曽鞏虞美人草　詩詞世界碇豊長の詩詞：漢詩曾鞏ZengGong

                     　       　　
      虞美人草
　　　　　　　　　　　　　　
      　　　　　　　　　　　　曾鞏　

鴻門玉斗紛如雪，
十萬降兵夜流血。
咸陽宮殿三月紅，
覇業已隨煙燼滅。
剛強必死仁義王，
陰陵失道非天亡。
英雄本學萬人敵，
何用屑屑悲紅粧。
三軍散盡旌旗倒，
玉帳佳人坐中老。
香魂夜逐劍光飛，
靑血化爲原上草。
芳心寂莫寄寒枝，
舊曲聞來似斂眉。
哀怨徘徊愁不語，
恰如初聽楚歌時。
滔滔逝水流今古，
漢楚興亡兩丘土。
當年遺事久成空，
慷慨樽前爲誰舞。

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　虞美人草 　

鴻門（こうもん）の玉斗（ぎょくと）　　紛（ふん）として　雪の如く，
十萬の降兵（かうへい）　　夜　血を流す。
咸陽（かんやう）の宮殿　　三月（さんげつ）　紅（くれなゐ）に，
覇業（はげふ）　已（すで）に　　煙燼（えんじん）に隨（したが）ひて滅ぶ。
剛強（がうきゃう）なるは　必ず死して　　仁義なるは　王たり，
陰陵に　道を失ふは　　天の亡（ほろぼ）すに非ず。
英雄　本　學ぶ　　萬人の敵，
何ぞ用ゐん　屑屑（せつせつ）として　　紅粧を悲しむ。
三軍　散じ盡くして　　旌旗（せいき）　倒れ，
玉帳（ぎょくちゃう）の佳人（かじん）　　坐中に老ゆ。
香魂（かうこん）　夜　　劍光を逐（お）ひて飛び，
靑血（せいけつ）　化して　　原上の草と爲る。
芳心（はうしん）　寂莫（せきばく）として　　寒枝に寄り，
舊曲　聞き來りて　　眉を斂（をさ）むるに似たり。
哀怨（あいゑん）　徘徊（はいくゎい）　　愁へど語らず，
恰（あたか）も　初めて　　楚歌（そか）を　聽ききし時の如し。
滔滔（たうたう）たる　逝水（せいすゐ）　　今古に流れ，
漢楚の興亡　　兩（ふた）つながら丘土（きうど）。
當年（たうねん）の遺事（ゐじ）　　久しく空と成り，
樽前に　慷慨（かうがい）して　　誰（た）が爲にか舞はん。

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◎　私感註釈

※曾鞏：北宋の詩人。字は子固。世に南豊先生と称せらる（現・江西省南豐）の人。１０１９年～１０８３年。唐宋八大家の一。

※虞美人草：ヒナゲシのこと。虞美人の墓に生えたと云う。項羽と劉邦の故事を項羽中心に詠った。前半は鴻門の会で、後半は垓下の戦いを詠う。虞美人は楚の項羽の愛姫の名と官位。『史記・項羽本紀』に記録されている出来事。

※鴻門玉斗紛如雪：鴻門の会で、（范増は劉邦側からの）玉斗を打ち砕いて、かけらが雪のように散らばった。　*鴻門での会の時、項羽の前から劉邦が脱出した後、謝して項羽らに白璧や玉斗を届けた。項羽は受け取ったが、范増は、項羽側の愚鈍さと劉邦側の俊敏さを見て取り、怒りと歎きでこの玉斗を打ち砕いたことを謂う。鴻門の会で、劉邦は（項羽の許から）強引に脱し、危機を脱したが、項羽に対して礼を尽くして謝罪する必要があった。劉邦の意を受けて張良は、（項羽の前へ進み出て）白璧一対を項王に献上し、玉製の斗（ひしゃく）を亜父に差し出した。項羽は璧を受け、これを座席の傍らに置いた。范増は玉製の斗（ひしゃく）を受け、これを地に置き、剣を抜いて叩き壊して言った：「ああ、青二才は天下の大事をともに語るに足らぬ。項王の天下を奪う者は、必ずや沛公にちがいあるまい。我が一族は、彼の軍門に降（くだ）ることにになるだろう。」「亞父受玉斗，置之地，拔劍撞而破之，曰：『！豎子不足與謀。奪項王天下者，必沛公也，吾屬今爲之虜矣。』」。　・鴻門：〔こうもん；Hong2men2○○〕項羽と劉邦が会った地名。「鴻門の会」。現・陝西省臨潼県にある。『中国歴史地図集』第二冊　秦・西漢・東漢時期（中国地図出版社）５－６ページ「関中諸郡」では、現・西安の東２０キロメートルの小さなところ。驪山の東側。　・玉斗：范増に贈られた玉製の斗（ひしゃく）。　・紛：〔ふん；fen1○〕みだれる。ごたごたする。　・如雪：雪のよう（に）。玉斗が砕け散った状（さま）をいう。

※十萬降兵夜流血：１０万人の降参した兵士を夜に殺し。　*『史記・項羽本紀』では「於是楚軍夜撃秦卒二十餘萬人新安城南。」とある。「」とは生き埋めにするの意。　・降兵：降服した（秦の）兵士。　・流血：殺傷が行われる。ここでは､項羽軍が夜に秦の兵卒二十餘萬人を新安城の南で生き埋めにしたことを謂う｡

※咸陽宮殿三月紅：（秦の首都）咸陽にある阿房宮に火を放ったが、三ヶ月間赤々と燃え続けた。　・咸陽：秦の都。現・陝西省咸陽市。漢代には渭城と呼ばれる。渭水の北岸にあり、京兆府（長安、現・西安）の西北の対岸にあたる。『中国歴史地図集』第六冊　宋・遼・金時期（中国地図出版社）１２－１３ページ「京畿路」。秦の始皇帝がここ都を置き、壮大な宮殿である阿房宮を築いた。地図の渭城の地。　・宮殿：阿房宮のこと。『中国歴史地図集』第二冊　秦・西漢・東漢時期（中国地図出版社）５－６ページ「関中諸郡」では、阿房宮は渭水の南側（現・西安側（渭水の北側が咸陽））にある。　・三月：〔さんげつ；san1yue4○●〕三ヶ月。項羽は咸陽を攻撃して皆殺しにして、秦の宮殿である阿房宮に火を放ったが三ヶ月間燃え続けた。『史記・項羽本紀』「項羽引兵西屠咸陽，殺秦降王子嬰，燒秦宮室，火三月不滅。」とある。　・紅：（紅蓮の焔で）あかい。

※覇業已隨煙燼滅：武力での天下統一の（項羽の）事業は、煙となり消し炭となって滅んでしまった。　・覇業：諸侯の長として武力で天下統一する項羽の事業。前出『史記・項羽本紀』に「項王自立為西楚霸王」とある。　・已：〔い；yi3●〕とっくにすでに。　・隨：…にしたがって。したがう。　・煙燼：〔えんじん；yan1jin4○●〕けむりと燃え残り。　・滅：ほろびる。なくなる。

※剛強必死仁義王：強さだけに頼っている者（＝項羽）は必ず滅び、仁義に則って行動している者（＝劉邦）は王となる。　・剛強：勇猛なこと。たけく強いこと。ここでは強いだけの項羽のことをいう。後出「仁義」と対にして使う。「楚戰士無不一以當十，楚兵呼聲動天，諸侯軍無不人人惴恐。」という強烈さである。　・必死：必ず死ぬ。必ず滅びる。　・仁義：仁と義。親愛と道理に適った道徳心。ここでは劉邦のことをいう。前出「剛強」と対にして使う。　・王：〔わう；wang4●〕王となる。王たり。動詞。動詞としての用例は次の『史記・項羽本紀』の赤字部分で「於是項王乃欲東渡烏江。烏江亭長艤船待，謂項王曰：「江東雖小，地方千里，衆數十萬人，亦足王也。願大王急渡。今獨臣有船，漢軍至，無以渡。」項王笑曰：「天之亡我，我何渡爲。且籍與江東子弟八千人渡江而西，今無一人還，縱江東父兄憐而王我，我何面目見之。縱彼不言，籍獨不愧於心乎。」。蛇足になるが、名詞としての「王」の意は〔わう；wang2○〕で、前出・青字部分。なおここでの「王」字は韻脚であり「亡」「粧」とともに使われ、平声ととるしかない…。

※陰陵失道非天亡：（項羽が）陰陵で、逃げ道を失い道に迷ったったのは、天が（項羽を）亡ぼそうと謂うのではなく（自らの非道さが招いた結果なのである）。　・陰陵：〔いんりょう；Yin1ling2○○〕項羽が愛姫虞美人と別れた（恐らく殺した）翌日、八百騎で脱出するとき、道に迷ったところ。現・安徽省東部の定遠県西北とバンブー市の間の地名。『中国歴史地図集』第二冊　秦・西漢・東漢時期（中国地図出版社）１１－１２ページ「淮漢以南諸郡」では、山の中のようだ。『史記・項羽本紀』に「項王至陰陵，迷失道，問一田父，田父紿曰：『左』。左，乃陷大澤中。以故漢追及之。謂其騎曰：「吾起兵至今八歳矣，身七十餘戰，所當者破，所撃者服，未嘗敗北，遂霸有天下。然今卒困於此，此天之亡我，非戰之罪也。』」とある。　・失道：道が分からなくなる。　・非天亡：天が（わたしを）亡ぼそうというのではない（自らの非道さが招いた結果なのである）。前出「此天之亡我，非戰之罪也」のこと。また、司馬遷のことば「…乃引『天亡我，非用兵之罪也』，豈不謬哉。」でもある。

※英雄本學萬人敵：英雄・項羽は、万人が敵であるとの立場で戦法を学んだ（のであるから）。　・英雄：ここでは項羽のことをいう。　・萬人敵：万人が敵であるとの立場で戦法を学んだ。司馬遷のことばで「自矜功伐，奮其私智而不師古」になろうか。　*全くの余談になるが、この言葉に相応しい部分を探して『史記・項羽本紀』を読んでいるが、なかなか見つからない。そのうち「國家安危，在此一舉。今不恤士卒而徇其私，非社稷之臣。」という一文に接した。前半の「國家安危，在此一舉。」は、日本海海戦に際しての聯合艦隊旗艦・三笠よりの「皇國の興廢此の一戰に在り、各員一層奮勵努力せよ」と似ている。後半部分の「今不恤士卒而徇其私，非社稷之臣。」は頼山陽の『日本外史』に出てくる後醍醐天皇のおことば「後人其體朕志，竭力討賊。不者非吾子孫、非吾臣屬。」とも似ている。以上、全くの余談。

※何用屑屑悲紅粧：何も、化粧した美人と、（身の破滅と、死別とを）こせこせと悲しむには及ばない。　*『史記・項羽本紀』の四面に楚歌を聞いた後（敵・劉邦の漢軍の中から、項羽の郷国である楚の兵士歌声を聞き、郷国は敵の手に落ちたと思い）「項王則夜起，飮帳中。有美人名虞，常幸從；駿馬名騅，常騎之。於是項王乃悲歌慨，自爲詩曰：「力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可何，虞兮虞兮奈若何！」歌數美人和之，。項王泣數行下，左右皆泣，莫能仰視。」（詳しくは『史記（中華書局版・金陵局本）・項羽本紀』に「項王（項羽）軍壁垓下，兵少食盡，漢（劉邦）軍及諸侯兵圍之數重。夜聞漢軍四面皆楚※１歌，項王乃大驚曰：「漢皆已得楚乎？是何楚人之多也！」項王則夜起，飮帳中。有美人名虞，常幸從；駿馬名騅，常騎之。於是項王乃悲歌慨，自爲詩曰：「力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可何，虞兮虞兮奈若何！」歌數美人和之，。項王泣數行下，左右皆泣，莫能仰視。」とある。（※１：蛇足：楚は、項籍（字は羽）の本国。ここから「四面楚歌」の言葉が生まれた。）なお、虞美人がこの詩に答えた「漢兵已略地，四方楚歌聲。大王意氣盡，賤妾何聊生。」がある。））　・何用：…するに及ばない。何の役に立つ。何ぞ…するを用ゐん。　・屑屑：〔せつせつ；xie4xie4●●〕こまごまといそがしく働くさま。こせこせするさま。雨などが細かく降るさま。　・紅粧：〔こうしゃう；hong2zhuang1○○〕美人の装い。化粧した美人。

※三軍散盡旌旗倒：全軍の兵士は、すっかりいなくなってしまって、軍旗も倒れてしまった。　・三軍：大軍。全軍。周代の兵制で、諸侯が出した上軍、中軍、下軍のそれぞれ一万二千五百人で、合計三万七千五百人の軍勢の総称。　・散盡：（逃げたり死んだりして）すっかりいなくなってしまった。　・旌旗：はたざしもの。唐・王昌齡『梁苑』に「梁園秋竹古時煙，城外風悲欲暮天。萬乘旌旗何處在，平臺賓客有誰誰憐。」とある。『史記・世家・梁孝王』には「於是孝王築東苑，…大治宮室，爲複道，自宮連屬於平臺三十餘里。得賜天子旌旗，出從千乘萬騎。東西馳獵，擬於天子。出言蹕，入言警。招延四方豪桀，自山以東游説之士。」とある。

※玉帳佳人坐中老：将軍の陣屋のとばりの中の美人は、その座席の中で老いてしまった。　・玉帳：〔ぎょくちゃう；yu4zhang4●●〕将軍の陣屋のとばり。美しいとばり。ここは、前者の意。　・佳人：〔かじん；jia1ren2○○〕美人。忠義の臣。　・坐中：その座席の中。そこにいる人々。　・老：老いる。

※香魂夜逐劍光飛：美人の魂は、（垓下の）夜に剣の光のままに、飛んでいった（のだろう）。　*ここのくだりは後出晩唐・韋莊の『女冠子』に「四月十七，正是去年今日。別君時。忍涙佯低面，含羞半斂眉。　　　不知魂已斷，空有夢相隨。除卻天邊月，沒人知。」と用字が似ている感じがする。　*『史記・項羽本紀』の「項王則夜起，飮帳中。有美人名虞，常幸從；駿馬名騅，常騎之。於是項王乃悲歌慨，自爲詩曰：「力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可何，虞兮虞兮奈若何！」歌數美人和之，。項王泣數行下，左右皆泣，莫能仰視。」の帰結。項羽は虞美人の命を絶ったのだろう。　・香魂：〔かうこん；xiang1hun1○○〕美人の魂。また、花の精。ここは、前者の意。中唐・李賀の『秋來』に「桐風驚心壯士苦，衰燈絡緯啼寒素。誰看青簡一編書，不遣花蟲粉空蠹。思牽今夜腸應直，雨冷香魂弔書客。秋墳鬼唱鮑家詩，恨血千年土中碧。」とある。　・逐：おう。　・劍光：項羽が振るった剣。　・飛：ここでは､虞美人の魂のことになる｡

※靑血化爲原上草：新しく流れた生血（なまち）は、原野の虞美人草となった。　・靑血：新しく色の濃い血。なまち。蛇足になるが、似たものに「碧血」がある。これは、忠臣の流した血。忠烈の士の殉難をいう。周の萇弘が蜀で殺され、その血が三年後に青色に変わったことに基づく。『莊子・外物』に「人主莫不欲其臣之忠，而忠未必信，故伍員流于江，萇弘死于蜀，藏其血三年而化爲碧。」とある。　・化爲：化して…となる。　・原上草：原野の草。ここでは詩題の虞美人草のことになる。蛇足になるが、王昭君の墓場も草で表現する。

※芳心寂莫寄寒枝：美しいたましい（虞美人の魂）は、（虞美人草の）ほっそりとした葉のない茎にのりうつり｡　　・芳心：〔はうしん；fang1xin1○○〕美しいたましい。美人の心。ここでは､虞美人の魂のことになる｡　・寂寞：〔せきばく、じゃくまく；ji4mo4●●〕寂しく静かなさま。ひっそりとしてもの寂しいさま。中唐・劉禹錫の『石頭城』に「山圍故國週遭在，潮打空城寂寞回。淮水東邊舊時月，夜深還過女牆來。」、李白に『將進酒』「君不見黄河之水天上來，奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮，朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡，莫使金尊空對月。天生我材必有用，千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂，會須一飮三百杯。岑夫子，丹丘生。將進酒，杯莫停。與君歌一曲，請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴，但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞，惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂，斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢，徑須沽取對君酌。五花馬，千金裘。呼兒將出換美酒，與爾同銷萬古愁。」とあり、高適の『宋中』に「梁王昔全盛，賓客復多才。悠悠一千年，陳迹惟高臺。寂寞向秋草，悲風千里來。」とある。　・寄：ここでは虞美人の魂が虞美人草にのりうつることをいう。　・寒枝：葉が落ちてしまい、見るからに寒々とした枝。ここでは、虞美人草の花托の茎がほっそりと心許なげな葉のないさまをいう。和凝の『望梅花』に「春草全無消息，臘雪猶餘蹤跡。越嶺寒枝香自折，冷艷奇芳堪惜。何事壽陽無處覓，吹入誰家橫笛。」とある。

※舊曲聞來似斂眉：（わたし＝作者が）『垓下歌』「力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可奈何，虞兮虞兮奈若何！」を歌ったのを（虞美人草は）聞こえたのだろう、（虞美人草の様子は）少し眉根を寄せて、つらそうな表情をした（かのようだ）。　・舊曲：昔、（垓下で虞美人が項羽と別れるときに）歌った詩。項羽の『垓下歌』「力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可奈何，虞兮虞兮奈若何！」のことであり、虞美人作「漢兵已略地，四方楚歌聲。大王意氣盡，賤妾何聊生。」のことである。　・聞來：聞こえてくる。　・似：虞美人草のようすが虞美人の…に似通っている。　・斂眉：（虞美人草の様子は）少し眉根を寄せて、つらそうな表情をした（かに見える）。晩唐・韋莊の『女冠子』に「四月十七，正是去年今日。別君時。忍涙佯低面，含羞半斂眉。　　　不知魂已斷，空有夢相隨。除卻天邊月，沒人知。」とある。

※哀怨徘徊愁不語：（虞美人草の様子は、吹き抜ける風に）悲しみうらんで、（風に動かされて）さまようかのようであるが、（花は哀しみや怨み言を）語ろうとはしない。　・哀怨：〔あいゑん；ai1yuan4○●〕悲しみうらむ。　・徘徊：〔はいくゎい；pai2huai2○○〕さまよう。ぶらぶら歩く。行ったり来たりする。うろつく。曹植の『七哀詩』に「明月照高樓，流光正徘徊。上有愁思婦，悲歎有餘哀。借問歎者誰，言是客子妻。君行踰十年，孤妾常獨棲。君若淸路塵，妾若濁水泥。浮沈各異勢，會合何時諧。願爲西南風，長逝入君懷。君懷良不開，賤妾當何依。」とある。この曹植『七哀詩』では、「徘徊」するのは「明月」であるが、李白の『月下獨酌』「花間一壼酒，獨酌無相親。舉杯邀明月，對影成三人。月既不解飮，影徒隨我身。暫伴月將影，行樂須及春。我歌月徘徊，我舞影零亂。醒時同交歡，醉後各分散。永結無情遊，相期雲漢。」でも「徘徊」するのは「月」。顧況の『聽角思歸』「故園黄葉滿靑苔，夢後城頭曉角哀。此夜斷腸人不見，起行殘月影徘徊。」とある。　・愁：悲しい気持ち。　・不語：語らない。

※恰如初聽楚歌時：（その可憐なさまは）あたかも（虞姫（虞美人）が西楚覇王・項羽に）初めてお目通りして、楚の歌を一緒に聴いた時のようである。　・恰如：まるで…のようである。あたかも…のようである。　・初聽：第一回目として楚の国の歌を聞いたときの意で、西楚覇王・項羽の寵愛をいただいた時で、虞姫は、まだ可憐な少女だった。なお垓下で聞いた「四面の漢軍の楚歌」は最期の楚歌になる。

※滔滔逝水流今古：（時間は）滔々と昔も今も流れ去ってゆく。　・滔滔：〔たうたう；tao1tao1○○〕流れゆくさま。広大なさま。水が広々とたくさんあるさま。さかんに流れるさま。『懷沙』は「滔滔孟夏兮，草木莽莽。傷懷永哀兮，汨徂南土。」　・逝水：〔せいすゐ；shi4shui3●●〕流れ去る川の水。流れ去る川の水で、歳月等の時間で一度去って再び帰らないものの譬え。川の流れは、古来、時間の推移を謂う。『論語・子罕』に「子在川上曰：逝者如斯夫！不舎昼夜。」（子　川上に在りて曰く：逝く者は斯くの如きか！　昼夜を舎かず）。李白の『古風五十九首』其十一「黄河走東溟，白日落西海。逝川與流光，飄忽不相待。春容捨我去，秋髮已衰改。人生非寒松，年貌豈長在。吾當乘雲，吸景駐光彩。」李白の『宣州謝樓餞別校書叔雲』の「抽刀斷水水更流」とある。　・今古：いまとむかし。古今。「今古」は ○● で、「いまとむかし」。「古今」は ●○ になり、「むかしといま」の外、「むかしからいままで」がある。王昌齡の『塞下曲』に「飮馬渡秋水，水寒風似刀。平沙日未沒，黯黯見臨。昔日長城戰，咸言意氣高。 黄塵足今古，白骨亂蓬蒿。」とある。

※漢楚興亡兩丘土：漢（の劉邦）、楚（の項羽）が興亡を賭けて戦ったが（勝者、敗者ともに）二つの墳丘（となって残っているだけである）。　・漢楚：漢の高祖劉邦と、楚の項羽（の天下争覇）。　・興亡：興（おこ）つては、亡（ほろ）んでいくこと。「亡」の意味の方が強いことに留意。興廃。盛衰。また、興（おこ）ることと亡（ほろ）びること。ここは、前者の意。「漢楚興亡」では「漢が興こり楚が亡んだ」ということよりも「『漢楚が』『興亡を賭けて戦った』」意。もし、「漢が興こり楚が亡んだ」という表現にしたければ「漢興楚亡」とする。辛棄疾の『念奴嬌』「登建康賞心亭，呈史留守致道」「我來弔古，上危樓、贏得閒愁千斛。虎踞龍蟠何處是？只有興亡滿目。柳外斜陽，水邊歸鳥，隴上吹喬木。片帆西去，一聲誰噴霜竹？却憶安石風流，東山歳晩，涙落哀箏曲。兒輩功名都付與，長日惟消棋局。寶鏡難尋，碧雲將暮，誰勸杯中綠？江頭風怒，朝來波浪翻屋。」や、南宋・陸游の『山南行』「我行山南已三日，如縄大路東西出。平川沃野望不盡，麥隴靑靑桑鬱鬱。地近函秦氣俗豪，鞦韆蹴鞠分朋曹。苜蓿連雲馬蹄健，楊柳夾道車聲高。古來歴歴興亡處，擧目山川尚如故。將軍壇上冷雲低，丞相祠前春日暮。國家四紀失中原，師出江淮未易呑。會看金鼓從天下，却用關中作本根。」とある。　・兩：二つ。　・丘土：墳丘。「丘」に墳墓の意がある。李白の『江上吟』「木蘭之枻沙棠舟，玉簫金管坐兩頭。美酒尊中置千斛，載妓隨波任去留。仙人有待乘黄鶴，海客無心隨白鴎。屈平詞賦懸日月，楚王臺空山丘。興酣落筆搖五嶽，詩成笑傲凌滄洲。功名富貴若長在，漢水亦應西北流。」や、唐彦謙の『金陵懷古』「碧樹涼生宿雨收，荷花荷葉滿汀洲。登高有酒渾忘醉，慨古無言獨倚樓。宮殿六朝遺古跡，衣冠千古漫荒丘。太平時節殊風景，山自靑靑水自流。」とある。

※當年遺事久成空：昔の出来事も、長い間には、（全て）空となった。　・當年：〔たうねん；dang1nian2○○〕（過去の）あの頃。かの年。往年を謂う。蛇足になるが、「當年」〔たうねん；dang4nian2●○〕は「その年（に）」ここは、前者の意。北宋・辛棄疾に『永遇楽』京口北固亭懷古「千古江山，英雄無覓，孫仲謀處。舞歌臺，風流總被，雨打風吹去。斜陽草樹，尋常巷陌，人道寄奴曾住。想當年，金戈鐵馬，氣呑萬里如虎。　　　元嘉草草，封狼居胥，贏得倉皇北顧。四十三年，望中猶記，烽火揚州路。可堪囘首，佛狸祠下，一片神鴉社鼓。憑誰問，廉頗老矣，尚能飯否。」がある。宋・劉克莊の『賀新郞』送陳子華赴真州「北望神州路，試平章這場公事，怎生分付？記得太行山百萬，曾入宗爺駕馭。今把作握蛇騎虎。加去京東豪傑喜，想投戈、下拜真吾父。談笑裡，定齊魯。兩河蕭瑟惟狐兔，問當年　祖生去後，有人來否？多少新亭揮泪客，誰夢中原塊土？算事業須由人做。應笑書生心膽怯，向車中、閉置如新婦。空目送，塞鴻去。」がある。ともに前者の意。　　・遺事：〔ゐじ；yi2shi4○●〕後世に残した事がら、事業。死者のし残した事がら。　・久：永遠に。長く。ひさしく。　・成空：むなしいものとなる。白居易の『觀幻』に「有起皆因滅，無不暫同。從歡終作，轉苦又成空。次第花生眼，須臾燭過風。更無尋覓處，鳥跡印空中。」とあり、同・白居易の『商山路有感』に「憶昨徴還日，三人歸路同。此生都是夢，前事旋成空。杓直泉埋玉，虞平燭過風。唯殘樂天在，頭白向江東。」、同・白居易の『逢舊』「久別偶相逢，倶疑是夢中。即今歡樂事，放盞又成空。」とあり、李煜の『菩薩蠻』「銅簧韻脆鏘寒竹，新聲慢奏移纖玉眼色暗相鈎，秋波橫欲流。雨雲深繍戸，未便諧衷素。宴罷又成空，夢迷春雨中。」とある。

※慷慨樽前爲誰舞：（虞美人草は、そしてわたしは、）心を昂ぶらせて酒器を前にして、誰のために（風に揺れ動き）舞っているのだろうか。　・慷慨：〔かうがい；kang1kai3○●〕意気が昂ぶつて盛んなさま。心を高ぶらせる。いきどおり嘆く。前出・『史記（中華書局版・金陵局本）・項羽本紀』に「項王（項羽）軍壁垓下，兵少食盡，漢（劉邦）軍及諸侯兵圍之數重。夜聞漢軍四面皆楚※１歌，項王乃大驚曰：「漢皆已得楚乎？是何楚人之多也！」項王則夜起，飮帳中。有美人名虞，常幸從；駿馬名騅，常騎之。於是項王乃悲歌忼慨，自爲詩曰：「力拔山兮氣蓋世，時不利兮騅不逝。騅不逝兮可何，虞兮虞兮奈若何！」歌數美人和之，。項王泣數行下，左右皆泣，莫能仰視。」とあり、東晉・陶潛『擬古・九首』其四に「迢迢百尺樓，分明望四荒。暮作歸雲宅，朝爲飛鳥堂。山河滿目中，平原獨茫茫。古時功名士，慷慨爭此場。一旦百歳後，相與還北。松柏爲人伐，高墳互低昂。頽基無遺主，遊魂在何方。榮華誠足貴，亦復可憐傷。」とあり、『歸去來辭・序』に「余家貧，耕植不足以自給。幼稚盈室，瓶無儲粟，生生所資，未見其術。親故多勸余爲長吏，脱然有懷，求之靡途。會有四方之事，諸侯以惠愛爲德，家叔以余貧苦，逐見用于小邑。於時風波未盡，心憚遠役，彭澤去家百里，公田之利，足以爲酒，故便求之。及少日，眷然有歸歟之情。何則，質性自然，非矯勵所得；饑凍雖切，違己交病。嘗從人事，皆口腹自役。於是悵然慷慨，深愧平生之志。猶望一稔，當斂裳宵逝。尋程氏妹喪于武昌，情在駿奔，自免去職。仲秋至冬，在官八十餘日。因事順心，命篇曰「歸去來兮」。乙巳歳十一月也。」とある。　・樽前：酒器を前にして。酒を飲む場。韋莊の『菩薩蠻』其四に「勸君今夜須沈醉，樽前莫話明朝事。珍重主人心，酒深情亦深。　　　須愁春漏短，莫訴金杯滿。遇酒且呵呵，人生能幾何？」杜牧『張好好詩』「身外任塵土，樽前極歡娯。飄然集仙客，諷賦欺相如。聘之碧瑤佩，載以紫雲車。洞閉水聲遠，月高蟾影孤。爾來未幾歳，散盡高陽徒。」や、白居易の『酬哥舒大見贈』「去歳歡遊何處去，曲江西岸杏園東。花下忘歸因美景，樽前勸酒是春風。各從微宦風塵裏，共度流年離別中。今日相逢愁又喜，八人分散兩人同。」に同じ。　・爲誰：誰のために。　・舞：舞う。ここでは風に揺れ動く虞美人草のさまをいう。

◎　構成について

　韻式は「ａａａＢＢＢｃｃｃＤＤＤｅｅｅ」。韻脚は「雪血滅　王亡粧　倒老草　枝眉時　古土舞」で、平水韻入声九屑、下平七陽、上声十九皓、上平四支。次の平仄はこの作品のもの。換韻されたところで表現内容も切り替わっており、正確な構成である。
○○●●○○●，（ａ韻）
●●●○●○●。（ａ韻）
○○○●○●○，
●●●○○●●。（ａ韻）
○○●●○●◎，（Ｂ韻）
○○●●○○○。（Ｂ韻）
○○●●●○●，
○●●●○○○。（Ｂ韻）
○○●●○○●，（ｃ韻）
●●○○●○●。（ｃ韻）
○○●○●○○，
○●●○○●●。（ｃ韻）
○○●●●○○，（Ｄ韻）
●●○○●●○。（Ｄ韻）
○●○○○●●，
●○○○●○○。（Ｄ韻）
○○●●○○●，（ｅ韻）
●●○○●○●。（ｅ韻）
○○○●●○○，
○●○○●○●。（ｅ韻）
換韻と場面展開について、次の通り。
　　　　------------
〔鴻門の会までの項羽をめぐって〕
鴻門玉斗紛如雪，
十萬降兵夜流血。
咸陽宮殿三月紅，
覇業已隨煙燼滅。

〔垓下と陰陵での項羽〕
剛強必死仁義王，
陰陵失道非天亡。
英雄本學萬人敵，
何用屑屑悲紅粧。

〔垓下での虞美人〕
三軍散盡旌旗倒，
玉帳佳人坐中老。
香魂夜逐劍光飛，
靑血化爲原上草。

〔作者の眼前の虞美人草の描写〕
芳心寂莫寄寒枝，
舊曲聞來似斂眉。
哀怨徘徊愁不語，
恰如初聽楚歌時。

〔過ぎ行く時の流れ〕
滔滔逝水流今古，
漢楚興亡兩丘土。
當年遺事久成空，
慷慨樽前爲誰舞。