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イクシーの書庫・過去ログ(2005年1月〜2月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


炎都 (ホラー)
(柴田 よしき / 徳間文庫 2000)

古都・京都を舞台にした本格伝奇パニックホラーです。
地質調査会社に勤める香流は、女だてらに作業服とヘルメット姿で現場を駆け回るガテンなキャリア・ウーマン。彼女は京都の地下水位が異常に低下し、井戸が次々に枯れはじめていることに気付きます。同時に、京都各所で体液を抜き取られ干からびた人間の死体が発見されます。ふとしたことから出会った花屋の若主人、真行寺君之に心引かれる香流ですが、京都は大地震に襲われ、交通網が寸断されて陸の孤島となってしまいます。まるで、なにか邪悪な意思が働いているかのように・・・。
この異変の陰には、平安時代、一条天皇に寵愛されながら、藤原道長の命を受けた安倍清明に呪殺された妖姫、花紅姫がいました。超古代に外宇宙から飛来した火妖族の花紅姫は死ぬことなく、次元の狭間で時を過ごし、今よみがえったのです。清明が封じた魔除けの結界も破られ、妖怪が京都に跳梁を始めます。古都を舞台に、妖怪大戦争が始まろうとしていました。
――と、時空の彼方から来た妖怪が人類を襲い混沌を招来するというネタになると、「魔界水滸伝」という化け物があるので、なかなか真っ向から描くことができないのではないかと思うのですが、柴田さんは見事に描ききっています。しかも楽しんで(笑)。イメージとしては、まんま「孔雀王」ですね。燃える展開も十分ですし。
結末で、いったんは事態は収拾するのですが、これで収まるわけもなく、さらにスケールアップした続篇「禍都」「遙都」へと続きます。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.1.3


十三角関係(ミステリ)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2001)

「山田風太郎ミステリー傑作選」の第2巻。今巻は『名探偵篇』です。
異色探偵・荊木歓喜を主人公とした短篇8つと長篇「十三角関係」が収録されています。
時代は戦後すぐ。荊木歓喜は満州からの引揚者で、医者ですが、大兵肥満の飲んだくれ、新宿御苑の裏手にあるボロアパート“チンプン館”に住んでおり、パンパン(死語)相手に開業しています。ところが、歓喜先生、ヤクザの親分にも一目置かれ、不思議な探偵の才能があるため警察にも覚えがいいという不思議なお方。
戦後の動乱期という時代設定のため(実際に書かれたのも昭和20〜30年代)、ドヤ街や遊郭が舞台となっており、登場人物も遊女やポン中(これも死語)が多く、当時のリアリティあふれる風俗小説にもなっています。
怪奇味とエロティシズムも同居し、語りのうまさと併せて、非常に味のある作品群に仕上がっています。

<収録作品>「チンプン館の殺人」、「抱擁殺人」、「西条家の通り魔」、「女狩」、「お女郎村」、「怪盗七面相」、「落日殺人事件」、「帰去来殺人事件」、「十三角関係」

オススメ度:☆☆☆

2005.1.3


黒蝶 (ホラー)
(グレアム・マスタートン / ハヤカワ文庫NV 2001)

映画にもなった「マニトウ」でデビューしたグレアム・マスタートンのホラー。
主人公ボニーは、変死体が発見された現場の清掃業者。失業中の夫と高校生の息子を食べさせるために化粧品セールスをしながら、警察に呼び出されると、血のりや体液がこびりついた部屋へ駆けつけて洗浄液でごしごしこすり落とす日々を過ごしています。
ある日、父親が3人の子供を撃ち殺して自殺した家を清掃していた時、ボニーは見たことのない蝶の蛹が現場に落ちているのに気付きます。次の現場でも、鉢植えの葉を食い尽くすイモ虫の群れが――。知り合いの昆虫学者に見せたところ、それは中米原産で、アステカの神話では悪の女神の化身とされている蝶でした。女神は蝶に化けて平和な家庭に入り込み、もっとも愛している家族を殺すように仕向けるというのです。
ボニーの家庭にも波風が立ち始め、そして――。
蛾や蝶が怪異をもたらすというホラー作品はけっこうありますが、これは正攻法で怪異を盛り上げ、クライマックスの恐怖につなげています。短いのでさくさく読めますが、食事中に読んではいけません(笑)。

オススメ度:☆☆

2005.1.5


竜王戴冠5 ―勇者ビルギッテ― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2001)

大河ファンタジー『時の車輪』の第5シリーズ第5巻です。
冒頭、アル=ソアとアイール人女性のアビエンダは、ちょっとしたきっかけから抜き差しならないことになりますが(謎)、とりあえずその件はそこまで(笑)。この巻のメインを張るのは、前々巻で旅芸人の一座に身をひそめたナイニーヴやエレイン王女の一行です。
“夢の世界”で、過去に何度も転生しては闇王の勢力と闘い続けてきた女勇者ビルギッテ(現世に転生するのを待っている)と出会い、何度も情報交換をしていたナイニーヴですが、闇セダーイの会合場所に深入りしたせいで発見されてしまいます。ビルギッテの身を挺した活躍でなんとか脱出するものの、とんでもないことに――。
いつもと違って、あちらこちらへ舞台が飛ぶことがないので、じっくり読めます。芸人一座でそれぞれ芸を演じなければならなくなる女性たち各人の反応が実に面白く、ついつい観客のひとりとなって、描かれていない場面まで想像してしまったり(笑)。
そういえば、ペリンやトゥー・リバーズはどうなってるんだろう?

オススメ度:☆☆☆

2005.1.5


魔道士の掟2 ―魔法の地へ― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2001)

『真実の剣』シリーズの第2巻。
前巻で、生まれ育ったウエストランドが邪悪な魔法使いダークン・ラールに狙われていることを知ったリチャード(彼の父親もダークン・ラールに殺されています)は、ミッドランドからやって来た聴罪師カーランに導かれ、魔道士ゼッド、友人で森番のチェイスと共に、危険極まりない旅に出発しました。
魔法によって作られた<境>を抜ける秘密の通路へ向かう途中、一行は闇の生物に襲われ、ゼッドとチェイスが深手を負います。リチャードとカーランは、事前にチェイスが指示していた、<境>のすぐそばに住む老女エイディ(これがまた、一癖も二癖もあるばあ様で、いい味出してます(^^;)の元を訪れ、いろいろあった末に、ふたりきりでミッドランドへ向かうことになります。
一方、はるか東の地ダーラを根城とするダークン・ラールの全貌が初めて明らかにされます。これまでカーランやゼッドの話で間接的に述べられていただけですが、ダークン・ラールが使う黒魔術は、まさにおぞましく狡猾で、人の心をもてあそぶ不気味なものです。まあこれぞ悪役敵役にふさわしいという感じです(^^;
途中でリチャードらが立ち寄る宿屋の主人と息子もいい味を出していますし、このようなチョイ役でもしっかり見せ場が与えられているところに、非常な好感を覚えます。このあたりが、『時の車輪』シリーズよりもこちらに魅力を感じる理由なのかも知れません。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.1.5


絶の島事件 (ホラー)
(荒俣 宏 / 角川ホラー文庫 2001)

風水師・黒田龍人が怪異と謎を解くホラーシリーズ『シム・フースイ』の第5巻。
全国を飛び回る本シリーズですが、今回の舞台は鳥羽。真珠貝の養殖で有名なこの町の沖に、400年前に地震で沈んでしまったという“鯛の島”、変じて“絶の島”と呼ばれる島があるという伝説がありました。そこには戦国時代に活躍した九鬼水軍の財宝が埋もれているとも言われています。
町おこしのために、風水を用いて島の在処を探してほしいと頼まれた黒田は、現地に到着するなり、海底から引き上げられた秘宝が盗まれており、海にはトモカツギと呼ばれる魔物が出没していることを知ります。黒田を招待した市の学芸員に盗難事件の容疑がかかり、“絶の島”のすぐそばにあるという神島には、目崎博士という怪しげな地質学者が滞在していました。
目崎と一緒に水中に潜った黒田は、海底に刻まれた巨大なドーマンセーマンの呪符を発見します。九鬼文書に隠された秘宝の謎とは――。
古史古伝(いわゆる正史として認められない異端古代史書)の中でもかなりメジャーな九鬼文書と神代文字を扱い、江戸川乱歩が撮影したというフィルム(これはどうも実在するらしい)をからめて、これまでのシリーズではもっともコクがある話に仕上がっています。今回は黒田の相棒ミヅチも、それほどひどい目に遭わないですし(笑)。また、目崎博士というキャラは明らかに乱歩の目羅博士を意識したものでしょう(ネタも見事にかぶってますし・・・というか、わざとかぶらせたのでしょう)。

オススメ度:☆☆☆

2005.1.6


禍都 (ホラー)
(柴田 よしき / 徳間文庫 2001)

「炎都」の続篇です。ボリュームもスケールも倍増しています。
妖怪の復活で京都が混乱と混沌の坩堝に叩き込まれた「炎都」の事件から10ヶ月。京都には復興の槌音が響いていますが、あの事件を調査した政府の危機管理委員会は妖怪の存在を否定し(あらゆるビデオや写真には、妖怪の一体たりとも写ってはいなかったのです)、正体不明のテロリストが幻覚剤を散布したために生じた集団幻覚だと結論付けようとしていました。
ヒロイン・木梨香流と勤務先の洛北開発のメンバーらは仕事に戻り、忙しい日々を過ごしていましたが、とある現場で地下に埋まっている直径3メートルほどの球体を発見します。香流は正体を慎重に探るよう進言しますが、施主は強引に爆破し、球体は黄金の粉末となって四散します。それは、太古の南方種族が“ビシマ”と呼んでいた、空飛ぶ最終兵器に関わるものでした。
一方、マリアナ諸島のサイパン島では、ジャングルの洞窟から奇妙な文字が記された布が発見されます。サイパン在住の旅行社のスタッフ・安川は、画像データを旧友の十文字雄斗に送って調査を依頼しますが、なんとその文字は「炎都」で鍵を握っていた“アルルの謎文字”であることが判明、しかもそこに記されていたのは「桃太郎」の物語でした。
丹後町の海岸に漂着した記憶喪失の男、浦島太郎(仮名)は穏やかな物腰の影で怪しげな暗躍を開始し、刑事の村雨(源頼光の子孫)の注意を引き、生まれ変わったゲッコー族の珠星は十文字と知り合います。そして、珠星の口から明かされるゲッコー族の種族記憶は、太古に宇宙の彼方から飛来した“黒き神々”と人類との関わりを解き明かすのでした。
伝奇的要素とモダンホラーのジャンルミックス精神が融合し、読み始めたら止められないスリリングな物語が展開されます。父親に似合わぬミーハーギャルみたいな珠星(ヤモリの癖に妖艶な美女に変身したりします)、パソ通でメールを楽しむ天狗の三善坊など、人間以上に人間的でユーモラスなキャラクターが、人類の存亡を賭けたパニック小説にも関わらず、殺伐とせずにどこかほのぼのとした雰囲気を与えているのも吉。
時空の彼方に連れ去られた真行寺君之と香流の恋の行く末は持ち越しとなり、さらに続巻「遙都」へとスケールアップして続くことになります。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.1.10


マークス惑星応答なし (SF)
(クルト・マール&ウィリアム・フォルツ / ハヤカワ文庫SF 2005)

ペリー・ローダン・シリーズの、ええと・・・307巻です。
相変わらず、銀河はPADウイルスのために混迷しています。
前半のエピソードでは、新アルコン人の惑星でウイルスへの対抗手段が発見されたとの情報で、アトランが現地へ向かいますが、情報をもたらした月面の超巨大脳ネーサン(生体ポジトロニクス部分があるため、理論的には生物と同じように病気になる)が感染していたのではないかという疑惑が起こり・・・。
後半は、銀河でのマークス(アンドロメダ星雲を支配するメタン呼吸種族)の外交拠点が連絡を断ったため、調査に赴く太陽系元帥ジュリアン・ティフラーのコマンドが描かれます。ティフラーが実戦で活躍する姿を見るのは久しぶりだったので嬉しいです。
ところで、前半のエピソードの「ネーサン暴走」という身も蓋もないネーミングはなんとかならなかったのでしょうか(汗)。原題もそうなのかと思ったら、“GEIBEL DER MENSCHHEIT”ですから、直訳すれば「人類の災厄」? まあこっちも冴えてるとは言いがたいですな、う〜む(^^; 編集部の皆さん、がんばってください〜(←無責任)。

<収録作品と作者>「ネーサン暴走」(クルト・マール)、「マークス惑星応答なし」(ウィリアム・フォルツ)

オススメ度:☆☆☆

2005.1.10


鉄鼠の檻 (ミステリ)
(京極 夏彦 / 講談社文庫 2001)

「姑獲鳥の夏」に始まる京極堂シリーズ第4作。ボリュームも今まで以上です。
4日間かけて、1日ほぼ350ページのペースで読み進めましたが、リミッターを解除(笑)すれば、たぶん一昼夜ぶっ通しで読んでしまったかも知れません。
とにかく、読み終わってしばらくの間、トリップして忘我の境にあったというのは久しぶりの体験です。京極堂の言い草ではないですけど、きっと脳内では多量の麻薬物質が産生されていたに違いありません(笑)。
今回の事件の舞台は箱根。冒頭、盲目の按摩が夜の山道で死体(らしきもの)につまずき、「拙僧が殺めた」という雲水(らしき人物)の言葉を聞くという面妖な場面が提示され、続いて鄙びた温泉宿に逗留する古物商・今川(榎木津探偵の軍隊時代の部下という奇縁)と引退した老医師・久遠寺(なんと「姑獲鳥の夏」の舞台となった医院の院長)のところへ、その山奥にあるという禅寺を取材する予定の中善寺敦子(京極堂の妹)と事件記者の鳥口が訪れます。その眼前で、足跡ひとつない雪の庭に忽然と出現した僧の他殺死体。しかもその僧は今川が会う約束をしていた人物でした。
同じ頃、箱根の地中に埋もれているのが発見された蔵の中身――大量の古書仏典の鑑定を依頼された京極堂は、作家の関口を伴って現地へ。
僧侶殺害事件の捜査に駆けつけた神奈川県警の山下警部補が異常な事件に錯乱(笑)する中、古刹・明慧寺では次々と僧侶が殺害されていきます。しかもこの明慧寺という寺、歴史的には非常に古いと思われるのに、どこにも記録が存在していないという謎の寺でした。
明慧寺を取り巻く謎と、13年前の地元の資産家殺害放火事件、山中に出没する振袖を着た少女の幽霊(?)との関係は――?
禅寺が舞台だけあって、京極堂が作中で語る禅宗の歴史・習俗もとても分かりやすくなおかつ興味深く、最高の知的興奮を味わうことができ、至福の時を過ごせました。
ただ、できれば「姑獲鳥の夏」を先に読んでおいた方がいいと思います。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2005.1.14


恐怖城 (ミステリ)
(佐左木 俊郎 / 春陽文庫 1995)

マイブームの戦前探偵小説シリーズ。でも、この佐左木俊郎という作家の名前は知りませんでした。解説によると、戦前の“農民文学”(こんな文学ジャンルがあったとは)の中心的人物で、後に探偵小説も書くようになったが32歳で早世したとのこと。
確かに、作品を読むと、地主と小作人、工場主と職工などの階級的対立を背景にした怨嗟・怨恨などから起きる犯罪を描いたものが多いです。本書のタイトルになっている長篇「恐怖城」にしても、北海道の開拓牧場を舞台に地主と小作人の対立、地主の娘とブルジョワの婚約者、小作人の若者との間の三角関係をからめての犯罪サスペンスでした。タイトルから連想される、おどろおどろしい猟奇的な事件を想像して読むと、肩すかしをくらいます。
他に短篇5編が収録されていますが、どれもフーダニットの本格ミステリではなく、時代背景や人物描写を中心とした犯罪心理もの。ただ、現代の洗練された同ジャンルの小説に比べると、粗が目立つのはやむを得ないことなのかも知れません。

<収録作品>「恐怖城」、「街頭の偽映鏡」、「錯覚の拷問室」、「猟奇の街」、「或る嬰児殺しの動機」、「仮装観桜会」

オススメ度:☆☆

2005.1.15


ミクロの決死圏 (SF)
(アイザック・アシモフ / ハヤカワ文庫SF 1997)

映画「ミクロの決死圏」をテレビで見たのは、たしか小学校の高学年の時でした。寝る時間が来たにも関わらず、夢中で見ていた記憶があります。血液中で抗体がラクェル・ウェルチ(いいスタイルしてましたな(^^;)扮するヒロインに襲い掛かる場面とか、ラストで生還したメンバーが見る見る元の大きさに戻っていく場面とか、今も覚えています。
そのノヴェライゼーションが、アシモフが書いたこれ。見事に映画のストーリーに忠実に、サスペンスあふれる作品に仕上がっています。ただ、いろいろと執筆に制約があったことを不満に思ったアシモフが、同様の題材で再度書き下ろした作品が
「ミクロの決死圏2 目的地は脳」です。
東側(冷戦終結後は、この言葉も死語となってしまいましたね)から亡命してきた優秀な科学者が、暗殺されかけます。命は取り留めたものの脳出血を引き起こし、脳内の血腫を取り除かない限り、意識を取り戻せない状態に。しかも、血腫は外科手術では摘出不可能な場所にありました。
アメリカ政府は、開発途上のミクロ化装置を使って脳外科医を中心としたクルーを潜航艇ごとミクロ化し、科学者の動脈に送り込んで体内から脳内に達し、血腫をレーザーで焼ききることを決断します。タイムリミットは60分。それ以上の時間がかかるとミクロ化効果が切れ、クルーは元の大きさに戻ってしまい、必然的に患者を殺すことになってしまいます。
メンバーは5人。しかし、計画を妨害するテロリストかスパイがメンバーに混じっている可能性も指摘されています。CIA(?)エージェントのチャールズは計画を成功させるため、メンバーに潜んでいるスパイを探し出そうとしますが、全員が怪しくも見えます。
そうこうするうちに体内へ入り込んだメンバーですが、思いもよらなかった事態に次々と遭遇、それでも創意と工夫で状況を打開していく姿は、まさにアシモフ的(笑)。
最後まで、息をつかせず読み終えてしまいます。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.1.16


天空の遺産 (SF)
(ロイス・マクマスター・ビジョルド / 創元SF文庫 2001)

“マイルズ”シリーズ、久々の登場です。
直近の2作ではマイルズ自身は登場しなかったので(
「名誉のかけら」では影も形もなく(笑)、「バラヤー内乱」ではコーデリア母さんのお腹の中で災難に遭う)、バラヤー帝国軍中尉にして機密保安庁のエージェント、なおかつディンダリイ傭兵艦隊の指揮官でもあるマイルズの活躍を味わえるのは本当に久しぶりです。
今回の「天空の遺産」は、時代的には「ヴォル・ゲーム」の2年後。
敵対するセタガンダ帝国の皇太后が死去し、マイルズと従兄弟のイワンはバラヤーの外交使節として葬儀に列席するためにエータ・セタ星系を訪れます。強大なセタガンダ帝国はかつてバラヤーを侵略したことがあり、今は互いにスパイを送り込んで腹の探り合いをしているという、いわば冷戦状態です。
星系に到着したとたん、マイルズとイワンの乗った連絡艇は間違った発着ドックに誘導され、いきなり武器を持った老人が飛び込んできます。撃退したものの、マイルズは老人が残していった妙な棒に興味を抱き、イワンを説得してこの事件を当局やバラヤー大使館に秘密にしておきます。よせばいいのに・・・と思いますが、こうでなくては物語が進みません。好奇心は猫を殺すということわざの通り、さっそくパーティに出席したマイルズは罠にかけられて殺されかかり、皇太后の葬儀の初日(葬儀は9日間にわたって行われます)には、例の老人が祭壇の真ん中でのどをかき切られた死体となって発見される騒ぎに。
そんな中、マイルズはセタガンダの支配階級であるホート貴族の女性から接触を受け、彼が老人から手に入れた棒が、セタガンダ帝国を支配する鍵を握る遺伝子情報のグレートキーであることを知ります。ホート貴族女性ライアンに一目惚れ(笑)したマイルズは、自らの身の証を立て、バラヤーがセタガンダ内政を巡る陰謀のとばっちりを受けないようにするためにも、(例によって)独自の行動を開始します。
事件をめぐるハラハラドキドキのサスペンスももちろんですが、もうひとつ興味深いのは、今回初めて明らかにされたセタガンダ帝国の社会構造でしょう。作者ビジョルドは日本の平安時代をモデルにしてセタガンダ社会を創造したのだそうです。遺伝子操作を繰り返し、特殊化したホート貴族、外部からは見えないバブルフロートに乗って移動する後宮の女官たち、支配階級であるホート貴族と軍事階級ゲム貴族との関係など、エキゾチックな<天空庭園>を舞台にしたマイルズの冒険の顛末は――。
おなじみのメンバー、マイルズの両親やボサリ父娘、機密保安庁長官イリヤンなどは登場しませんが、これまでいささか影が薄かった幼馴染のイワンがいい味を出しています。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.1.19


夜よりほかに聴くものもなし (ミステリ)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2001)

「山田風太郎ミステリー傑作選」の第3巻です。「サスペンス篇」と銘打たれています。
タイトルにもなっている「夜よりほかに聴くものもなし」は10編からなる連作集で、人情味のある老刑事・八坂を主人公に、様々な事情を持つ犯人と被害者の人間模様が描かれています。雰囲気は「特捜最前線」。すべてが八坂刑事の様々な思いがこもった同じセリフで締めくくられるのも秀逸です。他の収録作も、偶然の積み重ねによって犯罪に巻き込まれていく運命の皮肉あり、勧善懲悪などまったく無視した後味の悪い作品あり、現代なら心理ホラーにでも分類できそうな不気味な展開あり、どれも山田さんの話術に引き込まれて読まされてしまいます。それにしても、みな火曜サスペンスのネタになりそうな話ばかりですね。

<収録作品>「鬼さんこちら」、「目撃者」、「跫音」、「とんずら」、「飛ばない風船」、「知らない顔」、「不死鳥」、「ノイローゼ」、「吹雪心中」、「環」、「寝台物語」、「夜よりほかに聴くものもなし」(「証言」、「精神安定剤」、「法の番人」、「必要悪」、「無関係」、「黒幕」、「一枚の木の葉」、「ある組織」、「敵討ち」、「安楽死」)

オススメ度:☆☆☆

2005.1.20


ノディエ幻想短篇集 (幻想)
(シャルル・ノディエ / 岩波文庫 1999)

ええと、岩波文庫は総合文庫の中で、いちばん読んでいないです(^^;
ずっとお堅い文庫というイメージが強くて、通俗指向の自分には縁がないと思っていましたが、古典幻想小説を読もうとすると、実は岩波はなかなか捨てがたいことに最近気付きました。特にメリメとかホフマンとか、独仏系ですね。現代教養文庫が撤退してしまった今、レア度は増しています。
そんなわけで、19世紀フランス幻想文学の先駆者シャルル・ノディエ。中学時代、創元推理文庫版「怪奇小説傑作集4 フランス編」に収録された「ギスモンド城の幽霊」を読んだことがあり、名前は知っていました。で、見かけたので買ってみたという次第。6つの短篇が収められています。
ストーリーはあって無きがごとしで、ただ夢魔のような神秘的で隠微なイメージの奔流に浸りたい「スマラ(夜の霊)」、ケルト妖精伝説の正統な流れを汲み、家付き妖精と若い主婦の恋と悲劇を描いた「トリルビー」、古典的なゴシック趣味が横溢する「死人の谷」、逆に古い幻想を排し近代的オカルトの視点で描く「青靴下のジャン=フランソワ」など。

<収録作品>「夜の一時の幻」、「スマラ(夜の霊)」、「トリルビー」、「青靴下のジャック=フランソワ」、「死人の谷」、「ベアトリックス尼伝説」

オススメ度:☆☆☆

2005.1.22


清風荘事件 (ミステリ)
(松本 泰 / 春陽文庫 1995)

戦前探偵小説シリーズその3(いや実際にはこの春陽文庫シリーズは、ずっと前に小酒井不木「大雷雨夜の殺人」を読んでいるので、厳密にはその4)。
先日の佐左木俊郎に続き、この松本泰という人も、名前は知りませんでした。解説によると、江戸川乱歩よりも前から探偵小説を書いていた人で、英国留学経験を生かした都会的な作品が多いとか。
タイトルともなっている「清風荘事件」をはじめ、全部で9編の短編が収められています。
確かに土俗的ないかにも日本的な要素は少なく、モダンで洋風な大正〜昭和初期の横浜や東京を舞台にした、ホームズものを思わせる洒落た雰囲気の作品が並びます。特定の探偵役はおらず、謎解きミステリというよりはサスペンスロマンに近いかもしれません。そういえばホームズものだって、特に初期には純粋なフーダニットとは言えない、このような雰囲気の作品も多かったように思います。
複雑なプロットをそつなくまとめあげた「清風荘事件」(余談ですが綾辻行人さんの長篇「鳴風荘事件」のタイトルは、これを意識しているのでしょうか?)、いかにも大正浪漫活劇の「男爵夫人の貞操」、もっともボリュームのある本格もの「毒杯」など。

<収録作品>「清風荘事件」、「男爵夫人の貞操」、「毒杯」、「翠館事件」、「赤行嚢の謎」、「一羽堕ちた雁」、「暴風雨に終わった一日」、「宝石の序曲」、「謎の街」

オススメ度:☆☆☆

2005.1.23


ジョナサンと宇宙クジラ (SF)
(ロバート・F・ヤング / ハヤカワ文庫SF 2001)

ずっと前から噂は聞いていたのにこれまで読んでいなかったヤングの作品集。おそらく1冊の本として刊行されているのは、日本でこれ1冊だけではないかと思います。
ほとんどの作品に共通するのは、恥ずかしいくらいに臆面なく歌い上げられる愛と思いやりの素晴らしさです。キリスト教的な押し付けがましさも、つい斜にながめたくなるような偽善の香りもない、涙が出るくらい切なく純粋な優しさ、心の温かさ。SF的(一部、SFから突然ファンタジーに展開する話もあり)な設定の中に散りばめられた、宝石のようなエピソードの数々。
ジャック・フィニイのファンタジーとアシモフのロボットものを融合させたようなノスタルジックなラストがたまらなく切ない「九月は三十日あった」、これもフィニイ風の小品「魔法の窓」、小惑星を丸呑みしてしまう巨大宇宙生物“宇宙クジラ”に飲み込まれたパイロットのジョナサンが出会う異世界と、“宇宙クジラ”の哀しい運命を描く「ジョナサンと宇宙クジラ」(ラストでは涙してしまいます)、他の作品とは一味違ってジョン・コリア風の皮肉の効いた「サンタ条項」、銀河規模の精神改革の端緒となったという心温まるエピソード「ピネロピへの贈りもの」、悲しきファースト・コンタクトを象徴的に描く「雪つぶて」、落ちぶれた元スター俳優とテレポーテーション能力を持った犬との交流から始まる「リトル・ドッグ・コーン」(これもラストは泣いちゃいますよ)、故郷へ戻ろうか悩んでいるフライパン工場の女工のところにフライパン型のUFOが現れる「空飛ぶフライパン」、未開惑星(?)に迷い込んだ精神科の女医が原住民にセラピーを施す「ジャングル・ドクター」、海で出会った理想の女性がどんどん●●●していくという「いかなる海の洞に」(ラストの臆面のなさが何とも言えません)・・・あ、全部紹介しちゃった(笑)。
とにかく、心があったかくなるお話ばかりです。

<収録作品>「九月は三十日あった」、「魔法の窓」、「ジョナサンと宇宙クジラ」、「サンタ条項」、「ピネロピへの贈りもの」、「雪つぶて」、「リトル・ドッグ・コーン」、「空飛ぶフライパン」、「ジャングル・ドクター」、「いかなる海の洞に」

オススメ度:☆☆☆☆☆

2005.1.24


妖魔の哄笑 (ミステリ)
(甲賀 三郎 / 春陽文庫 1995)

戦前探偵小説シリーズ、その5。
甲賀三郎さんと言うと、中学時代(またですか)に春陽文庫版「姿なき怪盗」(現在ではたぶん絶版)を読んだだけでした。戦前は江戸川乱歩と並ぶ探偵小説の大家だったそうですが、やはり終戦直前に病没されたということが大きかったのでしょう。今でも手軽に入手できるのは、本書の他には創元推理文庫版「日本探偵小説全集 第1巻」くらいでしょうか。
さて、この「妖魔の哄笑」は、先日ご紹介した森下雨村の
「青斑猫」と同様、複雑なプロットと多彩な登場人物、謎また謎の犯罪活劇です。
上野発新潟行きの寝台急行の車内で、一等寝台の乗客が殺害されます。被害者は実業家の野崎ではないかと疑われますが、死体は顔を切り刻まれ、身元の確認はほぼ不可能でした(「指紋を調べれば一発じゃないか」とかツッコミを入れてはいけません)。
ところが、身元確認のために呼ばれた野崎のひとり娘・銀子は、軽井沢警察の水松警部の目の前で誘拐され、車による追跡と銃撃戦(すげー)の末、救出されますが、一緒に拉致された野崎の腹心の部下・成田は生死不明のまま失踪します。
野崎と同じ寝台車に乗り合わせていた石油会社勤務の土井青年は、銀子に一目惚れし、勤務先の社長の命令もあって(野崎氏は石油業にも手を出していた)、素人探偵として事件の謎を追い始めます。
舞台は軽井沢から大宮、本郷、浅草など都内各所、そして大阪へと飛び、四本指の男、切断された美女の右腕、脅迫電話、謎の黒眼鏡の女、ホテルの部屋で死んでいた女――とストーリーはめまぐるしく動き、ついには意外な犯人(?)が暴かれるラストまで、息もつかせぬテンポで進んでいきます。前半に張られていた伏線が途中で尻切れトンボになったり、結局事件の真相が何だったのかいまいちわからない(いいのかそれで)といった欠点はありますが、文句なく面白く、セリフ回しが大時代な講談調なのも楽しいです。

オススメ度:☆☆☆

2005.1.25


クトゥルー神話事典 (ホラー:資料集)
(東 雅夫 / 学研M文庫 2001)

『クトゥルー神話』・・・20世紀アメリカの恐怖小説作家H・P・ラヴクラフトが原型を創り、彼の作品に触発されて後に続いた多くの作家たちが書き継いできた暗黒の神話――というのが、最も大雑把な定義になるでしょうか。
米英にとどまらず、日本でも多くの作家が自分の作品に取り入れており、今や映画になったりゲームになったり(ウルトラマンティガのネタにもなっている!)、小説の中にとどまらず『クトゥルー神話』の世界は広がっています。まさか古の邪神たちが甦ろうとしているわけではありますまいが(笑)。
さて、この「クトゥルー神話事典」は、その名の通り『クトゥルー神話』の小説群に登場する地名・人名・書名・魔物の名前などを集大成すると共に、『クトゥルー神話』を書いている作家・作品についてもリストアップし解説を加えています。
確かに労作なんですけど・・・。
なんといいますか、中途半端な感じなのですよ。初心者には不親切だし、マニアには物足りない。特に気になったのは「作品案内」のページで、各作品の内容をほぼ完全にネタバラシしている点。未読の作品についてはタイトルだけをチェックして、読み飛ばすのが吉です。9割がた読んでましたので、問題なかったですけど(笑)。
私見ですが、『クトゥルー神話』に関して言えば、こういうガイドブック的なものから入り込むより、あっちこっちの怪奇小説アンソロジーを読み漁っているうちに、関係ないはずの作品同士に共通点があることにはたと気付くという、そういうアプローチの仕方が王道だと思うですよ。でも時間のない人は(笑)、この本からどうぞ。

オススメ度:☆☆

2005.1.26


棺の中の悦楽 (ミステリ)
(山田 風太郎 / 光文社文庫 2001)

「山田風太郎ミステリー傑作選」の第4巻。今回は「凄愴篇」ということで、かなり凄惨でインパクトが強い作品が集められています。ミステリ仕立てですが、心理面に重点を置いて、人間心理の醜悪さと(それを際立たせるための美しさも描かれますが)皮肉な運命の悲劇を描く作品ばかりです。ただ悲惨な内容の割には比較的読後感が悪くないのは、やはり物語としての出来がいいからなのかも知れません。
死刑執行前夜から執行までの13時間を、女死刑囚の回想を交えてリアルに語る「女死刑囚」、墜落寸前になった旅客機に乗り合わせた乗客乗員が赤裸々な愛憎をむき出しにする「30人の3時間」(そういやこういうシチュエーションが「おそ松くん」のアニメにありました。翻案?)、女郎屋を舞台にした歪んだ純愛「新かぐや姫」、性犯罪に泣き寝入りせず真っ向から戦う夫婦の悲劇「わが愛しの妻よ」、癌に冒されたホステスが心中相手を物色する「祭壇」、登場人物すべてが立派な上辺と醜悪な裏面を持っている「二人」などの短編の他、特攻隊帰りの青年6人が妻を共有しようという(つまり六夫六妻制?)奇妙な計画を立て、実行に移したことがきっかけで起こる奇妙な事件を描く中篇「誰も私を愛さない」、愛する女性の名誉を守るために人知れず殺人を犯した青年が、目撃者に脅されて横領事件の片棒をかついだことから手に入れた1500万円を使って、3年間で多種多様な6人の相手と女性遍歴を繰り返す長篇「棺の中の悦楽」が収められています。

<収録作品>「女死刑囚」、「30人の3時間」、「新かぐや姫」、「赤い蝋人形」、「わが愛しの妻よ」、「誰も私を愛さない」、「祭壇」、「二人」、「棺の中の悦楽」

オススメ度:☆☆(←面白いのですが読者を選ぶということで)

2005.1.29


五匹の赤い鰊 (ミステリ)
(ドロシー・L・セイヤーズ / 創元推理文庫 1997)

タイトルにある赤い鰊(英語では red herring)というのは警察関係の隠語で、捜査を迷わせ事件解決の邪魔になる偽の手がかりという意味です。もともとの意味は、英国伝統のキツネ狩りで、キツネの通った跡に燻製のニシンを引きずって通ると、ニシンの臭いのせいで猟犬の鼻が利かなくなることから、こういう意味になったとか。もちろん、真犯人が意図的にばらまく偽の手がかりだけでなく、様々な偶然から事件に関係ないにもかかわらず重要な手がかりと思われてしまう事実なども含みます。
さて、そんなタイトルが付いたこの作品、おなじみピーター・ウィムジイ卿が滞在していたスコットランドのギャロウェイ地方で、ある朝、画家の変死体が発見されます。スケッチ中に足を滑らせて崖から転落したと思われていたこの死体、ピーター卿の慧眼により他殺の疑いが濃厚となりますが、元より短気で酒乱でトラブルメーカーだったこの被害者、恨んでいたりいさかいを起こしていた相手には事欠きません。隠ぺい工作に絵が使われていたことから、容疑者は6人の画家に絞られましたが(つまりこれがタイトルの由来。真犯人を除く5人が red herrings だというわけです。こういう洒落たタイトルのつけ方は見習わないといけません)、失踪したり何か隠し事をしていたり、あるいは鉄壁のアリバイ(笑)があったり、いずれも怪しさは十分。地元警察の面々とピーター卿の捜査が始まるわけですが・・・。
とにかく事件はこれだけ。連続殺人があるわけでも因縁めいた一族が住んでいるわけでもなく、田舎の警察だけあって、捜査も殺伐とはせずどこか牧歌的でのんびりと行われます。田舎言葉(東北弁と名古屋弁の中間くらい?)で会話が交わされるのも雰囲気を盛り上げています。時刻表や電車以外の交通機関をフルに使った、クロフツばりの丹念なアリバイ捜査もあり、平巡査から警察署長まで各人が一生懸命推理を構築するや、それをくつがえす新事実が次々に現れるといった具合で、やたらに登場人物を殺さなくても十分に面白いミステリは書けるということがよくわかります。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.1.31


ヴァンパイア・ジャンクション (ホラー)
(S・P・ソムトウ / 創元推理文庫 2001)

作者のS・P・ソムトウは、本名のソムトウ・スチャリトクルで「スターシップと俳句」というカルトSFを書いているタイ出身の作家です。
20世紀初め、オカルトかぶれのティーンエイジャー集団<混沌の神々>が教会で黒ミサまがいの儀式を執り行っている最中、本物の魔物が現れて、生贄役の少女キティは殺されます。グループ最年少の少年スティーヴンは、魔物ではなくこの世のものとも思えない美少年の姿を祭壇に見るのでした。
時は流れて国際的な指揮者になったスティーヴンは、第二次大戦直後、ドイツの片田舎の歌劇場を訪れた際に、聖歌隊の中にあの美少年の顔を見出します。
さらに現代、12歳の少年ロックシンガー、ティミー・ヴァレンタインがデビューし一世を風靡しますが、年老いたスティーヴンは、一目見てティミーがあの美少年だと確信します。
実はティミーは、2000年近く不死の生活を送っているヴァンパイアだったのです。
ですが、心に空虚なものを感じているティミーは、ユング派の精神分析医カーラ(スティーヴンの別れた妻でもあります)を雇って、失われた過去の記憶をたどり始めます。
一方、老境に達した<混沌の神々>のメンバー――タイの王族プラトナ(金にあかしてあらゆる快楽を極めつくしたために半端なことでは満足できないド変態)、英国貴族ロック卿、グループ唯一の女性だった魔女ミュリエルは、ティミーの存在に気付き、スティーヴンを引き込むと、それぞれ腹に一物秘めて暗躍を始めます。
さらに、実の父に性的虐待を受けて家出した姪っ子を追っていた売れない作家ブライアンは、姪を追跡するうちにヴァンパイア・ハンターになってしまいます。
ティミーを巡るドラマは現在と過去を行き来し、ロサンゼルスからタイのジャングルの奥地(この辺はインディ・ジョーンズ張りのエキゾチック・ホラー風味)、アイダホの片田舎の町ジャンクション(ここではキングの「呪われた町」もかくやというクライマックスが展開されます)まで突っ走っていきます。
ヴァンパイアとロックという組み合わせというと、アン・ライスの
「ヴァンパイア・レスタト」がすぐに思い浮かびますが(他にP・Z・ブライト「ロスト・ソウルズ」とか)、実はレスタトよりもティミーの方が先にデビュー(笑)しているのです。
アメリカでは続篇も出ているそうです。訳者の金子浩さんがあとがきで、「本書が好評なら、続刊も出るかも〜」と書かれていますが、出ていないところを見ると、どうやらあまり売れなかったのですね(^^;

オススメ度:☆☆☆

2005.2.3


博士邸の怪事件 (ミステリ)
(浜尾 四郎 / 春陽文庫 1996)

戦前探偵小説シリーズ、その6です。
浜尾四郎さんの作品は,中学生の時(こればっか)春陽文庫版「殺人鬼」を読んで以来です。ちなみに春陽文庫版は絶版ですが、創元推理文庫「日本探偵小説全集 第5巻」で読むことが可能。
さて、「博士邸の怪事件」は浜尾さんの長篇第1作です。歴史学の権威、蓑川博士の屋敷で、博士の年の差がある妻・百合子が絞殺死体で発見されます。夜8時に発見された死体は死後硬直が激しく、発見の半日前に殺されていたと思われるのに、発見の1時間ほど前にはテレビ局にいた博士に夫人から何度も電話がかかっており、事件は謎を深めます。
百合子夫人は多情な女性で、青年と連れ立って出かけていたという噂あり、前夫に恐喝されていた情報あり、大阪にいる母親がその日に死去したため多額の遺産を相続することになっていたという事実あり――そんな中、私立探偵・藤枝真太郎の快刀乱麻を断つ推理は・・・。
ということで、戦前には珍しく、猟奇趣味を排したトリック主体の本格パズラーです。ただし、使われているトリックは、現在では「?」と思われてしまうものでしょうけれど(^^;
併録された短編「不幸な人達」は、ほんの悪戯心で行ったことが深刻な事件になってしまうという悲劇的な話ですが、中盤でオチが割れちゃってます(笑)。

<収録作品>「博士邸の怪事件」、「不幸な人達」

オススメ度:☆☆☆

2005.2.4


殺人狂想曲 (ミステリ)
(水谷 準 / 春陽文庫 1995)

戦前探偵小説シリーズ、その7です。
水谷さんは、例の雑誌「新青年」の編集長だった人です(確か三代目?)。
この「殺人狂想曲」には、表題作以下3篇の中篇が収録されています。どれも謎解きよりもサスペンスを重視した犯罪小説ですが、あまりリアリティはありません。
「殺人狂想曲」は、映画にもなっている「怪盗ファントマ」の翻案で、“飜倒馬”という日本人の怪盗が神出鬼没の暗躍をする犯罪活劇。他に、北海道から上京した好青年が強盗に殴られて記憶を失い、暗黒街でのし上がって行きながら、記憶を取り戻そうと苦悩する半生を描く和風ピカレスク・ロマン風味の「闇に呼ぶ声」、劇場から拉致されたプリマドンナと、彼女を救出しようと尽力する青年が怪人物と対決する怪奇篇「瀕死の白鳥」が収められています。

<収録作品>「殺人狂想曲」、「闇に呼ぶ声」、「瀕死の白鳥」

オススメ度:☆☆

2005.2.5


半熟マルカ魔剣修行! (SF)
(ディリア・マーシャル・ターナー / ハヤカワ文庫FT 2000)

FTから出ていますし、タイトルから言っても、剣と魔法の中世的な世界を舞台にした冒険&成長小説だと予想して読み始めました。
・・・全然違ってました(笑)。
まず見誤っていたのは主人公の性別。少年かと思っていたら、主人公マルカは女の子。
しかも、舞台は宇宙規模で、魔法をベースにしたテクノロジー(というのも妙な表現ですが)に基づいた星間文明が発達し、ウェブと呼ばれる文化圏では宇宙船が超光速飛行で行き来し、主人公たちは星から星へ冒険を繰り広げるというスペースオペラ的展開。
惑星カリバンで剣の修行をしていたマルカは、ちびで癇癪持ちで「ほうっておいてよ」が口ぐせのいっぷう変わった少女。いろいろと過去にいわくがありそうで、彼女が“ご主人さま”と呼ぶ何者かから逃げ続けているようです。
師匠から卒業を許されたその日に、ウェブを支配する“監視局”の捜査官に追われ、とある小型宇宙船に逃げ込みますが、その船は美青年アンドロイドのロダーをリーダーとして、様々な種族の“魔力者”が乗り組んだ特殊任務を持つ宇宙船でした。その任務とは、“監視局”そのものの行動を監視し、逸脱行動をチェックすること。警察組織に対する監査委員会みたいなものですか。
マンネンカルト族に対する“監視局”の行動を追ううちに、ロダーらも“監視局”に追われる羽目になり、マルカの身にも次々と異変が――。
魔術的宇宙を舞台にしたSFというと、錬金術に支配された宇宙を背景とする『サイレンス・リー』シリーズ(創元SF文庫)がありますが、本作はそれよりもう少しファンタジー色が強いでしょうか。
とにかく一人称で物語を進めるマルカが多くを語ろうとしないので、読者も五里霧中のままマルカの冒険に付き合い、最後になってようやく「ああ、そうだったのか」とほっとすることになります。生半可なオチじゃないですよ。

オススメ度:☆☆☆

2005.2.6


赤い鎧戸のかげで (ミステリ)
(カーター・ディクスン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2001)

ジブラルタル半島に面したモロッコの港町タンジールを舞台にした、エキゾチックなミステリ。
アメリカ滞在中に大騒動を巻き起こした(それと共にいくつもの事件を解決した)H・Mことヘンリー・メリヴェル卿は、ゆっくりと休暇を過ごそうと飛行機を下り立ちますが、既に現地ではH・Mの到着を知っており、鐘と太鼓と赤絨毯で迎えられて目を白黒。飛行機に同乗していた若いアメリカ女性モーリーンを現地秘書に雇ったのも束の間、タンジール警察のアルヴァレス警視に誘拐同然の手段で、警察が用意した豪華な宿舎に連れ込まれます。
実は、ヨーロッパ各地を荒らし回っていた神出鬼没の宝石泥棒がタンジールへやって来たらしく、警視総監デュロック大佐が捜査協力をH・Mに要請したのです。この“アイアンチェスト”という通り名の宝石泥棒、銀行や宝石店を襲う際に必ず大きな鉄の箱を抱えているところから付いた名ですが、ブリュッセルでは衆人環視の路地から忽然と消えうせたという話もあり、一筋縄でいく相手ではありません。
“アイアンチェスト”をひっ捕えて賞金をせしめようという英国領事館員ビルとその妻ポーラと共に、宝石店に張り込んでいたH・Mと警察は、犯人に肉薄したものの、逃してしまいます(宝石は無事でした)。
翌日、新居を探していたポーラは新聞広告に出ていた格安のアパートを見に行った先で、“アイアンチェスト”の相棒と目される悪漢コリアーと、部屋にあったダイヤの山を目撃しますが、数分後に警官隊が踏み込んだ時にはダイヤは消え失せていました。周囲を警官隊が囲んでいたため人の出入りはなく、徹底した家宅捜索によってもダイヤは見つからず、コリアーはふてぶてしく白を切るばかり。
解説の山口雅也さんが「中世騎士物語をそのまま20世紀に持ち込んだ」と書かれていますが、まさにその通り。姿なき怪盗、妻や恋人を身を挺して守る騎士道精神あふれる男たち、色気を振り撒いて事件を引っ掻き回す謎の貴婦人、H・Mは証拠を集めると称してイスラム教の聖者に化けて輿に乗って町を練り歩き、迷路のようなカスバの探索、クライマックスの決闘シーンと、冒険活劇の王道を行っています。それに人間消失と宝石消失のトリックが加わり、本格ミステリの要素も十分です。

オススメ度:☆☆☆

2005.2.8


アンドロ・ペスト (SF)
(ウィリアム・フォルツ&H・G・エーヴェルス / ハヤカワ文庫SF 2005)

“ペリー・ローダン・シリーズ”の308巻。
昨年までは2月(と6月)は休刊月だったのですが、今年から毎月刊行。嬉しいです。
さて、
前巻後半のエピソードで、アンドロメダ星雲までPADウイルスが伝播することを恐れ、マークス(アンドロメダを支配するメタン呼吸生物)の前哨基地へ赴いた太陽系元帥ジュリアン・ティフラーのコマンド。引き続き、このコマンドの苦難と活躍が描かれます。
アンドロメダと銀河系を結ぶマークスの“宇宙駅”のうち、銀河に最も近いルックアウト・ステーションでは、既にPADが広がって、精神に異常を来たした人類とマークスとの間で戦闘が起こっていました。そこに到着したティフラー・コマンド。宇宙基地で共存していた異種族カルヴィノレを巻き込んでの混乱に、収拾はつくのか――?
このカルヴィノレという種族、フォルツがよく使うこの回だけのゲストキャラだと思うのですが、ラストでその正体が明かされる場面、意外性の効果を狙ったのでしょうけれど、序盤でイメージの想像がついてしまうので、思いっきりすべってますよフォルツさん(笑)。
後半で唐突に出てくる、もうひとつの病原体(?)の方が、SF的には非常に興味深いかと。でもこれもきっとこの回だけですな。

<収録作品と作者>「アンドロメダの危機」(ウィリアム・フォルツ)、「アンドロ・ペスト」(H・G・エーヴェルス)

オススメ度:☆☆☆

2005.2.9


破滅の使徒 (ホラー)
(トマス・F・モンテルオーニ / 扶桑社ミステリー 2001)

キリスト教系(?)ホラー、「聖なる血」の続篇です。
「聖なる血」で、●●●・●●●●の再来として生を受けたピーター・カレンツァ。様々な運命に翻弄されたピーターですが、今回は冒頭でローマ教皇ペテロ二世となり、ローマ・カトリック教会に君臨しています。
旧態依然のローマ・カトリック内部に斬新な改革を次々と加えるピーターですが、配下のヴァチカン秘密警察を使って反対派や脅威となりそうな人材を密かに始末することもしています。遂には教皇としては掟破りとも言える、元TVキャスターで昔からの協力者であるマリオンとの結婚まで発表します。
しかし、マリオンや、ピーターの産みの母エティエンヌは、ピーターの内部に闇の影を感じ、密かに行動を開始、かつてピーターの生誕に関与したフランチェスコ神父も秘密警察に暗殺されかかったことから、ピーターに反旗を翻します。また、「聖なる血」でピーターの手にかかった殺し屋の弟ガエタノも、復讐のためピーターの命を狙って行動を開始します。
一方、ピーターは「ヨハネ黙示録」に暗示された<七の秘密>と呼ばれる命題を解こうとしていました。 折りしも、天文学者は太陽表面の異様な爆発を観察、危機感を募らせます。
世界各地では、奇跡のような力を持った男女が出現し始めました。地震を予知できる中国人青年、前世の記憶を取り戻したインド人の若妻、救助を求める遭難者の声をとらえた元警官、サイコメトラーの能力を持つ黒人の老女など、その数は7人・・・。
キリスト教以外の古代文明やレイラインを作中に取り込み、世界的スケールで展開する伝奇ホラー。ヴァチカン秘密警察と中世から連綿と続く秘密結社の暗闘など、謀略アクションの要素も満載で、飽きさせません。
この作品だけでも十分に面白いですが、できれば前作と併せて読むべきかと。

オススメ度:☆☆☆

2005.2.11


死体をどうぞ (ミステリ)
(ドロシー・L・セイヤーズ / 創元推理文庫 1997)

ピーター・ウィムジイ卿と女流探偵作家ハリエット・ヴェインのコンビが海辺での怪死事件の謎を解きます。作中の時期的には「学寮祭の夜」の前です。以前も書きましたが、順番は逆に読んだ方が良かったです(^^;
さて、イングランド南西部の海岸を徒歩旅行していたハリエットは、とある浜辺の岩の上に横たわる男性の死体を発見します。血は凝固しておらず、死んだばかりの様子で、そばの海にはのどをかき切ったと思われる鋭利な剃刀が落ちていました。
自殺とも他殺ともつかないまま、警察に急ぐハリエット。しかし、死体は満潮の潮にさらわれ、消えてしまいます。
死体が見つからないまま、地元警察とピーター卿の捜査が始まります。被害者は自称“ロシア貴族の末裔”のロシア人ダンサーで、地元の裕福な後家さんと婚約していました。
章題がすべて「〜の証言」で統一されており、話が進むごとに新たな事実が明らかになって事態は混迷の度を高めるという構成になっています。事件は最初の殺人(?)だけで、以降は新たな事件は起こらないというのも「五匹の赤い鰊」と同じ。
剃刀の入手経路を追い、死体が持っていた謎の暗号を解き、容疑者とのユーモラスな駆け引きを繰り返しながら、じっくりと犯人のからくりを試行錯誤しながら追っていくピーター卿。従者のバンターの活躍も見物です。
メインとなるトリックは、注意深い人なら中盤で見当がついてしまうかも知れませんが(「あ、こういうことじゃないのかな?」と思っていたら、やっぱりそうでした)、ウィットに富んだ会話の妙やディテールをじっくりと楽しむことが肝要です。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.2.15


変革への序章(上・下) (SF)
(デイヴィッド・ブリン / ハヤカワ文庫SF 2001)

ブリンの超大作“知性化”シリーズ、久々の登場です。しかもこの「変革への序章」はタイトルの通り、大長編『知性化の嵐』3部作のプロローグに過ぎません。
“知性化”シリーズの舞台設定は、以下のようなものです。
20億年前、<始祖>と呼ばれる謎の知性体が“知性化”のサイクルを開始しました。即ち、<始祖>によって知性を与えられた種属(この作品では「種族」ではなく「種属」という言葉が使われています)が、準知性を持つ種属を知性化し、知性化された種属が再び別の種属を知性化し・・・ということが繰り返され、宇宙に知性種属が広がっていったわけです。知性化を施す種属は“主属”、知性化を受けた種属は“類属”と呼ばれ、“類属”は“主属”に一定期間奉仕することが義務付けられ、両者は強い絆で結ばれた種属系列のファミリーを構成することになります。それらの種属を統括・管理する星間文明組織は銀河協会と呼ばれます。
その中で、ごく最近に銀河協会に加盟した地球人類は、特異な存在とみなされていました。“主属”を持たず、独力で知性化をなし遂げ、恒星間宇宙に進出してきたばかりか、イルカとチンパンジーの2種属を知性化して、銀河協会でも一目置かれる“主属”となったからです。
・・・と、ここまでが背景。これに関しては「スタータイド・ライジング」や「知性化戦争」(いずれもハヤカワ文庫SF既刊)に詳しく描かれています。未読の方は、こちらから読み始めるのがよろしいかと思います。
さて、「変革への序章」の舞台となるのは辺境の惑星ジージョ。50万年前までブユルという種属に管理されていましたが、今は“休閑惑星”に指定され、立ち入りが禁止されています。乱開発された惑星の自浄作用をうながし、自然の生態系を回復するために放置されているわけで、“休閑惑星”への知性種属の入植は銀河協会法により禁止されています。不法入植者が発見されれば、最悪の場合、殲滅されることもあります。
にもかかわらず、ジージョには7つの種属の難民が密かに住み着いていました。車輪で移動するグケック、ドーナツが円錐形に重なったようなトレーキ、準知的生物に退化してしまったグレイバー、甲殻類のケウエン、人間にもっとも近いフーン、ケンタウルスとカンガルーを掛け合わせたようなウル、そしてもっとも新参の人類です。当初は悲惨な戦争もありましたが、現在では各種属が互いに尊重し合い、相互協力体制を確立して、<斜面>と呼ばれる狭い地域にジャングルで隠された集落をいくつも作り、空からの来訪者(それは取りも直さずかれらが銀河協会に発見されたということです)におびえながら暮らしています。
そんなある日、ジャングルで頭に重傷を負った人間の男性が発見されます。賓(まれびと)と呼ばれるようになったその男は、頭のケガのせいで記憶と言葉を失っていました。そして、ついに惑星全体が怖れていた事態が勃発します。恒星間宇宙船が、宗教的モニュメントである<聖なる卵>の近辺に着陸したのです。宇宙船から現れた存在は、否応なくジージョに変化をもたらすことになるのでした。
物語は、メインストーリーである<斜面の書>とサブストーリーである<海の書>に分かれて、交互に進んでいきます。
<斜面の書>は人類の3兄弟――宗教的過激派の博物学者ラーク、賓の発見者でもあり行動を共にする女性数学者サラ、辺境を探検する凄腕の狩人ドワー――が体験するそれぞれの出来事を軸に進み、それを収斂するのがジージョの大賢者アスクスが語る<聖なる卵>に下り立った宇宙種属とのコンタクトのエピソードです。
もう一方の<海の書>は、人間を除く5種属の少年少女による海底探検のエピソードですが、こちらは全体が今後の展開に向けた大きな伏線となっているようです。語り手のフーン種属のアルヴィンが、人類が持ち込んだ小説の大ファンだったり(彼の名前もクラークの某SFの主人公から取られています)、いかにもブリンらしい遊び心と読者サービスが満載されています。
1100ページを費やしても、物語は端緒に着いたばかり。続く
「戦乱の大地」「星界の楽園」を心して待ちましょう。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.2.19


リリーのアトリエ 〜祝福のワインを聖騎士に〜 (ファンタジー)
(工藤 治 / ファミ通文庫 2001)

買ってからずっと放置(笑)してあったアトリエ小説ですが、気分転換(?)に読んでみました。
今回は、『黒の乗り手』のエピソードをベースに、聖騎士を目指すシスカさんとリリーとウルリッヒ様の活躍と心の触れ合いが描かれます。
前作に比べれば、主人公らが大人の分、まともにはなっていますが、やはりツッコミどころは満載で。
・まあ、『黒の乗り手』の出現が、工房を開いて2年後になっているとか(ゲーム内では5年以上経過後)、2年経って初めてイルマに会うとかいうのは、物語の都合上でしょうから、いいとしましょう。
・妖精さんは「ばぶぅーっ」なんて返事はしません。
・ゲルハルトは「カカカカッ」とか「カッカッカ」なんて笑い方はしません。
・シスカさんはウルリッヒ様を呼び捨てにはしないと思います(後半ではちゃんと“さま”付で呼んでいますから、前半のアレは演出上の確信犯なのかも知れません)。
・ヴェルナーを偏狭な男と一言で切り捨てているのはいかがなものかと思います。
・リリーにしろシスカさんにしろ、泣き過ぎです。涙の演出というのは、ここぞというところで使ってこそ盛り上がるのであって、やたらと使われても引いてしまうだけです。
・ギャグシーンが、あまりにもわざとらしくて笑えません(「ラッフェン」行方不明のシーンとか)。センスがないんだな(笑)。
・シスカさんの性格が違います。シスカさんって、相手をすぐに挑発して高飛車な態度をする(194ページ)人でしたっけ? 過去の作品を見ても、自分が書きたいストーリーに合わせてキャラの性格を都合よく捻じ曲げてしまう癖が、この人にはあるようです。ノヴェライゼーションを書く上では、これは致命的な欠点なのではないかと思うのですが(^^;
・ラストシーン、ウル様にペンダントを渡した上での旅立ちEDなのですが、●●までさせることはないような気が・・・(汗)。ウルリリファンにはたまらんでしょうが、テオリリ・ゲルリリ・ヴェルリリその他のファンの人の気持ちをまったく考えていませんね。一応、公式(?)なノヴェライズなのですから、偏り過ぎない配慮が必要だったのではないかと。

あーすっきりした(笑)。
メインのストーリーは悪くはないんですけどね〜。

オススメ度:☆☆

2005.2.20


竜王戴冠6 ―ケーリエン攻防戦― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2001)

大河ファンタジー『時の車輪』の第5シリーズ第6巻です。
今回のメインは、タイトルの通り、ケーリエン国の首都ケーリエンの攻防戦。序盤にちょこっとだけ、ナイニーヴがある人物を出会うエピソード(今後の展開には重要そうな出来事です)が語られますが、以降はアル=ソアとマットの独壇場。
アル=ソアに敵対するアイール人の族長クーラディンがケーリエンを包囲しており、残りのアイール人を率いて追いついたアル=ソアは、<全界>の未来をも左右する一大決戦に挑みます。16万人対30万人という膨大な兵士を巻き込んだ戦いですが、すべてが語られるわけではなく、アル=ソアらが絶対力を使って戦いの火蓋を切るシーンとそこにつけこんだ闇セダーイの不意打ち、単身逃れようとしながらもいつの間にやらケーリエン=ティア連合軍の指揮官として動かざるを得なくなるマットの皮肉な運命だけが象徴的に描かれます。でもテクニックとしては効果的だったかも知れません。
戦後処理も含めて、今後の展開はどうなるのでしょうか。トゥー・リバーズのペリンも気になりますし、ようやく目的地が判明したナイニーヴの一行の行く末も。

オススメ度:☆☆☆

2005.2.21


魔界の刻印 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2001)

『グイン・サーガ』の81巻です。
本来ならラスト20巻に突入!――というところですが、既に当初の100巻で終了という公約は破れることが確定しており、いつまで続くのやらわからない状態ですね。嬉しいけど(笑)。
さて、今回のメインは、グインとヤツの巨頭(いや、豹頭VS竜頭か)会談です。
前巻でケイロニアを発ったグイン、パロ国境周辺で謎の軍団に襲いかかられたイシュトヴァーン、やきもきと状況を見守るナリスと、三者三様に描かれ、クライマックスの会談へ。
これまで何度も記していますが、こういう魔界の者(あるいはそれにゆかりの者)とグインとの会話シーンには、何よりも引き込まれます。ここでグインが“正義”について語るくだりは、某国の政治家にもご覧になっていただきたい(笑)。
さて、次巻ではグインがついにあそこへ入り込むようです。どうなる?

オススメ度:☆☆☆

2005.2.22


魔道士の掟3 ―裏切りの予言― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2001)

『真実の剣』の第1シリーズ第3巻。
前巻のラストでミッドランズ辺境の<泥の民>の居留地に着いた“探求者”リチャードと“聴罪師”カーラン。悪の魔王ダークン・ラールの野望を阻止すべく、魔法の箱の在処に関する情報を<泥の民>から得ようとしますが、それにはふたりが<泥の民>に同胞として受け入れられなければなりません。
なんとか<泥の民>の信頼を得て、かれらの先祖の霊と交感する儀式に参加を許されたリチャードとカーランですが、その儀式の最中に集落は襲撃を受けてしまいます。
しかも、魔法の箱の手がかりとして示されたのは、カーランでさえ怖れて近寄ろうとしない強大な魔女ショータの名前でした。
一方、ミッドランズのタマラング王国では、ダークン・ラールにまるめこまれた女王ミレナが恐怖政治を敷いていました。王女の遊び相手(というよりもいたぶり相手)である少女レイチェルは、王国に使える魔道士ギーランから重大な使命を託されます。
女王と王女がいかにもな意地悪おばさん、意地悪姉さんなのに対して、レイチェルはクーンツのホラーによく登場するような、明るく賢く勇気があって前向きな、かわいらしい少女。魔女ショータに会った主役コンビが鬱モードになってしまうこともあって、なおさらレイチェルが輝いています。今後の活躍が楽しみです。

オススメ度:☆☆☆

2005.2.24


ロシア紅茶の謎 (ミステリ)
(有栖川 有栖 / 講談社文庫 2000)

有栖川さんによる『国名シリーズ』、その第1巻。6つの短編が収められています。
『国名シリーズ』といえば、エラリー・クイーン。あとがきの有栖川さんのコメントにも「新しい国名シリーズを書いてやろうと試みた書き手は世界中で一万人はいるだろう」とありますが、実は白状すると自分もそのひとり(笑)。中学時代、クイーンに出会って『国名シリーズ』にどっぷり浸かっていた頃に妄想を抱いていたものでした。ちなみに本家『国名シリーズ』で好きなのは、「ギリシア」「チャイナ」「オランダ」です。
当時も「新しくシリーズを書こうと思っても、主だった国はみんなクイーンさんに使われちゃってるから、苦労しそうだなあ」などと考えていましたが、とんでもない。確かにアメリカ、スペイン、日本などは使われていますが、大英帝国にしろ大ロシアにしろ手付かずで(どちらも有栖川さんがお使いになりましたが)、いくらでもネタはありそうです。でも「朝鮮人参の謎」とか「インドカレーの謎」とかは、あまりピンと来ませんね(もし実在してたらごめんなさい)。
閑話休題。ここに収められた6篇は、どれも本家クイーンの初期の短編(「エラリー・クイーンの冒険」収録作など)を髣髴とさせるトリッキーなパズラーです。動機や心理描写を重視する方には物足りないかも知れませんが、知的遊戯としてミステリを読もうという方には最適。
動物園で殺されていた飼育係が握りしめた紙片に書かれていた謎の暗号を解く「動物園の暗号」、江戸川乱歩へのオマージュと人を食ったような手がかりが融合した「屋根裏の散歩者」、不可能犯罪ではなく不可能状況を作り出した「赤い稲妻」、ルーン文字がダイイング・メッセージとなった「ルーンの導き」、毒薬の隠し場所トリックが秀逸な「ロシア紅茶の謎」、実際に上演された犯罪推理劇のノヴェライゼーション「八角形の罠」の6篇。どこからでもどうぞ。

<収録作品>「動物園の暗号」、「屋根裏の散歩者」、「赤い稲妻」、「ルーンの導き」、「ロシア紅茶の謎」、「八角形の罠」

オススメ度:☆☆☆

2005.2.24


涅槃の王1 幻獣変化 (伝奇)
(夢枕 獏 / 祥伝社文庫 2000)

夢枕さんのデビュー長篇なのだそうです。そして、続篇が10年以上に渡って書き続けられ、「涅槃の王」全4巻(祥伝社文庫版)となりました。続きも近日登場。
さて、舞台は古代インド、主人公の名はシッダールタ。つまり、後のお釈迦様です。士族階級(クシャトリヤ)に生まれたシッダールタが剃髪して沙門となった直後のお話。
不老不死を求めるシッダールタは、ナ・オムと呼ばれる魔の土地の中心にそびえる巨大樹“雪冠樹”が10年に一度実を結ぶという“涅槃の果実”を求めて旅に出ます。
謎めいた司祭僧(バラモン)のゼンと出会ったシッダールタは、目的を同じくするゼンの仲間となり、魔界ナ・オムを目指す旅の一行に参加します。
メンバーの顔ぶれと目的は様々。体術の達人で非人階級出身のシン、獣的な巨漢ジャジャ、弓の名人ナーサッダ、父を探す青年ナーザ、女好きなアーゼス、ナ・オムでしか産しない宝石“月露玉”の商人セガーハ。かれらがひとりずつ集まってくるくだりは、まるで「七人の侍」。これだけでその後の展開を想像してわくわくします。
魔界ナ・オムでは因果律が狂っており、動植物はすべて異形、そこに足を踏み入れた者は、まず生きては帰れないという危険な土地です。この辺の流れは「人外魔境」を思い出させ、さらにどきどき。
さらに、セガーハのライバルである悪徳商人の刺客による追跡、魔物に捧げられた美女の発見、度重なる異形の魔物の襲来・・・。そして一行は一人減り、二人減り――。まさに伝奇アクション冒険小説の醍醐味です。
夢枕さん独特の、短いセンテンスを積み重ねて力強いリズムを刻む文体も、もうこの頃から確立されていたのですね。
物語はいったんは結末を迎えますが、これは壮大なプロローグ。
本編はこれからです。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.2.25


バッキンガム宮殿の殺人 (ミステリ)
(C・C・ベニスン / ミステリアス・プレス文庫 1999)

英国王室を舞台にした、『女王陛下のメイド探偵ジェイン』シリーズの第1作。
・・・はい、白状します。メイド探偵という言葉にだけ惹かれて、買いました(汗)。でも、内容的にも当たりでした。
主人公ジェイン・ビーは20歳。故郷のカナダを離れてヨーロッパを放浪していたジェインは、新聞の求人広告(!)に応募してバッキンガム宮殿のハウスメイドに採用されました。
ある日、同僚(つまり宮殿の下働き)の青年ロビンがエリザベス女王の居室近くで変死体となって発見されます。第一発見者は、なんと女王自身。近くに居合わせたジェインは、女王に見込まれ、ロビンの死の真相を調査するよう命じられます。実は、数日前にもロビンは同じ場所で気を失って発見されていたのでした。ロビンの死因は睡眠薬の飲みすぎで、一見して自殺のようでしたが・・・。
ジェインは職務の合間を縫って、秘密裏に調査を開始します。ロビンはゲイでしたが、数日前にメイドのアンジーとの婚約(しかも、できちゃった婚)を発表したばかり。同じ下働きでかつてロビンの恋人だったインド青年カリム、ゴシップ好きのニッキー、女王の秘書ですがいわくありげなサー・ジュリアンなど、関係者はいずれも一癖も二癖もありそうです。さらに宮殿内にはドキュメント映画の撮影クルーが居座り、タブロイド新聞の記者も宮殿の周囲に出没します。
事件は王室スキャンダル、切り裂きジャックの正体、過激派の暗躍まで巻き込みますが、ジェインの活躍で次々と新事実が明らかにされていきます。
作者のベニスンはカナダの作家で、実は英国王室オタクだとか。マニアが嵩じて英国王室を舞台にした作品を書き始めてしまったようです。しかし、前向きで聡明でかわいらしいジェイン(時にはぶりっこもします)と、その伯母でミス・マープルを彷彿とさせるグレイス、さらに考え深くおおらかなエリザベス女王と、魅力的な女性たちとウィットに富んだ会話は、クリスティやセイヤーズの英国探偵小説の伝統を継いでいると思います。本当に英国が好きなんでしょうね。
93年の作品ということで、登場人物の会話の端々にダイアナ妃やらカミラさんの名前が出てくるのもご愛嬌。
偶然ですが、この作品、今月にハヤカワ・ミステリ文庫から復刊されています。読みたい方は、こちらをぜひ。なお、本シリーズは他に
「サンドリンガム館の死体」「ウィンザー城の秘密」が出ています。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.2.27


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