JH2CLV's Topics & Memorandam
May 2009

May 31. 2009  所用で雨の薮山を登る
昨夜の結婚披露パーティの酔いが薄っすらと残る朝、5時前に起床。ハッと思い窓を開けると雨・・・なーんだとがっかり。実は今日、山登りを伴う所用が待っていた。9時半、雨でやや気が重い中、調査のために機材を背負いR158宿布トンネルの薮山を6名のパーティが登り出す。電力会社が鉄塔保守で入山する道はあるが、我々の目的はそこから大きく外れ一乗谷と福井市街を1点から見通せる地点探し。30年前の体験談はあっても、その間の樹木の成長は著しく様相が大きく変わっている。ちょいと行って来るなんてとんでもない話だ。ナタとカマを振りかざしジャングルの如き薮を切り開く。昨夜からの雨で足場がぬかるみ良く滑る。薮には茨をつけた低木が多く、うっかり手を出すと血まるけだ。クヌギかコナラの倒木を見て、ここってクワガタの宝庫かもと子供心を散ら付かせたりも。茨の中にキイチゴを発見するのは田舎出身者の得意技か・・・。終盤には雨も上がり当初の目的を果たし13時過ぎに下山。プライベートの登山とは異なり、目的が違うと普段とは違うモノが見えて来るようで、雨でもアウトドアは楽しい。写真は旧発電所跡側から登った宿布トンネル上の登山道。目的地はこの道の左奥方向だが、道から外れると直ぐにジャングル状態だ。

May 30. 2009  結婚披露宴へ招かれる
今日は後輩の結婚式と披露宴が14時より越前市であり同僚達と出掛けた。休日なのに相変わらず朝が早く今朝も6時前に起床。披露宴初っ端の祝辞を依頼され、ここ数日何を話そうかと悩んでいた。材料は山ほど有るのだが話がまとまらないといけないと、朝から簡単なメモを用意する周到さだ。ところが過去こうしたメモが功を奏した事は殆ど無い。性格なのか、現場の状況で切り口を刻々と変え、全く違う内容で終わったりと優柔不断そのもの。そして本番、案の定今回も例外ではなかった。メモは手にしていたが、新郎新婦や会場の顔、それに司会の前説でメモとは違う内容が頭に浮かんでしまった。何と言う事か。軌道修正を試みたがそれが出来たのは、結婚報告に驚いた様子を綴った、昨年12月の自分の日記の朗読のみだった。形式に拘らなかった事だけが記憶として残り、反応はどうであったか心配であった。すると、この秋に結婚予定の別の後輩から「私の場合もあのように…」と声がかかり一安心。それにしてもこう言うのって緊張し胃が痛むがこれも性格?・・・要するに完璧なアドリブ派で段取が苦手って事か?。夜は福井へ戻り、二の宮タベルナピノリの2次会に参加、大いに盛り上がり帰宅は22時半。オメデトウの一日だった。

May 27. 2009  渋谷「新楽飯店」の思い出
福井に赴任してから2年、こちらで是非お渡ししなければいけない写真が手元にあった。撮影から7年半も経過してしまったモノで、その主役は坂井市在住の先輩O氏。実は先日、ひょんな事でO氏の消息を後輩から知らされ、忘れ掛けていた写真を思い出す事になった。翌日、恐る恐る電話を差し上げると本当に懐かしい声。ハスキーで威勢の良い口回しは今も健在だった。ご無沙汰の挨拶の後、2001年11月12日に上京された時の「祝賀会」の写真がそのままになっており、早急に送る旨の約束をして電話を切った。帰宅後、奇しくも同じ頃に作った自作の1st_GHz-PCのHDから祝賀会のスナップ数十枚をCDへ焼き込んだ。クッション封筒に入れコメントを添えて27日朝郵便で発送。喜んで頂けるものと信じている(29日御礼の電話)。O氏の住む坂井市内、実はこの2年の間に幾度も通っていた事を今になって知った。やっぱりタイミングは逸してはいけないなぁと反省し、近いうちにアイボールも果たさなければと思っている。新楽飯店に集った同僚達のスナップを見るとO氏の人望の厚さが伝わってくる。タオル・ハチマキ姿で現場の指揮をとっていた若かりし頃のO氏の姿が目に浮かび懐かしい。写真は、渋谷区宇田川町「新楽飯店」前でのスナップ。

May 24. 2009  懸案物件揃い踏み
23時頃になって休もうかと思ってふと寝室のテーブルを見ると寂しそうに作りかけの受信機。また椅子の後ろを見るとこれまた作りかけのMRF429x4_SSPA。そして作業台には連休明けから居候のRACALのTRA3755。オーナーの気の多さを暴露している様だ。せっかくなので懸案物件を積み上げて記念撮影。本当はこれ以外に、これも作りかけの7F71R_HPAが別室で眠っている。しかし余りに大きく重いのでこの撮影には辿り着けない。受信機は久しぶりにDDS-VFOに電源投入して動作確認。ダイアルは絶妙の感触だ。周波数に応じたDC出力がRFプリセレのサーボモータを駆動する仕掛けだが、そこまでは未確認。フロントパネルはそれなりの格好になっているが中身はヒミツ。SSPAはRACALが来てから作業台を奪われ焼餅状態だったに違いない。バンドLPFを組み込めば使える状態になるところまで来ている。RACALは一番ホットだがこれに拘り過ぎると他に手が回らなくなる。などと我ながら良くやるよと呆れている。しかも単身赴任先なのに。物作りって素晴しいって事か。実は昨日訃報が届いた。実家から出た大叔父が百歳で逝去された。写真・盆栽・・・趣味に没頭する楽しみはひょっとしたら大叔父が教えてくれたのかも…と偲んでいる。

May 23. 2009  待望の夜叉ヶ池・夜叉ヶ池山に登る
やや疲れ気味で週末は福井に留まる。ふと実家の事が気になったりする。思いを巡らせていると5時前に目が開く。平日より早い食事を済ませても未だ6時。昨日からの曇天に急に陽が差した。太陽に誘われ気が付くと北陸道・・・全くの思い付きだ。何故か夜叉ヶ池(1099m)に登りたくなった。6時35分今庄ICを下り、R365添いのコンビニで食料を買い南下。途中から広野ダム方向へ入りどん詰まりを目指すが手前の橋で通行止め。山開き前で危険が伴う旨登山を控えよとする看板。そんな事に驚く筈もなく車を留め歩き始めると7時10分。休みも取らず登り8時40分、待望久しい霧に包まれた「夜叉ヶ池」が出現。ひょっとして三国岳もと浮気心。県境の尾根を登るが背丈もある笹の露でビショビショ。夜叉ヶ池山(1212m)の先で引き返す。9時35分下山、10時25分車に戻る。池は神秘的で多数のイモリが迎えてくれた。
登山中は終始曇りか霧であったが下山途中から陽が差し車に戻ると晴れ上がった。5月31日の山開き前なのに、出会った登山客は22名と結構多い。それに10台程の車の中には他県ナンバーも半数近くあった。単独よりご夫婦や親子連れに友人同士等のグループが圧倒的だった。本日最初の登山客はどうも私だった模様。印象的だったのは2番手に登られた武生の70歳前後の方で既に百回以上も登っているとのこと。それから京都ナンバーの女性2人連れ・・・よほど山好きなんだろう、思わず声を掛けてしまい持参した甘夏を2つお裾分け。皆さんのお名前を伺わなかったのは失態だった。もしネットでヒットしたら連絡願いたい。今年初登山だったが疲れている筈の体が活き活きしてくるから不思議だ。実は愛用のトランシーバTH-F7を紛失した事に翌日気付きトホホ。ひょっとしたら山開き前に不謹慎だと池の龍神が怒り悪戯したのかも知れない。

May 21. 2009  RACAL/TRA3755のロータリーエンコーダ交換
朝8時保守中のTRA3755で7MHzをワッチ。7.076MHzに岩国のJA4BWN福本氏のCQ。久し振りだったので挨拶を試みる。自作同軸SWを回して通常系のIC-756でATUをチューン。呼ぶと直ぐ応答があり59のリポートを交換。その後出勤前に再びワッチ。7.088MHzで今度は北名古屋のJA2BNV山形氏と福本氏が交信中。山形氏にも挨拶しようとブレークイン。今朝の伝搬は良好で山形氏とも59のリポートを交換。アマチュア無線ならではの朝のひと時・・・私はこのゆったりとした空間がたまらなく好きだ。実は昨晩、TRA3755の周波数飛びに業を煮やしていたが、ダメモトとばかりロータリーエンコーダを交換。閉店直前のマルツ電波へ駆け込み購入。僅か25P/Rのエンコーダだが、今まで苦慮していたチューニングが劇的に改善され気を良くしていた。ただ基本ステップは10Hzで、ステップ桁を上げるにはダイアルを勢い良く回す必要がある。オリジナルのエンコーダは128P/Rだから、25P/Rでは1回転あたりのパルス数は約1/5。単位時間あたりのP/R数は人の操作感覚に合わせた設定になっているようで、どうもそれで128P/Rらしいが自分には多すぎる感じだ。写真はTRA3755とicomのDTMFマイクHM-118TN(8PメタルCNに改修)にBIRD43。

May 16-17. 2009  帰省・・・蜂蜜搾りに竹薮間引きetc・・・帰路に武生・新宮神社を訪ねる
所用で帰省する。北陸・名神・名神の各高速を乗り継ぎ24時過ぎ雨の中を帰宅。3.5MHzでアルコール変調のJA2BNVとQSOし床に就くと25時半。 朝は少しゆっくり出来るかと思いきや6時半「雨が降る前に蜂を搾るよ!」とカミサンの声で起床。雨は上がり気温も上がってきたので親父がまた何時もの突発宣言。朝食を済ませHanaの散歩で伊野を周り8時、いよいよ作業開始。ミカンの花のピークは過ぎたが、未だ橘が香り甘酸っぱい独特の空気が漂う。今年2回目の採蜜だ。親父にカミサンと私、それに隣町のT氏が研修で参加。親父が巣枠の取出し(戻し)と蜂払い、カミサンと私が遠心分離機の搾り、T氏は巣枠の運搬などを担当。さすがに4人いると作業が早い。約3時間の作業で6群の巣箱を搾った。マスコミで蜜蜂の激減が伝えられているが我が家も同様で例年より大分少ない。それでも糖度78%前後の蜜を50Kgほど収穫。有難い自然の恵みである。写真は巣箱前に追出されたおびただしい数の蜜蜂。オンマウスは煙により巣から蜂を追い払っている親父…相変わらず作業は素手だ。 午後は竹薮の整理。堀損ね既に10m近くにまで伸びた竹の子と不要な竹を伐採し間引いた。これが大変な重労働で16時頃まで続きヘロヘロ状態だった。
翌日は朝から雨が降ったり止んだり。時折強く降り農作業などやってられない状況。山切川も増水し徐々に茶色になっている。これ幸いと朝8時に友人N氏のヘアーサロンを訪ね散髪。本当は第3日曜日で休みだったらしいが快く応じてくれた・・・感謝!。お昼前に所用でカミサンと興津・袖師などを慌しく回る。昼食後の12時45分福井への帰路に就く。上がるだろうと思った雨はずっと降り続いた。370Kmの道乗りも、琵琶湖を過ぎ敦賀辺りまで来るともう福井に着いたような気分になるから不思議。転勤当初は敦賀〜福井って結構あるなぁと思っていたが実は65Km程度。て事は清水〜掛川位しかないじゃんと頭の中で比較していると時間経過が早い。慣れるとあっという間に今庄で、南条SAを過ぎるともう武生で鯖江だ・・・などと最近は先々の位置関係も正確にイメージできる。ところで雨のため直前まで二の足を踏んでいたが、意を決し武生ICを下りてみた。目的は知る人ぞ知る武生新宮神社。この神社の裏山山頂に目的地。雨の中、傘を差して山を登るなんて、下で見ていた地元の人には可笑しな奴がいると見えたに違いない。山頂で所用を済ませ、今度はR8を福井まで飛ばした。帰宅は18時だった。写真はしっとりと雨に濡れる新宮神社入口。

May 15. 2009  想定外の出来事
6時15分、起床するとメガネがない。おかしい。寝る直前に外し机に置いた筈なのに…どうなっているんだ!と自問。机と布団の間は1mで昨夜からこれ以外は動いていない。知る筈もないカミサンへ電話したり、行った筈もない所まで探し出すから人間て面白い。半分諦め先代のメガネを探す。直ぐ手の届く所にはなく、これも探し回るが何とか発見。ようやく普通の視界を取り戻す。ところがこれが遠近両用じゃない。手元作業はいちいち外さなきゃいけない。車の運転はOKだろうが、工作やPC作業はちと辛そう。そんな事を考えているとPCラックのフックに掛けている筈のヘッドフォンがフックごとない。もしやと思い床を見るとヘッドフォンとコードに巻き込まれたメガネ。真夜中にフックの接着が剥れヘッドフォンが落下した際、コードがメガネを巻きこんだ模様。全く想定外の事だった。発端は実に些細だが人間ていろんな事をするものだと再認識。これからの人生に生かしたい…等と思っていると、通勤途上の宝永3丁目養浩館南側の水路(芝原上水)でアオサギとはち合わせ。完璧な出会い頭で、自分もアアオサキもびっくり仰天。一瞬目が合った後、携帯電話カメラを取り出し飛び上がるタイミングでシャッターを切ったのが写真。こちらも想定外だった。

May 11. 2009  所用で浜松を往復
浜松で所用があり福井から「しらさぎと新幹線」を乗り継ぎ往復した。JR浜松駅を下りるのは1997年以来ではと思われる。前任地の静岡時代は車で浜松を訪れる事はあっても駅に近寄ることは無かった。そのため浦島太郎状態で、遅れ馳せながら変貌振りに驚いた。それに中区なんて標記があり、そうだ浜松は「政令指定都市」になったんだと思い起こす始末。独身時代の1980年頃カミサンと駅前からバスでフラワーパークへ行った事を思い出したりも・・・。いや1997年頃も北側の公園の様な施設は有ったぞ・・・などと新旧の記憶が入り混じり曖昧な状況を露呈する。さて所用とは同僚のご尊父のお通夜への参列。奇しくも昨日は母の日だったり、今朝の「生活ホットモーニング」では親の介護が話題だったりで、焼香するとオヤジの顔がダブってきた。生前には何もしてやれなかったと悔やまない様に、それなりのアクションを起さないといけないのかと自問。予定より早く終了したため、電車の待ち時間に名古屋の同僚と駅南の白木屋に立ち寄る。20時38分の新幹線で帰路に就き23時半帰宅。不況の影響なのか浜松駅周辺は昔のような活気や人通りが無かった。写真はJR浜松駅南口。奥はこの辺りでは一番背が高いアクトシティ浜松。

May 10. 2009  日曜日の朝と午後
休日位ゆっくり寝ていたいと思っても平日より起床が早い。昨日は4時で今朝は5時だ。これも歳のせい?やりたい事が多過ぎるの?と独り言。先日RACALのトランシーバTRA3755ADRが転り込んできた。ドツボにはまらないよう注意しながら突いている。1980年台のDSP機で3MHzを処理している模様。中を覗くと無線機の象徴だったL/Cが見当らない。HF TRANSCEIVERと前面パネルにあるが、1.6〜29.999MHzまで受信はおろか送信まで出来てしまう。PAはMRF422プッシュプルでSSB/AM/CW/FSKを125Wで出力する。Audio-Jackをメタル8Pに変更。如何程のモノかと電源を入れるといきなりFAULT。メニュー構造がさっぱりで英文取り説片手に何とか操作を習熟。気が付いた点は・・・@VFO周波数飛び・・・R-ENC不良か、AAGC・・・制御がAF出力依存動作でAM受信音不自然、B内臓SP・・・明瞭度はあるが疲れる、Cキートップ脱落・・・キーを弾くと反動でトップが飛ぶ・・・etcだが未だ色々と発見しそうだ。なお受信は1.6MHz以下のAM放送も良好に受かる。写真は6時半、日課の「ラジオ体操」を自作ラジオと聞き比べている様子。業務用DSP機も音質では自作ラジオにかなわない。何とものどかな朝だが、あれっ今日は母の日か・・・まずい!。
・・・などとRACALを突つきながら、またローカルOMの助言を7MHzで頂きながら、そして家事をこなしながら午前中を過ごしているともう昼。昨日炊いた炊き込みご飯(具はツナ缶・油揚げ・ニンジン・玉ネギ・生姜で醤油味)の最後の一膳をポテトサラダなどを添えて昼食とする。炊き込みご飯は時間が経つと味に深みが増し本当に美味い。
TVで「のど自慢」が始まったので慌てて一乗谷へ車を飛ばす。実は今日、第60回植樹祭の2回目のリハーサルが市内の一乗谷朝倉氏遺跡で行われ覗きに行った(朝倉氏は織田信長により滅亡)。午前中は各パートのリハーサルが行われ、午後は総合リハーサルが行われるとニュースが伝えていた。実はこのリハーサル、4月19日(日)に1回目が行われており今回が2回目。前回は桜の花の白さ目を奪われたが、今回は何処を見回しても緑で主役は新緑だ!。この日の福井は好天に恵まれ、気温もグイグイと上がり29℃近くまで達した。この暑さの中、日影も殆ど無い中で関係している皆さんに拍手だ。
写真は、会場後方の山中からの俯瞰ショット。オンマウスは会場の向こう側に流れる一乗谷川。何れも周辺は緑で一杯だ。植樹祭本番は6月7日(日)午前中に行われる。

May 6. 2009  所用で名古屋往復
6日、所用で名古屋を往復した。往・復とも車で北陸道と名神高速を飛ばしたが、連休最終日にも関らず渋滞もなく順調なドライブだった。静岡からはカミサンが新幹線経由でやってきてJR新守山駅で合流。名古屋は何年も住んだところで懐かしい。所用は昼から16時半頃までに終了し其々帰路に着く。単身赴任をやっていると別れ際に複雑な心境になるのは場所が変わっても同じだ。この機を逃すまいと6時45分に福井を発ち、早目に名古屋に着き別の所用を済ませた。9時半大曽根の平丸ムセンへ届け物。10時一社のカレーハウスKANDYでJG2CMJ守山氏と合流。雨の駐車場で旧機器の提供を受ける。ところが店が開かない。場所を守山区竜泉寺の喫茶店タイムに変更、10時半に赴くと何とJA2BNV山形氏とJA2EZA加藤氏、それに初対面のJA2DPT中垣氏とJH2HZM早川氏らが歓談中。守山氏が1.2GHzのFMで居場所を確認してあった様子だが、いきなり訪れ一同ビックリ。岩魚釣りにDX、写真と自作にアンプetcと話は盛上り11時15分解散。短時間だったが楽しい時間を過ごさせて頂き、C U Again!。ところが写真撮影を失念、悔やんでいる。写真は守山氏提供の(スラグ無し)BIRD4410。ノブは4410Aと違い電池交換も背面パネルを外す。

May 3. 2009  どういう仕掛けなのかGoogle Analytics
友人のexJA2IYJ山田氏紹介のGoogleAnalyticsを導入し1週間が過ぎた。4月23日に登録、翌24日から解析データが取れるようになった。当初は設定方法が分からず、例えばTopPageのHTMLにGoogle指定のコード(java)を記述しておけば、サイト全体のデータが取れるものと考えていた。それでも一定のデータが取れ「こりゃスゴイ」と思った。しかし「直帰率が高く下がらない」。もしやと山田氏に訪ねると全HTMLファイルに指定のコードを記述する必要があるらしい。それが分かったのが29日の旗日。HTMLファイルにエディタでコードを追記する作業が始った。数えると402個のHTMLファイル。HP公開を始めて8年目だが良くも書いたものだと我ながら感心する。所用もありそれだけに関われず作業は30日まで及んだ。その結果が帰省した1日深夜から出始め、サイト全体のアクセス状況が掴める様になった。全体でTopPageカウンタの7倍ものアクセスがあった。海外や国内のアクセス地域・回数が町村単位まで分かる機能はどんな仕掛けなんだろうか。こうしたは情報はあくまで参考で一喜一憂は控えたいが、毎朝更新されるデータを見るのが日課になっている。図はアクセスがあった地域でAnalyticsサイトではクリックすると詳細が分かる。

May 1-2. 2009  帰省・・・人間ドック・JA2XCR夫妻とアイボール・・・植木屋・その他
1日は静岡で人間ドック受診のために休暇。昨夜仕事明け後車で帰路に就き24時半帰省。ETC\1000が使えるかと思ったら暦は平日でダメ。何処までも\1000に慣れるとそれが当り前になり、深夜半額割引ですら高いと言い出すから困る。ETCにほんろうされ、本当の価値観を見失っていないだろうか・・・とまた固い事を・・・25時床に。そして6時起床、7時にカミサンと静岡のクリニックへ。検診は8時からで昼食を挟んで14時半まで続く。結果は概ね良好で一安心だが後送項目もある。道中のカミサンとの会話は、主語が欠落したり状況説明がやけに長かったりして話が良く見えず「疲れる!」の応酬となるから面白い。まぁそれも人生だなぁと呟きながら笑い飛ばす。さて実は、沼津のJA2XCR丸尾氏からQSYのPA基板を実験中に壊し予備がゼロ。その旨を伝えると何枚か有るとの事で、お邪魔したい旨を伝える。ところが氏から2日午前中に訪ねるからと電話。そして当日・・・何と奥様同伴で現れた。R1から急に田舎道へ入るので驚いたのではと思ったが迷わずに辿り着けた模様。奥様とカミサンを交え無線を忘れた話を楽しませて頂く。写真は奥様撮影の丸尾氏とのスナップと新緑&ANT。その夜、渋滞の中6時間半を要し25時半福井へ帰還。
丸尾夫妻をお送りした午後、懸案だったミカン畑の垣根カイヅカイブキの剪定で植木屋に変身。剪定というと聞こえが良いが、無造作に伸びた枝を刈り込む作業だ。腰にノコギリと剪定バサミをぶら下げて・・・。カイヅカイブキは杉をルーツに持つらしく、切り過ぎると突如として杉の枝葉が顔を出してくるから面白い。しなる葉の中に尖った葉が介在するため、軍手では突き刺さり痛くて作業が捗らない。それでゴム打ちの手袋を利用する。枝は10〜15mm程度なら剪定バサミを斜めに入れ片手で切断できる。それ以上はノコギリを駆使する。今でも握力が60Kg程度あるのは昔からの作業の名残か・・・或いは握力維持のために絶対にショルダーバッグは持たない主義の成果か・・・などと妙な事を思ったりする。畑は大道に面し通行車両を気遣う。オヤジとカミサンと3人で始ったが、終盤に叔父がやってきて加勢してくれた。直ぐ横を走る車の皆さんには、この作業がどう写ったのだろうかと興味がわく。写真は作業中のオヤジの様子。どう見ても虎刈りにしか見えないと思うのだが講釈は相変わらず。カミサンは垣根の裏で見えない。久し振りに握力を使い右手はヘロヘロだった。オンマウスはつぼみが開きだした太田ポンカンの花。
そう言えば2日の午前中は雛人形と5月人形を片付けた。子供の日を前に5月人形も片付けたのは、帰省中で2F物置へ運ぶ人手が居るから。清水区山切は4月が桃の節句で雛人形を飾る。マスメディアに流れるのは殆ど3月の桃の節句だから、子供の頃からこの1ヶ月違いが不思議でならなかった。お盆も同様で7月と8月があり、当地ではあまり一般的でない7月に行う。こうした其々の習慣を尊重した取り扱いをして欲しいと思うのだが、一つにまとめたがる都会の文化にはやや馴染めないものを感じる。カミサンから声が掛り朝からせっせと撤収作業が始った。カミサンは分解・収納、私は運び屋。収納時にあれこれ議論したり、樟脳を放り込んだりの「何気なさ」が良い・・・。昔は近所の子供達がお互いに人形を眺めあったものだが、今ではそうした習慣も見られない。年に一度、組み立て・収納する時に、子の成長を願った先人達の思いが蘇って来るようだ。その行為は様々な智恵を授けてくれた。素晴らしい文化だと思う。写真は実家仏間にセットされた雛人形(右)と5月人形(左)。雛人形はいわゆる段飾りのセットではなく、子の誕生の度に送られた人形の集合体である。オンマウスは実家の水場近くに咲くカラー(海芋)の花(水芭蕉じゃない)。