陶淵明　陶潜　　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 taoqian　taoyuanming

陶淵明陶潜


　　　　　　　　　　　　　　東晉　陶潛
      擬古　　
       九首其八

少時壯且厲，
撫劍獨行遊。
誰言行遊近，
張掖至幽州。
饑食首陽薇，
渇飮易水流。
不見相知人，
惟見古時丘。
路邊兩高墳，
伯牙與莊周。
此士難再得，
吾行欲何求。

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擬古

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
少時　　壯にして　且（かつ）　厲（はげ）しく，
劍を　撫して　　獨り行遊す。
誰か言ふ　　行遊　近しと，
張掖より　　幽州に至る。
饑ゑては　　首陽の薇（わらび）を　食（くら）ひ，
渇しては　　易水の流に　飮む。
相知の人に　　見（あへ）ず，
惟だ　　古時の丘を　見るのみ。
路邊　　兩（ふた）つの高墳あり，
伯牙と　莊周と。
此の士　　再び得（え）難（がた）し，
吾　行きて　　何をか求めんと欲す。

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◎　私感註釈

※陶潛：陶淵明。東晉の詩人。。。。

※擬古：先秦、漢魏の古詩に擬らえて作ったという。これは、九首のうちの其八。

※少時壯且厲：若い時は、意気盛んで、その上また、奮い立って励んでいた。　*若い時の陶潜の熱気を詠う。やがて、それが冷めてきた時には次のように詠った。陶潜『雜詩十二首』其四「丈夫志四海，我願不知老。親戚共一處，子孫還相保。觴弦肆朝日，樽中酒不燥。緩帶盡歡娯，起晩眠常早。孰若當世士，冰炭滿懷抱。百年歸丘壟，用此空名道。」や、『雜詩十二首』其五「憶我少壯時，無樂自欣豫。猛志逸四海，騫思遠。荏苒歳月頽，此心稍已去。値歡無復娯，毎毎多憂慮。氣力漸衰損，轉覺日不如。壑舟無須臾，引我不得住。前塗當幾許，未知止泊處。古人惜寸陰，念此使人懼。」　・少時：若い時。　・壯：〔さう；zhuang4●〕元気盛んである。雄々しい。勇ましい。男らしい。強健である。　・且：その上。また。…であって…でもある。かつ。〔A（形容詞）且B（形容詞）〕　・厲：〔れい；li4●〕励む。奮い立つ。はげしい。きびしい。

※撫劍獨行遊：剣を撫で、以て「覓封侯」の志を持って、独（ひと）りだけで当てのない旅に出たものだった。　・撫劍：〔ぶけん；fu3jian4●●〕剣に手をかける。剣を撫でさする。「覓封侯」ということ。尚武の志を持って身を立てることをいう。　・獨：独（ひと）りだけで…する。　・行遊：当てのない旅。何の目的もなく旅行すること。あてもなく歩きまわること。　・獨行：（連れなしに）独（ひと）りだけで旅をすること。独（ひと）りだけで道を行くこと。　・遊：諸方を遊びめぐること。

※誰言行遊近：誰が言おうか、その行程が短距離であると。　・誰言：誰が言うのか（誰も言うまい）。　・近：短距離である。近いところである。

※張掖至幽州：張掖：〔ちゃうえき〕から幽州〔いうしう〕まで至ったのだ。　・張掖：〔ちゃうえき；Zhang1ye1（ye4）○●〕現・甘肅省張掖。西北から東南に走る甘肅省の中心にある。漢土の最終地点とも謂えるところ。　・至：〔し；zhi4●〕…まで。いたる。　・幽州〔いうしう；You1zhou1○○〕現・河北省中南部の易県、州、天津市一帯。

※饑食首陽薇：：餓えては（節義の士・伯夷、叔斉のように）首陽山の薇（わらび）を食べて。　・饑食：餓えて…を食べる。　・首陽薇：新王朝である周の粟（禄）を食むのを潔しとせず、これを拒んで、首陽山に隠れ住み、薇の採取をして隠遁生活した伯夷と叔斉のこと。節義の士。『史記・伯夷列伝』に「登彼西山兮，采其薇矣。以暴易暴兮，不知其非矣。神農、虞、夏忽焉沒兮，我安適歸矣？于嗟徂兮，命之衰矣！」とある。『史記・殷本紀』「武王已平殷亂，天下宗周，而伯夷、叔齊恥之，義不食周粟，隱於首陽山。」（武王はやがて、殷を平らげて、天下は周のものとなった。伯夷と叔齊は、不義にして、新たな王朝の周の粟（禄）を食むのを潔しとせず、これを拒んで、首陽山に隠れ住み、薇（ゼンマイ？　ワラビ？）を採って生活し、やがて飢えて死んだ）節義の士。　・首陽：首陽山。河東蒲阪の華山の北で河曲の中にある。また、首陽山は、隴西の始めにある。また、洛陽の東北の首陽山に（弟の）夷齊の祠がある。偃師県の西北。また、清源県の首陽山で、岐陽の西北にある。……とまだまだ伝えられている。後世、中唐・白居易の『訪陶公舊宅』に「垢塵不汚玉，靈鳳不啄羶。嗚呼陶靖節，生彼晉宋間。心實有所守，口終不能言。永惟孤竹子，拂衣首陽山。夷齊各一身，窮餓未爲難。先生有五男，與之同飢寒。腸中食不充，身上衣不完。連徴竟不起，斯可謂眞賢。」、現代・蔡希陶は『贈呉晗』の挽聯で「書歸天祿閣，人在首陽山。」　とし、我が国では、後花園天皇は『賜足利義政』で「殘民爭採首陽薇，處處閉廬關竹扉。詩興吟酸春二月，滿城紅緑爲誰肥。」とし、山田方谷は『詠伯夷叔齊』で「剪商計就竟戎衣，宇宙茫茫孰識非。君去中原幾周武，春風吹老首陽薇。」とする。　・薇：〔び；wei2○〕ゼンマイ？ワラビ？。山菜。現在一般には「薇」はゼンマイで、「蕨」はワラビと訓むが、伯夷叔齊が採って食べたのは、ワラビとすることが多い。果たしてワラビかゼンマイか…。『史記』の古註は、「索隱『薇，蕨也。』『爾雅』云：『蕨，鼈也。』　正義　陸『毛詩草木疏』云：『薇，山菜也。莖葉皆似小豆，蔓生，其味亦如小豆，可作羹，亦可生食也。』」日本語では薇字は「ゼンマイ」、蕨字は「ワラビ」としており、現代語でも“蕨〔jue2〕”は「ワラビ」の意、“薇〔wei1〕”は「ゼンマイ」や「ハマエンドウ」の古称。「ゼンマイ」の古称。“薇蕨”〔wei1jue2〕は「ゼンマイとワラビ」といった山菜のこと。ここでは、周の統治下の畑でできたアワ（禄）を食むのを潔しとせず、山野に自生している山菜を食べた、周の禄を拒絶したということの強調でもある。

※渇飲易水流：喉が渇いては（壮士・荊軻のように）易水の川の流れを飲んだ。　・渇飲：喉が渇（かわ）いて…を飲む。　・易水流：易水の川の流れ。壮士の荊軻のことを指す。燕・荊軻は、太子丹の依頼を受けて、秦王政（後の統一秦帝国の始皇帝）の暗殺のために旅立つ際、易水の畔で別離の宴が催された。太子丹や高漸離らに見送られ、出立する時、荊軻が歌ったのが『易水歌』「風蕭蕭兮易水寒，壯士一去兮不復還。」として遺っている。『史記・卷八十六・刺客列傳・第二十六』には、その場面を次のように記している：「太子及賓客知其事者，皆白衣冠以送之。至易水之上，既祖，取道，高漸離撃筑，荊軻和而歌，爲變徴之聲，士皆垂涙涕。又前而爲歌曰：『風蕭蕭兮易水寒，壯士一去兮不復還！』復爲羽聲慷慨，士皆瞑目，髮盡上指冠。於是荊軻就車而去，終已不顧。」と。　・易水：〔えきすゐ；yi4shui3●●〕河北省易県（易州）の附近から発し、東流して大清河に合流して、北京の南西を流れて天津市を通って勃海に注ぎ込む川。前出幽州を東流する川。

※不見相知人：真実の心を理解してくれる知己に出会うこともなく。　・不見：会わない。顔を見ない。いなくなる。蛇足になるが、現代語でも“不見（了）”といえば、「（い）なくなった」の意。　・相知人：心から理解し合える者。知己。知音。

※惟見古時丘：ただ古代の墳丘が見えるだけである。　・惟見：ただ…だけが見える。ただ…だけがある。　・古時丘：古代（に造られた）墳丘。　・丘：墳丘。墓の盛り土。

※路邊兩高墳：道ばたに二つの高い墳丘がある。　・路邊：道ばた。　・兩：ふたつの。　・高墳：背の高い墳丘。高く土を盛った墳墓。

※伯牙與莊周：（それは、共に好き理解者を持っていた）伯牙と莊周のものである。　・伯牙：〔はくが；Bo2ya2●○〕「知音」という言葉が生まれた「伯牙・鍾子期」の伯牙。伯牙は琴を能くし、鍾子期はその琴の演奏良さを理解して伯牙の心を見抜いたという。転じて自分を理解してくれる知人。　・與：…と。　・荘周：〔さうしう；Zhuang4zhou1●○〕荘子のこと。戦国時代の道家の学者。周は名。自分の心を語るべき真の知己を持っている人の例。ここでは､好き理解者（惠施）を持っていた人物として使われる｡『淮南子・脩務訓』に「是故（鍾）子期死而伯牙絶弦破琴，知世莫賞也。惠施死而莊子寢説言，見世莫可爲語者也。」

※此士難再得：これらの（立派な）人は、（一度は手に入ったものの）もう二度と得ることは、困難である。　・此士：これらの（立派な）人。ここでは伯牙と莊周、またそれを支えた鍾子期と惠施らのことを指す。　・難再得：（一度は手に入ったものの）更にもう一度、得ることは、困難である。　・難再：（一度は可能だったが）もう二度とすることは、困難である。前漢・李陵の『與蘇武詩』其二に「嘉會難再遇，三載爲千秋。臨河濯長纓，念子悵悠悠。遠望悲風至，對酒不能酬。行人懷往路，何以慰我愁。獨有盈觴酒，與子結綢繆。」とある。

※吾行欲何求：わたしは行くゆく、何を求めようとしているのか。　・吾行：わたしはゆくゆく。わたしは行って。また、わたしの旅路。　・吾：わたし（は）。上古では、主格に用いることが多く、「吾行」は「吾　行きて…」（わたしは…）と読むのが語法に適（かな）い、陶潜も『和郭主簿』では、「藹藹堂前林，中夏貯清陰。凱風因時來，回飆開我襟。息交遊閑業，臥起弄書琴。園蔬有餘滋，舊穀猶儲今。營己良有極，過足非所欽。舂作美酒，酒熟吾自斟。弱子戲我側，學語未成音。此事真復樂，聊用忘華簪。遙遙望白雲，懷古一何深。」のように、両者を正確に区別して使っている。そのような彼の作品の場合、ここを「吾（わ）が　行（かう）」（わたしの旅路）と読むのは、適切でない。　・行：ゆくゆく。…になろうとする。ゆきゆきて。将然形の表現。また、経る。去る。死ぬ。また、旅路。旅程。旅支度。働き。ここは、前者の意。『帰去来兮辞』で「歸去來兮，請息交以絶遊。世與我以相遺，復駕言兮焉求。悅親戚之情話，樂琴書以消憂。農人告余以春及，將有事於西疇。或命巾車，或棹孤舟。既窈窕以尋壑，亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮，泉涓涓而始流。羨萬物之得時，感吾生之行休。」と同じく、やがて。ゆくゆく。まさに…しようとする。といった将然形を表す。＝行將。　　・欲：…たい。（…と）ほっす。…んとす。　・何求：何を求めるのか。

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◎　構成について

仄韻の一韻到底。韻式は「AAAAAA」。韻脚は「遊州流丘周求」。平水韻部で見れば、下平十一尤。この作品の平仄は次の通り。

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●●●○○。（韻）
○○○○●，
○●●○○。（韻）
○●●○○，
●●●●○。（韻）
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○●●○○。（韻）
●○●○●，
●○◎●○。（韻）
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○○●○○。（韻）