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イクシーの書庫・過去ログ(2004年11月〜12月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


黒猫館の殺人 (ミステリ)
(綾辻 行人 / 講談社文庫 2001)

怪しげな洋館で事件が起こる『館』シリーズの第6弾。
名探偵・鹿谷は一通の手紙を受け取ります。手紙の送り主は事故で記憶喪失になっている鮎田と名乗る老人ですが、彼は自分が書いたと思われる手記が記されたノートを大切に持っていました。そして、その手記には、前年の夏、『黒猫館』と呼ばれる人里離れた洋館で起こった殺人事件の顛末が記されているのでした。ですが、それが事実か創作なのかもわからない状況です(警察も、そのような事件の報告を受けてはいません)。
『黒猫館』が建築家・中村青司(本シリーズはすべて、彼が設計した建物を舞台にしています)によって建てられたものだと知り、興味を抱いた鹿谷は、建築を依頼した生物学者・天羽の過去を探りつつ、北海道のどこかにあると思われる『黒猫館』の所在に迫っていきます。
鹿谷らによる捜査と、鮎田老人の手記が交互に記述され、屋敷に秘められた怨念と因縁が次第に明らかにされていきます。ほんの些細な描写にも、謎解きの鍵となる重要な手がかりが秘められ、計算しつくされた叙述トリックの妙に、後から考えると「あ、そうだったのか」と感心することしきり。
ただ、惜しむらくは、最近読んだある作品とトリックが似通っているため、インパクトが薄れてしまったのが残念です。それを読んでいなかったら、もっとびっくりしたのに(^^;

オススメ度:☆☆☆☆

2004.11.2


誓いのとき (ファンタジー)
(マーセデス・ラッキー / 創元推理文庫 1999)

「女神の誓い」「裁きの門」の名コンビ、女剣士タルマ&女魔法使いケスリーが活躍する“剣と魔法”のヒロイック・ファンタジー短編集。前出の二部作の裏話ありサイドストーリーあり後日談ありと、バラエティに富んだ作品が楽しめます。
特に、パターンにはまった冒険譚ではなく、リアルな冒険者の日常を描いているのが特長。
“竜を退治し王女を救う英雄譚”の裏にひそむ醜い真実を暴いた(でもハッピーエンド)「英雄の話」、「裁きの門」にも出てきた吟遊詩人レスラックとの腐れ縁の始まりを描いた「伝説はこうして生まれる」、ひょんなことから呪いの銅貨を手に入れてしまったふたりを襲う災難をユーモラスに描いた「同士討ち」、ミステリ風味の「毒薬」、タルマの部族が馬を扱う秘伝を明かす異色篇「フォルスト・リーチの春」、そして極めつけはケスリーの長女(「裁きの門」で結ばれたさる男性との間で儲けた娘。弟妹もたくさんいます)、12歳のジャドリーが親友を救うために母親や師匠(タルマのこと)と初めての冒険に出る「誓いのとき」(←この中篇1作を読むためだけでも、この本を買う価値はあります)。
若干のネタバレ要素があるため、できれば長篇二部作を先に読むことをお勧めします。

<収録作品>「護符」、「英雄の話」、「伝説はこうして生まれる」、「同士討ち」、「毒薬」、「炎の翼」、「フォルスト・リーチの春」、「誓いのとき」、「竜の嘆き」(エリザベス・ウォーターズと合作)

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.11.4


故郷から10000光年 (SF)
(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア / ハヤカワ文庫SF 2001)

これを読んで、ハヤカワ文庫から出ているジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの作品はコンプリートしたことになりますが、実はこの「故郷から10000光年」が彼(彼女?)の第1作品集なのだそうです。順番まちがえた(^^;
なるほど、確かに他と比べてユーモラスだったり、極論するとスラップスティックに分類されるような作品も収録されています。どちらかというと、そちらの傾向の作品の方が気に入りました。
事実上のデビュー作で、遠未来にいかにもありそうな貿易上のしちめんどくさいお役所仕事のドタバタと悲哀を描いた「セールスマンの誕生」、CIAの落ちこぼれスタッフが、異星人の侵略(?)から地球を守る(もちろん、ひとひねりもふたひねりもしてあり、銀河規模の壮大なビジョンが背景にあったりします)「愛しのママよ帰れ」と続篇の「ピューパはなんでも知っている」、あらゆる異星動物のレースが行われる宇宙規模の競馬場(?)を運営する種族の運命をペーソスを交えて描いた「われらなりに、テラよ、奉じるのはきみだけ」、タイム・ジャンプにまつわる恋の悲しい結末が心をえぐる「ハドソン・ベイ毛布よ永遠に」など。

<収録作品>「そして目覚めると、わたしはこの肌寒い丘にいた」、「雪はとけた、雪は消えた」、「ヴィヴィアンの安息」、「愛しのママよ帰れ」、「ピューパはなんでも知っている」、「苦痛志向」、「われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ」、「ドアたちがあいさつする男」、「故郷へ歩いた男」、「ハドソン・ベイ毛布よ永遠に」、「スイミング・プールが干上がるころ待ってるぜ」、「大きいけれども遊び好き」、「セールスマンの誕生」、「マザー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」、「ビームしておくれ、ふるさとへ」

オススメ度:☆☆☆☆

2004.11.6


死体農場 (ミステリ)
(パトリシア・コーンウェル / 講談社文庫 1996)

女性検屍官ケイ・スカーペッタが主人公のサスペンス・ミステリ第5弾。
タイトルの「死体農場」からしてグロなイメージで、20世紀ドイツで少年をさらっては殺して肉をソーセージにして近所の人に売っていた某ドイツ人(名前忘れました。ペーター・キュルテンだっけ? ←フリッツ・ハールマンが正解でした)を思い出させますが、ここでの意味は、高度な科学技術で死体の分析を行う法医学研究所のこと。アメリカはテネシー州に実在しているそうです。
さて、ノースカロライナの田舎町で11歳の少女が誘拐され、身体を一部を切り刻まれた死体となって発見されます。過去に少年を拉致して殺し、現在逃亡中の猟奇殺人鬼の仕業ではないかとの疑いからFBIが捜査に関与し、FBI捜査支援課のコンサルタントに就任しているケイも、相棒のマリーノ刑事や上司のウェズリーと共に現地に赴きます。
ところが、現地入りしたとたん、当地の捜査責任者の警部が変態行為の末の事故死ではないかと思われる状況で死体となって発見されるというスキャンダルが。一方、今や21歳の美貌の女子大生となったケイの姪ルーシーがトラブルに巻き込まれます。FBIの研究所のデータベースにハッキングしたという疑いをかけられるのです。現場には本人の指紋が残されていました。
さらに私生活での三角関係も悪化し、マリーノ刑事とケイの関係は最悪に。
少女殺害事件とルーシーのトラブルには関係があるのか・・・? 少女の死体に残されたかすかな痕跡を手がかりに、“死体農場”の技術をフルに生かしてケイの捜査は進みます。
真相は、いかにも現代的な、やりきれないものなのですが、まだ解決されていない謎も残り、次回作の
「私刑」に持ち越されるのだそうです。でも読むのは当分先だな(^^;

オススメ度:☆☆☆

2004.11.7


ロボットの夜 (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2000)

テーマ別書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第17弾。
今回のテーマは「ロボット」。もちろん電子頭脳を持つ金属製の機械という範疇にとどまらず、古代から中世のからくり人形に自動人形、フランケンシュタインの怪物に代表される人造人間、サイボーグまで、ネタは多岐に渡っています。そういえば、あるかと思ったド●●モンネタはなかったですな(笑)。
狭義の「ロボット」に絞った場合には、例のアシモフの三原則がどうしても関わって来るわけで、これをどう料理するかで力量が問われます。もうひとつは、ある種の叙述トリックによる視点の逆転でしょうか。これもアシモフ的な“人間とロボットの違いは何か”という命題に繋がってきます。
あくまで論理的に三原則を打ち破ってみせた「サージャリ・マシン」(草上 仁)、“寝たきり老人撲滅運動”という穏やかでない発端から暖かなビジョンで終る「自立する者たち」(斎藤 肇)、人間そっくりのロボットが開発されたことによる恐るべき行政手段を描いた「保が還ってきた」(菊地 秀行)、笑えるけどなんともブラックな落ちの「小壺ちゃん」(梶尾 真治)、機械よりも何よりも生身の人間が最も恐ろしいということを再認識させてくれる「夜警」(青山 智樹)、アシモフを意識するにしては異色のユニークな料理法が秀逸な「背赤後家蜘蛛の夜」(堀 晃)、あまりにも人間的なロボットが登場する「LE389の任務」(岡本 賢一)と「2999年2月29日」(渡辺 浩弐)、和製からくり人形の古典ネタ「木偶人」(横田 順彌)、フランケンシュタインネタを見事に換骨奪胎した「人造令嬢」(北原 尚彦)、優れた病院ホラー&虫ホラーでもある「虹の彼方に」(奥田 哲也)、いわゆる“夜中に勝手に動く人形”テーマの「角出すガブ」(竹河 聖)、わけがわからん分、もっとも気持ちが悪い(ほめてるんですよ)「蔵の中のあいつ」(友成 純一)といったのが主なラインアップです。

<収録作品と作者>「サージャリ・マシン」(草上 仁)、「卵男」(平山 夢明)、「自立する者たち」(斎藤 肇)、「保が還ってきた」(菊地 秀行)、「夜のロボット」(石田 一)、「小壺ちゃん」(梶尾 真治)、「夜警」(青山 智樹)、「MENTAL KINGDOM」(奥田 鉄人)、「サバントとボク」(眉村 卓)、「背赤後家蜘蛛の会」(堀 晃)、「LE389の任務」(岡本 賢一)、「KAIGOの夜」(菅 浩江)、「2999年2月29日」(渡辺 浩弐)、「錠前屋」(高野 文緒)、「ケルビーノ」(安土 萌)、「木偶人」(横田 順彌)、「人造令嬢」(北原 尚彦)、「上海人形」(速瀬 れい)、「蔵の中のあいつ」(友成 純一)、「缶詰28号」(江坂 遊)、「真夜中の庭で」(本間 祐)、「虹の彼方に」(奥田 哲也)、「カクテル」(井上 雅彦)、「角出しのガブ」(竹河 聖)

オススメ度:☆☆☆

2004.11.10


<星の時>作戦 (SF)
(H・G・エーヴェルス&エルンスト・ヴルチェク / ハヤカワ文庫SF 2004)

“ペリー・ローダン・シリーズ”の第305巻です。
前巻で並行宇宙から帰還したローダン一行ですが、奇妙な病気を持ち帰ってしまいました。
感染した人間は理性の抑制がゆるみ、義務や仕事をかえりみず趣味に没頭してしまうという奇怪な症状で、以前の痴呆化ほどではありませんが、太陽系帝国は深刻な危機に立ちます。
その隙をついて、アコン、アラス、スプリンガー、バアロル教団といった地球を目の仇にしているヒューマノイド連中が陰謀をめぐらしてきます。それがタイトルの<星の時>作戦。
それはなんとか未遂に終りましたが、そのことによって、疫病の第二の側面が明らかになります。ある種の人々には攻撃衝動を与え、また別の人々には狂気のような郷愁を抱かせ、驚くべき事態が出現します。
さて、この先どうなるのか――というところで、クリフハンガー状態は続きます。

<収録作品と作者>「<星の時>作戦」(H・G・エーヴェルス)、「テラへの巡礼」(エルンスト・ヴルチェク)

オススメ度:☆☆☆

2004.11.10


竜王戴冠3 ―旅の大道芸人― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2001)

『時の車輪』の第5シリーズの第3巻。
アイール山地から西へ、ケーリエン国へ向かうアル=ソアらのメインパーティと、アマディシア国から東へ、タール・ヴァロンを目指すナイニーヴら第2パーティ(?)が中心に描かれます。
トゥー・リバーズのペインたちと、タール・ヴァロンを落ち延びたシウアン・サンチェ一行は、この巻は出番なし。その代わり、エレイン王女の母君が悪夢から覚めて(謎)、動き始めます。
“夢の世界”を通じて連絡を取り合うナイニーヴとエグウェーンは、ついに<白い塔>で何が起こったのかを知りますが、その真相は更に不気味で奥深いものでした。
そして、ナイニーヴ一行は意外な人物と再会し、それがきっかけで大道芸人一座に身を隠し、旅を続けることになります。
前の巻で唐突に芸人一座が登場してすぐに消えてしまったのは、このための伏線だったのですね。
様々な思惑と陰謀を含んで、物語はまだまだ続きます。

オススメ度:☆☆☆

2004.11.11


ライヴ・ガールズ (ホラー)
(レイ・ガートン / 文春文庫 2001)

この作品を初めて知ったのは、90年に出た「モダンホラー読本」です。“吸血鬼”のイメージがドラキュラのような古典的なものから現代的なそれへ変わってきていることを示す代表作のひとつだということでしたし、またいわゆる“スプラッタパンク”の古典でもあるということで、ずっと気になっていました。
さて、実際に読んでみると、前評判や予想以上に悪趣味で(笑)。
さえない中年サラリーマンのヴァーノンは、日常生活へのちょっとした刺激を求めて、『ライヴ・ガールズ』という覗き部屋へ立ち寄ります。
“覗き部屋”というのは、お金を払って個室へ入ると、壁に穴が開いていて、その向こうでは女性がしかるべき仕草をしており、さらに追加料金を払ってしかるべきことをすると相手がしかるべきことをしてくれるという風俗産業です。
さて、数週間後、ヴァーノンの妻と娘が血を抜かれた惨殺死体となって発見され、犯人と思われるヴァーノンは行方をくらまします。妻の弟でジャーナリストのウォルターは『ライヴ・ガールズ』に目をつけ、そこに出入りしていたカストリ雑誌の編集者デイヴィーとコンタクトを取ります。デイヴィーもちょっとした好奇心から『ライヴ・ガールズ』に足を踏み入れ、踊り子のアニアの妖しい魅力に取り憑かれていました。アニアにしかるべきことをされた後、なぜかデイヴィーは精気が吸い取られたようになり、しかも局部に傷がついていたのです。
やがて、アニアの導きでデイヴィーは会員制の高級クラブ“ミッドナイト・クラブ”へ行きますが、ここには更に深い謎があるようでした。クラブに潜入したウォルターは、ニューヨーク社会の闇に蠢く吸血鬼集団と対峙することになります。
18禁シーンやグロテスクな場面も多く、万人にお勧めできる作品ではありませんが、ホラーとしての勘所は押さえてあり、小説としての完成度は高いです。

オススメ度:☆☆

2004.11.13


大導寺竜介の青春 (ミステリ)
(栗本 薫 / 角川文庫 2001)

大正浪漫の香りを現代に伝える大河小説“六道ヶ辻”の第3巻です。
今回は、全篇を通じての最大の主役とも言うべき大導寺竜介が17歳の時に起こった、帝都を震撼させた事件の顛末が描かれています。
竜介と藤枝清顕、それに一乗寺忍の3人はいずれも華族の嫡男で同い年の幼馴染でした。しかし、中等部卒業を機会に、竜介は陸軍士官学校へ進学し、清顕は高等部の寮に入ることになりました。忍は継母に疎まれながら、生来の三重苦の妹の身の上に心を砕いていましたし、清顕は豪快で八方破りな竜介にひそかに想いを寄せていました。
一方、帝都では“怪人赤マント”と呼ばれる猟奇殺人鬼が跳梁し、カフェの女給や娼婦を次々と毒牙にかけていました。
ある日、場末の青線(ちなみに赤線はお上の認可を受けた娼館、青線は無認可の娼館です)へ女を買いに行った清顕と忍(17歳なのにいいのか? まあ時代が時代ですから)は、地元のごろつきにからまれ、絶体絶命に陥った時に、通りすがりの異様な凄みを漂わせた男に救われます。男は野々宮という左翼の過激派でした。
それを機会に忍は人が変わったようになってしまいます。親友の清顕にも心を開かず、自宅からも失踪。野々宮がとんでもない危険人物であることを知った竜介は、清顕と共に忍の行方を探しますが、なんと――。
前巻
「ウンター・デン・リンデンの薔薇」は濃密な百合風味が漂っていましたが、こちらはもろにBL(汗)。それも、淡い憧憬あり、甘酸っぱい青春の痛みあり、おぞましい陵辱ありと、何でもあり。 連続殺人はありますがミステリ色は薄く、青春風俗猟奇探偵成長小説とでも呼べばいいのでしょうか。悲惨な結末の割には読後感がさわやかなのが不思議です。

オススメ度:☆☆☆

2004.11.15


すべてがFになる (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2001)

これもずっと順番が回ってくるのを待っていたミステリシリーズの第1作。
某大学建築学科の助教授・犀川創平と、お嬢様女子大生・西之園萌絵が探偵役を務めます。
今作は、愛知県の伊勢湾に浮かぶ小島に建てられたハイテク研究所が舞台。この研究所には女性天才コンピュータ学者・真賀田四季博士が自らを幽閉し、15年間に渡って外界へ出ることなく研究を続けていました。彼女はわずか10歳あまりでアメリカの大学へ入学した神童で、14歳の時に両親をナイフで刺し殺したという経歴の持ち主です(心神喪失状態にあったということで、無罪となっています)。
犀川と萌絵は、夏休み中のゼミのキャンプで他の学生と共に島を訪れていましたが、萌絵の好奇心から研究所へ入り込みます。その夜、研究所を管理するプログラムが暴走、外部との一切の連絡が途絶えた中、15年間、誰も入室を許されていなかった四季博士が、四肢を切断されウェディングドレスを着せられた死体となって発見されます。更に、アメリカから帰国してきた四季の妹・未来を自家用ヘリで連れてきた所長の新藤(四季の叔父)までもがヘリの運転席で刺殺されるという事件が。
警察への連絡もままならない中、犀川と萌絵はなんとか犯人を突き止めようとします。最大の謎は、24時間ビデオ監視されている四季の部屋に、誰も出入りした形跡がないことでした。
さて、作者は犀川と同じ現役の大学助教授(工学部)で、作中でのコンピュータ、ネットゲームやバーチャルリアリティ、チャットやウイルスなどの小道具としての扱いが、他の作家と一味違います。解説で瀬名秀明さんが“研究者としての視点”を重視しておられますが、まさにその通り。また現実認識のとらえ方が京極夏彦さんと似ているな、と読みながら思っていたのですが、同じことを瀬名さんもおっしゃっていたので嬉しくなりました。
メイントリックは心理的なミスディレクションを排した純粋論理で解決できるもので(いや真相は見当もつきませんでしたが(^^;)、ここにも作者の心意気を感じます。ただ、それとは別の(事件の本筋とは関係のない)叙述トリックがあって、こちらは「やられたあ!」と思うと同時にほっとさせられたり(笑)。
このシリーズ、全10冊だそうです。う〜、楽しみ。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.11.17


冷たい密室と博士たち (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2001)

昨日に引き続き、犀川&萌絵シリーズの第2弾です。
たまたま続いてしまいましたが、意図して続けて買ったわけではありません。
今回の事件は「すべてがFになる」から1年後。萌絵は2年生になっています。
同僚の喜多助教授に誘われた犀川と萌絵は、喜多が所属する極低温実験室、通称「極地研」での実験を見学に出かけます。ところが、実験に参加した大学院生の男女が姿を消し、内部から鍵のかかった実験室から刺殺体となって発見されます。更に、現場検証をした警察が、締め切られて使用されていなかった小部屋から死後1年以上経過していると思われる学生の死体を発見し、謎はますます深まります。
前回と同じく純粋論理で事件は解き明かされるのですが、トリックよりも何よりも、この人は“物語り方”がうまいです。どんどん引き込まれて、さくさくと読み進んでしまいます。
また、犀川助教授が時々さりげなく口にする警句が、ブラウン神父っぽくて好きです(親父ギャグもありますが(^^;)。
今回のヒットは、「責任と責任感の違いは、押しつけられたものか、そうでないかの違いだ」でした。

オススメ度:☆☆☆

2004.11.18


翼ある闇 (ミステリ)
(麻耶 雄嵩 / 講談社文庫 2001)

この作者のデビュー作です。
副題が「メルカトル鮎最後の事件」。第1作がいきなり名探偵の最後の事件となるのは、別に初めてのことではなく、いくつかの前例があります。ベントリーの「トレント最後の事件」とかC・アヴリーヌの「ブロの二重の死」とか。で、探偵は生死を問わず、少なくともその時系列からは退場してしまいます。ところが、読者の要求やら作者の都合で、その後も作品には登場したりしますね。過去の事件を掘り起こす、という便利な手法が使われるわけです。
ただ、本作のメルカトル鮎が本当にそうなるのかどうかは、今後の作品を読んでみなければわかりません。
舞台になるのは、京都府丹羽山地の深い山奥にそびえる洋館、その名も“蒼鴉城”。そこには財界の雄、今鏡家の当主が家族と共に住んでいましたが、当主は1ヶ月前に亡くなっています。息子のひとり・伊都がなんらかの理由で依頼状を送った相手は名探偵の評判が高い木更津悠也(メルカトルではありません)。同時に謎の脅迫状も木更津の元に届き、興味をそそられた木更津は、ワトスン役の香月実朝を伴って“蒼鴉城”へ赴きますが、時すでに遅く、伊都は密室で首を切断された死体となって発見されます。しかも首と胴体はなんと別人という異様な状況。
城内ではいわくつきの今鏡一族が、グリーン家かハッター家もかくやという妖しげな生活を営んでおり、泊り込みで捜査する木更津や警察の努力にもかかわらず、次々と首を切断されて殺される家族たち。でも、このあたりから、妙な違和感を覚え始めました。確かに本格ミステリに典型的な、わくわくするような道具立てなのですが、いかにも作り話っぽく、現実味が感じられない。他の新本格の作品とはどこか違うぞ、と。イメージ的には小栗虫太郎の「黒死館」にそっくりなのですが(作者は絶対に意識していると思います)。
推理に行き詰った木更津が悄然と屋敷を去った後、ようやくメルカトル鮎が登場します。この辺は「チャーリー・チャンの活躍」あたりの展開を意識しているのでしょうか?
さて、やっと登場したメルカトル、慇懃無礼で傲慢で・・・という、とてもじゃないがお付き合いは勘弁願いたいという嫌なやつ(笑)。う〜む、かませ犬だとばかり思っていた木更津の方が、よっぽど人間味があるし名探偵らしいぞ・・・。
そして、戻って来た木更津と、メルカトルの探偵合戦は、二重三重のどんでん返しで驚愕の結末へ――となるのですが、やっぱりいかにも虚構っぽくて。読後感は「やられたあ!」という快感ではなく「なんで?」という当惑と憤懣の方が強いです(^^;
でも、解説によれば(また野崎某がえっらそーに好き勝手書いてますが、そちらではなく結城信孝さんのまともな解説の方)作者はアンチミステリを書こうとしていた由。ならば、既存の名作や名探偵をパロディ化したかのような展開も納得がいくというわけです。でも、作者のミステリに関する該博な知識は疑いようがなく、マニアにしかわからないようなくすぐりが散見されるのは嬉しいところ。
今後の作品が気になるところです。

オススメ度:☆☆☆

2004.11.20


復讐の女艦長(上・下) (SF)
(デイヴィッド・ウェーバー / ハヤカワ文庫SF 2001)

ミリタリーSF『紅の勇者オナー・ハリントン』シリーズの第4弾。
オナー・ハリントンはついに仇敵パーヴェル・ヤングとの決着をつけます。
前作
「巡洋戦艦<ナイキ>出撃!」でヘイヴン人民共和国の侵攻からハンコック駐屯地を死守したオナーは、戦場で命令を無視し敵前逃亡をはかったヤングを拘引してマンティコアへ帰還、女王陛下からも賞賛を受けます。恋人ポールとの仲も上々で、オナーは順風満帆でした。
一方、軍事裁判で有罪となれば銃殺刑を免れないヤングは、有力貴族で政財界の黒幕の父親の政治力に頼り、なんとか罪を免れようと画策、ヘイヴンへの宣戦布告問題を抱えるマンティコア政府を二分しての対立と政争を引き起こしてしまいます。
そんな中で開かれた軍事裁判は、いかにも政治的な玉虫色の妥協の産物となり、結果としてはオナーとヤングの痛み分けとなってしまいます。こういう妥協の産物というものは、えてして双方に不満の種を残すもので・・・。
軍を追われたヤングは、直後に死んだ父親の後を継いで伯爵となり、上院議員となります。下衆野郎っぷりは相変わらずで、父の腹心だった保安主任(すこぶるつきの美人ですが)を手込めにするは、うまく立ち回って議会内での保身を図るは、好き放題。ついには自分をはずかしめた(と思い込んでいる)オナーへの陰謀をめぐらせ始めます。
一方、有能な士官であるオナーを政争の只中に置いておけないという軍部の判断で、オナーは2ヶ月の休暇を得、グレイソン星系に赴きます。第2作「グレイソン攻防戦」で救国の英雄となったオナーは、グレイソンに領地を与えられ、当地の貴族となっていたのです。
しかし、ヤングの卑劣な策謀で悲惨な事件が起こり、オナーは絶望の底へ突き落とされてしまいます。
この危機に立ち上がるのはかつてのオナーの部下たち。軍規に反するのを承知で一大作戦を決行したかれらのおかげで、帰還したオナーの元にヤングの策謀が赤裸々にさらされます。
ここからは一気呵成。冷徹な復讐鬼となったオナーが決着をつける方法は――。
懐かしいキャラが姿を見せてくれますし、グレイソンでは新たに魅力的なキャラが登場しますし、ヘイヴンの状況を含め、今後の展開が楽しみです。
でも最後までヤングは下衆野郎でした(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.11.22


竜王戴冠4 ―青アジャの砦― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2001)

“時の車輪”の第5シリーズ第4巻です。
今回のメインはアル=ソアのパーティとシウアン・サンチェのパーティ。
先行してケーリエンに攻め込んだシャイドー・アイール族を追って、“全界の背骨”を越えたアル=ソアたちは、情報を求めて西へ進みます。
一方、<白い塔>から離脱した異能者たちがどこかの町に集結しているという情報を得たシウアン・サンチェら4人は、辺境の小村サリダールにたどりつき、現在の<白い塔>に対抗する異能者集団に合流します。そこへ、4人を追ってきた老将ガレス(アンドール国の元総大将)が到着、ある取引が行われることに。
そろそろ
次巻あたりでひと騒動ありそうな予感がします。トゥー・リバーズのペリン一行も気になりますし。

オススメ度:☆☆☆

2004.11.23


ヤーンの翼 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2001)

『グイン・サーガ』の第80巻。いよいよ残り20巻ですね〜、とか思ってたら、すでに100巻では終らないというのは既定の事実でした(笑)。
どこまでも突っ走っていただきたいと思いつつ、ペリー・ローダンにはなってほしくないなあ(^^; さて、
前巻でついにパロへ向かって発ったグインは、国境近くのワルド城に落ち着き、様子見の構え。そこに、当然ながらパロを二分した両陣営の密使がやって来ます。そして、グインはあの人物との会見を申し出るのでした。
一方、ゴーラ−パロ国境近くの森で謎の軍勢に襲われたイシュトヴァーン軍は、敵の大将をひっとらえますが、その背後には謎の人物がいるようで・・・(どっちだろう?)。
家出した(笑)彼は、一応、落ち着くところに落ちついたようですし――というよりは、あんまりうろつき回られると話の収拾がつかなくなるので、出番が来るまでおとなしくしていなさいという作者の意思というのが正しいでしょうか。
ともあれ、様々な謎をはらんで次巻へ続きます。
それにしても、今回の「あとがき」はどうしてしまったのでしょう。以前から、ネット上でかなりバッシングされているようなことを書かれていましたが(内容は知らない)、そのせいか、随分とテンションが低くなっていました。がんばれ〜。

オススメ度:☆☆☆

2004.11.24


魔道士の掟1 ―探求者の誓い― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2001)

これもずっと順番待ちしていたファンタジー・シリーズ『真実の剣』です。やっと回ってきた(笑)。 新刊が出る度に全部買ってあるんですよ。埋もれてるだけで(^^;
さて、解説によれば、アメリカではR・ジョーダンの『時の車輪』シリーズと双璧をなす人気らしいですが、一読した限り、『時の車輪』より面白そうです――あ、これじゃ語弊があるな、こっちの方が好みです。肌に合ってます。
この世界では、世界が<境>と呼ばれる異界によって三つに分割されています。少し前(遥かな太古でないところが面白い)、強大な魔法によって<境>が作られたそうですが、西側にある<ウエストランド>(これまたストレートな名で(^^;)には魔法がなく、普通の人々が住んでいます。かれらにとっては東の<ミッドランド>とその向こうの<ダーラ>は未知の禁断の地。
ウエストランドの奥地で森の案内人を務めるリチャードは、3週間前に父が変死した事件の手がかりを求めて<境>の近くを探索していた時、美しい若い女性アーランと出会います。彼女を追ってきた4人の殺し屋をなんとか排除した後、リチャードは驚愕の事実を知ります。アーランは古の大魔道士に会うために、<境>を越えて<ミッドランド>からやって来たというのです。世界の危機を救うために・・・。
リチャードは、師匠のゼッドのところにアーランを連れて行きますが、途中、闇の魔物に襲われます。父から受け継いだ知識と考え合わせて、リチャードは自分が否応なく大きな流れに巻き込まれていくのを感じるのでした。
『時の車輪』と同じく、長大な原作を分冊刊行しているので、今回は序盤の序盤。RPGで言えば主人公が仲間を集めて旅立つまでといったところです。いかにも典型的な展開ですが、キャラクターも立っていますし、直球勝負なので安心して読めるというところが良いです。
今後どう展開するかはわかりませんが、期待大です。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.11.25


精神寄生体 (ホラー)
(コリン・ウィルソン / 学研M文庫 2001)

コリン・ウィルスンの著書は、かなり読んでいます。
中2の時に「殺人の哲学」(角川文庫)を読んだのを皮切りに(どんな中学生だったんだ)、「宇宙ヴァンパイアー」(新潮文庫)とか「オカルト」(平河出版社;今は河出文庫から出てます)とか、「迷宮の神」(幻のサンリオ文庫)とか、クトゥルーものの「賢者の石」(創元推理文庫)とか「ロイガーの復活」(ハヤカワ文庫NV)とか、いろいろ。
でも、タイトルだけ知っていて、ずっと読めなかったのが、この「精神寄生体」でした。なかなか文庫に落ちて来なかったんだもん(笑)。
さて、ウィルスンがオーガスト・ダーレスの勧めで書いたというこの作品。
作品の体裁としては、ある意味ではクトゥルー作品の“お約束”で、謎の失踪を遂げた科学者の手記の形を取っています。時代は世紀末〜21世紀初頭。これが書かれた1966年から見れば近未来という設定ですね。ああ時代を感じる。
歴史学者オースティンは、自殺した友人ヴァイスマン博士の遺した論文を読み進むうちに、人間の心の内側に潜む“心癌”、現代オカルト的に言えば“サイコ・ヴァンパイア”のような存在が実在し、人類の近代史に影を落としているのを知ります。同じく友人の考古学者ライヒ博士と共に、トルコの古代遺跡を調査している時、常識では考えられない地下深くに岩の都市を発見したふたりは、これこそが太古から“精神寄生体”が連綿と存在を続けてきたことの証拠だと判断しますが、かれらは“精神寄生体”の精神攻撃に毎夜さらされるようになります。認識論的に精神力を強化することで対抗し、同志を集めて反撃に出るオースティンたち。全世界を巻き込んだ“精神寄生体”との戦いの結末は――。
というと、なんとなく壮大な戦争SFのようなイメージを思い描いてしまいますが、実際はかなり地味。哲学書としても読めます。意外ですが「幻魔大戦」に近いかも知れません(あれも物理的戦争というよりは、観念論的な心的戦いがメインでしたよね)。
たしかにラヴクラフトの(ダーレスの改悪版ではなく)クトゥルー神話体系に影響を受けてはいますが、この作品をクトゥルー神話の範疇に含めるのは無理があるような気がします。
もうひとつ不満な点は、翻訳された方がラヴクラフトやクトゥルー神話についての知識がないように思えること。ラヴクラフト作品の邦題やクトゥルー定番の地名などが正しくない・・・というか、定訳に即してないのです。「時のとどかぬ影」って?(「超時間の影」じゃないですか)「穴倉の中」って?(「死体安置所にて」でしょ?) 未知なる土地「カダト」って何よ?(「カダス」が定訳です) まあ「ツァトグァン」というのはご愛嬌にしても・・・。

オススメ度:☆☆☆

2004.11.27


メガロドン (冒険)
(スティーヴ・オルテン / 角川文庫 2001)

メガロドンというのは、中生代後期に海の帝王として生きていた巨大なサメです。全長15〜20メートル、鋭い歯の長さは20センチ近くにもなり、海棲の恐竜やクジラの先祖を餌にしていました。メガロドンの歯の化石は、世界各地で出土しているそうです。
主人公の海洋学者ジョナスは、メガロドンの研究に取り組んでいました。かつてマリアナ海溝を深海潜航艇で探査した際、メガロドンが出現したと思い込んだ彼はパニックを起こして潜航艇を急速浮上させ、同行の科学者2名を潜水病で死なせていたのです。それ以来、ジョナスの人生はうまくいかず、ジャーナリストの妻マギーは不倫していて離婚も秒読み段階でした。
さて、日本の海洋研究所がマリアナ海溝に設置した複数の無人探査機が送信を途絶し、ジョナスに調査協力の依頼が来ます。7年ぶりにマリアナの深海に赴いたジョナスが目にしたのは、全長15メートルの白く発光する巨大なサメの姿でした。
題材もプロットも「ジョーズ」に似ているため、さほどの目新しさはありません。解説で「画期的な作品」と絶賛していますが、それほどのことはない(笑)。ただ、中生代の怪物が現在まで深海で生き残っていたのに、なぜこれまで人の目につかなかったのかということと、それが初めて浅い海に浮かび上がってきた理由には科学的な裏づけがなされており、説得力があります。中盤は“お約束”の展開になります(メガロドンが原潜と戦って勝ってしまうというのは、ちと現実味に欠ける気が)が、ラストの巨大ザメを倒す手段にはびっくり(現実に可能かどうかはよくわかりません)。
ディズニーで映画化されたそうですが(日本で公開されたんでしょうか?)、あまり話題にはならなかったような。でも海洋パニック小説の定跡は押さえているので、けっこう楽しめます。

オススメ度:☆☆☆

2004.11.29


激闘ホープ・ネーション!(上・下) (SF)
(デイヴィッド・ファインタック / ハヤカワ文庫SF 1998)

ミリタリー宇宙SF“銀河の荒鷲シーフォート”のシリーズ第3作です。
前作
「チャレンジャーの死闘」で、満身創痍の戦艦<チャレンジャー>を心身共にズタボロになりながら、思いもかけぬ幸運(?)もあって、なんとか太陽系へ帰還させたシーフォート。
今回、シーフォートは補給任務で再び植民星ホープ・ネーションへ赴き、前回卑劣な手段で彼を放擲したトレメイン提督と対決し、決着をつけます。その際、負傷した肺を交換しなければならなくなるのですが、この処置が後に彼を悩ませることになります。
過度のストレスによる心理障害により艦隊乗務には不適格と診断されたシーフォートは、ホープ・ネーション地表での植民者との連絡業務および駐留する国連陸軍基地の運営査察を命じられますが、植民者の幹部連を訪問した帰途、爆破工作が行われ、士官のアレクセイは記憶喪失になってしまいます。どうやら植民者の間で独立革命を目指す地下活動が行われているようでした。
シーフォートは、前回の航天の途中で妻子を失った悲しみも癒え、ニューヨークのハーレム出身で<チャレンジャー>の船客だった少女アニーと結婚したものの、性的モラルがおおらかな環境で育ったアニーとの価値観の違いがふたりの間に危機をもたらします。
そんな中、異星生物“魚”の大群がホープ・ネーション星域に現れ、抗戦空しく宇宙軍艦隊は甚大な被害を受け、指揮官は重大な決断を下すことに――。
これ以上はネタバレになってしまうので書きませんが、今回も相変わらずシーフォートは、これでもかこれでもかというばかりの窮地に追い込まれていきます。半分は運命のいたずら、半分は自業自得という感じですが(^^;
ただ、いつも思うのですが、このシリーズは重いです。確かに訳者の野田大元帥がおっしゃっているように、面白いことは間違いないのですが、“痛快”とか“血湧き肉踊る”といったものではなく、同じミリタリーSFの“オナー・ハリントン”と比べて読後の爽快感がないのですよ。あくまでハリントンは“他人事”として素直に楽しめますが、シーフォートは“他人事”じゃないんですね。リアル過ぎるんです。彼の立場が、身につまされてしまうんです。組織の中でのリーダーのあり方とか、人間関係とか(笑)。ですから、鬱モードの時に読むと、ますます落ち込んでしまうという罠。
次回、舞台は太陽系に移るようです。

オススメ度:☆☆☆

2004.12.2


眼中の悪魔 (ミステリ)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2001)

山田風太郎さんといえば時代小説、とりわけ忍者小説の作家だと思っていたのですが(実は1冊も読んでない(^^;)、探偵小説・怪奇小説を初めとする現代小説もかなり書かれていたそうです。光文社文庫から「山田風太郎ミステリー傑作選」として全10巻が出ていますので、これから定期的に読んでいくことにします。
その第1巻目は本格ミステリ10編を収めたもの。
昭和20〜30年代前半にかけて書かれたもので、いずれも戦前の探偵小説の雰囲気を色濃く受け継いでいます。医学的なトリックあり、手紙や日記を作中に幾重にも挿入したメタフィクション的な叙述トリックあり、ホームズものを初めとする当時の英仏ミステリへのパスティーシュあり、いわゆる“奇妙な味”に分類されるような作風あり、バラエティに富んでいます。
中でも200ページのオムニバス長篇「誰にも出来る殺人」は、いわくありげな住人が集まるアパートの一室に残されたノートに書き綴られた代々の住人の記述を通じて、様々な動機と手段によるいくつもの殺人事件が描かれ、最終的に意外な(?)犯人と真相が暴かれるという凝ったつくりになっています。また、ヨーロッパを舞台にした「黄色い下宿人」と「司祭館の殺人」は、ラストで登場する意外な人物ににやりとさせられます。

<収録作品>「眼中の悪魔」、「虚像淫楽」、「厨子家の悪霊」、「笛を吹く犯罪」、「死者の呼び声」、「墓堀人」、「恋罪」、「黄色い下宿人」、「司祭館の殺人」、「誰にも出来る殺人」

オススメ度:☆☆☆

2004.12.5


霊名イザヤ (ミステリ)
(愛川 晶 / 角川文庫 2001)

裏表紙の紹介文には“ホラー・ミステリ”と銘打たれています。
深澤将人は宇都宮市内にある幼稚園の園長にして、そこそこ名を知られた童話作家。妻は病気で早世し、娘の沙貴と二人暮しです。父の幼稚園に務める沙貴は、ふと立ち寄ったコンビニで写真を現像に出した際、レジにいた若い女性店員に異様な視線を向けられます。相手が反応したのは父の名前にでした。折りしも県下では連続幼女誘拐殺人事件が起こっていました。
しばらく後、臨時職員を募集していた将人の幼稚園に応募してきた女性の名は小津江真奈世。沙貴が出会ったコンビニにいた女性でした。
幼稚園の事務室にあった“開かずの金庫”から発見された古ぼけた奇妙な文書。そこに記されていたのは、中世キリスト教の異端カタリ派の聖典とされている新約聖書外典「イザヤ昇天録」でした。そこには将人の母親の筆跡で「イザヤはマナセを殺すべし」という謎めいた文字が・・・。将人が幼い時に授かった洗礼名が“イザヤ”でした。接近してきた真奈世と“マナセ”の関係は? 将人を襲い始めた幻影と、掘り起こされた過去の記憶。「不思議の国のアリス」に秘められた謎とは――。
ということで、ホラーとしてもミステリとしても道具立ては十分。前半から周到に張り巡らされた伏線が次々と生んでいく二転三転のどんでん返しは見事なのですが、この作品、テイストがジョン・ソールなのですよ(^^;
それが作者の狙いだということは十分に理解できるのですが、このやりきれない読後感は、好みじゃありません(汗)。いや、面白いことは間違いないんですけど。

オススメ度:☆☆

2004.12.8


焦点メド・センター (SF)
(ハンス・クナイフェル&H・G・フランシス / ハヤカワ文庫SF 2004)

“ペリー・ローダン・シリーズ”の第306巻。
ローダン一行が並行宇宙から持ち帰ってしまった病気PADは、銀河全体に蔓延し、大問題になっていましたが、過去2年間に渡って人類と接触していなかった宇宙船からも患者が発生するに至って、その恐るべき正体が次第に明らかになっていきます。
しかも、後半のエピソードでは、無敵のハルト人までがPADの症状を呈し、ますます事態は混迷の度を増してきます。前回か前々回かに思わせぶりなシーンが出てきて、これはもしやと思っていたのですが、やっぱり予想通りの展開になってしまいましたね。
今回のラストでとんでもない決断を迫られたローダン、
次回でどんな回答をするのでしょう。待て次巻。

<収録作品と作者>「焦点メド・センター」(ハンス・クナイフェル)、「銀河の深淵」(H・G・フランシス)

オススメ度:☆☆☆

2004.12.8


奇跡島の不思議 (ミステリ)
(二階堂 黎人 / 角川文庫 2001)

孤島を舞台にした謎解き本格ミステリ。でも“二階堂蘭子”シリーズではありません。
東京の如月美術大学のサークル『ミューズ』のメンバー8人は、鹿島灘に浮かぶ孤島“奇跡島”へ赴きます。島には戦前に建てられた《白亜の館》と呼ばれる城館があり、奔放な女主人がお気に入りの男をはべらせて放埓な生活をしていましたが、彼女が変死(塔の天辺で首なし死体となって発見された)した後、数十年に渡って住む人もなく閉ざされていました。そこに収蔵された美術品の数々を鑑定し、目録を作るというのが、『ミューズ』の面々に与えられた仕事でした。
《白亜の館》を探索したメンバーの一部は、一室に飾られた昔の女主人の肖像画を目にして愕然とします。その女性は、かれらが共通して深い関わりを持っていたある人物と瓜二つだったのです。
それをきっかけに、ひとり、またひとりとメンバーの中から異様な死を遂げる者が現れます。首を切られて大皿に飾られる者、花園の池に浮かぶ死体・・・。外部と連絡する手段はなく(もともと島には電話も無線もない)、迎えの船が来るのは1週間後。疑心暗鬼にかられたメンバーは、次第に互いを疑い、緊張の度合いは増していきます。この島に、他にももうひとりの人物がいることはわかっているのですが・・・。(この人物の正体はラストで明かされます。予想通りの結果で「ああ、やっぱり」と満足)
外界と隔絶された孤島を舞台にした連続殺人ものと言えば、クリスティの例の作品をはじめ、
「孤島パズル」(有栖川有栖)がとてもよくできた作品ですが、本作も見立て殺人あり、登場人物のひとりの口を借りたミステリ談義あり、カー好みの不可能犯罪あり、過去の因縁あり、プロットもトリックもよく考えられていて、読み応え十分です。2番目の事件のアリバイトリックだけは、その場でわかりましたけど(^^; それ以外は五里霧中。作者の仕掛けに翻弄される快感が味わえます。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.12.11


学寮祭の夜 (ミステリ)
(ドロシー・L・セイヤーズ / 創元推理文庫 2001)

う〜ん、すごい。
これまでセイヤーズのピーター卿探偵譚は
「誰の死体?」「ナイン・テイラーズ」しか読んでいません(実は創元推理文庫版はすべて買い込んであって、順番待ちなのですが(^^;)。でもこの「学寮祭の夜」は、女史の最高傑作とされる「ナイン・テイラーズ」よりも上だと思えます。
女流ミステリ作家ハリエットは、久しぶりに母校オックスフォード大学シュローズベリ校(この学校名は架空だそうです)の学寮祭を訪れます。学寮祭とは、現代の大学祭のようにけたたましいお祭り騒ぎではありませんが、OGが一同に会して、同期生・先輩後輩・恩師を交えて旧交を暖めるという行事。ハリエットはここで、口にするのもはばかられるようなみだらな絵が描かれた紙切れを庭で拾い、さらに中傷の手紙が自分の学衣の裾に押し込まれているのを発見します。
不快な気分を押し殺してロンドンに帰ったハリエットですが、やがて学寮長から助けを求める手紙が届きます。誹謗中傷する匿名の怪文書が教師や学生の元に頻繁に届けられ、学内が大混乱に陥っている、知恵を貸してほしいというのです。
シュローズベリ校に赴き、ひそかに調査を始めたハリエットの前で、次々と起こる悪意のこもった悪戯。図書館が滅茶苦茶に荒らされたり、教会堂に縊死体を思わせる人形が下げられていたり――。女性だけの集団生活の中、互いが互いを疑い、疑心暗鬼が充満していきます。
ところでハリエットは「毒を食らわば」の主人公で、この事件を解決したピーター卿から結婚を申し込まれている女性。しかし、ハリエットは断り続けています。ピーター卿のことは、“嫌いではないがそんな気にはなれない”というレベルでしょうか。しかしついにハリエットはピーター卿に助けを求めます。
普通のミステリだと、ここまで雰囲気を盛り上げたら、中盤以降はおぞましい連続殺人が起こるという展開になるでしょうが、セイヤーズ女史は見事に予想を外してくれ、しかも素晴らしく小洒落た小説に仕上げてくれています。極上のミステリであると同時に、恋愛小説でもあり、何よりもまず、小説として抜群に面白いです。
なお、読まれるのであれば、「毒を食らわば」「死体をどうぞ」を先に読むべきかと思います(そうしていなかったのが、今さらながら悔しい!(^^;)

オススメ度:☆☆☆☆☆

2004.12.14


竜の挑戦(上・下) (SF)
(アン・マキャフリイ / ハヤカワ文庫SF 2001)

お久しぶりの『パーンの竜騎士』シリーズ、最新作です。
前作
「竜の反逆者」のラスト、南大陸の着陸場跡の遺跡から発見されたのは、スーパーコンピュータ《アイヴァス》でした。2500年前、惑星パーンに植民した人類によって設置された《アイヴァス》は後の大変動によって忘れ去られた後も、じっと再発見されるのを待ち続けていたのです。現在のパーンの住民の祖先たちが火山活動を避けるために北大陸に移住して25世紀の間、《アイヴァス》は自分に与えられた命題――パーンに周期的に災厄をもたらす、“赤ノ星”から飛来する糸胞生物を根絶すること――を忘れていませんでした。
これまでの本シリーズの集大成というべき今作では、過去のシリーズに登場した主なメンバーのほとんどが顔を揃えます。「竜の戦士」の主人公レサとフ−ラル、「竜の探索」で“赤ノ星”へ決死の跳躍を挑んだフ−ノル、「白い竜」で竜騎士存続の危機を救った白竜ルースとその騎士ジャクソムは大活躍しますし、「竜の歌い手」メノリに「竜の太鼓」のピイマア、ロビントン老師、各城砦の太守たちが、《アイヴァス》の知識がもたらすカルチャーショックを受けながらも、糸胞から永久にパーンを解放するという大目的のために力を結集し(もちろん守旧派との軋轢や陰謀と戦いながら)、必死に新技術を身に着けていく過程、後半の怒涛の展開と、シリーズの魅力が最大限に引き出されています。
《アイヴァス》の記録を通じてスクリーンに初代竜騎士ショーンとソルカが映し出されるなど、「竜の夜明け」で描かれた植民第一世代にも言及されます。特に静止軌道上の宇宙艦「ヨコハマ」のコックピットから、かつて自分の命と引き換えに植民地滅亡を救ったサラ・テルガーの遺体を回収する場面などは、涙なくしては読めません。
今回の主役ともいえるスーパーコンピュータ《アイヴァス》は思慮深く分別のある教師のように、先走りするパーンの人々を抑えながら着実に最終目的に導いていきます。ロビントン老師とのとぼけたやり取りなど、そこはかとないユーモアを漂わせ、AI(人工知能)のひとつの理想の姿とも言えそうです。その退場の仕方もどこかアシモフ作品を思わせる見事なものでした。
ところで、これ以降、本シリーズは邦訳が出ていません。もっと続きを!

※追記:2005年7月、続巻「竜とイルカたち」が出ました。

オススメ度:☆☆☆☆

2004.12.18


玩具館 (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2001)

テーマ別ホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第20巻。
今回のテーマは“おもちゃ”です。子供が遊ぶ玩具はもちろん、大人が大真面目でハマるホビーもあり、『おもちゃにする』という比喩的なイディオムあり、中には登場人物の名前がウォルフガングなんていうのも(笑)。
ただ、いつもに比べると感性が合わない作品が多かったのか、「これは!」というのと「なんだかなあ」という落差が激しかったような気がします。
「これは!」と思ったのは、オチはすぐに見当がつくのですが途中の描き込みが濃厚なためについのめりこんでしまう数学ホラー「フォア・フォーズの素数」(竹本 健治)、子供ならではの無邪気な恐ろしさがぞっとするラストの「猫座流星群」(皆川 博子)、ジグソーパズル(と、その購入手段)に潜む恐怖を描いた「来歴不明の古物を買うことへの警め」(雨宮 町子)、エキゾチック・人形ホラーの極致「象牙の愛人」(篠田 真由美)、西洋の妖精伝説が妖しく息づく「貯金箱」(北原 尚彦)、ノスタルジックな中の一瞬の恐怖「男の顔」(田中 文雄)、某ゲームをモチーフにしたノンストップ・スプラッター「怪魚知温」(飯野 文彦)、少子化の先にあるものを暗示して戦慄させる「綺麗な子」(小林 泰三)、怪奇・SF・スプラッター・オカルト趣味・意外な真相と更なるどんでん返しで満足させてくれる「救い主」(田中 啓文)、切なさが胸を打つ「オモチャ」(宮部 みゆき)と「のちの雛」(速瀬 れい)など・・・。こうしてみると、お気に入りはいっぱいあるじゃん(笑)。

<収録作品と作者>「お菊さん」(飛鳥部 勝則)、「猫座流星群」(皆川 博子)、「よくばり」(佐藤 哲也)、「弟」(加門 七海)、「チャチャの収穫」(青木 和)、「来歴不明の古物を買うことへの警め」(雨宮 町子)、「フォア・フォーズの素数」(竹本 健治)、「象牙の愛人」(篠田 真由美)、「男の顔」(田中 文雄)、「貯金箱」(北原 尚彦)、「喇叭」(朝暮 三文)、「ぼくのピエロ」(安土 萌)、「走馬燈、止まるまで」(久保田 弥代)、「怪魚知温」(飯野 文彦)、「タケオ」(太田 忠司)、「人形の家」(村田 基)、「愛されしもの」(井上 雅彦)、「綺麗な子」(小林 泰三)、「救い主」(田中 啓文)、「青い月に星を重ねて」(浦浜 圭一郎)、「未完成の怨み」(今野 敏)「瑠璃色のビー玉」(江坂 遊)、「オモチャ」(宮部 みゆき)、「女の館」(菊地 秀行)、「のちの雛」(速瀬 れい)

オススメ度:☆☆☆

2004.12.22


この人を見よ (SF)
(マイクル・ムアコック / ハヤカワ文庫SF 1994)

ムアコックといえば『エルリック・サーガ』をはじめヒロイック・ファンタジーの巨匠として知られていますが、ニューウェーヴ運動の旗手として本格SFも書いています。本作は、ムアコックのSFの代表作とされるもの。
主人公カール・グロガウアーはいじめられっ子として育ち、家庭的にも恵まれず、オカルト思想にかぶれた末にユング心理学に傾倒して精神科医を目指しますが、結局は挫折して、たまたま知り合った天才科学者が発明したタイム・マシンに乗り込み、イエス・キリストの生涯を探るために紀元28年のベツレヘムへ赴きます。
到着の衝撃でタイム・マシンは壊れ、けがをしたカールは荒野に暮らすエッセネ派の人々に助けられ、かれらの指導者である洗礼者ヨハネと知り合います。ヨハネは、カールのことを、ずっと昔から予言されていた人物ではないかと思っているようでした。
物語は、20世紀におけるカールの半生と、1世紀のカールの遍歴と変貌を並行して描きながら、淡々と、予想されたラスト(作者もそのことを隠そうとはしていません)に向かって進んでいきます。
キリスト教文化の読者にとってはショッキングな内容なのかも知れませんが、「ああ、やっぱりそういうことか」とあっさりと納得して終ってしまったような。

オススメ度:☆☆

2004.12.23


偽史冒険世界 (ノンフィクション)
(長山 靖生 / ちくま文庫 2001)

副題が「カルト本の100年」。
「トンデモ本の世界」とか唐沢俊一さんの著作とか、いわゆる“トンデモ本”とその周辺を紹介した本だと思って買ったのですが、微妙に違っていました。
もちろん、扱っているネタは義経=ジンギスカン説とか日ユ同祖論とか神代文字とか竹内文書と天津教とか南洋の理想郷とか、現在でも書店の片隅(つーかド真ん中で堂々と)売られているトンデモ本によく見られる内容なのですが、焦点を当てている時代は明治〜戦前という、日本が激動していた時代。そのようなトンデモ思想が政治や軍事に多大な影響を及ぼしていた時代背景(いや、現代でも某宗教団体のように、カルトの妄信を現実化しようという動きがないことはありません)や、それを唱導した人物たちの生い立ちや心理を詳細に分析した学術論文として書かれたものです。それだけにちょっと堅くて、荒俣さんや唐沢さん、山本宏さんの著作に比べると、ややとっつきにくい(笑)。
しかし、カルトに注がれる著者の目線は、『と学会』と同様、闇雲に否定するのではなく、温かな愛に満ちているのが感じられます。

オススメ度:☆☆☆

2004.12.24


浴槽の花嫁 (犯罪実話)
(牧 逸馬 / 現代教養文庫 1997)

今や絶版になってしまった、現代教養文庫版『世界怪奇実話』(全4巻)の第1巻です。高校時代に第3巻(「街を陰る死翼」)を読んだきり放置してあって、絶版になると知ってあわてて集めようとしたのですが、結局2巻と4巻は未入手のまま(先日、神保町の某古書店で見かけたら1冊1500円もしたので見送りました(^^;)。
内容としては、『怪奇』とは言ってもチャールズ・フォートだとかフランク・エドワーズの著作とは異なり、UMAだのUFOだのオカルトだの超自然ネタは少なく、犯罪実話が中心です。この巻でもタイトルとなっている「浴槽の花嫁」は結婚相手を次々に浴槽で事故に見せかけて溺死させたイギリスの連続殺人鬼G・J・スミスの話ですし、おなじみ“切り裂きジャック”ネタの「女肉を料理する男」、少年を次々に殺しては切り身やソーセージにして売っていた殺人肉屋、ドイツのフリッツ・ハールマンを扱った「肉屋に化けた人鬼」、第一次大戦で暗躍した女スパイ“マタ=ハリ”の記録「戦雲を駆ける女怪」の他、欧米を騒がせた誘拐事件や詐欺事件が並びます。
さて、この作品が雑誌「中央公論」に連載されたのは昭和4年〜8年にかけてですから、半世紀以上も昔のことです。だから今では伏字になってしまうような用語もぽんぽん出てきますが、それはまあ置いといて。とにかく事実関係をしっかり押さえて、構成もよく練られており、文章にリズムがあって面白いのです。まるで講談師の講釈を聞いているような感じで、最近似たような猟奇実話ものを量産している某二人組み女流作家さんなどには、爪の垢を煎じて飲ませたくなります。
扱われているネタがネタですから、万人にお勧めできるものではありませんが、この『世界怪奇実話』のエッセンスをお読みになりたい方は、光文社文庫から
「牧逸馬の世界怪奇実話」という本が島田荘司さんの編集で出ています。こちらなら簡単に手に入るかと。

<収録作品>「女肉を料理する男」、「チャアリイは何処にいる」、「都会の類人猿」、「ウンベルト夫人の財産」、「浴槽の花嫁」、「戦雲を駆る女怪」、「肉屋に化けた人鬼」、「海妖」

オススメ度:☆☆

2004.12.25


無月物語 (時代・ミステリ)
(久生 十蘭 / 現代教養文庫 1997)

先日の「浴槽の花嫁」に続き、今や絶版の現代教養文庫2冊目。いずれも新刊書店から消えてなくなるギリギリで確保したものです。
『異端作家三人傑作選』(各作家5巻ずつ)と銘打たれていたうち、小栗虫太郎は中学・高校時代に全部揃えてしまい、夢野久作は角川文庫版を揃えていたので無視、そして久生十蘭は「魔都」と「地底獣国」だけ買い込んで、残りは放ってありました。でも先日の
「昆虫図」と併せ、これで残り1冊になりました。「黄金遁走曲」、現在鋭意探索中〜。
さて、この「無月物語」は戦後、十蘭の晩年に近くなって書かれた時代小説を中心に編まれています。正直、時代小説は読み慣れていないので、こんなものかな〜という感じ。でも、歴史に名を残す大人物ではなく市井の浪人や弱小武士、おちぶれた貴族などを主人公として描いた諸作は味があります。最大の収穫は、戦前の短編探偵小説のベストテンに入ると言われる「湖畔」を初めて読めたこと。小学生の時からタイトルだけ知っていて読めなかったものです。箱根の芦ノ湖畔の別荘を舞台にした犯罪小説ですが、偶然と悪意の中で運命の皮肉に翻弄されていく人物像は凄絶です。

※追記:2005年夏、「黄金遁走曲」を入手しました〜♪

<収録作品>「遣米日記」、「犬」、「亜墨利加討」、「湖畔」、「無月物語」、「鈴木主水」、「玉取物語」、「うすゆき抄」、「無惨やな」、「奥の海」

オススメ度:☆☆

2004.12.28


マッカンドルー航宙記 (SF)
(チャールズ・シェフィールド / 創元SF文庫 2001)

科学者でハードSF作家のシェフィールドの作品を読むのは、学生時代に読んだ「星ぼしに架ける橋」(ハヤカワ文庫SF)以来です。実は「星ぼしに架ける橋」を読んだ時、いまひとつピンと来ませんでした。壮大な軌道エレベーターの建設と、主人公の出生の秘密(でしたっけ?)を巡るサスペンスというダブル・プロットも、ストーリーを不自然に無理しているイメージが感じられたのです。なので、微妙に敬遠していましたが、この「マッカンドルー航宙記」は面白いという話を聞いて、眉につばをつけつつ買ってみたというわけ。
しかし――これは面白いです!
主人公のマッカンドルー博士はニュートンやアインシュタインに匹敵する天才科学者。腕利きの女性宇宙船パイロット、ジーニーとコンビを組んで、自らが発明・発見した理論や技術を武器に、宇宙の謎や不思議に挑んでいく連作短編集です。各作品はそれぞれ独立したエピソードですが、背景ではつながっており、すべてをまとめると長篇としても読めます。
地球人類の1割に当たる10億人を殺したテロリストと対決する「キリング・ベクトル」、画期的な宇宙航法を発明したマッカンドルーが試験飛行中に行方不明となる「慣性モーメント」、はるか昔に地球を出発した恒星間世代宇宙船“方舟”を訪れる「真空の色彩」、オールト雲の内部に食糧危機解決の鍵を探る「<マナ>を求めて」、恒星間空間をさまよう惑星上での冒険を描く「放浪惑星」と、どれも最新の科学理論をベースにシェフィールドが想像力を羽ばたかせた良質のSFに仕上がっています。

<収録作品>「キリング・ベクトル」、「慣性モーメント」、「真空の色彩」、「<マナ>を求めて」、「放浪惑星」

オススメ度:☆☆☆☆

2004.12.29


青斑猫 (ミステリ)
(森下 雨村 / 春陽文庫 2001)

戦前の探偵小説が、ひそかに(え?)マイブームです。
この森下雨村という人は、かの有名な雑誌『新青年』の初代編集長だった人(ちなみに二代目編集長は横溝正史さん)。編集のかたわら、翻訳や創作もされていたとのことですが、これまで作品を入手することができず、この「青斑猫」が初読みです。
不良少年上がりの風来坊青年、内海は初対面の弁護士から生き別れの両親が会いたがっていると聞かされ、言われるがままに指定されたホテルに滞在します。電話のみの連絡で姿を現さない、叔父を名乗る人物から定期的に金が送られ、悠々自適の生活を続ける内海。しかし、ある晩、叔父の指示で車に乗り込むと、そこには若い女性の刺殺体が。殺人の嫌疑がかかるのを怖れた内海は、取るものもとりあえず逐電します。
殺されていたのは、アメリカ帰りの女流奇術師、西条鞠子が主催する劇団・白鳥座の女優でした。刑事の黒沢は、事件の経緯を報告に腕利きの元検事、清水老人の家を訪れますが、清水の息子・譲治は事件のことを聞いてなぜか青ざめるのでした。
警察は、白鳥座に出入りしていた菱原という伊達男を有力容疑者として捜索しますが、進展はなく、鞠子のパトロンで政財界の大立者・保科や内海の昔の不良仲間・お繁、譲治の婚約者・絹代らを巻き込んで、謎は謎を呼び、帝都の闇を跳梁する魔人、失踪に拉致に大捕物と、事件はこれでもかというくらいにめまぐるしい展開を見せます。
ある意味、非常に大時代的で通俗に徹しています。登場人物は、常識では考えられないような行動をして危地に陥ったり事件を混迷させますし、驚くべき偶然もてんこもり、現代では火曜サスペンスでさえ、こんなストーリーはやらないでしょう(笑)。
確かにミステリと言うよりは伝奇犯罪サスペンス。ただ、錯綜したプロットを破綻させずに、読者に立ち止まる余地を与えずぐいぐいと大団円まで引っ張っていく筆力は大したものです。
重厚な本格ミステリに飽きたら、こういうもので口直しをするのもいいかも知れません。

オススメ度:☆☆☆

2004.12.29


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