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女戦士セツラを仲間に加え、アレリア傭兵隊は宿場町ルウェルを後にし、
いよいよマネチス首都プーリアへと足を進めることとなった。
新たな仲間セツラに初め傭兵隊の戦士達は戸惑ったが、すぐに彼女と打ち解けることが出来た。
ただし、アールのみは例外だった。セツラの方が打ち解けようとしなかったのだ。
「どうしてそんなにアールのこと嫌うのさ?」
セロカからそう訊ねられたとき、セツラは自信たっぷりに
「盗賊に正義の味方がいるわけないもの」
と答えた。どうやら彼女は、「正義」や「英雄」といったものにただならぬこだわりを持っているようだ。
そして、それを聞いたセロカは、「ふぅん…」と何やら面白そうにほくそ笑み、
「あまり自分を押さえつけない方がいいよ。そのうち復讐されちゃうかもね」
と意味のよくわからないことを言い残したのだった。
もちろん、その言葉の意味はセツラにも、その場にいた他の誰にもわからなかった。
馬車は順調に街道を進み、いよいよ首都プーリアへと入ろうとするときだった。
「何…あれは?」
馬車に先行して歩いていたランフォが、前方から近付いてくる何かの一団を発見したのだ。
「どれどれ…」
ランフォの声にアールが反応し、彼女のすぐ横まで行くと、前方に目を凝らした。
「…やばい、マネチス帝国戦士団だ! みんな、なるべく普通の旅人を装ってくれ!!」
そう叫ぶと、アールは道具袋からフード付きのローブを引っ張り出して、馬車の外を歩く全員に配った。
「またどこかの地方を襲うつもりなの…?」
セツラが憎しみを含んで呟いた。
「しっ……もうすぐすれ違う」
マネチス帝国戦士団は街道の真ん中を行進してきた。そして、傭兵隊の馬車とすれ違いそうになると
「邪魔だ、退けろ!」と怒鳴りつけてきた。
今争いになってはまずいと、傭兵隊は慌てて馬車を街道の端に避ける。
「一体何用の出撃なのですか?」
すれ違うとき、アールが兵士に訊ねた。
「アレリア王国が我がマネチス領に侵攻してきたのだ。このままでは第二のジュールを生み出しかねん。
これからそれを退けにいくところだ。進軍の邪魔はせんでもらいたいな」
「そうですか、我々のためにも頑張って下さい」
質問に答えた兵士はフンと鼻を鳴らすと、そのまま街道を進んでいった。
戦士団が完全に見えなくなったのを確かめると、アールは馬車の中に隠れているロニーにこう訊ねた。
「何でもアレリアが攻め込んできたみたいなこと言ってたけど、心当たりはあるかい?」
ロニーは馬車から上半身を乗り出した。
「俺たちが潜入するのに、兵隊がいては面倒だろう。事前に聖騎士団に陽動を命じておいたんだ。
もちろん本国の守りも軽視できないから、兵の数はごくわずかだがな」
「へぇ…聖騎士っつっからには卑怯なことは絶対にしないヤツらだと思ってたけど、違うんだな」
「そんなことにこだわっていては、これから先命がいくつあっても足りないからな。お前の方がわかっているだろ?」
「へへ、おっしゃる通りだぜ」
アールはそう笑うと、街道の前方を向いた。しかし、すぐに再びロニーの方を向くと、
「…これから先って? 何か知ってるのかアンタは?」
しかし、その問いにロニーは答えなかった。
マネチス帝国首都プーリアは、物々しい雰囲気で固められていた。
あちらこちらを兵士が巡回し、規制でもしかれているのか、街を歩く旅人や町民らしき姿は見られない。
「こりゃちょっとやりにくいなぁ」アールが困ったように呟いた。
「こっちでも誰かに陽動してもらうしかないかな。兵士をなんとかしないと」
「どういう作戦でいくんだ?」
「まず、誰かに街の中でちょっとしたいざこざを起こしてもらうんだ。酔っ払ってケンカするでも、何でもいい。
それで、兵士を引きつけておいてもらったあと、残りで城の中に侵入する。
城の中にも兵士はいるだろうが、外ほどじゃないだろうよ。何せ、戦士団のほとんどが出撃中だもんな」
そしてアールは皆を振り返った。
「城壁のすぐ側にある古っちい井戸が、城への抜け道だ。ちょっと危険だが、確実に城内に侵入出来る。
陽動とどちらが危険かと訊かれると、多分こっちだろうけどな。…で、説明は終わりだが、何か質問とかは?」
「僕かユリナは、絶対に城に侵入しなくちゃだめだよね」
「そうだな。あと、出来れば狭いところでも闘えるヤツがほしいかな」
アールの説明に、傭兵たちは自分がどちらにつくかを考え、選んでいった。
そして、一時間後にはそれぞれの役割が決まり、その日の日没にそれぞれの行動を開始することに決まった。
「お互い死なない程度に頑張ろうな!」
この言葉を合図に、傭兵隊の戦士たちは各々の役割へと移っていった。
「きゃ〜〜〜〜〜〜!!! だ、誰か来てぇ〜〜〜!!!!!!!!!!」
日が沈んで間もない頃、マネチス首都プーリアの街中に黄色い叫び声が響き渡った。
「何だ、何だ!?」
その声におびき寄せられるように、巡回の兵士たちがぞろぞろと街の中心地へと集まっていく。
「へ、へ、兵士さぁん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
兵士が続々と集まってくるのを確かめ、悲鳴役のユリナは大声で泣き始めた…ふりをした。
「どうしたんですかお嬢さん?」
「さ、さ、さっきヘンな男たちが、ア、ア、ア、アタシのバッグを、す、す、す……」
「バッグをすられたんですね? わかりました、追いかけましょう!」
「ま、待ってぇ! あ、あ、あ、あ、足をひ、ひ、ひねって、た、た、立ち上がれな、ないぃ〜!!!!!」
結構アタシって役者じゃん、と心の中で呟いた後、
文字通り兵士の足を引っ張りながら、ユリナはひょこひょこと『ヘンな男たち』を追って歩き始めた。
叫び声と共に兵士がいなくなったのを確かめた後、侵入班は古井戸へと向かった。
「ホントにこんなところから入れるのか?」
井戸のあまりの古さに、ガライがぼやく。
「盗賊の抜け道をなめるなって。まぁついてきな」
アールは釣瓶を持つと、一気にそれに飛び乗った。からからからと音を立てて、釣瓶は井戸の中へと落ちていく。
「まさしく釣瓶落としだな…」ロニーが感心しているのかあきれているのかわからない口調で呟いた。
「お〜〜い、早く来いよ〜。でないと見つかっちまうぜ〜〜」
井戸の中からアールの声が響く。
「…とにかくついていこう」
もちろん、井戸の中に入るなどアール以外は皆初めての経験だ。
特にセツラは、何で自分がこんな盗賊まがいのことをしなければならないのだと文句をブツブツ言いながら
他の人の3倍以上の時間をかけて、やっと降り切った。
「やっぱり陽動に回った方が良かったんでないかい?」
アールが半分冗談半分本気な口調で言ったが、彼女はこれも英雄になるためだと頑として聞かなかった。
「だったらブツブツ言うんじゃない。これから先はあんなもんじゃすまねぇぞ。
ちょっとしたことできゃあきゃあ騒いでたら、いくら命があったって足りねぇぜ」
「言われなくてもわかってるわよ!」
ぷぅと頬をふくらませ、セツラは井戸の底から伸びている洞窟を、松明もつけずにつかつかと歩き出した。
つるっ
「きゃあっ!」
どしゃんという音と共に、セツラの悲鳴が上がる。
「だから言っただろうが…」
あきれたようにアールが呟く。
だが、そのときのアールの顔が、まるで卵から雛が孵る瞬間を見ているような
笑みに満ちていたことに、気付いたものはいなかった。
そこは以前水脈が走っていたのが、何かのきっかけで枯れてしまったのだろうと思われる空洞が伸びていた。
アールの話だと、城の地下牢の排水溝に繋がっているという。
「ただ、この中は魔物もうようよしてるからな。人食いネズミとか巨大ボウフラならまだいいが、
たま〜に不死生物に出くわすこともある。そんときゃ任せたからな」
松明に火を灯し、アールは水の滴る洞窟をゆっくりと進んでいく。
その後ろからロニーとセツラが剣を手に持ってついていき、間にセロカ、最後尾はガライという隊列だ。
特にガライは、いつ背後から襲われるかわからないと常に神経をぴりぴりさせていて、
前でセツラが足を滑らせただけでも過剰に反応してしまうといった状態になってしまっていた。
「そんなに気ぃ張り詰めなくても大丈夫だよ。もし亡霊なんかが襲って来るときゃあ
一番腕っぷしの弱そうなセロカか、一番そのテに弱そうなセツラを狙うだろうからさ」
「な、し、失礼ね!」
セツラが顔色を変えてアールに抗議したときだった。
ざばぁっ!!
突然ガライの背後で水が立ち上がり、大波となって押し寄せてきたのだ!
「何…っ!?」
予期せぬ出来事に、アールまでもが戸惑っている。
「これは魔法だよ! 何者かが僕たちに気付いたんだ!!」
そう叫ぶなり、セロカは何やら呪文を唱え始めた。
「吹き荒ぶ風よ、我らを守りたまえ!!」
呪文の詠唱が終わると同時に、強風が彼を中心に竜巻状に舞い上がり、襲い来る波を押しのけた。
しかし、砕けた波は地面で集まると、再び高く躍り上がる。
「これじゃキリがない! どこかに術者がいるはずだ。そっちを叩かないと…!」
「どっちの方にいるかわかるの?」
「多分、波の襲ってくる方だと思う。でも、そっちに行くのは危な…!?」
セロカの言葉を聞いていたのか、なんとセツラは自ら波の押し寄せる方へと走っていった。
何か呪文のようなものを口ずさみながら。
「……正義の刃よ、闇を切り裂け!!」
セツラが高らかに発すると、彼女の掌から光り輝く剣が何本も飛び出した。
それは波を貫き、遥か洞窟の奥まで矢のように空気を裂いていった。
「ギャアァッ!!!!」
おぞましい叫び声が上がり、とたんに波が勢いをなくし、ざばぁと下へ倒れるように崩れていく。
そして、その中から、一匹の小鬼のような魔物が転がり出てきた。
「な、何だこの魔物は?」
アールの疑問の声が終わるか終わらないかのところで、セツラはその魔物に剣を突き立てていた。
魔物はまたもおぞましい叫びを上げながら、灰となって辺りへ散っていった。
「…あんな魔物、見たことない…。一体、何なんだ?」
「………そんなの関係ないわ。魔物は全て冥界へと送還するだけよ」
そう事もなげに言い放つと、セツラは再び元の隊列に戻った。
しかし、彼女以外の全員が、今まで見たこともない魔物に、新たな謎の出現を感じていた。
そして、胸に沸き上がる不安を拭いさることが出来なかった。
――…何かが、起こり始めている…――
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