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No.5 語られる過去、そして再会

 

 アリテノンを出て数日後、クライドたち傭兵隊に聖騎士団長ロニーを加えた一行は、
マネチス首都プーリアへと続く街道に馬車を走らせていた。道中クライドの船酔い以外はこれといった事件もなく、
このまま順調に行けばあと2、3日でプーリアへと到着するだろう。
「まさか、本当に一地方を全滅させるとはな…」
ロニーが馬車の中から外を眺めて呟いた。ジュール地方一帯は辺り一面焼け野原で、
村落はおろか、人の姿すら見受けられなかったのだ。
「まともな人間のすることとは思えないな。気がふれたか、邪悪な何者かに操られているか…」
「前者だったら正気を戻す魔術でなんとかなるでしょうが、後者だとちょっとやっかいですね」
「ちょっとどころじゃないだろ!」
外を歩いていたアールが、クライドの言葉に反論した。
「ジュール地方一帯を滅ぼさせちまうようなヤツだぜ? 単なる邪悪な魔術師ってレベルじゃないだろうが!
 少なくとも、本当に操られ型だとしたら、何か良からぬことを考えてるに違いないぜ。
 おれたちの壊滅なんかじゃなく、もっとでかくて、恐ろしいことをな…」
そう言ったアールの表情に少し翳が浮いたのにクライドは気付き、すまなかったと小さく謝った。
彼は、自分の住んでいた村を滅ぼされているのだ。命を捨てて彼と子供たちを守った村人の中には、
彼の家族も含まれていたのだろう。この中で、もっともトゴー皇帝の変心の理由を知りたい人物に違いない。
「…ところでさ、首都まで行って、どうやってトゴー皇帝の変心の原因を調べるの?」
セロカが話に割り込んできた。
「まさか皇帝本人に聞くわけ? どうしてアレリアに攻め込み、ジュール地方を滅ぼしたんですかって?」
「ああ、そのつもりだ」
「えぇぇ! マッジ〜???」
驚きの声を上げたのはユリナだった。質問の主セロカはふぅんといったすまし顔をしている。
「どーやって会うのさぁ! まさか正面から会わせろっていく気なワケぇ???
 それともお城に忍び込むのぉ? だったらどうやって? アタシ透明化の魔法なんか使えないからね!」
「城に忍び込むのには違いないが、もっと現実的な方法だよユリナ」
クライドが慌てふためくユリナに笑いかけた。
「ここにはジュール義賊団で5本の指に入る腕の持ち主がいるじゃないか。
 城に盗みに入ったことも何度かあるらしいから、抜け道なんかについては抜かりなしだ。
 ……だったよな、アール?」
「もちろん! おれに任せときな!!」
アールは親指を立て、自信満々に笑みを浮かべた。

 途中何度か巨大動物などとの遭遇を切り抜けながら、とうとう馬車はジュール地方を抜け、
首都プーリアに近い宿場町ルウェルへと差しかかり、二日間そこに停泊することとなった。
 傭兵たちが久々の休息を取っている中、ただ一人アールだけはせっせと町民や他の旅人たちに聞き込みをし、
トゴー皇帝の変心や、その他にそれに関係ありそうな噂を調べていた。
「何かわかったか?」
 旅人への聞き込みを終えたアールに、たまたま近くにいたガライが声をかける。
しかし、アールは悲しそうにかぶりを振ると、
「いや、今んところ目新しい噂はさっぱりだ。っていうか、噂ではジュール地方を壊滅させたのは
 アレリアってことになってやがるぜ。そんで、エリンとかいう街への強襲はその報復だってさ。
 よくもまぁ考えたもんだ。斥侯向きだぜ、この噂を流したヤツは」と空を仰いだ。
「だとしたら俺たちの正体がばれるのはマズイってことか。
 傭兵隊だけならともかく、王族であるロニー様まで一緒なんだからな…」
「大丈夫。そのことはロニーさんたちもよくわかってると思うぜ」
そう言うとアールは町中へゆっくりと歩き始めた。「あと聞き込んでないところっつったら酒場くらいか。
 腹も減ってきたし、メシも兼ねて行くとするかね。お前も一緒に来いよ。そんな顔じゃ昼飯まだなんだろ?」
「あぁ…」
 アールの誘いに乗って、ガライは町の中央付近に位置する少し大きめの酒場へと入った。
昼食の時間帯から少し外れていることもあるだろう、客の入りはまばらだ。
「マスター、エールのボトルを一本に、あとここの名物料理を何でもいいから一つ頼むぜ」
カウンターにつくなり、アールは献立表も見ずに注文をつけた。
ガライは壁に貼ってあった献立表に目をやり、はぁ…と大きくため息をついている。
「どうしたんだ? なんか食えよ。それとも金がないとか?」
「……ライスコーヒーがない………………」
「はぁっ!?」
アールの頓狂な声に、ガライはむっとした顔をする。
「悪かったなぁ、ライスコーヒーが大好物で!」
「い、いや……まさかこんなところでライスコーヒーって言葉が出るとは思わなかったから…
 ……マスター、ここにライスコーヒーって飲み物置いてあるか?」
エールのボトルを運んできた店の主人は、何だそれといった表情をしたあと、
「いや…うちには置いてないなぁ。っていうか、そんな飲み物自体聞いたの初めてだ。
 どこの国の飲み物なんだい、それは?」と、逆にアールに訊ねかえしてきた。
「…だってよ。実はおれも昔村のみんなに訊いたことあるんだが、何それって答えが返ってきてたんだ。
 どうやらアレリア特産らしいな、ライスコーヒーは」
「じゃあ、どうしてお前は知ってるんだ? 昔アレリアに行ったことがあるとか?」
「…もしかしたらあるのかもな。おれにはわからねぇや」
「……? どういうことだ?」
「………実はおれ、記憶喪失なんだ」

 アールの突然の告白に、ガライは驚きを隠せなかった。
まさかこんなところでそんな告白をされるとは夢にも思わなかったからだ。
だが、こういう経験は初めてではなかった。昔、一度だけこういう突然の思わぬ告白をされたことがあった。
今から7年前、生まれ故郷のミッドヘヴンの森の中で、謎に満ちた一人の少女に……
「おれさ、今から10年近く前に、クロードさん…村長の奥さんに、海岸に倒れてるところを助けられたんだ。
 でも、何にも記憶がなかった…自分の名前も、さっぱり覚えてなかったんだ」
懐かしむような口調だ。まるで昔話をするかのような。
「…それで、何のあてもなく家や家族を探すより、ここにとどまって記憶の回復を待った方がいいって思って、
 そのままリカド村に住まわせてもらったんだが……その結果が、これだ」
情けないといった表情だが、ガライはアールが自分の境遇を決して不満に思っていないことに気付いていた。
「…記憶を取り戻したいとかは思わないのか?」
「いや、全然思わない。何て言ったらいいか…なんか、思い出したくないんだよな。
 多分、忘れちまうほどイヤぁなもんなんだろうぜ、おれの記憶って………ただ」
「ただ?」
エールをジョッキに半分ほど注ぎ、それをぐいっと飲み干したあと、アールはふっと目を細めた。
「…一つだけ、はっきりと覚えてることがあるんだ。いや、はっきりとってのは間違ってるかもしんねぇけど、
 とにかく、忘れずに頭の中にこびりついてるようなことが」
そして運ばれてきた鶏のもも肉に木の実のソースがかかったステーキを一口口に運ぶ。
「多分さ、それだけは忘れたくなかったんだろうな。よほど大切なことだったんだろ。
 ……もっとも、今更だからどうこうしようってつもりはねぇけど」
「…そうだったのか」
 アールの話を聞きながら、ガライはふと、その一つだけ覚えていたことを訊ねようかと思った。
だが、それはやめておいた。自分が知ったって、何にもならないからだ。
「………マスターさん、俺にはこのルウェル風シチューってのお願いな」
 ガライもやっと昼食を取りはじめた。久々に食事を取ったような気分だ。
しかし、アールのように酒を飲む気にはなれなかった。もっとも、それ以前にガライは下戸だったのだが…。
「あ、そうそうマスター、何か最近この大陸ヤバいことになってるような気がしねぇか?」
ステーキを食べ終えた後、アールは勘定ついでといった感じで主人に話しかけている。
「おれたちちょっとした旅の途中なんだが、ここに来る途中とんでもないことになってたな。
 この町の奴等はみんなアレリアの仕業だっつってるけど、ホントなもんかねぇ?」
「お国のお偉いさん方はそう主張して譲らないがな、俺は逆だと思ってる。
 最近の皇帝様はどっかおかしいからな。…もっとも、お偉いさんがおかしいのはここだけじゃないらしいがな。
 例えば、ファーガルバード大陸のゾロム王国とか…おっと、今は帝国か」
食器を下げながら、主人はアールの何気なさそうな問いに答えた。
「一体どうなっちまうんだろうな、リナディアは」
「さぁ…ま、俺たちは毎日おんなじ生活を今まで通り続けてけばいいってことさ。
 お客さんはそうもいかないようだけどな」
「まぁな」とアールは主人に笑いかけ、勘定の他に1枚金貨を多く払う。
そして、すでにシチューを食べ終えていたガライに「行くぜ」と声をかけた。
「ちょっと待てよ、俺まだ勘定が…」
「おれのおごりだよ。ま、つきあわせちまったのと、話を聞いてくれたお礼ってことで」
「…すまねぇな、アール………ところで、記憶喪失だってんなら、このアールって名前は?」
「いや、大したことじゃないんだけど」とアールは、頭に巻かれたバンダナをほどき、ガライに見せた。
布の隅に、小さく“R”と刺繍されている。
「これな、おれが見つけられたときに、すぐ側に落ちてたんだってよ。おれのものかどうかはわからないけど、
 とりあえず持って帰ろうってことになったらしい。で、おれの名前もこれから取ったってわけだな」
「ふぅん…なんかかっこいいな、Rなんて」
「おれとしちゃあどうでもいいことなんだけどよ……腹もふくれたし、そろそろ行くか」
 バンダナを再び巻くと、アールは酒場を出ようとする。
入れ違いに一人の女戦士が店の中に入ってきた、そのときだった。
「…あなたはっ!」
「!!」
女戦士がアールを見るなり驚いた顔をする。
「君は……えっと、誰だったっけ?」
「誰だったじゃないわよ! 盗賊アール、あなたがまだ生きていたなんてね!!」
そして、女戦士は腰から剣を抜き放った。
アールはそんな彼女の様子をあきれたように見つめている。
ガライは、どこかで女戦士の見覚えがあるように思い、必死に記憶の糸をたぐっている最中だった。
「今ここで私が仲間のところに送ってあげるわ。奈落の底にね!!」
「お、お客さん! 店の中でのいざこざはやめてください!!」
主人の嘆くような声に反応したのはガライだけだった。
「お、おいちょっとお嬢さん、アールに因縁があるのはわかったけど、ここで戦うのはヤバいだろ。
 せめて外に出ようぜ。アールも、な?」
「ふぅん…アレリアの傭兵も堕ちたものね。こんな盗賊と行動を共にしているなんて」
蔑むような目でガライを見た後、女戦士は店の外へと出ていった。そのあと、アールとガライも女戦士に続く。
 店の外で女戦士は剣の切っ先をアールに向けながら、
「何が目的でアレリアの傭兵につきまとってるの?」と強い口調で訊ねてきた。
「助けてもらったお礼をしているだけだよ。知っての通りジュール地方は壊滅、おれたちも全滅しちまった。
 ま、何でかは知らないけど、おれだけはこうして生きながらえて、彼らに助けてもらえたんだが。
 そんで、彼らがマネチス皇帝の変心の原因を探りたいって言ってきたもんだから、そのお手伝いさ」
「…何か企んでそうね。ホントに助けてもらったお礼だけでアレリアに協力しているの?」
「もちろんそれだけじゃないさ。仲間の仇討ちと、それにおれ自身、皇帝の変心の理由を知りたいんだ。
 ……これでいいかい、セツラちゃん?」
アールの言葉を聞き、ガライはようやく女戦士のことを思い出した。ジュール地方で兵士に襲われ、
壊滅しかけた村で出会ったあの女戦士だ。そういえば名前を覚えておけみたいなことを言われた気もする。
「……ウソじゃなさそうね。なら、私とあなたの目的は同じ。争う理由はないわね」
セツラは剣を鞘に納め、今度はガライに視線を移す。
「あなたたちを探してたの。あれからジュール地方はマネチスによって完全に滅ぼされてしまった。
 これは明らかに邪悪な者の仕業…だとしたら、この世界から払わねばならないもの。
 でも、悔しいけど私にはまだそんな力はない。同じ目的を持った誰かに協力することくらいしか出来ないのよ」
「つまり……俺たちに協力するってことか?」
「盗賊と共に行動するなんて、英雄志望の身として恥ずべきこと…でも、背に腹は代えられないものね」
そして、セツラはガライに向け、今までの様子からは信じられないような無邪気な笑顔を見せたのだ。
「ってわけで、これからよろしくね」

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