ミステリ&SF感想vol.100

2005.02.14
『神のふたつの貌』 『不死の怪物』 『本格的 死人と狂人たち』 『レオナルドの沈黙』 『造物主の掟』



神のふたつの貌{かお}  貫井徳郎
 2001年発表 (文春文庫 ぬ1-1)ネタバレ感想

[紹介]
 プロテスタントの牧師の息子として生まれた早乙女少年は、生まれながらに痛覚を欠いていることもあってか、小動物を殺しては痛みについて、死について、ひいてはについて思いをめぐらせていた。生活のほぼすべてを信仰に捧げる敬虔な牧師である父親と、夫に顧みられないという不満を抱えながら暮らす母親。ぎくしゃくした家庭の中で、早乙女少年は一途に神の存在を求め、その声を聞きたいと願っていた。そんなある日、やくざに追われる若い男が教会に駆け込んでくる。牧師に匿われて追っ手をやりすごした男は、そのまま教会に居着き、如才ない態度で周囲に溶け込んでいく。しかし……。

[感想]
 殺人事件が描かれてはいるものの、誰が犯人なのか最初から明らかにされており、少なくとも明確な形では謎と解決が存在しない本書は、ミステリというよりは犯罪小説としての性格が強い作品であり、その中でも特にサイコキラーものに近いところがあるといえるかもしれません。とはいえ、“驚き”がまったくないわけではないのですが……。

 本書のテーマは“神”そのものではなく“信仰”、すなわち神を信じる人間の“心理”とその発露としての“行為”だといえるでしょう。“行為”の背景にある“心理”が全編を通じて徹底的に描かれることで、その真摯な思いと切実な苦悩はしっかりと伝わってきます。ただし、苦しい時の神頼みをすることはあっても信仰を持たない私としては、いかに切実なものであろうと理解することはできません。むしろ、“神”(の幻影)しか目に入っていない視野の狭さ、そして独善的ともいえる態度の方が気になってしまいます。

 というわけで本書は、私にとっては理解できない動機による殺人を描いた作品であり、その意味でサイコキラーものに通じるところがあると思います。そのようにしかとらえられないために、クライマックスもどこか異質なものとしか見ることができないのは残念です。とはいえ、理解できないながらも物語に引き込まれてしまうのは確かで、やはりそれだけしっかりと登場人物の心理が描かれているということでしょう。

 なお、文庫版に付された鷹城宏氏による解説が非常に秀逸で、本書の読み方としてはそれ以上に付け加えるべきことは何もないのかもしれません。


2005.01.28読了  [貫井徳郎]




不死の怪物 The Undying Monster  ジェシー・ダグラス・ケルーシュ
 1922年発表 (野村芳夫訳 文春文庫 ケ3-1)ネタバレ感想

[紹介]
 英国の旧家ハモンド家に先祖代々取り憑いている不死の怪物が、またしても出現した。深夜の杜で若き当主オリヴァーが大怪我を負い、連れていた犬はずたずたに引き裂かれて死に、居合わせた女性も瀕死の状態で救われたものの、やがて命を落としたのだ。オリヴァーの妹であるスワンヒルドは、不死の怪物の正体を突き止めようと、心霊探偵として名高い美貌の女性ルナ・バーテンデールを招く。彼女が解き明かした不死の怪物の正体と、3000年の呪いの真相とは……?

[感想]
 長らく幻の傑作とされていた(らしい)ゴーストハンターものの怪奇小説ですが、思いのほかミステリ的な手法が使われており、“不死の怪物”の謎を中心としたミステリととらえることもできるかもしれません。もちろん、ジョン・ディクスン・カーの作品などのように怪奇現象が非オカルト的に解き明かされるわけではありませんし、パズラー的な興味は期待すべくもないのですが、オカルト的とはいえ作中の論理に従って謎が解かれていくあたりはミステリの手法といえるのではないでしょうか。また、印象的な結末につながる伏線もよくできていると思います。

 またその一方で、冒険小説的な展開も目につきます。実は意外にも、“不死の怪物”は誰彼かまわず見境なく襲いかかるわけではなく、その標的は当主のオリヴァーただ一人。そのため、恐怖が全体を支配するというよりも登場人物たちが一致協力して障害を克服するという、冒険小説的な性格が強くなっているように思います。実際、中盤以降に行われる様々な調査も、どちらかといえば宝探しのような印象を受けます。このあたりが、“ホラー”ではなく“怪奇小説”と表現したくなる所以です。

 それでも、一族に課せられた“呪い”の正体を、探偵役のルナが少しずつ丁寧に解き明かしていく過程には、なかなか真に迫ったものがあります。特に、拾い集めたて画家利をもとに再現される膨大なエピソードは、“呪い”の説得力を高めるのに大いに貢献しています。

 “幻の傑作”との評には偽りなし。怪奇小説・冒険小説・ミステリが融合した、一大ロマンといえるのではないでしょうか。

 なお、荒俣宏氏の解説には一箇所だけネタバレ気味な記述があるので、本文より先に読まない方がいいでしょう。


2005.02.03読了  [ジェシー・ダグラス・ケルーシュ]




本格的 死人と狂人たち  鳥飼否宇
 2003年発表 (ミステリー・リーグ)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 綾鹿科学大学の研究者たちが遭遇する事件の顛末を描いた理系ミステリ(?)「第一講 変態」「第二講 擬態」「第三講 形態」と題された中編3篇に、おまけのような「前期試験」「補講 実態」を加えた変則的な構成になっています。
 全体の印象としては、とにかく“変”「第一講」の主役である増田米尊を筆頭に、登場する研究者や学生の大部分はどこか変な人物ばかり。加えて事件の捜査に当たる谷村警部補もかなり変『太陽と戦慄』ではこれほどではなかったような……)。そして、ミステリとしても相当に変な作品ばかりです。

「第一講 変態」
 大学院数理学研究科の助教授・増田米尊は、覗きなどの変態的フィールドワークを行う一方で、極度に興奮すると脳が活性化して天才科学者に変態するという“変態学者”として知られていた。そのフィールドワークの最中に、研究室の教授が転落死する事件に出くわした増田は、警察にマークされてしまい、さらに殺人事件の容疑者に……。
 “変態学者”・増田米尊の変態ぶりが序盤から炸裂し、物語は彼を中心に動いていきます。設定を考えれば、窮地に追い込まれた増田が天才科学者へと変態するのは“お約束”といえるでしょう。それにしても……(絶句)。
 変なトリックはありますが、ミステリとしての骨格はむしろオーソドックス。しかし、全体を支配する増田というキャラクターが、この作品を特徴づけています。

「第二講 擬態」
 理学部生物学科の講師・上手勇樹は、擬態に関する講義を担当することになり、学生向けのレジュメを念入りに作成する一方、綾鹿市で起きた事件に関する情報を密かに収集する。やがて、全6回の講義も無事に終わりを迎えたのだが、最後に上手が学生に課したレポートの課題は、実に驚くべきものだった……。
 作中の大部分を占める、擬態に関する講義が圧巻。個人的に興味があるので、内容のほとんどは知っているものでしたが(ミミックオクトパスは知りませんでした)、それだけに微妙な違和感がありました。しかし、まさかこんなことになるとは……。
 正直なところ、謎そのものが面白いかといえばそうでもないのですが、そのプレゼンテーションが前代未聞。本書の中でも最も破壊力の大きな作品です。

「第三講 形態」
 かつての教え子で生命科学研究所の主任研究員・角田妃花梨に電話をかけた学長・関宏子は、混線のせいで妃花梨と妹の亜佳莉の奇妙な会話を耳にする。“てるはクローンなんだから、長く生きられなくても仕方ないのかもしれない”――“てる”とは、亜佳莉の幼い息子・輝のことなのか? 不審を抱いた関だったが、やがて誘拐事件が……。
 事件だけを取り出してみるとかなり普通なのですが、展開がとにかく変。勘のいい人には(以下略)ですし、終盤近くになって“××かよ!”と思わずツッコミを入れたくなる事実が持ち出され(“谷村は著者を差し置いていらぬ心配をした”というのも笑えますが)、どこへ落ち着くのかちっともわかりません。他の2篇に負けず劣らずの怪作です。

「前期試験」・「補講 実態」
 最後に待ち受けている「前期試験」は、思わず脱力を余儀なくされる唐突でしょーもない謎。これだけではあんまりだと思ったのか、続く「補講」ではそれを解くための手がかりが説明されていますが、この(再度繰り返しますが)しょーもない謎のためにこれほどのネタを仕込んでいたのかと、呆れることしきりです。

2005.02.05読了  [鳥飼否宇]
【関連】  『官能的 四つの狂気』 『絶望的 寄生クラブ』 / その他〈綾鹿市シリーズ〉



レオナルドの沈黙  飛鳥部勝則
 2004年発表 (創元クライム・クラブ)ネタバレ感想

[紹介]
 テレビなどで活躍する霊媒師・波紋京介を招き、別荘で開かれた降霊会。その席上で波紋は、自分の超能力で遠隔殺人を行うことができると主張し、客の一人が名前を挙げた美術家・枠井竹男をたった今自殺させたと宣言する。客たちが枠井の家に確認に行ってみると、波紋の言葉通り、施錠された家の中で枠井は首を吊って死んでいた。そしてなぜか、すべての家具が家の外に出されていたのだ。事件は自殺として処理されたものの、やがて再び開かれた降霊会で、波紋は新たな殺人を予告した……。

[感想]
 霊媒師による遠隔(予告)殺人という状況はカーター・ディクスン『読者よ欺かるるなかれ』などを思わせますし、ロナルド・A・ノックスの“十戒”(→Wikipedia)やヴァン・ダインの“二十則”(→Wikipedia)に言及した上で“探偵小説作法十三箇条”なるものが持ち出され、さらに古式ゆかしく“読者への挑戦”が挿入されるなど、全体的にクラシックな探偵小説を強く意識した作品になっています。とはいえ、決して古めかしいわけではなく、あくまでも現代を舞台に探偵小説のガジェットや雰囲気を再現した、といったところでしょうか。

 ただし、探偵小説としての出来そのものは、必ずしもいいとはいえないように思います。遠隔(予告)殺人という不可能状況は非常に鮮やかで魅力的なのですし、“さかさま”の謎も面白いと思うのですが、それらに比して真相がやや力不足で、竜頭蛇尾という印象がぬぐえません。また、細かい伏線やミスディレクションが仕掛けられているものの、事件そのものと相俟って雑然としたものに感じられてしまいます。

 ……と思っていたのですが、最後にきて、“ある一点”で完全にしてやられてしまいました。この、実に大胆な罠には脱帽せざるを得ません。この一点だけでも、本書に対する個人的な印象は大幅にアップしました。ミスディレクションに惑わされることなく丹念に手がかりを拾っていけば絶対に犯人を当てることができる、クラシックなフーダニットの佳作です。


2005.02.08読了  [飛鳥部勝則]




造物主{ライフメーカー}の掟 Code of the Lifemaker  ジェイムズ・P・ホーガン
 1983年発表 (小隅 黎訳 創元SF文庫663-07)

[紹介]
 はるか昔、土星の衛星タイタンに到着した異星人の自動工場宇宙船が、地表に自動工場を建設し、資源採掘のための作業用ロボットを生産し始めた。それから長い年月の間に、システムに発生した障害の影響で“進化”した作業用ロボットから機械生命体が誕生し、地球の中世ヨーロッパによく似た文明を築き上げたのだ。そして21世紀初頭、地球からの無人探査機によってタイタンの機械生命体が発見され、大規模な調査団を乗せた大型宇宙船が送り込まれる。しかし、その中にはなぜか、著名な心霊術師・ザンベンドルフとその一党が含まれていた……。

[感想]
 (特に初期は)科学に対する楽観主義に基づいたわかりやすいハードSFを書いていたホーガンですが、本書では何とインチキ心霊術師とその仲間たちを主役に、機械生命体とのファーストコンタクトの顛末をユーモラスかつ痛快に描いています。かなりのボリュームはありますが、読みやすく楽しい作品に仕上がっています。

 SFとしての最大の見どころはやはり、機械生命体の誕生を描いたプロローグです。単なる作業用ロボットが、予期せぬエラーと淘汰の積み重ねによって、有性生殖さながらの複製システムや個体ごとの特性を発達させ、独自の生態系を確立していくプロセスが、簡潔かつ要領よく説明されています。そして、展開されるアイデアは実に刺激的。やや短すぎるようにも思えますが、これは致し方ないところでしょう(“自意識の獲得”というプロセスがさりげなく省略されているのが、巧妙といえば巧妙です)

 本編に入ると物語は一変し、主役となるザンベンドルフ率いるインチキ心霊術チームにスポットが当てられます。序盤で奇跡を演出するその驚くべき手腕がこれでもかというほど披露される一方で、ころりと騙される科学者たちよりもよほど科学的な精神を持ち合わせていることが示されるのが面白いところです。

 一方、タイタンの機械生命体――“タロイド”――たちもまた印象的です。中世ヨーロッパのような、王と僧侶によって支配された封建制が大半を占める中で、局所的に“ルネッサンス”が起こり始めているという興味深い状態の社会。そこに暮らす“タロイド”たちは、やや素朴ながらあまりにも人間的で、読んでいて親近感を禁じ得ません。また、機械生命体である彼らから見た地球人の姿も、なかなか興味深いものがあります。

 その“タロイド”たちと地球人とのコンタクトにおいて、周囲の思惑に縛られることなく、ザンベンドルフ一党は自由自在にその腕をふるいます。時には撤退を余儀なくされることもあるものの、その活躍は胸のすくような爽快さを感じさせてくれます。いい意味で予定調和的なハッピーエンドもまたよし。SFにあまりなじみのない方にもぜひ読んでいただきたい傑作です。


2005.02.09再読了  [ジェイムズ・P・ホーガン]

【関連】 『造物主の選択』


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