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イクシーの書庫・過去ログ(2005年3月〜4月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


大東亞科學綺譚 (ノンフィクション)
(荒俣 宏 / ちくま書房 1999)

当代きっての博学、荒俣さんが江戸期から昭和に至る日本の科学史をひもといて、アカデミズムの本流から外れた異端・異色の科学者・学徒にスポットを当てた大著。
日本近代科学史は正直言って苦手なジャンルで、そのせいもあってか、本書で取り上げられている11名のうち、知っていたのは昭和天皇と愛新覚羅溥儀の2名のみ(いや、このふたりはほとんどの人が知ってるでしょ)。
でも、俳優の西村晃さんのお父上(人造人間『学天則』を創った西村真琴)、「虚無への供物」を書いた中井英夫さんのお父上(幻の自然史博物館建設を目指した中井猛之進)、SF作家・星新一さんのお父上(代用科学の実践者、星一)、宗教学者・中沢新一さんの祖父(駿河湾の深海探査の先駆者、中沢毅一)と聞けば、さもありなんと膝を叩くと共に、人の世の縁の不思議さがあらためて感じられます。
この他にも、火星の土地の分譲(最近にも海外やネット上であるようですが、なんと50年前!)を実行に移した日本宇宙旅行協会理事長・原田三夫、江戸後期の筋金入りナチュラリスト・高木春山、“虎狩りの殿様”と呼ばれた快男児・徳川義親、絶滅したドードーの研究に心血を注いだ鳥類学者・蜂須賀正氏、戦時中の南洋パラオに花開いた科学者の楽園など、いかにも荒俣さん好みのエキセントリックな人間像が生き生きと浮かび上がります。

オススメ度:☆☆☆

2005.3.1


シャドウ・ファイル/覗く (ホラー)
(ケイ・フーパー / ハヤカワ文庫NV 2001)

世の中には“サイコ・×××”と銘打った小説があふれています。“サイコ・ホラー”やら“サイコ・サスペンス”やら“サイコ・ミステリ”やら、サイコと名を付ければ売れるんじゃないかと思っているみたいに(いや実際に売れるのでしょうけれど)。
「モダンホラー読本」によれば、サイコ・ホラー=キ●ガイ小説という身も蓋もない定義がなされているわけですが、その中でも大別すれば、スーパーナチュラルな要素(超心理現象、超能力など)が含まれるか否かになります。
前者はとりあえず押さえておき、後者はほとんど捨てるというのが、サイコものに対する自分の基本姿勢かと思います。
その点、この「シャドウ・ファイル」三部作は、超能力者が猟奇殺人鬼に挑むという、前者の定番のような作品。
サイコメトラーVSシリアル・キラーという題材は、昔からよく扱われていて、クーンツ初期の「悪魔は夜はばたく」や「マンハッタン魔の北壁」、ジェームズ・ハーバートの「ムーン」、ケイト・グリーンの
「ブラック・ドリーム」、バリ・ウッドの「人形の目」、グラシウナス&スターリンのその名も「サイコメトリック・キラー」と・・・随分読んでるな(笑)。本作もそれらの系譜に連なるサスペンスフルなサイコホラーです。
さて、主人公キャシーはサイコメトラーの能力を持った若い女性。彼女の家系で代々女子に受け継がれるこの能力を生かして、キャシーはひそかに警察の捜査に協力していました。しかし、あることがきっかけで、キャシーはロサンゼルスを離れ、亡くなった伯母が遺した家があるノースカロライナ州の田舎町に移り住んできます。
しかし、キャシーはこの町でも、とある男の異常な心理に触れ、その男が猟奇殺人を意図していることを知って、保安官と地方検事に訴え出ます。しかし、もちろんかれらは半信半疑。その男の名前もわからないので何の手も打てないまま、女子大生が惨殺されてしまいます。
キャシーに惹かれていく地方検事ベン、夫のDVが原因で離婚調停中の人妻と不倫している保安官のマットと共に、否応なく事件に巻き込まれていくキャシー。しかし、マットからは容疑者扱いされ(事件の様子をそんなによく知っているのは、犯人だからだ!)、犯人や被害者の心理に入り込むストレスから、キャシーは追い詰められていきます。
予知能力を持っていた伯母が遺した警告、謎めいた行動をするFBI捜査官ビショップの介入、次々と女性を血祭りに上げていく犯人・・・。
ラストのどんでん返しのネタは、F・P・ウィルスンやD・シモンズの作品にも使われているので、さほど目新しいものではありませんが、伏線の張り方やストーリー展開がうまいので、乗せられたまま最後まで突っ走ってしまいます。
第2第3作も近日登場。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.3.4


へんないきもの (博物誌)
(早川 いくを / バジリコ 2005)

以前に新聞の書評欄で紹介されていて、関心を持っていた本です。店頭で見かけたので、ふらふらと手にとって、ふらふらとレジへ(笑)。
とにかく、奇天烈な生き物は大好きですから。え、おまえも奇天烈だろう?
はい、当たり。
常識では考えられないような形態・習性・生活環境などを持つ実在の生き物をイラストと共に紹介している本。とはいっても学術的な記述ではなく、文章もユーモラスで毒が微妙に入っているところが吉。 おなじみの(?)コウガイビルや、十代の頃に自宅の庭で見つけて驚いたザトウムシ、怪奇小説ネタにもなっているメクラウナギ、新発見されたばかりで分類すらされていないミミックオクトパス(40種類もの擬態をするタコ)、etc.
哺乳類から海綿動物まで、変なものが好きな人にはたまらない一大コレクションです。
写真ではなくリアルなイラスト(カラーではない)が使われていることで、インパクトを適度にして、なおかつ写真以上のリアリティを読者に与えるのに成功しています。カラー写真なんぞを使おうものなら、グロになり過ぎて引いてしまうかも知れません(特にミミズを食べるヤツワクガビルとか(^^;)。
人によっては、食欲がなくなったり悪夢にうなされて眠れなくなったりする可能性はありますが、書店で見かけたら、ちょっと手にとってみると話のタネになるかも知れません。

オススメ度:☆☆☆

2005.3.6


リトル・カントリー(上・下) (ファンタジー)
(チャールズ・デ・リント / 創元推理文庫 2001)

創元推理文庫ファンタジー・フェアで復刊されたもの。
帯の宣伝文句には「少女と魔法 愛と成長のファンタジー」となっていますが、それを信用して読むと、思いっきり裏切られます(笑)。
ケルト伝統の妖精物語というのは、それほどほんわかしたものではなく、血も流れれば死を招くこともあるダークな要素を色濃くたたえています。R・E・フィーストの
「フェアリー・テイル」もそうでしたが、この「リトル・カントリー」も、確かに主人公は少女で魔法もたっぷりですが、血なまぐさい場面もあればベッドシーンもあります。その意味では正統派アダルト・ファンタジー。
英国コーンウォールの片田舎に住むジェーニー・リトルは、多少は名の知れたバグパイプ奏者。ある日、祖父トマスの持ち物の中から1冊の本を見つけます。「リトル・カントリー」というタイトルのその本は、祖父の親友だったファンタジー作家ダンソーンが書いた未発表のもので、しかも限定発行一部という注意書きが付いていました。ダンソーンが祖父に宛てた手紙によれば、この本の存在は誰にも明かしてはならないとのこと。ジェーニーは興味しんしんで読み始めます。
その物語とは・・・。
港町ポドベリーの<ボロクズ通り>に住む孤児ジョディは、発明家デンジルの手伝いをしながら元気に暮らしていましたが、街外れに住む、魔女だと言われている老女が<スモール>(小人)を捕まえているという噂を聞きつけ、ある晩、魔女の家に入り込みます。そこで見たものは、水槽に閉じ込められた本物の小人。ところがそこへ魔女が帰って来て、ジョディは怖ろしい運命に――。ジョディを助けるために、デンジルと友人たち、<ボロクズ通り>の子供たちは魔女に対抗しようとします。
一方、ダンソーンが遺した秘密を狙う、邪悪な秘密結社<灰色の鳩>の総帥マドゥンは、腹心の部下マイケル(実は偏執的な猟奇殺人者)をコーンウォールに送り込みます。ジェーニーの下には、彼女からの手紙をもらったという元恋人の船員フェリックスが帰って来ますが、ジェーニーはそんな手紙を書いた覚えはありません。さらに、<灰色の鳩>の一員である金持ちのわがままお嬢様リーナも、マイケルと張り合って陰謀をめぐらせます。
ふたつの物語はいつ交錯するのか――。
世界には、隠された不思議な力があり、それを追い求める影の組織と、守ろうとする善良な男女がその力をめぐって対決するという図式は、クライブ・バーカーのダークファンタジー(「不滅の愛」、「ウィーヴワールド」「イマジカ」など)によく見られますが、デ・リントはバーカーよりも早くこのテーマを取り入れています。
描かれるどちらの世界でも、無意味な登場人物はひとりもなく、それぞれに存在意義と見せ場があるのも、物語としての質と面白さを高めています。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.3.8


わたしが幽霊だった時 (ファンタジー)
(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ / 創元推理文庫 2001)

これも「リトル・カントリー」と同じく、ファンタジー・フェアで復刊されたものです。
今でこそ「ハウルの動く城」の原作者として知られているジョーンズですが、本作の邦訳が初めて出た93年当時は、ほとんど話題にもなっていなかったのですね。
さて、本作もあったかでほんわかな愛と魔法のファンタジーと呼ぶには抵抗があります。かなりダークで毒に満ちた作品。
主人公は幽霊ですが、なぜ自分が幽霊になってしまったのか、その事情はまったく記憶から抜け落ちています。さらに、自分が誰なのかもわからない始末。
とりあえず、本能のままにふらふらと寄宿学校にたどり着いた彼女は、どうやら自分は寄宿学校を経営する両親の4人の娘(10歳〜14歳)のひとりだと思い当たります。子供部屋へ行くと、4人のうち3人がいつも通りの大騒ぎを演じていました。長女のシャーロット、三女のイモジェン、四女のフェネラが、それぞれわがままで癇癪持ちで、生の感情をぶつけあって毎日のようにけんかをしているのでした。その場にいないのは次女のサリーだけだったので、幽霊は自分がサリーなのだと判断します。それに、部屋の屑籠には自筆の遺書めいた書きかけの手紙が捨ててありましたし、フェネラは「サリーは死んじゃったんだから」という意味深の言葉を吐きます。
幽霊は、なんとか自分の存在をわからせようとしますが、なかなかうまくいきません。ようやくウィージャ盤による交霊術ごっこの場に入り込みますが、タイミングを外して妙なスペリングの単語を並べてしまうあたり、妙なリアリティがあって笑えます。でも本当に幽霊はサリーなのでしょうか?
中盤から、物語が単なる幽霊騒動のスラップスティクものではないことが明らかになります。詳細はプロットのネタバレになるので避けますが、太古の邪悪な女神モニガンが重要な役割を果たし、ファンタジーというよりはホラーに分類しても良いくらいです。
ジョーンズは今回が初読みですが、ともかく只者ではない油断ならない作家という感じです。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.3.9


反ホムンクの強襲 (SF)
(クラーク・ダールトン&ハンス・クナイフェル / ハヤカワ文庫SF 2005)

“ペリー・ローダン・シリーズ”の第309巻です。
相変わらず銀河ではPAD病(心身性アブストラクト変形)が蔓延しています。
前半のエピソードでは、PAD病に侵された“200の太陽の星”の救援ドラマが展開されますが、ここで脇役として出てくるクレールというハチのような知性体は、そのメンタリティからしてもいかにもダールトンが好みそうなキャラです。なかなか謎も多く、今後も登場するとすれば大きな意味を持ちそうな存在ですが、さてどうなることか。
しかし、ついにPAD病は最終段階に移行し、銀河の知性体すべてに死と滅亡の危機が迫ります。救済の鍵を握る存在と、それを抹殺しようとする存在の死を賭けた暗闘が後半のエピソード。でも、作品のタイトルで正体がバレバレなんですけど(笑)。

<収録作品と作者>「ポジトロニクス争奪戦」(クラーク・ダールトン)、「反ホムンクの強襲」(ハンス・クナイフェル)

オススメ度:☆☆☆

2005.3.10


ホロー荘の殺人 (ミステリ)
(アガサ・クリスティ / ハヤカワ・ミステリ文庫 1997)

クリスティのポワロものを読むのは、本当に久しぶりです。
それにしても、この「ホロー荘の殺人」も、77年の初版以来、この97年版で38刷です。よく売れているんですね。
さて、これはクリスティ中期の長篇です。
ある週末、ホロー荘にアンカテル一族とゆかりの人々が集まります。
主人のアンカテル卿夫妻と従兄弟たちの間には、様々な愛憎と葛藤が渦巻いており、クリスティは淡々と各登場人物の心理と境遇を描いていきます。
近所のレストヘイヴン荘の住人であるエルキュール・ポワロも、ホロー荘での午餐に招待されてやって来ますが、プール脇の四阿に案内されたポワロを待っていたのは死体でした。
招待客のひとりジョンが拳銃で撃たれ、そのそばには献身的な妻のガーダがリヴォルヴァーを持って茫然と立っていました。ジョンは招待客のひとりヘンリエッタと不倫しており、15年前に捨てた女優ヴェロニカとも前日に一夜を共にしていました。
警察は、夫の不行跡に嫉妬したガーダの衝動的な犯行と見て捜査を進めますが、やがてそれをくつがえす事実が明らかになってきます。現場や状況に妙な不自然さを感じたポワロがたどりつく真相は・・・?
パズラーというよりは、キャラクターが生きており、ロマンス色豊かな心理ミステリといえます。

オススメ度:☆☆☆

2005.3.12


笑わない数学者 (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2001)

工学部助教授・犀川と女子学生・萌絵の探偵コンビが活躍するミステリシリーズ第3巻。
今回の舞台は三重県の山奥に建つ“三ツ星館”。オリオン座の三ツ星になぞらえた3つの円形の建物を通路で結んだこの館は、建築家・片山基生がプラネタリウムを原型にして設計したもので、現在では天才数学者・天王寺博士の住まいとなっています。博士は地下室に閉じこもって生活し、家族や使用人と顔を合わせることもめったにないという変人。
12年前のクリスマスの晩、天王寺博士は集まった一族の子供たちの目の前で、玄関前の庭に立つ巨大なオリオン像を消し去って見せました。そして、オリオン像の消えた謎を解いた者に遺産を譲り渡すと宣言したのです。
そして今年のクリスマスには、成長した親類縁者と共に、犀川と萌絵も三ツ星館に招待されていました。地下室にこもって声だけでしか招待客の前に現れない博士は、萌絵の挑発に答えて、再びオリオン像を消し去るのでした。
その夜中、再出現したオリオン像の足元で博士の長男(12年前に事故死した小説家・天王寺宗太郎)の嫁・律子の死体が発見され、その息子・俊一も律子の部屋で撲殺されていました。
殺人事件とオリオン像の消失には関係があるのか・・・。三重県警から非公式に協力を要請された犀川と萌絵は、この謎に取り組みます。
消失トリックとなると、どうしてもクイーンのあの作品を思い浮かべてしまうもので、冒頭に掲載された三ツ星館の平面図を見た瞬間、なんとなくわかってしまったり(笑)。いえ、でもわかったのはオリオン像の消失だけで、事件の真相はさっぱりでしたが。
数学者の屋敷を舞台にしているだけあって、数字パズルや幾何の命題などが散りばめられ、ラストにもフラクタル図形をながめているような余韻が残ります。

オススメ度:☆☆☆

2005.3.12


難事件鑑定人 (ミステリ)
(サリー・ライト / ハヤカワ・ミステリ文庫 2001)

現代の海外ミステリは、ほとんど読んでいません。関心がないわけではなくて、とにかく他のジャンルで読みたい本が多すぎて、手を広げられないでいるのです。
例外的にこの「難事件鑑定人」を買ったのは、裏表紙の紹介文に惹かれたから。
「・・・稀覯本、微生物学、鷹狩りなどの薀蓄を盛り込み、知識マニアの琴線をくすぐる知性派ミステリ」
鷹狩りは別として、前のふたつ(稀覯本&微生物学)が揃えば、もう読まないわけにはいきません。
舞台は1960年代前半のスコットランド。アメリカの地方大学で記録保管人(古文書などを鑑定し、整理して管理する職業)を務めるベン・リースは、教え子エレンの依頼でスコットランドにやって来ます。エレンは亡くなった大学教授ジョージーナからケアンウェル・ハウスという屋敷を相続したのですが、どう処理すべきか悩んで相談してきたのです。
でも実はそれは表向き。ジョージーナがエレンへ遺した手紙には、自分が死んだらそれは誰かに殺されたのだと明記してあったのです。でも犯人の名前は記されていませんでした。ジョージーナは滞在先のホテルで急に吐き気を催し、収容先の病院で吐瀉物を喉に詰まらせて死んだのでした。
ベンは調査を始めますが、ケアンウェル・ハウスの周辺には、一癖も二癖もある住人が揃っていて、それぞれ動機と機会がありました。調査を進めるうちに、ジョージーナと似たような症状で死亡した稀覯本の収集家が過去に何人かいることが判明します。
ただ、読み進んでも、それほど薀蓄が詰まっているわけではありません。確かにヨーロッパの稀覯本事情については詳しいですが、微生物については大したことはなく、鷹狩りに至ってはほんの数ページで終わり(笑)。ヴァン・ダイン並みのペダントリーを期待すると当てが外れます。ベン自身も軍人上がりで特殊技能を持っており、ハードボイルド探偵さながらのアクションもこなしますので、フーダニットのパズラーというよりも犯罪捜査サスペンスに近いです。

オススメ度:☆☆☆

2005.3.15


夏と冬の奏鳴曲 (ミステリ)
(麻耶 雄嵩 / 講談社文庫 1998)

アンチミステリの地平を目指す(かどうかは本人が明示していないので正確にはわかりませんが)、麻耶雄嵩さんの第2作。
今回も舞台設定はミステリの王道を行っています。
日本海に浮かぶ個人所有の孤島、和音島。ここでは20年前、理想郷を見出そうとした7人の男女が1年間に渡る共同生活を営んでいました。島の名前にもなっている当時のアイドル、幻の映画「春と秋の奏鳴曲」1作に出演しただけで消えてしまった真宮和音を中心に回っていた日々は、しかしテラスからの和音の転落死、その後を追うようにした武藤紀之の自殺によって中断されました。
ふたりの二十周忌を営むべく、当時のメンバーが20年ぶりに和音島を訪れます。その取材を命じられた編集記者・如月烏有とアシスタントのあっけらかん不登校女子高生・桐璃が同行します。烏有も10年前のとある事件をきっかけに、空虚な偽りの人生を生きているシニカルな21歳。
島に建てられた<和音館>は、遠近法に基づいた歪んだ造りで、あちこちにキュビズム風の絵が飾られていました。和音の肖像画が何者かに顔を切り裂かれ、盛装した桐璃が和音に生き写しなことが判明するなど、奇妙な緊張感をはらんだ中、2日が経ちますが、3日目の朝、真夏だというのに雪が積もったテラスには、首なしの死体が転がっていました。
死体は島の持ち主であり、かつての共同生活のスポンサーだった水鏡でした。同時に、使用人夫婦と船が消え、無線装置も壊されていることが判明、迎えの船が来るのは5日後――と、絵に描いたような“吹雪の山荘”パターンにはまり込みます。そして、次の殺人が・・・。
キュビズムの思想が事件(特に動機)に大きく影を落とし、掟破りとも言えるトリックが使われ、モダンホラーのようなクライマックスが待っています。本当の真相(?)は最後の1ページでほのめかされるだけで、しかもそれが真実か否かは読者の判断に委ねられるという、宙ぶらりんになったままの結末。でも納得させられてしまうのは、舞台設定と人物造型が優れているからでしょう。

オススメ度:☆☆☆

2005.3.17


とむらい機関車 (ミステリ)
(大阪 圭吉 / 創元推理文庫 2001)

ちょっと間が空きましたが、戦前探偵小説シリーズ。でも今回は出版社が違います。春陽文庫ではなくて創元推理文庫。
大阪圭吉さんは初読みです。というか、この本を読むまで名前も知りませんでした。
でも、これはなかなかのものです。
本人もドイルのホームズものを意識して書いたという短篇の数々。探偵役の青山喬介はホームズほどは個性が強くはないですが、快刀乱麻を断つ推理で事件を解決するのは同じ。題材や舞台も、戦前らしく炭鉱や工場、鉄道といったプロレタリア的なものから、モダンなデパート、ヨットを所有する金持ち、砂金で一山当てようという山師など、現代ミステリではあまりお目にかからないものが多く、かえって新鮮です。
特筆すべきは、蒸気機関車を主人公に据えた「とむらい機関車」(なぜか轢死事故を頻繁に起こす機関車にまつわる、奇妙で切ない事件)と「気狂い機関車」の2作。俗に言う“トラベル・ミステリー”は、交通機関は手段であって描かれるのは旅情や旅の風物詩なのですが、こちらは機関車なしには成立し得ない物語なわけです。汽車が主役のミステリと言えば、個人的にはドイルの「消えた臨急」(実はこれはホームズものではない)のインパクトが強いのですが、この2作は同じくらい強い印象を残しました。もしかすると、「気狂い機関車」はドイルのこの作品を意識しているのかも知れません。
他にも、「赤髪連盟」を思わせる奇想天外な犯罪を描く「あやつり裁判」、海底炭鉱が舞台の鬼気迫る犯罪劇「坑鬼」、意外な犯人(?)が明かされる「デパートの絞刑吏」など。探偵小説各誌に掲載されたエッセイも収録されています。
姉妹編
「銀座幽霊」も近日登場。

<収録作品>「とむらい機関車」、「デパートの絞刑吏」、「カンカン虫殺人事件」、「白鮫号の殺人事件」、「気狂い機関車」、「石塀幽霊」、「あやつり裁判」、「雪解」、「坑鬼」、「我もし自殺者なりせば」、「探偵小説突撃隊」、「幻影城の番人」、「お玉杓子の話」、「頭のスイッチ――近頃読んだもの」、「弓の先生」、「連続短篇回顧」、「二度と読まない小説」、「停車場狂い」、「好意ある督戦隊」

オススメ度:☆☆☆

2005.3.19


M・R・ジェイムズ怪談全集1 (怪奇)
(M・R・ジェイムズ / 創元推理文庫 2001)

19世紀末から20世紀初頭にかけての英国怪奇小説文壇の重鎮、M・R・ジェイムズの全短篇を2巻本にまとめた第1巻。かつて同じ創元推理文庫から出ていた「M・R・ジェイムズ傑作集」(17篇収録)の拡大完全版です。
ジェイムズの怪奇小説は、まさに古典的な怪談というべきもので、安心して読めます(という表現も妙ですが(^^;)。
舞台はは17世紀から同時代までの英国やヨーロッパ大陸の片田舎。古ぼけた寺院や遺跡や宿屋や屋敷で、司祭や旅の好事家が因縁めいた事物に関わり合うことで怪異に巻き込まれるというのが定番です。「なんか怪しいな・・・。おかしいぞ、出るぞ、出るぞ・・・ほら出た!」というオーソドックスな展開ですが、題材の選び方や小道具の使い方、雰囲気の盛り上げ方が非常に上手いので、オチがわかっているにも関わらず、何度読み返しても楽しめます。
いくつものアンソロジーに収録されている「マグナス伯爵」や「笛吹かば現れん」、古びた銅版画が過去の悲劇を暗示する「銅版画」、あるはずのない部屋が出現する「十三号室」、魔女に呪われた一族の悲劇「秦皮の樹」、黒魔術の使徒の恨みを買った学者の暗闘「人を呪わば」、迷路怪談「ハンフリーズ氏とその遺産」など佳篇ぞろい。

<収録作品>「アルベリックの貼雑帳」、「消えた心臓」、「銅版画」、「秦皮の樹」、「十三号室」、「マグナス伯爵」、「笛吹かば現れん」、「トマス僧院長の宝」、「学校綺譚」、「薔薇園」、「聖典注解書」、「人を呪わば」、「バーチェスター聖堂の大助祭席」、「マーチンの墓」、「ハンフリーズ氏とその遺産」

オススメ度:☆☆☆☆

2005.3.20


アブダクション (SF)
(ロビン・クック / ハヤカワ文庫NV 2001)

メディカル・サスペンスの第一人者ロビン・クックがSF冒険もの(?)に挑んだ作品。
でも見事に失敗しています(笑)。
民間の海底探査船ベンシック・エクスプローラー号は、大西洋中央海嶺に出現した活火山の調査を行っていました。調査によると、火山内部にはマグマではない気体が詰まっているものと認識され、ボーリングマシンのドリルも岩盤を突き抜くことができません。
船主で海洋調査会社の社長ペリー、女性海洋地質学者スーザンは、潜水艇で海底へ赴きますが、ダイバーふたりや艇長ドナルドと共に、海底火山口に飲み込まれてしまいます。気がついたかれらを待っていたのは、まったく異質の文明インターテラでした。
海底の深淵で人類が異文明と遭遇するというパターンは、マイクル・クライトンの「スフィア」、クラーク&リーの
「星々の揺籃」、映画を超えたノヴェライゼーション「アビス」(オースン・スコット・カード)などがあり、どれもセンス・オブ・ワンダーに満ちたわくわくする作品です。
でも、この「アブダクション」は、はっきり言ってハズレ。
まず、ネタが半世紀は古いです。前半の海洋冒険サスペンス風味はなかなかですが、メインとなる海底文明の設定が、なんとも使い古されたもので、オリジナリティに欠けます(手の平同士を合わせただけでエクスタシーに達するというインターテラ人の習俗は、映画「バーバレラ」のパクリじゃないでしょうか?)。人類側のペリーやスーザンその他のキャラクターもステレオタイプで、あまり生きていません。ストーリーも盛り上がりに欠け、結末にしても「あ、そう」という感じ。
同じSFネタでも、宇宙からの侵略とメディカル・サスペンスを融合させた「インヴェイジョン」と比べると、落差がありありと感じられます。なじみのない分野に挑戦するのはいいのですが、失敗すると目も当てられないというひとつのサンプルでしょうか?

オススメ度:☆☆

2005.3.22


バッドテイスト (ノンフィクション)
(荒俣 宏 / 集英社文庫 1998)

副題が『悪趣味の復権のために』。
博覧強記のディレッタント荒俣さんが、悪趣味な事物について薀蓄を傾けた1冊です。
題材は、ルネサンス期イタリアの“グロッタ”(人口洞窟という意味。鬼面人を驚かすような装飾が施され、“グロテスク”の語源でもあります)、パルプSFに描かれた異星人イラスト、中世〜近世の博物図譜、古代ローマの饗宴料理、人体解剖図にリアルな人体解剖蝋人形(エロチックな要素も横溢)、様々な贋作、怪奇な見世物小屋、人種差別(究極の悪趣味ですよね)から共産主義まで、縦横無尽快刀乱麻意味深長。
例によって、様々な雑誌等に掲載されたものの再録なので、内容に重複があるのは気になりますが、何よりも豊富な図版と深い考察が知的冒険世界へといざなってくれます。
でも、読んで気付いたのですが、うちの書庫にも同じような題材を扱った書物が多いこと(笑)。やっぱり悪趣味でしょうか?(笑)

オススメ度:☆☆☆

2005.3.23


シャドウ・ファイル/潜む (ホラー)
(ケイ・フーパー / ハヤカワ文庫NV 2001)

サイコ・サスペンス『シャドウ・ファイル』三部作の第2作です。
アトランタにある建築会社の青年社長ケインは、恋人のジャーナリスト、ダイナの身を案じていました。どうやら、ダイナは政治スキャンダルか犯罪がらみの特種を追っているようなのです。しかし、正義感にあふれるダイナはケインの警告も聞く耳を持たず、とうとう失踪してしまいました。
同じ頃、市役所に務める女性事務員フェイス・パーカーが交通事故による昏睡状態から回復します。しかしフェイスは自分の記憶をすべて失っていました。心の中にこだまするのは、恋人らしい男性と愛し合った記憶と、誰かに監禁・拷問される女性の姿だけでした。しかも、昏睡状態に陥った自分の入院費用を出してくれたのは友人のダイナだと知らされます。
ニュースでダイナの失踪事件を知ったフェイスは、ケインと接触しますが、夢に現れる恋人がケインだったと知って驚きます。自分はダイナの精神と超自然的な繋がりがあるのか・・・?
ケインの旧友でFBI捜査官のビショップ(
第1作に登場した、あのビショップです)とも協力しながら、フェイスはダイナの行方を探します。調査を続けるうちに、フェイスの交通事故にも疑惑が発見され、フェイス自身も過去に殺人事件に巻き込まれていたこと、DVに遭った女性の保護施設でダイナと知り合ったことなどを知ります。
心に響くダイナの声、浮かび上がるダイナの記憶にとまどうフェイス、ダイナを心配しながらもフェイスに惹かれていくケイン・・・。
悪の黒幕の設定が第1作のような猟奇殺人鬼ではないため、ホラー風味は薄れていますが、ロマンスとサスペンスは健在。ラストのオチには驚かされます。

オススメ度:☆☆☆

2005.3.25


サンドリンガム館の死体 (ミステリ)
(C・C・ベニスン / ミステリアス・プレス文庫 1999)

『女王陛下のメイド探偵ジェイン』の第2巻です。
前作のほぼ1年後、エリザベス女王以下、王室の面々がクリスマス休暇を過ごすために赴いたサンドリンガム・ハウスで、またしても殺人事件が起こります。
女王一行が狩りの途中で昼食のために立ち寄ったヴィレッジホールで、女性の死体が発見されます。しかも発見現場にはまたしても女王自身と、バッキンガムからサンドリンガム館へ派遣されていたメイドのジェインが居合わせることとなってしまいました。
死んでいた女性は、最近アメリカから帰って来た素人役者で、地元のチャリティのために催された“おとぎ芝居”で女王に扮していた人物で、サンドリンガム館の家政主任(つまり、この時点でのジェインの直属上司)の実妹でもありました。しかも、扮装の小道具に使われていたティアラは本物で、半世紀前に王室から盗み出されたものだということが判明します。さらに、被害者のポケットからは動物愛護団体の過激派からと思われる脅迫状が――。
例によって、女王じきじきに事件の調査を命じられたジェインは、メイド仕事をしながら捜査を開始します。今回はジェインの父親でカナダ騎馬警官隊の現職警官スティーヴが、現地を訪れており、この父娘の微笑ましい確執(父はジェインをカナダに連れ戻したがっており、当然ながらジェインは反発しています)と、休暇を過ごす英国王室の諸行事を織り交ぜつつ、ジェインの地道な捜査は続きます。
寝室に忍び込んできた貴族のドラ息子を雄々しく撃退したり、電車のトイレで本物のティアラをかぶってみようとして失敗したのを女王に見破られたり、ジェインの行動はどこかお茶目で微笑ましい笑いを誘います。でも最後には複雑に絡み合った謎を、関係者が一同に会した中でずばり解明するというミステリの王道が味わえます。
第3作「ウィンザー城の秘密」も近日登場。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.3.27


小さな暗い場所 (ホラー)
(マーティン・シェンク / 扶桑社ミステリー 1999)

あまり期待しないで読み始めましたが、これはなかなかの掘り出し物でした。
カンザス州の田舎町ウィッシュボーンに住み、農場を経営していた若夫婦ピーターとサンドラは、借金のカタに土地を手放さねばならなくなりました。家を失い、進退きわまったサンドラは、とんでもない金策を思いつきます。それは義捐金詐欺。
かつて、井戸に落ちた少女のニュースが全米に放映され、5日後に無事救出されるまでに義捐金が10万ドル以上集まったことがあったのです。それを真似て、8歳の息子ウィルを古井戸に落とし、悲劇の一家を演じようという計画でした(もちろんウィルはそのことを知りません)。冒険好きでしっかりしたウィルなら持ち堪えられるという読みもありました。
おあつらえ向きの場所も見つかり、仕掛けも施しましたが、最後の最後に良心の呵責に耐えかねた夫婦は計画を取りやめます。ところが、偶然にも5歳の娘アンドロメダが仕掛けに落ちてしまいます。アンドロメダは暗闇を恐れる子供でした。
皮肉にも、サンドラの計画通りにことは運び、マスコミはこのニュースに飛びつきました。結局、一家は家もお金も豊かな生活も手に入れます。しかし、ウィルは忘れませんでした。助け出されたアンドロメダの目に宿っていた、氷のように非人間的な光を・・・。
その後、アンドロメダは心の傷を癒すため、児童心理学者ダイアナの下で暮らし、ずっと故郷を離れていました。しかし15年後、魅力的な女性に変貌したアンドロメダはウィッシュボーンへ戻ってきます。彼女の事件はウィッシュボーンの住民に多かれ少なかれ変化をもたらしていました。アンドロメダは当時の関係者を一同に会すイベントの開催を求めます。しかし、ウィルだけはアンドロメダの目的に懸念を抱いていました・・・。
前半では井戸に落ちたアンドロメダの救出を、町の面々の横顔や反応を織り交ぜつつスリリングに描き、後半の驚天動地の展開へ上手につなげています。ある意味では因果応報譚になるわけですが、ラストで明かされるビジョンは、意外と言いますか、これしかないんだろうなと言いますか、“いい話”にできすぎていると言いますか・・・。
作者シェンクはベテランの映画脚本家で、小説はこの作品が処女作だそうですが、今後が楽しみです(でもその後、噂を聞きませんな)。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.3.30


涅槃の王2 神獣変化 (伝奇)
(夢枕 獏 / 祥伝社文庫 2000)

古代インドを舞台にした伝奇冒険アクション小説、『涅槃の王』の第2巻。
第1巻
「幻獣変化」の1年後、シッダールタ(若き日のお釈迦様ですね)は真理を求めて旅を続けていました。マーサーカ王国で、シッダールタは不老不死の秘宝の手掛かりを秘めた蛇魔(ヴリトラ)の像を巡る争奪戦に巻き込まれます。
王室の宝庫にあった像を盗み出したアガシャ一味、それを追うマーサーカ王国の剣士アゴンと手練れの手下たち、50年近く蛇魔像を探し続けていたという老婆ラダ、人ならぬ蛟(みずち)族の暗殺者ヤームナ。シッダールタはラダと共にアゴンの一党に合流し、探索の旅を共にすることになりますが、アゴンの部下の中には「幻獣変化」でシッダールタと一緒に魔界ナ・オムから生還した体術の使い手シンがいました。
ラダの案内で、一行は雪をいただく高山の向こうにあるという魔族の都ザラ王国へ向かいます。蛇魔像も元々は50年前にそこから持ち出されたもので、不老不死の霊薬と言われるアムリタ(霊水)の在処を示すと言われているのでした。ザラ王国出身のアガシャは、二人の美女、幻術使いの老人・陳夢龍、驚異的な体術を操る少年・卑狒らと共に像をザラへ持ち帰ろうとし、アゴン一行と壮絶な戦いを繰り広げます。
戦いの中、雪崩に巻き込まれたシッダールタはアゴン一行とはぐれ、ザラ王国の兵士の虜となります。ザラでは士族派と僧門派に分かれて権力争いが激化しており、蛇魔像はその帰趨を決するとも言えるものでした。かつてザラに入り込み、蛇魔像を持ち出したラダと陳夢龍が語る過去は、現在の状況とどう関わってくるのか・・・。
謎を秘めたまま、物語は第3巻へと続きます。

<収録作品>「涅槃の王 神獣変化 蛇魔編」、「涅槃の王 神獣変化 霊水編」

オススメ度:☆☆☆

2005.4.2


銀座幽霊 (ミステリ)
(大阪 圭吉 / 創元推理文庫 2001)

先日読んだ「とむらい機関車」に続く、大阪圭吉さんの作品集その2です。
「とむらい機関車」の時に、「初読みです」と書きましたが、間違ってました(汗)。
蔵書データベースを調べたら、アンソロジー「爬虫館事件」に、本巻に収録されている「燈台鬼」が、そのまたかなり前に読んだ「怪奇探偵小説集1」(双葉文庫)にも本巻収録の「幽霊妻」が収められていました。特に「燈台鬼」は辺鄙な岬の孤立した燈台で嵐の晩に起きた怪異を描き、哀切極まりないラストが印象的な一篇で、ストーリーもよく覚えていたので、今回読み始めたとたん、思い出しましたが、当時は作者名が記憶に残っていなかったようです。
「燈台鬼」と同様に、海を舞台にした「人間燈台」や「動かぬ鯨群」、銀座の只中で殺人を犯して自殺したと思われた犯人が被害者よりも先に死んでいたという謎を解く「銀座幽霊」、「あやつり裁判」と同様に奇想天外な設定に暗号トリックをからめた「大百貨注文者」、カー張りの足跡(厳密にはスキー跡)消失トリックが鮮やかな「寒の夜晴れ」、霧の箱根路で自動車が消失する「白妖」、廃院間近の精神病院に残った3人の患者の間で起こる殺人事件「三狂人」など、探偵役の存在感が薄いのは残念ですが怪奇風味と論理的解決の整合が取れた作品揃い。

<収録作品>「三狂人」、「銀座幽霊」、「寒の夜晴れ」、「燈台鬼」、「動かぬ鯨群」、「花束の虫」、「闖入者」、「白妖」、「大百貨注文者」、「人間燈台」、「幽霊妻」

オススメ度:☆☆☆

2005.4.2


九年目の魔法 (ファンタジー)
(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ / 創元推理文庫 2001)

「わたしが幽霊だった時」に続いて、「ハウル」の原作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズの2冊目です。
19歳の女子大生ポーリィは、部屋で妙な記憶に悩まされていました。読んだ本の内容は記憶と異なり、壁にかかった写真も覚えているものと違う・・・。普通の女の子として泣いたり笑ったりしながら成長し、今や金持ちの息子の許婚までいる幸せな自分――でも、自分の過去の記憶がなにか別のものとすりかえられているような、違和感を感じています。
ポーリィは、10歳の頃まで遡って、自分の記憶をたどり直してみることにしました。
10歳のハロウィーンの日、友達のニーナと一緒に女司祭に仮装して出かけますが、ふとしたことから近所のお屋敷で行われていた葬式に紛れ込んでしまい、そこでトーマス・リンという男性と知り合います(この名前には二重三重の意味が含まれていることに、わかる人ならピンと来ます。わからなくても物語を楽しむ上で支障はありませんが、わかればもっと楽しめます)。チェロ奏者のリンは、屋敷の女主人ローレルの元・夫なのですが、ローレルの親族からは疎まれているようでした。
歳の離れたふたりですが、リンとポーリィは心の弱さを持った者同士(ポーリィも両親が離婚寸前でした)の連帯感から、手紙をやりとりしながら想像の物語を創り上げていきます。その物語ではリンは巨人を退治する勇者で、ポーリィは勇者見習い。
こうして、ヨーロッパ各地を演奏旅行するリンから何冊も本(妖精物語や児童文学)をプレゼントされながら、ポーリィは成長していきますが、常にローレルの親族リーロイ父子の悪意を背後に感じるのでした。
とにかく複雑なプロットなので、これ以上説明するのは難しいですし、ネタバレにもなってしまうので控えます。
「わたしが幽霊だった時」を読んだ際にも、ジョーンズは只者ではないと書きました。まだ2作しか読んでいませんが、作風としては同じ英国のダーク・ファンタジー作家マーヴィン・ピークやジョナサン・キャロルに似ている気がします。「わたしが幽霊だった時」の常識離れしたけたたましい四姉妹のキャラクターはピークの『ゴーメンガースト』三部作の登場人物を思い出させますし、今回の「九年目の魔法」の、現実とは微妙にずれたきしみを秘めて展開する様子は、キャロルのダーク・ファンタジーに通底するものがあります(ただし、ネガティブさは少なく、言ってみればポジティブなキャロルでしょうか?)。
そういえば、この三者とも、翻訳者は同じ浅羽莢子さんですね。それも関係があるかも。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.4.6


薫大将と匂の宮 (ミステリ)
(岡田 鯱彦 / 扶桑社文庫 2001)

実は小学生時代からタイトルだけ知っていて、ずっと探していたのに発見できず、これまで読めなかった作品です。それが、この『昭和ミステリ秘宝』で復刊されました。扶桑社さんありがとう。
さて、歴史ミステリというジャンルがあります。これらはさらにいくつかの小ジャンルに分けられると思います。ひとつは現在の登場人物が、過去の歴史的事件に秘められた謎を解き明かすもので、英国王リチャード3世の素顔を推理する「時の娘」(ジョセフィン・テイ ハヤカワ・ミステリ文庫)を嚆矢とし、日本でも「成吉思汗の秘密」(高木彬光)をはじめ、いろいろ書かれています。それのバリエーションとして、現代の事件とからめて過去の歴史的謎を解くという趣向のものがあります(斉藤栄の「奥の細道殺人事件」とか「イエス・キリストの謎」とか)。そしてもうひとつが、歴史上の舞台で歴史上の人物が事件に巻き込まれ、自らが探偵役となって事件を解決するというもの。シオドー・マシスンの連作短編集「名探偵群像」とか、カー「血に飢えた悪鬼」とか、日本の作品では「伯林―1888年」(海渡英祐)とか「猿丸幻視行」(井沢元彦)とか。
前置きが長くなりましたが、「薫大将と匂の宮」は、この第三のジャンルのバリエーションです。紫式部が書いた「源氏物語」の未発表の続編という形式を借り、「源氏物語」の登場人物、薫大将と匂の宮のモデルとなった貴族の間で起こった連続怪死事件の顛末を描く奇想天外な物語。しかも、女の意地を賭けて、紫式部と清少納言が推理比べをするという趣向(清少納言は、まるで細●●子みたいな猛女です)。身体からえもいわれぬ香りを発するという薫大将と、人間離れした嗅覚を持つ匂の宮という特異体質のふたりが事件の鍵を握り、現代と違って、死者の霊を呼び出して真相を聞き出すという手段が正当に扱われるなど、伝奇小説めいた小道具も散りばめられています。しかもフーダニットの本格ミステリの構図を崩していません。
実は「源氏物語」はまともに読んでいなかった(高校の古文の授業でちょっとかじっただけ)ので、どうなるかと思ったのですが、充分に楽しめました。もし読んでいたら、もっと興味深く読めたに違いありません。
これ以外にも、本書には「雨月物語」に題材を取った短篇5篇、皮肉の効いた新解釈の「竹取物語」、江戸の義賊・鼠小僧次郎吉の運命を描く「変身術」(タイトルでネタがバレてしまいますが)など、国文学者でもあった作者の特色が発揮された作品が収録されています。

<収録作品>「薫大将と匂の宮」、「妖奇の鯉魚」、「菊花の約」、「吉備津の釜」、「浅茅が宿」、「青頭巾」、「竹取物語」、「変身術」、「異説浅草寺縁起」、「艶説清少納言」、「コイの味」、「「六条の御息所」誕生」、「古典文学の現実的刺激 ―雨月物語に関して―」、「清少納言と兄人の則光」

オススメ度:☆☆☆

2005.4.7


天翔る少女 (SF)
(ロバート・A・ハインライン / 創元推理文庫 1992)

火星生まれの少女が主人公の、ハインラインのジュブナイル(?)SF。
ポディは8歳。とは言っても、火星年での8歳は地球年に換算すると16歳のミドルティーンです。
将来は宇宙パイロット志望で、いつか地球へ行くことを楽しみにしていたポディは、ひょんなことから大叔父のトム、弟クラークと3人で、地球行きの観光宇宙船トライコーン号に乗って旅立つことになります。トライコーン号は航路の関係から、地球へ行く前に金星に立ち寄ることになっています(惑星の位置関係からこういうことも可能となるわけです。この宇宙航路パターンはマルチノフの「宇宙探検220日」でも採用されていましたね。こちらは地球から火星へ向かう途中で金星に立ち寄るのですが)。
大叔父トムは単なる火星の金持ちと思いきや、実は政治的な重要人物のようですし、12歳の弟クラークは天才級のIQを持つ知能的な悪戯坊主で、何やら怪しい物体をトライコーン号に密輸しています。
前半は、宇宙船トライコーン号内部での様々な騒動が、後半は到着した金星で3人が巻き込まれる陰謀が描かれます。ジュブナイルなのにラストの決着のし方は、さすがに「宇宙の戦士」を書いたタカ派のハインラインの面目躍如という感じですが、いいのかこれで?(笑)
ちなみに最初に刊行された際のタイトルは「ポディの宇宙旅行」。先日間違えてダブって買ってしまいました(汗)。原題は“PODKAYNE OF MARS”(火星のポドケイン ※ポディはポドケインの愛称)なので、昔のタイトルの方がぴったり来るような気がします。

オススメ度:☆☆☆

2005.4.9


時間遠征 (SF)
(クルト・マール&エルンスト・ヴルチェク / ハヤカワ文庫SF 2005)

“ペリー・ローダン・シリーズ”の第310巻です。
前巻の後半でいわくありげに登場したPAD免疫者コル・ミモは、銀河をPAD病から救うには過去を改変するしかないという結論に達します。この、過去に戻って、今のはなかったことにしよう、というネタは最も安直な解決法なので、あまり多用すると読者にそっぽを向かれてしまいますが、本シリーズではめったに使われないので、これはこれでよし。
ミモは、転送障害者アラスカ、航法士メントロ・コスム、科学者ゴシュモ=カンの3人の協力を得て活動を開始。前半はタイムマシンを調達する話で、後半は過去に戻る途中でのありがちなちょっとしたアクシデントのエピソードです。ラストでの衝撃の(?)発言で、このサイクルの前半の展開のあっけなさはそういうことだったのかと判明することになります。プロット作家も大変だ(笑)。

<収録作品と作者>「タイムマシン狩り」(クルト・マール)、「時間遠征」(エルンスト・ヴルチェク)

オススメ度:☆☆☆

2005.4.9


下水道 (ミステリ)
(角田 喜久雄 / 春陽文庫 1996)

春陽文庫版、戦前探偵小説シリーズのひとつ。
角田喜久雄さんといえば、時代小説作家として有名ですが(読んだことはない)、デビューは探偵小説で、戦後すぐに名作「高木家の惨劇」を発表しています(これもずっと読みたいと思っている作品ですが、創元推理文庫版「日本探偵小説全集3」に収録されているので、やっと読むことができます・・・順番が回って来れば(^^;)。
これまでこの人の作品は、アンソロジーに収録された短篇をふたつ読んでいたのみで、今回ようやくまとめて読むことができました。
13篇が収録されており、表題作の中篇「下水道」は謎解きと怪奇、サイコサスペンスとSF的要素まで含んでいる、ある種異様な後味の作品。狂気のような復讐譚の皮肉な結末を凄絶に描く「発狂」ほか、トリッキーな謎解きあり、心理サスペンスあり、ユーモラスな悪漢小説あり、バラエティに富んだ作品が収められています。

<収録作品>「蛇男」、「ひなげし」、「豆菊」、「狼罠」、「ペリカンを盗む」、「浅草の犬」、「三銃士」、「発狂」、「死体昇天」、「密告者」、「ダリヤ」、「Q」、「下水道」

オススメ度:☆☆☆

2005.4.11


詩的私的ジャック (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2001)

犀川助教授&西之園萌絵のコンビが活躍するミステリシリーズ第4作。
犀川が客員講師を引き受けている女子大の共用ログハウスで女子学生の他殺死体が発見されます。被害者は別の大学の生徒で、ログハウスは密室状態でした。
捜査は難航し、2ヵ月後に再び密閉状態の実験室で第二の殺人事件が起こります。今度の被害者も女子学生で、第一の被害者との共通点は、同じ市内の国立大学の学生で売れっ子ロックシンガー結城稔のファンだということでした。
被害者ふたりの遺体には、結城のヒット曲“JACK THE POETICAL PRAIVATE”(直訳すれば『詩的私的ジャック』)の歌詞を暗示する痕跡が残されていたため、警察は結城とマネージャーの篠崎をマークしますが、決め手は見つかりません。
今回は、重要な時期に犀川が中国へ出張してしまうため、萌絵が孤軍奮闘(といいますか、はっきり言って警察はいい迷惑)しますが、その中で萌絵は犀川に対する自分の気持ちを再確認することになります。事件の行方とは別に、シリーズ全体のターニングポイントにもなっている回なのではないかと感じましたが、先を読んでみないことには何とも言えません。

オススメ度:☆☆☆

2005.4.13


シャドウ・ファイル/狩る (ホラー)
(ケイ・フーパー / ハヤカワ文庫NV 2001)

「覗く」「潜む」に続くサイコ・サスペンス『シャドウ・ファイル』シリーズの第3巻にして最終巻。
過去2作で脇役だったFBI捜査官ビショップが主役を張り、これまでほのめかされてきた彼の壮絶な過去と、彼が捜し求めていた女性が誰か明らかになります。
小さな田舎町グラッドストーンで、異様な殺され方をしたと思われる少年少女の遺体が発見されます。ひとりは全身の血を抜き取られ、もうひとりの少年は、なぜか骨が老化していました。
女性保安官ミランダは、FBI特別編成部隊に応援を要請し、ビショップ率いる精鋭部隊が到着します。実は特別編成部隊とはサイコメトリーなどの超常能力を持った捜査官で編成された特殊部隊で、ミランダにも同様の能力がありました。8年前、ビショップが担当した事件に巻き込まれたミランダは悲劇的な運命に見舞われ、ビショップを恨みつつ身を隠していたのです。
お互いに強い超感覚を持つビショップとミランダは、ぴりぴりした緊張感(同じ特殊部隊の感覚能力者トニーがそばにいられなくなるほど強烈な波動です)をはらみつつ、協力して捜査に当たりますが、またひとり、18歳の少年が行方不明になります。
ミランダとビショップが出会った8年前の<ローズモントの殺戮魔>事件とは、どのようなものだったのか? ミランダの妹で霊媒能力があるボニーのウィージャ盤に示されたメッセージは、何を意味するのか? ジプシーの血を引く予知能力者リズが見た幻視は? 吹雪に襲われた小さな町に、疑心暗鬼と姿なき猟奇殺人鬼が跳梁します。
すべてが明らかとなる三部作の締めくくりということもあって、作者も前2作以上に気合が入っているようです。サイキック度(?)もアップし、じわじわとサスペンスを高めて不安な展開を予想させつつ、その予想を外した別の不吉な展開に結びつける中盤の構成、ラストの掟破りとも言える展開も、それまでに丹念にさりげなく張り巡らせた伏線のおかげで、充分に説得力があって受け入れられるものになっています。
ロマンス度も、過去2作に比べて増量されています。犯人は、中盤で「こいつかこいつに違いない」と見当がついてしまいますが(プロローグの段階でピンと来てしまう人もいるかも知れません)、ラストには強烈などんでん返しも待っていますので、まったく問題なしです。
単独でも十分に楽しめますが、三部作を合わせて読む方がよろしいかと。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.4.14


ウィンザー城の秘密 (ミステリ)
(C・C・ベニスン / ミステリアス・プレス文庫 2000)

『女王陛下のメイド探偵ジェイン』のシリーズ第3作。巻を追う毎にボリュームが増えています(^^;
今回の舞台はウィンザー城。6月のガーター爵章叙勲式の日の朝、叙勲が行われる<ガーター玉座の間>で、中年男性の他殺死体が発見されます。被害者はロイヤル・ライブラリー職員で絵画に造詣が深いロジャー・ペディポンで、なぜか女王のガーターを身に着けていました。ロジャーは半年前に継娘を水死事故で亡くしたばかりでした。
女王に呼び出されたジェインは、みたび非公式の殺人捜査に携わることになりますが、その日のうちに、城に滞在していた肖像画家(ちょうど女王の肖像画を描いているところだった)ヴィクターが警察に自首し、事件はあっさり解決したかに見えました。ところが、犯行直後と推定される時刻に女王の代理としてモデルを務めていたジェインは、その時のヴィクターがあまりに落ち着いており、殺人を犯した人物にはとても見えなかったことをいぶかり、独自に調査を始めます。
殺人事件の捜査と並行して、ジェインが一目惚れした近衛兵の正体を探ろうとあくせくしたり、つまらない嘘をついてますます泥沼にはまり込んだり、第1作から登場しているタブロイド新聞の記者マグリーヴィーが相変わらずジェインにまとわりついたり、サブプロットも充実しています。中盤から、かなり深刻で陰惨な事実が明らかになるのですが、意外なほど暗い気分にならないのは、やはり明朗で前向きなジェインの性格によるところが大きいのでしょう。途中で止められず、一気に読み通してしまいました。
これ以降、続篇は出ていないようです。残念。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.4.16


涅槃の王3 神獣変化 (伝奇)
(夢枕 獏 / 祥伝社文庫 2000)

古代インドが舞台の長篇伝奇小説『涅槃の王』の第3巻。
第2巻で、不老不死の霊薬アムリタが存在するという秘境ザラ国へ入り込むのに成功した(というか半分は拉致されたのですが)シッダールタ一行。
前半の「不老宮編」は、35年前に同じように不死の霊薬を求めてザラに潜入した3人――陳夢竜、ラダ、そして後にマーサーカ国王となるアクスの体験が描かれます。当時からザラでは内紛の火種がくすぶっており、士族派のグルカ、僧院派のマハムト、第三の勢力のリーダー“猫”らの思惑に翻弄されながら、不老不死の秘密を解く鍵を秘めていると言われるヴリトラ神像がザラから持ち出されることになったいきさつが語られます。
後半の「魔羅編」は、35年ぶりにザラに戻ったヴリトラ神像、及びその謎を解く鍵を握る“目なし”族唯一の生き残りカーヤックを巡る争奪戦となります。当時からの生き残りのグルカやマハムト、新世代のウルカーン、アガシャ、イライサらが入り混じり、三大勢力が対立する中、外界からの侵入者であるアゴン一党が独自の思惑で行動を開始します。その中で、超然とした態度をとり続けるシッダールタ。
すべての謎が解かれる第4巻が楽しみです。

<収録作品>「涅槃の王 神獣変化 不老宮編」、「涅槃の王 神獣変化 魔羅編」

オススメ度:☆☆☆

2005.4.17


超人鬚野博士 (ミステリ)
(夢野 久作 / 春陽文庫 1995)

春陽文庫版戦前探偵小説シリーズ、今回は夢野久作です。
中学から高校にかけて、「ドグラ・マグラ」をはじめ角川文庫版を片端から読み漁っていましたので(高校の文芸部の読書会のテーマに「少女地獄」を選んでみたり、妙な十代だ・・・(^^;)、この作者との付き合いは長いのですが、この本に収録された4篇はどれも読んだことがありませんでした。作者の死後すぐの昭和11年に刊行されたものの復刻版だそうです。
彼独特の、いわばブチ切れた破天荒な設定と展開で、プロットが破綻しているにもかかわらず強引に最後まで読まされてしまうパワーがあふれている「超人鬚野博士」と「冥土行進曲」、意外にもリアルな本格犯罪捜査篇「巡査辞職」、当時の思想風潮と風俗がしのばれる「近眼芸者と迷宮事件」が収められています。

<収録作品>「超人鬚野博士」、「巡査辞職」、「冥土行進曲」、「近眼芸者と迷宮事件」

オススメ度:☆☆

2005.4.18


竜王戴冠7 ―旅路の果て― (ファンタジー)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2001)

大河ファンタジー『時の車輪』の第5シリーズ第7巻。
今回は一本道で、ナイニーヴとエレイン王女の一行が、身を隠していた旅芸人一座から抜け出して船に乗り、“白い塔”に離反した異能者たちが集結した町サリダールへ着くまで(というか、到着以降のエピソードもあります)お話です。ペリンもマットもアル=ソアも会話の中に出てくるだけで登場せず。
でも、コクは十分です。どのエピソードもこま切れにせずにこれだけ濃密に描けば面白いのにと思いながら読み進めていました。いまだに未熟なところがあって欠点も多いナイニーヴとエレインの内面をじっくり描き出しているのも、いつもと違うところ。でもそれだけに、やっぱり感情移入はしにくいですな(笑)。
さて、
次巻が一応の区切りとなりますが、どう収拾がつくことか(決着がつかずに次シリーズへ持ち越しの予感がひしひし)。

オススメ度:☆☆☆

2005.4.19


エスコート・エンジェル (SF)
(米田 淳一 / ハヤカワ文庫JA 2001)

近未来SFアクション『プリンセス・プラスティック』シリーズの第1作。
時は22世紀の半ば、日本は軍事的にもアジアの大国となり、コードネーム「プリンセス・プラスティック」という究極兵器建造計画を完成させました。国際的にも極秘で公式には存在しないことになっている、シファとミスフィ、2体の女性型バイオ・ロボット。
軍部内では“戦艦”に分類される彼女らは、五次元空間にワームホールで接続された無尽蔵のエネルギー源やバイオコンピュータを持ち、地球そのものも破壊できる火力を秘めた恐るべき兵器ですが、悪用と暴走を防ぐために、人口知性とも言える“心”を与えられています(そりゃまあ、鉄人28号はリモコンを敵に奪われたら終わりですから。キカイダーの良心回路みたいなものですか)。ですからシファもミスフィも、恋もすれば戦いの意味に悩み、涙も流す、そういう存在です。ただ、開発段階でのトラウマから、ミスフィはシニカルなのに対し、シファは人間味(?)あふれる女性という描き分けがなされています。
今回は顔見せということで、日本を極秘訪問したアフリカの友好国ルプセム公国の王女をテロリストから守りぬく使命を与えられたふたりの活躍を描くとともに、彼女らの開発背景、取り巻くスタッフたち、世界情勢、文化状況などがわかる仕組になっています。
美少女コンビによるアクションSF活劇というと、どうしても『ダーティペア』シリーズが思い浮かぶわけですが、ケイとユリのぶっ飛んだアナーキーなスチャラカさ(ほめてるんですよ)に対して、シファとミスティは、兵器として作られた存在理由を含めて、そのシリアスさが好対照(もちろんかわいいところもいっぱいありますよ)。
さらに、イルカ族がふたりだけに明かしている超古代文明の謎とか、ローマ法王と天皇家が守る秘密とか、ラストに登場する手強そうな宿敵とか、今後に向けてのわくわくする伏線もばっちり。
本シリーズ、現時点でハヤカワ文庫から
続刊5巻まで出ています。お楽しみはこれからだ。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.4.20


不自然な死 (ミステリ)
(ドロシー・L・セイヤーズ / 創元推理文庫 1997)

セイヤーズの長篇第3作。
ピーター卿とスコットランドヤードのパーカー警部がレストランで食事中、死因に不審な点はあるが殺人という確証のない変死体に出会った場合の対処法について議論していると、隣の席の紳士が話しかけてきました。カーと名乗るその医師は、3年前に自分の患者に起こった出来事を語ります。患者の老婦人アガサは不知の癌に侵されていましたが、元看護婦の若い姪と二人暮しで、きちんと治療をしていればまだ何年も生きられる状態でした。
ところが、ある朝、患者は急死します。死因は不明ですが、毒が検出されたりという不審な点はありませんでした。しかし死の直前に、遺言にからんでトラブルとなり弁護士を替えたり、ふたりのメイドや通いの看護婦を解雇したりという妙な出来事がいくつかあり、話を聞いたピーター卿は事件のにおいをかぎつけます。
しぶるパーカー警部を巻き込んで、ひそかに情報収集を開始するピーター卿。ミス・マープルを髣髴とさせる腹心の(?)聞き込み役の中年婦人クリンプスン嬢(笑)をアガサが住んでいた町に送り込み、姪のメアリや近所の動静を探らせるとともに、解雇された姉妹のメイドを探す新聞広告を出します。すると、あろうことかメイドのひとりが森で変死体(殺人の痕跡はない)となって発見されます。
ふたつの死は殺人なのか、偶然なのか。メイドの持ち物から浮かび上がったロンドンの謎の有閑婦人は事件になにか関係があるのか。
トリックについては、医学知識があれば「ああ、アレじゃないかな?」となんとなく見当がつきます(やっぱりアレでした(^^;)。でも、それよりも情報を細かく集め、時に推理を飛躍させながら犯人を追い詰めていくプロセスがじっくりと楽しめます。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.4.22


スウェーデン館の謎 (ミステリ)
(有栖川 有栖 / 講談社文庫 2001)

有栖川さんの日本版『国名シリーズ』第2弾(長篇としては第1作)。
ペンションが舞台の小説を書くための取材で、裏磐梯を訪れていた推理作家・有栖川有栖は殺人事件に巻き込まれます。
滞在中のペンション『サニーデイ』に隣接する北欧風のログハウス『スウェーデン館』には、童話作家の乙川とスウェーデン人の妻ヴェロニカ、ヴェロニカの父親と乙川の母親が4人で暮らしていました。夫婦にはルネという7歳の息子がいましたが、3年前に近くの沼で事故死していたのです。
ペンションの主人・迫水の紹介で有栖が『スウェーデン館』を訪れた時、館には3年前と同じ、乙川の友人たちが滞在していました。建築会社勤務の等々力、挿絵画家の綱木姉妹、乙川の従兄弟・葉山らです。ところが雪が降った翌朝、館の離れに泊まっていた綱木淑美が頭を殴られた死体で発見されます。しかし、雪の上の足跡は淑美自身のものと、朝に様子を見に行った第一発見者・乙川のものだけ。しかも、乙川には完璧なアリバイがありました。
五里霧中の有栖は、友人の犯罪社会学者・火村に助けを求めます。雪上の足跡に秘められた謎とは・・・。3年前のルネの死と、事件は関係があるのか。そして、第二の凶行が行われます。
実はプロローグに、さりげなく気になる一文があり、それが事件の鍵を握るのではないかと思っていたら、やっぱりそうでした。足跡の謎は、さっぱりでしたが(笑)。
陰惨な殺人事件が描かれるのに読後感がさわやかなのは、有栖川作品の大きな特長です。

オススメ度:☆☆☆

2005.4.23


洞窟 (ホラー)
(ジェイムズ・スターツ / ハヤカワ文庫NV 2001)

帯には「魂を打ち砕く背徳のホラー」と宣伝文句が打たれています。ただ、読後の印象としては微妙にずれているような気が。
一人称で語る主人公の“僕”は、人類学の若き研究者で、妊娠中の恋人をニューヨークに残して南イタリアのマンカンツァーノという町にフィールドワークに来ています。この町には石灰岩質の断崖に穴を穿って作られた洞窟住居が多数存在しており、多くは放置されていますがいまだに住んでいる住民もいます。
主人公の一行は洞窟に残されたフレスコ画の調査を中心に、周辺の地質や住民の風俗習慣を調査するチームですが、到着したとたんに、熱風が吹きすさぶ乾燥気候や住民の異様な風俗(例えば、石灰岩を砕いた粉をチーズのように食物にふりかけて食べる)に悩まされることになります。
そんな中、フレスコ画のある洞窟内で、少年少女の変死体が発見されます。死因は不明ですが、全裸で、死の直前に情交した形跡があり、壁の岩を大量にかじっていたのです。変死は続き、それと合わせるようにフレスコ画の下から黒魔術を思わせる醜悪で異様な絵が浮かび上がってきます。
ここまで来ると、S・ハトスンの「闇の祭壇」のような古代の邪神がよみがえるエログロ・ホラーになるのかと思いましたが、さにあらず。事件はなかなか伸展せず、どうでもいいような日常的なエピソードが淡々と続きます。今、日常的という言葉を使いましたが、正確に言えば、現地では日常的ですが、外部からの訪問者である主人公たちにとっては若干の違和感を覚える微妙に異様な体験なのです。現地の警察署長はロンブローゾの犯罪者骨相学を信奉して実地に捜査に応用していたり、正規の医師ではなく理髪医が信頼されていたり、現地入りした過食症の専門家が宗教的なカリスマに祭り上げられたり。
ジャンルから言えば、異界に入り込んだ主人公が、時が経つにつれて少しずつ異界にむしばまれていき、じりじりと悪夢と狂気に陥っていく恐怖を描いたエキゾチックな心理ホラーでしょうか。全体の雰囲気はダン・シモンズの「カーリーの歌」に似ているかも。

オススメ度:☆☆

2005.4.25


決戦!太陽系戦域(上・下) (SF)
(デイヴィッド・ファインタック / ハヤカワ文庫SF 2001)

ミリタリーSF『銀河の荒鷲シーフォート』シリーズの第4弾。
前回、謎の異星生物“魚”の強襲を受けたホープ・ネーション星系を、銃殺刑覚悟の捨て身の戦法で死守したニコラス・ユーイング・シーフォート。太陽系に帰還したシーフォートは艦隊勤務に不適格との判断を下されますが、政治的理由から退役は許されず、宇宙軍士官学校の校長に就任することになります。
しかし、この時シーフォートはまだ25歳。直情型で不器用、融通が利かない性格のシーフォートは、校長としてうまく立ち回るのに必要な腹芸や駆け引きができるわけもなく、前校長の放漫運営のツケが次々と回ってきて、複雑な官僚機構の中で悪戦苦闘することになります。おまけにホープ・ネーションの混乱の中で暴漢に襲われた後遺症で精神を病んだ妻のアニーはニューヨークで入院中。これではシーフォートが疲れ果ててしまうのも無理はありません。作中、副官トリヴァーがいたわりの言葉をかける場面があります――「疲れているんですよ。もう若くはないのですから」とても25歳同士の会話とは思えません(^^; でも、10歳になるかならずかで士官学校に入学し、15歳には士官候補生として艦隊勤務に就くというのが、この世界での常識なのです。
時おり回想シーンが挿入され、そこでは士官学校入学前のシーフォート、親友ジェースンを襲った悲劇、厳格な父親との確執、士官学校での見習い生としての生活、しごきにいじめ、ほろ苦い初恋の想い出などが次第に浮かび上がり、シーフォートの士官としての人格形成の過程が明らかにされます。
前半はすべてがうまくいかず、自業自得でどんどん窮地に追い込まれていくという、いつも通りの(笑)シーフォートの苦闘が描かれますが、中盤、妻のアニーが病院を抜け出してニューヨークのスラムで行方不明となり、かつて妻との不義を理由に艦から追放したスラム上がりの水兵エディ・ボスを呼び出すあたりから、シーフォートは本領を発揮します。それはつまり、やけを起こして物事を最悪の状態へ持って行こうとすればするほど、意外にもうまくいってしまうという稀有な才能(?)。
宇宙軍のちょっとしたミスから太陽系に大挙して“魚”が襲来し、最後には、これまで以上に「そこまでするか!?」という壮絶なクライマックスが待っています。
どうやら作者のファインタックはこの巻でシリーズを終了させようと考えていたようで、全体をしめくくるエピローグも用意されています。しかし、読者の圧倒的な要請によって続篇が書かれています。近日登場。

オススメ度:☆☆☆☆

2005.4.28


涅槃の王4 神獣変化 (伝奇)
(夢枕 獏 / 祥伝社文庫 2000)

古代インドを舞台に、シッダールタ(後の仏陀)の覚醒を描いた伝奇アクションの最終巻。
不死の王が支配すると言われるザラ王国に、戦乱の嵐が巻き起ころうとしていました。
ザラの三大都市、ザリウス、ディアウス、ウリウスをそれぞれ拠点とする勢力――士族派のグルカ、僧院派のマハムト、第三の勢力をまとめるアガシャとイライサの姉弟。ウリウスのアガシャの元に身を寄せたアゴン一党、攪乱のためディアウスに潜入した陳夢龍、ザリウスでグルカの孫ウルカーンの客分(捕虜?)となっているシッダールタ。
前半の「幻鬼編」では各勢力が、千年も生きながらえているというザラ王が身を潜める不老宮を目指して権謀術数の限りを尽くしながら攻め上るまでが描かれ、後半の「覚者降臨編」は、不老宮内部での冒険と戦い、ついに明かされる不死のザラ王の正体と不老不死の謎(このSF的解釈は違和感なく見事です)、シッダールタが真理に到達する瞬間がクライマックスとなります。
結局、「仏陀が覚醒する瞬間を書く」(あとがきより)ためだけに、これだけ長大な物語を15年に渡って書き継いで来た作者には頭が下がります。

<収録作品>「涅槃の王 神獣変化 幻鬼編」、「涅槃の王 神獣変化 覚者降臨編」

オススメ度:☆☆☆

2005.4.30


魔道士の掟4 ―結ばれぬ宿命― (ファンタジー)
(テリー・グッドカインド / ハヤカワ文庫FT 2001)

『真実の剣』の第1シリーズ第4巻。
悪の魔王ダークン・ラールの野望を阻止するため、魔法の箱を求めてミッドランズに入り込んだ<探求者>リチャードと<聴罪師>カーラン。前巻で魔女ショータから箱の在処を聞き出したふたりですが、自らの秘密を告げられないカーランは苦悩の末、リチャードの元を去ろうとします。
しかし、結局、戻って来たカーランはリチャードに残酷な真実を告げます(もっと引っ張るかと思っていたんですけど)。それが、副題にもなっている『結ばれぬ宿命』。
旅を続けるふたりは、ある晩、野宿している幼い少女と出会います。彼女こそが、タマラングのクイーン・ミレナの城から魔道士ギラーの指示で箱を持ち出したレイチェルだったのですが、リチャードもカーランもそれを知るはずもなく、レイチェルもカーランを怖れてこっそり逃げ出すという、すれ違いの王道の展開。
ゼッドやチェイスなど、信頼できる仲間たちも追いついてきて、希望が膨れ上がる中、タマラングを訪れた際にかけられた魔法を解くために単独行動をとったリチャードは罠に落ちてしまいます。その後は作者はかなりのサディストではないかと思わされる展開。
さて、次のシリーズ
最終巻で、とりあえずは(この先も長大なシリーズですから、『時の車輪』と同様、一応の決着でしかないはずですが)どう決着が着くのか。近日登場。

オススメ度:☆☆☆

2005.4.30


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