ミステリ&SF感想vol.93

2004.10.22
『こわされた少年』 『継ぐのは誰か?』 『目撃者を捜せ!』 『聖フランシスコ・ザビエルの首』 『安楽椅子探偵アーチー』



こわされた少年 His Own Appointed Day  D.M.ディヴァイン
 1965年発表 (野中千恵子訳 現代教養文庫3049・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 成績優秀だった16歳の少年イアン・プラットは、いつしか不良少年たちと交流するようになり、なぜか金回りもよくなっていた。そして霧深い夜、ついにイアンは家を出ていってしまった。姉のアイリーンは、親に反抗しての単なる家出と考えていたが、息子を溺愛する母親に泣きつかれて警察に捜索を依頼する。ニコルソン警部とアイリーンの調査により、街で起きたひき逃げ事件など、失踪の背景につながる手がかりが浮かび上がってきたものの、肝心のイアンの行方は杳として知れない。そうこうするうちに、アイリーンに何者かの魔の手が迫り……。

[感想]

 見事な人物造形と巧妙なプロットが光るD.M.ディヴァインのミステリ。『五番目のコード』などでは一人の人物の視点に固定されていましたが、本書ではアイリーンとニコルソン警部という二人の視点で交互に語られ、ひと味違った雰囲気をかもし出しています。

 失踪したイアン少年の行方を探す前半は、事件性が薄いこともあってかなり地味に感じられますが、学校と家庭の双方におけるイアンの周辺の人間関係が少しずつ掘り下げられていくあたりはさすがに読ませます。そして、視点人物であるアイリーンとニコルソン警部自身の物語もそこに加わり、さらにそれが重なり合っていくことで奥行きが出ています。

 中盤以降は、様々な手がかりがつながり始め、事件の様相が次第に見えてくることもあって、ミステリとしての興味が俄然高まります。また同時に、ニコルソン警部との関係が少しずつ変化し、次から次へと明るみに出る事実に打ちのめされ、そしてついに自身が襲撃されてしまうなど、完全に物語の中心に位置するようになるアイリーンからは目が離せません。

 クライマックスを経て明らかになる真相は、その隠し方や導き方にやや難があるように思えるものの、なかなか意外でよくできています。救いがないともあるともいえる結末が、個人的には微妙に感じられてしまうのが残念なところですが、十分に佳作といっていいでしょう。

2004.10.03読了  [D.M.ディヴァイン]



継ぐのは誰か?  小松左京
 1970年発表 (角川文庫 緑308-13)ネタバレ感想

[紹介]
 “チャーリイを殺す”――ヴァージニア大学都市のサバティカル・クラスで1年間をともに過ごすことになった仲間たちは、“人類は完全じゃない”という思いを抱くようになっていた。世界から戦争が消滅し、様々な問題も解決の方向へ向かっているにもかかわらず。そんな中、彼らに睡眠下でメッセージが届けられる。それは仲間たちの一人、チャーリイに対する殺人予告だったのだ。世界各地の大学で同じような予告殺人が起きていることが判明し、チャーリイのもとには国際警察機構からの護衛が送り込まれたのだが、チャーリイは研究室で感電し、廃人同様に……。

[感想]

 小松左京によるSFミステリ、というよりもミステリ風味のSFと表現する方が適切でしょうか。ミステリ的な展開は前半までで、あくまでも主眼は後半のSF部分にあるといえます。

 その前半はしかし、殺人予告から不可能犯罪、そしてダイイングメッセージまで登場するという風に、完全にミステリを意識したものになっています。示された手がかりだけから真相を見抜くことは難しいと思いますし、ある意味では“ミステリとしての弱点を抱えたSFミステリ”の典型といえるようにも思えるのですが、個人的には完全に意表を突く面白い(ただしSF的に)真相だと思います。

 後半は、事件の真相を発端とする本格SFへと転じ、題名でも示唆されたメインテーマが前面に押し出されます。このあたりのアイデアがよく練り込まれているのが見どころ。さらに秘境冒険小説の要素も加わり、物語は盛り上がっていきます。最後はやや都合のいいところに着地させたという印象もないではないのですが、示されるビジョンは壮大です。

 ミステリ部分だけを期待して読むと拍子抜けしてしまう可能性は高いと思いますが、全体としてはやはり非常によくできた作品といえるのではないでしょうか。

2004.10.04読了  [小松左京]



目撃者を捜せ Save the Witness  パット・マガー
 1949年発表 (延原泰子訳 創元推理文庫164-5)ネタバレ感想

[紹介]
 新聞記者のアンディは、リオへ向かう貨物船に乗り込んだ。乗り合わせた客たちはそれぞれに事情を抱えているようで、船内には何やら奇妙な緊張感が漂っていた。特に、同室になったピーターズ医師は、事故に見せかけて妻を毒殺したと噂される人物で、アンディとしても目が離せない。そうこうするうちに、ピーターズに同行していた親戚の女性が船から転落し、彼女に不利な証拠を握られていたピーターズの口封じではないかという疑惑が生じる。乗客の中に、この事件の目撃者がいるはずなのだが……。

[感想]

 『被害者を探せ』『探偵を捜せ!』など、ユニークな趣向のミステリで知られるP.マガーですが、本書の趣向は目撃者捜し。この一風変わった趣向を成立させるための設定が、非常に秀逸です。状況証拠が動機も機会もある特定の人物を指し示す一方で、事件性が微妙であるために、犯人捜しよりも目撃者捜しの方が重要になってくるというあたりがうまいところです。しかも、海上の貨物船という一種のクローズドサークルというべき状況で、限られた範囲の中に目撃者がいるにもかかわらず、なぜか一向に名乗り出てこないという不可解さが興味をひきます。

 犯人による口封じを防ぐために、主人公たちは一刻も早く目撃者を捜し出さなければならなくなります。このあたりのサスペンスフルな展開もよくできています。ただし、いかに大義名分があるとはいえ、乗客たちが秘めた個人的な事情を次々と強引に暴き立てる結果となっているため、読んでいて釈然としないものが残るのは否めません。また、主人公の言動がやや独善的に感じられるところも、その印象に輪をかけています。

 それでも、最後に明かされる真相は完全にこちらの意表を突くもので、非常に鮮やかです。結末がややあっさりしすぎている感もありますが、なかなか楽しめる作品です。

2004.10.07読了  [パット・マガー]



聖フランシスコ・ザビエルの首  柳 広司
 2004年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 “お前が殺した。お前がこの地に悪をもたらしたのだ”――聖フランシスコ・ザビエルの遺骸は、死後も腐敗することがなかったという。鹿児島で発見された“ザビエルの首”は偽物か、それとも本物なのか? オカルト雑誌の仕事で取材に訪れたフリーライターの片瀬修平は、ミイラ化した首と視線を合わせた瞬間、過去の人物の意識に取り込まれてしまう。そこに待ち受けていたのは、ザビエルその人が巻き込まれた奇怪な事件――禁じられた“自殺”、毒殺と黄金の蛇の消失、そして異端への“神罰”――だった……。

[感想]

 日本を訪れたイエズス会宣教師の代表格として名高いフランシスコ・ザビエルを主役とした、作者お得意の“偉人ミステリ”(もしくは“偽史ミステリ”というべきか)で、長編の体裁を取ってはいますが4つのエピソードからなる連作短編ともいえる、〈連鎖式〉に近い構造の作品です。

 まず、今までの作品と違って全編が現代人の視点で描かれているところが目をひきます。J.D.カー『ビロードの悪魔』に始まる(と思われる)“タイムスリップ歴史ミステリ”は、今となってはややありがちの感もありますが、現代人とは異質なロジックで動く人々の姿を際立たせるのに有効な手法であることはまちがいありません。主人公の口調などにやや柄の悪いところがあるのも、多少気にはなるものの、ザビエルを取り巻く人物たちとの間に横たわる異質さを強調するのに役立っていると思います。

 個々の事件はやはり短編ネタという印象も受けますが、動機やトリックなど随所に“この時・この場所”でなければというポイントがあり、歴史ミステリとしてよくできていると思います。特に、「第一章」のシンプルながらよく考えられた謎が秀逸です。ザビエルが主役であるだけに、どうしてもキリスト教(カトリック)という要素が絡んでくることになりますが、決して難解ではありません。

 そして最大の見どころは、最終章のカタストロフ。こちらの思わぬところに落とされ、あまりにも重く圧倒的な“真相”が突然顔を覗かせます。そして、二つの世界の間で揺れ動いた末の結末が、何ともいえない印象を残します。

2004.10.10読了  [柳 広司]



安楽椅子探偵アーチー  松尾由美
 2003年発表 (創元クライム・クラブ)

[紹介]
 小学5年生の及川衛は、母親から渡されたお金を手に、誕生日プレゼントの新しいゲーム機を買いに行こうとしていたが、途中の骨董屋で見かけた古い安楽椅子に目を止める。誰も座っていないその椅子から、なぜかため息が聞こえてきたのだ。結局ゲーム機の代わりにその安楽椅子を購入した衛。そして安楽椅子は年輩の男の声でしゃべり始めただけでなく、鋭い推理の才をも披露する。衛は安楽椅子を“アーチー”と名づけて……。

「首なし宇宙人の謎」
 衛と同じクラスの中西くんが、家庭科の課題として作っていた宇宙人の絵柄のナップザック。それがほんのわずかの間に上半分を切り取られてしまい、宇宙人が首なしになってしまったのだ。誰が、そしてなぜ……?

「クリスマスの靴の謎」
 雑誌の記事で見た、天才少女音楽家にまつわる不可解な花の消失事件の謎を、アーチーに解いてもらおうとする衛。一方、衛の父親は、酔っぱらいの喧嘩の末に片方だけ残された靴を、拾って持ち帰ったのだが……。

「外人墓地幽霊事件」
 小学校の社会科見学で横浜外人墓地を訪れた衛たちだったが、ミステリ好きの同級生・野山芙紗が奇妙なことに気づいた。立入禁止の立て札に書かれた文字の一部に、ピンクのチョークで印がつけられていたのだ……。

「緑のひじ掛け椅子の謎」
 アーチーの唯一の頼みは、元の持ち主である市橋信吾という人物を探し出すことだった。とある推理雑誌の新人賞応募作として、その市橋信吾が書いたと思われる小説のあらすじが掲載されているのを見つけた芙紗と衛は、アーチーに黙ってその作者に連絡を取ろうとするが……。

[感想]

 安楽椅子の探偵が登場する異色の連作ミステリです。無生物である安楽椅子が意識を持ってしゃべるという設定は、本来ならばファンタジーの領域に属するものですが、物語には不思議なほどにファンタジー的な雰囲気はなく、設定以外は現代ミステリそのもの。それを違和感なく受け入れられるのは、やはり“あらゆるものに神が宿る国”ならでは、ということなのかもしれません(しゃべりはしないまでも、無生物が視点人物(?)となっているミステリとして、北森鴻『屋上物語』や宮部みゆき『長い長い殺人』、東野圭吾『十字屋敷のピエロ』などが思い浮かびますが、海外の作品で思い当たるものはありません)。

 もっとも、安楽椅子のアーチーが話しかけるのは、基本的に主人公の衛とクラスメートの芙紗だけ。日常の中のファンタジーと頭の柔軟な子供という組合せは、王道といってもいいでしょう。扱われる謎もいわゆる“日常の謎”がメインで、人生経験を積んだ大人に通じる立場のアーチーと子供たちとの交流に重点が置かれているようにも感じられます。しかし、単に心暖まる物語というわけではなく、子供の視点から時おり垣間見える(そしておそらく子供にとっては受け入れがたい)、大人が身に着けた(薄味の)“毒”のようなものが、何ともいえない印象を残します。

 ミステリとしてはごくオーソドックスな安楽椅子探偵もので、安楽椅子ならではの視点や発想(って何でしょう?)はさほど見受けられませんが、全般的になかなかよくできていると思います。特に「クリスマスの靴の謎」で展開される論理は秀逸。そしてアーチー自身の謎でもある「緑のひじ掛け椅子の謎」は、意外な展開を見せながらも物語をきれいに締めくくり、また新たな物語の始まりを予感させるエピソードとして、見事な出来といえるでしょう。

2004.10.17読了  [松尾由美子]


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.93