百二關河草不橫,
十年戎馬暗秦京。
岐陽西望無來信,
隴水東流聞哭聲。
野蔓有情縈戰骨,
殘陽何意照空城。
從誰細向蒼蒼問,
爭遣蚩尤作五兵。
******
岐陽
百二 關河(くゎんが) 草 橫たはらず,
十年 戎馬(じゅうば) 秦京 暗し。
岐陽(きやう) 西を望むも 來信 無く,
隴水(ろうすゐ) 東に流れて 哭聲(こくせい)を聞く。
野蔓 情 有りて 戰骨に 縈(まつは)り,
殘陽 何の意ありてか 空城を 照らす。
誰に從ひて 細(つまびらか)に 蒼蒼(さうさう)に向かひて 問はん,
「爭(いかで)か蚩尤(しいう)をして 五兵を作らしめしか」と。
◎ 私感註釈 *****************
※元好問:金の文学者。字は裕之。号して遺山。1190年~1257年。北魏の拓跋氏の家系。なお、当時の金は、満洲、華北、華中をおさえていた。
※岐陽:〔きやう;Qi2yang2○○〕1231年、岐陽がモンゴル軍に落とされたとの知らせを聞いての詩作三首の其二。金がモンゴルに滅ぼされる三年前の時になる。岐陽は、鳳翔路にある城市。長安の西150キロメートル。鳳翔路にある。岐山の南の麓に岐陽鎮がある。『中国歴史地図集』第六冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)57-58ページ「金 京兆府路 鳳翔路」。現・陝西省鳳翔県の東。
※百二關河草不橫:秦の地(関中:現・陝西省)は古来多くの関に守られて堅固であったが、金軍は対モンゴル軍への防禦態勢をとっておらず、軍馬の配置がなされていなかった。或いは、秦の地(関中:現・陝西省)は古来多くの関に守られて堅固であり、侵略を受けたことがない。 *秦の地(関中:)は盆地になっており、周りが山で囲まれているため、山の鞍部や峠に関所ができ、堅固な防備体制になっている。 ・百二山河:山河が堅固な関中の地。秦の要害。『史記・高祖本紀』に「陛下得韓信,又治秦中。秦,形勝之國,帶河山之險,縣隔千里,持戟百萬,秦得百二焉。」に基づく。その場合の「百二」は、その後に続く「齊…地方二千里,持戟百萬,縣隔千里之外,齊得十二焉。」とともに割合、比率をいう。二人で護れば、百人に敵することができる堅固な地勢。その読み方については、『史記・高祖本紀』の古註に詳しい。「一人當關萬夫莫(開)」ということ。我が国の唱歌「箱根の山は天下の険,函谷関もものならず。…一夫関に当たれば万夫も開くなし」の意に同じ。もっとも、後世、胡曾の「日照荒城芳草新,相如曾此挫強秦,能令百二山河主,便作樽前撃缶人。」のように、実数かの如きものになった。両宋・胡世將の『江月』秋夕興元使院作,用東坡赤壁韻に「神州沈陸,問誰是、一范一韓人物。北望長安應不見,抛卻關西半壁。塞馬晨嘶,胡笳夕引,
得頭如雪。三秦往事,只數漢家三傑。試看百二山河,奈君門萬里,六師不發。
外何人迴首處,鐵騎千群都滅。拜將臺欹,懷賢閣杳,空指衝冠髮。欄干拍遍,獨對中天明月。」
とある。 ・關河:要害となる川の流れ。 ・草不橫:軍馬がその地を蹂躙していないため、その地の草は、軍馬に踏みしだかれていないさまをいう。ここの草を踏みしだく軍馬が、金軍とすれば、まだモンゴル軍に対してまだ国土防衛の位置についていない後手後手に回った金の軍略の意になる。また、草を踏みしだく軍馬が、モンゴル軍とすれば、まだモンゴル軍に蹂躙されていないの意で、金甌無缺に似たことばになる。
※十年戎馬暗秦京:(しかしながら)軍馬の影は、秦(関中)の都の長安附近まで落とし、都を脅かすようになった。 ・十年:金がモンゴル軍の攻撃を受け、中都大興府(燕京 現・北京)が落とされ、開封に遷都した頃以来。1220年代以降の十年間。金が不安定な時期。 ・戎馬:〔じゅうば;rong2ma3○●〕軍馬。戦馬。 ・暗:薄暗くなる。 ・秦京:咸陽のこと。秦(関中)の都。長安。
※岐陽西望無來信:岐陽の西の方を眺めやっても、便りは来ない(が)。 ・西望:西の方を眺める。 ・來信:便り。消息。
※隴水東流聞哭聲:(中原から離れた西の方を流れる)隴水は、(いつもと変わることなく)東に流れているが(戦乱による戦死者や難民の死亡者を悼む)哭き声が聞こえてくる。 ・隴水:〔ろうすゐ;long3shui3●●〕甘肅省を流れる川の名。六朝の『隴頭歌』「隴頭流水,鳴聲幽咽。遙望秦川,心肝斷絶。」とある。 ・東流:中国の河は東に向かって流れる。変わることのない真理をも象徴する。 ・聞:耳にする。聞こえる。 ・哭聲:(死を悼んで声をあげて泣く)泣き声。
※野蔓有情縈戰骨:野のつる草は情が有るのだろうか、戦士の骨に絡みついている(が)。 *『昭明文選』卷十六に、江淹(字は文通)の『恨賦』の始めにに「試望平原,蔓草縈骨,拱木斂魂。人生到此,天道寧論。」とある。 ・蔓:〔まん;man4●〕つる草。 *なぜか『詩經』唐風『葛生』「葛生蒙楚,蔓于野。予美亡此,誰與獨處。葛生蒙棘,蔓于域。予美亡此,誰與獨息。角枕粲兮,錦衾爛兮。予美亡此,誰與獨旦。夏之日,冬之夜。百歳之後,歸于其居。冬之夜。夏之日,百歳之後,歸于其室。」を聯想する(ただ「蔓」の用字法(品詞)は異なるが…)。 ・有情:情がある。情け深い。感情がある。 ・縈:〔えい;ying2○〕まとわりつく。まとう。からみつく。めぐらす。めぐる。杜甫がの『哀江頭』に「少陵野老呑聲哭,春日潛行曲江曲。江頭宮殿鎖千門,細柳新蒲爲誰綠。憶昔霓旌下南苑,苑中萬物生顏色。昭陽殿裏第一人,同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一箭正墜雙飛翼。明眸皓齒今何在,血汚遊魂歸不得。清渭東流劍閣深,去住彼此無消息。人生有情涙霑臆,江水江花豈終極。黄昏胡騎塵滿城,欲往城南望城北。」
とあり、羅隱の『江南行』に「江煙雨蛟軟,漠漠小山眉黛淺。水國多愁又有情,夜槽壓酒銀船滿。細絲搖柳凝曉空,呉王臺春夢中。鴛鴦喚不起,平鋪綠水眠東風。西陵路邊月悄悄,油碧輕車蘇小小。」
とある。 ・戰骨:戦死した兵士の骨。李白は『戰城南』で「去年戰桑乾源,今年戰葱河道。洗兵條支海上波,放馬天山雪中草。萬里長征戰,三軍盡衰老。匈奴以殺戮爲耕作,古來唯見白骨黄沙田。」
と詠い、杜甫は『兵車行』で「君不見青海頭,古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。」
と詠い、常建の『塞下曲』「北海陰風動地來,明君祠上望龍堆。髑髏皆是長城卒,日暮沙場飛作灰。」
詠う。
※殘陽何意照空城:夕陽はどのような思いで、空っぽになった城市を照らしているのだろう。 ・殘陽:夕陽。「夕陽」「斜陽」よりも強烈な表現。宋・王安石『桂枝香』「金陵懷古」「登臨送目,正故國晩秋,天氣初肅。千里澄江似練,翠峰如簇。歸帆去棹殘陽裡,背西風酒旗斜矗。彩舟雲淡,星河鷺起,畫圖難足。念往昔,繁華競逐。嘆門外樓頭,悲恨相續。千古憑高,對此漫嗟榮辱。六朝舊事隨流水,但寒煙衰草凝綠。至今商女,時時猶唱,後庭遺曲。」、白居易の『暮江吟』「一道殘陽鋪水中,半江瑟瑟半江紅。可憐九月初三夜,露似眞珠月似弓。」
や、現代でも毛沢東は『憶秦娥』婁山關で「西風烈,長空雁叫霜晨月。霜晨月,馬蹄聲碎,喇叭聲咽。 雄關漫道眞如鐵,而今邁歩從頭越。從頭越,蒼山如海,殘陽如血。」
と使っている。 ・何意:どのような思いで。 ・空城:誰もいなくなってがらんとした城市。
※從誰細向蒼蒼問:誰に由って、詳(つまびら)かに蒼天に(運命や経緯(いきさつ)を)問いかけ(てもらう)こととしようか。 ・從誰:誰の手に由って。誰と一緒になって。だれに従って。 ・細:くわしく。つまびらかに。 ・向:…に。 ・蒼蒼:〔さうさう;cang1cang1○○〕青々とした。「蒼天」を謂う。運命を司る天。『詩經・王風・黍離』に「彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心遙遙。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。」とあり、『詩經・秦風・鴇羽』に「肅肅鴇翼,集于苞棘。王事靡
,不能
黍稷,父母何食。悠悠蒼天,曷其有極。」
とある。宋・蘇軾の『水調歌頭』丙辰中秋,歡飮達旦,大醉,作此篇,兼懷子由に「明月幾時有?把酒問靑天。不知天上宮闕,今夕是何年。我欲乘風歸去,又恐瓊樓玉宇,高處不勝寒。起舞弄淸影,何似在人間! 轉朱閣,低綺戸,照無眠。不應有恨,何事長向別時圓?人有悲歡離合,月有陰晴圓缺,此事古難全。但願人長久,千里共嬋娟。」
とある。 ・問:天に問いかける。運命を司る天に問う。屈原から始まる天問。前出、宋・蘇軾の『水調歌頭』「把酒問靑天。
※爭遣蚩尤作五兵:(天に問う内容:)どうして蚩尤(しゆう)(暗にモンゴル人)に、何種類もの武器を作らせたのだ。 ・爭:どうして…か。いかでか…や。 ・遣:…に…をさせる。…をして…しむ。使役表現。≒使、令、敎。 ・蚩尤:〔しいう;chi1you2○○〕黄帝時代の諸侯の名。兵乱を好み、黄帝に滅ぼされた人。ここでは、モンゴル軍をも指している。『史記・五帝本紀』に「軒轅乃修德振兵,治五氣,藝五種,撫萬民,度四方,敎熊羆貔貅
虎,以與炎帝戰於阪泉之野。三戰,然後得其志。蚩尤作亂,不用帝命。於是黄帝乃徴師諸侯,與蚩尤戰於
鹿之野(現・河北省、北京近郊),遂禽殺蚩尤。」とある。 ・五兵:五種の兵器。弓矢、殳(ほこ、しゅ)、矛(ほこ、ばう)、戈(ほこ、か)、戟(ほこ、げき)等、時代や書によって異なる。前出・『史記・五帝本紀』の「藝五種」のことを指すとすれば、軒轅(黄帝)のしたことだが…。
◎ 構成について
韻式は「AAAAA」。韻脚は「橫京聲城兵」で、平水韻下平八庚。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○●●○,(韻)
●○○●●○○。(韻)
○○○◎○○●,
●●○○●●○。(韻)
●●●○○●●,
○○○●●○○。(韻)
○○●●○○●,
○●○○●●○。(韻)
2007.6.24 6.25 6.26完 7. 5補 2018.7.31 |
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