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No.7 衝撃の事実、少年の笑み

 

 未知の魔物との遭遇の後はこれといった問題も起こらず、侵入隊は排水溝から何とか城内に忍び込んだ。
もちろん、城の中にも見張りの兵や騎士などがいる。魔物の何倍もいろいろな意味で危険な敵である。
これからが正念場だと彼らは自分に言い聞かせていた。
 が……
「どういうことだ、こりゃあ…」
 地下牢から上に上がるなり、アールが驚きに満ちた呟きを洩らす。
「どうしたんだ?」
「見張りの兵がいないんだ。今まで何度か仕事に入ったけど、ここに見張りがいなかったことなんかない。
 それに、ここには必ず見張りがいるってクロードさんも言ってたのに…」
アールは用心深くきょろきょろと無人のはずの廊下を見回す。しかし、やはり人の気配は感じられなかった。
「ワナでもあるのかもしれない…みんな、特にセツラ、気をつけろよ」
「言われなくともわかってるわよ!」

 息をひそめながら、侵入隊はゆっくりと夜の城を進んでゆく。だが、やはり見張りや巡回の兵の姿はなく、
だんだんと彼らは言葉に表せぬ不安に身を縛られていった。ワナなのか、それともただ単に不用心なだけなのか?
「あっ!?」
 そんなとき、不意にセロカが小さく声を上げた。彼の声に、侵入隊全員が振り返る。
「…何か、聞こえない?」
「え…?」
 少年の言葉に、彼らは全身を耳にした。辺りを不気味な静寂が包む。
そして、深い沈黙の中にかすかに流れる、低く重い響きをもった声を聞き取ったのだ。
「これは…呪文の詠唱か?」
「多分ね。この調だと、きっと何かの召喚かまじないの儀式だと思う。それも、魔界の力を源とした…」
「何ですって!?」と叫びかけたセツラの口をとっさに塞ぎ、セロカは廊下の先を凝視した。
そして、しばらくそれを続けた後「…なるほどね」と少し困ったように呟く。
「何かわかったのか?」
ロニーが少し苛立ったように訊ねる。案外このような沈黙に弱いのかもしれない。
「これはちょっと僕たちの手には負えないかもしれないよ。それでも、行く?」
「だから、何がわかったんだって言ってるんだ」
「行けばわかるよ。でも、これはきっと知らない方がいい…」
 急にセロカは声を落とした。辺りに先ほどとは別の沈黙が満ちる。
「……ここまで来たんだ、行くっきゃないだろうが。手に負えないとかそういうのは行ってからおれが決めるさ」
「アール…」ロニーが驚いたように青年を見上げた。彼からこのような言葉が飛び出すとは思っていなかったのだ。
「そうよ。勝手に決めないでほしいわね」
セツラもアールに同調するように言った。
「へぇ、珍しいな。お前がおれに賛同するなんて」
「あなたに賛同したんじゃないわ。あなたの意見に賛同したのよ」
「変わらないだろ」
「まぁまぁ…で、他のみんなはどうなのさ?」
 アールとセツラの口論を中断させ、セロカは他の仲間を見回した。
全員が、セロカと目が合うなりうなずくような仕草を見せる。
「……やれやれ。あ、今のうちに言っとくけど、死んでも僕を恨まないでよ」

 侵入班が城内で謎の呪文を聞いている頃、陽動班は必死に夜のプーリアを走っていた。
「そろそろ撒いたかな?」バッグを抱えながらティーテがちらりと後ろを向く。
「!?!?」
 目に映った影に思わずティーテは足を止めてしまった。
今まで見たこともない魔物が一匹、自分を追うように近づいてきていたのだ。
「な、何だこいつ!」
慌てて弓を構えるティーテに、魔物はじりじりと近づいてくる。
 近寄られる前にと、ティーテは魔物に矢を射かけ始めた。しかし、いくら撃っても応えた様子がない。
「くそっ!」
自分一人では倒せないと判断し、ティーテは再び走り始めた。
 が、
「とうとう追いつめたぞ、盗賊め!」
「なっ…!!」
 何と前から、マネチスの兵士が現れた。そして剣を抜き、ティーテに襲いかかってくる。
「ちょっと待て! 逃げも隠れもしないから、先にあの魔物をどうにかしてくれ!!」
しかし、兵士はティーテの必死の言い逃れをはんと鼻であしらうと
「あれは味方だ」と冷たく言い放ったのだ。
「何だって…!?」
「詳しいことは知らんが、皇帝陛下が召喚なさった善なる魔物らしい。
 我がマネチスに逆らうものと、貴様のような悪党を決して見逃さぬ、実に優秀な戦士たちだよ」
そして、兵士はティーテを指差すと、高らかにこう宣言した。
「この盗っ人を殺せ!!」
「くっ……!」
 ティーテは矢をつがえ、兵士目がけて放った。とりあえず突破口を開かないと作戦どころではない。
「ぎゃっ!」
矢は狙い違わず、兵士の足に命中した。兵士がひるんでいるすきにと、ティーテは兵士を追い抜いて走り出した。
そのとき、
「紅蓮の火蜥蜴よ、アタシに力を。眼前の敵を灰燼へ帰したまえ!!」
 甲高い声と共に、真紅の光が辺りを照らし出した。はっと後ろを振り向くと、
そこには炎に包まれて悶え苦しんでいる魔物と兵士、そして派手な服装の女魔導士が。
「ユリナ!」
「ダイジョーブだったぁティーテ!?」
ユリナがよたよたとティーテに走り寄る。「あ、もう芝居はいいんだった」
「私はなんとか…君の方はどうなんだい? アーニは? 隊長や他の皆は……?」
「アタシにはわからないわよぉ。でも、やっぱ不安よねぇ、街中を魔物がヘーゼンとうろついてるなんてさぁ?」
燃え上がる炎を見つめながら、ユリナが心配そうに答える。
「…とにかく、皆を捜そう。きっと私みたいに苦戦しているに違いない」
 魔物と兵士の動きが止まるのを確かめてから、ティーテとユリナはゆっくりと夜の街を歩き始めた。
おそらく侵入班も苦戦を強いられているのだろうと、心の中で呟きながら。

  ざしゅっ…
 月明かりの中、剣が一閃された。
そして次の刹那、ごとんという音が鈍く響き渡る。
 剣を鞘に収めた後、クライドは今自分が切り落とした魔物の首を見下ろした。
「これで3匹…」
そう呟き、辺りをぐるりと見回す。
もう近くに魔物も兵士もいないように思われた。囮であるティーテが上手く引きつけてくれているのだろう。
「しかし…何故この国は、この魔物をのさばらせたままにしているんだ?」
自分で問いかけた謎を軽く首を振って振り払い、クライドは他の仲間を捜すべく歩き出した。
「あ、隊長!!」
 幾分も経たず、前から二人の女性が走ってきた。ランフォとアーニである。
二人とも全身を紅く染めていた。魔物や兵士の返り血と、自らの血だろう。
「大丈夫だったか、ランフォ、アーニ!」
クライドも二人に駆け寄ろうとした。しかし、足が鉛のように重く、思うように動いてくれない。
戦い詰めだった上、自分も浅からぬ傷を負っていたのだ。
「隊長こそ大丈夫なのですか? かなり傷を負われておられるようですが…」
アーニが心配そうにクライドの顔を覗き込む。
「これくらい何でもないさ。それより、ティーテとユリナが心配だ。早く合流しよう」
クライドの言葉に二人はうなずいた。

 邪悪な呪文の流れ出る大きな扉の前に、ロニーたち侵入班は息を潜めて立っていた。
扉に耳を押し当て、中の様子を伺っているのはアールだ。
「中には何人くらいいそうだ?」
「そうだな…大体2、3人ってところか。もっとも、怪しげな儀式に参加している奴はそれくらいだろうが、
 生贄とかにされて身動きできない奴もいるかも知んねぇからな」
そして、アールは懐から針のように細長い金属の棒を取り出した。
「とりあえず鍵は掛かってる、んでワナはなし……どうする?」
「鍵を外してくれ。そして、全員で一気に突撃する。今のうちに準備をしておくように」
 ロニーの言葉に従い、アールは鍵穴に金属棒を差し込んでそれをいじくり回し始めた。
気付かれないように慎重に作業を行っているのだろう。アールの表情は真剣そのものだ。
 そして、作業を始めて数分が経った頃…
  かちりっ
「開いた!」
「よし、突撃!!!」
ロニーが剣を扉に向け、高らかに命令した。それと同時にガライとセツラが扉に体当たりし、
その勢いを保ったまま部屋の中へと突入していく。
 部屋の中には王衣を纏い、王冠を付けた初老の男性と、黒いローブを羽織った白髪の老人が一人、
そして部屋の中央に描かれた不気味な魔法陣の中には、全身を引き裂かれ内臓や骨を体からはみ出させている
20歳位から50歳位の男性のものと見られる、無残な生贄が数十体……。
「いっ…いやぁっ!!」
 セツラがその足を止め、顔を手で覆ってしまった。セツラだけでなく、彼女たちの後から突入しようとしていた
ロニーもその惨劇を見てしまったらしく、その場から一歩も部屋へ入れないでいる。
 ガライとアール、そしてセロカの三人だけが作戦通り部屋へと突入していた。
「な、何だ貴様らは!!」
黒いローブの老人が走り込んでくるガライたちを認めるなり、外見からは想像し難い大声で叫んだ。
「そんなことはどうでもいい。それより、お前がトゴーだな?」
アールが王衣の男性に半ば冷たい声で訊ねた。
「そうだ、儂がトゴーだ。そして、貴様らはアレリアの手の者だな?」
「何故…わかった!?」
皇帝は不気味な笑みを浮かべた。
「何のために警備兵をこうして生贄にしてやったのだと思っとるのだ。そして、何のために街に儂の可愛いペットを
 放ってやったのだと思っとるのだ。全てアレリアを確実に滅ぼすためぞ。そして我が主の覚醒を前に、
 貴様らアレリアの者共に我が一族の真の恐ろしさをとくと味わわせるためぞ」
そして、皇帝は側の老人に命じた。
「儂の言った通りであろう? 今こそ儀式の真の完成の時…アレリアという最高の生贄を我が主に捧げるのだ!」
「は………か、畏まりました!」
 恭しく頭を下げると、老人は怪しげな呪文を唱え始めた。先ほどの邪悪な呪文に間違いなかった。
しかし、突然辺りを不思議な空気が満たし、老人の呪文の言葉がぷつんと途切れる。
「………………!?」
老人は驚いたように口をぱくぱくさせた。呪文だけではなく、普通の会話も出来なくなっているようだ。
「魔王の従僕召喚の儀式だってわかってて、それを見逃すバカがどこにいるのさ?
 僕だって何も知らないわけじゃないんだからね、えっと……確か、魔将スペクトリウスだったよね?」
碧い輝きを放つ宝玉のはめ込まれた杖を老人に向けながら、セロカは皇帝を見上げた。
彼の言葉を聞いた皇帝の表情がだんだんと変化してゆく。何故このような子供が、と語っているようだ。
 セロカの言葉に驚いたのは皇帝だけではない。ガライたち侵入班の者も驚きを隠せなかった。
「魔王…だって!? どういうことなんだセロカ!?」
「皇帝さんは、魔王の手下の一人に憑依されてしまったんだよ。アレリアへの侵攻も、ジュール地方の壊滅も
 本人の意志じゃなく、魔王の手下が命じたことなんだ。こいつの目的は、多分眷属の召喚と主である魔王の復活
 ……違うかな、スペクトリウスさん?」
セロカは不敵に笑った。とても10代半ばの少年のものとは思えない笑いだった。
そしてそんなセロカを見て、皇帝は彼とは対照的にも見える不気味な笑みを再び浮かべる。
「…よくわかったな小僧。我は魔将スペクトリウス。崇高なる魔王様の忠実なる下僕よ。
 だが、だからどうすると言うのだ? この肉体は紛れもなくこの国の主のもの。
 儂を倒すには、この無実なる肉体も死なねばならんのだぞ?」
「皇帝が死ねば、アレリアへの侵略を止めることも出来ない。むしろアレリアの者が殺したということで
 戦いは避けられないってことか。結構考えたじゃん。でもさ、僕だって無駄に今まで生きてきたわけじゃないよ」
そうセロカが意地悪く笑ったときだった。
 突然皇帝の体が小刻みに震え出した。それと同時に皇帝の口からおぞましい叫び声が上がる。
そして、何やら灰色のガスのようなものが皇帝の体から噴き出し始めたのだ。
「破邪の魔術はアレリアの魔術師や司祭の基本だよ。そんなこともわからないの?」
言葉が終わった時には、灰色の気体は完全に皇帝の体を離れていた。
「さぁてここからが本番だ。あれには普通の武器は効かないから、今のうちに魔力を付与しておくよ。
 ……どうしたのガライ?」
「…セロカ、オマエ一体何者なんだ?」
ガライの問いに、セロカははぐらかすような笑みを見せただけだった。

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