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軽い喧騒と緊張の中で、ガライは檻に入れられた獣のようにうろうろ部屋を歩き回っていた。
「ちょっとガライ、少しは落ち着いたらどうなの?」
「落ち着けっつったってもよぉ、今日の会議で全部決まっちまうかも知れねぇんだぜ?
ゾロム帝国とドンパチやるのか、魔王と鬼ごっこか、それともどちらでもないのか、両方なのかさ!」
少し機嫌の悪そうな声にランフォは苦笑すると、「だからってここでうろついてても何にもならないわよ。
椅子にでも座ってさ、少し話でもしましょうよ。これからのこととかさ、ね?」
「悪ぃけど考え事してんだ。そういう痴話話はアールとでもしてくれ」
それだけを残すと、ガライはランフォから逃げるように人の束の中へ紛れ込んでいってしまった。
「…全く、ホントにつれないヤツなんだから…まさか女嫌いなんじゃないでしょうね?」
ランフォが憤慨したとき、部屋にクライドが入ってきた。
「隊長! どうだったんですか、会議の結果は!?」
傭兵達がどっとクライドに詰めかける。
「落ち着け落ち着け。気になるのは分かるが、結果が飛んで逃げていってしまうわけでもないだろ?
……とりあえず今後のことはあらかた決まったよ。でも………」
「でも?」
クライドは自嘲気味に笑った。「マネチスに対しても魔王に対しても対策が同じとはな…大した国だよここは」
「これで決まったな」
アレリア城の会議室に、近衛騎士隊長ラッツの声が厳かに響き渡った。
そして、それと同時にクライドは体から熱がさぁっと引いていくのを感じていた。
「現時点の情報では、魔王の復活よりもゾロム帝国侵攻の方が遥かに信頼度が高く、危険である事が明らかだ。
従ってアレリア聖騎士団、魔道隊、及び傭兵隊の全軍は、これよりゾロム帝国の侵略に備えると同時に
いつでもこちらから帝国に攻め込めるように、常時進撃準備を怠らないこととする!」
にわかに歓声が沸き起こる中、ただ一人クライドだけは下を向き、悔しさに体を打ち震わせていた。
ラッツはああ言っているが、実のところは魔王の復活という事態を国民に知られたくないだけなのだろう。
情報は少ないが、人間が支配している事は確実なゾロム帝国と、500年前に滅んだはずの正体不明の魔王。
どちらの方が民にとって恐怖となるか…いや、どちらの方が国の責任が少ないかは一目瞭然だ。
(もしもゾロムが攻めてくると同時に魔王が完全復活し、襲ってきたらどうするつもりなんだ…)
「少し待ってくれラッツ」
聖騎士団長ロニーが口を挟んだ。
「万が一ゾロム帝国との戦闘中に魔王が攻めてきたら、とても近衛騎士隊だけでは太刀打ち出来ないだろう」
ロニーはちらりとクライドに視線を投げた。「傭兵隊もここに残らせ、近ごろ連続して起こっている
正体不明の魔物の討伐などをやらせたらどうだ? 人数が足りなかったら、新たな傭兵を募ればいいのだし」
「しかしロニー様、諜報員の情報によると、ゾロム帝国の誇る竜銃士団の力はとてつもないと言います。
あくまで噂にすぎない魔王に兵を取られ、ゾロムに敗北するようでは元も子もないではありませんか!」
そうだそうだと、他の参加者からも声が上がる。
「それに我が国アレリアは、三英雄アレル様により建国なされた神聖なる王国。
魔王ごときに兵を割くのは恥ではないのか!!」
古参の貴族や上級騎士たちの張り上げる声のうるささに顔をしかめながら、
クライドは彼らの非現実さに怒りを感じると同時に、未だに治っていない上層部の腐敗に心を痛めていた。
数年前、前王が崩御したことにより王位に付いた現王ファレスは非常によくやっている。
しかし彼の力を持ってしても、前王弟エアル公をはじめとする古参の貴族たちを変えることは出来なかったのだ。
出奔したレネー様の気持ちがわかる気がする。思わずクライドはそう小さく呟いてしまっていた。
「ちょっと待ってよみんな。じゃあ僕にも一つ考えがあるんだけど」
国王ファレスの控えめな声に、会議室は静寂に包まれた。
「…僕も竜銃士団は恐ろしいと思う。でも、魔王の恐ろしさだって充分知ってるつもりなんだ。
ただ、恐ろしいのには変わり無いけど、両者には一つだけ大きな違いがある。
竜銃士団は、たとえドムドーリアT世を倒せたって、代わりの指導者が立ってまた戦いになるかもしれない。
でも魔王の方は、頭である魔王本人さえ倒せば、眷属である魔物達は全て魔界へ送還されるはずなんだ。
魔王は魔術で魔物を召喚していたはずだから、あくまで召喚魔法の域を出ないはず」
そこで、とファレスは呼吸を整えた。
「まず全軍をラッツの言ったとおりにゾロム帝国の警戒に当たらせる。
そしてその間、各部隊の精鋭数人で魔王本人を復活する前に見つけ出し、倒すんだ。
これだったら兵力も割かないし、双方を同時に解決できる。もっとも、将軍や指揮官は軍に残るべきだけどさ」
静寂の魔法が切れ、辺りが再び騒がしくなった。
「……以上だけど、どうかな? もっとも数人で魔王に挑むんだから、それこそ絞りに絞らなきゃだめだろうけど」
しばしの喧騒のあと、賛同の声が次々に上がりはじめる。
「…決定かな? じゃあみんな強そうな人を何人か選んでおいてね。あ、自分ってのは禁止だからね〜」
「なんだよそりゃ…」
あきれたようなため息を誰かがついた。
「たった数人で魔王を倒そうってのかよ、この国の王様は何を考えてるんだか」
「いや、そうでもないぜ」
アールが文句を言った傭兵に応える。
「普通の人間が束になって魔王に挑んで勝てると思うか? むしろ敵の魔術一発で全滅しちまうこと必至だ。
だったらはじめっから足手まといは省いて、敵とやり合えそうなヤツだけで行った方が絶対マシだろ?
それだけ死人も減るし、けが人の手当てに追われることだってなくなるんだから」
「なるほど、そこまで考えておられたとは、さすがファレス様だ!」
「調子いいヤツだな…」苦笑いを浮かべるアールの呟きに自らも苦笑しながら、
クライドは室内のざわつきがあらかた収まったのを見て、すでに考えてあった選抜メンバーを発表した。
「もっとも、たったの三人なんだが……」
伝達が終わり傭兵達がみな寝室に戻りつつある中、ガライは強い困惑から逃れられずにいた。
(まさかとは思ってたけど……)
クライドが選んだのは、セロカとアール、そしてガライだったのだ。
前の二人は選ばれた理由が分からなくもない。
セロカはその正体不明なところを差し引いてあり余る魔術の使い手だし、
アールは盗賊としての腕前も確かながら、仲間を魔王に殺されたという復讐心も配慮されたのだろう。
しかし、自分には昔取った杵柄としか表しようのない、ちょっとばかりの剣の腕しかない。
もっともその杵柄は結構なもので、そこら辺の若輩騎士なんかよりは優れているとは思っていたのだが。
(…魔王相手か。生きて帰れるのか…勝てるのか、俺が?)
自分はまだ死ぬわけにはいかない。7年前山賊に捕まって奴隷として売り飛ばされてしまったときも、
剣闘士養成場から戦友と二人で脱出したときも、そしてマネチス国内で魔王の手下と戦ったときも、
これまで自分がなんとか生き残ってこれたのは、その意識のおかげ…いや、その意識のせいかもしれない。
はたしてそれが、今回も通用するのか。
(……せめて、アイツとの約束を守れてからだったなら……………)
何も思い残すことなどなかっただろうに。
会議のあった数日後、魔王を退治するべく各軍から選ばれた者達が顔合わせした。が…
「あっれぇ〜、ガライにアールにセロカちゃんジャン!!」
「………………」
魔道隊から選ばれた魔導士は、こともあろうにユリナだったのだ。
「何よそんなヘコんだ顔してぇ〜。もしかしてアタシの強さを信用してないのぉ〜?」
「…いや、そういうワケじゃなくて……」
「迷惑なんだよ」
「ぷぅ〜〜相変わらずへしゃくれたガキなんだから!」
仲良く(?)会話をはじめたセロカとユリナを放って、ガライは聖騎士団から派遣された騎士二名に視線を移す。
二人とも齢30から40くらいで、全身から威厳のようなものを発しているようにも思えた。
「そこの娘と少年、ふざけるのはそれくらいにしてもらいたい」たまりかねたように聖騎士の一人が口を開く。
「ロニー様よりかコイツらの方が聖騎士って感じだな」
アールの耳打ちにガライは小さくうなずいた。
「これから我々は邪悪の権化である魔王を討伐しに行くわけだが、
くれぐれも我々の足を引っ張るようなマネだけはせんように。
もっとも貴公らも各々の部隊の代表者。決して己の部隊に泥を塗ることだけはせんだろうがな」
「うわっ、コイツら思いっきり聖騎士してやがるぜ。イラつくなぁこういうの見てると」
「そこの女顔の青年、何か言ったか?」
「いや、気のせいだろ?」
「頭が高いぞ。目上のものには敬意を払えと貴公の両親は教えなかったのか?」
「悪うござんした。おれは自分の両親のことなんかちぃっとも覚えてないのでございますですよ!」
「そうか。ならば今後気をつけるようにな」
けっと舌を出すアールを横目に見ながら、ガライはこんなメンバーで魔王に勝てるのかと不安になっていた。
「ガライ」
そんなガライの心を見透かしたかのように、セロカがガライに囁きかける。
「いちいちそんなことで不安になるよりも、今は一秒でも早く魔王を見つけ出すことが先なんじゃないかな。
早くしないとどんどん封印が解けて、ホントに手遅れになってしまう」
「……」
珍しいものを見たような顔でセロカを見つめるガライ。
「…前は間に合ったんだからさ。今回も間に合わせようよ」
「前?」と訊ね返すガライの声と、出発を告げる聖騎士の声が重なった。
「ほら、出発だよ。行こうガライ」
「…あ、あぁ」
聖騎士達によると、これから正体不明の魔物の出現した場所をまわり、目撃証言を集めるのだと言う。
魔物の出没したとき、必ずその付近で怪しげな人物が目撃されているらしく、
聖騎士達はその人物が魔王だと決めつけてしまっているらしかった。
「たったそれだけで動くのは軽率だと思うけどなぁ…セロカはどう思う?」
「…そうか……もうそんなに………」
「セロカ?」
アールの声にセロカははっと視線をアールに移した。
「えっ何? ごめん、よく話聞いてなかったや」
「…なんでも、聖騎士のおっさん達は、正体不明の魔物さんの近くで目撃されているらしいヘンな人を
魔王だと…でなければ魔王関係だと決めつけてるんだ。おれはちょっと早計だと思うんだけど、セロカは?」
「ふぅん…ヘンな人、かぁ」何故か自嘲にも見える笑みを浮かべるセロカ。
「まぁ、何にも手がかりがないんなら、そんなストーカーじみたことでもしないよりはいいんじゃないかな?」
「そうか……ありがとうな」
アールの関心が自分から離れたのを確かめた後、セロカは再び何かに集中しはじめた。
(…翼が空を舞い、花が炎を纏うとき、古の憎しみは蘇る。消されたはずの想いと共に………)
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