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雲一つない空からは、太陽がこれでもか、これでもかと照りつけてくる。
マネチス帝国領へと船で侵入したクライドたちアレリア傭兵隊は、マネチスの過酷な気候に悩まされていた。
これでは、土地も豊かな実りを見せるはずがない。他国…アレリアに侵攻したのも、当然のことなのだろう。
しかし、だからといって侵略を許してはいけないのだ。
「よく平気だな、ガライは」
クライドは馬車の中から、馬車の先頭を平然と歩くガライに話しかけた。
彼は汗こそかいているものの、全く暑さに応えていないのだ。
「ここ数年マネチスにいましたから、慣れちまったんですよ……」
ガライが少し哀しそうに答えた。
「…それで、どのような作戦でいくのですか?」
「カーソン殿の話によると、ここマネチス帝国ジュール地方には、一つの義賊団が巣くっているらしいんだ」
クライドは額の汗を拭った。
「彼らも皇帝の突然の変心に疑問を抱いているらしい。彼らに協力を仰ぐつもりだ」
「ちょっとぉ、そんなことしてヘーキなのぉ!?」
クライドのすぐ横から甲高い声が響いた。アレリア魔道隊から派遣された魔導士、ユリナだ。
ただ、派遣と言うのは名ばかりで、本当は魔道隊長モルナが厄介払いをしたのだとクライドたちは思っている。
何故なら彼女はとてつもないワガママな性格で、これまで何度クライドの頭を痛くさせたかわからないからだ。
肝心の魔法の腕前の方は、まだわからない。
「義賊ったってぇ、所詮ドロボーじゃん〜。アタシが襲われちゃったらど〜してくれるのよぉ?」
「大丈夫だよ。ユリナなんか誰も襲わないからさ」
「アタシの魅力がわからないお子様の口出しすることじゃないの!」
ユリナは馬車のすぐ側を歩いている少年に怒鳴りかけた。
若草色のバンダナとマントが印象的な、14、5歳くらいの少年だ。名前はセロカというらしい。
まだ変声期にもなっていないと思われる彼は、強力な魔術の使い手なのだ。
ただ、本当に彼は少年なのだろうか。少なくとも、ガライはそう疑問を抱いていた。
今から7年前、アレリアの収穫祭で出会った、あの少年とそっくり…いや、瓜二つなのだ。
あれから7年経つのに、彼は1、2歳しか年を取っていない。果たして少年…いや、人間なのだろうか。
しかし、ガライはそのことを訊こうとは思っていない。知ったって、何にもならないからだ。
それに、収穫祭の少年と同一人物だという保証だってない。
「まぁまぁ…襲われたら返り討ちにしてやればいいじゃない」
ランフォがユリナを宥める。この女傭兵は、この中で唯一ユリナと上手くやっている人物だ。
「そんなだからランフォは男が寄ってこないのよ〜、怖くなったらキャーって愛する彼に抱きつかなきゃ」
「んもう、カンケーないでしょ!」
女同士のおしゃべりが始まってしまったせいか、クライドはうざったそうに馬車の外に目をやった。
その視界に立ち上る煙と、燃え盛る紅いゆらめきが写る。
「!?」
クライドは驚いて、馬車の窓から半分身を乗り出した。
「どうしたんですか、隊長?」
「アーニ、馬車を止めてくれ!」
馬車から降りるや否や、クライドは煙の方角を凝視した。
「火事…でしょうか?」
「そうみたいだね。凄い火事だよ」
セロカが涼しげに言った。
「だって、村全体に火が移っちゃってるみたいだし。これじゃ村は全滅かな?」
「なんだって!?」
「早く行かないでいいの?」
セロカの意地悪な問いには答えずに、クライドは村に向かって走り出していた。
「ガライとティーテとユリナとセロカは俺についてこい! ランフォとアーニはここで待機だ!」
後ろも振り返らずにクライドは走り続けた。事態が最悪にならないことを祈りながら。
村についたクライドたちが見たものは、常識では信じられない光景だった。
なんとマネチスの兵士が逃げ惑う村人を襲い、財産を奪い、家に火をかけているのだ!
「どういうことなんだ…?」
「そんなことどうでもいいじゃねぇか!!」
ガライは村に向かって走り続けた。
「隊長、私も村を助けに行きます!」
「僕も行くよ、ガライ、ティーテ!」
「待ってぇ、アタシも!」
ガライについて、ティーテ、ユリナ、セロカも村へと走り去った。
しかし、彼らの後ろ姿を見てさえ、クライドはその場から動くことが出来なかった。
「待てっ!」
ガライは剣を抜きながら、兵士の一人の前に立ちふさがった。
「お前ら、マネチスの兵士だろう? 何でこんなことをしやがったんだ!」
「トゴー様の命令だ。ジュール地方に存在する、全ての集落を焼き払えとな」
「なんだってっ!?」
「邪魔するのなら死んでもらう!」
兵士はガライに斬りかかってきた。しかし、その剣を自分の剣で受けると、ガライは力でそれを押し返した。
相手がひるんだ隙に間合いを詰め、兵士のみぞおちに剣の平を勢いよく叩き込む。
「が…はっ」
兵士は地面にひざをついてうずくまった。しばらくは立ち上がれないだろう。
ティーテは弓で兵士の足や腕を狙い、セロカは逃げ遅れた人々を救助し始めた。
「水の乙女ウンディーネよ、アタシに力を。渇いた大地に潤いをもたらしたまえ!」
ユリナが水の精霊を召喚した。ウンディーネは空へと舞い上がると、大粒の雨を降らせ始めた。
雨に圧され、村を包む炎の勢いが衰える。
マネチスの兵士たちはガライたちが手慣れていると悟ると、退却を始めた。
ガライは一瞬彼らを追おうかと思ったが、こっちは4人なのに対し、向こうは10数人。
自分の立場を考え、彼らを殺さなかった事があだとなってしまった。
「でも、また襲ってくるって事はないと思うよ。気にしないで平気だよ、ガライ」
悔しそうに兵士の去った後を見つめるガライを、ティーテが慰める。
しかし、
「甘いわ。奴等は絶対にまたここを襲ってくる」
責めるような声がガライにかけられた。ガライとティーテが声の方を向くと、そこには一人の少女が立っていた。
年齢は17、8歳くらいで腰から剣を下げ、鎖かたびらを着込んでいる。傭兵でもしているのだろうか。
「どういうことだ?」
少女はガライをじっとにらむように見つめながら言葉を続けた。
「奴等の目的は、ジュール地方一帯の人口を0にすることだもの。一人でも生き残りがいてはダメなのよ」
そして、少女は数少ない村の生き残りへと目を移した。
「彼らも可哀相に…たった一つの盗賊団のために、とんだとばっちりよ」
「ちょっと、話がよく見えないんだけど…初めから順序よく説明してくれないか?」
「…トゴー皇帝は、悪魔に取り憑かれたのよ」
「あ、悪魔ぁ?」
ティーテとガライは思わず顔を見合わせた。
「悪魔は人間の心に棲みついて、その闇を増幅させるの。憎しみや怒り、野心などの心ね。
ファーガルバード大陸のゾロムっていう国が、ここ数年不穏な動きを見せているのは知ってるわよね?
あれも、国王に悪魔が取り憑いたんだっていう話なのよ。でないと、実の息子を賞金首になんかしないわ」
ゾロム王国(今は帝国になっているが)の王子ロアドリスが13,000,000R£以上もの賞金を
かけられている事は、ティーテもガライも知っていた。ただ、あれは王子の方に問題があるという噂だが。
「…それで、その事とこの村がまた襲われるって事と、どういう関係が?」
「トゴー皇帝の持つ闇の心が増幅されてしまったのよ。それで、昔から恨みを抱いてきたアレリアに侵攻し、
同じくらいうざったく思っていたジュール義賊団とかいう盗賊団の壊滅に乗り出したの。
でも、その盗賊団のアジトがジュール地方の小さな村のどれかにあるってことしかわからなくて、
困った皇帝の取った手段が、ジュールのありとあらゆる集落を壊滅させることだったのね」
「ホントだとしたら恐ろしい話だな…で、ホントなのか?」
「ホントかどうかはわからないわ。でも、私はそう思ってる」
そりゃそうだ、とティーテとガライは肩をすくませた。だが、可能性は否定できない。
「…で、一つ訊くけど、あなたたちは何者なの?」
少女が剣に手をかけた。
「おいおい、怪しいものじゃないぜ」
「じゃあ答えなさい。怪しくないのなら話せるはずよ」
ガライとティーテは答えに窮してしまった。少女は少なくともマネチスの味方ではないようだ。
だが、だからといってアレリアの味方とも考えられない。
「俺たちは………えっと……」
「……アレリアから、トゴー皇帝の変心の原因を突き止めるために派遣された傭兵だ」
「隊長!?」
クライドが暗い顔をしながら歩いてきた。やっと現実を受け入れられたようだ。
「それで…あなたは何者なんだ? 服装を見ると傭兵のようだが」
「私はセツラ。旅の戦士よ」
少女は待ってましたとばかりに声を張り上げた。
「今はまだ未熟だけど、いつかリージェンディ大陸…いいえ、リナディア全体に名を轟かす英雄になってみせるわ。
それまで、私の名を覚えておいてね。アレリアの傭兵さん」
そして、少女…セツラはガライたちに背を向け、村の外へと歩き出した。
「セツラ…ねぇ」
いつの間に側に来ていたのかはわからないが、セロカがセツラの後ろ姿を見ながらそう呟いた。
「変わったコだな…ところで、この村に何しに来てたんだろう?」
すると、一人の老人がその問いに答えた。
「とりあえずこの村を救いに来てくれたみたいじゃが、正直言っていなくても全然変わらんかったわい。
何せ、マネチスの兵士一人と剣を合わせているだけで、何も出来んかったんじゃからな」
吐き捨てるような口調だ。
「それと、おぬしらセツラの言うことを本気にしちゃいかんぞ。あのコはいつもああじゃ。
英雄になるんだと言いながら、やっとることはグレムリンなどの小悪魔を追いかけること程度。
それに、ジュール義賊団を悪魔や魔物と同類にしおってるしの」
「…そのジュール義賊団について、詳しく教えて下さりませんでしょうか?」
クライドが老人に話しかけた。
「俺たちは、そのジュール義賊団を探してここにやって来たのです。どんなに些細なことでも構いません」
「……ふぅむ……どうしたもんかの」
「お願いします!」
クライドは老人に大きく頭を下げた。
「…まぁ、おぬしらには教えてもいいじゃろ。ジュール義賊団は、ここからもうちっと海の方に行ったところに
リカドという小さな村があるんじゃが、その近くにアジトを構えとるという話じゃ」
「本当ですか、どうもありがとうございます!」
再び大きく頭を下げるクライドに、老人はホッホと笑いながら
「おぬしらの方がセツラよりも英雄になれそうじゃな」
と言った。
老人の情報を手がかりに、クライドたちはリカドという村を目指した。
道中、村と言う村は全て滅ぼされており、マネチス皇帝の非道さをありありと見せつけていた。
そして、クライドたちは胸の中に現れた不安を隠すことが出来なかった。
―もしかしたら、とっくにアジトは襲撃されているのでは―
そして、リカドという村についたとき、それは大きく顔を出したのであった。
「ひ、ひどい……」
アーニが口に手を当てて呻くように呟いた。
いや、アーニだけじゃなく、ランフォも、ユリナも、
ティーテやクライドまでもが口に手を当て、村から目を背けていた。
それは、この世の地獄としか言いようのない光景だった。
建物という建物は全て真っ黒に焼け落ち、大地はすき間なく死体で埋め尽くされていた。
無数のカラスが死体に群がり、腐りかけたそれをついばんでいる。
そして空気は死臭に満ち、鼻をつまんでも口や皮膚からそれを侵入させてきた。
「…ぅえっ!」
クライドは思わず胃の中のものを戻してしまいそうになった。何とかそれはこらえたが、ふと仲間を見ると
女性陣は全員が茂みや道の隅にしゃがみ込んで、汚物を吐き出し始めている。
男性陣はティーテが妹の傍らで苦しそうに呻いているが、ガライとセロカはなんとか大丈夫のようだ。
「よく平気だな、お前ら………」
クライドは恨めしそうにガライとセロカを見上げた。
「…おぞましい光景は見慣れましたから」ガライがどこか悲しげに答えた。
「とりあえず、僕とガライで村を捜索してみるよ。隊長たちは休んでて」
セロカの言葉に、クライドは従うしかなかった。
瓦礫を退けながら、ガライは何か手がかりが得られないかと、気持ち悪さを抑えて死体を調べていった。
そして、その甲斐があり、二つの奇妙な点に気付いたのだ。
死体の半数…いや、三分の二以上が、マネチスの兵士のものだということ。
子供と思われる死体が全く見当たらないこと。
「セロカ、何かヘンだと思わないか? 子供の死体が全然ないぜ」
ガライは死体を一ケ所に集めているセロカに訊ねた。
「確かにヘンだね。それに、この規模の村にしちゃあ死体の数が多すぎるよ。逃げられなかったのかな?」
そういえば、死体の数も先ほどの村の3倍はあるのではないだろうか。規模はもっと小さいと考えられるのに。
「兵士の死体の数も多すぎるし…こんなにこの国の兵士って弱い軍隊なのかな?
それとも、この村の人って兵士よりも強かったとか………ガライはどう思う?」
「…多分、何らかの手段で村が襲われることを知って、子供たちを避難させた後大人たちは
兵士を迎え討ったんじゃないか? 自分たちが犠牲になって、子供たちを守ろうとしたとか…」
「惜しい! それだと兵士の死体の多さが説明できないね」
「な、もしかしてオマエ、理由を知ってるのか!?」
セロカは意地悪そうに笑った。
「この村自体がジュール義賊団だったんだよ。多分兵士の数から言って、彼らはほとんどの兵士を全滅させた。
でも、その代わり自分たちも全滅しちゃったんだろうね。それから、子供たちはまだこの村にいると思うよ」
「わかってたんならはじめっからそう言え!!」
「はじめからわかってたんじゃないよ。納得いく理由がこれしかなかっただけのことさ」
そう言うと、セロカはゆっくりと村の中心部と思われる広場へと歩き始めた。
「もう隊長たちも大丈夫かな? 手分けして、生存者を捜さないと。
盗賊団のアジトがわかりやすいところにあるワケないし、早くしないとその生存者も危ない」
セロカについて歩こうとしたとき、
……早く……………
「!?」
ガライははっと身をこわばらせた。どこかから人の声が聞こえたのだ。
「セロカ、待て!」
「どうしたの?」
「…何か、聞こえないか?」
………早く、みんなを……………
「女のコ!?」
セロカが辺りをきょろきょろと見まわす。
「地面の下から聞こえるぞ!」
「じゃあ、どこかに入り口があるんだ。僕は隊長たちを呼びに行ってくる。ガライは入り口を探して!」
ガライとセロカは反対方向に分かれて走り出した。