去歳荊南梅似雪,
今年薊北雪如梅。
共知人事何常定,
且喜年華去復來。
邊鎮戍歌連夜動,
京城燎火徹明開。
遙遙西向長安日,
願上南山壽一杯。
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幽州新歳の作
去歳 荊南 梅 雪に似て,
今年 薊北 雪 梅の如し。
共に知る 人事 何ぞ常に定まらん,
且し喜ぶ 年華 去りて復ま來るを。
邊鎮の戍歌 連夜 動き,
京城の燎火 徹明して 開く。
遙遙として 西のかた 長安の日に向ひ,
願はくは 南山の壽(じゅ) 一杯を 上(たてまつ)らん。
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◎ 私感註釈
※張説:〔ちゃうえつZhang1Yue4〕盛唐初めの人。667年(乾封二年)〜730年(養老十八年)。玄宗の時代、中書令となり、燕国公に封ぜられる。
※幽州新歳作:幽州でとしのはじめを迎えての詩作。 ・幽州:現・河北省北西。現・北京市を中心に半径200キロメートルの円を画いた範囲。当時の漢民族にとっての実質上の北限とも謂える。その北には××都督府、室韋、靺鞨と並んでいる。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)48−49ページ「唐 河北道南部」にある。 ・新歳:としのはじめ。新年。「新歳」も「新年」も、としのはじめの意。ただ、「新年」は暦上の新たな一年がはじまることに対して、「新歳」は(数え年で)人の年齢が一歳増えた年のはじめの意が強くあり、この作品では、最後の部分の「願上南山壽一杯」と対応している。
※去歳荊南梅似雪:去年は(南国の)荊南(にいたが、そこでは)梅の花びらが雪のように(散っていた。しかし…)。 ・去歳:去年。「去歳」と表現して「去年」としないのは、「去歳」は●●で、●●のところで使うが、「去年」は●○で、句の「○○」となるべきところで使う。また、後出に「今年」があるので「年」字の重複を避けた。 ・荊南:洞庭湖北岸の長江流域の地方。 ・荊:〔けい;jing1○〕現・湖北の一部。荊州は現・江陵(≒荊州)を中心に半径90キロメートルほどの範囲でもある。前出・『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)52−53ページ「唐 山南東道山南西道」にある。 ・梅似雪:梅の花びらが雪のように(散る)。
※今年薊北雪如梅:今年の(新年は)薊北で(迎えたが、)雪が梅の花びらのように(降っている)。 ・薊北:薊州北部。前出・『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)48−49ページ「唐 河北道南部」にある。北京の北東100キロメートル。万里の長城があり、勇武軍、洪水守捉、塩城守捉がある。現・薊県、平谷県の北。 ・薊:〔けい;ji4●〕現・北京の東100キロメートル弱。前出・幽州の東隣が薊州。 ・雪如梅:雪が梅の花びらのように(舞い落ちる)。
※共知人事何常定:お互いわかっていることだが、人間社会の事がらには、どうしていつも固定してと決まっていないのだろうか。 ・共知:お互い知っていることだが。 ・人事:(自然に比して)人間社会の事がら。東晉・陶潛の『歸園田居』五首其二「野外罕人事,窮巷寡輪鞅。白日掩荊扉,虚室絶塵想。時復墟曲中,披草共來往。相見無雜言,但道桑麻長。桑麻日已長,我土日已廣。常恐霜霰至,零落同草莽。」や、同・陶潛『飮酒』其十六に「少年罕人事,遊好在六經。行行向不惑,淹留遂無成。竟抱固窮節,饑寒飽所更。弊廬交悲風,荒草沒前庭。披褐守長夜,晨鷄不肯鳴。孟公不在茲,終以翳吾情。」とある。 ・何常定:どうしていつもそうだと決まっていようか。「常」を「嘗」ともする。
※且喜年華去復來:(まあ、そう歎いてばかりいないで)今しばらくは、行く年来る年を喜んでいよう。 ・且喜:今しばらくは…を喜ぼう。白居易の『新豐折臂翁』「新豐老翁八十八,頭鬢眉鬚皆似雪。玄孫扶向店前行,左臂憑肩右臂折。問翁臂折來幾年,兼問致折何因縁。翁云貫屬新豐縣,生逢聖代無征戰。慣聽梨園歌管聲,不識旗槍與弓箭。無何天寶大徴兵,戸有三丁點一丁。點得驅將何處去,五月萬里雲南行。聞道雲南有瀘水,椒花落時瘴煙起。大軍徒渉水如湯,未過十人二三死。村南村北哭聲哀,兒別爺孃夫別妻。皆云前後征蠻者,千萬人行無一廻。是時翁年二十四,兵部牒中有名字。夜深不敢使人知,偸將大石槌折臂。張弓簸旗倶不堪,從茲始免征雲南。骨碎筋傷非不苦,且圖揀退歸ク土。此臂折來六十年,一肢雖廢一身全。至今風雨陰寒夜,直到天明痛不眠。痛不眠,終不悔,且喜老身今獨在。不然當時瀘水頭,身死魂孤骨不收。應作雲南望ク鬼,萬人冢上哭。老人言,君聽取,君不聞開元宰相宋開府,不賞邊功防黷武。又不聞天寶宰相楊國忠,欲求恩幸立邊功。邊功未立生人怨,請問新豐折臂翁。」 と、詠い継がれている。 ・年華:年月。月日。 ・去復來:去ってまた来る。
※邊鎮戍歌連夜動:辺疆の衛戍の兵士の唱う歌が連夜響いて起こっているが。 *前線での新年の賀宴。 ・邊鎮:辺疆の守り。 ・戍歌:国境衛戍の兵士の唱う歌。 ・連夜:毎夜。「連日」ともする。 ・動:湧き起こる。どよもす。
※京城燎火徹明開:宮城でもかがり火を夜通し燃やして(いることだろう)。 ・京城:宮城。 ・燎火:〔れうくゎ;liao3(liao2)huo3●●〕かがり火。 ・徹明:徹夜。夜明けまでの夜通し。 ・開:やる。する。
※遙遙西向長安日:遥かに遠い西の方の長安の日(太陽)に向かって。 ・遙遙:〔えうえう;yao2yao2○○〕はるかに遠いさま。はるかに。遠くに。はるばる。形容詞のAA型で、副詞的表現。連用形になる。東晋・陶淵明の『歸去來兮辭』に「歸去來兮,田園將蕪胡不歸。既自以心爲形役,奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫,知來者之可追。實迷途其未遠,覺今是而昨非。舟遙遙以輕,風飄飄而吹衣。問征夫以前路,恨晨光之熹微。」や、同・陶淵明『和郭主簿』「藹藹堂前林,中夏貯清陰。凱風因時來,回飆開我襟。息交遊閑業,臥起弄書琴。園蔬有餘滋,舊穀猶儲今。營己良有極,過足非所欽。舂作美酒,酒熟吾自斟。弱子戲我側,學語未成音。此事真復樂,聊用忘華簪。遙遙望白雲,懷古一何深。」 ある。 ・西向:(話者から見て)西の方(の長安)に向かって。これと同様の表現が岑參の『碩中作』「走馬西來欲到天,辭家見月兩囘圓。今夜不知何處宿,平沙萬里絶人烟。」になる。この「西來」の用例は(話者が)西の方へやって来る。漢語の「來」は、話者との関係で決まっていくので、「西の方へやって来る」意で使われているが、少ない用例で、この作品の作者(の観念上で)は、已に西の方にやってきていることになる。白居易の『勸酒』「昨與美人對尊酒,朱顏如花腰似柳。今與美人傾一杯,秋風颯颯頭上來。年光似水向東去,兩鬢不禁白日催。東鄰起樓高百尺,題照日光相射。珠翠無非二八人,盤筵何啻三千客。鄰家儒者方下帷,夜誦古書朝忍餓。身年三十未入仕,仰望東鄰安可期。」 許渾の『咸陽城東樓』「一上高城萬里愁,蒹葭楊柳似汀洲。溪雲初起日沈閣,山雨欲來風滿樓。鳥下黒盗`苑夕,蝉鳴黄葉漢宮秋。行人莫問當年事,故國東來渭水流。」 蘇軾(蘇東坡)の『念奴嬌』 「大江東去,浪淘盡、千古風流人物。故壘西邊,人道是、三國周カ赤壁。」や、岑參の『西過渭州見渭水思秦川』に「渭水東流去,何時到雍州。憑添兩行涙,寄向故園流。」 と「往」字を伴える用例がある。「西來」は、その多くが、李白「黄河從西來」や杜甫「赤日照耀從西來。」等のように「從」字を伴う用法で、西の方より来る、の意が多い。杜甫「西來有好鳥」(西の方より来た…)。劉禹錫の竹枝「城西門前堆,年年波浪不能摧。懊惱人心不如石,少時東去復西來」は、「去来」の応用になる。 ・長安日:遠い場所の喩え。その場合の「日」とは「太陽」の意。『長安日邊』の故事を指す。『世説新語・夙惠第十二・3』568ページに「晉明帝數歳,坐元帝膝上。有人從長安來,元帝問洛下消息。…因問明帝:『汝意謂長安何如日遠?』答曰:『日遠。不聞人從日邊來,居然可知。』元帝異之。明日,集群臣宴会,告以此意,更重問之。乃答曰:『日近。』元帝失色,曰:『爾何故異昨日之言邪?』答曰:『擧目見日,不見長安。』とある。(晋の明帝が数歳の幼い頃……元帝は(幼児で後の)明帝に:「おまえは、長安と太陽とはどちらが遠いと思うか」と、尋ねたところ、「太陽のほうが遠い。長安から来たという人のことは聞いたことがあるが、太陽から来た人のことなどは聞いたことがない、はっきりと分かりきっています」と答えた。元帝は今ひとつ同意できないので、翌日、群臣を集めて宴会をし、そこで同じことを言ってもう一度質問を(幼児で後の)明帝にした。そこで「太陽のほうが近い」と答えた。(元帝は)驚いて「おまえはどうして昨日と言うことが違うのだ」と言った。すると、(後の明帝は)答えて「太陽は見えるが、長安は見えないから」と答えた。) ・長安:首都の名。現・陝西省西安市。
※願上南山壽一杯:(歳が一歳増える、この年頭に当たって)ねがわくは聖寿無疆の酒を一杯、たてまつりたい。 ・願上:ねがわくは…をたてまつる。 ・南山壽:天子の齢(よわい)が、万古不変の姿を保っている南山のように長寿であること。聖寿万歳。万寿無疆。「千秋萬歳南山壽」『詩經・小雅・天保』に「如月之恆。如日之升。如南山之壽。不騫不崩。如松柏之茂。無不爾或承。」とある。 ・南山:南の山。長安の人にとっては終南山。 ・一杯:一杯の酒。
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◎ 構成について
韻式は「AAAA」。韻脚は「梅來開杯」で、平水韻上平十灰。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○○●●,
○○●●●○○。(韻)
●○○●○○●,
●●○○●●○。(韻)
○●●○○●●,
○○●●●○○。(韻)
○○○●○○●,
●●○○●●○。(韻)
2007.10.15 10.16完 2020.12. 8補 |
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