第1章
応接ロボットに来客を告げられ、ブルマが玄関のドアを開けると、そこには意外な人物が立っていた。 「あらぁ、クリリンくんじゃない。久しぶりね〜」 かしこまったクリリンが、どもりつつ挨拶しようとするのを半ばでさえぎり、ブルマは「ま、入んなさいよ」と、彼を家の中へ招じ入れながら次々とまくしたてた。 「元気だった? あんたちっとも顔見せないんだから。武天老師さまも元気――訊くだけムダね。あのじいさんのことは。そうそう、ヤムチャがすっごい冗談きついのよ。あんたが18号とくっついたなんてさ。『クリリンのやつに先を越された。オレは生涯独身なんだぁ〜』なんて頭かかえてわめいてるから、あたし言ってやったのよ。『そんなのデマに決まってるでしょ。よりによってクリリンくんがあの18号となんて。あんたの早とちりよ』って――どうしたの?」 「い……いや、あの……」ひきつり笑いを浮かべていたクリリンが、体をひねって遠慮がちに外を指差した。 ふと見ると、玄関ポーチの向こうには、胸の前で腕を組み、そっぽを向いて突っ立っている18号の姿があった。 「それにしても驚いたわね〜」 リビングのソファに少し離れて隣どうしに座った二人の前にコーヒーを置きながら、ブルマはさっきから同じ言葉を繰り返している。そのたびにクリリンは赤くなって、くすぐられるのを我慢してでもいるように、「はあ」とか「いやぁ」と、言葉にならない言葉を発して身をよじっていた。 「オレが一番驚いてるんっすよ。まさかオレなんかにこんなかわいい嫁さんが来てくれるなんて」 18号は素早くクリリンの脇腹を肘で小突いた。ぐっと一瞬息を詰まらせながら、クリリンはにやついて妻の方を見る。 「わ、わかったよ。つまんないこと言うなって言うんだろ。かわいいからかわいいって言ってるのに」 「ばーか」18号がにらみつける。その顔に鼻の下をでれんと伸ばして見とれてから、クリリンはブルマに向き直り、 「こいつ意外と照れ屋なんすよ」と、しょうこりもなく続けた。 「はあ……ごちそうさま」 18号に頭を張り飛ばされているクリリンの前で、ブルマはお盆を手に立ったまま、ため息混じりで相づちを打った。 「で、今日は花嫁のお披露目に来てくれたってわけ?」 水を向けるとクリリンは打って変わって真顔になり、居ずまいを正してブルマを真剣なまなざしで見つめた。 「ブ、ブルマさん、実はお願いがあるんです。じゅ、18号を見てやってほしいんだ」 「ええっ、藪から棒に何よ。どこか調子がおかしいってこと?」 驚いてブルマが18号に目をやると、彼女は不機嫌そうにクリリンに吐き捨てた。 「だから何でもないって言ってんだろ。あんたの考えすぎだよ!」 「考えすぎなもんか。ずっと食欲がなくてだるいって言ってたじゃないか。熱っぽくて動くのがおっくうだって。人造人間のおまえがそんな具合になるなんて変だよ。きっとどこか壊れてるんだ」 「何でもないったら!」 強情に言い張る18号だったが、クリリンに連れられておとなしくここへ来たということは、さすがに原因不明の調子の悪さを彼女も気にしているのだろう。冷たいほどに整った顔立ちの中で、アイスブルーの瞳に翳りがさしている。 ブルマは二人を研究室の一角にある小部屋に案内した。中央に幅2メートルほどの作業台が据えてあり、赤や青のコードがつながった、大小の機械がその周りを取り巻いている。 「とりあえず調べてみるわ。18号、この台の上に寝て」 18号は眉をしかめてうさんくさそうに部屋の中を見回していたが、やがて渋々と台に上ると仰向けになった。クリリンが心配そうにそれを見守っている。 クリリンと共に操作室へ行き、ガラス窓越しに確認しながら遠隔操作でレントゲンスコープを18号の体の上にセットしたブルマは、スイッチを押そうとしてためらった。18号の症状に何か引っかかるものを感じたのだ。食欲がなくてだるい、熱っぽい……。 「あっ!!」 突然ブルマが大声を上げたので、横で気を揉んでいたクリリンは文字通り飛び上がった。ブルマはさもおかしそうに笑い出しながら、操作室から出て作業台の上の18号に歩み寄っていく。そのあとを急いで追ったクリリンは、18号と不思議そうに顔を見合わせた。 笑いをこらえながらブルマは言った。 「危ない危ない。もう少しでレントゲン撮っちゃうところだったわよ。いやーね、あんたたち。違うわよ。18号にはどこも悪いところなんてないわ。その逆よ」 「逆って?」 クリリンが尋ねた。18号も上半身を台から起こして、ブルマの次の言葉を待っている。 「おめでたよ。お・め・で・た」 「なぁーんだ。おめでたかあ」 クリリンはホッと息をついで笑い、すぐに、 「ええっっ、おめでた!?」と、驚いて飛び上がった。 18号は体内の電子部品がいっせいにフリーズしたかのように、ぽかんと口を開けて虚空を見つめている。 「驚くことなんてないわ。愛し合う男女が一緒にいれば自然なことじゃない」 励ますように微笑むブルマの顔を見て、18号はやっと小さな実感としてそれが胸のうちにしみ出すのを感じたのか、白い頬をうっすらと染めた。 「あ、愛し合うだなんて……そ、そんな……そ、そりゃ、オレたち……だけど……えっと……」 取り乱して焦りまくっているクリリンに向かって、彼女はいつものように、 「ばーか!」と言った。が、それはどんな愛の囁きよりも甘く響いた。 クリリンは18号の手を両手で握り締めると、男泣きに泣き出した。 「や、やったな、18号。オ、オレたちの子どもが生まれるんだ。オレたち二人の子どもが……!!」 ブルマはそっと研究室の外に出た。しばらく二人きりにしてあげましょ。場所はちょっとロマンティックじゃないけどね。 そのあと、ブルマは18号に妊娠と出産の本を手渡し、カメハウスの近くのいい産婦人科を紹介した。 「丈夫な赤ちゃんを産んでよね」 二人がカプセルコーポを辞すると、ブルマは自分の部屋に戻った。窓から彼らが帰っていくのが見える。何か小さないさかいをしている。どうやら、空を飛んで帰ろうと言う18号に、クリリンが断固として飛行機で帰ることを主張しているらしい。いつまでも窓辺にたたずんだまま、ブルマは微笑ましそうにそれを眺めていた。 「何を見て笑っている」 後ろから声がして、ベジータが隣に立った。重力室でのトレーニングを終えたばかりらしく、噴き出る汗をタオルで拭っている。窓の下を一緒に見おろしながら、ブルマはかいつまんで今日の出来事を説明した。 「だからクリリンくんに言ったの。愛し合えば子どもが出来たっておかしくないわよって」 意味ありげにくるりと瞳を向ける彼女に、ベジータは軽く咳払いして窓から離れた。 「考えてみたらトランクスももう4歳なのよね。悟飯くんと悟天くんを見てたら、きょうだいが欲しいみたいよ。どうする?」 「神龍にでも頼め」 ベジータは赤くなってバスルームに逃げていった。 |