愛のあかし


第8章(最終章)

 ブルマはソファにゆったりと座り、いとおしそうに下腹を撫でていた。ベジータが部屋に入って行くと、彼女は顔を上げて微笑み、声を弾ませて言った。
「名前を考えたんだけど、ブラなんてどう?」
 妻の気の早さに面食らいながら、ベジータははすかいに腰を下ろした。「それは……男の名前か」
「いやね。女よ。言ったでしょ、予感がするって」
「変な名前だ」
「失礼ね。そういやあんた、トランクスの時もそう言ったわよね。あっ、あたしの名前もだったわ。――そんなこと言うんだったらあんたが考えてよ」
「オレがか」
「そうよ。父親でしょ」

 言われてベジータは眉間の皺を深くした。技の名前をつけるのとは訳が違う。汗を流して呻吟していると、見切りをつけるようにブルマは肩をすくめて言い渡した。
「まあいいわ。出産までまだ間があるから。それまでに考えつかなかったらブラに決まりね」
「男だったらどうするつもりだ。ふやけたような名では強くなれんぞ」
「ちゃんと考えてあるわよ。男ならカカロット。どう、最強でしょ」
「なん―――」
「冗談よ」

 目をむいて声を上げかけたベジータは、その矛先を苦労して納め、憤然としてつぶやいた。「おまえという女は――」
「頭にくる女だ」夫の真似をして鹿爪らしい顔で後を引きとったあと、いたずらっぽく小首を傾げてブルマは笑った。「それでも、惚れてるのよね」
 フン、とベジータがそっぽを向く。

「あたしが孫くんとこへ行ったのはね、悟飯くんに出産祝いを届けて、ついでにチチさんに愚痴を聞いてもらおうと思ったからなの。まさかあんたがあたしの言ったこと本気にして、すっ飛んでくるとは思わなかったわ。ねえ、もしかしてヤムチャのとこへも行ったりした?」
「い、行くわけないだろう」
 そんなことまで知られたら、何を言われるかわかったものじゃない。青くなってぶんぶんかぶりを振りながら、ベジータはあの男をどうやって黙らせたものかと頭をめぐらせた。

 ブルマはくすくすと思い出し笑いをもらした。「すごい剣幕だったわよね。屋根から飛び込んで来た時」
「誤解するな。おまえが恥さらしなことをせんように止めに行っただけだ。言っておくが、嫉妬などという低俗な感情をオレが持っていると思ったら大間違いだぞ」
「『カカロット、きさま、よくもオレのブルマに手を出しやがったな』」
 にやにや笑いながら、ゆっくり噛み締めるようにブルマが言うと、ベジータは熱湯をぶっかけられた犬のように飛び上がり、
「だ――うが――いや――あ、あれは――」
 しどろもどろになった挙句、がるるると唸って黙り込んでしまった。

 ブルマはくすぐったそうに微笑みながら腰を上げてベジータの横に座った。自己嫌悪に歯噛みしている男の逆立った強(こわ)い髪に優しく片手で触れる。その手を振り払うようにベジータは顔をそむけた。
「念願の後継ぎも出来て、これで全ておまえの思惑通りだ。さぞかし満足だろうな」
 後継ぎと聞いてややためらう表情を見せてから、ブルマは言った。
「あんたが成り行き上でも無意識にでも、素直に愛を告白してくれたから――」誰が告白した! と、反駁しようとする夫の口を指先でふさいで彼女は続けた。「あたしも素直になるわね」
 え? と、いうようにベジータの目が丸くなる。

「後継ぎなんて本当はどうでもいいの。ああでも言えば、少しはあんたが前向きになってくれるかと思って。プライドが傷ついたけど、なりふり構っていられなかったのよ。だって、どうしても子どもが欲しかったんだもの」
「なんだってそんなにガキにこだわる?」唇に押し当てられていた指先をはずしてベジータが訊いた。

 心外そうにブルマは叫んだ。
「わかんないの? あんたの子どもだからよ。他の誰でもない、あんたの子だからだわ。――あたしの腹立ちまぎれの言葉を本気にしたですって? バカね。あたしがあんた以外の男に指一本触れさせるわけないじゃない。産みたいのはあんたの子だけよ。女ならみんなそうだわ。好きな男の子どもだからこんなに欲しいのよ! ……それなのにあんたときたら、ここんところあたしを避けてばかりで……もう若くないあたしに魅力を感じないのかって、不安でたまらなかったわよ。だけど、今日までどうしても訊けなかった。怖くて……そんな自分が頭にきちゃうわ!」

 ベジータはブルマの両腕をつかんで引き寄せた。
「ちょっと待て。おまえ、この1ヶ月ほど自分がどんな顔してたか知ってるか。今日だってそうだ。ハチマキでも締めかねん勢いだったぞ。だからオレは……」
「やだ。そんな必死な顔だった? だって、今妊娠できなきゃ、あたしはもう永遠にあんたの子どもを産めなくなると思ったのよ。これが最後のチャンスだったのよ。……でも、出来たんだわ。赤ちゃん。ちゃんとここにいるの。あんたとあたしの赤ちゃんよ。夢みたい……」
 ブルマはまだ見ぬ子を抱くようにして両手を下腹に当てた。伏せたまつげが光っている。

「夢じゃない」ベジータはブルマの耳に口をつけて囁いた。「オレたちのガキだ」
 ちょっとせつなそうな瞳で、ベジータはブルマの青く濡れた瞳を見つめた。そして、そっとくちづけると、唇を重ねたまま彼女をソファに横たえた。
「双子になるわよ」
「いいから黙ってろ」


 これから約9ヶ月後、ふたりの間に待望の第2子である娘――ブルマの予感通り――が生まれることになる。娘の名はブラ。ベジータは名づけに間に合わなかったのか、はたまた、彼の考えた名前がユニークすぎてブルマの意に添わなかったのか―――それは定かではない。

(おわり)

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<あとがき>
 いつだったか、DB文庫(DB小説投稿サイト)のBBSで、「ブラが生まれた頃の話が読みたい」というリクエストがありました。
 ブラが生まれた頃ねえ……うーん、ギャグでなら書けるかなあ……とつぶやいた私の頭の中には、いよいよ出産ということになって、陣痛の苦しみで握りしめた手を離してくれないブルマと、押しの強い助産師さんによって、分娩室に引きずり込まれるベジータ。何の因果かヒッヒッフーというあの呼吸法を一緒になってやらされる王子の図……というのが浮かびました(笑)

 あんまりロマンティックじゃないので、この話はボツにしましたが(後になって「愛はラマーズを超えて」という話として書きました)、それをきっかけに頭の片隅でいつの間にやら別の話が発酵していったみたいです。ベジータが妄想に振り回されてあちこち飛び回るところは、とても楽しんで書きました。

 最後になりましたが、ここまでおつきあいありがとうございました。もたついたところや文章の硬いところなど、反省点はいっぱいありますが、とりあえず終わってホッとしています。感想やご意見などありましたら、BBSかメールでお気軽にお寄せください。


 
第7章へ        おしまい
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