城 昌幸集 (怪奇・幻想)
(城 昌幸 / ちくま文庫 2001)
「岡本綺堂集」に続く、ちくま文庫版『怪奇探偵小説傑作選』の第4巻。事情により2巻と3巻は飛ばしています。
さて、こちらも「岡本綺堂集」と同様、怪奇・幻想の短編(というよりもシュートショート)がほとんどで、ミステリと呼べるものはほとんど収録されていません。それもそのはず、戦前(戦後しばらくも含めて)は、探偵小説と呼ばれるジャンルの中に怪奇幻想作品(あまつさえSFも)もすべて含まれて、そう呼ばれていたわけです。言い換えればジャンルとしての怪奇小説・幻想小説というものが確立されていなかったのですね。
さて、城昌幸という人は、戦前から戦後にかけて活躍し、詩人でなおかつ探偵小説専門誌「宝石」の編集長を務めた人。文庫本にして数ページ〜十ページ程度に収まる小品の名手で、作風もO・ヘンリ風の人情噺からダンセイニ卿のような幻想譚、サキやジョン・コリアのような毒の効いたいわゆる“奇妙な味”の作品、更には思弁小説的なものまで多岐に渡っています。風俗が描かれているものは古びた感じがするのは否めませんが、本質的には時代を超えた鮮烈な印象を受けるものも少なくありません。
ただ、好みはけっこう分かれるかも。
<収録作品>「艶隠者」、「その夜」、「ママゴト」、「古い長持」、「根の無い話」、「波の音」、「猟銃」、「その家」、「道化役」、「スタイリスト」、「幻想唐艸」、「絶壁」、「花結び」、「猟奇商人」、「白い糸杉」、「殺人婬楽」、「その暴風雨」、「怪奇製造人」、「都会の神秘」、「夜の街」、「死人の手紙」、「模型」、「老衰」、「人花」、「不思議」、「ヂャマイカ氏の実験」、「不可知論」、「中有の世界」、「脱走人に絡る話」、「シャンプオオル氏事件の顛末」、「秘密を売られる人々」、「妄想の囚虜」、「宝石」、「月光」、「晶杯」、「七夜譚」、「神ぞ知食す」、「此の二人」、「罪せられざる罪」、「吸血鬼」、「良心」、「宝石匣」、「恋の眼」、「宝物」、「七人目の異邦人」、「面白い話」、「夢見る」、「ハムレット」、「宿命」、「もう一つの裏」、「桃源」、「影の路」、「分身」、「実在」
オススメ度:☆☆☆
2004.9.12
999 ―狂犬の夏― (ホラー:アンソロジー)
(アル・サラントニオ:編 / 創元推理文庫 2000)
世紀末を記念して編纂されたオリジナル・ホラー・アンソロジー『999』の第3巻。
巻末に「エクソシスト」の作者W・P・ブラッティの長篇が収録されているあたり、編者サラントニオが「闇の展覧会」(カービー・マッコーリーが編纂したモダンホラー・アンソロジーの古典で、スティーヴン・キングの長篇「霧」が収録されています。ハヤカワ文庫NV既刊)を意識していることがうかがえます。
そのブラッティの作品「別天地館」は、古典的な幽霊屋敷ものにひとひねりを加えたもの。他に、キングの「スタンド・バイ・ミー」の南部版とも思える「狂犬の夏」(J・R・ランズデール)、読み終わると部屋の灯りを消すのが怖くなる「闇」(D・L・マッカーナン)、そしてジャック・フィニイの時間幻想譚を思わせる佳品「リハーサル」(T・F・モンテルオーニ)など。特に「リハーサル」は絶品です。
<収録作品と作者>「狂犬の夏」(ジョー・R・ランズデール)、「影と闇」(トマス・リゴッティ)、「ヘモファージ」(スティーヴン・スプライル)、「リハーサル」(トマス・F・モンテルオーニ)、「闇」(デニス・L・マッカーナン)、「別天地館」(ウィリアム・ピーター・ブラッティ)
オススメ度:☆☆☆☆
2004.9.18
不思議な猫たち (ホラー:アンソロジー)
(ジャック・ダン&ガードナー・ドゾワ:編 / 扶桑社ミステリー 1999)
猫に関するホラー&ファンタジーを集めたアンソロジー。「魔法の猫」の続刊です。
今回はちょいと範囲を広げたようで(純粋な猫もので面白いものがなかったとは思いたくないですが)、ジャガーやらトラやらクーガーやら豹やらも出てきます。まあ広義の猫科動物ではありますけど。
ただ何と言いますか、同じ猫科でも、家猫とトラとでは、その怖さの質が違うので(トラや豹はその場にいるだけで怖い生き物ですから)、猫好きとしてはやはり純粋な猫一本で通してほしかったとわがままを言ってみたり(^^;
ちなみに純粋猫ネタは8編、猫科猛獣ネタは4編です。
『シャム猫ココ』シリーズが人気のL・J・ブラウンの「マダム・フロイの罪」、相変わらず軽妙でスパイスが効いているアシモフの「かわいい子猫ちゃん」、毒の効いた皮肉が絶妙なジョン・コリアの「多言無用」、収録作品中でいちばん怖い「草の色、血の色」(R・V・ブランアム)など、気に入ったのはなぜか純粋猫ネタばかり。
猛獣ネタでは、以前にも読んでいた「ジャガー・ハンター」(L・シェパード)を再読して、ジャングルの熱気と湿気を生々しく伝えてくれる幻想味をあらためて思い知りました。シェパードの同名の短編集「ジャガー・ハンター」(新潮文庫)はなかなかのオススメです。
<収録作品と作者>「猫の創造性」(フリッツ・ライバー)、「つややかな猫たちのジグソー・パズルに見立てた人生」(マイクル・ビショップ)、「焔の虎」(タニス・リー)、「かわいい子猫ちゃん」(アイザック・アシモフ)、「猫と話した少年」(ウォード・ムーア)、「ジャガー・ハンター」(ルーシャス・シェパード)、「マダム・フロイの罪」(リリアン・J・ブラウン)、「硝子の檻」(パメラ・サージェント)、「メイのクーガー」(アーシュラ・K・ル・グィン)、「草の色、血の色」(R・V・ブランハム)、「多言無用」(ジョン・コリア)、「パスクァレ公の指環」(アヴラム・デイヴィッドスン)
オススメ度:☆☆☆
2004.9.21
吊された男 (怪奇・幻想:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 角川ホラー文庫 2001)
タロットをモチーフにしたテーマ別ホラー・アンソロジー『異形アンソロジー タロット・ボックス』の第3弾(でもって続きが出ていません(^^;)。
今回は大アルカナの12番目「吊された男」です。
そして、編者の井上さんもおっしゃっていますようにすっげえ悪趣味なアンソロジーに仕上がっています。要するに、平たく言って、早い話が、あからさまに言うと首吊りを主題にした怪奇短編を収録してあるわけ。よくもまあこれだけ集めたものです。
まあ、かの夏目漱石も「吾輩は猫である」の中で“首くくりの力学”などを論じていらっしゃるわけで、奥は深いのかも知れません(笑)。一口に言っても首吊りを大きく分けると、自殺・他殺・死刑に分類されます。このアンソロジーにはどれも満遍なく入っています。
古典といってもいいビアスの「アウル・クリーク鉄橋での出来事」、雰囲気は対照的ですが同じく古典の「蜘蛛」(エーヴェルス)をはじめ、ナンセンスだけど妙に納得できる(最初の1ページでオチがわかってしまいましたが)「絞首刑」(かんべむさし)、食事中に読んでいて一気に食欲が失せた「首吊り三味線」(式 貴士)、他にも岡本綺堂、横溝正史、内田百閧ネどなど巨匠の作品が目白押しです。
中でもインパクトが強烈だったのは唯一の漫画「首吊り気球」(伊藤潤二)です。ホラー漫画は読まないのですが(だって怖いから)、これはすごい。楳図・古賀の正統な後継者ですね、この人は。でも読まない、怖いから(^^;
<収録作品と作者>「アウル・クリーク鉄橋での出来事」(アンブローズ・ビアス)、「首吊り三味線」(式 貴士)、「百物語」(岡本 綺堂)、「首つり御門」(都筑 道夫)、「蜘蛛」(H・H・エーヴェルス)、「首吊り気球」(伊藤 潤二)、「ビー玉の夢」(ひかわ 玲子)、「梟林記」(内田 百閨j、「蜘蛛の糸」(戸川 昌子)、「絞首刑」(かんべ むさし)、「首吊り三代記」(横溝 正史)、「魔法の砂」(ロッド・サーリング)
オススメ度:☆☆☆
2004.10.6
海野十三集 (ミステリ)
(海野 十三 / ちくま文庫 2001)
「岡本綺堂集」、「城昌幸集」に続いて、ちくま文庫版『怪奇探偵小説傑作選』第5巻「海野十三集」です。
海野十三といえば、戦前に活躍した日本SFの先駆者としてよく知られていますが、本書は“怪奇探偵小説”という枠組みのため、純粋SFはあまり収録されていません。
しかし、謎解き探偵小説にしろ怪異を描いた恐怖譚にしろ、当時の科学知識(医学・化学・物理学など)が縦横に駆使され、あるいは中心テーマとなり、あるいは深みと彩りを与えています。これらの特徴は、戦前の探偵作家、木々高太郎、小酒井不木(このふたりとも本業は医師でしたね)、小栗虫太郎などにも見られますが、海野十三にはもっとも顕著だったとも言えるでしょう。
デビュー作「電気風呂の怪死事件」(タイトルだけでわくわくしますね)、透明人間もの「赤外線男」、人体消失トリックの「爬虫館事件」に「人間灰」、ショートショート連作集「蠅」、ジョン・コリアが大喜びしそうな「生きている腸」(唐沢なをきさんに、ぜひ漫画化してほしいかも)、医学と猟奇趣味が融合した「三人の双生児」など、『怪奇大作戦』のテイストが横溢した作品群です。
<収録作品>「電気風呂の怪死事件」、「階段」、「恐しき通夜」、「振動魔」、「爬虫館事件」、「赤外線男」、「点眼器殺人事件」、「俘囚」、「人間灰」、「顔」、「蠅」、「不思議なる空間断層」、「盲光線事件」、「生きている腸」、「三人の双生児」、「『三人の双生児』の故郷に帰る」、「盲光線事件(脚本)」(城 昌幸)
オススメ度:☆☆☆☆
2004.10.9
氷惑星の決闘 (SF)
(ウィリアム・フォルツ&クラーク・ダールトン / ハヤカワ文庫SF 2004)
“ペリー・ローダン・シリーズ”の第304巻です。
これだけ長大なシリーズになると、各作品のタイトルも払底してくるのではないかと気になりますが、今回の「氷惑星の決闘」は、初期の「燃える氷惑星」と「金星の決闘」のミックスという感じです。シチュエーションそのものも惑星ヘルゲイトでローダンとアトランが初対決したエピソードをなぞっていますし。まあ面白いからいいんですけど(笑)。
並行宇宙での冒険が当分は続くのではないかと予想していましたが、この巻の前半のエピソードであっさり解決してしまい、ローダン一行は元の宇宙へ戻ってきます。異変はただの小手調べだったのですね。後半から、また別の新たな異変がひたひたと太陽系帝国に迫ってきます。でもこのネタも、初期の「宇宙船タイタンSOS!」あたりで見たような気がするんですが(^^;
ともあれ、作者フォルツの勇み足(?)で事件の裏にひそむ存在が明らかにされ、今後の流れに期待したいところです。
<収録作品と作者>「氷惑星の決闘」(ウィリアム・フォルツ)、「PADを追って」(クラーク・ダールトン)
オススメ度:☆☆☆
2004.10.9
夢魔 (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2001)
テーマ別書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第19弾です。
タイトルからお分かりのように、今回のテーマは「夢」。
もちろんホラーですから「悪夢」や「夢魔」がメインとなっている作品が多いですが、未来への希望という意味での「夢」も含まれています。
ただ、他の巻(テーマ)と比べて特徴的なのは、「夢」をテーマにすると作者の内面とか夢に関する個性的なイメージとかが如実に顕れるためなのでしょうか、意味がわからない、肌が合わないという作品と、うんうん良くわかるという作品と大きく分かれました。しかも前者と後者の比率はだいたい半々。・・・ということは、自分は平均的な読者だということなのでしょうか(^^;
伏線からオチまでの構成があまりにも見事な小品「浮人形」(江坂 遊)、映画という夢に賭けた人々の熱い想いが感動を誘う「夢魔製造業者」(菊地 秀行)、現実の枷が外れた悪夢の典型的な展開を表現して見せてくれる「げろめさん」(田中 哲弥)、エロチックでしかも抜群に怖い「ゆびに・からめる」(深川 拓)、いかにもクライブ・バーカーが書きそうで、映像化されたら絶対に見たくない(笑)「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」(平山 夢明)、不条理な悪夢のようなこのアンソロジー世界の中でなぜかほっとできた(たぶん結末に論理的整合性があるからでしょう)「ナイトメア・ワールド」(村田 基)などが、好きな作品。
<収録作品と作者>「花林塔」(飯野 文彦)、「夢憑き」(霜島 ケイ)、「明日、見た夢」(新津 きよみ)、「十三番目の薔薇」(安土 萌)、「ドクター・レンフィールドの日記」(奥田 哲也)、「浮人形」(江坂 遊)、「夢はやぶれて(あるリストラの記録より)」(山田 正紀)、「げろめさん」(田中 哲弥)、「どっぺる・げんげる」(五代 ゆう)、「夢の目蓋」(浦浜 圭一郎)、「大鴉」(森 真沙子)、「妖霊星」(朝松 健)、「眠り姫」(藤掛 正邦)、「いかにして夢を見るか」(牧野 修)、「ナイトメア・ワールド」(村田 基)、「脳食い」(小林 泰三)、「笑顔で待つ人」(かんべ むさし)、「集団同一夢障害」(小中 千昭)、「ゆびに・からめる」(深川 拓)、「偽悪天使」(久美 沙織)、「片靴」(倉阪 鬼一郎)、「鞍」(井上 雅彦)、「魔」(竹河 聖)、「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」(平山 夢明)、「夢魔製造業者」(菊地 秀行)
オススメ度:☆☆☆
2004.10.22
九マイルは遠すぎる (ミステリ)
(ハリイ・ケメルマン / ハヤカワ・ミステリ文庫 1998)
ハリイ・ケメルマンのミステリと言えば、ユダヤ人のラビ、デイヴィッド・スモールがユダヤ社会で起こる殺人事件を解決するものですが(「金曜日ラビは寝坊した」とか)、この短編集「九マイルは通すぎる」の探偵役はラビではありません。読むまで知らなかった(汗)。
探偵役は大学教授のニコラス(ニッキイ)・ウェルト。友人の郡検事がワトスン役となって、自分が扱っている事件をニッキイに話すと、彼はその情報だけから推理して真相を言い当てるという、言ってみれば安楽椅子探偵ものに分類できるでしょう。
雰囲気もユーモラスで、ちょっとひねったウィットが随所に見られ、クリスティのポワロものやミス・マープルものの好きな人なら、この小品集も気に入ると思います。
<収録作品>「九マイルは遠すぎる」、「わらの男」、「10時の学者」、「エンド・プレイ」、「時計を二つ持つ男」、「おしゃべり湯沸かし」、「ありふれた事件」、「梯子の上の男」
オススメ度:☆☆☆
2004.10.22
バーサーカー 赤方偏移の仮面 (SF)
(フレッド・セイバーヘーゲン / ハヤカワ文庫SF 2001)
太古の昔、何者かによって作られ宇宙へ放たれた、あらゆる生命体を殺戮する本能だけを持った巨大機械“バーサーカー”と人類との戦いを描いたシリーズ、第2巻です。
とはいえ、原作の順番で言えば「皆殺し軍団」よりもこちらの方が書かれたのは先だそうです。「皆殺し軍団」では時間軸は広かったものの、一惑星上を舞台にしていました。それに対して「赤方偏移の仮面」は、宇宙の各地を舞台にした人類と“バーサーカー”との果てしない戦いを様々な側面から描いた連作短編集で、趣がかなり異なっています。
“バーサーカー”そのものも、今回はちゃんと人語を話してコミュニケーションをとって来るなど、同じ生命体殺戮種族(?)でも、G・ベンフォードの描く不可解な敵よりもかなり人間的(笑)です。
登場人物が微妙に共通で、時系列に沿って並んでいたり、まったく独立したエピソードがあったり、対“バーサーカー”の戦いばかりでなく人類内部の確執があったり、内容はバラエティに富んでいます。
特に「赤方偏移の仮面」というタイトルは、それだけで深いセンス・オブ・ワンダーを感じさせる絶妙な題だと思っていたのですが、なんとこれは、ポオの例の作品のもじりだったのですね。知りませんでした(^^;
<収録作品>「無思考ゲーム」、「グッドライフ」、「理解者」、「和平使節」、「宇宙の岩場」、「Tとわたしのしたこと」、「道化師」、「赤方偏移の仮面」、「狼のしるし」、「軍神マルスの神殿にて」、「深淵の顔」
オススメ度:☆☆☆
2004.10.25
“魔の四面体”の悪霊 (SF)
(竹本 健治 / ハルキ文庫 2000)
“魔の四面体”と書いて“テトラヘドロン”と読ませます。でも厳密に言うと、“テトラヘドロン(tetrahedron)”には“四面体”という意味しかありません(笑)。
さて、本書はSFアクション『パーミリオンのネコ』シリーズの4巻目で、今のところ唯一の短編集です。長篇3作と並行して雑誌に発表された短編を集めたもの。主人公の凄腕女性スナイパー“ネコ”と相棒のデータ処理の達人ノイズのコンビが活躍します。
“ネコ”の初登場作「青い血の海で」、宇宙の魔の宙域で出没するという幽霊の謎を解く「“魔の四面体”の悪霊」、ジャングル惑星で軍事独裁者と対決する「夜は深い緑」、たったひとりで惑星で暮らす少年と“ネコ”との触れ合いをリリカルに描いた「銀の砂時計が止まるまで」など、秀作揃いです。
なお、本シリーズは現時点で続篇は出ていません。残念。
<収録作品>「青い血の海へ」、「“魔の四面体”の悪霊」、「夜は深い緑」、「スナイピング・ジャック・フラッシュ」、「銀の砂時計が止まるまで」、「死の色はコバルト・ブルー」
オススメ度:☆☆☆
2004.10.28