映画のページ
2007 USA 112 Min. 劇映画
出演者
Anthony Hopkins
(Ted Crawford - 航空エンジニア)
Embeth Davidtz
(Jennifer Crawford - テッドの妻)
Ryan Gosling
(Willy Beachum - 検事)
David Strathairn
(Joe Lobruto)
Rosamund Pike
(Nikki Gardner - ウィリーの将来の上司、ガードナー判事の娘)
Billy Burke
(Rob Nunally - ジェニファーの愛人、刑事)
Cliff Curtis
(Flores - 刑事)
Bob Gunton
(Gardner - 裁判官)
Fiona Shaw
(Robinson - ウィリー対テッドの裁判の裁判長)
見た時期:2007年5月
ホブリットはテレビ監督、プロデューサー、映画監督、脚本など色々な事をやる人です。作品数はそれほど多くありません。これまでに見た作品は
・ 真実の行方 (エドワード・ノートンがこれ一発で大いに名を上げた作品。スリラーとしての出来がいいです。)
・ 悪魔を憐れむ歌 (監督名を考えずに見ましたが、普段見ている他の作品と比べてもずっこける作品。意味するところを深読みして何かを解釈しないと分からない作品なのでしょう。)
・ オーロラの彼方へ (子供向きの与太話ですが、気に入っています。)
で、1996年からの作品を3本続けて見たことになります。監督の名前で選んで見たのではなく、今回チェックしてみたら3本連続だったことが分かった次第。
Fracture は真実の行方の流れをくむ作品で真実の行方のローラ・リニーと似たイメージの女性が出て来ます。中心人物の1人ウィリーの職業も真実の行方の中心人物と同じく 法律関係。しかもその法律関係者が頭のいい、黒に限りなく近いテッドにしてやられ、困った立場に立つという点も似ています。テッドがやったに違いないのにうまく証明できないという点でも真実の行方と同じ系統の作品です。言わば監督が自分の作品を自分でパクったと言えますが、両作品の間に別なジャンルの作品がいくつか挟まっていますし、真実の行方と突き合わせて比べて見ても同系統であるというだけで、連続して見ても退屈しません。逆に言うと、ここまで範囲を狭めた上で2つのちゃんと見ていられる作品を作ったという点では実力者です。
事の起こりは名を成した有能な飛行機のエンジニアが自分の妻を射殺という出来事。普段は事故原因を突き止めたり、設計ミスを検査したりする仕事をやっています。機械関係では細かい所まで神経の行き届く人です。懐具合もかなり良さそう。彼の妻は本名を明かさないである男と不倫中。射殺しようと待ち構えていた夫のいる自宅へ帰宅。死なずに済みはしますが、顔を撃たれ、弾丸が脳に達し昏睡状態。銃声を聞きつけた人が警察を呼び、自宅に立てこもった夫を説得すべく交渉人の刑事が出て来ます。
映画を見た直後に日本で人質立てこもり事件が起き、交渉人が犯人を無傷で取り押さえたとのこと。これまでは映画でしか知らなかった職業ですが、初めて実際に機能しているのを見ました。
刑事のロブは説得中容疑者テッドと一緒に自分も銃を下に置くということで話がまとまり、家の中に1人で入り話し合いが始まります。ロブはまだテッドの妻に息があるのを発見。同時に彼女の顔を見て逆上します。何と倒れているのは不倫の相手だったのです。興奮してテッドに飛び掛り、逮捕。現場検証に立ち合わせてくれと頼むテッドと今見たばかりの重態の女性に困惑しながらもロブはテッドを追い出しませんでした。
事件はテッドの自白と現場にあったピストルなどの物証が揃い、検事の手に移ります。大エリートで百発九十七中の若い検事ウィリーには楽勝に見えます。
ここまでで観客はすでに Fracture に魅了されるかも知れません。事件はカリフォルニアで起きているのですが、これまでのハリウッド映画が描いているカリフォルニアとがらっと趣きを変えて、素敵な住宅街、緑の環境、欧州風の建築などを見せています。これまで私が見た映画に出て来るカリフォルニアは乾燥地帯のようで、車は渋滞、スラムも出て来ることが多く、住んでみたいとは思いませんでした。監督はまったく逆にして、木の茂る緑の土地として描いています。そのため私は最初のシーンから裁判が始まるまで「これはいったいどこなんだろう」と考え続けていました。裁判が始まると、テッド・クロフォード対カリフォルニアの裁判になるので、はっきりします。
検事というのがまだかなり若いウィリー。有能なだけではなくコネもたくさんあるため引く手あまた。検事などという給料の少ない公務員の仕事は辞めて、民間のスター弁護士になってはという誘いもあるようです。最近決心をして、間もなく民間の法律事務所に変わる決心はもうついています。 しかしこの事件には検事として取り組みます。毎夜毎夜パーティーなどもある上、証拠、自白が揃っているので大した準備をせずに裁判にやって来ます。
手続きをやっている段階で、テッドは弁護士を拒否。自分で弁護をやると言い出します。たまにはこういうことも許されているようで、日本人でも例があるようです。テッドは航空力学や技術的な方ではかなり頭がいいらしく、法律も言葉は素人ですが、論理は裁判について来られるので、そういう形で裁判が始まります。
普通の弁護士なら「異議あり」と言う所で言わなかったりもするので、ウィリーは楽観しています。ところが終わりの方でテッドの爆弾発言。妻と担当刑事が不倫をしていたと言い出し、そのために自白も証拠も無効だと言うのです。現場検証に立ち合わせろと言い出した効果がここに現われます。
こうなると《証拠不充分》が浮上して来ます。被害者と担当刑事の間に利害関係が成立と解釈できます。テッドとは対立関係になるので、《捜査が公正でない》という疑いが生じるのは検察側にとっては致命的。さらに物証がおかしくなります。テッドの家には未使用の銃弾があり、4発だけ欠けています。家の中には弾が4発撃たれた証拠があります。テッドが正式に登録して犯行の1ヶ月前に購入した銃は見つかっています。足りないのは線条痕。テッドの銃には発射された形跡がありません。硝煙反応も無し。テッドは犯行後警察が到着する前から家にこもっており、それには目撃証人がいて、外に出たという証明はできません。検察側は2対0で負け。あろうことかテッドは無罪放免になってしまいます。
ここで素人の私にはちょっと疑問が。交渉を担当する刑事が何であんなデカイ拳銃を持っていたんだろうという点。交渉人というのは防弾チョッキは着ていても、拳銃は持っていない場合すらあるのではと思っていました。ケビン・スペーシーの影響が強かったのだと思います。口八丁のみ、手八丁無しで事件に当たるものと思っていました。それにあんなデカイ拳銃の弾を受けると被害者はかなり大きな傷を受けて、命は助からないのではとも思ったのです。まるでダーティー・ハリーかというような重そうな銃でした。テッドはかなり近くから撃っているのです。(突っ込み終了)
ここから後はかなりの部分がネタばれになってしまうので別なページに書きます。ばれてもいいという方だけこちらへ。
ま、あれこれあって事件は解決するのですが、真実の行方をご覧になった方は共通点が多いのに気づかれるでしょう。それを二番煎じに見せず救っているのはアンソニー・ホプキンスとライアン・ゴスリングの掛け合い漫才。敵同士なのにお互いを尊重し、認め合うユーモラスなシーンが何箇所かあります。それを出せる俳優と出せない俳優というのがあるでしょう。ホプキンスは長年の貫禄でそういうのは軽いです。対するゴスリングは Fracture ではお惚け役で、うまく受けています。ゴスリングの演じるウィリーは頭と要領がいいのでどんどん出世はしていますが、まだ仕事に毒されるほどの経験が無く、道を踏み外していません。それを見抜かれて言わばテッドに《採用》され、前3分の2ほどの間振り回されます。凶悪な殺人未遂事件でありながら漫才にしてしまうということは監督に余裕ができたということなのかも知れません。
ホプキンスは横着をしてハンニバル・レクターそのままで出て来ます。まるでレクターが欧州の後またアメリカに戻ってそのまま生活しているかのようなイメージです。レクターで世間に流布しているイメージを自分の方から積極的に利用して、テッドの怖さを二乗させています。私がチャーミングだなと思ったのは彼が高性能のスポーツカーを乗り回すシーン。撮影ではホプキンスが乗っているのではないでしょうが、主人公の性格を表現するのにいい方法です。もう1つテッドの性格をうまく表現しているのが自分で作ったというおもちゃ。こういうおもちゃの前に立つと私は魅了されてしまうのですが、面倒で自分で作る気にはなりません。それを作ってしまえるほどきっちり屋だということでテッドの性格を表現しています。
ゴスリングは5年ほど前、サンドラ・ブロックの映画で、テッドが若い頃はこんなだったかと思えるような頭のいい犯罪者を演じています。Fracture では感情を直接怒りで表わさず、勝っても負けても笑顔。以前のアメリカ映画界ですと、こういうタイプの人は表情が乏しいとか言われて首になったりしたものですが、ゴスリングは笑顔でありながら負けた時は悔しがっていると観客に伝える技は持っています。
冒頭にイケメン刑事と浮気をする妻のシーンがあるのですが、なぜこんなに恵まれた生活をしていて、こんなに頭のいい夫を持った人が浮気をと思います。しかしテッドの性格描写によってこの女性が何を求めていたのかがちらりと伺えるようになっています。何もかもが完璧なテッドが自分だけの能力で得た富だったのです。彼女も彼の家具や調度品の一部だったのでしょう。その調度品がたとえ1日に1時間、2時間でも自分勝手な事をするのは許せなかったのではと思います。離婚も話し合いもせずなぜいきなり殺人なのかと思いましたが、テッドのエゴがそういう結論に行かせたのでしょう。普通なら金持ちの夫人の浮気の後は弁護士が話し合って離婚で済みますからね。
最近成功者の夫や富豪が正式に去って行く妻や妻の不倫にクレームをつけている作品や、実際の出来事をちらほら目にするのですが、不倫にはもう1人男が絡んでいるという視点が抜けていたり、飾り物扱いされることを嫌がり去って行く人がいるという視点が欠けていたりします。女性を人生の伴侶として選んだのではなく飾り物なのだとすると、その男性は精神的な空洞はどうやって埋めるんだろうと考えてしまいます。殺人がはけ口になるのでは、周囲は困ってしまいます。ここ10年ほどで大成功したホプキンスは最近幸せな結婚をしているらしく、物事をあまり深刻に考えないそうです。奥さんに裏方の仕事を頼んでいるらしく、飾り物ではないようです。
後半になるにつれ音楽の効果もあってヒッチコックを思い浮かべました。人が窮地に陥って、そこからハッピーエンドに持ち込むといった流れになりますが、ヒッチコックの時代とは違うので、ハッピーエンドかどうかは見る人の解釈に左右されます。真実の行方と Fracture を見ると監督が安い給料で仕事をしている検事などに共感を抱いていることが見え隠れします。Fracture でもウィリーは「あんたのようにはなりたくない」などと言っていた先輩と同じ安月給の道を歩み始めます。そういう意味ではウィリーの良さは失われず、ハッピーエンドです。
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