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        有贈  本事詩
                     
清末〜・蘇曼殊


春雨樓頭尺八簫,
何時歸看浙江潮。
芒鞋破鉢無人識,
踏過櫻花第幾橋。






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本事詩
               

春雨(しゅん う ) 樓頭(ろうとう)  尺八(しゃくはち)(せう)
(いづ)れの時か 歸り()ん  浙江(せっかう)(うしほ)を。
芒鞋(ばうあい) 破鉢( は はつ)  人の ()る無く,
踏み()ぐ 櫻花(あうくゎ)の  (だい)(いく)(けう)

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◎ 私感註釈

※蘇曼殊:(そまんじゅ:Su1 Man4shu1)清末・中華民国初期の詩人、文学者。1884年(光緒十年:明治十七年)〜1918年(中華民国七年:大正七年)。名は玄瑛。字は子穀。曼殊は僧号。広東省中山県の人。日本人を母として横浜で生まれる。革命運動に参加したが、辛亥革命後は象徴主義的作風を示した。後に日本や東南アジア諸国を放浪し、上海で病歿。

※本事詩:本づくところあって作った詩。また、(唐代の)詩の出来るに至った逸話を載せた詩物語集。『有贈』ともする。この詩、中唐・白居易の『楊柳枝』「六么水調家家唱,
白雪梅花處處吹。古歌舊曲君休聽,聽取新翻楊柳枝。」か、李白『與史郎中欽黄鶴樓上吹笛』「一爲遷客去長沙,西望長安不見家。黄鶴樓中玉笛江城五月落梅花。」に詩意を得たのか、笛(尺八)の音(ね)で家郷を思い出している。ただし、この詩は作者が外地にあっての作ということなので、「作者は日本にいて、江南の家郷を想う」ということにはならない。しかし、そういうことになるように構成されている詩。

※春雨楼頭尺八簫:(道を歩いていると)『春雨』という尺八の曲が二階(から流れてきて)。/(通常の詩句の解釈では:)春雨に煙るたかどのから尺八(の音が聞こえてきて)。 ・春雨:尺八のの曲の名という。唐詩で謂えば『梅花』に該る。『梅花』は、笛曲の名。笛の演奏用の「落梅花」という曲名のことで、漢代の「横笛曲」にある「梅花落」。前出・李白『與史郎中欽聽黄鶴樓上吹笛』に「一爲遷客去長沙,西望長安不見家。黄鶴樓中吹玉笛,江城五月落梅花。」とあり、両宋・李清照の『永遇樂』「落日熔金,暮雲合璧,人在何處?染柳烟濃,梅笛,春意知幾許。」とある。 ・楼頭:建物の上層(で)。二階(で)。初唐・張若虚の『春江花月夜』に「春江潮水連海平,海上明月共潮生。灩灩隨波千萬里,何處春江無月明。江流宛轉遶芳甸,月照花林皆似霰。空裏流霜不覺飛,汀上白沙看不見。江天一色無纖塵,皎皎空中孤月輪。江畔何人初見月,江月何年初照人。人生代代無窮已,江月年年祗相似。不知江月待何人,但見長江送流水。白雲一片去悠悠,青楓浦上不勝愁。誰家今夜扁舟子,何處相思
明月樓。可憐樓上月裴回,應照離人妝鏡臺。玉戸簾中卷不去,擣衣砧上拂還來。此時相望不相聞,願逐月華流照君。鴻雁長飛光不度,魚龍潛躍水成文。昨夜鞨K夢落花可憐春半不還家。江水流春去欲盡,江潭落月復西斜。斜月沈沈藏海霧,碣石瀟湘無限路。不知乘月幾人歸,落月搖情滿江樹。」とある。  ・尺八簫:尺八のふえ。無簧の縦笛。名称の由来は、唐代の律尺の一尺八寸(約43.7センチメートル)由りくる。

※何時帰看浙江潮:(尺八の音で故郷のことが思い起こされ、)いつになったら浙江に帰って潮の遡上(や革命運動を)見ることになることだろう。 ・何時:いつ。 ・帰看:(自分の本来の居場所である江南に)帰って(浙江省の潮の遡上や革命運動を)見る。 ・浙江潮:中秋の明月の頃、浙江省の銭塘江を潮が遡上することを謂う。また、秋瑾などの革命運動をも暗示するか。中唐・白居易の『憶江南』 二に「江南憶,最憶是
杭州。山寺月中尋桂子,郡亭枕上看潮頭。何日更重游。」とあり、中唐・劉禹錫の『浪淘沙』に「八月聲吼地來,頭高數丈觸山迴。須臾卻入海門去,卷起沙堆似雪堆。」とあり、北宋・蘇軾の『廬山煙雨』に「廬山煙雨浙江潮,未到千般恨不消。到得還來別無事,廬山煙雨浙江潮。」とある。この外、秋瑾も屡々詠う。

※芒鞋破鉢無人識:わらじ履(ば)きで、僧侶の粗末な食器を(持って世界を托鉢していることを)誰も知っている人がいない。 ・芒鞋:〔ばうあい(/かい);mang2xie2○○〕わらじ。また、わら沓。卑しい者のくつ。 ・破鉢:〔ははつ;po4bo1●●〕われたはち。僧侶の用いる粗末な食器。 ・無人識:誰も知る人がいないの謂い。

※踏過桜花第幾橋:サクラの花(の花びらを)踏んで何番目の橋を渡ったことだろうか。(サクラの花(の花びらを)踏んで、何番目かの橋を渡っていった、の意)。 ・踏過:踏んで過ぎる。(花びらを)踏んで渡る。 ・過:渡る。「過橋」で「橋を渡る」の意。…てくる。また、〔動詞+過〕と、動詞の後に置き、ある場所を通過したり、ある所を経過してものが移動することを表す方向補語。また、…したことがある。助詞として、〔動詞+過〕と動詞の後に置き、過去の経験・完了を示す。 ・桜花:サクラの花。作者が日本のことを示す部分でもある。 ・第幾橋:何番目の橋の意。作者より約二百年前の清・王士モフ『夜雨題寒山寺寄西樵禮吉』に「日暮東塘正落潮,孤篷泊處雨瀟瀟,疏鐘夜火寒山寺,記過呉楓
第幾橋。」とある。 ・橋:日中両国の血を承けた作者は、両国の橋梁たるべく志していたのを髣髴させる語句でもある。

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◎ 構成について

韻式は「AAA」。韻脚は「簫潮橋」で、平水韻下平二蕭。この作品の平仄は次の通り。
   

●●○○●●○,(韻)
○○○●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
2012.2.10
     2.11完
     5.30補
2015.4.14

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