ふたりの休日
  

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第1章

 3回目のコールでチチが出た。
「もしもし、チチさん? あたし、ブルマよ。今日からだって――うん。子ども服もやってる。――うん。じゃ、9時に」
 電話を切り、両手を腰に当てて「よっし!」と気合いを入れると、ブルマはドレッサーに向かった。念入りに化粧しているその背中にトランクスが尋ねる。
「お母さん、悟天のお母さんとどっか行くの?」
「バーゲンよ、バーゲン! サタンシティまで行ってくるわ。おばあちゃんにあと頼んどいたから、いい子にしてるのよ」
「ふーん。女って買い物が好きだなあ。まあ、お母さんもストレスたまってるみたいだしさ、オレのことはいいからゆっくりしておいでよ」
「ナマ言って!」
 この頃だんだんと生意気な口をきくようになった7歳の息子の鼻先を、ブルマは笑って指ではじいた。



 時間きっかりにパオズ山に着くと、家の前でチチが手を振って出迎えている。
 飛行機を着陸させ、操縦席から顔をのぞかせたブルマは、エンジン音に負けない大声で叫んだ。
「お待たせ!」
「お茶でも飲んでくだか?」
 チチも負けずに叫び返す。ブルマは顔の前で手を振ると「いいわ!」と答えた。
「開店と同時に入らなきゃ、いいものはあっという間になくなっちゃうわよ」
 チチが乗り込むとすぐにブルマは飛行機を上昇させ、針路を北にとった。

 チチも今日は丹念に化粧をしている。クリーム色の軽快なパンツスーツを着ているせいか、とても子どもが二人もいるようには見えない。
 ブルマだって負けてはいない。くりの深いモノトーンのワンピースに、脚のラインを引き立ててくれる、お気に入りの真紅のパンプスを合わせてきたのだ。
 かなり気合の入った二人のいでたちが、これから戦闘態勢に入ることを示しているようでおかしかった。
「リキ入ってるじゃない」
「ブルマさだって」
 二人は顔を見合わせると陽気に笑った。


 最新式の飛行機ではサタンシティまであっという間だ。
 お目当てのデパートに着くと、ちょうど開店したところだった。早くからすごい人出で、ほとんどがブルマやチチくらいの年代の女性で占められている。
「行くわよ」
「血が騒ぐだ」
 チチは指をボキボキと鳴らした。



 2時間後――
 戦利品の山をそれぞれ宅送してもらえるようにすると、ブルマとチチは昼食をとりにレストランに入った。メニューに目を通しながらチチが言う。
「せっかくいいもんを安く買っても、昼飯に散財してちゃ意味ねえだな」
「なに言ってんの。たまにはこういうのもいいわよ。今日は家のことも子どものことも忘れましょ」
「それもそうだな」
 オーダーを通すと、二人は水を飲んで一息ついた。

「チチさんは欲しい物、ちゃんとゲット出来た?」
「もちろんだ。悟飯のジャケットだろ、シャツだろ、ズボンに靴下に悟天のパンツに……」
「自分のは買ってないの?」
「ふっふっふ……これだ」
 チチはバッグから1本のルージュを取り出すと、キャップを取って中身を繰り出してみせる。
「深みがあっていい色じゃない」
「だべ? CMで見て、おら、ずっと欲しかったんだ」
 ルージュを見つめながらチチは呟いた。
「悟空さが死んじまってから、おしゃれしたいなんて気はどっか行っちまってたんだが……やっとこの頃そういう気になってきただよ」
「チチさん……」

 しんみりしてしまった雰囲気に気づいて、チチは慌ててルージュをしまいながら言った。
「ブルマさは何買ったんだ?」
「あたし? ……えーと、トランクスのTシャツとね、自分の下着と靴……かな」
「ベジータには何も買ってないのけ?」
 とたんにブルマはムッとした顔で毒づいた。
「ベジータ!? は! 誰があんなやつになんか買ってやるもんですか!」
「おめえたち、またケンカしたのけ? よくやるだな」
 呆れて言うと、チチはおかしそうに笑った。
「ま、おめえたちの場合はケンカと言うより、ブルマさが一方的にベジータに腹立ててるだけなんだべ?」
「よくわかるわね」
 ブルマは驚いてチチを見る。チチは笑いながら両手を胸の前でパチンと合わせた。
「やっぱり当たっただな。おらとこもそうだっただ。おらがかんかんになって怒ってるのに、悟空さときたら何でおらが怒ってるのか全然わからなくて、相手にならなかっただよ」
「孫くんらしいわ」
「ベジータは悟空さみてえに鈍くねえから、そんなことはねえんだろ?」
「うーん、似たようなものね。サイヤ人って女心がわかんないのよ」
「それは言えるだな」
 二人は顔を見合わせて笑った。そこへちょうど料理が運ばれて来て、ブルマとチチはしばし空腹を満たすことに専念した。


 しばらくして、ブルマが口を開いた。
「ところで、悟飯くんて来年は17歳でしょ。高校はどうするの?」
「うん、今までは通信教育とかで家で勉強させてただが、それだけじゃやっぱりダメだべ? 実はここの高校へ通わせようと思ってんだ」
「あら、そうなんだ。……悟飯くんも高校生かあ。早いものよね。彼、カワイイからきっと高校でモテモテよ」
「ごっ、悟飯に彼女なんてまだ早いだ! おらが許さねえだよ」
 逆上したチチが思わず席から立ち上がった。ガチャンと皿の触れる大きな音がして、店にいた客達の目が一斉にふたりに注がれる。

「チ、チチさん、落ち着いて」
 小声でブルマが言うと、大きく息をついてチチはまた座った。しょんぼりとテーブルを見つめてつぶやく。
「母親なんてつまんねえもんだな。こんなに手塩にかけて大事に育ててるのに、ある日突然、どこの馬の骨ともわからねえ娘っ子に息子をかっさらわれてしまうんだべ」
 ブルマにはピンとこなかったが、トランクスが悟飯くらいの年になったら、自分もチチのような寂しい思いをするのかもしれない。

「チチさん、今日はとことん憂さ晴らししない? あたし、いい店知ってんのよ」
「え、でも、晩飯の仕度が……」
「そんなの、1日くらいどうってことないって。悟飯くんだってもう大きいんだし、放っときゃ悟天くんと二人でラーメンでもヤサイイタメでも何だって作って食べるわよ」
「そ、それもそうだな」
「チチさん、ちょっとはいける口なんでしょ? 飲も!」
「そ、そうだな」
 チチが思い詰めたような表情でブルマを見た。
「……ブルマさ」
「何?」
「その店……カラオケあるのけ?」


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