私の主張 平成十九年二月二十一日更新 (これまでの分は最下段) 「契冲」のホ-ムペ-ジに戻る
正字・正かなの印刷環境
「東京グラフィックス」平成十八年十二月號(Vol.45 No.561)に掲載
弊社は御案内のとほり、印刷上での正漢字、歴史的假名遣(以下正字・正かな)の確保を目指して活動して參りました。主力製品の「契冲」は一般のパソコンでは通常不可能な正字・正かなの取扱を可能にするソフトで、開發販賣開始以來十三年を經て、やうやく完成度の高いものに育つて參りました。しかし、これは謂はばマイナーな分野での話であり、正字・正かなが文字どほり國語の正統であると言つても、メジャーである一般パソコンソフトや印刷の世界では、無視或いはまゝ子扱ひを受けてゐるのが實情です。
これを歴史的に振返りますと、今から恰度六十年前の昭和二十一年十一月十六日、當時の吉田内閣が「當用漢字」、「現代かなづかい」を告示したのが抑々の始りなのですが、この線に沿つて、「當用漢字」字體表を始め、「同音の漢字による書換へ」、五十音圖からの「ゐ」「ゑ」の削除などの施策が矢繼ぎ早に實行に移され、「公用文の書き方」として國語表記を事實上漢字廢止、ローマ字化へと統制する體制が整へられました。
一方で、これでは日本の文化を守り、発展させることはできないと言ふ議論が起り、昭和四十一年「國語の表記は漢字假名交り文を前提にする」との當時の中村梅吉文部大臣談話が出て、國語政策が大きく方向を轉換したのですが、具體的な施策としては實行されず、「當用漢字」、「現代かなづかい」の告示はそのまま維持され、この間に印刷字體の「當用漢字字體」への轉換も進み、そのやうな體制の中でワープロから電子化時代を迎へることになりました。當然最も基本的なシステムデザインは「當用漢字」、「現代かなづかい」を前提とし、そのため正字・正かなに對する配慮は缺落してしまひました。
當初は、ワープロなどは事務用に過ぎないと考へられてゐたので、誰も氣にしませんでしたが、殆ど全ての分野にその利用が廣がつた現在、「當用漢字」と「現代かなづかい」だけではシステム上對應ができなくなる場合が多くなつてきました。しかもかうした電子化がグローバルな規格の下に運用されるといふ時代に、我が國は方針としては漢字假名交り文としながら、システムとしては將來漢字廢止、ローマ字化といふちぐはぐな姿勢を脱しきれなかつたため、世界に對して日本語の立場からの發言に後れを取つてしまつたと言つても過言ではありません。
例へばコード化される漢字の枠に就いて見ますと、現在、漢字ソフト「今昔文字鏡」などでは登録漢字が十萬字を超える情勢にも拘らず、昭和二十一年「當用漢字」の1,850字は論外としても謂はゆる78JISでやつと6,349字が、參考規格となつてしまつたJISX
0213ですら10,050字がコード化されるといふ小出しの擴大で當面の問題を糊塗するに止つてきました。漢字コードに對する基本的な對處、即ちその文字を使ふか使はないかではなく、コード化の餘地があるかないかを問題にすべきだつたのです。それを漢字はそんなに要らないと遠慮してゐる間に上限を三萬足らずと外國人によつて決定されて、日本は何も言へない状況です。その結果、早い話、常用漢字表に掲載されてゐる括弧内漢字でさへ、「歴、暦、状、焔」といつた字形はコード化への努力も結局幻となり、「青、戸、曜」などは包攝字形として認められてゐるものゝ、そのフォントがなければ使用できません。
漢字は數が多いが、假名は少いから問題ないかと言へば、これも必ずしもさうではありません。歴史的假名遣で表現する場合、殆どのパソコンでは「ゐ」「ゑ」を變換前の文字として打鍵できません。いろは歌の「うゐのおくやま」とか「ゑひもせず」とかが打てないのです。また「元」といふ字の歴史的假名遣は「ぐゎん」、「ぐゑん」となりますが、御覽のやうに前者は「ゎ」の小書き文字が利用できますが、後者には「ゑ」の小書き文字がありません。この他變體假名の問題もあります。
このやうな現状にも拘らず現在の印刷業の實力からすれば、電子化されたシステムでどのやうな文字でも印刷することができます。しかしそれは謂はゆる外字の作成など多分に人力を介した不完全な電子化であり、繪としての文字がPDFを通して辛うじてやり取りできてゐるに過ぎず、グローバルな互換性がありません。
口語體は兔も角、文語文に就いては正字・正かなが儼存してゐます。口語體と文語體で漢字も假名遣も異なるといふ現状は確かに問題ですが、取敢へずはパソコンなど電子化の基盤整備に於て口語、文語兩用への對應を確保して置くことが重要であり、吃緊の課題であると思ふのです。「契冲」は確かにこの面での有力な解決策であると自負してゐますが、殘念ながら未だ個人レベルでのパソコン出力までの範圍であり、直接商用印刷機にまで電子的な連結ができてゐないのです。冒頭に「マイナーな分野」と申した所以であります。
それでは具體的にどうすればよいか
一、
國際規格に「日本字」枠として百萬規模の領域を確保する(例へば20ビット又は10ビット2バイト)。
二、
上記「日本字枠」には幻のJIS第三〜第四水準のほか、諸記號や異體字など、必要な文字の追加登録を積極的に進める
三、
パソコンから印刷機まで上記「日本字枠」コードの統一的實裝、竝びにキーボードに「ゐ」「ゑ」のキーを設け、shiftと同時打鍵による小書き文字への對應に就き業界の協力を得る
四、
各種表記に對應した變換、・出力ソフトを自由に搭載できる國産プラットフォームOSの開發
五、
縱書き、ルビ、漢文訓點など日本語特有の組版規則の國際規格化
などが考へられます。
これらの對策は、單に正字・正かなに必要なだけではなく、常用漢字、現代假名遣を主とする現在の口語體の文書作成に就いても有效なものであり、印刷産業の將來のために今こそ檢討の時機ではないでせうか。
市 川 浩
昭和六年生れ
平成五年 有限會社申申閣設立。
正假名遣對應日本語IME「契冲」を開發。
國語問題協議會常任理事、文語の苑幹事、契冲研究會理事。
これまでの私の主張(ホームページ掲載分)日附降順
教育再生への視點
――「當用漢字」、「現代かなづかい」告示六十年に思ふ――
桶谷秀昭著「日本人の遺訓」を讀みて(文語の苑「侃侃院」)
「契冲」正字・正かな發信のために−「國語國字」第百八十五號(平成十七年十一月十一日)
忘れられる歴史的假名遣 「假名遣腕試し」に思ふ−「國語國字」第百八十四號(平成十七年十月十日)
「契冲」の獨白――字音假名遣を考へる――(「月曜評論」平成十六年四月號掲載)
パソコン歴史的假名遣で甦れ!言靈 (『致知』平成十六年三月號(通卷三四四號))
文語の苑掲載文二篇
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