ふたりの休日
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第3章
「ごめんね。変な連中が来るような店じゃなかったはずなんだけど」 ブルマはチチに詫びた。チチがそっと男たちを振り向くと、ピアスの男と目が合った。男はすかさず人なつこい微笑みを返してくる。チチはあわてて向き直るとブルマに言った。 「さ、さすが都会だな」 「あいつら、最初っからナンパしに来てんのよ。目を合わせない方がいいわ」 きれいにマニキュアされた指先でイヤリングを直しながら、片方の眉をキュッとつりあげ、ブルマは男たちの方を意地悪くにらみつけて言う。同性の目から見ても魅惑的な表情だった。 (悟空さ、おめえ一度くらいブルマさにクラクラッときたことあったんでねえけ? こんなにきれいなひとなんだもんな。あっただろ? 怒らねえから白状してみれ) 目の前の美しい友に見とれながら、チチはいつもするように、いたずらっぽく心の中の悟空に問いかけてみる。 彼が生きていればなんと答えただろうか……。 それにしても……。 ブルマは昔から美しい女だったが、歳月は彼女の美を奪うどころか、反対にどんどん輝きを深めてゆくように見える。 (エステでも行ってるだべか。おらも今のうちに行っといたほうがいいかな) ふと考えて、(そっか、おらにはもうきれいになっても見せる相手はいねえんだった)と思い当たると、チチはちょっと寂しくなった。 何もかも持っているブルマと、この世で一番大切なものを失ってしまった自分と……。 だからといって、チチはブルマを妬(ねた)む気持ちには不思議となれないのだ。宇宙にたった二人しかいないサイヤ人の妻――そんな連帯感のせいだろうか。 だが、もちろんそれだけではなかった。チチはこのさばさばした毒舌家の友が好きだった。ブルマが気のいいチチのことを好きでいるように。 あれこれ考えていると、ウェイターがやってきた。「何にする?」とブルマに問われてチチは答えた。 「おら、リザード酒にするだ」 ブルマがとまどった声を出した。「何なの、それ?」 「パオズ山の大トカゲの老酒(ラオチュウ)漬けだ。精がつくだぞ。思いっきり歌うにはスタミナがいるべ?」 「お、大トカゲ!?」 「と、当店にはあいにくそのようなものは……」 ひきつり笑いを浮かべて言うウェイターにチチは、「しょうがねえだな。じゃ、紹興酒(しょうこうしゅ)でいいだ」と言った。 「そ、それもあいにく」 「なんだ、何もねえだな」 困り果てているウェイターを見て、ブルマが助け船を出した。 「チチさん、今日はちょっと気取ってカクテルでも飲まない? ――そうだ、チチさんと同じ名前のカクテルがあるのよ」 「本当け!? いや〜、知らねえ間におらも有名になったもんだな〜」 「ちょっと違うんだけど……まあ、いいか」 ブルマはてきぱきとカクテルを選ぶと、「あとはウイスキーをボトルごと持ってきてちょうだい」と指示してウェイターを下がらせた。 運ばれてきたグラスを見てチチは目を丸くした。彼女と同じ名のカクテルはパイナップルジュースとココナッツミルク、ウォッカをシェイクしたもので、ピンに刺してグラスの縁に飾ったチェリーとパイナップルが、いかにもトロピカルな雰囲気だった。 ブルマの前に置かれたのはブルー・マルガリータ。テキーラ、ブルーキュラソー、ライムジュースをシェイクしたエメラルドグリーンの美しい液体が、スノースタイルにしたグラスの中で宝石のようにきらめいている。 「きれいだなあ……海の色だべ」 チチがうっとりと言った。グラスをふちどる雪の結晶のようなものは塩だと聞いて、声も出ないようだ。ブルマはそんなチチを微笑ましそうに眺めていた。 「こったら変わった酒があるだなぁ。おら、初めて見るだ。……なんだか夢の世界にいるようだべ」 「あとでこっちのカクテルも飲ませてあげるわよ。とりあえずは乾杯といきましょ」 ブルマがグラスを掲げた。チチは物珍しそうに自分のグラスを灯りにかざしている。 「ところで、何に乾杯するだ?」 「もちろん、きれいで色っぽいあたしたち二人に、よ。――乾杯!」 「ふふふ……乾杯!」 ブルマが早速カラオケのソングブックを差し出すと、チチの目が輝いた。 「おらから行ってもいいのけ?」 「もちろんよ。声が嗄(か)れるまで歌ってちょうだい」 このバーにはちょっとしたステージがあって、カラオケをする客はそこでスポットライトを浴びて歌う。もちろん自分の席で歌うのも自由なのだが、二人は子どものようにはしゃいでステージへ出ると、振りをつけて次から次へと歌いまくった。入れ替わり立ち替わり現れる美女たちに、客たちはやんやの喝采を送った。 彼女たちをナンパしようとした二人の男たちも、一段と大きな声と拍手で声援を送っている。だが、ブルマもチチも相手にしなかった。気の置けない女同士の楽しみを邪魔されたくなかったのだ。 歌ってのどが乾くと、水割りをあおってまた歌う。ひとしきり歌い終わった頃には、空になったウイスキーのボトルがテーブルの上にいくつもころがっていた。その頃になると店内はほどよく混みはじめ、他にもカラオケを使う客が増えたので、二人の歌うペースは自然と落ちた。 「ああ、楽しいだな。こんなスカッとしたのは久しぶりだべ。やっぱ、女は女同士だな、ブルマさもそう思わねえけ?」 「そうそう。男がなんだってのよ。サイヤ人なんてくそくらえよ。ベジータのバカヤロー!!」 ブルマはけらけら笑ってグラスを持ち上げ、乾杯しようとして勢い余って中身をテーブルの上にぶちまけてしまう。チチはそんな彼女を見て、涙がにじむほど笑いながら新しい水割りを作ってやろうとするのだが、これもまた手元が狂ってグラスからだぶだぶと溢れさせてしまった。 何でもないことがやたらおかしい。ふたりともすっかり出来上がっていた。 |