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No.5 発見、対立、対峙…


 アリテノンの街の外れの海沿いに、『自分殺しの崖』はそびえ立っていた。
ここから落ちた者は必ず生きて戻って来ないという伝説から名付けられた名だ。
 それだけではなく、崖の上にはハシバミの木を中心に『血塗られた希望』の群落があり、
太陽の沈みが早くなる秋頃、まさしく血を塗ったかのように辺り一面を紅く染め変えるのだ。
 そんな忌まわしい場所に、セツラは立っていた。
「さすがにすごい…こんなに蔓延っていたとは」
 老人が鍬のようなもので地面をひとたび掘り返すと、中から白い球根がざくざくと顔を見せる。
「セツラ、この木を中心に辺り一帯を掘り返してくれぬか?」
「畏まりました」
 セツラは老人に軽く一礼すると、老人から鍬を受け取り、言われたとおりに地面を掘り返し始めた。
そして、ぼろぼろと零れ出る球根に止めとばかりに鍬を叩き付けた。
 抵抗する力など無い球根は、セツラの一撃にぐしゃっと潰れさってしまう。
「…見てなさい魔王。あなたの好きにさせるもんですか……!」(…本当にこれでいいのか?)

 掘り出した『血塗られた希望』を一カ所にまとめ一つの山を作ると、
セツラは老人が呪文を詠唱するのをじっと見つめていた。
 (何でかしら…妙な気分がするわ)(…本当にこれでいいのか?)
 どうも胸がモヤモヤする。今自分が加担していることは、
いくら呪われているとはいえ自然の一部を確実に破壊しているのを知っているからだろうか。
 (…でも、たった一種の植物の絶滅で全世界の人間が救われるなら当然じゃない)(本当にそう思うのか?)
「…地獄の烈火よ、忌まわしき者に裁きを!」
 老人が呪文を唱え終わった。辺りに一瞬風が巻き起こると、突然球根の山が火を噴き上げる。
 (そう、これで正しいのよ。絶対に間違ってなんかいない…)(本当に、本当にこれでいいのか!?)

 同じ頃、ガライたち別動隊はアリテノンの街を出ようと街道の上を南へ進んでいた。
黒いローブを纏った怪しげな男を『自分殺しの崖』の近くで見かけたという証言が数多くあったからだ。
 (『自分殺しの崖』か…)ガライは小さく呟いた。
 7年前の収穫祭の日、エルが言った「『血塗られた希望』のハシバミ」とは、
この崖の上にまるで墓標のように生えている、一本のハシバミの木のことだった。
 エルがこの崖のことを知らなかったとは思えない。
おそらく、彼女はこの崖の伝説を信じたくなかった。だから、名前を出さなかったのだろう。
 (…俺も信じたくないけどな)
「あれ?」
 不意に疑問符が飛んだ。
「どうしたんだアール」
「火事かな…ほら向こう、煙が上がってるぜ」
 アールの指は『自分殺しの崖』の方角を指し示していた。
「あっちには何があったか分かるか? ………ガライ!?」
 言葉が終わるのを待たずに、ガライはすでに崖に向かって走り出していた。
「おい、待てよガライ! どうしたってんだっ!?」

 ザクザクと草を踏み締めながら、一人の青年が駆けてゆく。
その視線の先にあるのは一本の古ぼけたハシバミの木と、黒々とした煙を黙々と噴き上げ続ける真紅の炎。
「!!」
 炎を目の当たりにして、ガライは愕然とした。
踊り狂う焔を纏いゆらめいている白い球根は、紛れもなく『血塗られた希望』だったのだ。
「……ちくしょう…ふざけんじゃねぇぜてめぇ!!」
 ガライは剣を抜くと、燃え上がる球根の山を大きく横に薙ぎ払った。
たちまち山は崩れ落ち、ごろごろと音を立てて若草色の地面に転がった。
「誰だっ! こんなことしやがったのはっ!!」
 剣を右手に固く握りしめ、ガライは周りを睨め付けるように見回した。
「どいつだ!! 出てきやがれ!!!」
 そのとき、怒鳴るガライの背後から
「おやおや…なんてことを」

「オマエか! こんなことをしでかしやがったのは!」
 現れた黒いローブ姿の老人を、ガライは憎悪に満ちた視線で出迎えた。
「あぁ、私だよ。…それで、私に何か用かね?」
 ガライは老人に詰め寄ると、いきなりその胸ぐらを掴み上げる。
「何か用かね、じゃねぇ! 何なんだよこりゃあ! こんなことして楽しいのかてめぇは!!」
「美しき自然を破壊することを楽しいなぞ誰が思うものかね?
 私が今こうして『血塗られた希望』を燃やしているのは、この国…いや、世界のために仕方のない事なのだ」
あくまで老人の声は落ち着いていた。
「ふざけんな! 大体何者なんだてめぇは! 何のためにこんなことを…」
「ガライ!?」
「!?」
 聞き覚えのある声を耳にし、ガライは思わず老人を掴む力を弱めた。
そして、声の主へとゆっくりと視線を向ける。
 そこに立っていたのは、鎖かたびらを纏い、長剣を腰からぶら下げた一人の少女だった。
「どうしてあなたがここに…いえ、それより今すぐポリドリ様を離して」
「セツラ?」
「ポリドリ様から手を離しなさい!」(ソイツを離さないでくれ!)
 鋭い口調に圧され、ガライはやっと老人を解放した。
「セツラ、一体何なんだコイツは。オマエの今仕えてる主か何かか?」
「主などではないわ。ポリドリ様は…」(じゃあ一体何なんだ?)
「もう良いだろセツラ」
 ポリドリと呼ばれた老人はやはり落ち着いた口調でセツラを諭した。
「…ガライとか申したかね? まぁお前さんの言いたいことはよく分かる。
 だが、まず私の話を聞いてもらいたい。ちょうど、お前さんのお仲間も来たようだからな」
 はっとガライが後ろを向くと、遠くからアールやセロカ、ユリナたちの姿が近付いてきていた。
「何よ、アールも一緒なの!?」(お、アールさんも一緒だ!)
 セツラが不機嫌に言い放った。
「ったく…どうしてこんなところでアールと顔を合わせなきゃならないのよ」(やった、アールさんと会えた!)
 そう呟くセツラの顔が、一瞬嬉しそうに笑う。しかしそれに気付いたものはいなかった。

「さて、自己紹介をしようかね」
 アールたちが到着したあと、老人は一息ついて喋り出した。
「私はポリドリ・ネイ。ロンレストから渡ってきた一介の司祭だよ。まぁ、宣教師といったところかな?」
「…それで、その宣教師がどうして『血塗られた希望』を焼き払ってるんだ?」
「魔王の復活を阻止するためだ」
ポリドリはきっぱりと言い放った。
「今から500年前、三英雄様は魔王の邪悪な魔力をこの花に封じ込めなされた。
 そのためこの花は血の色をし、墓場の近くなど闇の領域を好んで咲くようになってしまった。
 この花を呪いから救うためには、球根から焼き払い、炎によって魔王の魔力を浄化するしかないのだよ」
「この花が増えることは、それだけ魔王の魔力が大地に強く蔓延っているということ。
 このまま放っておいたら、魔王の魔力はどんどん増えるばかり…現に魔王は復活しようとしているじゃない。
 だから、手遅れになる前に全ての『血塗られた希望』を焼き払わなければならないのよ」

「ふむ…そういうことだったのか」
 ポリドリとセツラの説明に、聖騎士二人は完全に納得させられたようだ。
しかしガライは「信用出来るか」とポリドリを睨み付け、アールも胡散臭そうな顔をしている。
 ユリナは全然話が理解出来ていないような顔だ。
そしてセロカは終始薄ら笑いを浮かべたまま、表情を変えようとしなかった。
「これは我々も協力せねばなるまいな」
 聖騎士の一人が協力を要請するようにガライたちに向き直った。
「『血塗られた希望』を焼き払うのか? 俺は反対だ!!」
「何だと、貴様!?」
 聖騎士が剣に手をかけた。しかしガライは反論を続ける。
「大体このポリドリとかいう司祭が信用出来るのかどうかだってわからねぇのに、
 そう易々と決めつけちまっていいのかよ! 俺は信用出来ないね、絶対に!」
「…おれもガライに賛成だな」とアールも続く。
「そもそも、セツラのやってきたことで正しい事なんかあんのか?」
「な、なんですってぇ!!!!!」(さすがアールさん、きっぱりと言ってくれた……)
 ガライとアールの反論を聞いたあと、ポリドリは聖騎士二人を振り返った。
「…と、あなたがたの部下は申しておるが、どうなさるかね? 私は無理強いはせんよ」
「あのような愚か者は放っておこう。私たち二人は貴公に協力する」
「おぉ、ありがたいことだ」とポリドリは笑みを浮かべる。
「では早速ですまぬが、あそこら一帯を掘り返してくれぬか?」
「承知した。本来このような野良仕事は我らのすることではないが、今回は特別だ」
 聖騎士は鍬を受け取ると、ポリドリに指定された場所へと歩いていく。
「ちょっと待てよ聖騎士さん! マジこんな胡散臭いヤツの話を信じちまってるのか!?」
 しかし聖騎士たちはガライの声を無視した。
「……ちくしょうっ!!」
 そう叫ぶと、ガライは剣を再び抜き放ち、なんと聖騎士たちの前に立ちはだかったのだ。

「何をするつもりだ!?」
「絶対にそんなことさせねぇ! 神様が許したって、俺は許さねぇぜ!!」
 聖騎士たちはガライを信じられないといった様子で見つめた。しかし彼の目は真剣だった。
「…アレリアに逆らうことになってもか?」
「あぁ構わねぇさ! そもそも俺はこの国に忠誠を誓った覚えはねぇしな!!」
「……何のために、そこまで貴公は無意味な意地を張るのだ!?」
「知るか! とにかく、絶対に俺は認めねぇ。絶対に認めねぇからな!!」
 怒鳴るガライの目には、透明な何かが浮かんでいた。
「…そうか、ならば仕方ない。裏切り者には死あるのみだ」
 冷たく言い放つと、聖騎士は剣を構え、ガライと対峙した。
「待てよガライ!」
 アールも短剣を構えて、ガライの横へと駆け寄った。
「おれも同じだ。あの司祭は気に喰わねぇし、この聖騎士も大っ嫌いだ」
「アール…」
「…まぁ、お前一人じゃ行かせやしねぇぜ」
 アールはニヤリと笑った。
「えぇ、あなたたち二人で仲良く冥界へ堕ちなさい」(や、やめろ本体!)
 今度はセツラが聖騎士の横に並んでいる。
「短い付き合いだったわねガライ。でも、忌まわしい花の味方をして、盗賊なんかと肩を並べてるあなたに
 正義の心があるとは思えないわ。もちろん、そこにいる卑しい盗賊にもね!」(やめてくれ!!)
 ギロリとアールを睨んでいる。
「ど、ど、ど、どうしよ〜〜〜〜〜!!!」
 そんなガライたちを見ながら、ユリナはただ一人オロオロするだけだった。
そして……
「ねぇ」
「ん?」

  どっ…

「!?」
 突然辺りに響き渡った不快な音に、その場にいた全員が振り返った。
 そこには、短剣を生やした胸からどす黒い血を滲ませているポリドリと、
若草色のバンダナとマントのところどころを紅く染めて笑っているセロカの姿。
「セロカ!?」
 セロカは笑ったまま、周りから飛んだ悲痛な声にもそれを崩さなかった。
「…セロカ……だと………?」
「やっと見つけたよ父さん。冷たいなぁ、息子の顔を忘れちゃうなんて」
 頬についた血を手の甲ですっと拭う。
「それとも、やっぱり500年も経てば忘れちゃうもんなのかな?」

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