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魔王捜索を精鋭部隊に任せ、アレリア聖騎士団、魔道隊、そして傭兵隊は
ゾロム帝国のあるファーガルバード大陸に最も近い港町、ポポカへと軍を進めていた。
もしゾロム帝国が攻め込んでくるのなら、十中八九ポポカからだろうと推測されたのが
進軍する理由だったが、その推測通りに敵が攻めてきてくれる保証など無いことは
他ならぬ、彼ら自身が一番よく分かっていた。
ただ、何かをせずにはいられなかっただけなのだ。
例え、それが仇となることになっても………。
夏の日差しに晒されながらの進軍のさなか、ランフォはふぅっと額に滲む汗を拭った。
「いい加減疲れてきたわね…そろそろ休みでもいれて欲しいんだけどなぁ」
そして、何気なく青と白の程よく混じり合った空を見上げる。
「……?」
見慣れない黒い点が5つ、空に舞っている。
大きさからしてただの鳥とは思えない。しかし、この辺にロックなどの巨大鳥は生息していないはずだ。
まさか飛竜が辺境の住みかから迷い出たとでも……………飛竜!?
「まさかっ!?」
夏の太陽に目を細めながら、ランフォは目を必死に凝らし黒点を見た。
それは飛竜に間違いなかった。ただし、馬具のような装備を付け、背に人を乗せていたが。
「…ゾロム帝国、竜銃士団………………」
「何か集団さんがぞろぞろと歩いてるぞ」
愛竜マーファの背から大地を見下ろしながら、竜銃士マップは同僚に問いかけた。
「どうする? 俺らの任務は偵察だし、このままムシして引き返すか?」
「…いや、せっかくここまで来たんだ。実際に奴等の強さを確かめてやろうぜ!」
同僚はそう叫ぶなり、銃剣を構えアレリア軍に向かって急降下した。
「ちょ、ちょっと待て! 無用な戦闘は控えろとドムドーリア様が仰ったのを忘れたのか!?」
その言葉が届かなかったのを悟るや否や、マップはちぇっと舌打ちし、同僚の後に続いた。
「ぐはぁっ!」
突然空から襲いかかってきた謎の戦士に、一人の傭兵が一瞬にして崩れ落ちた。
「な、何だ、どうした……がっ!?」
ズドォンッ!!!
戦士の持った謎の武器の先端から炎を纏った弾が飛び出し、同僚を振り返った傭兵の胸を焼け焦がした。
やはりなすすべなく、同僚の後を追うように大地に倒れ込む。
「き、貴様、何者だ!?」
再び舞い上がる飛竜の背から、謎の戦士はアレリア兵を見下してこう宣言した。
「我等は誇り高きゾロム帝国竜銃士団!! ドムドーリア帝王に逆らう愚かさをその身に思い知るが良い!!」
そしてその言葉の後、空を舞っていた飛竜たちがなだれ込んできた!
たった数秒のうちに、アレリア軍は大混乱に陥った。
竜銃士たちは上空から突撃しては反撃を喰らう前に空に舞い上がり、再び突撃を繰り返し襲ってくる。
あるいは上空から銃を乱射し、もちろん銃など知らないアレリア兵達を次々に血の海に沈めていった。
「ひるむな! 相手はたった5騎ではないか!」
指揮官が声を張り上げるが、アレリア軍の戦意はすっかり喪失され、無数の兵が我先にと逃亡していく。
しかしそれでも、竜銃士団は攻撃の手を休めなかった。
「…まさか、こんなに文明の差が開いていたなんてな…」
兵の死体が散乱した街道を見下ろしながら、聖騎士団長ロニーは口唇を噛み締める。
「このままでは全滅も時間の問題だ………なら!」
そしてロニーは、剣を手に取ると側近騎士の制止を振り切り、兵達の方へと駆け出した。
「相手が人間である以上、無敵ということはありえない。何かしら弱点があるはずだ!」
敵の死体の中に一人の若い騎士が走ってきたのを見て、マップは好奇の念に駆られた。
身に付けている鎧からするとかなり身分の高い騎士らしい。おそらく聖騎士団の将軍か何かだろう。
しかし、こんな状況で一体何をするつもりなのだろうか。
「そこの竜銃士!」
騎士は空を見上げると、マップをキッと睨み付ける。
「貴公と勝負がしたい。受けてもらえるか!」
「何だと?」
騎士は言葉を続ける。「それとも貴公らゾロム竜銃士団は、一騎打ちに応じることすら出来ない憶病者か?」
青年騎士が自分を挑発していることにマップは気が付いていた。しかし、やはり何を企んでいるのかは謎だ。
だが一騎打ちには応じても良いだろう。何か企みがあったとしても、もはやこっちの勝利は決定的なのだから。
「わかった。その勝負、受けて立とう!」
マップは愛竜マーファを駆り、銃剣を構えて青年騎士へ突撃した。
気圧の急激な変化が耳に軽い鈍痛をもたらすが、いちいちそのようなことに構ってなどいられない。
「行くぞ、聖騎士よ!」
敵の撃ってくる妙な弾から逃れようと、ランフォは逃げ惑う傭兵達に混じって走っていた。
このままではたった5騎の兵のために全滅してしまう。ランフォは自分の命までアレリアに捧げたつもりはなかった。
(…それに、こんなところで死ぬわけにはいかないのよ。私の幸せと、プライドの為に)
敵に背を見せて逃亡していながらプライドの為になんて、我ながらヘンな話ねと小さく笑ったときだった。
「そこの竜銃士! 貴公と勝負がしたい。受けてもらえるか!」
「!?」
突然響いてきた声に思わず足を止め、ランフォは後ろを振り返った。
(一体誰? あんなバケモノに勝負を申し込むなんて……)
そして、目に飛び込んできた光景に愕然とした。
「ロニー様!!」
マップが一騎打ちに応じたのを見て、ロニーはとりあえず作戦の第一歩が成功したのに安堵した。
しかし、第二歩が成功するという保証はどこにもない。
「行くぞ、聖騎士よ!」
ロニーが剣を抜き放つと、それを待っていたようにマップは勢いよく突撃してきた。
端から見ていてもその速さはとてつも無く速く思えるが、実際に自分が突撃される立場になってみると
速さそのものよりも、一種の恐れに近い重圧感の方が強くのしかかってくる。
(だが、こんなものに負けられるか!)
銃剣の切っ先が体を貫く直前に、ロニーは身を大地に伏せ、突撃をやり過ごした。
しかし飛竜が通過した後、重圧感に負けない物凄い風圧がロニーに襲いかかる。
思わずロニーは、起こしかけた体を再び地面に打ち伏せてしまう。
「風圧に身動きも出来ないか聖騎士よ! 格好の的だぞ!」
マップは突撃の勢いに乗って空高く舞い上がり、向きを変えロニーを見下した。
そして、再びロニーに向かって急降下し、銃剣の刃を突き立てようとする。
(…今だ!)
銃剣に貫かれる直前に、ロニーは身を転がしてそれを避けた。
がすっという音と共に、大地に軽い振動が走る。
「しまった!」
地面に突き刺さってしまった刃を抜こうとマップが気を銃剣に取られていたわずかな隙に、
ロニーは素早く飛び起きると、渾身の力を込め、手にした剣を飛竜の翼に勢いよく突き立てた。
「ギャオォッ!!」
飛竜は悲鳴を上げ、苦しそうに体を激しく震わせ暴れ出した。
「マ、マーファ! …うわぁっ!!」
マップはバランスを崩し、マーファから転げ落ちてしまう。
「……!」
体を起こしたマップの目に、短剣を自分に突きつけている青年騎士の姿が映った。
「俺の勝ちだな、竜銃士よ」
ロニーは静かに、しかし警戒を弱めることなく呼びかける。
「…まだだ、まだ負けてはいない!」
そう叫ぶなり、マップは地面に刺さったままの銃剣を刃をはずして手に取ると、銃口をロニーに突きつける。
そして、引き金に指を掛けて思い切り引いた!
ズドォンッ!!!
銃口は煙を噴き、燃え上がる礫をロニー向かって極めて正確に撃ち出した。
だが、ロニーの構えた盾に、弾はカァンと弾き返されてしまったのだ。
「何だって…?」
「…この盾は代々のアレリア聖騎士団長が身に付けてきた物で、強力な防護の魔力が付与されているんだ」
盾を下ろしながら、ロニーはやはり静かに語りかける。
「この盾だったからこそ弾き返せたが、普通の盾ならきっと貫通していただろうな」
「………そうか、お前は」
マップがそう言いかけたときだった。
ズゴォォォォ!!!!!
「!?」
「なっ……!?」
突然、ロニーとマップの周囲に炎が巻き起こったのだ。
ロニーとマップは会話を中断させ、辺りを注意深く…しかし素早く見回した。
そして、頭上から降り注いでくる言葉に気付いた。
「小僧、まさか貴様がロニー・メリディアン・アレリア…
アレリア聖騎士団団長にしてアレリア国王ファレス・スプレンド・アレリアの従弟だとは思いもしなかったぞ」
噴煙を上げる銃口をロニーに向けながら、4人の竜銃士は薄ら笑いを浮かべた。
「ここで貴様の首を取れば、ドムドーリア様もお喜びになるだろう!」
そして、再び焼夷弾をロニー目がけて発砲した!
ズゴォォォォ!!!!!
「ぐっ……く…………」
巻き上がる熱気に顔をしかめるロニー。
だが、次の瞬間、ロニーは自分の置かれている状況を全て忘れてしまった。
「…何だって……!?」
ロニーの目の前には、仲間の放った焼夷弾に身を焼かれ、のたうち回っているマップの姿があったのだ。
「大丈夫か、おい!」
思わずマップに駆け寄るロニー。
だが、そんな彼を嘲笑うかのように、頭上からドゥンドゥンと弾丸の雨が降り注ぐ。
「負け犬の心配をする余裕があるなんて、さすがは聖騎士様だな!」
しかし竜銃士の蔑みの言葉も、ロニーの耳には入らなかった。
ただ、傷付き倒れたマップを背負い、炎と弾丸をかい潜って脱出しようとしている。
「…聞いてるのかよ、聖騎士さんよっ! こらテメェ!!」
「悪いが、平気で仲間を見捨てる外道の言葉を聞く耳など、俺は持ち合わせてないんでな!!」
本来なら息をするのも苦しいはずなのに、ロニーの声は辺りに大きく響き渡った。
「くっ……ちぇっ、仕方ねぇ。引き上げるぞ!」
ロニーの言葉に気圧されしたらしく、竜銃士たちはそれこそ鉄砲玉のように遥か彼方へ飛び去っていった。
マップと、彼の愛竜マーファを置き去りにしたまま。
竜銃士団が空の彼方に逃げていくのを、ランフォは木の陰から一歩も動かずに見ていた。
(たった一人であんなに恐ろしい敵を追い返しちゃうなんて…)
結局、ランフォはロニーの一騎打ちを最後まで見届けてしまい、逃亡することが出来なかったのだ。
だが、なぜかもう恐怖は感じなかった。
敵が逃げたからではない。
もし、まだここに竜銃士団がいたとしても、ランフォはもはや逃げようなどとは思わないだろう。
(…竜銃士団も、所詮私たちと同じ、人間…)
ロニーがたった一人で竜銃士に勝負を挑んだ理由に、ランフォは気が付いていた。
(…ロニー様は、このことを皆に気付かせたかったんだ)
すごいと思う。自分みたいな普通の人間には、到底気付くことの出来ない事実に、
彼はすぐに気が付いてしまったのだから。
「……悔しいわ」
ランフォは小さく呟くと、剣を納めて本隊へと歩き始めた。
本当に勝ち目のない戦い以外は、もう絶対に逃げたりしないと心に誓いながら。
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ホームに戻るの? 小説コーナーに戻るの? B・Hコーナーに戻るの?