ミステリ&SF感想vol.74

2003.10.17
『禅〈ゼン・ガン〉銃』 『死の序曲』 『忍びの卍』 『アデスタを吹く冷たい風』 『宇宙捜査艦《ギガンテス》』



禅〈ゼン・ガン〉銃 The Zen Gun  バリントン・J・ベイリー
 1983年発表 (酒井昭伸訳 ハヤカワ文庫SF579)

[紹介]
 繁栄を極めた銀河帝国も、今や黄昏の時を迎えていた。純粋な人間が激減し、宇宙艦隊ですら大量の動物を乗組員として補充している始末。辺境の惑星は次々と帝国への反乱を企て、宇宙艦隊はその鎮圧に追われていた。そんな中、帝国に滅亡の危機をもたらす恐るべき究極兵器がエスコリア星域に出現したとの〈託宣〉を受け、アーチャー提督は麾下艦隊を率いて調査に赴いた。だが、そこで一行が遭遇したのは、古色蒼然たる拳銃を手にした人猿混合のキメラと、それに従う伝説の超戦士〈小姓〉の姿だった……。

[感想]

 『カエアンの聖衣』で“ヤクーサ・ボンズ”(やくざ坊主)を登場させたベイリーですが、この作品では〈小姓〉が登場し、“禅”がテーマとなっています。しかし、極端にデフォルメされた東洋趣味にあふれているというわけではなく、物語そのものは比較的普通の、スペースオペラ的な雰囲気で進行していきます。一見怪しげな〈小姓〉ですら、思いのほか無茶苦茶な存在には感じられません。

 しかし、そこはやはり鬼才・ベイリーのこと、当たり前のスペースオペラで終わるはずがありません。中盤以降、物語の背景として少しずつ重要度を増していく“後退理論”こそが、この作品の眼目です。巻末の「著者あとがき」に詳しく説明されていますが、“重力は引力ではなく斥力である”という仮定を出発点としたこの奇天烈な理論が、強引ではあるもののなかなかよくできていて、SFの醍醐味の一つである“巧妙で壮大なホラ話”という側面を十分に堪能させてくれます。そして、その理論から導き出される現象の一つが“動静一如。静なるもの、動くは如何?”という禅の格言へとつながっていくあたりは見事です。

 中盤で物語が唐突に切り換わる『時間衝突』などに比べると、ベイリーにしては物語の進行がスムーズで、かなり読みやすいのも特徴的といえるでしょう。ベイリー作品への入門書としては最適といえるかもしれません。

2003.09.29再読了  [バリントン・J・ベイリー]



死の序曲 Overture to Death  ナイオ・マーシュ
 1939年発表 (瀬沼茂樹訳 ハヤカワ・ミステリ476)ネタバレ感想

[紹介]
 教会で催された募金募集のための素人芝居。司会をつとめる牧師が前奏曲の奏者を紹介すると、観衆の顔には意外そうな表情が浮かんだ。予定されていたエリイナに代わって、角突き合わせるライバルであるアイドリスの名が告げられたのだ。同じオールド・ミスの二人は、栄誉ある役目をめぐって熾烈な戦いを繰り広げたものの、直前に指を傷めたエリイナが脱落することになってしまった。だが、得意満面でピアノの前に座ったアイドリスが演奏を始めた途端、轟音が響き渡った。ピアノの中に仕掛けられた拳銃が火を吹いたのだ……。

[感想]

 片田舎の村で起きた、素人芝居の舞台上での殺人を描いた黄金時代の本格ミステリです。ただし、舞台上とはいっても俳優たちが舞台に上がる前、しかもピアノに仕掛けられた拳銃による遠隔殺人となっているところはユニークです。

 田舎の地主に若い恋人たち、教会の牧師や“嫌味なオールド・ミス”といった登場人物たちの配置は、ややもすると類型的にも感じられるのですが、その“嫌味なオールド・ミス”を二人登場させ、それぞれにある意味で主役ともいえる役どころを割り振ることで、どこか“流派の違い”といった感じのものを浮き彫りにしているのが面白いと思います。失礼かもしれませんが、その言動からみて、エリイナとアイドリスのどちらが真の標的であってもおかしくないだけに、事件の様相は複雑になっていきます。

 そしてもう一つ、機械仕掛け(というほどのものでもありませんが)による遠隔殺人である点が、警察による捜査を困難にしています。拳銃を仕掛ける機会は誰にでもありそうに見えるため、捜査はやや遠回りな感じのものとなり、なかなか進みません。この地道な捜査が中心となった中盤は、ややもすると退屈な印象を受けてしまいます。

 しかし、その中で、細かい手がかりを少しずつ積み重ねていくアレン首席警部の巧みな手腕が光ります。事件の真相そのものは、少なくともある程度ミステリを読み慣れた読者の目には、やや意外性を欠いたものと映ってしまうかもしれませんが、そこへ至るプロセスこそがこの作品の見どころといえるのではないでしょうか。

2003.10.02読了  [ナイオ・マーシュ]



忍びの卍  山田風太郎
 1967年発表 (講談社ノベルススペシャル・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 徳川家光が三代目の将軍となり、幕府の支配も盤石となりつつある寛永九年。時の大老・土井大炊頭は、伊賀組・甲賀組・根来組の三派からなる御公儀忍び組を一派にまとめるため、柳生流剣法の使い手である配下の椎ノ葉刀馬に、各組から選ばれた代表者がそれぞれに披露する忍法の査察を命じた。根来組・虫籠右陣の忍法“ぬれ桜”と“暗剣殺”、伊賀組・筏織右衛門の忍法“任意車”、そして甲賀組・百々銭十郎の忍法“白朽葉”と“赤朽葉”――いずれ劣らぬ奇怪な忍法に、思わず圧倒される刀馬。その報告を受けて、御公儀忍び組に任ぜられる流派が決定されたのだが……。

[感想]

 『甲賀忍法帖』に代表されるように、風太郎忍法帖といえば多数の忍者が入り乱れて技を競うというイメージがあるのですが、その意味で本書はかなり異色です。何しろ、主役となる忍者はわずか3人のみ。いきおい、同じ忍法が何度も繰り返し披露されることになるのですが、虫籠右陣の“ぬれ桜”や筏織右衛門の“任意車”のように多用することで状況のバリエーションを生み出し得る忍法を配し、さらに物語の中盤以降には巧妙な応用技を登場させることで、まったく飽きさせないようになっているところはさすがという他ありません。

 しかし、さらにものすごいのは本書のプロットです。伊賀組・甲賀組・根来組の“忍法比べ”はあくまでもプロローグにすぎず、その勝者が決まってからようやく本筋の物語が幕を開けます。“忍法比べ”では互いに顔を合わせることもなかった3人の忍者たちが遂に相まみえると同時に、“忍法比べ”の審査員にすぎなかったはずの椎ノ葉刀馬までもが、闇に隠れた凄絶な戦いに巻き込まれていくことになるのです。そして、この4人を主役とした物語はいつの間にか思わぬ方向へと発展し、やがて歴史的な事件へとつながっていきます。

 と、ここまででも十分にすばらしいのですが、物語の最後に待ち受ける、意外な上に壮大さを感じさせる“強烈な一撃”には、ただただ圧倒されるのみです。また同時にそれは、忍者(だけではありませんが)という存在にまつわる非情さと悲哀とを強く訴えるものでもあります。そしてその後には、何とも壮絶な結末。人数が少ない分、登場人物たちの個性がそれぞれに掘り下げられ、しっかりと描かれていることで、終盤から結末へと至る流れが一際印象深いものになっているところも見逃すべきではないでしょう。

 風太郎忍法帖の中では比較的地味な部類に入るかと思いますが、まぎれもない傑作。現時点で入手困難になっているのが非常に残念です。

2003.10.04読了  [山田風太郎]



アデスタを吹く冷たい風 The Cold Winds of Adesta  トマス・フラナガン
 1961年発表 (宇野利泰訳 ハヤカワ・ミステリ646)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 EQMMに掲載された短編を収録した日本オリジナル短編集にして、ポケミス復刊フェアに際して行われた復刊希望読者アンケートで2回連続の第1位に輝いた傑作です。革命により軍事政権となった小国が舞台のテナント少佐ものが4篇、サスペンス風の2篇、そして歴史ミステリ1篇というラインナップです。

「アデスタを吹く冷たい風」 The Cold Winds of Adesta
 武器の密輸疑惑を調査するために、テナント少佐は国境監視所を訪れた。だが、監視所を通る怪しげな商人が運んでいるのは、ただの葡萄酒だけ。武器が運び込まれているのは間違いないのだが、一体どうやって……?
 まったく不可能と思われる状況に対する、意表を突いた真相が鮮やかです。また、しっかりした伏線も秀逸です。

「獅子のたてがみ」 The Lion's Mane
 審問にかけられたテナント少佐。“獅子”と呼ばれ、将軍の信頼も厚い上官・モレル大佐から受けた命令は、スパイ行為を働いているアメリカ人を射殺せよ、というものだった。少佐はその命令通りに任務を遂行したはずだったのだが……。
 窮地に陥りながらもまったく動じないテナント少佐。軍人という制限された立場の中で、可能な限り最善を尽くそうとするその心情が、終盤の鮮やかな逆転とともに強く印象に残ります。

「良心の問題」 The Point of Honor
 ドイツの捕虜収容所で5年間を過ごした経験のある亡命者が、元ナチスの高官に殺害された。だが、その高官はこの国の有力者と深いつながりを持っていたのだ。そしてテナント少佐は、殺人者を国外へ逃がそうとするのだった……。
 ある手がかりのせいで、真相が予想しやすくなっているのが残念。よくできた作品ではあるのですが。

「国のしきたり」 The Customs of the Country
 密輸品の摘発に優れた手腕を発揮してきたバドラン大尉。しかし最近、その厳重なチェックをかいくぐって、密輸品が国内に持ち込まれているらしい。調査にきた上司とテナント少佐の目の前で、密輸品を摘発してみせる大尉だったが……。
 密輸疑惑の真相はよくできてはいるものの、残念ながら「アデスタを吹く冷たい風」に一歩譲ります。むしろ、テナント少佐とバドラン大尉のやり取りが心に残る作品です。

「もし君が陪審員なら」 Suppose You Were on the Jury
 妻を殺した容疑で逮捕されながら、裁判で無罪を勝ち取った男。だが以前から、彼の周囲の人々は相次いで不慮の死を遂げていたのだ。彼の仕業にしては、その動機がまったくわからない。果たしてそれは不幸な偶然にすぎないのか……?
 シリアスなテナント少佐ものとは打って変わって、“奇妙な味”を感じさせるサスペンス風の作品になっています。途中で予想できるとはいえ、結末の余韻が印象的。

「うまくいったようだわね」 This Will Do Nicely
 深夜、夫を射殺してしまった妻は、すぐに友人の事務弁護士を呼び寄せた。犯罪研究家でもある彼は、彼女の頼みにほだされて、殺人を隠蔽しようと懸命に知恵を絞り、ようやく一つのアイデアをひねり出したのだが……。
 これも結末は見えているのですが、そこへ至るまでのプロセス、そしてその見せ方が巧妙だと思います。

「玉を懐いて罪あり」 The Fine Italian Hand
 ボルジア家からフランス王へと贈られるはずだった秘宝の緑玉が、モンターニョ伯の城内、ほぼ密室状況の宝庫から盗まれてしまった。モンターニョ伯は負傷しながら生き残った警固の兵を尋問しようとするが、その男は聾唖者だったのだ……。
 H.S.サンテッスン編『密室殺人傑作選』にも「北イタリア物語」の題名で収録されている、15世紀の北イタリアを舞台にした歴史ミステリです。密室状況そのものはさほど重要ではありませんが、モンターニョ伯による尋問の場面の圧倒的な迫力、そして最後に明かされる何ともいえない真相が見事です。
 なお、『密室殺人傑作選』のバージョンとは違って訳注が冒頭に挿入されていますが、これは飛ばして読む方が楽しめると思います。
2003.10.06読了  [トマス・フラナガン]



宇宙捜査艦《ギガンテス》  二階堂黎人
 2002年発表 (徳間デュアル文庫 に1-1)ネタバレ感想

[紹介]
 ザルック人とザロンゲ人の二派に分裂したザルルン帝国に対して、和平と恒星連邦への加入を働きかけていた地球{テラ}人の親善大使が、汎用小型宇宙惑星《SV998》の地球環境居住区で、バラバラ死体となって発見された。しかも、現場には犯人とおぼしき人物が出入りした形跡のない、密室状況だったのだ。事件の捜査を命じられた捜査艦《ギガンテス》は、早速現地へと急行する。菜葉樹{ナハージュ}人のリコッロブ艦長、そして地球人のシュトルム副長ら、宇宙軍諜報部所属の特別捜査官の面々が、困難な捜査の末に解き明かした真相は……?。

[感想]

 「新スタートレック」などのファンでもある作者らしい、スペースオペラをベースにしたSFミステリです。R.J.ソウヤー『スタープレックス』と同様、複数の種族が搭乗する宇宙船を中心に据えた冒険活劇というあたりが「スタートレック」風でしょうか(←未見なので定かではありませんが)。少なくとも、作者の意図が「スタートレック」的な物語世界とミステリを融合させることにあるのは間違いないでしょう。そして、その試みそのものはまずまず成功していると思います。

 転送装置というSF的ガジェットの上に築き上げられた不可能状況は、通常のミステリとはひと味違った魅力的なものですし、かなり意表を突いたトリックも非常に巧妙です。一部真相を見通しやすい部分がないでもないのですが、全般にわたってSF設定がうまく生かされているところは秀逸で、SFとミステリを融合させたSFミステリとしてはよくできた作品といえるでしょう。

 しかし残念なことに、ベースとなるスペースオペラ部分には難点があるといわざるを得ません。まず、凝った字面+ルビで表現されたガジェットが次々と登場することで、全体的に非常に読みづらいものになっています。しかもそれらのガジェットについてはさほど説明もなく、あくまでも雰囲気を出すだけのために導入された、いかにも底の浅いものに思えてなりません。このあたりは、作者がイメージしているであろう映像作品(それこそ「スタートレック」のような)であればさほど気にならなかったのかもしれませんが、小説という媒体では無意味にリーダビリティを落としているだけではないかと思います。またもう一つ、(ある意味仕方のない部分もあるとはいえ)設定そのものに無理の感じられる部分があるのも残念です。

 前述のように、SFミステリとしてはなかなかよくできているだけに、もったいなく思えてしまう作品です。

2003.10.10読了  [二階堂黎人]


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