ミステリ&SF感想vol.93 |
2004.10.22 |
『こわされた少年』 『継ぐのは誰か?』 『目撃者を捜せ!』 『聖フランシスコ・ザビエルの首』 『安楽椅子探偵アーチー』 |
こわされた少年 His Own Appointed Day D.M.ディヴァイン | |
1965年発表 (野中千恵子訳 現代教養文庫3049・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 見事な人物造形と巧妙なプロットが光るD.M.ディヴァインのミステリ。『五番目のコード』などでは一人の人物の視点に固定されていましたが、本書ではアイリーンとニコルソン警部という二人の視点で交互に語られ、ひと味違った雰囲気をかもし出しています。
失踪したイアン少年の行方を探す前半は、事件性が薄いこともあってかなり地味に感じられますが、学校と家庭の双方におけるイアンの周辺の人間関係が少しずつ掘り下げられていくあたりはさすがに読ませます。そして、視点人物であるアイリーンとニコルソン警部自身の物語もそこに加わり、さらにそれが重なり合っていくことで奥行きが出ています。 中盤以降は、様々な手がかりがつながり始め、事件の様相が次第に見えてくることもあって、ミステリとしての興味が俄然高まります。また同時に、ニコルソン警部との関係が少しずつ変化し、次から次へと明るみに出る事実に打ちのめされ、そしてついに自身が襲撃されてしまうなど、完全に物語の中心に位置するようになるアイリーンからは目が離せません。 クライマックスを経て明らかになる真相は、その隠し方や導き方にやや難があるように思えるものの、なかなか意外でよくできています。救いがないともあるともいえる結末が、個人的には微妙に感じられてしまうのが残念なところですが、十分に佳作といっていいでしょう。 2004.10.03読了 [D.M.ディヴァイン] |
継ぐのは誰か? 小松左京 | |
1970年発表 (角川文庫 緑308-13) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 小松左京によるSFミステリ、というよりもミステリ風味のSFと表現する方が適切でしょうか。ミステリ的な展開は前半までで、あくまでも主眼は後半のSF部分にあるといえます。
その前半はしかし、殺人予告から不可能犯罪、そしてダイイングメッセージまで登場するという風に、完全にミステリを意識したものになっています。示された手がかりだけから真相を見抜くことは難しいと思いますし、ある意味では“ミステリとしての弱点を抱えたSFミステリ”の典型といえるようにも思えるのですが、個人的には完全に意表を突く面白い(ただしSF的に)真相だと思います。 後半は、事件の真相を発端とする本格SFへと転じ、題名でも示唆されたメインテーマが前面に押し出されます。このあたりのアイデアがよく練り込まれているのが見どころ。さらに秘境冒険小説の要素も加わり、物語は盛り上がっていきます。最後はやや都合のいいところに着地させたという印象もないではないのですが、示されるビジョンは壮大です。 ミステリ部分だけを期待して読むと拍子抜けしてしまう可能性は高いと思いますが、全体としてはやはり非常によくできた作品といえるのではないでしょうか。 2004.10.04読了 [小松左京] |
目撃者を捜せ Save the Witness パット・マガー | |
1949年発表 (延原泰子訳 創元推理文庫164-5) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『被害者を探せ』や『探偵を捜せ!』など、ユニークな趣向のミステリで知られるP.マガーですが、本書の趣向は目撃者捜し。この一風変わった趣向を成立させるための設定が、非常に秀逸です。状況証拠が動機も機会もある特定の人物を指し示す一方で、事件性が微妙であるために、犯人捜しよりも目撃者捜しの方が重要になってくるというあたりがうまいところです。しかも、海上の貨物船という一種のクローズドサークルというべき状況で、限られた範囲の中に目撃者がいるにもかかわらず、なぜか一向に名乗り出てこないという不可解さが興味をひきます。
犯人による口封じを防ぐために、主人公たちは一刻も早く目撃者を捜し出さなければならなくなります。このあたりのサスペンスフルな展開もよくできています。ただし、いかに大義名分があるとはいえ、乗客たちが秘めた個人的な事情を次々と強引に暴き立てる結果となっているため、読んでいて釈然としないものが残るのは否めません。また、主人公の言動がやや独善的に感じられるところも、その印象に輪をかけています。 それでも、最後に明かされる真相は完全にこちらの意表を突くもので、非常に鮮やかです。結末がややあっさりしすぎている感もありますが、なかなか楽しめる作品です。 2004.10.07読了 [パット・マガー] |
聖フランシスコ・ザビエルの首 柳 広司 | |
2004年発表 (講談社ノベルス) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 日本を訪れたイエズス会宣教師の代表格として名高いフランシスコ・ザビエルを主役とした、作者お得意の“偉人ミステリ”(もしくは“偽史ミステリ”というべきか)で、長編の体裁を取ってはいますが4つのエピソードからなる連作短編ともいえる、〈連鎖式〉に近い構造の作品です。
まず、今までの作品と違って全編が現代人の視点で描かれているところが目をひきます。J.D.カー『ビロードの悪魔』に始まる(と思われる)“タイムスリップ歴史ミステリ”は、今となってはややありがちの感もありますが、現代人とは異質なロジックで動く人々の姿を際立たせるのに有効な手法であることはまちがいありません。主人公の口調などにやや柄の悪いところがあるのも、多少気にはなるものの、ザビエルを取り巻く人物たちとの間に横たわる異質さを強調するのに役立っていると思います。 個々の事件はやはり短編ネタという印象も受けますが、動機やトリックなど随所に“この時・この場所”でなければというポイントがあり、歴史ミステリとしてよくできていると思います。特に、「第一章」のシンプルながらよく考えられた謎が秀逸です。ザビエルが主役であるだけに、どうしてもキリスト教(カトリック)という要素が絡んでくることになりますが、決して難解ではありません。 そして最大の見どころは、最終章のカタストロフ。こちらの思わぬところに落とされ、あまりにも重く圧倒的な“真相”が突然顔を覗かせます。そして、二つの世界の間で揺れ動いた末の結末が、何ともいえない印象を残します。 2004.10.10読了 [柳 広司] |
安楽椅子探偵アーチー 松尾由美 |
2003年発表 (創元クライム・クラブ) |
[紹介]
[感想] 安楽椅子の探偵が登場する異色の連作ミステリです。無生物である安楽椅子が意識を持ってしゃべるという設定は、本来ならばファンタジーの領域に属するものですが、物語には不思議なほどにファンタジー的な雰囲気はなく、設定以外は現代ミステリそのもの。それを違和感なく受け入れられるのは、やはり“あらゆるものに神が宿る国”ならでは、ということなのかもしれません(しゃべりはしないまでも、無生物が視点人物(?)となっているミステリとして、北森鴻『屋上物語』や宮部みゆき『長い長い殺人』、東野圭吾『十字屋敷のピエロ』などが思い浮かびますが、海外の作品で思い当たるものはありません)。
もっとも、安楽椅子のアーチーが話しかけるのは、基本的に主人公の衛とクラスメートの芙紗だけ。日常の中のファンタジーと頭の柔軟な子供という組合せは、王道といってもいいでしょう。扱われる謎もいわゆる“日常の謎”がメインで、人生経験を積んだ大人に通じる立場のアーチーと子供たちとの交流に重点が置かれているようにも感じられます。しかし、単に心暖まる物語というわけではなく、子供の視点から時おり垣間見える(そしておそらく子供にとっては受け入れがたい)、大人が身に着けた(薄味の)“毒”のようなものが、何ともいえない印象を残します。 ミステリとしてはごくオーソドックスな安楽椅子探偵もので、安楽椅子ならではの視点や発想(って何でしょう?)はさほど見受けられませんが、全般的になかなかよくできていると思います。特に「クリスマスの靴の謎」で展開される論理は秀逸。そしてアーチー自身の謎でもある「緑のひじ掛け椅子の謎」は、意外な展開を見せながらも物語をきれいに締めくくり、また新たな物語の始まりを予感させるエピソードとして、見事な出来といえるでしょう。 2004.10.17読了 [松尾由美子] |
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