雜詩 | |
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唐・無名氏 |
近寒食雨草萋萋,
著麥苗風柳映堤。
等是有家歸未得,
杜鵑休向耳邊啼。
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雜詩
寒食に 近き雨に 草は 萋萋として,
麥苗を著 けたる風に 柳は 堤に映 ゆ。
等 んぞ是 れ 家 有れども 歸ること未 だ得ざる,
杜鵑 耳邊に啼くを休 めよ。
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◎ 私感註釈
※無名氏:名前がわからない人。(名のわからない人を示す時に、名前のように用いる)。=失名氏。
※雑詩:雑多な詩。いろいろな詩。
※近寒食雨草萋萋:(春の盛りである)寒食(かんじき)節が近づいた時候の雨なので、(雨に)草が生い茂って。 *『楚辭』などの上代詩を別として、七言詩の節奏は「□□・□□+□□□」が標準的で、殆どがこの形だが、これは数少ない例外の「□・□□・□+□□□」(「近・寒食・雨+草萋萋」)という形。次の句の「著麦苗風柳映堤」も同様「□・□□・□+□□□」(「著・麦苗・風+柳映堤」)という形。 ・寒食:〔かんしょく、かんじき;han2shi2○●〕清明節の前日。陽暦の四月三、四日頃。ここでは、本格的な春の時節になったことを謂う。寒食とは、冬至から百五日目にあたる日の前後三日間は火がたくこと禁じられ、冷たいものを食べるしきたり。春秋時代・介之推が山で焼け死んだのを晋の文公が悲しみ、その日に火をたくことを禁じたことによる。 ・萋萋:〔せいせい;qi1qi1○○〕木や草の繁っているさま。月日が過ぎて春になり、新たに草が生えるようになって。『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸」に基づく。王昭君の『昭君怨』(『怨詩』)「秋木萋萋,其葉萎黄。有鳥處山,集于苞桑。養育猪ム,形容生光。既得升雲,上遊曲房。離宮絶曠,身體摧藏。志念抑沈,不得頡頏。雖得委食,心有徊徨。我獨伊何,來往變常。翩翩之燕,遠集西羌。高山峨峨,河水泱泱。父兮母兮,道里悠長。嗚呼哀哉,憂心惻傷。」や、崔の『黄鶴樓』「昔人已乘白雲去,此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返,白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹,芳草萋萋鸚鵡洲。日暮ク關何處是,煙波江上使人愁。」や、『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,蛄鳴兮啾啾。」温庭の『折楊柳』に「館娃宮外城西,遠映征帆近拂堤。繋得王孫歸意切,不關春草萋萋。」、唐・温庭の『菩薩蠻』に「玉樓明月長相憶。柳絲娜春無力。門外草萋萋。送君聞馬嘶。 畫羅金翡翠。香燭消成涙。花落子規啼。坂x殘夢迷。」 とある。
※著麦苗風柳映堤:ムギの苗をまとって、(ムギの苗を吹き払う)風に、ヤナギは堤(つつみ)に照り映えている。(正に春の盛りである)。 ・著:体に着(つ)ける。附ける。着(き)る。ここでは、ムギの苗を吹き払う風のさまを謂う。南唐後主・李Uの『柳枝詞』に「風情漸老見春羞,到處消魂感舊遊。多謝長條似相識,強垂煙穗拂人頭。」とある。 ・麦苗:〔ばくべう;mai4miao2●○〕ムギの苗。殷末周初・箕子の『麥秀歌』に「麥秀漸漸兮,禾黍油油。彼狡僮兮,不與我好兮。」とある。 ・映:はえる。うつる。 ・堤:つつみ。
※等是有家帰未得:(『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸」のように春になっても、)どうして帰る家があるのに帰れないでいるかといえば。ともに、帰る家があるのに帰れないでいるが。 *「等是」の意を「底是」とみれば、「等(いづく)んぞ是(こ)れ 家 有れども 歸ること未(いま)だ得ざる」。また、「等是」の意を「同是」とみれば、「等(ひとし)く是(こ)れ 家 有れども 歸ること未(いま)だ得ざる」。 ・等是:〔deng3shi4〕どうして。何ぞ。≒“底是”〔di3shi4〕。また、ひとしく(…だ)。ひとしくこれ。ともにこれ。≒“同是”〔tong2shi4〕。 ・有家:(故郷に帰るべき)家がある。 ・帰未得:まだ帰れない。【〔動詞〕+〔否定詞〕+〔得〕】で、「…が成(な)し遂(おお)せない」「…が出来ない」の意。盛唐・杜甫の『乾元中寓居同谷縣作歌』に「有客有客字子美,白頭亂髮垂過耳。歳拾橡栗隨狙公,天寒日暮山谷裏。中原無書歸不得,手脚凍皴皮肉死。嗚呼一歌兮歌已哀,悲風爲我從天來。」とあり、同・杜甫の『哀江頭』に「少陵野老呑聲哭,春日潛行曲江曲。江頭宮殿鎖千門,細柳新蒲爲誰香B憶昔霓旌下南苑,苑中萬物生顏色。昭陽殿裏第一人,同輦隨君侍君側。輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。明眸皓齒今何在,血汚遊魂歸不得。清渭東流劍閣深,去住彼此無消息。人生有情涙霑臆,江草江花豈終極。黄昏胡騎塵滿城,欲往城南望城北。」とあり、盛唐・杜甫の『江亭』に「坦腹江亭暖,長吟野望時。水流心不競,雲在意倶遲。寂寂春將晩,欣欣物自私。故林歸未得,排悶強裁詩。」とあり、後世、清・張問陶は『小樓』で「小樓春雨似呉篷,萬里浮家少定蹤。墨海淘金知水利,硯田收税學山農。升沈祗覺生如戲,貧病方爲世所容。坐破蒲團歸未得,夜天何處一聲鐘。」と使う。 ・帰:本来かえるべき自宅や故郷や墓所などにもどる。
※杜鵑休向耳辺啼:(帰ることが出来ないでいるわたしに、哀しげに「帰ったほうがいいよ」と啼く)ホトトギスよ、耳元で(そのように哀しげに急(せ)かすように)啼かないでほしい。(哀しさが一層募るから)。 ・杜鵑:ホトトギス(=不如帰、子規。なお「不如帰」は「帰ったほうがいい」の意で、「子規」は「子帰」で、「あなたは帰りなさい」の意)。その啼き声は「不如帰去」とも。家を長期に亘って空け、旅路にある者にとっては、ホトトギスの啼き声が「不如帰去」(ふじょききょ、プールーグィチュ、bùlú guīqù=「帰った方がいいよ」)と言っているように聞こえる。盛唐・李白『宣城見杜鵑花』に「蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑花。一叫一廻腸一斷,三春三月憶三巴。」とあり、南宋・陸游の『鵲橋仙・夜聞杜鵑』「茅檐人靜,蓬窗燈暗,春晩連江風雨。林鶯巣燕總無聲,但月夜、常啼杜宇。 催成C涙,驚殘孤夢,又揀深枝飛去。故山猶自不堪聽,況半世、飄然羈旅。」とある。 ・休向-:…で…するのをやめよ。 ・休:やめよ。やめる。 ・向:おいて。≒於。また、むかって。ここは、前者の意。 ・啼:〔てい;ti2○〕(鳥やけものが)鳴く。声を出して泣く。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「萋堤啼」で、平水韻上平八齊。この作品の平仄は、次の通り。
●○●●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
○●●○○●●,
●○○●●○○。(韻)
2012.6.12 6.13完 7.30補 |
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