第5章
孫悟空の家の前で、ブルマは何度も行きつ戻りつしてはためらっている。やがて、自分に活を入れるように大きく息を吐くと、思い切ってチャイムに手を伸ばした。 そのとたん、勢いよくドアが開き、悟空が顔を出した。 「早かったな―――あれ、ブルマじゃねえか」 「そ、孫くん! びっくりさせないでよ」 「わりぃわりぃ。チチが帰ってきたのかと思ってさ」 ブルマは胸に手を当てて動悸を鎮めながらおずおずと尋ねた。 「チチさん、出かけてるの?」 「ああ。ビーデルと一緒にサタンのとこまでパンの顔を見せにな。サタンのやつが連れて来い連れて来いってうるせぇんだ」 「かわいい初孫だもんね。で、いつ戻るのかしら」 「夜までは帰らねえだろ。泊まってくるかもしんねえな」 「そう。……悟飯くんは?」ブルマは同じ敷地内にある悟飯の家を横目でうかがった。 「悟飯は学会ってやつで北の都まで行ってる。教授のお供だって言ってたな。悟天のやつもデートとかで、今日はオラひとりだ」 「そう……」 悟空はブルマの顔を不思議そうにのぞきこんだ。 「どうした? 元気ねえじゃねえか。ベジータとケンカでもしたんか?」 ブルマは黙ったままうつむいた。 「あんないい亭主はいねえぞ。わがままなおめえにはもったいねえくれえだ。オラがとりなしてやってもいいけど、『夫婦も歩けば棒に当たる』って言うからな」 「それを言うなら『夫婦喧嘩は犬も喰わない』でしょ」 ブルマは気を取り直し、「ところで」と言いかけて、もじもじしながらまたうつむいた。しばらくして覚悟を決めたように頬を染めて悟空を見上げた。 「そ、孫くん、あたし……」 「ん?」 「あ、あたし……あたしね……赤ちゃんが欲しいの。孫くん、協力してくれる?」 「オラが!?」 ブルマはゆっくりとうなずいた。 「だけどよ、ベジータが――」 「ベジータ? はっ、あんなやつ! もう夫とも思わないわ。チチさんには悪いけど、あんたしか頼む人がいないのよ。ねえいいでしょ。お願い」 「しょうがねえなー…………ま、いっか」 「だああぁぁあうぅおあぁぃいあぁあぁをあぁーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!」 ベジータは弾丸のように飛び続けながら自分の妄想に頭を掻きむしった。 「ゆ、ゆるさん、ゆるさんぞ。カカロットぉぉぉーーーーーーっ!!」 一刻一秒を争い、肉体の極限ぎりぎりまで速度を上げる。空気との摩擦熱でちりちりと服の焦げる匂いがする。いつの間にか全身を包んでいた黄金のオーラが激しく帯電し始め、彼は超サイヤ人の限界閾を突き抜けようとしていた。 眼下に孫家が見えた。ベジータは弾道ミサイルのように丸屋根を突き抜け、憎い宿敵の気を感じた部屋に舞い降りた。 あろうことかそこは寝室だった。あろうことかベッドの中にはブルマが横たわり、あろうことかその上にかがみこむようにして悟空が脇に立っていた。見つめ合っていた妻と男は突然の闖入者に驚いて振り向いた。男の上半身が裸なのを見た瞬間、ベジータの頭の中で理性の最後の糸が切れた。 ぶちっ 「きっ……き……き……きさ……きさまぁあぁぁ〜…………ぶっ殺す!!!」 「誰だおめえ?」悟空が不審そうに眉を寄せた。 「だっ、だっ、誰だと!? この期に及んで白々しいことを――」 「そうよ、あんた誰?」 「ブッ、ブルマ、おまえまで……」 「あら?」ブルマはちょっと首をかしげ、まじまじと闖入者を見つめた。 「この声―――あんたベジータ、ベジータね」 「ベジータ!?」悟空が目を見張った。「そっか。そういや確かにこれはベジータの気だ。あんまり乱れてっからわからなかったぞ」 「きっ、きさまら、訳のわからんことを言いやがって」 逆上しているベジータの目が、ふと寝室の隅にある鏡台をとらえた。そこには焼け焦げてボロボロになった服をまとい、ライオンのたてがみのような金色の髪を後ろに長く垂らした男がいた。張り出した目の上に眉はなく、それが目付きの鋭さを際立たせている。 なんだ、この下品な顔の野郎は―――そう思ってにらみをきかせようとすると、相手も同じような視線を返してきた。 ベジータは脳天に気功波を撃ち込まれたような衝撃を受けた。 (オ、オレだ――!!) 彼は超サイヤ人3に変身していた。 |