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恋月夜

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プロローグ

 チチは今夜も空を見上げた。凍りつく夜気に白い息を吐きながら、窓枠に両手をかけて身を乗り出し、包み込むように広がる天空に目を凝らす。
 他を圧倒する輝きでその存在を主張する星々や、それを取り巻く消え入りそうにはかなげな星々、ところどころ薄くもやのかかったような星雲――――その中のどこに悟空はいるのだろうか。
 ナメック星でのフリーザとの闘いから1年が過ぎても、悟空は帰ってこない。そのうち自分で帰ると言ったきり……。

 星空に向かってチチは語りかけた。
「悟空さ、元気だか。風邪引いてねえだか。ちゃんと食ってるだか。――――おらは元気だ。また新しい料理をひとつ覚えただぞ。パオズ牛のパイ皮包みだべ。すっごくうめえんだ。悟飯ちゃんなんて93個も食っただぞ。悟空さならその倍は食うだろな。――――悟飯ちゃんは毎日頑張って勉強に励んでるだ。この前返ってきた通信教育の答案なんて、一単元ぜーんぶ100点だっただ。すげえだろ。――――おらたちは元気に暮らしてるだよ。だから悟空さ、心配しねえでおめえは好きなだけ修行に励んでけれ……」
 言葉を切り、キッと天を睨みつけて拳を振り上げる。
「――――ぬぁ〜んてしおらしいこと、おらが言うとでも思ってるだか!? コラッ、悟空さ! 聞いてるのけ? いってえどこで道草食って遊んでるだ。さっさと帰ってきてきりきり働くだ!! わかっただか!?」

「お……かあ……さん……?」
 パジャマ姿の悟飯が、右手で目をこすりながら寝室の入り口に立っていた。
「あ、悟飯ちゃん、起こしちまっただか。すまなかったな。気にするでねえだ。ちょっとした独り言だ」
 さあ、寝ような――――と、チチは悟飯の背中に手をやって、子ども部屋へと促した。
「お父さん、どうしちゃったんだろうね……」
 ぽつりとつぶやく悟飯の言葉が、チチの胸の真中にぽっかりと穴を開けた。スースーと音を立てて、そこから風と一緒に何かが抜けてゆく。
「そのうちきっと帰ってくるだよ。……さ、寝るべ」
「うん、おやすみなさい。お母さん」
「おやすみ、悟飯ちゃん」

 悟飯がベッドにもぐり込むのを見届けて、チチは寝室に戻った。主のいない冷たいベッドから目をそむけ、そのまま窓辺へと近づく。星空に想いを馳せながら、今度は小さな声で囁いた。
「悟空さ……おめえがいねえとこの家は静かすぎるだな。悟飯ちゃんだって寂しがってるだぞ。――――おらだって……」
 にじんでくる涙を、まばたきして引っ込めた。
「おらたちのこと、ちょっとは思い出したりしてるだか? ――――してねえだろな。おめえはそういうやつだべ。いいんだ。おらだってもう悟空さの顔なんて忘れちまっただから」
 はかなげな笑いが唇から洩れる。
「……なぁんてな。嘘だべ。……会いたいだよ、悟空さ。会いたいだ。……おめえはおらに会いたくねえんけ」
 答えるようにひとつの流れ星が、大きく夜空を横切って、消えた。

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