關山月 | |
李白 |
明月出天山,
蒼茫雲海間。
長風幾萬里,
吹度玉門關。
漢下白登道,
胡窺青海灣。
由來征戰地,
不見有人還。
戍客望邊色,
思歸多苦顏。
高樓當此夜,
歎息未應閑。
******
關山月
明月 天山より出づ,
蒼茫たる 雲海の間。
長風 幾萬里,
吹き度る 玉門關。
漢は下る 白登の道,
胡は窺ふ 青海の灣。
由來 征戰の地,
見ず 人の還る有るを。
戍客 邊色を望み,
歸るを思ひて 苦顏 多し。
高樓 此の夜に當り,
歎息すること 未だ應に閑ならざるべし。
****************
◎ 私感註釈
※李白:盛唐の詩人。字は太白。自ら青蓮居士と号する。世に詩仙と称される。701年(嗣聖十八年)〜762年(寶應元年)。西域・隴西の成紀の人で、四川で育つ。若くして諸国を漫遊し、後に出仕して、翰林供奉となるが高力士の讒言に遭い、退けられる。安史の乱では苦労をする。後、永王が謀亂を起こしたのに際して幕僚となっていたために、罪を得て夜郎にながされたが、やがて赦された。
※關山月:楽府旧題。本来の意味は、国境守備隊の砦がある山の上に昇った月。前線の月。
※明月出天山:明月がパミール高原から新疆ウイグルに亘る天山より出て。 ・明月:明るく澄みわたった月。 ・天山:〔てんざん;Tian1shan1○○〕新疆にある祁連山〔きれんざん;Qi2lian2shan1○○○〕(チーリェンシャン)。天山一帯。当時の中国人の世界観では、最西端になる。天山山脈のこと。新疆ウイグル(維吾爾)自治区中央部タリム盆地の北を東西に走る大山系で、パミール高原の北部に至る。雪山。ここでは「異民族との戦闘の前線」の意としても使われている。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)63−64ページ「唐 隴右道西部」の中央にある。唐・岑参の『胡笳歌送顏真卿使赴河隴』「君不聞胡笳聲最悲,紫髯濠瘡モ人吹。吹之一曲猶未了,愁殺樓蘭征戍兒。涼秋八月蕭關道,北風吹斷天山艸。崑崙山南月欲斜,胡人向月吹胡笳。胡笳怨兮將送君,秦山遙望隴山雲。邊城夜夜多愁夢,向月胡笳誰喜聞。」、唐・李白『戰城南』「去年戰桑乾源,今年戰葱河道。洗兵條支海上波,放馬天山雪中草。萬里長征戰,三軍盡衰老。匈奴以殺戮爲耕作,古來唯見白骨黄沙田。秦家築城備胡處,漢家還有烽火然。烽火然不息,征戰無已時。野戰格鬪死,敗馬號鳴向天悲。烏鳶啄人腸,銜飛上挂枯樹枝。士卒塗草莽,將軍空爾爲。乃知兵者是凶器,聖人不得已而用之。」、同・李白の『塞下曲』「五月天山雪,無花祗有寒。笛中聞折柳,春色未曾看。曉戰隨金鼓,宵眠抱玉鞍。願將腰下劍,直爲斬樓蘭。」、同・李白『戰城南』「去年戰桑乾源,今年戰葱河道。洗兵條支海上波,放馬天山雪中草。萬里長征戰,三軍盡衰老。匈奴以殺戮爲耕作,古來唯見白骨黄沙田。秦家築城備胡處,漢家還有烽火然。烽火然不息,征戰無已時。野戰格鬪死,敗馬號鳴向天悲。烏鳶啄人腸,銜飛上挂枯樹枝。士卒塗草莽,將軍空爾爲。乃知兵者是凶器,聖人不得已而用之。」、唐・李益の『題軍北征』「天山雪後海風寒,笛偏吹行路難。磧裏征人三十萬,一時回首月中看。」、南宋・陸游の『訴衷情』「當年萬里覓封侯,匹馬戍梁州。關河夢斷何處?塵暗舊貂裘。 胡未滅,鬢先秋,涙空流。此生誰料,心在天山,身在蒼洲!」とある。
※蒼茫雲海間:見わたす限り青々としてほの暗く広い雲海の間に昇った。 ・蒼茫:〔さうばう;cang1mang2○○〕(空、海、平原などの)広々として、はてしのないさま。見わたす限り青々として広いさま。また、目のとどく限りうす暗くひろいさま。唐・高適の『燕歌行』に「漢家煙塵在東北,漢將辭家破殘賊。男兒本自重行,天子非常賜顏色。摐金伐鼓下楡關,旌旆逶迤碣石間。校尉衷藻瀚海,單于獵火照狼山。山川蕭條極邊土,胡騎憑陵雜風雨。戰士軍前半死生,美人帳下猶歌舞。大漠窮秋塞草腓,孤城落日鬥兵稀。身當恩遇恆輕敵,力盡關山未解圍。鐵衣遠戍辛勤久,玉箸應啼別離後。少婦城南欲斷腸,征人薊北空回首。邊庭飄飄那可度,絶域蒼茫更何有。殺氣三時作陣雲,寒聲一夜傳刁斗。相看白刃血紛紛,死節從來豈顧勳。君不見沙場征戰苦,至今猶憶李將軍。」とあり、両宋・張元幹『石州慢』に「雨急雲飛,瞥然驚散,暮天涼月。誰家疏柳低迷,幾點流螢明滅。夜帆風駛,滿湖煙水蒼茫,菰蒲零亂秋聲咽。夢斷酒醒時,倚危檣C絶。心折,長庚光怒,群盗縱横,逆胡猖獗。欲挽天河,一洗中原膏血。兩宮何處?塞垣只隔長江,唾壺空撃悲歌缺。萬里想龍沙,泣孤臣呉越。」 とある。 ・雲海:山頂から見下ろした雲が海のように見えるもの。また、雲のはるかかなたに横たわっている海原(うなばら)。ここは、前者の意。
※長風幾萬里:遥か遠くからの風は、幾万里も吹いてきて。 ・長風:遥か彼方から吹いてくる風。 ・幾萬里:何万里もの。長大な距離を謂う。
※吹度玉門關:西域との境界の玉門関に吹き渡ることだろう。 ・吹度:吹いてきてずっと通って先へ行く。吹いてきて…を越える。吹きわたる。 ・玉門關:西域に通ずる交通の要衝。漢の前進基地。関。玉関。現・甘肅省燉煌の西方、涼州の西北500キロメートルの地点にある。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)61−62ページ「唐 隴右道東部」にある。現・甘肅省西北部。現・玉門市よりも150キロメートル西北で、玉門鎮よりも更に西北の布隆基の辺り。当時、ここの北側に大澤があった。王之渙の『出塞』「黄河遠上白雲間,一片孤城萬仞山。羌笛何須怨楊柳,春風不度玉門關。」や、王昌齡の『從軍行』「青海長雲暗雪山,孤城遙望玉門關。黄沙百戰穿金甲,不破樓蘭終不還。」や、李白の『子夜呉歌』に「長安一片月,萬戸擣衣聲。秋風吹不盡,總是玉關情。何日平胡虜,良人罷遠征。」とある。
※漢下白登道:漢の高祖が白登山(現・山西省北部大同東北東すぐ)上の白登台で匈奴に包囲攻撃され白登山より下りて匈奴と戦い。 ・漢:漢の高祖の軍。 ・下:(白登山上の白登台より)下りて(、匈奴に対して囲みを破るための反撃する)。 ・白登道:漢の高祖が白登山より下りて匈奴と戦ったところ。現・山西省北部大同東北東すぐ。『史記・匈奴列傳』では「正義:白登臺在白登山上,朔州定襄縣東三十里。定襄縣,漢・平城縣(現・大同市)也。」とある。「『中国歴史地図集』第二冊 秦・西漢・東漢時期(中国地図出版社)17−18ページ「西漢 并州、朔方刺史部」にある。『史記・匈奴列傳』に「漢兵逐撃冒頓,冒頓匿其精兵,見其羸弱,於是漢悉兵,多歩兵,三十二萬,北逐之。高帝(=漢・高祖・劉邦)先至平城(現・大同市),歩兵未盡到,冒頓縱精兵四十萬騎圍高帝於白登,七日,漢兵中外不得相救餉。…高帝乃解圍之一角。」とある。
※胡窺青海灣:胡(えびす)は、青海(ココノール)の湾に進出の機会を窺っている。 ・胡:西方異民族。ウイグル民族や、チベット民族などを指す。上句で漢の高祖のことを詠っているが、漢の高祖の場合は、匈奴を指す。 ・窺:〔き;kui1○〕ねらう。乗ずべき時を待つ。また、覗き見する。こっそり見る。ここは、前者の意。 ・青海:ココノール湖。中国語では青海湖(チンハイフーQing1hai3hu2)。現・青海省東北部にある湖。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)61−62ページ「唐 隴右道東部」にある。唐・王昌齡の『從軍行』に「青海長雲暗雪山,孤城遙望玉門關。黄沙百戰穿金甲,不破樓蘭終不還。」とあり、高適の『九曲詞』に「鐵騎行鐵嶺頭,西看邏取封侯。海只今將飮馬,黄河不用更防秋。」 とあり、杜甫は『兵車行』で「長者雖有問,役夫敢申恨。且如今年冬,未休關西卒。縣官急索租,租税從何出。信知生男惡,反是生女好。生女猶得嫁比鄰,生男埋沒隨百草。君不見青海頭,古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。」と使う。 ・灣:くま。ほとり。前出・杜甫の『兵車行』でいえば「君不見青海頭」の「頭」に該る。
※由來征戰地:元来が異民族征討の戦闘の地であり。 ・由來:もともと。元来。それ以来。もとから。初めから今まで。また、来歴。いわれ。よってきたところ。ここは、前者の意。 ・征戰:出征して戦う。戦に行く。*似たイメージの詩に盛唐・王翰の『涼州詞』「葡萄美酒夜光杯,欲飮琵琶馬上催。醉臥沙場君莫笑,古來征戰幾人回。」がある。王翰も李白も同時代人だが、王翰の方がやや早く、李白に影響を与えたか。
※不見有人還:出征した人が生きて帰ってきたのを見たことがない。 ・不見:見あたらない。 ・有人還:(だれか)人が帰ってくる。前出・王翰の『涼州詞』「葡萄美酒夜光杯,欲飮琵琶馬上催。醉臥沙場君莫笑,古來征戰幾人回。」がある。宋・劉克莊の『賀新カ』に「北望~州路,試平章 這場公事,怎生分付? 記得太行山百萬,曾入宗爺駕馭。今把作握蛇騎虎。加去京東豪傑喜,想投戈、下拜真吾父。談笑裡,定齊魯。兩河蕭瑟惟狐兔,問當年 祖生去後,有人來否? 多少新亭揮泪客,誰夢中原塊土?算事業須由人做。」とある。 ・還:行き先からかえる。行った者がくるりとかえる。後出の「歸」は、もと出た所にかえる。本来の居場所(自宅、故郷、故国、墓所)にかえる。
※戍客望邊色:出征兵士は、辺境の村を眺めて。 ・戍客:〔じゅかく;shu4ke4●●〕国境警備の兵士。征人。 ・邊色:国境地方の景色。「邊邑」ともする。その場合は「国境地帯の村落」の意。
※思歸多苦顏:帰りたい思いで顔をしかめることが多い。 ・思歸:帰郷の念を起こす。中唐・顧況に『聽角思歸』「故園黄葉滿苔,夢後城頭曉角哀。此夜斷腸人不見,起行殘月影徘徊。」がある。 ・苦顏:顔をしかめる。
※高樓當此夜:(故郷の)高殿では、(妻が)この夜に。 ・高樓:たかどの。ここは魏・曹植の『七哀詩』「明月照高樓,流光正徘徊。上有愁思婦,悲歎有餘哀。借問歎者誰,言是客子妻。君行踰十年,孤妾常獨棲。君若C路塵,妾若濁水泥。浮沈各異勢,會合何時諧。願爲西南風,長逝入君懷。君懷良不開,賤妾當何依。」とあるのに拠る。 ・當:…に当たつては。…の時は。…に際しては。 ・此夜:この(明月の)夜。李白は『春夜洛城聞笛』「誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。」 や『三五七言』でこの句を使い、「秋風清,秋月明。落葉聚還散,寒鴉棲復驚。相思相見知何日,此時此夜難爲情。」 とし、前出・顧況の『聽角思歸』には「故園黄葉滿苔,夢後城頭曉角哀。此夜斷腸人不見,起行殘月影徘徊。」とある。
※歎息未應閑:歎息を続けて、きっと暇(いとま)もないことだろう。 ・歎息:なげいて深くため息をつく。また、大変感心する。ここは、前者の意。 ・應:きつと…だろう。当然…であろう。まさに…べし。 ・閑:暇(いとま)。
***********
◎ 構成について
韻式は、「AAAA」。韻脚は「山間關灣還顏閨vで、平水韻上平十五刪。この作品の平仄は、次の通り。
○●●○○,(韻)
○○○●○。(韻)
○○●●●,
○●●○○。(韻)
●●●○●,
○○○●○。(韻)
○○○●●,
●●●○○。(韻)
●●◎○●,
○○○●○。(韻)
○○◎●●,
●●●○○。(韻)
2008.9.14 9.15 9.16 |
次の詩へ 前の詩へ 抒情詩選メニューへ ************ 詩詞概説 唐詩格律 之一 宋詞格律 詞牌・詞譜 詞韻 唐詩格律 之一 詩韻 詩詞用語解説 詩詞引用原文解説 詩詞民族呼称集 天安門革命詩抄 秋瑾詩詞 碧血の詩編 李U詞 辛棄疾詞 李C照詞 陶淵明集 花間集 婉約詞:香残詞 毛澤東詩詞 碇豐長自作詩詞 漢訳和歌 参考文献(詩詞格律) 参考文献(宋詞) 本ホームページの構成・他 |