2011年1月分(1/1〜1/30)分

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覚え書き(1/1)

■できたこと:
・年越しそば作って食べた(具はネギと天かすのみ)
・初詣行った。おみくじ引いた(大吉でした…ちょっと嬉しい)。
・お雑煮食べた(いつも作る野菜スープのお肉をベーコンから鶏に変えて、焼き餅投入しただけ)
・ HDD内の船幽霊を8時間分ほど成仏させた(まだ概算30時間分くらい残ってるけど)

■できなかったこと:
・年賀状書き
・パソコン周りの整理
・職業訓練の授業の復習(年末最後の授業、原稿の為にさぼっちゃったし……(^^;;))

■ToDo(事務処理系)
・次回夏コミ申し込み
・SCC申し込み?(『孤影』公開後に決めます)
・各種検定試験申し込み

■ToDo(サイト更新系)
・幻影編ページ(話がキリコちゃんの「シャワーシーン」の前で止まってるし〜(^^;;))
・『Case;IRVINE』『ボトムズファインダー』感想まとめ
・旧雑文ページの大幅整理(『幻影編』効果か、ココナ関連の記事に検索が多いんですよね…。十年以上前の文章をそのまま晒しておくのも、いいかげん恥さらしなので、「削除」という形ではなく、なんとかしたい……
・できればフィアナさんの新しいお写真を……(^^;;)。
 ついにストックが切れたので、 ↑も、前のと同じ時にとった写真です。 冬コミ会場で撮っておけばよかったよ(^^;;)

■ToDo(外出系)
・1/8 『孤影再び/初日舞台挨拶』 12:00開演
・要消化前売りチケット
 『孤影再び』舞台挨拶除いて 6枚
 『相棒』バルト9専用チケット 2枚
 『ヤマト』 1枚
 ほか、一月下旬〜二月上旬に芝居2つ

 …以上、覚え書きまで。
 ちなみに、上記のように『孤影』のチケットが↑のようなことになってますので、公開日からの三連休は、バルト9にべったり流連(いつづけ)*…もとい、入りびたりの予定(^^;;)。おそらく、『アービン』や『ファインダー』と同じく三週間ぽっきり、かつ最終週は一日一回きりってな可能性が非常に高いので、第一週のうちに一気に消化しないと、余っちゃうおそれが……(^^;;)。

*:筆者が初めてこの語彙を知ったのは、おそらく講談社文庫(たぶん…)の古典落語の廓噺(くるわばなし)のどれかだと思います。「流連」に「いつづけ」というルビが振ってあったので、そういう表記かと思っていましたが、ググってみたら、「りゅうれん」という読みもちゃんとある模様。
 ちなみに、意味は出典からご推測できますように、「家にも帰らず、遊所に(ほぼ泊まりがけで)入りびたること」です。映画館も「遊所」と言えばそうなんですが(^^;;)、この場合は、いわゆる「悪所」のことですね。
 だから、遊郭だけじゃなくって、賭場(カジノ)も含まれるのかな。お布団ないけど。


風邪ひいた(1/4)

 数日前から喉が痛いな〜、スッキリしないな〜……なんて思ってたら、ついに鼻に来ました。
 明日…っつーか、日付変わってるから今日からまた授業だってーのに……

 年賀状ほかで久々に知った友人知人の消息では、あっちでもこっちでも「失業しました」「この3月で契約切れ」……等々の話が頻出。両手の指で数えきれるほどしかないつきあいの中で、この数って……世の中、ほんっとーに不景気なんだなぁ……とシミジミ。
 わりと当たる(気がする)占いサイトの今年の蠍座の運勢によると「4月は慣れないことに慣れる時期」だそうなので、4月になれば、次のシゴトが見つかるかな〜……なんて楽観してるのですが、「慣れないこと=新しい職場」じゃなくって、「慣れないこと=就活」だったりして(^^;;)。

 とりあえず、この一週間を乗り切れば週末です。とっとと風邪治して、バルト9入りびたりで『孤影』と『相棒』三昧の連休を過ごすぞ〜!
 ……って、どっちも、見終わったあと、ズッシリと重たいものが残りそうですが(^^;;)。

 あ、こっちで報告忘れてましたが、『ファインダー』の感想、覚え書きコーナーにアップしています。 一応、ネタバレは配慮しているつもり。


不覚…(1/7)

 今日、『千と千尋』やってたのね。先日テレ東で放映した『サウンド・オブ・ミュージック』(解説・池上彰さん)の録画のCMカット作業にかまけてて、すっかり見のがしてました(^^;;)。放映リアルタイムで観てたから、編集作業だけ〜のつもりが、ついつい通して観ちゃって。
 新妻聖子ちゃんに吹き替えさせながら、歌は吹き替えナシとは何事!? (ちょっとだけアカペラで歌うシーンがありましたが)…と憤ってはおりましたが、井上和彦さんのトラップ大佐がカッコよすぎて……(*^^*)。
 映画でも、舞台でも(大地真央さんで2度ほど観た記憶がございます)、マリアとトラップ大佐にはかなり「年の差夫婦」のイメージがあったので、マリアが大佐を好きになるのは、修道院育ちの世間知らず+ひょっとしてファザコン気味?くらいに思っていたのですが……若いよ! 和彦さんのトラップ大佐! 元の俳優さんは変わっていないのに、過去の吹き替えとかなり印象が違う! マリアと踊るシーンで「そりゃ、マリアも惚れるわ…」と、初めて納得いたしました。
 リーズルの「初めてのシャンパンを味わってみたいわ」ってお願いに「ダメ」って返すところとか、「こんなにハンサムでダンディでステキなパパがいちゃ、大抵の男はカスに見えるんじゃ?」……と、娘さん達の未来が心配になったり(^^;;)。
 #いや、リーズルにはファーストキスの相手の彼氏がいたけど、連絡取れなくなっちゃった割にアッサリしてるし〜(^^;;)。マリア先生に会えないことの方がよっぽどこたえてたみたいだし〜(笑)。
 考えてみりゃ、どーみても「子どもたちの母親」には向いてない男爵夫人にうっかりプロポーズしちゃうくらい、一時は惚れてた(美貌とか、才気とか、都会的なエレガンスとか…って部分に惹かれて?) わけだから、奥方の死や退役でちょっと世をすねていたからといって、そんなに「枯れてる」わけじゃなかったんだよなぁ…と、改めて気づいたです。
 舞台の方は、現在四季が上演中ですが、今度東宝で演るなら、トラップ大佐は石井一孝さんとか岡幸二さんあたりで……いや、いっそ石丸さんでもいいかな。若々しいトラップ大佐で観てみたいですね。マリアも、せっかくですからこの機会に若返りを……(^^;;)。


いよいよ…(1/8)

 ↑トロトロ更新してる間に、日付が変わってしまいました。
 いよいよ本日『孤影再び』公開です。折良く、正月明けからがっつりひいてた風邪も治ったようだし、覚悟を決めて行ってきます。

 気になるところはイロイロあれど、最大のポイントは「ラスト、キリコは流星を観るのか」ですね。小説版では、そこのところ曖昧だったから……。
 既に皆様お忘れになっているでしょうが(^^;;)、昨年9月に長々引きずってた「キリコの視線はどっちを向いてる」ネタ(2010年9/10以降の日記)の関連で、わたしにとっては、ここ、かなり重要なポイントになると思うのです。「観た」か「観ない」かで『幻影編』におけるヤツの解釈が変わっちゃうくらいに……


酔ってます…(1/9)

 いえ、ヤケ酒ではないのですが(^^;;)。
 かねてより、「『孤影』初日には封を切る」と予告していたお酒、うっかり手がすべって大量 に(通常のロックの3倍くらい)注いでしまったので、既にかなり回っているのに、まだかなりグラスの中に残っている……(^^;;)。なんたって、ネット通 販でもボトル1本¥6,489(昨年11月に新宿伊勢丹で下調べしたときは8,000円弱でした)、行きつけの(…つっても、失業以来ごぶさたしてますが(^^;;))店では、1杯1600円するようなお酒なので、もったいなくて残せない!

 ちなみに、どんなお酒かというと、「フォアローゼズ・プラチナ」です。もちろんテイタニアのイメージで。
 一般に「フォアローゼズ」というと、イエローラベルかブラックラベルですが、リンク先の画像でおわかりのように、他のラベルのような紅のバラではなく、文字通り「白銀のバラ」がボトルに浮き彫りされているのです。
 最大の特徴は、「バーボン(ワイルドターキーとか、I.W.ハーパーとか)」のイメージをひっくり返すような華やかで優雅な香り。 香りだけかいだら、「ウイスキー? ブランデー?」って思っちゃうくらい……。 普通にボトルを開けるだけでもかなり香りますが、ちゃんとしたバーで、プロのバーテンさんにロックで作っていただくと、ビックリするくらい強く香りが立つ上に、グラスが空になった後も、長〜〜〜〜く香りが残ります。
  で、味はと言うと、口に含むとやっぱりバーボンですからガツンと来ますが、そのあたりもテイタニアっぽい(笑)。

 あ〜、『孤影』初日、結局、舞台挨拶回含めて3回観てきました。
 正直、初見直後は前売りあと6枚も確保していることを後悔したくなりましたが(爆)、あのろくでもない小説を元に、よくここまで盛り返してくれた…と思えば、池田さんGJ!とか思ってしまう自分がカナシイ……
 とにかく「テイタニアを大事にしよう」って気持ちは痛いほど伝わってきました。ホント、あのろくでもない小説が元だっていうのに、よくぞここまで……(以下繰り返し……)

 その他詳しい感想は、また明日以降、アルコールが入っていない時に……

 あ、でも一言だけ。酔ったイキオイを借りて言ってしまおう。

 ラスト5分のシークエンスは、あたしにノベライズさせて!!

 先の冬コミで、「卒論草稿」を書き上げたばかりだってーのに、これで「大学院での研究テーマ」っつーか、「向こう5年はかかりそうな宿題」をもらってしまった気分です……


ただいま〜(1/9夜)

 15:55『孤影再び』、17:00『相棒 劇場版2』、19:40『孤影再び』……と、バルト9の同じフロア(劇場は違うけど)で、ちょうどよく入れ替わりで観られるスケジュールでやってたもので、3本ノンストップで観てきました。さすがにバテて、『相棒』は、中華街のシーン(江波杏子さんが出てきたあたり)から、右京さんがお偉方の前でいっぱい喋って、例によってスルーされる…けどめげない!って辺りまで半分居眠りしてたようです(おい!)。一応、重要な場面に入る前にちゃんと目は覚めたし、ストーリーは把握できてるつもりなんですが……
 いずれにせよ、やはり3本は無謀だったか…ということで、連休最終日の明日は『相棒』『孤影』各1回ずつの2本だけにしました(爆)。
 #既に前売りを座席指定券に引き替え済み。

 で、帰宅してから、録画していた大河ドラマの1話を観る。
 ほ〜、浅井三姉妹が主役とは言え、やはりお市の方の婚礼から話は始まるのね……。鈴木保奈美、さすがにちょっと年取ったけど、あいかわらず目元がキレイだな〜。トヨエツとの兄妹並びもイイ感じ。嫁ぎ先の浅井長政は、大抵の戦国モノでは「温厚な名君」「心優しい草食男子が戦国最凶の肉食獣の餌食に…」みたいな描かれ方なので、時任はどうよ?って思ったけど、こちらもなかなかイイ感じではないですか。保奈美との組み合わせだと、『不揃いの林檎たち』&『東京ラブストーリー』ですか。だったらいっそ、時任の役を江口洋介で……ってなことを考えているうちに、話は浅井家滅亡へ……

 いよいよ迫る落城を前に、夫に従い果てる覚悟でいるお市の方と、そんな妻を娘達共々信長の元に戻そうと城門まで送る長政との別れのシーンが、『相棒 劇場版2』のエレベーターのシーン(後半の「真相」が語られる場面での回想シーンの方ね)に重なったですよ。
 「生きてくれ」と願いをこめて、愛する女を「向こう側」に送り出し、ふたりを分かつ扉が閉ざされる最後の瞬間まで見送り、そして自ら死地へと赴く男……ってところが……

 で、ひるがえって我らがキリコちゃんはというと……フィアナに背中を突き飛ばされ(というシーンは実際にはないけど、イメージ的にそんな感じ)、テイタニアに胸ぐら掴まれ引っ張られて「あんた生きなさい」って、シャバに戻されるっつーのは、なんなんでしょう?(笑) ひょっとしてヒロイン体質?(爆)
 #「総受体質」とどっちがより不名誉な称号だろうか……

 あ、それでも今回の彼は『赫奕』に比べるとかなり頑張ったですよ。公開前に気になってた「星を観た/観ない」の二択は、まさに劇中で選択を迫られておりましたが、結果は、個人的には「よくやった。あんたにしちゃ上出来だよ」って言いたいし……
 ホント、ぶっちゃけ、もし、もう一つの方を選んでたら、小説版の読了直後並に、同人やサイトを続けるモチベーションがガタ落ちしてたと思います(^^;;)。
 #それでも「即やめる」と言えないところが、我ながら未練がましいとは思いますが……

 ん〜〜〜、感想はイロイロあるし、この2日間、検索でいらっしゃるるご新規様も(ウチにしては)すごいことになってるんですが、とりあえず、もう少し我慢。まだご覧になってない方へのネタバレ配慮という以上に、思うことが多すぎて、何から語り始めればよいのやら……(^^;;)。

 日付はとうに変わっていますが、9日付でアップ。


ダメじゃん……>自分(1/10)

 昨夜の更新、さすが夜中の3時に書いただけあって、あの短さでひっでえ文章(^^;;)。無限に単語を重ねてどれが主語だかわかんなくなってたり、逆に省略しすぎてたり……。たまりかねて、修正しちゃいました。これだから怖くてツイッターには手が出せないんですよね〜。そのうち流れて消えてっちゃうから大丈夫とはいえ、その「後に残せない」のも性に合わないし……

 で、今日は今日で、11:40『相棒 劇場版2』、15:55『孤影再び』観て、今日は寒いし、早く帰って更新もしたいからここで打ち止め……と、帰途についたのに、つい紀伊国屋(バルト9から駅までの通りにあるのです)に寄っちゃって、途中で夕飯に寄ったモスバーガーで買った本読んでる途中でうっかり寝落ち(^^;;)。はっと目が覚めた…ところで帰ればいいものを、そのまま読みサシの本を読了するまで居座って、帰宅したら22時……ってなにやってるんだ!>自分
 結局、授業の復習もできなかったし〜〜。
 いいや、今日出来なかったことを悔やむより、明日以降取り戻すことを考える!

 で、「取りこぼしを取り戻す」と言えば、昨日の初見時に一部寝オチしてた『相棒』、本日2回目の鑑賞で「初見」のシーンがかなりありました(^^;;)。目は閉じていても音声は聞いてるつもりだったのですが、結構長い時間完全に意識が落ちていたんだな……

 で、6回目の『孤影』はというと……実のところ、身の程知らずにも「自分がノベライズするならこんな感じで…」とか考えながら観ちゃってるから、「実際の映像」「日経エンタ連載版」と、自分の中の捏造…もとい脚色が入り混じっちゃいそうで書くに書けない(爆)。
 というわけで、内容の方は一時保留にしといて、今更ですが、初日舞台挨拶ネタ。

 ……と言っても、特に目新しいネタはないんですよね〜。いらしたのは郷田さんと高橋監督で、内容は昨年のトークイベントで出たネタに特に付け加えることもないって感じだし……。
 ただ、個人的に「おっ」と思ったのが、「テイタニア」の発音。わたしは「テイニア」と、「タ」を高く上げるイントネーション(図解するとこんな感じ、「__━__」)で発音してるのですが、劇中でのキリコはPVでもわかる通り「ナイジェリア」(国名)みたいなフラットなイントネーション(図解「_____」)で発音してるんですよね。
 『赫奕』でもそうだったっけー? いや、そもそも『赫奕』ではキリコが彼女の名を口にするシーンはなかったか? モンテウェルズやロッチナはどう呼んでたっけ?……と、ずっと気がかりだったのですが、未だにチェックしてません(^^;;)。
 ただ、舞台挨拶での高橋監督の「テイタニア」のイントネーションは、劇中のキリコとまったく同じくフラットなイントネーションだったんで、あれは「良輔直伝」の発音なのか……と思った次第。
 あたしは「タ」を上げる「テイニア」の方が、「誇り高い妖精の女王」らしい威厳と風格があって好きなのですが……。もっとも、その昔ネットで拾った情報によれば、彼女の命名の由来はシェイクスピア(『真夏の夜の夢』)ではなく、監督が当時ご贔屓にしてたお馬さんからだそうです(^^;;)。だとすると、中継のアナの発音は監督や『孤影』やキリコのようなフラットなイントネーションになるだろうなぁ……と妙に納得。
 #「大外から来た! テイタニア! テイタニア!」……みたいなカンジ?(爆)
 ま、ソースの信憑性はゼロに等しい(個人的にはそれなりに信頼できるソースだと思ってるのですが、それを皆様に証明できる手段がないので…)ネタですので、話半分にお聞き下さい(笑)。

 あと覚えているのは、監督が風邪ひいて弱ってらしたこと。あの後、横浜にも回られたそうですが、どうぞお大事に〜。年寄りの風邪は思わぬ重体に繋がることもあって怖いんだから、ちゃんと治さなきゃダメですよ〜。せいぜい長生きしてね。五年くらい後の『ボトムズ』制作時に(この調子なら、オリジナルスタッフさえご健在なら、余裕で作ってるでしょ…)「しまった! あのときテイタニアを退場させなきゃよかった〜〜〜!」って、後悔で苦しんでいただきたいから……って、なに呪い送ってるんだか、自分。<怖えーよ

 いや、確かに小説版からは想像もつかないくらい、お見事な「テイタニア退場」でしたよ。2年前の日記で、

 >「クランクアップした女優に花束手渡す」ような、相手の人格に敬意を払った扱いができるのかね?

 って、「どーせアンタにはできないでしょ!」って口調で書いたときは、まさかこうなるとは思わなかったもの。もっとも、ご本人も認めていらっしゃるように、これは脚本・絵コンテ池田成さんのお手柄なのでしょうけれど……
 ただ、「テイタニア退場」が見事であればあるほど、「主人公への恋に殉じて終わるようなキャラクターじゃなかったのに」「彼女の存在によって、もっと作品世界が広がる可能性があったのに」…と「潰えてしまった可能性」を惜しむことは忘れたくないのです。
 監督は例によって「フィアナの帰還」を仄めかしていらっしゃいますが、『孤影』『幻影』によって、ますます「キリコさえいれば、あとはどうでもいい」「キリコと同格のキャラクターの存在を許さない」話に進んでいきそうな『ボトムズ』(というか、わたしの中では、「ただのキリコ・サーガ」であって、既に『ボトムズ』じゃなくなりつつあるかもしれない…)に、フィアナが戻ってきてもな……という索漠とした諦めは、依然として残っています……。


どうしよう…(1/11)

 今日は、夜も所用があったのでバルト9行きませんでしたが、なんか、ソワソワしちゃって昼間は授業も半分上の空、帰宅しても更新作業も手に付かない(^^;;)。それならいっそ原稿書きはじめちゃえ……とはいえ、その前にDVD見直して…って、どれから? 『赫奕』? 『幻影編』? ……と、なんか、気分ばかり浮き立っちゃって、結局どれにも手がつけられない(笑)。

 というわけで、『孤影』の当たり障りのない感想から……
 劇中、やたらとクローズアップされてたキリコの「銃」ですが、あれ、どういう意味があったんだろう……
 普通に考えて「なにかの象徴」ということになるのでしょうが、「なにか」ってナニよ……と(^^;;)。
 とりあえず、銃(ならびに、空のホルスター)の登場箇所をピックアップしてみると…

 ■ステーションにて:
  ・置き引き犯(未遂)に、ホルダーに納めた状態で見せつけて威嚇
 ■グルフェー入り直前(vs 黒い稲妻旅団):
  ・(偽装のため)ステビアに突きつける★
  ・キリコの手から吹っ飛ばされて砂漠に落ちる
  ・ホールドアップするキリコの腰のホルスターは空(足元に爆薬仕込んでるけど)
 ■バートラー家にて:
  ・ディナーに呼びに来たステビアの前で、キリコ、黙々と分解・清掃中★
  ・ディナー中、ベッドメイキングに来たステビア、枕の下に隠された銃を発見★
  ・ゴミ箱 or 傘立て?に銃が移動されている(by ステビア★)のにキリコ気づく
  ・ココナ、キリコが出ていったことを知るが、残された銃(ステビアが移動させた場所に置かれたまま)に気づかない。
 ■野外劇場隣の倉庫にて(vs ギャッシルマン)
  ・ステビア、キリコのホルスターに銃がないことに気づく★
 ■ラストシーン(戦場跡)
  ・ステビア、キリコの残した銃を抱いて彼の姿をさがすも、見つけられない★

 ……って、記憶している限りではこんなカンジでしょうか。フッ、伊達に3日で6回観てないぜ…って、自慢しといて取りこぼしがあったら恥ずかしいな(^^;;)。
 とりあえず、目立つのはステビア視点のカット(★印)ですかね。なので、たとえば、「銃」=「ステビア視点での『キリコ・キュービー』という男」なんて解釈が可能でしょうか。「自分と家族に厄災をもたらす禍々しい存在」→「自分たちを守ってくれた頼もしい存在」……みたいな。

 あるいは、「銃」=キリコの「人生」ないし「戦う意志」とか?
 ラストバトル、小説版ではキリコは半ば「フィアナの後追い自殺狙い?」ともとれる捨て鉢な行動にでます。映像の方ではそこまで過激なことはしないし、(6回見た限りでは)そんな内面をうかがわせる様子もないのですが、実のところ「死に場所探し」のような気分はあって、バートラー家に銃を残していったのは、(たとえ生き残ったとしても二度と彼らの元に現れるつもりはないという意味で)「形見」のつもりだったとか……?
 #私見では、キリコはかなりセンチメンタルなところあるけど、そういう「モノ」にこだわるタイプではないと思うのですが……
 一方「戦う意志」の方は、これはかなり 「厭戦気分」が高かったであろうことは、マーティアルの小坊主さんたちの会話に心動かされたり、その会話を、戦闘の最中「テイタニアが補助脳をつけていない」と知ったときに思い出したり…等から推測されます。
 #私見では、テイタニアが「補助脳レス」を選んでいるのは、「戦いたくない」のではなく、「外部から操られて戦わされたくない」「戦うのなら、自分の意志で」という気持ちの表れだと見ているので、「彼女も(自分と同じで)戦いたくないのかな〜」なんて思ってるっぽいあのシーンのキリコちゃんには、「違うって!」とツッコミたくなりました(^^;;)。

 いずれにせよ、『孤影』で捨てたはずの銃を、『幻影編』では終盤に思いっきり使ってましたから、グルフェーを去った後、どこかでまた入手したんですよね(^^;;)。同様に、『孤影』作中で、一度は捨てたはずの「なにか」を、『幻影編』で再登場したときには、また取り戻していた……ということになるのでしょうか?
 もしもその「なにか」が「生きる意志」であるとするなら、「取り戻させた」のはテイタニア…ということに、なるの……かな?
 #テイタニアに心を寄せる者としては、「あんなヤツとっとと見捨てて、貴女自身が生きる道を探してほしかったよ」……って、今も思っているところがありますが……


裸の銃を持つ持たない男(1/13)

 おり悪しく、またまた風邪ぶりかえして、またしても咳と洟に苦しめられております。例によって「鼻から脳漿漏れてんじゃね?」ってな状態で、頭もぼーっとして、イロイロとまっとうな判断力が麻痺してるかもしれません(^^;;)。
 というわけで、今日は思いきって下ネタに走ります! 故・米原万里さんのエッセイによれば「シモネッタ」は「ガセネッタ」としばしばセットで登場するようなので、こちらもガセネタ混じりのトンデモ解釈ということで、ご笑覧いただければ幸いです……

 さて、本題。前回更新時に提示したお題

 『孤影再び』映像中で、やたらとクローズアップされる「キリコの銃」は
いったいナニを暗示しているのか?

 ……ですが、まぁ、いわゆるフロイト的に言えば、「銃」が暗示するものっつったら、「剣」とかと並んでずばりアレですな(^^;;)。風呂糸屋…もとい、フロイト先生の、何が何でもそっち方面に結びつけて解釈するやり方には、後々イロイロと批判されているようですが、前回ピックアップしたシーンに対して、眉唾を承知で「そういう見方」を導入すると、ちょっと面白い光景が見えてくるのも確かだったり……。

 たとえば冒頭の「置き引き犯に銃をちらつかせて威嚇するキリコ」なんて、もう、モロ変質者ですね(爆)。キリコちゃん、自分でポンチョの裾まくりあげてるし〜(笑)。
 ただ、いわゆる露出魔のパターンとして想像される「正面からガバッとオープン」じゃなくって、やや斜(はす)に構えたポーズなんですが……なんか、それはそれで、別の意味でいかがわしいかも(爆)。
 #ケツ向けて誘ってるようにも見えるっつーか……

 んで、ステビア絡みのシーンも、うら若いお嬢さん相手に、いきなりごっついブツを鼻先につきつけるは、そのほとぼりも冷めないうちに寝室でお手入れ中(爆)のところ見られるわ…と、まぁ、そんだけやらかしたら、嫌われるのも当然でしょ……と、一気に納得度がアップします(笑)。<おい!
 #もっとも、その解釈で進むと、ラストシーンは「嫁入り前の娘が、そんなもん抱えてちゃいけません!」ってことになったり……するの、かな(^^;;)。

 …と、かくのごとく、ステビアが、キリコに対して「銃」=「男性」に対する警戒心をビンビン放っているわけですが。一方、意外なことに、ココナ、テイタニアという、彼に対して少なからぬ「恋愛感情」に相当するものを抱いている(或いはかつて抱いていた)女性達の視界には「キリコの銃」が入ってこないんですよ。
 前回のリストともかぶりますが、改めて挙げますと

 ココナ:キリコが残していった「銃」に気づかない
 テイタニア:ようやく出逢えたキリコは銃を身につけていなかった*

 つまり、ココナ、テイタニアにとってのキリコは、「恋」なり「愛」なりの対象ではあっても、「男性(オス)ではない」ということになってしまうんですよね。
 まぁ、ココナの方は、人妻で、(成人した子もいる)六児の母親だし、キリコのことは「少女の頃のキレイで甘酸っぱい想いで」ってことで、「キリコの銃」については、まったく気づかなくても不思議はない…かもしれない。
 #ウドで初めて出逢った頃は、「銃」ではないけど「AT」に乗ったキリコに怯えたこともありましたね。
 対して、テイタニアの方は……なんか、制作側の「無意識の(?)配慮」を感じる、といったら邪推しすぎでしょうか?(^^;;) 劇中でキリコが彼女のことを思い出すのは、バートラー家を辞した後…つまり、既に「銃を外した」状態です。で、最後の最後、互いの生身で再会したとき、テイタニアの方もああいう状態(パンフレット掲載の禁断のネタバレスチル参照のこと)でしたから……

 そこまで「このふたりに下半身のおつき合いはありません!」って念を押したいんか!?

 …なんてうっかり思ってしまったわたしは、心が相当汚れているか、もしくは風邪で脳の機能が大幅に狂っているのかもしれません……(^^;;)。

 ただ、人と人の間に生まれる「愛」や「情」には、別に「オス」と「メス」であることは必須ではないし、「メスとしての器官」がなくとも、「鋼鉄の乙女」を「ありふれた生身の女」に変えることはできるんだよな……なんてことも思うのです。
 そのあたりについては、また項を改めると言うことで……ファミリー劇場の放送が始まってるので、今宵はこれまでにいたしとうございます(^^;;)。

 *:ちなみに、『孤影』でのテイタニアとキリコは、「生身」では、前述のような状態でしたが、戦闘中はキリコのATからテイタニアのATに「銃」が渡されたり……ってシーンもあったのです。ただ、そちらについてはまだ面白い解釈が思いつかないんで保留(^^;;)。


眠い…(1/15)

 2週目に入り、新宿では朝、昼の一日2回。来週末には『VS.』の第三弾が始まるので(ボトフェスの過去2作は、みんなそっちと入れ替えに終わったです)、ヘタすると3週目はないかも…ということで、頑張って土日4回分の席押さえたです。昨夜はうっかり夜更かししちゃったのに加え、鼻炎をクスリで無理矢理押さえたせいか、もう眠い眠い(^^;;)。午後回の前に、ちょっと贅沢して中村屋でカレー食べたら、そのまま寝オチして、あやうく午後回に遅刻するところでした(^^;;)。

 というわけで、イマイチぼーっとした状態で観たせいか、「マリみて」みたいな名前で呼び合ってる五人組(残念ながら、劇中ではそのセリフは出ませんでしたが)のシーンで、「バニラってば、ひょっとして長老の皆様方のお稚児さん!?」とかって、トンデモ腐発想が浮かんできたり……(^^;;)。
 いや、小説版読んでたときは、「五つの薔薇」の面々は、年代にすると50〜70代くらい(バニラは最年少か、下から二番目くらい)、ただ、皆様こちらの世界で言えば、大企業の社長・会長クラスなカンジで、年長組も年齢のわりには若々しい…っつーか、まだまだ脂っけがあるイメージだったもので……。それが、映像化されてみたら、マーティアルの雛壇ハリセン赤ずきん衆にタメはる枯れたおじいちゃん揃いで、五人の中でバニラが一人浮きまくりなんですもん(^^;;)。
 『孤影』で(キリコ絡み以外で)腐萌えに走るなら、ここはフツー、腹黒ギャッシルマン先生とバートラー家次男の爛れたプライベートレッスンとかでしょうが!……等々、一応反省はしたのですが、なんか反省の仕方が間違っている気も……(^^;;)。

 …って、そんなことばかり観ていたわけではなく(^^;;)。一応、細かいところを再確認してたですよ。

 前回の話題の続きですが、ステビアにつきつけたキリコの銃は、そんな、「すぐ鼻先」ってほどではなく、横から見ると結構距離があったな〜、とか。
 #寝室での回想カットが、真正面からのカット(ステビア視点)だから、実際よりも近い印象になったと思われ…

 あとは、グルフェーが小説版通りメルキア上の都市なら、「クメンからの農産物」を扱うのに、なんで、わざわざ貿易衛星にステビアが赴く必要があるのか…とか。
 「衛星軌道上へのシャトル」っていうのが、そんなにコストがかからないのなら、地表近くを船なり飛行機なりで運ぶよりは、いったん衛星軌道上まで打ち上げちゃった方が、トータルのコストや利便性の点ではよかったりするんでしょうかね?
 まあ、ウド編、クメン編から振り返れば、あの星は他に比べても特に政情不安な地域が多そうだから、クメン〜グルフェーの距離が遠かったら、「いったん宇宙に出る」方が速い・安い・確実…とかだったりするのかなぁ……(^^;;)。
 実は個人的には、グルフェーはアレギウムと同じジアゴノ上にあることにしといた方が、大ラスのネタ(キリコの移動目的は…)の科学考証に悩まなくても済むので、そういうことにしておきたいのですが……(^^;;)。
 いや『ボトムズ』で、今更「科学考証」なんてナンセンスとは、自分でも思いますが(特に『幻影編』の笑劇…もとい(^^;;)、衝撃の結末の後では)、それでも、アレギウムから打ち上げたものが、たった三ヶ月後(確か、小説版では『孤影』〜『赫奕』の時間差はそういう設定になっているですよ。) にメルキアから観測できるってどういうことよ!?
 #ジアゴノとメルキアって、地球と金星くらい近いんでしょうか?
 まぁ、映像版では、『孤影』〜『赫奕』の時間差はもっとありそうなカンジですが(1年〜2年弱くらい?)、それでも、メルキアとジアゴノって、同じ太陽系内にあるとでも考えないと……(^^;;)。
 あと、考えられる可能性は、「例のブツはアレギウムから打ち上げたんじゃなくって、ロッチナがわざわざメルキア近くまで運んでいって宇宙に流した」ってあたりかなぁ……

  うーん、なんか他に書くべきコトは山のようにあるはずなんですが、まだオツムも身体も本調子ではないので、今宵はこれまでに(以下略)……


10回目…(1/16)

 本日日曜日のバルト9。9:20『孤影再び』、11:35『仮面ライダー×仮面ライダーオーズ&ダブルfeat.スカルMOVIE大戦』、13:40『孤影再び』……と、充実した3本立てでした(笑)。
 おやっさんがカッコ良すぎて、もうどうしたらいいか……(ウットリ)。もう、深夜帯でスピンオフドラマやっちゃえ! 上映前は賑やかだった小さいお友達が、上映中はマナーよく真剣に観てるのにも感動……。
 #昨日午後回の『孤影』では、隣席の見るからにキモヲタっぽい男が、めっさマナー悪くて、たった40分の上映時間中に、何度も「コイツ蹴り入れたろか…」って誘惑に駆られた…なんてことがあったもので、尚更感動したです。

 …というのはさておき、ついに10回目に達した『孤影』ですが、そんだけリピートしてると、当然ですが、アラもイロイロ見えちゃいます。「尺が短い」のは、初めからわかっていたけれど、それでも「ここはどうにかなるだろう!?」ってところが多々……特にキツイのが戦闘シーン。「何が起きてるのかわからない」ところが多すぎ(^^;;)。
 『ファインダー』も、「何が起こったのかわからない」シーンが多々ありましたが、あちらは「情報はちゃんと画面内に盛りこまれているんだけど、(スピードと情報量の多さに)こっちの目と意識が追いついていないだけ」なんですよね。だから、繰り返し観ていれば、かならず「あ、こういうことやってたんだ」って「答え」は見つかるし、こっちの気分もスッキリするのです。
 でも、『孤影』は、「省略」…というよりむしろ「欠落」と言いたいくらい、「欠けてるカット」「欠けてる動き」が多すぎて、繰り返し観ても、やっぱりわからなかったり、「わかるにはわかったけど、もっとイイ見せ方があるんじゃないの〜?」って、スッキリしない(^^;;)。

 今回、十回目にしてようやく気づいたのは、終盤、「キリコ機がテイタニア機に銃を投げるカット」の直後の、「マーティアルのATがずらっと雁首並べてるカット」が意味するものについて。
 わたし、恥ずかしながら、九回目までは、件のAT群は「キリコ機の乱入にとっさに反応できず、キリコ→テイタニアの銃のパスをなすすべなく見守ってしまっている」のかと思っていたのですが、ひょっとして、あれは「パスの最中」ではなく、「パスが通った後」のカット、つまり「銃を受け取ったテイタニアがターゲットとしてロックオンしたAT群」だったんだろうか?……と、思い至ったわけです。
 でも、だとしたら、「テイタニア機に向かってパスされる銃」の後に
 1. 「テイタニア機が銃を受け取るカット」 ←ちゃんとありました(1/17確認
 2. 「それを確認して走り去るキリコ機のカット」
 3. 「受け取った銃を構えるテイタニア機のカット」 ←ちゃんとありました(1/17確認
 と、最低三段階くらいなくちゃいけないのではなかろうか……?(^^;;)
 まぁ、三番目のは省略できるかもしれませんが、二番目「銃を渡した後、また去っていくキリコ機」は、一番目以上に削っちゃイケナイと思うのですよ。「どういう風に」去って行くのかで、この時の彼の心境の解釈がかなり違ってくる気がする……
 たとえば、絵になるのは、そのままテイタニアの方にダッシュしていって、一瞬交錯してそのまま通り過ぎる…という形。あるいは、逆に、テイタニアには近寄らず、その場でターンして背を向けて去っていくパターンもありかな。こっちの方が、PVにも出てた「私はおまえの生き方を認めん!」ってセリフを、逃げるように去っていくキリコ機の背中に向かってぶつけるってカンジで使えていいかも。
 実際の映像では、上記セリフはかなり唐突なカンジで出てくるんですよね。 テイタニアのそれまでの心境を思えば、ある意味当然なセリフですが、作中ではその辺まるっとカットされてるから……

 うーん、今週中にあともう一回くらいいけるかなぁ……朝一の回なら、授業一コマさぼるだけで済むし……


11回目…(1/17)

 ……結局、朝イチの回に行って確認してきました(爆)。

 結果、「テイタニア機、銃を受け取り、構える」カットがちゃんとあったことを発見(^^;;)。
 えーと、順番をおさらいすると、
 テイタニア被弾 〜 後退 〜 追跡するマーティアル側の交信をキリコ傍受(補助脳云々…から小坊主さん達のセリフを回想) 〜 キリコ機、上空のマーティアルの輸送機をミサイルで撃墜 〜 (同じポッドから)スモーク弾発射

 で、
 1)スモークにまぎれてテイタニア機に近づき(ローラーダッシュではなく、1歩ずつ歩いて)、ツンモードのテイタニアに銃をパス。
 2)スローモーションでテイタニア機にむかって飛んでくる銃
 3)スモークの中、ずらっと雁首揃えたマーティアルの皆さん
 4)テイタニア機、両手に銃を受け取り、構えて、マーティアルの皆さんを迎撃しつつ「私はおまえの生き方を認めん!」

 ……ってカンジの流れかな。
 昨日書いたように1回目〜9回目の鑑賞時には、3)のマーティアルの皆さん(MMM)は、キリコ(C)とテイタニア(T)の間にいて(図解↓)、キリコのパスした銃は、その目の前、図中「MMM」の前方なり上方なり(…ってことはないかな。アンダースローだったし)を飛んでいったようなイメージで受け止めていたんですね。

 T MMMMMMMMMMMMMMM 
               ←銃2丁をパス

 ただ、いくらスモーク焚かれて視界が悪くなってたからって、そりゃけっこう間抜けじゃね?(^^;;)って気もするので、実際の位置関係は、たとえばこんなカンジ

          MMMMMMMMMMMM
                T       ←銃2丁      

 で、テイタニア(T)は最初「MMM」と相対してたところに、キリコ(C)が接近。90度〜180度ターンしてキリコに向き合い、銃を受け取ったあと、再度ターンして「MMM」を迎撃……ってカンジ……なのかなぁ(^^;;)。
 これだとやっぱり、劇中にはない「(2回)向きを変えるテイタニア機」のカットが要ることになっちゃいますが(^^;;)。いずれにしても、昨日書いたように「銃を渡して立ち去るキリコ機のカット」はないので、ヤツがどんな風にテイタニアの前から消えたのかは不明なママです(^^;;)。

 ホント、このシーンといい、前半のグルフェー入り前の戦闘といい、「(レイアウトやカット割りが悪くて?)位置関係がわからない」→「何が起きてるのかわからない」シーンが多いのが困りものです(-_-;;)。

 で、話を「銃をパスした後」にもどしまして……(^^;;)。ここ、ないものねだりついでに更に贅沢をいうなら、テイタニア機が銃を受けとった後、ほんの数秒(劇中時間ではもう少し長く)でいいから、「肩を並べて」ないし「背中合わせで」戦う2機が見たかった…という気がします。
 別に心が通いあわなくってもいい、自分から近づいておきながら、テイタニアのツンツンモードを受け止めきれずに、また情けなく彼女から逃げちゃうキリコでもいい。
 それでも、『赫奕』ではずっと一騎で戦っていたキリコに、ほんのひとときのかりそめでも、「相棒」とともに戦場にいる昂揚感*を思い出させる存在がいるとするなら、それはテイタニアであって欲しかったな……と。その直後に「別れ」が待っているのなら、尚更……
 #「昂揚感」付きだったかどうかは別として、結局、「覚醒後最初のバディ」の座は『幻影編』においてシャッコちゃんのものになりましたが(^^;;)。
 この辺、細かく語り始めると、それこそ「アタシに小説書かせて!」って妄言をまた吐いてしまうので、とりあえずは自粛(^^;;)。

*:このサイト的には言うまでもなく「オレと一緒に戦って死ぬか?」ですが(^^;;)、他にも「バディ有り」でキリコが戦ったシーンはTVシリーズOVA含め多数ございますので、皆様のお好きなカップリング…もとい、シーンでご想像ください(^^;;)


『孤影』小ネタ備忘録(1/18)

 ホント、あまりに小ネタなんで、逆にここで控えとかないと忘れること必至なんで(^^;;)。

 バートラー家の人々についてあれこれ。
 ■ステビア
 野外劇場戦のあと、お兄ちゃんより先に飛び出して行ったのに、キリコに追いついたのは次男坊だけ…ってことは、あれは、家までキリコの銃を取りに行ってたんだろうか?(^^;;)
 あるいは、「両親やゴウト爺に知らせなくちゃ!」ってのがあって、「銃」はついでだったのかもしれませんが、いずれせよ、「1対250」なんて状況じゃ、(人間の使う)銃の有無なんてほとんど意味ない気が…(笑)。彼女にしてみれば、「あたしが置き場所変えちゃったから…!」みたいな、妙な責任感感じちゃったりしてたのかしら?
 まぁ、あの時はイロイロあった直後だったから、気が動転していて、つい「気持ちはわからなくもないが、よくよく考えると無意味なこと」をやっちゃったりしたのかな…。だとすると、一見、あの両親からしたら「トンビが鷹を…」級のしっかり者のようで、やっぱりあのふたりの娘だな〜、ってことなんでしょうか(笑)。
 ちなみに、「寝室でキリコの『お手入れ』を見ちゃうシーン」(←目的語抜かすな!)、「ステビア、キリコの手元に気づき、あからさまに眉をひそめる」〜「意に介さず黙々と手を上下させるキリコ」の流れが、あまりにあんまりなので、もうまともに見れません(^^;;)。いくら風邪で脳漿漏れてたからといって、なんであんなこと思いついちゃったかな〜〜>自分

 ■ココナ
 キリコ関連については言うまでもありませんが、食堂のシーンが、実に「お母ちゃん」で、なんか泣けました。
 窓の外のATに怯える末娘を抱きしめてなだめるところはモチロンだけど、腹ごしらえ中の長女に「そのスープお昼のでしょ? もうすぐ夕飯よ」って声をかけるところが……
 わたしの場合、個人的に、誰か(別に女性に限らず)の中に「母性」を感じる瞬間の典型が、「子どもにご飯を食べさせることを最優先させてる時」、なんですよね。元気だった頃のウチの母親とか、神戸の震災の直後、ニュース映像の被災者インタビューで「とにかく子どもたちのご飯確保しないと」って語ってた女性とか……
 で、ココナも、上の子達が小さな頃は、「赤ん坊のミルク代稼がなくっちゃ」「子どもたちにひもじい思いをさせないように」ってことだけで精一杯だった時期もあったんじゃないかな…と思うのですよ。彼女自身、「お腹をすかせた孤児」だった経験もあるわけだし……。セレブなマダム姿がすっかり板に付いた今になっても(小説版ではメイドもいるので、いわゆる炊事・洗濯・掃除等は、おそらくほとんどしていないと思う)、「我が家の毎食のメニュー」「子どもたちの食事の状態」をちゃんと把握しているのがエライなぁ…と。
 #わたしゃ、 要介護のママンの食事も、大半はデイサービスと父に任せきりです(^^;;)。

 ■ソルティオ
 小説版では、バートラー家の子どもたちの中では一番目立ってたのに(思いっきり「若さ故のあやまち」方面に偏ってますが(^^;;))、映像化に当たってかなり割を食ってるのは気の毒…というべきか、それとも、数々の「若さ故の(以下略)」を晒さずに済んでよかったというべきなのか(^^;;)。
 映像では、父親の信頼を受けてるのは妹の方で、二人並んでもステビアとどっちが年上なのかわからない感じですが、とっさに妹を庇おうとするあたり、「兄貴」としてなり「男」としてなりの意識はちゃんとあるようで…。というより、本人が意識してるほどには周りが認めてくれない!という不満が、非行…というか「若さ故の(以下略)」の根底にあるんだろうな。そのあたりは、映像の方でも比較的よく再現されていたのでは…と思ったり。
 なにかの資料で見た塩山さんのラフスケッチでは、カイ・シデンみたいな顔だったのに、すっかり美少年になっててビックリです。あのカワイイ顔でギャッシルマン先生の「お気に入り」と来たら、事実はどうあれ、周囲からはそっち方面の目で見られていたのでは(坊主と言えばそっち系は当然でしょうし)…と、あらぬ心配をしてしまいます(^^;;)。


魔女の1ダース(1/19)

 「シモネッタ」に続き、故・米原万里さんのエッセイから拝借。そのまんまご本人の本のタイトルにも使われている「魔女の1ダース」とは、「13個」のことだそうで……。彼女の専門のロシア語かそれとも他の言語なのか、ちと由来は忘れてしまいましたが、現在読んでるアイザック・アシモフ作『黒後家蜘蛛の会』(創元推理文庫 全5巻)によると、英語には「パン屋の1ダース(Baker's dozen)」=「13個」という言葉があるそうです。

 いや、何の話かというと、本日、丸一日授業をさぼって「通常の1ダース回目」「魔女/パン屋の1ダース回目」に行ってしまったということでして……(^^;;)。>『孤影』
 ええ、もう、さすがにこれで打ち止めです(笑)。
 今日の主な目的は、テイタニアのセリフを拾うことで、そちらの方はほぼ達成できましたし……。さすがに11回観てますんで、ある程度は覚えているつもりでしたが、細かい言い回しはやっぱり頭に入ってなかったようで、意外な発見があれこれと……
 #セリフの前に「キリコ」って呼びかけから入るのが多い、とか。
  ×「私はおまえの生き方を認めない!」→○「私はおまえの生き方を認めん!」とか。
 勿論、「録音禁止」ですから、手段はごくごくアナログ。膝の上に手帳開いて、視線はスクリーン向いたまま手探りで書き留めてたら、終演後に見直したら、紙面がものすごいことになってました(笑)。自分の字が元々ヒドイことは知っていましたが、手元を確認しないで手癖で書いたら、更にここまで崩れるのか……と(^^;;)。一応、朝の回でお目当ては一通 り拾ったはずなのですが、一部、自分でも判読できなくて、お昼回で再確認とったりとか(爆)。

 客席の入りは、朝回はさすがに一桁(今日は月曜より更に少なくて、片手で数えられるくらいだったかも…)ですが、午後回は結構入ってましたね。昨夜ネットでD列中央の席を押さえたのですが、「両隣とも(友人じゃない)女性」という、11月からの『ボトムズフェスティバル』トータル20回(うわぁ)通った中で初めての経験もしましたし。
 『アービン』辺りだと、着席時に「前(通っても)よろしいですか?」って声かけると、「え? なんで女が来てんの?」みたいな顔されるんですよね(^^;;)。こっちもそれが楽しくて、あえて服装やメークに気合い入れて出掛けて、声かけるときも営業用ボイス&スマイルにしてました(笑)。『ファインダー』の時は、同じ列の方(平日昼間の回で空いてたんで、その列に座ってたのは、私と彼だけでした)に、「女性は珍しいですね〜」って声かけられて、「自分、これから夜勤なんでもらってくれませんか?」って、『孤影』前売り特典のポスター譲っていただいたり(その時点で既に、わたし6枚持ってたんですが・笑)……なんてこともございましたし。
 さすがに『孤影』は、新世代2作品に比べて(リアルタイム世代の)女性客が多いので、「片方の隣」が女性だったことは1度あったのですが、「両隣ぴったり」が女性ってのは初めてですね。お二人とも、ラストは嗚咽をこらえている気配があったし……

 そういえば、わたし、今回もまだ泣けてません(^^;;)。
 一番「泣きそうになった」のは、正真正銘の初見時(初日舞台挨拶回)、テイタニア視点の「スコープ越しに初めてキリコのATを捉えたカット」ですね。あのド修羅場の中で、ついに恋しい相手の姿(つっても生身じゃないけど)を見つけて、吸い寄せられるように視線が外せなくなってる……って感じの乙女心がせつなくて……
 肝心のラストについては、原作(小説版)のキリコがサイテー男だっただけに、「こいつ(キリコ)、またなんかやらかすんじゃないか? ちゃんと人としてのおつとめ果たせよ〜!」と、ハラハラしちゃう気持ちの方が強かったかもしれません(^^;;)。なので、あのシーンでテイタニア側の気持ちに考えを巡らせる余裕が出たのは、3回目くらいからかなぁ……。ただ、今でも自分の解釈が適切かどうか自信がないのですが(^^;;)。
 #なので、未だに、ここでその辺りについては触れていません(^^;;)。
 もっとも「泣けない」といっても、『赫奕』のときの「傷が深すぎてどう受け止めたらいいのかわからない」が故の…ではないので、そんなに苦しくはないんですけどね(^^;;)。なんか、初見終了以降、頭の中で、倉石検視官(@『臨場』)から「根こそぎ拾ってやれ!」って(もちろん内野聖陽さんの声で)ず〜〜〜〜〜っとせっつかれているので、泣いているヒマがないというか(^^;;)。
 どうすれば「根こそぎ拾った」ことになるのか、自分でもよくわかってませんが、とにかくやれるだけのことはやってみようかと……。


三週目も上映あるんだ……(1/20)

 ボトフェス過去2作の例に倣うなら、『ANIME FES. “VS”』と入れ替わりで終了のおそれも…と危惧してましたが、さすがにそれだと、他2作より(客入りは確実に良いにも関わらず)上映が一週間短くなってしまうからか、とりあえずは3週目も上映があるようですね。>『孤影』バルト9
 一日一回になってしまうのは、前二作と同じですが……あちらは、朝や昼間だったのに比べると、確実に社会人向けの時間帯(^^;;)。少なくとも、新宿から一時間圏内なら、終電にも間に合いますし……
 つい、「平日でも、いったん帰宅して、ママンのオムツ替えてベッドに放り込んでから家を出ても間に合うな…」とか、キケンな誘惑に駆られます(^^;;)。 さすがにそれは、「越えてはいけない一線」ってヤツを越えてしまう気がするからやめておこう……

 で、昨夜書きそびれた「根こそぎ拾っちゃうぞ活動」(いつの間にそんな名が…)の報告続き。
 初見時、わたしが一番胸を掴まれたカット:「戦闘の最中、スコープ越しにキリコのATを視認するテイタニア(…というより、彼女視点のカット)」の前後の状況について。
 とにかく、ラストバトルは凄まじい物量感と、それを上回るキリコ無双っぷりで押しまくるので、二桁を越える数のリピートを重ねても、なにがどうなって「そのショット」が生まれたかが、実のところほとんど把握出来てなかったのです(^^;;)。
 なので、なんとなく「(キリコのいる辺りを狙って)地上降下した直後に見つけた」もしくは「被弾後、満身創痍になりながらキリコの元に辿り着いた」ようなイメージを抱いていたのですね。ところが、13回目にして、「なんか違うぞ…」という発見が……
 って、勿体つけちゃいましたが(^^;;)、結論からいうと、1/17にも触れた「キリコがテイタニアの元に銃を渡しに現れるまで」のシークエンスの中、だったんですね。というわけで、先日の記述にちょっと書き足し(太字が追加箇所、赤字が「わたしのお気に入り」カットです。)。

 テイタニア被弾「せめて赤い血でも流れてくれればいいものを」、後退 〜 追跡するマーティアル側の交信をキリコ傍受(補助脳云々…から小坊主さん達のセリフを回想) 〜 キリコ機、テイタニアとマーティアルの交戦域へ移動 〜 キリコ機、上空のマーティアルの輸送機(1機目)をミサイルで撃墜 〜 テイタニア、キリコ機に気づく 〜 キリコ機、2機目の輸送機をミサイルで撃墜 〜 (同じポッドから)スモーク弾発射 〜 スモークの中に飛び込むエルドスピーネ群(テイタニア&マーティアル?) 〜 キリコ機、スモークにまぎれてテイタニア機の前に歩いて(ダッシュではなく)登場

 つまり、「テイタニアがキリコの元に辿り着いた」のではなく、「キリコの方からテイタニアの援護に現れた」のであり、そのことにテイタニアも気づいているのです!
 それを踏まえると、その直後の、キリコに投げつけたツンモードのセリフ「何のマネだ!? 同情されるほど落ちぶれてはいない!」が、いっそうせつない……
 ↑赤字部分のカット、テイタニアはセリフどころか、(ゴーグルで隠れて)表情さえうかがえませんが、押さえようのない乙女心が伝わってくるんですよね。それが、前述のような経緯でのショットなら、あえて言語化するなら「彼が来てくれた! わたしを助けに…!」って感情が沸きあがっても当然でしょうに、それを自ら振り切って捨てようとするようなツンツンセリフが、もう、いじらしくていじらしくて……

 ちなみに、同じく1/17にさんざん文句垂れてた「位置関係」ですが、下記のような感じだったのかなぁ…という結論に達しております。

     MMMMMMMMMM
           T

           ↑ 銃2丁
            C

 これだとやっぱり、受け取った後、テイタニア機が(キリコに背を向けて)反転するカットが欲しいんですけどね(^^;;)。
 「私はおまえの生き方を認めん!」のセリフも、1/16に書いたような「去っていくキリコ機の背中を見送りながらぶつける」のではなく、(抗いようがなく彼を見つめてしまった己自身を否定するかのように)先に彼女の方が背を向け、背後でキリコが去っていく気配を感じながら叫ぶ……だったりしたら、せつなさが倍増しそう…。

 ……やべ、おさらいしているうちに、また観に行きたくなってきた(^^;;)。自粛しろ、自分。

 話変えて(^^;;)、ファミリー劇場の方、もう始まってる時間ですね。今日はいよいよ「キャスティング完了!」回ですが、「銃をつきつけられた」時のフィアナの反応を、ステビア嬢と比べて観るのもまた一興かも……
 って、また『孤影』に話戻ってるじゃん!


いくつか修正(1/24)

 『孤影再び』
 キリコがマーティアル機を落とした後に放ったスモーク弾は、ミサイルポッドからじゃなくって、反対側の肩のあたりから出てました…って、いつどこで確認したのかは訊かないで(爆)。
 背中にランチャーみたいの装備してたのかな? まぁ、確かに通常の(?)ミサイルとスモーク弾混ぜて装弾するもんなの?って疑問に思ってたから(だからわざわざ「同じポッドから」って書いたの)、いいんですが……。この少し前にキリコ機、予備のマガジン(2丁分)腰から外して交換したりしてるんですよね。だから、コンテナから飛び出して来た直後って、アクセサリーじゃらじゃら状態だったんだろうか? あんまりそうは見えなかったんだけど……

 あと、冒頭の「置き引き相手に銃を見せて威嚇」のシーン(バンダイチャンネルで公開中の「冒頭6分」にも入ってます)。よくよく見ると、ホルスターの側に構えた左手じゃ銃を抜けないのでは……(^^;;)。
 えっと、上記リンク先(下にスクロールするとボトフェスの記事と、映像へのリンクがあります)の映像をご覧になれない方、ならびにワタシ同様その手の話題に詳しくない方のためにご説明しますと、キリコの銃は「左腰のホルスターにグリップを前にして」収められていて、使用時は、右手を左腰に回して抜きます*。
 #ステビアに銃を突きつけるときも、ポンチョの下でそんな感じに腕が動いてましたし。
 なので、キリコちゃんが本気で相手を脅すつもりなら、右手をグリップにかけるとこまでしなきゃ…なんですが、肝心の右手は右側に垂らしたまんま…っぽい(右手が少しみえたところでカットが変わっちゃうのでよく確認できません(^^;;))。相手が用心深いっつーか小心者の置き引きだったから、その程度で逃げてくれたけど、ちょっと諦めが悪い上に(スリやひったくりができるくらい)すばしっこかったり、居直り強盗に転じるタイプだったりしたら、銃を抜くのが間に合わなかったんじゃ……とか思ったり(^^;;)。
 毎度お馴染み(溜息)「異能生存体パワー」 も、キリコちゃんの財産権保持まではしちゃくれないでしょうし(笑)。……って、まさかそこまでお世話してくれたりするのか!?(うへぇ)
 ……いえいえ、ここはやはり、「キリコ自身にあんまりやる気がなかった」ってことにしておきたいと思います(^^;;)。別に自分の命も身の安全も、いつどこでどうなったっていいんだけど、でも、とりあえずの「目的」を果たすまでは、邪魔はされたくないし、一応、抵抗の一つもしとくか…程度の「なげやり感」が、「ちゅーとはんぱな威嚇」になっているのかなぁ……と。

*:あれくらい銃身が長くて重さがある銃だと、利き手側の腰に収めると、無駄な動きや筋力が必要になると思われます。
  「動き」の方は、その昔、ドラゴン社の兵隊人形を数体弄んで(^^;;;)いた折、「戦車兵」の拳銃のホルスターが左についているのを疑問に思い、詳しい人に尋ねたところ、「狭い戦車の中では、腕を交差させて抜く方がスペースを必要としないからだ」と説明されたですよ。キリコちゃんも、AT乗りの習性として、そうなのかなぁ…とか。
 「筋力」の方は、お手元に小さな鉄アレイなどございましたら、右手で持ち、「右腰に下げた状態から前腕部を上げて構える」「左腰から身体の前で肘を引きつつ構える」の両方やってみると実感できるかも……


今週はまだ行ってません(^^;;)(1/26)

 月曜は前夜の帰宅後更新でAM3時就寝が祟って、BSの『鬼平犯科帳』始まってそうそうに寝オチしたし、火曜は近所の映画館で『十三人の刺客』(その日のラスト回だと700円…ボトフェス前売りより安い!)観てたし、今日は『相棒』リアルタイムで観たかったし〜〜。……でも、金曜の回はチケット押さえ済みですが(爆)。>『孤影』
 いや、ラストのキリコとテイタニアの対面シーン、キリコにセリフがあったかどうか思い出せないんで、確認したいなぁ……と(^^;;)。
 もし「ナシ」だったら、ひょっとしてヤツの劇中最後のセリフは「補助脳を外しているのか…?」(うろ覚え)だったりするのかしら……とか。郷田さん、ご自分のセリフがないシーンを一押ししてらしたんですか!?(いえ、マイクの前で、キリコに「魂」を吹き込んでいらしんたんだろうなぁ……と、お察しいたしますが…)とか。なんか、「よくよく考えると、ホントにそれでえぇんか?」と言いたくなるところが……(^^;;;)。

 んで、今日は久々に公式サイトのPV確認したら、すべてのカットが、どこのカットか判別ついてしまいました(笑)。しかし、これと、バンビジュの「冒頭6分」を合わせたら、本編の美味しいカットはほとんど網羅してしまうのではなかろうか……(^^;;)。ゴウトのモノローグなんて、本編よりもカッコよく使われてるし〜(爆)。
 わたしの一押しカット「テイタニアのスコープ越しのキリコ機」ならびに、「銃をパスするキリコ機」「受け取るテイタニア機」もバッチリPVに入ってます。
 ぶっちゃけ、この「キリコ機、銃をパス」「テイタニア機、受け取るや直ちに乱射」〜辺りの流れは本編もPVとほぼ同じなんで〜(爆)。だから「位 置関係がわからん!」って、さんざん文句垂れてたわけですね(^^;;)。

 短めですが、とりあえずアップ。


確認してきました(^^;;)(1/27)

 今朝方、バルト9のスケジュールではボトフェス初の「4週目」の時間が表示されてましたが、さすがに今度という今度は無理!な時間帯(25:50〜26:50)だったので、急遽木曜のチケットを追加。今回は「キリコの息づかい」も含めた細かい音も拾いたかったので、いつもより前のB列に。

 夕方6時時点では(ネット予約できる席は)、(友人が押さえ済みの)1席しか埋まってませんでしたが、フタを開ければ二十人超入ってた感じ。三週目初日の土曜は、ほぼ満席だったしなぁ……

 で、確認事項。「ラストのテイタニアとのシーンに、キリコのセリフはあったか?」ですが、答えは、記憶にある通 り「No」でした。つまり、彼の劇中最後のセリフは「補助脳を外しているのか?」でした。
 その後、再三こちらでも引用したような展開があって、で、最初で最後のご対面シーン、「時間までに片づいたな」と、不敵に笑うテイタニアに、(そこで初めて、彼女がグルフェーの救援ではなく、自分の目的に協力するためにやってきたと悟ってか?)ハッと息を呑むので、郷田さんも最後までマイクの前に「キリコとして」いてくださったということで一安心(^^;;)。
 #いや、「古くからのファンの一人として」も、テイタニアとの一連のシーンは一押し!ということでも全然オッケーといえばオッケーなんですが……やっぱり……ねぇ?(^^;;)

 しかし、改めて拾ってみると、マジでキリコのセリフ少ないです。「息」や「ん?」「フッ」みたいな「声だけ」のものは抜いて、一応「言葉」になっているものを集めたら、ここに全部リストアップ出来ちゃうくらい。

 「ゴウト…? バニラ……?」
 「ATが、バレなければいいんだな……降りろ」
 「……ココナ…そうか、バニラと一緒なんだな」
 「……むかしのままだ。ココナ」
 「ああ…すぐいく」
 「砂漠の夜はきついぞ」
 「…秩序の盾……テイタニア……」
 「オレが外の敵を誘い出す。それまでここに隠れていろ」
 「無人のホバーはあるか?」
 「充分だ」
 「バニラに、すまないと言っていたと伝えてくれ。後はひとりで片づける」
 「テイタニア…?」
 「補助脳を外しているのか?」

 ……これだけ(爆)。トータルも少ないけど、一つ一つも、「二行以上喋っちゃダメ!」の吉川コードもバッチリクリアです(笑)。
 でもって、ご覧になればお気づきのように「フィアナ」の名は一度も登場しません。
 #その分、ココナとテイタニアが一度ずつ口にしてくれますが……
 更に言うと、テイタニアに対しても、彼女から離れたところで二度その名を口にしているにも関わらず、直接彼女に呼びかけることはないんですよね。そもそも、直の対面 シーンでは、前述のようにまったくセリフはないし……

 この辺りをネタに、ヤツと彼女たちの関係性について、またアレコレとトンデモ解釈を捏造するのもまた楽しそうですが、とりあえず今夜は「事実」の列挙までに……


今度こそ、MY楽日…のハズ(^^;;)。(1/28)

 『孤影』3週目最終日、客入りは木曜より多く30人弱といったところでしょうか。わたしが行った4日間(土、日、木、金)の中では、ほぼ満員だった土曜に次ぐ入りだった印象です。女性客は『孤影』としては少ない方だったかも……。ただし、C列中央のワタシの左隣も、右隣も女性客二人連れ。すなわち、今日のC列は女性が5人ずらっと並ぶという、11月から数えて20回を越えるボトフェスリピートの中でも、かつてない現象が発生しておりました(^^;;)。
 #先日、「両隣が(別々の)女性客だった!」と驚いたときは「一人ずつ」でしたから……(^^;;)。

 「今日こそ見納め」「テイタニアともお別れ」のつもりで行ったのに、最中も、上映終了後も、帰宅して2時間経った今も、まだ実感が湧きません(^^;;)。一番肝心な部分について、まだ語っていないからかな。
 元々、テイタニアのために買ったお酒のボトルが1本空くまでは「喪中」のつもりでいたのですが、初日以来、呑んでないから全然減らないし〜(^^;;)。まぁ、たぶん、どんなにゆっくり呑んでも、きっと「ボトル1本分」なんかじゃ気持ちの決着なんてつかないでしょう(笑)。 むしろここから、この先何年も続くおつきあいが始まるような……そんな「フワフワ」とも「ソワソワ」ともつかない、不思議な感覚です……
 とりあえず、ラストについては、2桁を越える数(っつーか、結局17回…)を観ても…むしろ、観れば観るほど、3回目辺りで浮かんだ解釈が、自分の中では「定説」に固まってしまった模様で……。今後、これが揺らぐことがあるとしたら、公式による新たな燃料投下か、わたし自身の内面の経年変化(3ヶ月先か十年先かはわからないけど)によるものしかなさそう(^^;;)。つまり、当分変わる余地はないってことで、この辺りでいったん締めてみましょうかね。

 追記:17回目にして、砂漠に出る直前、バニラと遭遇したときのキリコ機が、両腰に既に予備のマガジン(ほかイロイロ)を下げていることに気づきました(^^;;)。コンテナの中で装備した訳じゃなかったのね……


幻影編第一話鑑賞中(1/29)

 もちろんお目当ては、冒頭のバートラー夫妻の夫婦ゲンカ(笑)。
 リアルタイムの時には「ウドふたたび」への「前フリ」だった一連のシーンですが、『孤影』後の今となっては「あの後どうなった?」が観られて、今更ながら、ちょっと得した気分です(笑)。
 この3週間ですっかりお馴染みになった(^^;;)「砂漠の中に忽然とそびえる街グルフェー」「高台のバートラー邸」って冒頭のカットだけでももう嬉しい(笑)。「気がついたらもういなくなっちまってた」「面倒見ようともせず追い出すなんて!」ってバニラとココナのセリフも、今では、『孤影』のあのシーン、このシーンにすぐ繋がるし……
 バニラの方は、最後にキリコと会った…というか別れた時の服装ではなく、ディナーシーンと同じ盛装(たぶんグルフェーにおける「正装」は、「五つの薔薇」の面々とお揃いのズルズルの方だと思うので…)なのは、『孤影』ラストのステビアのモノローグ「父さん達は探したけれど…」の一連が終わった後、ということなのかな。

 ただ、「(キリコは)たったひとりぼっちなんだ」と泣き叫ぶココナに、「あ、ココナ達は、テイタニアのことをまったく知らないんだ……」と、なんか胸を突かれたり。
 小説版では、テイタニアはマーティアルに戻っていて、「秩序の盾」としてグルフェーに派遣されてくるですよ(老ロッチナもくっついてくる…)。 で、グルフェーの街の面々を前にジャンヌ・ダルクのごとくアジ演説ぶったり、キリコ相手にタイマン売ってるところをバニラに目撃されて止められたり、更にキリコを追ってバートラー家に押しかけたら、キリコからは完璧スルーされるけど、三姉妹の誰か(たぶんステビアかキシレルのどっちか…)からは「ステキなお姉さま」的な憧れの視線を向けられたり……と、まぁ、イロイロあったんですよね(^^;;)。
 もっとも、上記のエピソードくらいで止めておいてくれれば「映像ではカットされちゃって残念」とも言えますが、小説はこの後、ココナがテイタニアに「キリコを守って」って直訴したり、とどめにラストバトル〜テイタニア退場〜さらにダメ押しのエピローグ〜において「これぞ良輔クオリティ」って無神経が炸裂しているので、映像の方では思いっきり変えてくれて良かった……と、今でも心の底から思っています。
 彼女の心の奥深くに秘めた想いを知る者は、(映像の通り)キリコと、明け方の空を横切る流星だけでいい…と。
 ただ、彼女の凛々しく美しい姿を、「この世のひかりとともにまぶしく」思い出して偲んでくれる人は、この陽気で温かい一家の中にはいないんだなぁ…と思うと、なんか、淋しい……。冒頭に登場したマーティアルの施設のナースさん達に、テイタニアの消息が届く日はあるのでしょうか…


羞恥プレイは無理みたい(1/30)

 あいかわらず、ココナ関連の検索で過去の雑文へのアクセスが多い(ウチの場合、3日に1回ペースでお客さんがあれば「多い」となります)ので、ここらで思いきって手を入れようか……と、過去ファイルを開いてみたら……目が滑って読み返せない! そりゃ、丸々11年も前の文章だから、稚拙だったり未熟だったりするのは仕方なかろう…って、覚悟してたつもりなのに、予想外の破壊力で、モニタの前で気絶しかけました(爆)。
 なんつーか、自分の場合、「己の文章の稚拙さ」には厚顔になれても、「己の考え・態度の稚拙さ」には耐えられないようです(^^;;)。
 うわぁ……もう、いっそザックリ削除しちまおうかなぁ……

 というわけで、現実から目を背けて、軽めの『孤影』&『幻影編』ネタ。

 狂気の沙汰のペースでバルト9に通い、改めて『幻影編』1話を再見して確認できたことの一つに、

 あの世界に 「マリッジリング(結婚指輪)」の風習はないらしい

 ということ。『孤影』でも『幻影編』でも、バニラもココナも、両手の指に何もつけていません。
 #『孤影』PVでも3分過ぎあたりで、クレーン操縦席にいるバニラの両手や、一家集合写真でのココナの写真などで確認できます。
 「指輪」自体は、『孤影』のギャッシルマン先生がごついのをつけてたし、なんとなくモンテウェルズもしていたような記憶があるので、装身具としては存在するようですが、「(男性の)権威の象徴」みたいな感じです。こちらの世界でいうところのエンゲージリング(婚約指輪)、マリッジリング(結婚指輪)、ステディリング(和訳ナシ?(^^;;))のような、 「(男女の)愛情ならびに契約の証」としての用途はなさそう。
 「ウェディングドレス」や「結婚二十五周年=シルバーウェディングという概念」は、こちらの世界と同様でも、その辺りは微妙に違うみたいですね(^^;;)。ひょっとしたら、結婚式での「指輪の交換」はあるけれど「既婚者の証明」として日常的につける風習がない…というだけのことかもしれませんが。
 あるいは、近年(PF最終話以来)、筆者がヒソカに抱いてる仮説……「あの世界はどうやら男女比が著しく偏っているのではないか?」の裏付けになったりしないだろうか……?なんてことも、ちょっと考えたり(^^;;)。

 「基本的に男が大量にあぶれるようになっている」ということは、
 → 「大半の男は生涯独身*」「女も、結婚しても夫はすぐ戦争で死んでしまう」
 →「人的資源再生産の貴重なリソースである『女性』の有効活用(うわぁ)のため、夫を亡くした女性は、また次の夫を持ち(もしくは複数の夫を持ち)子供を産むことが、社会通念として奨励されている」
 #「貞女は二夫に見(まみ)えず」(=夫の死後も、妻は再婚すべきではない)の逆の価値感ですね。
 →「同様の観点から、『女性』を特定の男との関係に拘束するような風習(=指輪とか)が存在しない、もしくはあっても定着しない」

 ……みたいな。
 もちろん、中には 「偕老同穴」「共白髪」のような長期に継続する夫婦関係を持てるカップルも存在するでしょうが、あの世界全体では「幸運な例外」だったりするのかな……と。
 で、バートラー夫妻はもちろん「特に恵まれた例」でしょうし、あと「ギルガメスからもバララントからも独立していた」というグルフェーの住人も、少なくとも女性は「否応なく次々と夫が替わる」経験をしなくて済む程度には「恵まれて」いるのかな……なんて。

*:「女性との関わりの有無」ではなく(そちらの方は、サービス業のお姐さんもいるでしょうし…)、「男女の夫婦(いわゆる男夫婦は除く)を起点とした家庭」を持てるかどうか…という意味です。

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