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イクシーの書庫・過去ログ(2006年5月〜6月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


サム・ホーソーンの事件簿1 (ミステリ)
(エドワード・D・ホック / 創元推理文庫 2001)

不可能犯罪ばかりをテーマにした連作短篇集の第1巻です。
舞台は1920年代のニューイングランドの田舎町。のどかなノースモントの町に医学校を出たばかりの青年医師サム・ホーソーンが赴任してきます。ところが年に数回、町には不可解な犯罪事件が起こり、その度にホーソーン医師は鋭い観察眼と明晰な頭脳で、ブラウン神父のごとく事件を解明していくのです。ハイカラな都会派のホーソーンは当時は珍しかった車を乗り回す進歩派、真面目だけれど頭が固いレンズ保安官や気さくで明るいエイプリル看護婦らのレギュラー陣を含め、禁酒法時代の風俗が見事に描き出されています。
舞台は1920年代ですが、実際に書かれたのは70年代以降、30年にわたって書き続けられています。日本で言えば、現代の新本格の作家が明治大正時代を舞台にミステリを書くようなものでしょう。20年代と言えば英米では本格ミステリの黄金時代で、クリスティ、クロフツ、カー、ヴァン・ダイン、クイーンらが覇を競っていました。そんな時代を舞台にした作者ホックの意気込みが伝わってきます。
トンネルに入ったはずの馬車が消えてしまったり、フーディニ張りの脱出に挑んだマジシャンが密室で咽喉をかき切られたり、群集の面前で刺殺犯人が消え失せたり、パラシュートで飛び降りたスタントマンが地上に着いたら絞殺されていたり、「黄色い部屋の謎」のような人間消失トリックがあったり、様々なトリックの妙味が堪能できます。ホーソーンもの12篇に加え、高層ビルから飛び降り自殺したはずの男が地面に落ちたのは3時間後だったという事件を描く「長い墜落」を収録。
なお、本シリーズは現時点で4巻まで出ています。[追記:5巻まで出ました]

<収録作品>「有蓋橋の謎」、「水車小屋の謎」、「ロブスター小屋の謎」、「呪われた野外音楽堂の謎」、「乗務員車の謎」、「赤い校舎の謎」、「そびえ立つ尖塔の謎」、「十六号独房の謎」、「古い田舎宿の謎」、「投票ブースの謎」、「農産物祭りの謎」、「古い樫の木の謎」、「長い墜落」

オススメ度:☆☆☆☆

2006.5.2


光る地獄蝶 (ミステリ)
(愛川 晶 / 光文社文庫 2001)

美少女剣士探偵・栗村夏樹が主役の三部作第2巻。
前作
「黄昏の罠」で、幼馴染の女子大生誘拐殺害事件を解決に導いた夏樹は、今回はひょんなことから横浜にある探偵事務所でアルバイトをすることになります。初仕事は、大手デパート「マルヒサ」の社長令嬢で名門私立中学3年生の久住あずさの尾行でした。夏樹は深夜の山下公園で、不良の車に連れ込まれそうになったあずさを救いに飛び出し、それが縁であずさと親しくなりますが、175センチという身長や女性にしては低い声、不良と立ち回りを演じたことなどから、あずさには男性だと思い込まれてしまいます。
「マルヒサ」デパートでは、現社長の久住富士夫一派と前社長で2年前に死去した久住和輝派の重役連による派閥抗争が激化しており、夏樹の雇い主である探偵社の喜多見社長は前社長派の依頼を受けていました。そして、あずさの実の父・満は5年前に密室で変死しており、母親の菊乃も後を追うように白血病で亡くなりましたが、菊乃の幽霊が出るという噂が後を断ちません。
喜多見の指示で久住あずさに接近する夏樹は、次第に久住家の秘密に迫っていきます。熱心な蝶の収集家だった久住満が遺した遺書に秘められた謎とは――。満の死は本当に自殺だったのか――。そして遂に殺人事件が発生します。
前作でほのめかされた夏樹の父親の死の真相は、今回も謎のまま残り、次作「海の仮面」ですべてが明らかにされるようです。

オススメ度:☆☆☆

2006.5.3


異界への扉 (ホラー)
(F・ポール・ウィルスン / 扶桑社ミステリー 2002)

「マンハッタンの戦慄」で初登場し、「ナイトワールド」で世界の運命を決める最終決戦に重要な役割を果たした裏稼業の仕事師“始末屋ジャック”。「神と悪魔の遺産」で久しぶりに復活したジャックですが、作者ウィルスンが意識してシリーズ化を確定させたというのが本作です。時系列的には「マンハッタンの戦慄」の2年後、「神と悪魔の遺産」事件から、さほどの時間は経っていません。
インターネットの匿名社会の裏に隠れて活動するジャックの許に、また1件、仕事の依頼が飛び込んできます。依頼主の会社経営者ルーは、失踪した妻のメラニーの行方を探してくれと訴えます。メラニーは最後にかけてきた電話で「“始末屋ジャック”だけが私を見つけられる」と口にしたというのです。
メラニーは超常現象を説明しようとする「SESOUP(秘密組織と未承認現象を曝露する協会)」という怪しげな組織の会員で、数日後に開かれる総会で、すべてを説明するという「大統一理論」を発表する予定になっていました。ルーの協力でSESOUPの総会が開かれるホテルへ潜入したジャックは、常識を超えたトンデモさんたちと付き合いながら捜査を続ける羽目になります。
ハルマゲドンは近いと信じているキリスト教原理主義者、UFO信者、地球空洞説の信奉者、世界を陰で操る秘密結社の陰謀を暴こうとする退役軍人など、まさに日本の「と学会」が大喜びしそうな大会を仕切るのは、ローマと名乗る大学教授で、彼が常につれているペットのサルは、ジャックに威嚇的な態度を取ります。実はローマはSESOUPの会員たちを触媒として、異界からなにかを召喚しようとしていました。
一方、調査を進めるジャックを、SESOUPの会員たちは“敵の一味”ではないかと怪しみ、疑心暗鬼が渦巻きます。さらにジャックの周囲には黒ずくめの服装で黒眼鏡にソフト帽、黒のセダンを乗り回す二人組みの男(絵に描いたようなMIB)が出没します。
虚実のオカルト現象が入り混じる中、ついにジャックは異界と対決することになりますが――。
いくつかの伏線が張られたままで終わっているのは、次回作以降へのつなぎということでしょう。トンデモネタや50〜60年代SFに関する知識があればあるほど楽しめます。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.5.5


崩壊の予兆(上・下) (ノンフィクション)
(ローリー・ギャレット / 河出書房新社 2003)

「カミング・プレイグ」の著者による重厚なメディカル・ノンフィクションです。
前著「カミング・プレイグ」は20世紀後半に世界に次々に出現しているエマージング・ウイルスや、再び脅威を増してきた古来からの感染症について、無数の資料と事例に基いて総合的に検証し、人類文明に警鐘を鳴らした大著でしたが、今回は個別の病原体ではなく社会基盤としての世界の公衆衛生が陥っている危機について描いています。
インドでペストが発生した際の政治と社会の誤った対応がもたらした危機、再三ザイールを襲ったエボラ出血熱を早期に終息することができない状況をもたらす政治腐敗と経済危機、ソヴィエト崩壊が明らかにした旧共産主義国の脆弱な公衆衛生制度、先進国であるはずのアメリカが陥りつつある社会医療の陥穽、新時代のバイオテロがもたらす恐るべき未来図など、前著にも増して世界が抱える問題点を白日の下にさらしています。著者ギャレットは、取り上げられているすべての場所に実際に赴いて、綿密な取材を積み重ねており、彼女が抱く将来への不安は、強い説得力をもって迫ってきます。
興味本位で読むには、あまりにも重い内容でした。

オススメ度:☆☆☆

2006.5.6


ミラー・ダンス(上・下) (SF)
(ロイス・マクマスター・ビジョルド / 創元SF文庫 2002)

久々の“マイルズ”シリーズ、これまでで最高のボリュームで、読み応えのある一編です。
バラヤー帝国の貴族ヴォルコシガン卿にして、ディンダリイ傭兵艦隊という一大勢力のネイスミス提督でもあるマイルズ。この二重の身分を隠すために、公式には、ネイスミスはマイルズの非合法のクローンだということになっています。ところが、バラヤーに恨みを持つコマール人のテロリストが暗殺者として育てていた別のクローンが存在しており、それが露見して一大騒動が起こるのが
「親愛なるクローン」でした。
その際、コマール人のくびきを逃れたクローンはマークと名乗り、その後、地球に潜伏して暮らしていましたが、マークはある目論見を抱いて行動を開始します。
マイルズと幹部連の留守を狙ってディンダリイ傭兵艦隊に近付いたマークは、まんまとマイルズになりすまして(クローンですから外見はそっくり)、ベル・ソーン艦長の戦艦アラール号と一個戦隊を徴発し、極秘任務と称してジャクソン統一惑星へ向かいます。ジャクソン統一惑星はマフィアのファミリーのようないくつもの陰謀家が商館を構える無法の星で、非合法のクローン工場があり、マークもそこで育てられました。そこでは多くの子供のクローンが育てられていますが、若返りを目的とする富裕階級の新たな肉体として供されるためでしかありません。若いクローンたちを悲惨な運命から救出し、マイルズと同じように周囲に認められ称賛を受けたい――自らの存在意義を確かめたいというのが、マークの希望でした。
しかし、マイルズほどの経験がないマークの未熟な救出作戦は失敗に終わり、戦隊はクローンを人質に籠城せざるを得なくなります。ことの真相を知ったマイルズは、腹心の部下エリ・クイン大佐や幼馴染エレーナ・ボサリ大佐とともにジャクソン統一惑星を急襲しますが、撤退行動のさなか、マイルズは胸に直撃弾を受けて死んでしまいます。
もちろん、この時代の医学は進んでいますから、脳を破壊されない限りは蘇生の可能性があります。クインはすぐにマイルズの身体に処置をして低温冷蔵保管器に収容しますが、搬出を任された衛生兵が乱戦の中で戦死し、低温保管器は行方不明になってしまいます。
急報を受けたバラヤー機密保安庁は全力をあげて捜査にかかりますが、成果は上がりません。一方、生還したマークはエレーナと共にバラヤーへ行き、遺伝子上の両親――アラール・ヴォルコシガン国司とコーデリアに会います。本来はアラールを暗殺するために創られたマークですが、バラヤーで数週間を過ごすうちに、様々な出会いや出来事を通じて、沈み込んでいた自己憐憫から抜け出し、前向きに考えられるようになってきます。もともとマイルズと同じ遺伝子を受け継いでいるわけですから、いったん火がついたマークは兄と同じ型破りな行動力で周囲を説き伏せ、コーデリアやグレゴール皇帝を味方につけて準備をすると、マイルズを探索すべくディンダリイ艦隊の精鋭を率いてジャクソン統一惑星へ向かいます。その頃、マイルズは――。
物語の大半ではマイルズは死んでいるため、主役はマークです。望まれずに生まれた存在だとしていじけていたマークが、様々な試練を経て精神的に成長し、最後にはマイルズと同等の存在(ある意味ではマイルズ以上でしょう)になる過程が息もつかせぬ展開で描かれ、下巻の途中からは読むのを止められなくなります。個人的には、マークの覚醒に大きな役割を果たす少女カリーンが、可憐で素直でけなげで聡明というツボの突きどころ満載で(笑)強い印象を残します。今後も大いに登場希望。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2006.5.9


運命の糸車 (ヒロイック・ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2002)

『グイン・サーガ』の第86巻です。
前巻のラストで、ついに対峙したケイロニア軍とゴーラ軍。そして、本巻のクライマックスでは、ケイロニアの豹頭王グインとゴーラの狂王イシュトヴァーンがついに一騎打ちを演じることとなります。86巻におよぶシリーズで初めてのことですね。
一方、ゴーラ本国では留守を預かるカメロンがイシュトヴァーンの将来に頭を悩ませ、幽閉されたアムネリスは、ついにイシュトヴァーンの子――ゴーラの後継者でありモンゴールの世継でもある男の子を産み落とします。
アルド・ナリスを人質にマルガを撤退し、本国に帰ろうとするイシュトヴァーン軍と、何もかも計算しつくしたグインの駆け引きの行方は――?
そして、この巻では、序盤からの重要人物がひとり、舞台から退きました。最後まで誇り高く、運命に翻弄され続けた魂の安からんことを・・・。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.5.11


永遠とのコンタクト (SF)
(クルト・マール&ウィリアム・フォルツ / ハヤカワ文庫SF 2006)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第323巻。“銀河のチェス”サイクルもクライマックス間近です。
前半のエピソードでは、ローダンとユーロクのトリトレーアがナウパウム銀河に帰還し、宇宙的大変動によって(それを引き起こしたのはローダン一行でしたが)大混乱に陥った惑星ヤアンツァルを救います。
後半はフォルツの独壇場。ナウパウム銀河にも過去に“大群”が出現していたという事実を明らかにしたり、ローダンが銀河へ生還する鍵となりそうな手段を提示したり、いよいよプロット作家としてシリーズ全体の流れをまとめあげる作業にかかったことがうかがえます。

<収録作品と作者>「カトロン脈」(クルト・マール)、「永遠とのコンタクト」(ウィリアム・フォルツ)

オススメ度:☆☆☆

2006.5.11


黒竜戦史6 ―新アミルリン位誕生― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2002)

『時の車輪』シリーズの第6部第6巻。
今回、局面は大きく動きます。
ケーリエンにいたエグウェーンは、シウアン・サンチェの要請を受けて、<白い塔>のエライダと敵対する異能者たちが集まるサリダールへやって来ます。新たな技を使ってサリダールへ赴いたエグウェーンを待っていたのは、予想もしなかった状況――異能者候補から異能者へ昇格し、同時にアミルリン位(異能者の最高位)に就けという要求でした(これが副題の由来)。
もちろん、その裏にはサリダールの<六アジャ代表者会議>の思惑がありました。力のないエグウェーンを名目上の最高位につけてライバルのアミルリン位就任を避け、エグウェーンを傀儡にしてうまく裏から操ろうという次第。しかし、アイール人の賢者の間で修行を積み、精神的にも成長していたエグウェーンは、数少ない信頼できる面々――ナイニーヴ、エレイン、シウアン、シェリアムを使って自ら主導権を握るべく策をめぐらせます。
一方、アル=ソアから要請を受けた盟友マットは、エレイン王女をシームリンまで護衛して送り届けるべく、部下の精鋭を率いてサリダールへやって来ます。しかし、エレインはナイニーヴと共に、重要なアイテムの探索に無法の港町エバウ・ダーへ出発しようとしていました。
風雲急を告げ、
次巻へ。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.5.13


メドゥサ、鏡をごらん (ホラー)
(井上 夢人 / 講談社文庫 2002)

異色作家、藤井陽造が変死します。山梨県韮崎市にある自宅のガレージで、睡眠薬を大量に服用した上、自らをコンクリート詰めにして死んでいたのです。遺書はありませんでしたが、状況証拠から警察は自殺と断定します。一緒に発見されたガラス瓶の中には「メドゥサを見た」という謎めいた言葉が遺されていました。
陽造の一人娘・菜名子の婚約者でもある主人公のフリーライターの青年は、菜名子と一緒に遺品を整理していて、陽造の備忘録を発見します。そこの記述を見ると、自殺する半年ほど前から陽造は新作小説に取り掛かっているようでした。しかし、出版関係者に問い合わせても新作の情報は得られず、パソコンの文書ファイルや書斎からも原稿らしいものは見つかりません。
一方、青年の身の回りには怪しげな出来事が起こります。記憶が一日分すっぽり抜け落ちていたり、菜名子とまったく話が行き違っていさかいになったり――。青年は、陽造の遺作(もし、あるならば)を探して、備忘録のわずかな記述を元に長野県の町・石海に赴きますが、藤井陽造の名前を出しただけで地元の住民は眉をひそめ、口を閉ざします。それでも粘り強く調査を進めると、石海で20年前に発生したある悲劇が浮かび上がってきます。
実は、残り100ページになった時点でのどんでん返しには、版組みを見た瞬間から、そうじゃないかな〜と予想していました(←やな読者)。でも、そこからの展開はまさに想像を絶するもので、最後まで本を置くことができませんでした。題材も展開もまったく違うのですが、読後感は
「覚醒するアダム」です。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.5.14


異人たちの館 (ミステリ)
(折原 一 / 講談社文庫 2002)

叙述トリックの名手、折原さんの中期の代表作と言われる大作。
宝石商を営む小松原妙子の28歳になる息子・淳が富士の樹海で失踪し、捜索に当たった関係者からは絶望という見解が出ていました。
妙子は息子の半生記を自費出版することを決め、出版社の紹介でゴーストライターとして作家志望の青年・島崎潤一に取材と執筆を依頼します。島崎は純文学とミステリで新人賞を受賞してはいるものの、その後は鳴かず飛ばずでゴーストライターや雑文書きで糊口をしのいでいました。
都内にある昭和初期の洋館を訪れた島崎は、きちんと整理された資料を分析し、関係者に取材しながら、推理作家志望で早熟な少年だった淳の生い立ちをドキュメント形式で再構築していきます。淳の義父で妙子の夫である譲治は十数年前に失踪しており、屋敷にいるのは妙子と家政婦のほかは、譲治の連れ子(妙子は未婚の母として淳を産み落としています)のユキだけでした。淳の4つ年下のユキは、コケティッシュな性格と成熟した身体の持ち主で、島崎に接近してきます。
淳の生い立ちを調べるうちに、島崎は淳の周囲に奇怪な事件が次々に起こっていたことに気付きます。保育園時代はサンタクロースに扮した外国人に誘拐され、小学3年生の時には児童文学賞を受賞するという早熟ぶりを示すもののなぜか作品は掲載されず、連続幼女殺人事件が近所で起こってユキが犯人に襲われかけ、中学では成績優秀な同級生が変死していました。その都度、背の高い外国人男性――“異人”の影がちらつきます。
一方、取材を続ける島崎の周辺にも奇怪な出来事が連続します。尾行されたり、留守中、部屋に誰かが侵入していたり、取材先に謎の女が同じ内容を調べに立ち回っていたり、無気味に感じる島崎ですが、余計に熱心に取材と執筆にのめりこんでいきます。
洋館に隠された謎、富士の樹海に消えた淳の運命は――?
冒頭、男性とも女性とも取れる“淳”という名前が使われていた時点で、これが重要なトリックなのかと予想しましたが、すぐにあっさりと否定されました。「ははは、そんな単純なことには、皆さん引っかからないでしょう。お楽しみはこれからですよ」という作者の会心の笑みが伝わってきます。確かにクライマックスで、周到に張られた二重三重の伏線が次々と威力を発揮し、鮮やかなどんでん返しが起きるあたりは作者の面目躍如でしょう。実際に起きた大事件を上手に作品に持ち込むところも見事です(今回は宮崎事件。
「沈黙の教室」では大久保清の事件や連合赤軍リンチ事件が効果的に使われていましたね)。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.5.16


遙都 (ホラー)
(柴田 よしき / 徳間文庫 2002)

「炎都」「禍都」に続く壮大な伝奇SFホラー第3作。
「炎都」で大災厄と妖怪の群れに襲われて人口が激減し、「禍都」で南洋から飛来したテニアン島が上空に浮かんでいる京都では、日本政府直属の危機管理委員会の手によって無気味な黒いシェルターが次々に建設されています。洛北地質株式会社の社員でヒロインの木梨香流をはじめ、事件にかかわった人々(人間以外の種族も)は危機管理委員会の強引で陰湿なやり口に、「禍都」で存在が明らかになった太古の“黒き神々”の影を感じるのでした。
さらに、各所で不可解な事件が続発します。
「禍都」の事件で琵琶湖から出現した巨大昆虫に殺された海洋研究所員・佐久間の恋人、阿川真知は、接近してきた危機管理委員会の言動から佐久間が遺した秘密を知り、委員会を出し抜くべく動き始めます。また、香流の同僚・藤枝美枝は誘拐されてどことも知れぬ場所へ幽閉され、思わぬ人物と再会します。サイパン島で“アルル文字”にかかわった安川は、帰国するために乗った飛行機が墜落し、奇跡的に助かりますが、隣の席に座っていた美少女・亜梨沙が抱いていたテディベアの人形が邪悪な笑みを浮かべたのを目撃します。香流の恋人で一条帝の転生でもある真行寺君之は、マンションの部屋ごと異空間へ閉じ込められ――。
人間以外の種族――ちょい悪親父を気取る鞍馬山の天狗・三善、ゲッコー族の珠星、宇宙の彼方から太古に飛来した“青の民”、紅姫とは別の新たな火妖族まで現れ、関係者が必然的にあるべき場所へ吸い寄せられて、遂にゲッコー族の遺伝子記憶に刻まれた予言が示した大変動が眼前に出現することになります。“黒き神々”の降臨は食い止められるのか・・・。
『魔界水滸伝』や『幻魔大戦』など、先行する作品のエッセンスをうまく換骨奪胎してオリジナリティを組み合わせ、コンパクトに(この長さでどこがコンパクトだ、という話もあるかも知れませんが、冗長さがまったくないという意味で)読みやすくまとまっています。
さらにスケールアップして「宙都」へ続きます(でも現時点で文庫に落ちていません(^^;

オススメ度:☆☆☆☆

2006.5.20


クトゥルー12 (ホラー:アンソロジー)
(大瀧 啓裕:編 / 青心社文庫 2002)

クトゥルー神話アンソロジーの第12巻。
12巻ともなると、名の知れた作品が少なくなるのは仕方がないところでしょうか。でも、それなりにビッグネームは揃っています。
全8篇のうち、面白かったのはロバート・ブロックの「首切り入り江の恐怖」。カリブ海の孤島近くの海底で見つかった沈没船の財宝探しとクトゥルー眷属とを結びつけて、怪奇と冒険の要素をうまく融合させています。ダーレス&スコラーのコンビは通俗的ながら派手な怪物を登場させるのが得意ですが、「湖底の恐怖」は湖の浚渫作業で古の結界が破れ、出現した怪物が沿岸住民を恐怖に陥れるウルトラQ的なお話。同コンビによるもう1篇「モスケンの大渦巻き」は、北極圏近くの孤島に潜んでいた不死の怪人がヨーロッパ文明圏に出現する物語。ゼリア・ビショップの中篇「墳丘の怪」は、北米先住民の怪異な伝説が息づく丘陵地で発見された、数百年前のスペイン人探検家の手記にからめて地下の異世界クン=ヤンを垣間見せる大作ですが、冗長さが難点。他に、太古のヒューペルボリアを舞台にした「サタムプラ・ゼイロスの物語」(C・A・スミス)、御大ラヴクラフトの「ヒュプノス」、雪の精霊の怪異を描く「イタカ」(A・ダーレス)など。

<収録作品と作者>「アルハザードの発狂」(D・R・スミス)、「サタムプラ・ゼイロスの物語」(クラーク・アシュトン・スミス)、「ヒュプノス」(H・P・ラヴクラフト)、「イタカ」(オーガスト・ダーレス)、「首切り入り江の恐怖」(ロバート・ブロック)、「湖底の恐怖」(オーガスト・ダーレス&M・スコラー)、「モスケンの大渦巻き」(オーガスト・ダーレス&M・スコラー)、「墳丘の怪」(ゼリア・ビショップ)

オススメ度:☆☆

2006.5.20


鳥玄坊 時間の裏側 (伝奇)
(明石 散人 / 講談社文庫 2002)

マニアック伝奇SF『鳥玄坊』シリーズ第2弾。
右翼系出版社の編集者を務める鈴木宣幸は、恋人の大導寺五十鈴と一緒に訪れた江ノ島海岸で、深夜、浜に打ち上げられた巨大魚、10メートルを越えるリュウグウノツカイを目撃しますが、直後に怪しげな男女の一団と遭遇します。石神亜玖梨と名乗る凄みのある若い女性と付き添いの男性との会話を盗み見た鈴木は、読唇術から「チョウゲンボウ」という言葉が語られているのを知ります。
右翼の大立者で兄貴分に当たる真部義一郎に問い合わせると、真部は「『チョウゲンボウ』には首を突っ込むな」と警告します。一方、石神亜玖梨について調査を進める鈴木は、亜玖梨の実年齢が100歳近いのではないかという証拠を入手し、半信半疑ながらも不老長寿の人間の存在について考え始めます。公安委員会に勤める旧知の北村(右翼と公安は裏の世界で持ちつ持たれつの関係にある)とコンタクトを取った鈴木は、不老不死を探るうちに浦島太郎伝説に逢着します。また、リュウグウノツカイの出現と大地震との関連を調べるうちに、北村から内閣調査室の専門家・一乗寺マキを紹介されることになります。
リュウグウノツカイを浅海に浮上させるきっかけとなる「三重交点」の謎、鳥取砂丘に息づく浦島太郎伝説、信貴山縁起絵巻に描かれた空飛ぶ鉢とUFOの関連、日本史の裏面に息づく道教の要素など、マニアックな古代史ネタからオカルト、国際謀略説に至るまでの興味深い素材をごった煮にしながら、世界を裏で操る(?)鳥玄坊一派の存在が浮かび上がってきます。
前作
「根源の謎」では、鳥玄坊一派の視点から、世界を大変動から救おうとするかれらの人間離れした(笑)活動が描かれていましたが、今回は一般市民(でもないか)の側から、超人的な謎の組織として鳥玄坊一派の正体を暴こうとする姿を描いています。そして、目の前に浮かび上がるのは、まさに「時間の裏側」に存在する人々の姿なのです。
さらに続篇があります。近日登場。

オススメ度:☆☆☆

2006.5.22


犯罪カレンダー<1月〜6月> (ミステリ)
(エラリイ・クイーン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2002)

1年12ヶ月の各月にちなんだ風物や記念日、行事などをテーマにした12の短篇を集めた短篇集の上巻です。
クイーンと言えば、長篇の他に短篇にも優れた手腕を発揮しています。初期の「エラリー・クイーンの冒険」「エラリー・クイーンの新冒険」ではタイトルの末尾に必ず「冒険」を付けたり、スポーツをテーマにしていたり(「新冒険」所収の4篇)、いろいろと工夫を凝らしていました。本作は異色で、1940年代を中心にラジオドラマとして放送された脚本(もちろんクイーン自身が書いています)の中からセレクトして小説化したものです。
まずは前半の1〜6月ですが、新年に例会を開く大学同窓生のクラブに潜む秘密「双面神クラブの秘密」、ジョージ・ワシントンの誕生日にワシントンが遺した記念物を探索する「大統領の5セント貨」、しがない私立探偵の確定申告書が盗まれた事件「マイケル・マグーンの凶月」、嵐の晩に招待された謎めいた屋敷で10年前に起きたという射殺事件の謎を解く「皇帝のダイス」、南北戦争の従軍兵士の生き残りが隠した財宝をめぐる殺人「ゲティスバーグのラッパ」、結婚式のさなかに毒殺されたジューン・ブライドの悲劇「くすり指の秘密」の6篇。
後半へ続きます。

<収録作品>「双面神クラブの秘密」、「大統領の5セント貨」、「マイケル・マグーンの凶月」、「皇帝のダイス」、「ゲティスバーグのラッパ」、「くすり指の秘密」

オススメ度:☆☆☆

2006.5.23


またまたへんないきもの (博物誌)
(早川 いくを / バジリコ 2006)

昨年読んだ「へんないきもの」の続篇です。
前作と同様、珍妙で怪奇な外見・生態・習性を持つ生き物が、原生動物から脊椎動物までたっぷりと紹介されています。ネタが尽きて来たのか、マニアックさが増しているような気も(笑)。個人的なお勧めは、やはりネコカイチュウとかクダクラゲとかオニイソメとかメタンアイスワームとか、ぬるぬるにょろにょろ系。
一部の生き物について、イラストのカラー版が別紙として添付されていますが、カラーは美しいというより、どちらかといえばグロいです。やはりモノクロの写実的イラストがベストでしょう。
生き物の珍妙な名前に関するツッコミや、寄生虫博士こと藤田紘一郎さんへのインタビューなどコラムも充実しています。

オススメ度:☆☆☆

2006.5.24


犯罪カレンダー<7月〜12月> (ミステリ)
(エラリイ・クイーン / ハヤカワ・ミステリ文庫 2002)

「犯罪カレンダー」の下半期(笑)です。
製薬会社の創業者邸で起きた“火”と“水”がからんだ狙撃事件「墜落した天使」、17世紀の海賊が財宝を隠したという孤島でエラリイが宝探しをする「針の目」、失踪した地方大学の教授が残したミステリ小説の通りに現実の事件が進展する「三つのR」、ハロウィーンの晩の仮装パーティに黒猫の扮装で参加したエラリイとニッキーが暗闇での殺人事件に巻き込まれる「殺された猫」、収穫祭のボランティア活動が思いがけない犯罪に発展してしまう「ものをいう壜」、年末のデパートを舞台に時価10万ドルを越える人形を盗むと予告した怪盗とエラリイの知恵比べを描くクリスマス・ストーリー「クリスマスと人形」の6篇が収められています。
エラリイの他、元気のいい女性秘書ニッキイ・ポーター、父親のクイーン警視、ヴェリー部長刑事といったレギュラー陣が生き生きと描かれるほか、各話の冒頭にアシモフばりの薀蓄が傾けられ(というより、クイーンの方がアシモフに先行しているわけですが)、どこからでも気楽に読めます。

<収録作品>「堕落した天使」、「針の目」、「三つのR」、「殺された猫」、「ものをいう壜」、「クリスマスと人形」

オススメ度:☆☆☆

2006.5.25


航宙軍提督ハリントン(上・下) (SF)
(デイヴィッド・ウェーバー / ハヤカワ文庫SF 2002)

痛快ミリタリーSF『紅の勇者オナー・ハリントン』の第5巻です。
タイトルを見て、ふと思いました――え、もう提督になっちゃうの? いくらハリントンがやり手だとはいえ、強大なマンティコア航宙軍の中で提督というのは大抜擢ですし、もしかしたら“シーフォート”シリーズのように何十年もの時をジャンプしてハリントンがおばさん(笑)になってしまった時代が舞台なのかと心配してみたり。でも読み始めてみると、それは杞憂でした。
今回、ハリントンが提督に就任したのは本国のマンティコア航宙軍ではなく友邦のグレイソン航宙軍。実は第2話
「グレイソン攻防戦」で、宗教的に対立する惑星マサダと敵国ヘイヴン人民共和国の連合軍からグレイソンを救った功績で、ハリントンは所領を封ぜられ、グレイソン初の女性領主になっていたのでした。
前巻で仇敵パーヴェル・ヤングとの確執に決着を付けたハリントンですが、政治的思惑によってマンティコア軍からは休職を命ぜられ、今はグレイソンで心の傷を癒しながら領主としての日々を過ごしています。そんなハリントンに、グレイソンの護国卿ベンジャミンはグレイソン航宙軍の提督への就任を打診してきます。マンティコアとの同盟により、急に近代的航宙軍を整備したグレイソンでは、経験豊富な人材が決定的に不足していたのです。
ためらいつつもグレイソン航宙軍提督に就任したハリントンは、かつて敵味方に分かれて戦った好敵手アルフリードを旗艦艦長に迎え、経験不足のグレイソン士官たちを猛訓練で鍛えていきます。
しかし、男尊女卑の宗教的伝統が根強く残るグレイソンでは、外国人で異教徒で女性というハリントンの存在を快く思わない勢力が策謀をめぐらせていました。守旧派の有力領主バーデット卿を中心として、神の名の下に悪辣な陰謀が企まれていきます。
一方、マンティコアを中心とする連合軍と、ヘイヴン人民共和国との戦争は膠着状態に陥り、各星域でにらみ合いが続いています。そしてヘイヴン革命政府のロベール・ピエール議長は状況を打破すべく秘密作戦の発動を命令します。
グレイソン本星での守旧派の破壊工作、宇宙においてはヘイヴン大艦隊の侵攻――と、腹背に敵を受けて窮地に陥るハリントンですが、不屈の闘志と知恵で反撃に転じます。
あとは一気呵成。前巻に引き続いて決闘シーンもあり、後半、それぞれの敵の工作が具体化するあたりからは途中でやめられなくなります(笑)。少なくとも下巻に取りかかる際には時間をたっぷり確保しておいた方がいいです。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2006.5.27


飛鳥昔語り (コミック)
(清原 なつの / ハヤカワコミック文庫 2006)

先月、発売と同時に買って読んだのに、ここへ書くのを忘れていました。
ハヤカワコミック文庫版清原さん初期作品集の第2弾。これで「3丁目のサテンドール」を除いて、初期作品はすべて収録されたでしょうか。
初の歴史ロマン「飛鳥昔語り」、りぼん新人漫画賞佳作受賞作で、マンガを描くことへの彼女の思いがストレートに表現されている「チゴイネルワイゼン」、誰かさん(笑)のペンネームの元ネタ「村木くんのネコぶるーす」、なつのさん版のユニークな鶴の恩返し「鶴姫哀話」、初期から中期への橋渡し作品とも言える「飾り窓のあかね姉さん」など7篇を収録。

<収録作品>「飛鳥昔語り」、「チゴイネルワイゼン」、「ぼくの中のアリスへ」、「村木くんのネコぶるーす」、「桜の森の満開の下」、「鶴姫哀話」、「飾り窓のあかね姉さん」、「飛鳥昔語りの頃の事」

オススメ度:☆☆☆☆

2006.5.28


黒竜戦史7 ―黒い塔の戦士― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2002)

『時の車輪』シリーズ第6部の第7巻。「黒竜戦史」としてはラス前です。
シームリンに滞在中のアル=ソアを訪ねてきたサリダールの異能者たちの代表団。同行してきたミンが単身アル=ソアの元を訪れます。ミンのなれなれしい態度にうろたえると共に癒しを得るアル=ソア。そして、しばらく出番がなかったペリンもシームリンへ到着し、妻ファイールの両親と居心地の悪い初対面を果たします。アル=ソアはかねてから絶対力を使える男性をひそかに集めて訓練を施していましたが、ついに訓練所を<黒い塔>と名付け、<白い塔>に対抗する勢力であることを宣言します。
一方、大きな力を持つテル=アングリアルを求めてアルタラ国の港町エバウ・ダーに向かったナイニーヴとエレインは、アビエンダ、ビルギッテ、護衛のマットや吟遊詩人メリリン、サンダー親方らと共に目的地に到着します。
あと
1巻ではとても収拾がつきそうにないですけど、どのようになって次シリーズに続くのでしょうか。

オススメ度:☆☆☆

2006.5.29


美青年アルマンの遍歴(上・下) (ホラー)
(アン・ライス / 扶桑社ミステリー 2002)

耽美ホラー『ヴァンパイア・クロニクルズ』のシリーズ第6作。外伝扱いの「パンドラ、真紅の夢」を含めれば7作目となります。
今回の主人公は、レスタトの次に登場率が高い割にはあまり目立たない(笑)アルマン。「肉体泥棒の罠」以外は皆勤賞だそうですが、1作目「夜明けのヴァンパイア」に出ていた記憶がありませんでした。第2作「ヴァンパイア・レスタト」で、レスタトが訪れたパリで<闇の子供たち>というヴァンパイア集団を厳しい掟で率いており、レスタトに敗れた後はヴァンパイアが世をしのぶための劇場を立ち上げたものの、自分の存在意義について苦悩する苦労人――というイメージが強く、本作で描かれているような美青年という印象は少なかったような気がします。
さて、本作は前作「悪魔メムノック」のラストで、ダンテの「神曲」さながらの地獄めぐりの末に神と対面して地上に戻って来たレスタトのもたらしたものに衝撃を受け、太陽に向かって飛び出して行ったアルマンのその後を描くと共に、まだ人間だった15世紀からの数百年をアルマン自身が語るのを、デイヴィッド・タルボットが書き留めるという体裁になっています。生身の人間だった頃は超常現象を研究する秘密結社の幹部だったタルボットの頼みを受けて、主人公が半生を語るという形式は、「パンドラ、真紅の夢」と同じ。
さて、時は15世紀、ウクライナのキエフにイコンを描かせれば神業とたたえられた少年アンドレイがいました。しかし、襲撃してきたタタール人に拉致されたアンドレイは、奴隷商人を介してイタリアのヴェネツィアへと売られてしまいます。苛酷な体験に、ほとんどの記憶をなくしてしまったアンドレイを買い取ったのは、紀元前から生きているヴァンパイアのマリウスでした。アマデオという新たな名をもらい、マリウスの寵愛を受けた彼は、勉強に恋にと充実した日々を送りますが、美しい娼婦ビアンカが巻き込まれたトラブルを解決するためにマリウスが悪徳商人たちを殺戮する姿を見て、自分の主人の正体を悟ります。そして、自分が袖にしたイングランド貴族の剣で傷つけられたアマデオは、刃に塗られた毒のために瀕死の状態に陥り、マリウスはアマデオを救うために闇の口づけを施します。
こうしてヴァンパイアに生まれ変わったアマデオは、マリウスを師としてさらに様々なことを学んでいきますが、サンティーノが率いる敵対するヴァンパイア集団の襲撃を受け、マリウスは炎上、アマデオは拉致されてしまいます。
その後、サンティーノ一味に受け入れられたアマデオはアルマンと名前を変え、パリのヴァンパイア集団の頭領として送り込まれます。そこから先は「ヴァンパイア・レスタト」に描かれている通りで、その部分はここでは多くは語られません。
後半は、「悪魔メムノック」のラストで太陽に向かっていったアルマンが、新たな愛の対象――薄幸の女性ピアニストとベドウィン人の少年――を見出した経緯が描かれます。

オススメ度:☆☆☆

2006.6.1


ジェラルドのゲーム (ホラー)
(スティーヴン・キング / 文春文庫 2002)

いかにもキングらしい、心理サスペンス・ホラー。
休暇を過ごしに誰もいない山荘にやってきた、中年弁護士のジェラルドと妻ジェシー。マンネリになった夫婦生活に刺激を与えようというジェラルドのアイディアで、手錠を使ったSMプレイが行われようとします。ところが、ジェシーの両手を手錠でベッドの柱に繋いだところで、ジェラルドは心臓発作に襲われ急死。パンティ1枚の姿のジェシーは、ベッドの上でバンザイの格好をしたまま身動きが取れなくなってしまいます。手錠は警察が使う本格的なもので、引っ張ってもびくともせず、鍵は手の届かない棚の上。電話も部屋の端にあり、ベッドの下には夫の死体。どうあがいても外部と連絡を取ることができません。
パニックにかられたジェシーの頭に、批判的なものや同情的なものなど、いくつもの声が響き渡ります。そして、過去の出来事が次々とよみがえってきます。特に、1963年の夏、日食の日に別荘で父親とふたりきりでいた10歳のジェシーが体験した、いまわしい事件が――。
物語は、絶望的な状況の中、なんとか手錠から逃れようとするジェシーの鬼気迫る行動と、過去の記憶が入り混じりながら進んでいきます。野犬が入り込んでジェラルドの遺体を食い荒らしたり、夜には月光を浴びて無気味な人影が室内に現れたり。ジェシーの運命は――?
極限状況ホラーというのはキングのお得意ですが、個人レベルでの極限状況と、町や世界単位での極限状況にシチュエーションが分けられます。後者は「呪われた町」や「霧」がありますが、この「ジェラルドのゲーム」は典型的な前者。事故でけがをしたベストセラー作家が狂信的な女性ファンに監禁されて小説を書かされる「ミザリー」とか、狂犬病のセントバーナードが外をうろついているために母子が車の中に閉じ込められる「クージョ」と同系統の作品です。特に、「クージョ」で象徴的に扱われていた“クローゼットに潜む化け物”と、本作に登場する“夜に出現する異様に青白い顔をしたスペース・カウボーイ”には共通項があります。
また、1963年の日食の日がキーになっているという点で
「ドロレス・クレイボーン」と共通していますが、ストーリーにつながりはありません(互いの主人公が相手の姿を幻視するというシーンはありますが)。
途中にすさまじいスプラッターな(というか、生理的にすごく痛い)描写もありますが、キングには珍しく読後感がさわやかな作品です。

オススメ度:☆☆☆

2006.6.4


キネマ・キネマ (ホラー:アンソロジー)
(井上 雅彦:編 / 光文社文庫 2002)

テーマ別ホラー・アンソロジー『異形コレクション』の第23巻。今回のテーマは、タイトルの通り「映画」です。これまで「俳優」をテーマにしたものはありましたが、映画そのものは初めて。
今はほとんど映画というものを見ませんが(ビデオやDVDが普及してしまい、「いつか見られるからいいや」となってしまうのですね。で、その「いつか」は永久に来ない(^^;)、かつてはオカルト映画(「ホラー」という名称は存在しなかった)が大好きで、よく見に行っていました。「キャリー」「フューリー」「サスペリア」の頃がピークだったかな? ミミズが苦手なのに「スクワーム」を見に行ったり(実際見てみると、大量発生したのはミミズではなくゴカイかヤスデでした)、低予算でしたけど「魔鬼雨」(クライマックスでは悪魔崇拝者が雨に降られてみんなドロドロに溶けてしまいます。理由不明)がいちばん面白かったような気がします。
さて、本書では、怪奇・ホラー映画はもちろんですが、それ以外にもあらゆるジャンルの映画や出演の俳優・女優をネタに、様々な異形の場面が展開されます。元ネタを知らなくても、ちゃんと巻末に解題がありますので問題なし。
思わぬ人物の未知との遭遇を描く「未知との遭遇」(石田 一)、写真と映画の相互関係というモチーフから無限ループを描くシーンに落ち込んだ男「ZOO」(乙一)、映画ではなく映画を上映する場への憑きもの「左利きの大石内蔵助」(田中 文雄)、同様に製作現場への憑きもの「プリン・アラモードの夜」(速瀬 れい)、さらに衣装への憑きもの「衣装を着ける」(竹河 聖)、すべての観客が途中で席を立って逃げ出してしまうという映画の謎「コルトナの亡霊」(中島 らも)、エジソンと同時代に映画を発明した男の失踪の謎を追う「映画発明者」(北原 尚彦)、戦国時代を舞台に幻術をほしいままにした果心居士の暗躍を描く「恐怖燈」(朝松 健)、実在のホラー映画祭の狂騒の中にいつのまにか異形が入り込むレポート「<ファンタスポルト・レポート>ヴァンパイア・ボール」(友成 純一)、多重構造を持つメタ・ホラー「ディレクターズ・カット」(浦浜 圭一郎)、ネタ的に最も気に入った「3D」(町井 登志夫)、廃墟と化した映画館(それだけでホラーですが)を舞台にしたノンストップ・スプラッター「アナーキー・イン・ザ・UK」(平山 夢明 この人がデルモンテ平山氏と同一人物だと初めて知りました)など。

<収録作品と作者>「未知との遭遇」(石田 一)、「ストップ・モーション・マン」(小中 千昭)、「ZOO」(乙 一)、「左利きの大石内蔵助」(田中 文雄)、「あたしの家」(矢崎 存美)、「コルトナの亡霊」(中島 らも)、「映画発明者」(北原 尚彦)、「赤と青」(草上 仁)、「プリン・アラモードの夜」(速瀬 れい)、「眼居」(石神 茉莉)、「キネマの夜」(江坂 遊)、「第三半球映画館」(本間 祐)、「サイレント」(井上 雅彦)、「衣装を着ける」(竹河 聖)、「恐怖燈」(朝松 健)、「あなたの下僕」(飛鳥部 勝則)、「<ファンタスポルト・レポート>ヴァンパイア・ボール」(友成 純一)、「3D」(町井 登志夫)、「ディレクターズ・カット」(浦浜 圭一郎)、「RESTRICTED」(久美 沙織)、「アナーキー・イン・ザ・UK」(平山 夢明)、「私のように美しい・・・・・・」(高野 文緒)、「陽の光、月の光」(安土 萌)、「通行人役」(菊地 秀行)

オススメ度:☆☆☆

2006.6.7


秘神界 歴史編 (ホラー:アンソロジー)
(朝松 健:編 / 創元推理文庫 2002)

すべて書き下ろし作品による、日本初の本格的クトゥルー神話アンソロジー。「歴史編」と「現代編」に分かれていますが、こちらは「歴史編」。つまり現代以外のあらゆる時代と場所が舞台になっています。
11篇の小説が収められているほか、映画やゲーム、日本のコミックに息づいている邪神たちの息吹を伝える評論とビブリオグラフィも充実しており、
「クトゥルー神話事典」と併読すれば日本の各メディアにおけるクトゥルー神話の全貌を知ることができます。
順番に小説を紹介すると、まず太平洋戦争中を舞台にしたものがふたつ――神戸の大空襲の中を逃げまどううちに洋館に迷い込んだ少年が異形のものに出会う「おどり喰い」(山田 正紀)と、沖縄攻防戦のさなかに邪神が復活する「五月二十七日」(神野オキナ)。戦争という極限状況にクトゥルー神話は良く似合います。戦後すぐと現代を結んで、恐怖の度合を測るという謎の科学者が実験を繰り広げる「恐怖率」(小中 千昭)、同じく戦後復興期と現代を呪われた血の縁が結ぶ「逆しまの王国」(松尾 未来)というひそやかな恐怖譚2編の後は、一転して伝奇活劇となります。
西遊記の世界にクトゥルー神話を融合させた「苦思楽西遊傳」(立原 透耶)は、クトゥルー一味に封印された孫悟空を助けた三蔵法師――彼が求めるのは天竺の“無名都市”に眠る禁断の教典というわくわくする設定の中、「魔界水滸伝」もかくやというひとひねりした伝奇作品。「邪宗門伝来秘史」(田中 啓文)は、戦国時代に来日したイエズス会士フランシスコ・ザビエルがもたらしたのはキリスト教ではなかったという設定の下で、日本を守る柳生一族と邪教の徒との戦いが描かれます。今後、長篇化されるということで楽しみです。
「五瓶劇場 戯場国邪神封陣」(芦辺 拓)は、江戸時代にひょんなことから復活してしまったクトゥルーの眷属が思わぬところから出現し、それを封じるために当時の歌舞伎脚本家、読本作家、浮世絵師などが大同団結して戦うというユニーク篇。
そして魔都・上海を舞台にした耽美的な2編は、北米ネイティヴ・アメリカンの間で崇拝される蛇神イグをめぐる背徳的な官能に満ちた「蛇蜜」(松殿 理央)と、かかわり合う男性をことごとくおぞましい姿に変貌させてしまう美女がたどる永遠の夜の旅を描く「夜の聲 夜の旅」(井上 雅彦)。
史実を実在の人物をうまく組み合わせてリアリティ(もちろんフィクションとしてのリアリティ)を持たせているのは、明治時代に祖父が南洋の島から持ち帰った呪物から異形のものが出現する「明治南島伝奇」(紀田 順一郎)と、禁酒法時代のシカゴを舞台にした「聖ジェームズ病院」(朝松 健)。特に「聖ジェームズ病院」は、ダーレスの「永劫の探求」へのオマージュとも思われる設定で、ギャング同士の抗争と邪神の跳梁、それに巻き込まれた美男美女と、かれらを助けて邪神と対決するオカルティストと用心棒の日本人青年という映画的な傑作。登場人物の正体が最後に明かされるのも出色です。
一休みして(笑)、「現代編」へと続きます。

<収録作品と作者>「おどり喰い」(山田 正紀)、「五月二十七日」(神野 オキナ)、「恐怖率」(小中 千昭)、「逆しまの王国」(松尾 未来)、「苦思楽西遊傳」(立原 透耶)、「邪宗門伝来秘史(序)」(田中 啓文)、「五瓶劇場 戯場国邪神封陣」(芦辺 拓)、「蛇蜜」(松殿 理央)、「夜の聲 夜の旅」(井上 雅彦)、「明治南島伝奇」(紀田 順一郎)、「聖ジェームズ病院」(朝松 健)、「ラヴクラフトのいる風景」(米沢 嘉博)、「映画におけるクトゥルー神話」(鷲巣 義明)、「ゲームにおけるクトゥルフ」(安田 均)、「日本作家によるラヴクラフト・CTHULHU神話関連作品リスト」(久留 賢治)、「クトゥルー神話コミックリスト」(星野 智)、「ラヴクラフト作品/クトゥルー神話映画リスト」(青木 淳)

オススメ度:☆☆☆☆

2006.6.10


ユーロクとの戦い (SF)
(H・G・エーヴェルス&クラーク・ダールトン / ハヤカワ文庫SF 2006)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第324巻。300巻以降、続いてきた“銀河のチェス”サイクルもあと1話となります。
この巻は、ローダンが、ずっとさまよい続けてきた異銀河に別れを告げるべく、山積した問題にケリをつける回と言っていいでしょう。そのため、いささか駆け足になっている感は否めません。
前半では、人口爆発に悩むナウパウム銀河の問題を解決するべく、隣接するカトロン銀河への移民が可能になるような大胆な作戦を発動させる一方、故郷銀河へ帰還するための設備の使用権をめぐって、アッカローリーのゼノと対決することになります。ここで、古代種族ユーロクの最後のひとりトリトレーアの深謀遠慮が発揮され、意外な事実が明らかにされるわけですが、計算したどんでん返しというよりも、苦し紛れの帳尻合わせという印象が(^^;
そして、ローダンを帰還させまいとする(個人的なエゴではなく種族に対する利害を考慮した結果)トリトレーアとの最後の対決が始まります。
来月は、ついに新サイクルに突入ですね。新(当時の)プロット作家フォルツの手腕がどう発揮されるのでしょうか。

<収録作品と作者>「パインテクの陰謀」(H・G・エーヴェルス)、「ユーロクとの戦い」(クラーク・ダールトン)

オススメ度:☆☆☆

2006.6.12


秘神界 現代編 (ホラー:アンソロジー)
(朝松 健:編 / 創元推理文庫 2002)

本格クトゥルー神話アンソロジー「秘神界」の後半、現代編です。タイトル通り、現代を舞台にした17編と、評論2編が収められています。
特筆すべきは、巻頭と巻末に収録された2篇。筋金入りのラヴクラフィティアンである俳優の佐野史郎さんが書いた「怪奇俳優の手帳」と、これまたクトゥルー神話(いえ、ク・リトル・リトル神話(^^;)を早くから日本に紹介してきた荒俣宏さんの「道」。「怪奇俳優の手帳」は、「ダンウィッチの怪」をドラマ化する現場で起こる怪異を体験する俳優(たぶん本人がモデル)を描いた、現実と虚構を織り交ぜた佳編。また「道」も、アメリカ旅行の途中にラヴクラフトの故郷プロヴィデンスに立ち寄った荒俣さん自身が、不思議な一夜を過ごす話ですが、こんな体験をしたらラヴクラフィティアン冥利に尽きるでしょう。しかもその怪異の原因となる現実の事件の扱いも出色です。
現実の事件とシンクロさせたという点では「泥濘」(飯野 文彦)も出色。ふたりの少女のダイアローグのみで構成される「清・少女」(竹内 義和)、都会の闇に邪神の影がうごめく「ルシャナビ通り」(伏見 健二)と「ユアン・スーの夜」(南條 竹則)、逆に閉鎖的な田舎町というラヴクラフト伝統の舞台装置で怪異が迫る「土神の贄」(村田 基)と「夢見る神の都」(妹尾 ゆふ子)。
極彩色の官能的なスプラッター・シーンが展開される「屍の懐剣」(牧野 修)と「天にまします……」(安土 萌)、すさまじいスプラッターな惨劇が展開されているはずなのに、なぜかばからしくもシュールでファンタジックなイメージが展開する「インサイド・アウト」(友成 純一)。このタイトルは秀逸です。
破滅後の世界が舞台のバイオレンスSF「暗闇へ一直線」(友野 詳)、世界を挙げて邪神の復活を阻止しようとする(でもオチは途中でわかってしまいました)「C市」(小林 泰三)、ロマンス的要素を重視したという「語りかける愛に」(柴田 よしき)など、バリエーションも考えられていますが、「歴史編」に比べるとオーソドックスな内容の作品が多く、ぶっ飛び方は低い気がします。

<収録作品と作者>「怪奇俳優の手帳」(佐野 史郎)、「清・少女」(竹内 義和)、「土神の贄」(村田 基)、「ルシャナビ通り」(伏見 健二)、「ユアン・スーの夜」(南條 竹則)、「屍の懐剣」(牧野 修)、「泥濘」(飯野 文彦)、「イグザム・ロッジの夜」(倉阪 鬼一郎)、「地底湖の怪魚」(田中 文雄)、「天にまします・・・・・・」(安土 萌)、「インサイド・アウト」(友成 純一)、「語りかける愛に」(柴田 よしき)、「或る彼岸の接近」(平山 夢明)、「夢見る神の都」(妹尾 ゆふ子)、「暗闇に一直線」(友野 詳)、「C市」(小林 泰三)、「道」(荒俣 宏)、「異次元からの音、あるいは邪神金属」(霜月 蒼)、「現代オカルティズムとラヴクラフト」(原田 実)

オススメ度:☆☆☆

2006.6.14


汚辱のゲーム(上・下) (ホラー)
(ディーン・クーンツ / 講談社文庫 2002)

久々に読んだクーンツです。講談社文庫では初登場ですね。
女性ゲームデザイナーのマーティと、ペンキ屋で働く夫のダスティは、子供はないものの愛犬ヴァレイと幸せに暮らしていました。ところが、その平和な生活に無気味な影が忍び寄ってきます。
ダスティと同じ職場で働くスキートは、実はダスティの父親違いの弟でしたが、仕事先でいきなり屋根から飛び降り自殺をしようとします。小さい頃から薬物依存症だったスキートは、過去にも問題を起こしたことがありましたが、ダスティが面倒をみるうちによくなってきた矢先のことでした。「自殺しろと命令された」と飛び降りようとしたスキートは、ダスティや仲間の機転で助けられます。薬物依存者向けの病院に収容されたスキートは、彼の部屋でダスティが見つけたメモに書かれた人名「ドクター・イェン・ロー」という言葉を聞くと異様な反応を示します。
一方、妻のマーティは、不意に自分がダスティをひどく傷つけるのではないかという強迫観念に襲われ、パニックを起こします。そんな自分を恐れつつも、マーティは親友スーザンの面倒もみなければなりません。スーザンは数年前から広場恐怖症にかかっており、高名な心理セラピスト、ドクター・アーリマン(このネーミングに「ん?」と違和感を感じたあなたは鋭い(^^;)のカウンセリングを受けていますが、マーティが無理やり送り迎えをしないと外にも出られない状態でした。そしてスーザンは、別れた夫のエリックが夜な夜な自宅に忍び込んで自分を陵辱しているという妄想(?)にも悩まされています。
マーティ、ダスティ、スーザンの3人とも、短時間の記憶の欠落があることがわかってきます。スーザンは深夜の侵入者の行動を証明しようと、ヴィデオカメラで隠し撮りしようとします。そこに映っていたのは、驚愕の事実でした。
かれらを陥れようとする悪意の正体は、意外に早い段階で(300ページほど経過した時点)明らかになります。そして、鋭い知性を持つダスティとマーティは、自分たちが陥らされている状態をおぼろげながら理解し始め、謎を解こうと行動を開始します。一方、それを察知した敵も先回りして罠をめぐらせます。戦いの行方は――。
使われている仕掛け自体は、クーンツの初期のいくつかの作品(ネタバレになる可能性がありますのでタイトルは伏せます)でも扱われているもので、物珍しくはありません。しかし、各登場人物が負っている過去のトラウマも詳しく描き出され、クライマックスで細かなあらゆるピースがぴたりとはまって事件の全貌が明らかにされるくだりには、クーンツの職人芸が如何なく発揮されています。また、
「心の昏き川」などと共通の背景が存在しており、物語に厚みを与えています。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.6.20


絡新婦の理 (ミステリ)
(京極 夏彦 / 講談社文庫 2002)

『京極堂』シリーズ第5作です。
「鉄鼠の檻」事件の直後。四谷のうらぶれた連れ込み宿で、娼婦と思われる女性が両目を潰された死体で発見されます。既に同じ手口で3人の女性が殺害されており、指名手配されている“目潰し魔”こと平野祐吉の犯行と推定されます。しかし、現場検証に訪れたおなじみの強面刑事・木場修は、目撃証言から、旧知の友人・川島新造が事件に係わっていることを直感します。
一方、千葉の山中にあるミッション系の名門女子学園・聖ベルナール学院では、生徒たちの間で無気味な噂がささやかれていました。舎監だった厳格な女教師・純子が“目潰し魔”に殺害され、それは学園の片隅に安置されている“黒い聖母”に誰かが呪いを念じたせいだというのです。女生徒・美由紀は、不幸な目に遭っていた親友の小夜子とともに呪いの噂を探るうちに、“蜘蛛の僕”と呼ばれる謎めいたサークルと、少女売春組織の存在にたどり着きます。創設者の孫でもある美貌の女生徒・織作碧は、それらの謎にどう関わっているのか・・・。謎を追ううちに、殺人と投身自殺が発生し、そこには千葉県各地で殺人事件を起こしている“首締め魔”の影がちらつきます。
妙な偶然から、美由紀の祖父の家に投宿していた釣り堀屋・伊佐間(「狂骨の夢」に出てきましたね)と、骨董商・今川(「鉄鼠の檻」の事件に巻き込まれていました)は、県内の名家である織作家(碧の実家)を訪れます。逝去したばかりの当主が遺した書画骨董を処分したいという未亡人・真佐子の依頼によるものでした。織作家は女系家族で、真佐子の次女・茜、過激な女権運動家の三女・葵(碧は四女で、長女の紫は既に死亡)が同居していましたが、翌日、茜の婿でベルナール学院の理事長でもある是亮が書斎で絞殺されてしまいます。
日本屈指の財閥である柴田家(「魍魎の匣」に登場しました)とも縁が深い織作家(とベルナール学院)で突発した事件に、柴田家も腰を上げ、顧問弁護士の増岡が私立探偵・榎木津に調査を依頼、相変わらずの榎木津は、「鉄鼠の檻」事件をきっかけに神奈川県警を辞めて探偵を志望した元刑事の益田を見習いに採用し、動き始めます。そして、京極堂の許にも、伊佐間から憑物落しの依頼が――。
複数の事件、複数の被害者、複数の実行犯が錯綜し、互いに無関係と思われていた事件の間に思わぬ符合が存在することが次第に明らかにされていくという、いつもながら複雑にして絶妙なプロット。それに加えて、偶然性を認識し許容した上ですべての関係者を手のひらで操る“蜘蛛”の存在は、京極堂ですら、自身を「ゲームの手駒に過ぎない」と言わしめてしまうシリーズ最大の敵だと言えるでしょう。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.6.24


英国庭園の謎 (ミステリ)
(有栖川 有栖 / 講談社文庫 2000)

有栖川さんの和製(?)国名シリーズの4冊目。短篇集としては3冊目です。臨床犯罪学者・火村とワトスン役のアリスこと推理作家の有栖川有栖が活躍します。
表題作「英国庭園の謎」は、イギリス風庭園の持ち主である引退した実業家が撲殺され、当日の朝に被害者が招待客たちに提案した暗号による宝探しゲームの謎解きをからめたもの。他に、スランプに陥った年老いた流行作家が命を狙われる意外な理由を描く「竜胆紅一の疑惑」、ひょんなことからアリスが殺人犯のアリバイの唯一の証人となってしまう「三つの日付」、言葉遊びをする偏執的な犯人と火村の駆け引きが楽しい「ジャバウォッキー」、殺された女性エッセイストのこだわりが事件の謎を解く鍵になる「雨天決行」、自殺に偽装した完全犯罪計画がこれも被害者の作家の思わぬこだわりから露見する「完璧な遺書」と、パズル・ミステリ計6篇が収められています。

<収録作品>「雨天決行」、「竜胆紅一の疑惑」、「三つの日付」、「完璧な遺書」、「ジャバウォッキー」、「英国庭園の謎」

オススメ度:☆☆☆

2006.6.25


鳥玄坊 ゼロから零へ (伝奇)
(明石 散人 / 講談社文庫 2002)

マニアック伝奇SF『鳥玄坊』三部作の完結編。
第1作
「根源の謎」で提出されたいくつもの謎と、第2作「時間の裏側」で明らかにされた超人・鳥玄坊一派の正体が、この最終巻でどのように繋がりあってどんな結末を迎えるのかと思っていましたが・・・。
日本はいきなり危機に見舞われます。第1巻で出現した巨大竜UM(ウルトラモササウルス)を封じ込め、前作では米韓による日本殲滅の陰謀・二十日間電撃作戦を水際で阻止したかに見えた鳥玄坊一派ですが、今度は病原大腸菌O−157の強毒変異株の出現により、数百万人規模の日本の子供が死に瀕します。国際的な情報操作によって日本は隔離・封鎖され、今度こそ日本殲滅作戦が実行に移されます。一方、日本海溝の三重交点に封印されていたUMも、宇宙からの謎のガンマ線によって活性化し、このままでは脱出してくるのも時間の問題という状態に。UMが出現すればマグニチュード10級の大地震が起こり、日本の半分は沈没してしまいます。
鍵を握るのは、驚くべき視点と洞察力を持つ少年・義円でした。3つ年上の従姉妹・薫子と留守がちの母と一緒に暮らしている義円は学校にも行かず、絶対的真理を追い求めて考察を重ねています。その母親とは、鳥玄坊の秘書・香月狐寿林でした。
鍛え抜かれた軍隊をひとひねりにしてしまう超人集団・鳥玄坊一派をも手玉にとってしまう義円の正体と目的は何か、彼が覚醒し真理に至った時、世界はどうなるのか――。
前2作に比べると、古代史や自然科学に関するディープな薀蓄が減ったのは残念です。また、作者があとがきで述べているように、好き勝手に空想をめぐらせて自由気ままに書いたということが、よく伝わってきます。この3部作で描かれているのは、一部のトンデモさんたちが主張している「日本人が世界の祖であり、中心である」という思想なのですが、作者は盲信しているわけではなく「そうだったら面白いな〜」という思考の遊びをしているだけなので、鼻につくようなところがありません。
収拾がつかなくなったのでほっぽり投げた――という印象も残るラストですが、実はブリッシュの『宇宙都市』シリーズやベイリーのとあるSFのラストと同じだったりします。

オススメ度:☆☆

2006.6.26


バラ迷宮 (ミステリ)
(二階堂 黎人 / 講談社文庫 2000)

二階堂さんの短篇集を読むのは初めてです。事情により、第1短篇集「ユリ迷宮」よりもこちらの方が先になってしまいました。
美少女名探偵・二階堂蘭子とワトスン役の黎人が、怪奇と因縁と血に彩られた事件を次々に解決していきます。カーの怪奇趣味というよりは、やはり乱歩や横溝正史の日本的なじめついた雰囲気が真骨頂ですね。先日読んだ「英国庭園の謎」のように、クイーン風のスマートなパズル・ミステリを得意とする有栖川さんとは好対照ですが、どちらもそれぞれの良さがあって甲乙付けがたい気がします。趣味が合う点では本書の方でしょうか(笑)。
戦前の移動サーカスで起きた、人間大砲が発射された瞬間に子供のバラバラ死体が降って来たという怪奇な事件の謎を、半世紀の時を越えて蘭子が鮮やかに解き明かす「サーカスの怪人」、同様に戦後すぐに発生した資産家の屋敷での殺人事件(雪の上の足跡トリックのバリエーションが使われています)の謎を、話を聞いただけの蘭子が解く「変装の家」、嵐に襲われた箱根の別荘地に出没する、人を殺しては顔や首を奪っていく怪奇な殺人鬼の悲劇「喰顔鬼」、クリスティの某作品のモチーフとダイイング・メッセージを組み合せ、これぞ名探偵という蘭子の独壇場を描いた「ある蒐集家の死」、怪奇現象として根強い人気(?)のある人体自然発火現象――その影に隠れた殺人鬼の企みを暴く「火炎の魔」、《薔薇の家》と呼ばれる屋敷で毒を飲んで女性が変死した事件の謎を解き、二重のどんでん返しで読後感が快い「薔薇の家の殺人」の計6篇が収められています。

<収録作品>「サーカスの怪人」、「変装の家」、「喰顔鬼」、「ある蒐集家の死」、「火炎の魔」、「薔薇の家の殺人」

オススメ度:☆☆☆

2006.6.27


20世紀SF1 1940年代 星ねずみ (SF:アンソロジー)
(中村 融:編 / 河出文庫 2000)

19世紀後半に萌芽し、20世紀を通じて大きく進化・発展したSFというジャンルについて、短篇に焦点を絞って半世紀以上にわたる歴史をたどるという壮大なアンソロジー。アメリカのパルプマガジンを中心に大きく発展した40年代から始まり、90年代までを全6巻にまとめたという労作です。今後、順次登場予定ですが、まずは第1巻の1940年代。いずれ劣らぬビッグ・ネームの作品が11篇収められています(名前に馴染みがなかったのはチャールズ・L・ハーネス一人だけでした)。さすがにまだ太陽系の外に飛び出している作品はありませんでしたが(笑)、当時の最新の科学知識をベースにしていたり現代SFと比べても遜色のないユニークなアイディアの閃きが見られます。
収録作品を順に紹介していきましょう。
「星ねずみ」(フレドリック・ブラウン):町の片隅で研究を続けるロケット科学者(若干マッドサイエンティスト風味)の実験動物となって宇宙へ打ち上げられたネズミが、人類を遙かに凌駕する文明を持つ種族に遭遇するという話。雰囲気はディッシュの
「いさましいちびのトースター火星へ行く」のようなほのぼのメルヘン風味で、読後感には「アルジャーノンに花束を」と同じような切なさが漂います。
「時の矢」(アーサー・C・クラーク):当時の最新の科学トピックともいえる“原子力”、“エントロピー”を背景に散りばめた時間旅行テーマの作品。
「AL76号失踪す」(アイザック・アシモフ):アシモフ初期の代表作であるロボット連作のひとつ。月に送られるはずの作業ロボットが地球上で引き起こす思わぬ騒動に、アシモフらしいひねりの効いたオチが待っています。
「万華鏡」(レイ・ブラッドベリ):事故で遭難した宇宙船の乗組員たちが交わす最後の無線通信の果てに待っている、あまりにも切なく印象的なラストが出色。
「鎮魂歌」(ロバート・A・ハインライン):『未来史』シリーズのひとつ。幼い頃から月へ行くことを夢見ていたものの、月旅行が実用化された頃には年老いて健康上の理由から宇宙へ飛び立つことを禁じられた大富豪が、夢の実現に命をかけるお話。
「美女ありき」(C・L・ムーア):火事で瀕死の大火傷を負った美しい舞姫ディアドリが、生き残った脳だけを機械の身体に移植されて再起しますが、機械を作製した科学者と元マネージャーは、彼女が舞台に復帰できるかどうかを危ぶみます。類似テーマは今後も「接続された女」(J・ティプトリーJr.)や「ブルー・シャンペン」(J・ヴァーリイ)で繰り返されます。マキャフリイの『歌う船』シリーズにも通底しますね。
「生きている家」(ウィリアム・テン):荒野に突如現れた家は、ポールの理想を実現し、彼の願いに即座に反応してすべてを現実のものにするという不思議な家でした。恐るべき能力を持った“生きている家”が人類にもたらすものは――。
「消されし時を求めて」(A・E・ヴァン・ヴォークト):2週間の記憶を失ったセールスマン、ドレイクは、記憶を取り戻そうと調査するうちに怪しげな発明家親娘に出会い、時を越えた異様な冒険に巻き込まれていきます。ヴォークトお得意のワイドスクリーンバロック的展開を見せる、もうひとつの「タイム・パトロール」
「ベムがいっぱい」(エドモンド・ハミルトン):人類初の有人火星飛行に成功したパイロットが火星で見たものは、タコ型だったり巨大な複眼を持っていたり、パルプ雑誌のスペースオペラに登場するような異様な姿をした様々な火星人の群れでした。“キャプテン・フューチャー”でおなじみのハミルトンが、奇抜な(でもSF的な)発想で完璧な楽屋落ちを見せるスラップスティックな一編。F・ブラウンの作品だと言われたら信じてしまいそうなほど、「火星人ゴーホーム」や「発狂した宇宙」と同じテイストを持っています。
「昨日は月曜日だった」(シオドア・スタージョン):眠りから覚めた機械工のハリーが仕事に行こうとすると、そこは無数の労働者が舞台装置を準備している異様な世界でした。解説では“ディック的世界”と書かれていましたが、どちらかといえばブラウンの「ミミズ天使」に近い読後感でした。
「現実創造」(チャールズ・L・ハーネス):認識論をベースにして、SFの本質とも言える思考実験を断行した作品です。現実を改変してしまおうとする科学者と、それを阻止しようとするエージェントの対決の先に待っていたのは、思いもかけない新世界でした。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.6.28


「新青年」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2002)

戦前の探偵小説雑誌と、そこに掲載された作品を紹介する『幻の探偵雑誌』シリーズ、最終巻の第10巻はこれこそ真打という「新青年」の登場です。
1920年から戦後の1950年まで30年にわたって日本の探偵小説をリードし続けた「新青年」は、森下雨村、横溝正史、水谷準といった錚々たるメンバーが編集長を務め、江戸川乱歩や海野十三、小栗虫太郎らををデビューさせた探偵雑誌界の巨人にほかなりません。
しかし、本書については、他のアンソロジーや個人作品集で読める作品は極力除いて、現在では埋もれてしまっている作家や作品を優先して収録している関係で、「傑作選」と呼ぶには若干の語弊があるかもしれません。
全部で17篇の作品が収録されていますが、かなり名の知られている作家は小酒井不木、浜尾四郎くらいで、初めて読む作家も多く、作風もバラエティに富んでいます。当時流行した医学ミステリから、ユーモラスなコント、怪奇趣味豊かなもの、ラストのどんでん返しが鮮やかなトリッキーな作品までいろいろですが、やや玉石混交の感は否めません。「新青年」の傑作選はこれまで何度も編まれていますので、その補逸篇と考えれば本書の価値が認められると思います。

<収録作品と作者>「偽刑事」(川田 功)、「遺書」(持田 敏)、「犠牲者」(平林 初乃輔)、「印象」(小酒井 不木)、「越後獅子」(羽志 主水)、「綱」(瀬下 耽)、「凍るアラベスク」(妹尾 韶夫)、「正義」(浜尾 四郎)、「第三の証拠」(戸田 巽)、「嘘」(勝 伸枝)、「氷を砕く」(延原 謙)、「地獄に結ぶ恋」(渡辺 文子)、「三稜鏡(笠松博士の奇怪な外科医術)」(佐左木 俊郎)、「豚児廃業」(乾 信一郎)、「寝台」(赤沼 三郎)、「三人の日記」(竹村 猛児)、「燻製シラノ」(守友 恒)

オススメ度:☆☆☆

2006.6.30


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