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No.4 母なる海に揺られて

 

 会議にてアレリア聖騎士団長ロニーのマネチス潜入が決定した晩、魔道隊長モルナは介護室を訪れていた。
側に立っているのは、殺害されたマネチス貴族クローディアの娘、フィラル。
そして、彼女らの前で昏々と眠っているのは、救出されながらも未だに眠りの魔法から覚めない青年、アール。
「これは…ただの眠りの魔術じゃないわ」モルナがアールを一目見るなり呟いた。「私に解けるかしら」
「どういうことですか、モルナさん?」
モルナはアールの額にそっと手を当てた。
「彼にかけられているのは、一種の呪いに近い魔術よ。放っておけば歳もとらず、餓えもせず、
 このまま永遠に眠り続けるという、通称『眠り姫』と呼ばれる魔術……」
大きく息をつくとモルナは、これじゃユリナには解けないわね、と疲れたように呟いた。
「解くことは出来るの?」フィラルが真剣な眼差しをモルナに投げかける。
「解くにはカギが必要ね。古来から呪いというものは、何か道具や言葉をカギとしてかけるものだから、
 それなしで解くのはかなり難しいわ……あなた、それらしき道具や言葉に心当たりないかしら?」
 フィラルは腕組みをして目を閉じ、何かをぶつぶつ呟きはじめた。必死に思い出そうとしているようだ。
しかし、すぐにはっとしたように目を大きく見開き、「まさかっ!?」と短く叫んだ。
「思い出したの?」
フィラルは信じられないといった瞳でモルナを見上げた。
「うん、思い出した………でも、希望って、まさかこのことじゃないよね…?」
「このこと?」
フィラルは小刻みに震えながら、思い出した一つの言葉を小さく、しかしはっきりと口に出した。
「………『血塗られた希望』…」

「イヤだあっ!!!」
 フィラルがその忌まわしいとされる花の名前を発したときだった。
突然男性にしては高く、女性にしては低い叫び声が介護室に大きく響き渡った。
驚いたモルナとフィラルが声のした方を向くと、一人の青年が額から汗を垂らしながら、大きく息をついていた。
「……………? ここは?」
「アールっ!!」
フィラルが眠りから覚めたばかりの青年、アールに飛びついた。その笑顔は7歳の少女らしく無邪気だった。
「フィ、フィラル? ちょ、ちょっと、どうなってるんだよこりゃあ!?」
アールは不思議そうに辺りを大きく見回した。
「なぁ教えてくれ。ここはどこなんだ? 村長はどこにいる? クロードさんは? 他のみんなは…???」
しかしフィラルはアールの問いに答えず、その胸にしっかりとしがみついて動かなかった。
ときたまむせぶような声が聞こえるのは、泣いているからであろうか。
「……あ、あの…すみません」
嘆願するような目を向けられたモルナは、青年を不安と期待の入り交じったような気持ちで見つめた。
 フィラルのさっきの言葉…呪いを解くカギだった、忌まわしい花。
彼をクローディアは「希望」と呼んだ。しかし、その「希望」が『血塗られた希望』のことだとしたら、
一体その「希望」は、どのような希望なのだろうか。
(…それは私の判断することじゃないわね。クライドとロニー様に任せましょう)
そう結論つけると、モルナは問いかけを無視され続けて少し不貞腐れてしまったアールに
今までのいきさつを説明しはじめた。この青年がカギと同じような忌まわしい存在ではないことを祈りながら。

 頬を切る潮風が、軽く束ねた髪を大きく靡かせている。
マネチスへの船の上、ガライは甲板の柵に寄りかかり、どんどん小さくなってゆくアリテノンの街を眺めていた。
耳から入る規則正しい音は、気が遠くなるほど昔…おそらく、リナディアという世界が出来たときから
一度たりとも休むことなく、何度も何度も繰り返されてきたであろう、大海の波の漂い。
7年前のあのときと全く変わらない、どこか子守歌にも似た、懐かしい音…。
 「エル」
ガライは小さく呟いた。
 彼女は、この音と共に砕けていった。
あのとき彼女の見せた笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。
 少し憂いを含んだ、穏やかな微笑み。
何故あのとき、彼女は笑ったのだろうか。それも、それまで笑いたくても笑えなかったのに。
それとも、あれは夢か幻だったのか。
「……」
決して答えの出ない問いを大きくかぶりを振って振り切り、再びガライはアリテノンの街に視線を戻した。
 7年前、あの街で彼女と交わした約束はまだ果たしていない。
収穫祭は7年前を最後に、これまで一度も行われていないからだ。
だから、自分はアレリアの傭兵となり、アリテノンの街にとどまることを選んだ。
この国を一刻も早く復興させるために。
 彼女と逢うまで家には戻らないと、ガライは誓っていた。
家族のことは心配だが、いまさら戻ったところで、何にもなるとは思えない。
それに、彼女を差し置いて自分だけ居場所に戻ることなんか出来なかった。
 ふと、自分は彼女に呪縛されてしまったのではないか、という思いが頭をかすめた。
あながちそれは間違いではないのかもしれない。あのときの、自分の左手から彼女が離れていく感触は
これまでいっときも忘れることが出来なかった。おそらく、彼女と再び逢うまで忘れることは出来ないだろう。
 あの笑顔も、そうなのかもしれない。
「…ガライ、だったな?」
「!?」
 突然の呼びかけに、ガライは船上に引き戻された。
波音の中立っていたのは、聖騎士団長ロニー・メリディアン・アレリアだった。
「は、はい…そうですが」
動揺を悟られないようにしたつもりだが、声が少し上ずってしまった。
彼の予期せぬ参加に誰もが驚いていたが、一番驚きあわてふためいたのは、間違いなく自分だったろう。
 彼も7年前に行方不明となった妹、レネーのことを案じているに違いない。
「聞くところによると、かなりの剣の腕の持ち主だそうだな」
ガライの横に体を並べ、ロニーも柵に両腕を乗せた。潮風が彼の前髪を軽やかに踊らせる。
「この任務が終わったら、一度手合わせ願ってもいいか?」
「は、はぁ……」
その言葉が予想していたものとは全く違っていたので、ガライは内心ほっとした。
「それと、親父さんは元気か?」
「えっ!?」
ロニーのあまりにも意外な問いに、ガライは跳びはねんばかりに驚いた。
そんなガライを見て、今度はロニーが不思議そうに首をかしげる。
「お前、昔兵士だったシューン・カイッシュの息子じゃなかったのか?
 あれ、だとしたら俺の勘違いか? 彼の息子も確かガライっていった気がしたんだけどな…」
「……」
そういえば、自分の父も昔アレリアに兵士として仕えていたのだ。
それもロニーの父エアルにつかわれていたのだから、ロニーと面識があったとしてもそれほどおかしくはない。
「…いえ、確かに俺の父の名はシューン・カイッシュですし、父は昔アレリアに兵士として仕えていましたが」
「やっぱりそうか。親父さんによく似ているよ。…それで、元気なのか?」
「……実は、ここ数年家には一度も戻ってないんです。心配と言えば心配なんですが…」
ガライの言葉にロニーは大きく目を見開いた。「…お前もか?」
「へ?」
「実は、俺の妹もここ7年間行方をくらましたままなんだ。親不孝、家族不孝はアイツだけじゃなかったんだな」
 びくっとした。
「…もっとも、もしかしたらレネーの方は、もう死んでしまってるのかもしれないけどな」
「そんなことねぇ!!」
思わずガライは叫んでいた。それは彼にとって禁句となっていたのだ。
「???」今度はロニーが驚かされたようだ。
「……あ………申し訳ありません…」はっと冷静に戻り、ガライは頭を下げたが、
これでおさまるほど自分の行動が軽いものでないことに気付いていなかったわけではなかった。
「…何か、レネーについて知ってるのか!?」
思った通りロニーに食い付かれてしまった。
まさか彼が7年前一度逃亡したレネーを匿っていたのが自分たちだということを覚えているとは思わなかったが
これがきっかけで思い出されてしまうかもしれない。
 レネーの行方不明の原因が自分にあることを悟られたら、一体どうなるのか。
「………いいえ。ただ、あまりそういうことを聞きたくなかったもんで…」
「…確かに、俺もあまり言いたくないな」
とりあえずロニーは食い付くのをやめてくれた。だが、まだ疑いを晴らしてくれたわけではないだろう。
「……それより、どうしてお前は家に戻らないんだ? 家族ケンカをしたなら考え直せ。
 親父さん、昔しょっちゅうお前のことを話していたぞ。自慢の息子だってな」
「…どうして、俺にそんなことを?」
ガライの問いに、ロニーは辛そうに目を伏せた。
「何年も家族のもとに戻らない奴の、そうする理由が知りたかったんだ。
 だって、俺も妹に家出されて未だに戻ってきてくれない。こっちに理由があるのなら反省したいし、
 それ以外なら、せめてその原因を知りたい。でないと、気になって夜も眠れないからな」
確かに、残された家族はそう思うだろう。だが、自分はロニーにその理由を言うことは出来ない。
「だから、参考までにお前の理由を教えてもらいたいんだが……」
どうロニーの問いをかわすか、ガライは少し悩んだ。しかし、幸いその問いから逃れることが出来た。
 いきなり後ろからぐいっと髪の毛を引っ張られたのだ。
何だと思いそこを向くと、頬をぷうっと膨らませたランフォの顔があった。
「何男同士で家出じゃないなんじゃないって面白くもなさそうな会話してんのよ。
 そんなヒマがあったらこっちを手伝ってよ。クライドさんがタイヘンなんだからさぁ!」
「わっわ……わかったよぉ!」
「まて、俺も手伝う」
「ロニー様に手伝わせたら、私たちが怒られちゃいますから」
それだけ言うと、ランフォはガライを強引に引っ張りながら、船内へと戻っていってしまった。
「……ふぅ」
 ロニーはガライたちの姿が見えなくなると同時に、大きくため息をつくと、再び柵に寄りかかった。
「…俺は、もしかしたらレネーのことを、何もわかっていなかったのかもしれないな………」
不意に風が強く吹きぬけた。まるで、ロニーの問いにそうだと答えるかのように。
「……だったらせめて、お前を見つけさせてくれ。せめて…生きててくれ……………」
その言葉は以前彼がエリンの街で発した言葉と同じように、聞いたものは誰もいなかった。

 クライドの寝室の汚物を片づけた後、ガライは再び甲板へ上がろうとした。
しかし、不意にその腕を誰かにしっかりと握りしめられてしまう。
「…今度は何だよランフォ」
「その言い方はないでしょ。ねぇ、どうしてそんなに私に冷たいの?」
「正直言うか。うざったいんだよ、オマエが」
ガライは冷ややかにランフォを凝視した。そして、すぐにその手を払いのけると早足で歩き始めた。
「だからぁ、少しくらい相手してくれてもいいじゃないって言ってるの!」
ランフォもすかさずガライに食らい付くが、突然誰かに肩を掴まれる。
「おいおいお嬢ちゃん…それじゃあおとせる男も逃げてくぜ」
「ちょっと離しなさいよ、いきなり何するのよ、この居眠り男!」
ガライに払いのけられたように自分の肩を掴んでいた手を振り払うと、ランフォは「居眠り男」をきっと睨みつけた。
その正体は、呪いによって眠らされていた青年、アールだ。
「ガライ君の方もだ。もう少し女性を優しく扱うことは出来ねぇのかい?」
「そいつのどこが女性なもんか」
ぷいっと踵を返すと、ガライは再び廊下を早足で歩き始めようとする。
「恋人に嫌われちまうぞ。戦場から戻ってきて、感動の再会となる場面が台無しになっても知らねぇぜおれは」
「俺に恋人がいると思うか?」
「ああ、思う」
きっぱりとした声だった。
「…勝手に想像してろ」
今度こそガライの邪魔をするものはいなかった。
「ちょっとかっこいいからって、人の恋路を邪魔しないでほしいわね」
ランフォも歩き出そうとするが、また邪魔が入ってしまう。
「別に恋路の邪魔をしてるつもりはないけどな。それより、もっと自分に素直になってみたらどうだい?」
「私はいつも自分に正直よ!」
こんどこそランフォもアールを振り払い、すでに姿の見えなくなったガライを追って船内を走り出す。
「…正直と素直は違うと思うんだけどねぇ」
やれやれと肩をすくめ、アールはゆっくりと自分の寝室へと歩き始めた。
「……似たようなもんかな」

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