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村外れの墓場に足を踏み入れたガライの目の前に、巨大なハイクロスが立ちはだかった。
石で造られたそれはかなり古いものらしく、不思議な文字…のような、模様のようなものが刻まれている。
それ以外にも何か無いかと墓場をきょろきょろ見回すが、他に目ぼしいものはなかった。
「これ…気になるな」
ハイクロスに近寄り、その墓石を少し押してみる。すると、ズズ…とわずかながら墓石が動いた。
「ここか!?」
ガライは大声でクライドたちを呼んだ。一人ではとても動かせそうになかったからだ。
「この下に、入り口が?」
「そうかどうかはわからない。でも、こんなに古い墓のフタがこんなにあっさりと動いていいもんか?」
「とにかく、開けてみよう」
ガライとクライドとティーテが墓石に手をかけ、力一杯それを押し始めた。
ズズズズと音を立てながら墓石は少しずつ横にずれていく。そして、その下から深い闇を覗かせた。
「階段みたいなものがあるな…」
クライドが墓の中を覗き込んだ。地下室か何かの入り口のようにも見える。
「ガライとユリナはついてきてくれ。残りは念のために村の捜索を続けるんだ」
道具袋から松明を取り出すと、クライドは墓の中へと入っていった。
「ちょっとぉ、こんなところに入るわけぇ? ジョーダンじゃないわ!」
「じゃあユリナ、村で死体を片づけるのとどっちがいい?」
「う…………………わかったわよぉ!」
頬をぷうっと膨らませながら、ユリナもクライドに続いた。
「気をつけてね、ガライ」
「…さぁ」
ランフォをそっけなくあしらい、ガライもクライドたちの後に続く。
そこは大きな空洞になっていた。ところどころにロウソクが備え付けられているのを見ると、
やはり何か目的を持って使われていた…あるいは、作られたものに間違いない。
ただ、肝心の人の姿が全く見えない。
「ねぇ、ホントに生き残りなんかいるのぉ?」
「いると決まったわけではないが、可能性が全くないよりはマシだろう」
「…ぷぅ」
ユリナの疑問もわからないではない。でも、いなければ困るんだ。クライドはそう心の中で呟くと、前に向き直った。
そのときだった。
「!? 誰だ!」
松明に照らし出された光景に、クライドははっと身構える。いつの間にか、一人の少女が目の前に立っていたのだ。
「それはアタシが聞きたいわ。あなたたち、どこの国の人なの?」
少女はクライドにゆっくりと歩み寄った。よく見ると、右手に短剣が握られている。
「アレリアから来たんだが、お嬢ちゃんはこの村の…」
「アレリアの人だっていう証拠を見せて」
クライドの言葉を遮り、少女は短剣の切っ先をクライドに向け突き出した。
「でないと、悪いけど信用出来ない…場合によっては、ここから生きて帰さないわ」
まさかこんな女の子ひとりにやられるとは思わなかったが、彼女の言葉には一理ある。
クライドは自分の剣を少女に差し出した。柄にアレリアの紋章が入っている。傭兵隊長であることの証だ。
「信じてもらえたかな?」
「…本当みたいね。疑ってごめんなさい」
少女は短剣を鞘に収めると、今までの様子がウソのように無邪気に笑った。
「アタシはフィラル。パパ…村長に頼まれて、子供たちの見張りをしていたの」
そして、じっとクライドの目を見つめた。
「ママは無事アレリアに着いたみたいね」
「ママ?」
「クローディア・カーソン。このジュール地方の領主であり、村長の妻でもあり、アタシの母でもあるの」
その名前は知っていた。マネチスの貴族だと名乗った女性だ。
しかし、義賊団に協力を仰げと言ったのにはこのような理由があったとは気付かなかった。
「でも、パパや村のみんなは死んじゃった…生き残ったのはアタシとママ、子供たち…アール………」
そう呟くと、少女は身を翻し、地下室の奥へと歩き出した。
「みんなのところに案内するわ…早く、みんなを助けてあげないと」
「助けて?」
しかし、フィラルはその疑問に答えずに、闇の中へと消えていった。
フィラルに案内されて地下室を進むうち、明らかにここが何かに使われていたことがわかってきた。
ところどころに扉がつけられ、テーブルなどの家具、酒と思われる瓶や樽がいくつも並んでいたからだ。
「ねぇ、ここは一体何に使われてたの?」
「ジュール義賊団のアジトよ」
フィラルの言葉は全員が予測していたものだった。
「お察しの通り、この村は義賊団の村。アタシもママも、村人全員が義賊団のメンバーよ。
でも、それが原因でこの村は滅ぼされてしまった…ううん、ジュール地方全体が滅びようとしている。
アタシたちが悪いわけじゃないのはわかってるけど、やっぱり…複雑ね」
そして、フィラルは一つの部屋に入った。書斎とみられる部屋だ。
「みんなは隠し部屋にいる…でも、魔法で眠らされているの。誰か、解呪の呪文を使える人はいる?」
「ユリナ、出来るか?」
「もっちろん♪」
「よかったぁ」少女が安心したように笑みを浮かべた。「それじゃ、開けるよ」
戸棚の側に立つと、フィラルは何やら鍵のようなものを壁に差し込んだ。
すると、戸棚が大きく横に動き、隠されていた部屋をクライドたちにさらけだした。
中には、2歳から13歳くらいまでの子供が数人と、17、8とみられる青年が一人倒れていた。
「この男の人は?」
「アール」
「アール?」傭兵たちはほぼ同時に疑問の声を上げた。
「義賊団で5本の指に入る腕の持ち主なの。ジュール地方では個人で名が広まってるくらいにね。
理由はよくわからないんだけど、パパもママも、村のみんなも、彼を死なせちゃダメだって……
それで、子供たちと一緒に眠らせて、ここに」
「へぇ〜、色男ね」
ユリナが目を輝かせた。どちらかというと女性に近い面持ちの青年は、明らかに女性にもてそうだ。
「早く魔法を解いて。このままだとみんな可哀相だもん…」
「よっし、ここは王子様のために頑張っちゃおう♪」
ユリナが呪文を唱え出した。不思議な響きの言葉が隠し部屋に満ちる。
「不可視の鍵よ、閉ざされた扉を開き、この者たちの呪縛を解き放て!」
ユリナが高らかに言葉を発すると、辺りに風のようなものが吹き荒れた。
そして、それが収まったとき、今まで身動き一つしなかった子供たちが動きはじめたのだ。
「みんな!!!」
フィラルが嬉しそうに子供たちに駆け寄る。長い夢から覚めたばかりの子供たちは不思議そうな顔をしているが。
「事情は後で説明するわ。今はこの村から…ううん、マネチスから離れないと」
子供たちを説得し落ち着かせた後、フィラルはいまだに目覚めない青年に向き直った。
「…アールだけ魔法が解けてないみたい。もう一度出来ない?」
「よ、よし、もう一度!」
ユリナは再び解呪を試みたが、やはり青年を目覚めさせることは出来なかった。
「…ふぅ……こんなに抵抗の強い人はじめて。これはアタシじゃ解けないわ………」
悔しそうに汗を拭うユリナをクライドが労う。
「これだけの子供を一回で目覚めさせられたんだからいいじゃないか。
彼は…もう少し腕を上げてからもう一度挑戦すればいい」
「そうよね、アタシ頑張ったわよね☆」
普段からが考えられないような笑顔でうなずき、ユリナは倒れたままの青年をちらりと見た。
(…それに、彼だけかかってる魔法が違うみたいだし)
子供ばかりとはいえ、生存者を無事保護することが出来て、クライドたちはとりあえず安堵した。
そして、保護した子供たちを一度アレリアへ連れ帰ることになったのだ。
傭兵隊を乗せた船は、数日ぶりにアリテノンへと戻ってきた。
「ママ!!」
出迎えの人山の中に母クローディアの姿を認め、フィラルは嬉しそうに手を振った。
しかし、当のクローディアの方は笑ってはいるものの、どこか悲しげな瞳をしていた。
「そう…やっぱりみんなは…………」
クライドの話を聞いた後、クローディアは予想していた通りだと言うように呟いた。
「でも、悲しんでなんかられません。アレリアに亡命してきたときから覚悟しておりました。
それに、希望はまだ残っております。フィラルが、守ってくれたのですから…」
「…アールとかいう青年のことですね」
クローディアはうなずいた。
「なぜ、彼を希望だと?」
「アールは…」
クローディアが話をはじめようとしたその時、
どすっ……
「!?」
クローディアの胸を、鈍く光る刃が貫いていた。クローディアの白い肌が血で徐々に紅く染まっていく。
「カーソン殿!!」
「ママっ!!!!!」
フィラルが母にすがりつく。ユリナとセロカが治癒魔法を唱えようとするが、すでに手遅れだった。
「……フィラル………………」クローディアは最後の力を振り絞るように、娘に何かを話しはじめる。
…その言葉が終わったとき、クローディアは動かなくなっていた。
犯人はその場で取り押さえられた。どうやらマネチスの偵察兵らしく、
「裏切り者」のクローディアを暗殺する使命を負っていたと自供した。
暗殺。やはり以前のトゴー皇帝からは考えられない手段だった。
犯人の取り調べが終わった後会議室に呼ばれたクライドは、同じく会議に参加するように命じられたフィラルと、
これから先、アレリアとマネチスはどうなるのかを話し合っていた。
「…やっぱり、全面戦争かな?」
フィラルが不安そうに言った。
「少なくとも、マネチスはアレリアを征服しようと思ってる。アレリアだって、それを防がなきゃいけない。
でも…正直言って、今アレリアとマネチスが戦争するのは、アレリアにとって望ましくないらしい」
「どうして?」
「それは俺にもわからない…多分、ロニー様なら知ってるだろうけど」
そのとき、扉が開いて聖騎士隊長ロニーが入ってきた。…いや、ロニーだけではない。
彼の後ろから会議室に入ってきたのは、アレリアを統べる若き王…ファレス・スプレンド・アレリアだった。
「国王陛下!」
クライドだけではなく、同じく会議室にいた魔道隊長モルナも、近衛騎士隊長ラッツも、同じように畏まった。
「…そんなに畏まることはないよ。僕はまだ若輩ものだから、逆にみんなに敬礼しなきゃいけないほどなのに」
国王ファレスは照れくさそうに笑った。この人の良さそうな…実際にお人好しの若き統治者は、
今からほんの2、3年前に、父王の崩御により王位を継いだばかりなのだ。
しかし、彼の統治に異議を唱えるものはいない。むしろ、父王よりもはるかに優れた手腕を見せている。
長年の不況に悩まされてきたアレリアが立ち直りつつあるのも彼のおかげだと、誰もが認めているのだ。
「しかしファレス様、それでは国王の威厳というものが…」
「威厳なんかなくてもいいじゃん。実際あったって大して役に立たない」
ファレスは静かにテーブルにつくと、ふぅっと大きくため息をつき、他の面々を見回した。
「…本当はこんなことで会議なんか開きたくないよ。でも、そんなこと言ってられる問題じゃないからね。
………マネチス帝国の刺客が、アレリアに亡命していたクローディア・カーソン女史を暗殺したことについて、
僕は決断をみんなから迫られてるんだ。マネチスに侵攻すべきだってね。でも、僕はそんなことしたくない。
…………みんなはどう思う?」
「断固マネチスに侵攻すべきです。先日のエリンといい、今回のカーソン殿といい、
このままマネチスを野放しにしておくとアレリアだけでなく、リージェンディ全体に災いをまき散らしかねません」
ラッツの意見に、モルナは反対意見を述べた。
「今マネチスに侵攻することは、敵の思うつぼです。奴等はおそらくわが国を挑発しているのです。
つらいでしょうが今は耐えたほうがよろしいかと…」
「そのことだがな、実は極秘情報があるんだ」
ロニーが静かに話し出した。
「ファーガルバード大陸のゾロム帝国が、どうやらアレリアに侵攻しようとしているらしいんだ。
あくまで噂の域を出ないが、だからといって放っておくわけにもいかない。
もし、今我々がマネチスに侵攻したとしよう。当然国の守りは手薄になる。
そのスキをついて攻めてきたら、一体どうなると思う?」
ロニーの話を聞いて、クライドは一つ納得したことがあった。
自分たちがマネチスへ潜入することを命じられた理由だ。
偵察兵は、ゾロムの方へ回されているのだろう。兵力も割きたくないから、少人数での行動を命じたのだ。
それだけ自分が信頼されていたのか、それとも傭兵などどうでもよかったのかは考えないことにした。
「ようするに俺も、モルナの意見に賛成てことだな。……で、クライドはどう思う?」
「俺は……」
「アタシに考えがあります!!」
元気よく手を挙げたのはフィラルだった。
「もう一度クライドさんたちに、マネチスに潜入してもらうんです!」
「フィ、フィラル!?」
クライドたちのぽかんと開いた口を気にした様子もなく、フィラルは喋り続けた。
「元々クライドさんたちは、トゴー皇帝の変心の理由を突き止めるためにマネチスに潜入したんでしょ?
だったら、それを続ければいいんです。マネチスさえ侵略をやめれば、アレリアは安心して
ゾロム…何とかって国の方にだけ集中出来るんですから」
「しかしフィラル、そう簡単には……」
「大丈夫。アタシたちには希望がある!」
ただ聞いただけだと、なんという抽象的な言葉だろう。しかし、クライドはその言葉の意味を理解できた。
「…希望、か………わかったよフィラル。俺もそれに賭けてみる」
「クライドさん!」
クライドはゆっくりと立ち上がった。
「俺はフィラルの意見に従います。もう一度、マネチスを内部から止めてみせますよ」
そして、こんなことしてられないと言わんばかりに、フィラルの手を引き、会議室を出ようとする。
「クライド!?」
「無礼をお許し下さい。しかし、これで全て丸く治まるのではないでしょうか」
そう言い残し、クライドが会議室の扉に手をかけたその時、
「…俺も行こう」
「ロニー様!?」
クライドに続いて、なんとロニーまでもが立ち上がったのだ。
「聖騎士たちを派遣しようかと思ったが、こんな偵察兵まがいの任務など彼らのプライドが許さないだろう。
だったら、俺自らが行くしかない。文句があるのか?」
「い、いえ、そんな滅相も!」
ロニーはクライドの反応を楽しむかのようににやりと笑い、テーブルの主人の座につくファレスに告げた。
「…というわけです。いかがですか国王陛下?」
ロニーの言葉に、ファレスはにこりと笑った。
「ロニーらしいね。そうしてくれるなら文句どころかどんどん協力させてもらうよ」
「ありがとうございます」
軽く敬礼すると、ロニーはクライドとフィラルと共に、会議室を出ていった。
「しかしロニー様…どうして?」
「ここんところずっと内政ばかりで体を動かしてなかったからな。たまにはこういうのもいいだろう?
それに、どうやらこの問題はただで済みそうにないからな………」
「?」ロニーの言葉にクライドとフィラルは目を見合わせた。
「…行こうか。希望とやらを信じて」