の人(々)」とは「プロレタリア階級」よりも、1936年の作詞ならば、「紅軍戦士」の方が自然ではないか。或いは、「毛沢東」自身のこととしてもおかしくはない。詞の流れを見ていけば、王朝を開いた皇帝の名を列挙した後の展開なので、「革命家・毛沢東」とも…。当時の毛沢東は「今は、潜龍として野にいるが、必ずや雲を得て…」との気負いを詠ったともとれる。遙か昔、江西省から北の果て陝西省へと逃れて来た、その冬の寒い夜、ランプの下で、自らを奮い立たせるためそう書いたのだろう。今日、革命が成就し、毛澤東は、そう取られては些かまずかったので、わざわざ「プロレタリア階級を指している。」と言ったのかも知れない。想像である。

※還看今朝:なおも今朝(のプロレタリアート)を看よ。 ・還:なお。なおもまた。 ・今朝:革命を成就させるべく死闘を続けている今日(こんにち)を謂う。
                   ***********





◎ 構成について:
 沁園春  双調  114字  平声の一韻到底。韻式は「AAAA AAAAA」。脚韻は、「飄滔高嬌腰騒雕朝」で、第八部平声。

   ●○○,
   ●○○,
   ●●●○。(韻) 
   ●+○○●●, 
   ○●;
   ○●,
   ●○○。(韻)
   ●○○,
   ○●;
   ●○○●○。(韻)
   ○●,
   ●+○●,
   ●○○。(韻)


   ○●○○。(韻)
   ●●、○○●○。(韻)
   ●+○●,
   ○●;
   ○●,
   ●○○。(韻)
   ●○○,
   ○●,
   ●○○●○。(韻)
   ●,
   ●+○●,
   ●○○。(韻)
となる。
 
                    
2001. 1.16
      1.17
      1.18
      1.19
      1.20
      1.21完
      1.23補
2002. 6. 7
2013. 3. 8        



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