第6章
「ひゃーっ、人相悪りぃなーっ。オラもあんなんか? 鏡で見たことねーからなー」 「孫くんの方がまだマシじゃない? ベジータはもともと悪人面だもの。すごい迫力よねー」 「き、きさまら、どういう状況かわかってるんだろうな」 家を出て行った時にブルマが着ていた服は、隣のベッドの上に投げ出してある。ということは、ベッドの中の彼女は下着姿ということだ。目もくらむばかりの憤怒と絶望に喉をつまらせてベジータは呻いた。 「カカロット、きさまよくもオレのブルマに手を出しやがったな」 「へ? 何の―――」悟空に皆まで言わせず、ベジータの鉄拳がその頬に飛んだ。油断していた上に相手が超サイヤ人3ではひとたまりもない。悟空は寝室の壁を突き破って外へ吹っ飛んで行った。一瞬ののち、激しい轟音が響き渡る。 息を飲んでいたブルマが叫んだ。 「なんてことするのよ! 孫くんが何をしたっていうの」 「何をしたかだと!?」 振り向いたベジータは、ブルマもひるむような暗い瞳でベッドの中の妻を見おろした。 パオズ山の木を数十本へし折り、近くにあった小さな山に大穴を開けてから、土埃にまみれた悟空が戻ってきた。 「いちちちち……。きいたぞ、今のは。あーあ、ひでえな。せっかく風呂に入ったのに。また入らねえと」 「その必要はない」残虐な笑みに唇を歪め、目をぎらつかせてベジータは言った。「きさまは今ここで死ぬんだからな」 「ちょ、ちょっとベジータ」 「おめえ何か誤解してんぞ」 「うるせえっ! ついでに地球ごと消してやる!!」 ベジータは気功波の構えを取った。 「スーパーギャリック―――」 「そこまでだ!」 ひときわ大きな声が響き、ベジータは我に返った。声のした方を見ると、チチがおっかない顔で寝室の入り口に仁王立ちしている。 「チ、チチ……?」 「なんだおめえ、帰ってきたんか」悟空がホッとした声をあげた。 「やっとお医者がめっかっただよ」チチはうなずくと後ろを示してみせた。ただならぬ雰囲気に怯えたようすの医者が、彼女の背後で往診鞄を抱えて小さくなっている。 「きっと疲れが出たんだべ。ブルマさも今までずっとひとりで頑張ってきたんだもんな。働かねえ亭主を持つと女は苦労するだよ」 チチが当てつけがましくじろりと悟空に目をやると、サイヤ人の亭主はきまり悪げに「へへへ」と頭をかいて笑ってみせた。 「さ、男は出て行ってもらうだ。ブルマさ、待たせただな」チチはブルマにいたわるような微笑を向けた。 「どういうことか説明しろ。さっぱりわけがわからん」 家の裏手にある清流のほとりにふたり並んで腰をおろし、普通の状態に戻ったベジータは、悟空をいまいましそうに見やって言った。悟空は殴られた頬を片手でさすりさすり、時々痛さに顔をしかめて答える。 「ブルマが来たのはおめえが来る1時間ほど前だ。オラは山頂で修行してて知らなかったんだが、あいつ、来たとたんに貧血起こして倒れちまったらしい」 「なに……!?」 悟空はひとつうなずいて続けた。「チチが慌てて医者に電話したんだが、往診で留守だってんで、直接迎えに行くってブルマに言って出ていったそうだ。オラが戻ったのとちょうど行き違いになっちまったんだな。ひと風呂浴びて寝室に着替え取りに行ったら、ブルマが寝てるもんで、オラ、びっくりしたのなんのって」 唖然とするベジータを横目で見ながら悟空はすました顔で続けた。 「そんで、オラがブルマからあれこれ話を訊いてるうちにおめえが屋根突き破って飛び込んで来て、早とちりしてオラを殴ったって寸法だ」 「ま、紛らわしいことしやがって」 ベジータは赤面して悟空から顔をそむけ、ボソッとつぶやいた。 「……悪かったな」 「いいさ。これは貸しにしとく」 ニッと笑い、すぐにまた顔をしかめて悟空は頬を撫でた。ベジータは憮然とした表情で黙り込む。 「ちらっとブルマに聞いたんだけどよ」悟空が遠慮がちに口を開いた。「あいつ、子どもが欲しいんだってな。なんで叶えてやらねえんだ」 「きさまの知ったことか―――やれ基礎体温がどうの、受胎期間がどうのと目を吊り上げて追い掛け回されてみやがれ。そんな気になれるか!」 はははっと悟空が陽気に笑いとばした。「そりゃ萎えちまうな〜。種馬じゃあるめえし」 「げ、下品な言い方をするな!」 にやにや笑っている悟空を横目でにらみ、ベジータは、「きさまなんかに話すんじゃなかったぜ」と、ぼやいた。 その時、ドアが開き、チチが顔を出して叫んだ。 「ベジータさ、早く来てけれ!」 とっさにベジータは悟空と顔を見合わせ、同時に転がるようにして家の中へ駆け込んだ。 |