映画のページ
2002 USA 110 Min. 劇映画
出演者
Eminem (Jimmy Smith)
Kim Basinger
(Stephanie Smith - ジミーの母親)
Chloe Greenfield
(Lily Smith - ジミーの妹)
Brittany Murphy
(Alex - ジミーのガールフレンド)
Mekhi Phifer (Future)
Evan Jones
(Cheddar Bob)
Omar Benson Miller
(Sol George)
De'Angelo Wilson (DJ Iz)
DJ Head (DJ)
見た時期:2003年1月
この記事はもっと前に出す予定でしたが、延期になっていました。
今年最初の映画は Pigs will fly ということになっていたのですが、どういう幸運かその1日前に急に 8 Mile が当たってしまいました。当たらなくてもこの映画は見たいと思っていたので、文句は言わずに映画館に直行。まだ大風邪引いていたので、咳を止める薬を持っていきました。
去年最後の映画を見た映画館は館内全て視界がさえぎられるほどタバコの煙。窓は閉めきり、ドアには全て鍵をかけられてしまいました。看守は、失礼、映画館の従業員はその鍵に鎖をつけて、自分のズボンにつないでいました。ですから火事にでもなったら私たちは全員焼け死ぬところ。幸い火事にはならず、年を越えることはできましたが、私はその日から気管支炎。その後かなり長い間ひどい咳をしていました。今年の正月は井上一家も災難だったようで、寝正月という言葉が人形町のあたりからも聞こえてきましたが、こちらも同様。
さて、話を元に戻して。当たった映画館はベルリン映画祭などにも参加する大きな所。幸いこちらは普通の映画館らしくドアは非常口も普通の所も開けてあり、空調も良く、命の危険を感じないで過ごせそうでした。客の大半が喫煙者というような、焦ってしまうような事態も無く、無事に席へ。
かなり早めに席を予約したのですが、それでも端っこの方。なるほど・・・。というのはこの日は正月明けの二日。日本では三が日というのがありますが、ドイツは二日からは通常の営業。木曜日というのは新しい映画が始まる曜日です。それでラジオでもしきりにこの映画の紹介をやっていました。来ていたのもほとんどが若い人。私のような年寄りの顔は見えません。
そりゃそうです。主演がエミネムですからね。私が見たいなどと思っては行けない映画です。年寄りはイン・ザ・ベッドルームでも見ておとなしくしていればいいのですが、私はああいうのはあまり好きではありません。1度エミネムが歌っているところが見たかったのです。
実はエミネムなんて名前全然知らず、大ヒットしているなんて事も全然知りませんでした。ただ時々ラジオから歌の上手い美声の曲が聞こえて来るなあと思っていました。そしていつかちょっと「この人歌うまいね」と言ったらエミネムだと言われましたが、エミネムがグループの名前なのか、人の名前なのかも知らないありさま。暫くしたらまた別な曲。「この曲出来がいいね」と言ったらまたエミネム。どうやら定期的にヒットを出している人らしいです。 そんなことで名前を覚えたら、インターネットの芸能欄に母親が息子を告訴したとか、ガールフレンドがどうのこうのとか、公共の場では目立っては行けない、手の真中辺にある指が1本カメラの前で目立ったとか、公共の場で男性が見せては行けない体の部分をエミネムは一瞬衣服で隠すのを忘れたとか、ゴシップが載っているではありませんか。ふむふむと言っているうちに有名な音楽関係の賞を取ってしまった。なるほど才能のある人なんだと思い始めていた頃に、今度は映画を撮った、それもなかなかの出来だという話が耳に入って来たところ。そこへ今年の仕事日第1日目に映画が当たってしまったわけです。
映画の内容は彼の伝記みたいなものなので割愛します。スラムに近い住宅街、自動車工場などがリアルに描かれています。そして驚いたのがエミネムの俳優としての資質。自分の人生を自分で演じているのですから、簡単だろうと言いたいところですが、マライヤ・キャリーはこけました。エミネムをこの時だけ見た人は、彼が有名な歌手だなどと思わず、性格俳優だと思うでしょう。上手いです。無論彼に今すぐオースティン・パワーズ、ホビット、イカボット、フランクの役をあげたらこなせないでしょうが、8 Mile のジミー役はしっかりこなしています。
舞台はモータウンの町デトロイト。自動車工場が出て来ますが、景気はソウルが登場した時代とは雲泥の差。貧しい生活をしているのはアフリカ系の住民だけではなく、白人のジミーの家もかなりきつそうです。
ラップの世界はアフリカ系アメリカ人に主導権を握られている中、白人のエミネムが入るのはかなり難しそう。その中からどうやって・・・という話ですが、ラジオから流れて来るラップ・ミュージックと違い、テキストで首位を争うコンテストが行われます。凄い真剣勝負です。普通アメリカ映画はドイツ語に吹きかえられてしまうのですが、この作品ではラップのテキストの部分だけ英語が生き残りました。
アメリカでは文盲率が高く、アフリカ系の人たちは経済的理由から学校を断念せざるを得ない人も多いため、一般にレベルが低いとされています。しかしラップの世界を見ていると、かなり高等な文学を学校にもきちんと行っていない若者が楽々とこなしているので驚きます。韻を揃えながら、人にアピールする言葉を集めるのに知恵を絞っています。内容はきつい侮蔑の言葉が入っていたり、厳しい生活の状況を俗語、隠語を動員して語るので、上流階級のインテリが聞くと眉をしかめるかも知れません。しかし、これはどう見ても高等な文学活動です。その大半の担っているのがアフリカ系のアメリカ人。以前ソウルで一世を風靡したメロディー、リズムのエネルギーと才能が現代では大量の詩人を生み出していると私は考えます。
興味深かったのはエミネム演じるところのジミーがコンテストに備えて鉛筆をかじりながらテキストを考えているシーン。小さい字でメモを取って行きます。このテキストは200年後には博物館に「2000年代初頭の偉大な詩人エミネムの原稿」などという但し書きがついて陳列されるでしょう。
見ていてふと思ったのは、日本人も太古の昔から「57577、字余り」などと言ってこういう事をやっていたなあということ。過去のない男 のように相手を殴って怪我をさせる代わりに言葉で蹴り倒すのがラップですが、日本では夜這いの後電話の代わりに、使者をやって文(ふみ)を送ることが日常化していたわけです。和歌、俳句、川柳は今では世界に誇る文学に昇格。最近ではデンマーク人でも俳句を作ります。 ですからラップも200年ほどすると・・・。そんなに待たなくてもそろそろ本が出たりしている頃でしょう。
音響の方がとっつきやすい私には外国語で書いてあるテキストを理解するのはちょっとしんどいですが、感性の優れた若者が日常生活を次々と文学にして回っているというのは、凄い事だなと思います。その中の1人が美声と演技の才能にも恵まれ、しかもそれを披露するチャンスに恵まれた、という幸運の連続がエミネムだと考えています。
後記: アメリカだかイギリスのジャーナリストが文学の教授を呼んで来て、「エミネムを評価しろ」と依頼したそうです。そのジャーナリストは下層階級から出て来た、禁止用語を駆使するエミネムを懲らしめてやろうとでも思っていたようなふしがあります。ところが教授は私と同じようなことを考えていたようで、エミネムは偉大な詩人だといったような結論に達したそうです。エミネムの創造力は文学の専門家からもお墨付きを貰ったようです。
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