第3章
ベジータはその足で重力室へ行った。表で飛行機の急発進する音が聞こえる。 ブルマのやつだ――ふん、かまうものか。 重力を制御する操作パネルのボタンを押すつもりが、今日はなぜか何度も押し間違えてしまう。腹立たしさのあまり力を入れてボタンをたたくと、パネル全体がへこみ、ダイヤルが回せなくなってしまった。 「ちっ、ちゃちな機械だ」 ブルマも出かけてしまったことだし、今日はもう重力室は使えそうにない。どこか荒野にでも行ってトレーニングの続きをするか――ちらりと考えたが、なんとなく気がそがれてやる気が出なかった。 ベジータは庭に下りて木陰のデッキチェアに体を投げ出し、頭の後ろで手を組んで枝に生い茂る葉をぼんやりと見上げた。 カプセルコーポの広大な庭園は、自然を切り取って都市空間の中に貼りつけたような憩いの場だ。木々の緑にあふれ、野鳥や虫たちがいつのまにか集まってきて、ひっそりとここを棲みかにしている。 巨木が太い枝を伸ばした下には色濃い陰が生まれ、梢をすり抜けてきた風は土と草の匂いを運んでくる。都市が生み出す騒音は木々にさえぎられ、耳の奥にしみ入るような蝉時雨が聞こえてくるだけだ。 給仕ロボットが静かに飲み物と雑誌を運んできた。ベジータがアイスティーと新聞、それにゴシップの載っていない雑誌を適当に選んでテーブルに乗せると、ロボットはまた静かに戻って行った。 アイスティーで喉をうるおしてから、新聞を取ってまたデッキチェアにもたれる。さして興味もない記事を目で追っているうちに、さっきのブルマの顔と声が脳裏をかすめた。 (ガキ……か) 別にどうしても欲しいわけでも、ましてや欲しくないわけでもなかった。ただ、会社のためにと躍起になるブルマの気持ちは到底解せなかった。 トランクスを授かった時のことが頭に浮かんでくる。もちろん、子どもを作ろうとしてブルマとそんな関係になったわけではない。 初めてブルマを抱いた時の温かさ、柔らかな肌の手触り――あの時のことが次々に浮かんできて、われ知らずベジータは顔を赤らめ、誰に見られているというわけでもないのにどぎまぎと視線をさまよわせた。 ――いいわよ、ヤムチャか孫くんに頼むから!! 突然、ブルマの声が鋭く突き刺さって我に返る。 「ふん、くだらん」 そんな突拍子もないこと――頭の中で反駁しかけて、ベジータはガバッと跳ね起きた。 (やりかねん! あの女なら) すーっと腹の底が冷えてゆく。 ヤムチャ――あの地球人の男――は、かつてブルマの恋人だった。思い出そうと試みたわけではないが、ベジータの記憶にはカプセルコーポに居候として住み着いた頃のことが蘇ってくる。 初めは気にもとめなかった。それがいつしか、あの女とヤムチャとかいう男の関係が、次第に心の隅に引っかかるようになった。 ブルマがあの男に投げる、ふとした視線、微笑み。 あの男がブルマの腰に回す、何気ない手の動き。 当時は気づかなかった。気づこうとも思わなかった。自分がそれらのことに囚われ、心を掻き乱されていることなど―― ヤムチャ――どこまでも人のいい野郎。やつなら否とは言えないだろう。かつての恋人の申し出を。 『ヤムチャ、あたし、子どもが欲しいの。だけどベジータはいやだって……』 『そうか。でも、困ったなあ。いくらなんでもおまえはもう人妻だし』 『あたしがいいって言ってるんだからいいでしょ、ヤムチャ。お願いよ』 『うーん、そうかあ。オレはいつでもOKなんだけど、いいのかなあ』 「いいわけあるか! バカ野郎!!」 ベジータは新聞を握りつぶしながら怒鳴った。気を探る。ブルマの弱い気は当然ながら探れないので、ヤムチャの気を求める。 探れない。 「あ、あのクソ野郎、武道家ならもっとでかい気を持ちやがれ!」 両方のこぶしを握りしめ、ベジータは歯噛みしながら空高く躍り上がった。 全身をパラボラアンテナにして必死で気を探る。 いやがった! 南の都南西13キロ地点の小島だ!! 「待っていやがれ、ヤムチャ! 人の妻に手を出せばどういうことになるか思い知らせてやる!!」 ベジータは光の矢のように目的地めざして飛んで行った。 |