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No.6 500年の隔たりを越えて


 胸に突き刺さった短剣を握りしめて、ポリドリは目の前の少年を凝視した。
しかし、そんなポリドリの視線を気に留めた様子もなく、セロカは言葉を続ける。
「そんなことないよねぇ。だって僕はちゃんと覚えてたんだもん」
「………嘘を言うな!」
 ポリドリは一気に短剣を引き抜いた。ぶしゅうと胸から鮮血が吹き出す。
「息子は…セロカは、500年前に死んでしまったはずだ!!」
そして同時に、彼らを取り囲むように無数の魔物がどこからともなく出現した!

「くそっ! 一体全体どうなってやがんだよっ!!」
 襲い来る魔物を斬り捨てながら、ガライは声を怒りと戸惑いに震わせた。
「ガライ、今は魔物をぶっ倒すことだけを考えろ! 気を抜いたら…ぉわっ!」
 ガライに気を取られている隙に魔物に背後から飛びかかられたアールだったが、間一髪それをかわす。
「ひゅう…危ねぇ危ねぇ……まぁともかく、行くぜ魔物さん!」
そして両の手に短剣をしっかりと握りしめて、踊るように魔物の波へと向かっていった。
「いやーーーーーーっ! こっち来ないでぇ〜〜〜〜!!!!」
 ユリナはアールとは逆に、押し寄せる魔物たちに背を向けて逃げ出していた。
大声で叫びながら走っているからなのか、かなり多くの魔物が彼女を追い回している。
もっとも、時たま後ろを振り返っては魔法で魔物を牽制しているので、しばらくは追いつかれないだろう。
 聖騎士二人は互いの背を向き合わせ、お互いを庇いながら魔物と戦っていた。
 そして。

「ポリドリ様………?」
 目の前で繰り広げられる攻防戦をその瞳に映しながら、セツラはぼんやりとした声で呟いた。
「一体、どういうことなの…? この魔物は……500年前って………」
 ふらりと足を前に踏み出し、おぼつかない足取りでゆっくりとポリドリたちに近寄っていく。
魔物に取り囲まれ、その爪や牙に全身を傷つけられながらも、決して歩みを止めることなく。
「……教えて!」
 ポリドリとセロカの姿が完全に視界に入るや否や、セツラは甲高い声で叫んだ。
「この魔物は何!? 500年前ってどういうこと!? あなたたち…何者なのっ!!!」
 反射的に腰の剣に手をかけ引き抜いていた。
「教えてポリドリ様! ホントのこと教えてっ!!!!!!」(…今更何言ってんだよ)
「……うるさいぞ小娘!」
「え…」(…もう………手遅れだ)

  ドォン!

 ポリドリがセツラに向けて腕を振ると、巨大な火の玉がセツラ目がけて襲いかかり、爆発した。
爆風にセツラだけでなく、彼女を取りまいていた魔物までもが吹き飛ばされる。
「セツラっ!!」
「貴様らもだ! 私の邪魔をするな!!」
 ポリドリが素早く呪文のようなものを呟くと、崖の上を舐めるように真っ赤な炎が踊り狂った。
ポリドリに注目していたガライたちは炎を正面に受けてしまい、次々と地面へ倒れてゆく。
「やっと本性を現してくれたね」
 炎とは対照的な、冷たい風のような声が静かに流れた。
「……セロカ…………?」
 セロカは不敵な笑みを浮かべた。
「父さん…ううん、魔王ポリドリさん」

 不意に風が草の葉をざわざわとかき鳴らした。
「驚いたよ。巷を騒がせていた正体不明の魔王の噂を初めて聞いたときはさ」
セロカの声が風と不気味に調和する。
「外見的な特徴といい、多用する術といい…思いっきり父さんそのままだったんだもん」
草が踏まれる音がした。セロカの姿が少しポリドリに近付いていた。
「僕さ、初めは父さんが僕や母さんの仇を取ろうとしてそんなことしだしたんだと思ったんだ。
 でも、それだったら村を襲ったルタクス王朝の奴等を皆殺しにするだけで良かったはずなのに、
 父さんはルタクス王朝を滅亡させたあとも、破壊行動をやめようとはしなかった」
 短く息を切り、セロカは少し目を細める。
「…500年前、今はもう1000年前だけど、まだあのことを根に持ってたんだ?」
「……誰からそれを聞いた?」
「母さん。父さんがいないときに、一度だけ話してくれた。父さんが、人間のことを恨んでるって。
 実際に、何度か人間を滅ぼそうとしたって。その度に自分が引き留めて来たけど、
 自分がいなくなったら、父さんはまた人間を滅ぼそうとするかもしれない……………ってね」
「…アイツめ、よけいなことを…」
 遠くを見るように、ポリドリは呟いた。
「……それで、今度はお前が私を止めようとするのか? いや、その前にどうしてお前は生きているんだ!?
 生きていたなら、どうしてもっと早く姿を見せなかったのだ!?」
「母さんが守ってくれた…。でも僕も大けがで動けなかった。
 けがが治って、やっと動けるようになったのは、魔王が三英雄によって倒された後だった……」
セロカの笑みが消えた。
「…言うけどさ、僕は別に父さんを止めようとしてるわけじゃない。人間を滅ぼしたいなら、勝手に滅ぼしなよ」
「…なら何故邪魔をする!? お前は人間を愚かだとは思わんのか!?」
「愚かだよ」
セロカはきっぱりと言い放った。
「…でも、全ての人間がそういうわけじゃない。少なくとも、あの人は違ってたと思う…」
「…?」
「……レネー・ネイディア・アレリア」

 突然耳に届いた懐かしい名前に、ガライは顔を上げた。
いや、ガライだけではなく、聖騎士達も、アールまでもが地面に伏せながらも顔をセロカの方へ向けていた。
 (……どうしてセロカが、エルのことを…?)

 ポリドリは怪訝な顔をした。セロカが口にした名前が誰のことだったか思い当たらなかったのだ。
「覚えてないんだ。7年前、父さんがここで殺した女の子…って言えば思い出せるかな?」
 ポリドリは心当たりがあるといった顔をした。
「自分の環境に泣き寝入りする大人とは違って、あの人は…逃亡って方法だったけど、
 自分で自分の環境を変えようとしたんだ。どうもあの人のことを愚かだとは思えなかった。
 だから、こっそりとあの人を見守った。城から逃げ出そうとしてるのを変わり者の傭兵さんと助けたり、
 会いたがってた人を、待ち合わせ場所に案内したりした………」
ちらりと視線がガライを見たが、すぐに向き直った。
「でも、父さんはあの人を殺した。『血塗られた希望』に力を与えるという、自分にとって都合の悪い能力を
 生まれつき持ってしまっていた、たったそれだけの理由で、必死に生きようとしてた、あの人を殺したんだ!」
セロカが叫ぶと同時に、辺りに風が吹き始めた。力強い風だった。
「セロカ…?」
「仇討ちってわけじゃない。でも、僕は父さんを許せないんだよ!!」
 セロカは杖をポリドリに向け呪文を唱えた。疾風がポリドリに襲いかかり、そのローブをズタズタに切り裂く。
しかし、その肌には一筋の血も滲んでいない。
「…そんな幼稚な理由で、実の父を殺そうとするか、セロカ」
 ポリドリの声は低かった。
「だがまだまだ子供だな! あの程度の魔力で私を殺せるものか!!」
 今度は逆にポリドリがセロカに向け呪文を唱える。ぐるぐると渦巻く炎がセロカを取り巻いた。
「うっ…!」
 セロカは苦しそうによろめいた。彼の足元では、草が炭と化していた。
「愚かな人間達のおかげで、まだ完全とは言えないが、私の魔力も大方戻ってきた。
 お前たちを殺すには充分なくらいに、な」
 そして、ポリドリは空高く手を掲げた。
「苦しまないよう楽に死なせてやろう。それが人間と同じく愚かなお前にかけられる、私のせめてもの愛だ!」

 「そうはさせるか!!」

「!!」
 背後から襲いかかった刃を、ポリドリは間一髪かわした。
見ると、先ほど『血塗られた希望』を燃やしているときに自分に喰ってかかってきた青年だった。
「ほう…まだ動けるとは大したものだ」
「黙れ!」
「だが、私に敵うと思っているのか? 愚かな…」
「敵う敵わねぇの問題じゃねぇ!」
 ガライは再びポリドリに斬りかかった。しかしポリドリはさらりとそれをかわす。
「なら何故このような行為をするのだ? 私が魔王だから滅ぼさねばならぬとでも思っているのか?
 それとも、仲間を助けるためか? …どちらにしろ、無意味なことだがな!!」
そう言ってポリドリは呪文を唱える。ガライを紅蓮の炎が包み込んだ。
「っ!」
「動かぬ方が身のためだぞ。もっとも、命がわずかに延びるだけだがな!」
「…こんなもん、熱くも何ともねぇ!」
 叫ぶと、ガライはなんと炎の膜を突き破るように走り出た。
そして剣を構え、驚いているポリドリに突進した。
「エルの、エルの仇だっ!!!」
…ガライの剣は、ポリドリの腹を貫いていた。

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