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2013年
ファンタのまとめ

Fanta 2013 Resümee

開催:2013年8月

2013年夏のファンタ

今年のファンタは映画作りの手堅さという点では実り多い年でした。重点テーマが一極集中していて、その扱いに問題が見られるという点では疑問の残る年でもありました。その両方の面からざっと見回します。

★ 本数

今年は長編46本と短編9本を見ました。見ていないのは長編19本。体調を考えて1本だけスケジュールでは見られたところパスしています。

見た範囲では予算の大小に関わらず演出、撮影、ロケ、俳優の演技がきちんとしていて、平均よりずっと上のレベルに達している作品が多数派でした。

★ スターは少ない

何を持って一流と言うかは人によって違うと思います。大スターの有無で言うとほとんどスターらしいスターは出ていません。

ジョン・キューサック、メラニー・グリフィス、ポール・ジアマッティー、ジェラール・ドパルデュー、ジョン・マルコビッチ、ペーター・ストルマーレ、ロビン・ライトなどがスターかも知れませんが、ウィリス、スタローン、ストリープ、デニーロ、パシーノなどをスターと考えている人に取っては格が下でしょう。主観の問題です。

例外的にイライジャ・ウッドやポール・ウォーカーなど1人で主演を張れる若手スターをたくさん集めた作品がありました。話はそれなりにうまくまとまっていましたし、自分の個性を出す機会を得た俳優もいました。スターがデフレに陥っていると言われればそうかも知れませんが、皆楽しそうに演じています。

★ 大掛かりな特撮、アクションは少ない

パシフィック・リムのような大掛かりな特殊撮影ゼロ。SF の絶対数が少なかったことも理由の1つでしょう。宇宙船が出て来る作品が1本ありましたが、特殊撮影で売る作品ではなく、船内のシーンが多いです。SF でも地球が舞台で、伝染病他で地球がガタガタになった後ってな話にしてある作品がありますが、大掛かりな特殊撮影は無いに等しいです。

アクション映画もリュック・ベソン、マイケル・ベイなどの作品に比べると小ぶりです。

この方面では一流と言える作品はありませんでした。ただ、私はブロック・バスターも小ぶりな作品も好きなので、大掛かりなスタントが無くても別にどうと言うことはありません。

★ 俳優の力量

有名スターの主演作が少ない中、演技が一流の無名俳優や、その国だけで有名な俳優、そのジャンルだけで有名な俳優の作品が多かったです。演技の駄目な作品はほとんどありませんでした。

残念ながら日本とドイツの俳優はまだそのレベルに達していません。ここは両国の大きな課題です。日本の場合はファンタに出ないような作品に出演する俳優にはきちんとした演技のできる人が色々な世代に少しずつ散らばっていると思います。ドイツは全体的にワン・パターン演技の人が多いため、犯罪映画やホラーに限らず課題が残ります。

★ カメラ

ブレア・ウィッチ・プロジェクトやドグマ映画路線を演出の一部として取り入れている作品があり、筋の展開上仕方ありません。しかし観客としては「見づらいなあ」と不平が出ます。

風景に丁寧に気を使った作品、光の具合、セットとの色合いを良く計算している作品が結構あり、感じが良かったです。プロットとしてはメリハリが無かったり、アホかと言うような筋でも、撮影が上手く行っているため、そこだけは楽しめる作品がありました。

★ 地域別

☆大成功スペイン☆

今年絶好調と言えるのはスペインとスペイン語作品。スペインからは1人の俳優が長編3本に主役や準主役で出ています。私も仲間も2本に同じ人が出ていることは分かりましたが、3本だと気づいた人はいませんでした。

この人1人で随分がんばっていると言えますが、共演している人たちもいい演技でしたし、カメラ、脚本、プロットも良く、全体に合格点すれすれではなく、余裕を持った合格点に達しています。

南米の作品にも地震の後の混乱の中でワーワー言っているだけの単純なストーリーの作品があったのですが、見終わって数日経ってもほんわかとしたいい雰囲気が心に残りました。普段このジャンルだと1度見ただけでおしまい、特に記憶に残らないものですが、主要な登場人物の描き方に好意がこもっていて、地震が起きるまでの楽しい時間が妙に記憶に残りました。

☆英語圏☆

英語圏も健闘していました。英語圏は英米以外にアイルランド、豪州、カナダなどから参加できるので、どこかの国が不調でも他ががんばるので、全体としては有利です。

相変わらず英国系の俳優は無名でも演技がしっかりしていて、脚本が悪かろうが、演出がどうであろうが役はしっかり理解して演じています。

☆小さな国☆

スカンジナビアは今年は不調。と言うか参加数が少なかったです。珍しくリトアニアからの参加もあったのですが、こけました。奇をてらうのを止めて正攻法でやってはと思います。

ベネルックス3国ではルクセンブルクは投資しただけであまり口を挟んでいない様子。ベルギーとオランダが積極的ですが、作品の出来では今年はベルギーの勝ち。ベルギーは数は少ないのですが、出して来る時はオランダより気合の入った作品を送って来ます。今年もそういう感じです。オランダは一頃の勢いが静まった感じです。

☆欧州の映画大国を目指すフランス☆

フランスは今年はやや静か。作品数は7本ですが、他国と共同出資しているケースが多く、フランス語でガンガン押して来る勢いはありません。

ただ、ワイルド・バンチという会社(創立2002年)を抱えているのはフランスで、ワイルド・バンチの作品は今後もがんばるでしょう。

ざっと見回しただけでもこの会社が扱った作品は:

 ・ アーティスト
 ・ 英国王のスピーチ
 ・ オールド・ボーイ
 ・ 華氏911
 ・ 皇帝ペンギン
 ・ 千と千尋の神隠し
 ・ パンズ・ラビリンス
 ・ マグダレンの祈り

ここで挙げたのはごく一部。全体でかなりの数の作品を扱っており、ファンタ向けの作品もたくさんあります。

☆アジア☆

アジアは何度も書いたように今年は不調。参加本数も例年より少なかったです。過去5年間で1番少なかった年で6本。普通は10本前後なのですが、今年は一昨年とタイで6本。その中で期待通りおもしろかったのはインド、サプライズだったのが韓国。

アジアは現在映画どころでない状況なので不調は分かりますが、映画大国のインドで作品をもう少し探してはどうかと思います。何しろ年間長短合わせて2000本に届くかというぐらい制作している国です。長編ですと1本の時間が欧米の長編の倍かそれ以上あるのですが、その楽しさはインド人でなくても分かります。これほどの数作られていればファンタに合いそうな作品もあるのではと思いますが。

☆中東☆

中東からは滅多に参加が無く、あるとすれば主としてイスラエル。イスラエルは直接ハリウッドとつながってはいないようです。イスラエル独自の映画業界があります。今年は2本来ました。1本は完全なイスラエル発、もう1本はイスラエルの監督が欧州の資金提供を受けて作っています。

それぞれ力を入れて作ったのだろうとは思いますが、1本はファンタよりベルリン映画祭向きと思われる内容。一種の SF なのでこちらにも出そうと思ったのだと思いますが、映画界が人をどのように扱うかなどにおもしろさがあるので、むしろ人間ドラマ。もう1本は明らかに犯罪ドラマで、最後まで謎で引っ張るのでファンタ向きですが、尋問シーンに気合が入り過ぎていて、私はげんなりしてしまいました。

★ ジャンル別に見て

それぞれのジャンルとして立派な出来の作品が多かったです。自分が好きなジャンルでなくても合格点はつきます。境界線ぎりぎりの合格ではなく、余裕の合格点。

不運な例もあり、スタッフ、キャストの力量がそのジャンルでおつりが来るほどいいのに、プロットが弱かったり、すばらしいプロットで、大部分のキャスト、スタッフがいい仕事をしているのに、主要人物の演技があと一歩だったり、力量のある俳優にぱっとしない演出がなされている例があります。ただ、良い部分がすばらしくいいので、作品全体ではこけたとは言えません。あとちょっとの所で惜しかったと言う人もいるだろうし、私の点が辛過ぎると言う人もいるでしょう。

作品全体としては駄目と評価した作品でも、演技、演出、カメラ、プロット、撮影などの分野で複数の項目が良くて、何か1つでふいにしている例がいくつかありました。過去にはそこまで良い材料が揃い切れていない作品が多かった年もあり、今年は駄目は駄目なりにある程度のレベルを保っていました。本当にど〜しょ〜もない作品は稀でした。

★ 全体を見渡すと実り多い年

20周年の辺りで急にスターの出る作品を減らし、小ぶりの佳作を集めたことがありましたが、その年を越えるほど手堅い作りの作品が集まりました。仲間内ではあまり「今年は凄い」という声が聞こえず、中には「今年はレベルが落ちた」という声もありました。

私は頭の中で数個の基準を決めていて、それぞれに点をつけます。例えばこんな具合。

 ・ 俳優の力量
 ・ 演出
 ・ 撮影
 ・ ロケーション
 ・ プロット
 ・ テーマ

その他に SF やアクション映画であればその分野の技術でも点数をつけます。アニメの時も上の項目に加えて別な点数をつけます。

今年はこの6項目の4つぐらいに余裕の合格点がつく作品が多かったです。特定のジャンルの作品では、そのジャンル内で立派な評価を受けられる仕上がりの作品が多かったです。

★ 偏ったテーマ

なのになぜ満足していない人が多かったのかですが、テーマが偏り過ぎていたのでうんざりしたのではないかと疑われます。

毎年スタッフの好みと洒落でいくつかの作品が集められるらしく、相互に何の関係も無いのに妊娠中の女性が登場する作品が5本集まったとかいうことがありました。今年はそういったスタッフの洒落や冗談ではなく、まるで映画業界がカルテルでも結んだかのように、多くの作品が幼児虐待を扱っていました。その数があまりにも多かったので、いい加減にしてくれと感じた人が多かったのかも知れません。

★ テーマの取り扱い

私にも児童虐待を扱った作品の多さは分かりました。重大な事なので映画がテーマとして取り上げることはあってもいいと思います。ただ同時にこんなにたくさん出されるとうんざりする人が出るだろうとも思います。ま、それは私にはあまり気になりませんでしたが。

むしろ「これはまずいんじゃないか」と思ったのはその扱いです。問題の本質に迫ろうという気概の見えた作品が少なかったのです。主人公なり、犯人役なりが子供を虐待していたとか、虐待された子供だったとかで、子供が復讐をするとか、怒りが頭に上って来ると超常現象が起きるとか、大人が事実を隠蔽するだとかで、調査、捜査の結果子供が犠牲者だったという真相に行き着くプロットになっている話が多かったです。

警察や主人公がその事実に行き当たると「子供虐待は駄目ですよ。はい、終わり」となってしまうケースが多いです。悪循環が親に虐待された子供に引き継がれて行くことや、自分が社会で下の立場にいるため、さらに弱い子供に不満をぶつける様子を暗示するような形で描いた作品もありましたが、大部分は「こういう事象があります。これは行けません。はい、終わり」といった触れ方で、子供虐待テーマはただの流行なのかと思えてしまいます。

他の犯罪より悪循環を断ち切るのも、犠牲者が自信を取り戻し社会的に立ち直るのも難しく、時間がかかり、理解者が必要な分野であり、本気で何とかするつもりがあるなら、何世代も時間をかけて取り組まなければなりません。その辺を分かって作った作品が少なく、ただその場の犯人を非難するだけに終わりそうで心配です。

麻薬撲滅や、戦争反対の例でも似たような失敗をしています。状況を報じるのは最初のうちは重要で、ただそのテーマに触れるだけでも意味があるのかも知れません。しかしその段階は「こういう問題がある」と世間に知らせ終わったら終了。ところがその次の段階というのが無いままずっと時間が過ぎてしまいます。で、麻薬の消費者は増える一方、戦争は一向に無くなりません。この方法だけでは改善しないと現代社会は分かっているはず。社会がまた1つキャンペーンのテーマを発見したのはいいですが、メディアのおもちゃで終わってしまうのかもしれず、ため息が出ます。

★ 名指しでいい作品をご紹介

見る日、順番によって感想がかなり左右されます。主催者も映画の配置にはいくらか気を使っているのではないかと思われます。ここでは私の見た順番にたどって行きます。

初日、2日目

映画の体をなしていないような駄目な作品はありませんでした。ほとんどがそのまま公開しても非難を受けるとか、見放されることはありません。それなりに興行成績も上がると思います。

最初の7本でこれはちょっとと思ったのは Frankenstein's ArmyThe Philosophers

Frankenstein's Army はジャンルのファンには受けると思います。一般受けを狙うなら適度にカットして公開し、後でダイレクターズ・カットを出したら良かったと思います。監督の好みのシーンの詰め込み過ぎでした。

The Philosophers は落第。作り方が稚拙で、俳優、撮影もぱっとせず、理想主義の部分があまりに子供っぽくて子供にも見放されそう。

中学か高校の学芸会のレベルで、私が今年見た作品の中でほぼ最低ライン。このレベルは今年は本当に少なく、以下は合格ラインを軽くクリアした作品です。

3日目

App は予想外に良かったです。宣伝のされ方が悪く、見る前に「ぱっとしない」印象を受けました。トレイラーでも良さが十分出ていません。実際には推理物として手堅く作られています。

Scenic Route は単純なプロット、きっちり書かれた脚本、それを最大限生かせた2人の俳優の演技の勝利。作品としてはむしろベルリン映画祭向きで、私の趣味とは全然違いますが、オスカー候補にできるぐらい力強い作品です。

この日は6本中3本もサプライズがあり、3作目に選んだ El cuerpo は映画祭全体でもトップ・クラスのサプライズです。

主演に近い俳優は今年のファンタに来たスペインの映画のうち3本で主役、準主役を取っています。物凄い演技ではありませんが、十分役割を果たしています。

スペインと言えば乾いた暑い明るい国というイメージですが、El cuerpo では雨と夜のシーンが中心。ちょっと普段と違うイメージで話が進みます。

そしてプロットの捻り具合が本格推理小説ファン向き。当初はこの時間帯 SF を見るつもりにしていて、外そうかと思っていました。予告を見る限りは中程度の警察物のようだったのです。ところが見てびっくり。こんな結末になるとは想像もつきませんでした。タイトルも内容を表わしつつネタバレはしていません。

4日目

この日は似たような、思いがけない殺人の作品がが2本あったのですが、軍配は 100 Bloody Acres に。スプラッターらしく恐ろしく血みどろ。ユーモアは非常にブラック。それでいてアハハと笑えます。

ビンチェンツォ・ナタリの幽霊話 Haunter も幽霊物としては他の作品より話がいい加減でなく、きっちりしています。私はスプラッターも幽霊話もあまり好きでないのですが、このジャンルとしては合格。

この日のハイライトでもあり、フェスティバル全体でもトップ・クラスと言えるのが Au nom du fils。この作品も当初は見ないつもりだったのですが、直前に得た情報で考えを変えました。風刺として成功しています。実際に色々な事件の起きた国で、当初は表面をかすっただけの作品ではと疑っていたのですが、脚本にかなり気合が入っている上、それを解釈した俳優の力量も優れています。

5日目

惜しかったのが Nordvest。非常にまじめにテーマに取り組んでいて、俳優も手堅い演技。社会派の作品としてベルリン映画祭に出した方がいいのではと思います。ファンタに出すには何かが足りず、お説教調にも見えます。兄弟が違う性格になって行くこと、子供が犯罪に手を染めて行く事に薄々気づく親、親代わりに若いチンピラの世話をやく父親代わりのボスなど色々考えるべき材料がこめてあり、俳優の演技も自然で、無駄な映画ではありません。要は出品する場所がちょっと違っていたような・・・。

予想より良かったのが Educazione siberiana。メリハリの利いた年代記で、色々な出来事を110分に詰め込んであるのに、ぎゅうぎゅう詰めの印象を受けません。その上過去のあの出来事が現在のこの出来事に関わり・・・などと、ただの年代記では終わりません。俳優のバランスもいいです。

そしてこの日の最大のサプライズで、フェスティバル全体でもベスト3に入るのが韓国の新世界。間もなく記事にして出そうかと思っています。最近現実の世界ではひどく軌道を外れている韓国ですが、映画人の中に冷静な目を持った人がいました。

6日目

名優ドパルデューの演技は中程度でしたが、ストーリーが意外な方向に飛ぶので驚いたのが La marque des anges - Miserere。タイトルは事件に深く関わる音楽の曲名から取っています。連続殺人事件を捜査する引退した刑事と、インターポールのエージェントの話ですが、殺しの手口がユニークで(実際にはあり得ないのではないかと思います)、地理的にもフランスから南米に飛びます。

7日目

この日楽しみにしていたのは The Grief Tourist。予想以上に良かったのはメラニー・グリフィスの演技。加えて他の俳優も良く、アメリカの小さな町の様子も良く、セピア風の色彩も良く、フィルム・ノワールというジャンルを良く理解して作られていました。

これだけの力量のあるキャスト、スタッフを集めたのに欠けていたのがプロット。脚本は良く書けているのですが、プロットが腰砕けではいくら脚本家がいい台詞を思いついても頓挫。プロットが決まっていれば凄い作品になったと思います。

ファンタに来るドイツの作品はつまらないことが多いので、パスすることもあるのですが、今年はぱっとしない作品が重なったので、ドイツの方を選びました。今年参加の他の作品と比べるとかなり落ちますが、ドイツの作品としてはややがんばったという印象。後でコンビを組んでいた別な作品を見た人から妙な質問や不満が出ていたので、こちらを選んだのは正解だったようです。

Robin Hood というタイトルからして、夢見る子供の作品だとは思いました。実際プロットを立てる段階で子供っぽい理想主義にとらわれ過ぎて失敗。あるいは元からガス抜き映画を作るつもりだったのかも知れません。まだ若いスタッフ、キャストなので金融業界の複雑さが手に負えなかったのかも知れません。 いずれにしろ、呆れるほどナイーブ(無知)な物語展開で、私はすぐ諦めました。

道具はいくつか揃っていました。主演の青年は今後もこの種の若い主人公としてアクション映画でやって行けそうな感じでした。撮影は主として金融の町フランクフルトで行われたようで、一定のアクション映画のスケールを持っていました。撮影も欧州の作品としては悪くありませんでした。そして何よりも驚くのは監督の短時間で撮影する能力。予定が厳しく、大きな場所に3つの撮影準備をし、同時に3つ撮り、監督は敷地内であっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しかったそうですが、雑な撮り方では無く、本人がばらさなければそんなに大急ぎで撮ったことに気づきませんでした。つまり短時間に大勢の人間を動かす能力のある監督のようです。数年前まではファンタの観客席に座っていたそうで、ファンタ出身の監督と言えます。

次に映画を作る時は同じ俳優、同じスタッフでもいいですから、もう少しまともなプロットでやってもらいたいです。金融問題はドイツ一国で収まるものではありませんし、銀行家というのはあんな感じではありません。大金をかけて理想主義のメルヘンを作ったのでしょうが、お金が勿体無かったです。

ドイツの映画界の問題をある程度把握し、それを突き破りたいという気持ちを持っている人が集まって作ったとのことですが、インタビューでは仲間内の褒め合いに終始していました。もう少し自分に対して冷たい目、厳しい目を養えばと思います。これだけ大勢の人間を動かす技量をこの年齢(監督は凄く若い)にしてすでに持っているので、先行き明るいのですが、褒めてもらいたいという欲求は映画界の人にはどうしようもない課題のようです。

8日目

前3分の2ほど良い作品が続き、終わりの3分の1は少しだれた印象。

それでもスペインは気を吐いていて、またもや同じ準主演俳優登場で Fill de Cain。この人の演じた役は3作とも全く違うタイプです。Fill de Cain では何となく秘密のありそうなお父ちゃん。プロットがやはり良くて、「このお父ちゃん怪しいなあ」という乗りで最後まで観客を引っ張ります。

お父ちゃんが怪しくなければ息子が怪しい、両方無罪とはならないストーリーで、そこへ更に「どういう関係なのだろう」と疑問の浮かぶ登場人物が加わり、ミステリー。El cuerpo ほどのサプライズではありませんが、最後まで見ないとオトシマイが分からないようになっています。

がっかりしたのがジョン・キューサックの殺しのナンバー。英国の秘密基地、ラジオ放送で番号の暗号を発信などとおもしろい素材を扱っているのですが、かなり予算を切り詰めたらしく、こんな出来上がりなら作らない方が良かった、2本分ぐらい予算を貯めて、1本いい作品を作った方が良かったと思いました。

監督がわざわざベルリンにやって来た Big Bad Wolves。捕まえた男が本当に犯人かが分からず、ショーダウンまで観客を引っ張ります。犯罪映画なのでファンタに向いていますが、拷問のやり過ぎでげんなり。

もっと酷い拷問をする映画も見たことがあるのに、なぜこの作品で疲れてしまったのか。それは恐らく俳優の力量のせいでしょう。気合の入った演技を見せていて、監督が言うようなユーモアの部分が吹っ飛んでしまったのだと思います。

犯人とされた男、誰が犯人にせよ娘を失った男、全力を尽くして捜査に当たったのに埒が明かず不満の溜まった刑事の3人がぶつかり合うドラマです。観客には容疑者尋問に加え、「万一人違いだったらどうしよう」というスリルもあるので、もう少し適度な所で息抜きの時間を入れれば凄い作品になったと思います。がんばり過ぎて観客を疲れさせてはだめ。

と、くたびれてしまった私たちにはいいデザートとなったのがポーン・ショップ・クロニクルス。1人で主演を張れるスターがぞろぞろ。アクション・スターのポール・ウォーカー、ちょっと前のアイドル、最近は性格俳優を目指すマット・ディロン、コメディーでもシリアス・ドラマでも主演が張れるブレンダン・フレーザー、個性的な脇役の多いビンセント・ドノフリオ、たまにB級映画の主演、普段は脇役でファンタに参加する日本ではおなじみのノーマン・レーダス、ちょっと前まで主演で出ずっぱりだったイライジャ・ウッド、脇役でも顔は覚えてもらえる DJ クウォルズ、そしてアメコミなどで主演を張れるトーマス・ジェーン。まあ、良く揃っています。他にもどこかで顔を見たような俳優がいるでしょう。

輪舞形式で、1軒の質屋、そこに預けられた指輪を巡っていくつものエピソードが並びます。普通なら退屈な話になるところ、妙な人間ばかり登場するため退屈どころか爆笑。所々に狂気やひどい犯罪も挟まっていて、メリハリがあります。

最終日

それほど大きな期待をしていなかったのが Revenge for Jolly!。筋はどうと言う事も無いのですが、描写が絶妙で、一般的な期待や予想を外したおもしろさがありました。

チンピラの話がこじれ、飼い犬が殺されてしまうのですが、それをきっかけに殺人にエスカレート。登場人物がこの種の映画ではこうだろうという常識を静かに外していて、見ているうちに「何か普通と違うなあ」と感じ始めます。いきなり何もかもを独創的に描写するわけではないため、暫く見ているうちに「ちょっと違うなあ」という風になって来ます。

ラバーを作った監督も犬を使った不思議な作品を出していますが、私は Revenge for Jolly! に大きな差をつけて軍配を上げます。

Aftershock は地震友達の日本としては見ておこうと思いましたが、地震後の略奪などがテーマになっているため快い作品ではないだろうと思っていました。

確かにひどい死に方をする人や、脱獄囚、助けを乞っても撃たれてしまう人が出るなど日本では考えにくい展開になります。主演もひどいことになります。ただ、地震になる前の主人公数人の描写が良く、そこでは好感が持てます。今年のトレンドとして子供や教会のテーマもひっつけてあるのですが、そこは他の作品のいくつかと同じで、取り上げるならもう少し掘り下げるべきで、上辺をかするだけなら止めておいた方がいいという感想になりました。

フィナーレの日ですが、この日は中程度の作品が多かったです。

全体を見てはっきり駄目な作品だと言えるのはごく僅か。コンビを組む2本の中から選択した物が良かったのかも知れませんが、私が見なかった作品19本中にも良さそうな作品がいくつか入っていたので、やはり今年は出来のいい年だったと言えるのではないかと思います。

★ テーマの取り扱い方

今年の問題は別な所にあります。映画を楽しむ者としては上に書いた点で喜ぶ事の方が多く、テーマは時代の流れに左右されるので、この人材を揃えて別なテーマや別な扱い方になれば問題は一挙に解消するものと見ています。

今年はっきり重点を置いているテーマは子供の虐待。セックス的な虐待と暴力による虐待に焦点を絞っています。ずいぶん遅いとは思いますが、テーマとして取り上げられたことは歓迎。

ところが扱いが表面的だったり、解決とは言えない事を解決としていて、被害者にもその家族にもあまり役に立たないだろうという風になっている作品が多く、事件が起きる原因や、悪い循環を断ち切るという点に踏み込んだ作品はありません。まるで今このテーマが旬だから扱ったのか、このテーマを組み入れると制作資金が集まり易かったのか、メディアに優先的に取り上げてもらえるチャンスと見たのか、いずれにしろ上っ面を掠めるだけの作品が多いです。

このスタンスは戦争に対するアプローチを見ていて長年感じていることとそっくりです。「戦争が悪い」と言うとその意見に反対する人はあまりいないでしょう。一歩進んで「戦争を無くそう」と言っても反対する人は少ないでしょう。

「そのために何をしよう」という段階から先が問題で、現在の世界を見回すと戦争が減ったようには見えません。素人なら戦争が起きる政治の構造を勉強したり、そのメカニズムを知った上でそこに集中されていたエネルギーや資金を別な所に使ったらいいではないかと思うのですが、この辺りから後は急に本気で掘り下げられなくなります。

似たような話は麻薬撲滅の運動でも見たことがあります。有名人を引っ張り出して「ノーと言いさえすればいいんだ」というキャンペーンを行った先進国があったのですが、現在麻薬に取り付かれてしまっている人がそんな呼びかけに耳を貸すだろうか、そういう人たちにとって「ノー」と言うのがどの程度難しいか、そこを分かって言っているのかと大いなる疑問を抱きました。子供の虐待という長年尾を引く上、その先の世代にも影響を与える問題がこういう扱いになっているのです。

そうなると作品を多数作るより、きちんとしたスタンス、時間的な広がりを持った作品を良い脚本、スタッフ、キャストで1、2本作った方がずっといいのではないかと思いました。

★ 具体的には

出来事を示すだけ、子供を失った親が復讐をする、子供が大人を襲う、子供の潜在的な怒りがオカルト的な超能力となって物を破壊したり人を死に追いやるというような表現法が取られていました。

ちょっと前にファンタに出たバイオレンス・レイクでは、前半から後半の前半辺りまでは悪魔のような子供たちがたまたまやって来た若いカップルにひどい事をするという形で展開していましたが、後半の後半で、この子たちがこういう風になるに当たっては親がどうだったか、その親も恐らくは子供の頃・・・という点が今年のファンタに出た作品よりは具体的に表現してありました。

子供の虐待が世代間で引き継がれて行く可能性が大きい事を示すのが次の一歩と言えるかもしれません。

子供を可愛がる親の手法も世代間で引き継がれて行くので、ここで状況をひっくり返す努力をする甲斐があると思います。親の姿は良い方向にも悪い方向にも子供に引き継がれることが多い、ぐらいの事は誰かが言ってもいいのではないかと思います。

そういう世代間の問題を抱えておらず、ある時誰かが突然嫌な経験をし、そこから先の世代に問題が起き続ける事も考えられますが、どこかの世代でストップをかけないと悪循環が続くという情報はもう少し世間に流布してもいいのではないかと思います。

子供が受けた虐待を本来訴えられる最初の場所は両親。ところが両親が子供を虐待したとなると袋小路に入ってしまいます。また、よそで被害に遭った子供が両親に訴えた時、親がそれ信じないとか、相手が権威を持った地位にいるため子供を黙らせてしまうような事が起きたら、子供は直接の被害に加え人間不信に陥るという二重苦。この点は今年のファンタには部分的にチラッと触れた作品がありました。私自身はこのメカニズムこそもう少し具体的に示し、映画界は本気でこのテーマに取り組むつもりなら示すだけに終わらせず解決の糸口にも触れるべきと思います。

もう1つ難しい問題だと思えるのは大人の態度に子供が不満を持った場合。これを虐待と呼べるかはともかく、大人が大人の判断で「これは子供にいい事だ」と決め付けて押し付けた結果子供が嫌な思いをするというストーリーもありました。この点は色々あり、大人の勝手と見える面もあれば、子供の理解を超えて大人が配慮している場合もあります。そこは脚本家に取っては格好のテーマになり得ると思います。

私が良く欧米の映画を見ていて不満に思うのはパニックに陥ったり、とんでもない目に遭った相手(子供に限らず)に「Everything will be alright」とか「Everything is alright」言うシーン。「誰の目で見ても大丈夫じゃないじゃないか」と突っ込みを入れたくなってしまいます。これを連発された子供は親に不信感を持ってもおかしくないと思うので、子供の不満には同意してしまいます。日本の親からはあまり出ない台詞です。逆手に取って「Everything will be alright」と言う人間を中心に置き、何もかもがぐちゃぐちゃになって終わるコメディーが作れるかも知れません。

ま、子供虐待テーマに暫く重点的に予算が下りるようなので、今後もう少しまじめなアプローチを期待したいです。

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