ミステリ&SF感想vol.150

2007.09.09
『ミステリクロノ』 『敗北への凱旋』 『名探偵登場』 『あいにくの雨で』 『死の相続』



ミステリクロノ  久住四季
 2007年発表 (電撃文庫 く6-7)ネタバレ感想

[紹介]
 高校生の遥海慧が出会ったのは、不思議な服を着てピンク色の髪をした少女だった。阿部真里亜と名乗った彼女は、奇妙な注射器のようなものを携え、自分を“天使”だという。驚くべきことに、その注射器――リザレクターには時間を戻す効果があり、真里亜は失った残り六つのクロノグラフ――時間を自由に操る“もの”――を取り戻すために地上に落とされたらしいのだ。それを裏付けるような真里亜の世間知らずな姿に、慧は友人らとともに協力することを決意するが、やがて事件が起こった……。

[感想]

 『トリックスターズ』シリーズが一応の完結をみた作者による、新シリーズの第1作。魔術及び魔術師が存在するパラレルワールド的世界を舞台とした、R.ギャレット〈ダーシー卿シリーズ〉に通じるファンタジー・ミステリとなっていた前シリーズに対して、こちらは(一見すると)現実的な世界にSF的小道具を持ち込んでロジックをひねくり回す西澤保彦風SFミステリとなっています*1

 物語はいかにもな(?)“ボーイ・ミーツ・ガール”から始まりますが、幼児のように無知/無垢な*2少女・真里亜と、高校生離れした(?)ストイックさと老成した雰囲気を漂わせる少年・慧との組み合わせが、ストレートな恋愛ではなくどこか“娘”と“父”のようにも思える微妙な関係になっているところが目を引きます。これも巻が進むごとに少しずつ変化するのでしょうが、前シリーズの主人公が恋愛とは縁遠かったことを考えると、どうなっていくのか読めないところです。

 シリーズ第1作だということで、登場人物や設定の説明にかなりの分量が割かれていますが、慧と真里亜が互いに相手(“天使”/“人間”)のことを知らないということを利用して、意外に要領よく説明されている――慧が人物や環境について真里亜に説明し、真里亜が天使やクロノグラフについて慧に説明することで、読者にも伝わりやすくなっているのがなかなかよくできています。またクロノグラフの実験などは、直接描写の場合と事後説明の場合とをうまく組み合わせてあり、さほど煩雑には感じられません。

 眼目の一つであるSF的小道具としては、クロノグラフの一種“リザレクター”と、各種クロノグラフの効果を取り消す“リ・トリガー”の二つが登場します。リザレクターの効果については、“使用後”の人物の主観では未来へのタイムスリップに他ならないにもかかわらず、主体はあくまでも“使用前”の人物にあるために、ほぼ一貫して“時間を戻す”という表現が使われているのが興味深いところです。

 このようなSF的小道具を絡めたミステリ部分は、派手さこそありませんがかなりよくできています。まず、事件の犯人を特定するためのロジックを駆使した推理は、若干の穴があるのが残念ではあるものの、それでも十分に見ごたえがあります。また動機にかかわる真相は、あくまでもSF設定の“ルール”を遵守しながら完全に盲点を突いた、非常に面白いものです。SF設定が比較的きっちり限定されているために、SFミステリとしては前シリーズよりしっかりしたものになっているといえるのではないでしょうか。

 他のクロノグラフの行方からも、また主人公である慧自身の今後の動向からも目が離せません。早くも次巻が楽しみな快作。

*1: このあたりは、安眠練炭さんの「一本足の蛸 - ランドル・ギャレットから西澤保彦へ」に触発されたものです。
*2: “天使”だからというわけではないのは、もう一人の“天使”として登場する三田るちやの様子を見れば明らかですし、真里亜自身も完全な“無知”でも“無垢”でもないように思えるところもあります。

2007.08.14読了  [久住四季]
【関連】 『ミステリクロノII』 『ミステリクロノIII』



敗北への凱旋  連城三紀彦
 1983年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 昭和20年8月15日夕、上空を飛ぶ一機の特攻機から、廃墟と化した東京の大地に夾竹桃の花が降り注いだ。そして三年後のクリスマスイヴ、中国人らしき女性が安宿で片腕のやくざめいた男を射殺し、さらに数日後彼の情婦も射殺した後、海へと身を投げた……。
 ……それから20年以上を経た昭和4X年、歴史の陰に埋もれた人物を取り上げ続ける小説家・柚木桂作は、優れた才能を有しながら軍に身を投じ、戦争に翻弄された挙げ句に数奇な最期を遂げたピアニスト・寺田武史を小説に描こうとする。だが、調査をはじめた柚木の前に浮かび上がってきたのは……?

[感想]

 講談社ノベルス25周年を記念して復刊された作品の一つで、ショパンの葬送行進曲をもとにして書かれたという連城三紀彦の第2長編です。今回の復刊にあたって、新たに米澤穂信氏による解説が付されています。

 まず序盤(序章〜一章)で戦後間もない頃に起きた事件が描かれた後、時代は一気に昭和40年代へと移り、そこから過去に視線を向けるという形で物語は進んでいきます。このような構成によって、単に事件の真相を明らかにするだけでなく、埋もれてしまった一つの歴史を掘り起こすという、歴史ミステリのようなスタイルになっているのが魅力的です。

 そのための主な手がかりとなるのは、ピアニストであった寺田武史が楽譜や詩の中に忍ばせたメッセージ――暗号です。実はこの暗号、解説でも指摘されているように複雑かつ難解で、普通に解読することはほとんど不可能なのですが、その難解さにこそ作成者である寺田武史の葛藤と煩悶がにじみ出ているというべきでしょう。そして何より、メッセージをしっかりと内に秘めていながらも表面的にはあくまで美しい形になっているところが実に見事です。

 暗号ほどではありませんが、事件の方もかなり複雑なものになっています。寺田武史の人生を取り巻く断片的な事実を、パズルのようにつなぎ合わせてようやく見えてくるのは、幾重にも重なった思惑によって築き上げられた壮大な構図。よく似た前例があるためにやや割り引かれてしまうところもあるのですが、それでも十分に大きな衝撃を与えてくれますし、作者らしい壮絶な愛憎劇が浮かび上がってくるところも秀逸です。

 とはいえ、いくつか気になるところがあるのも事実。例えば、暗号解読の過程の読者への提示には大きな問題があり、複雑な手順が一気に明かされているためにいたずらに煩雑な印象を与えていますし、難解なはずの暗号が思いの外とんとん拍子に解かれているように思えてしまうのはいただけません。また、衝撃的なメインの仕掛けも、その壮大さゆえに釈然としないものが残ってしまうのが残念です。

 それでも、これ以上ないほど難解な暗号という形でメッセージを残さざるを得なかった屈折した思いには圧倒されますし、一つの時代と分かちがたく結びついた人々の生き様には胸を打たれます。完全無欠ではないものの、やはり傑作といわざるを得ないでしょう。

 ちなみに、寺田武史が残した二つの曲(「九つの花」と「SOS」)について、作中に登場する楽譜をもとにMIDIファイルを作成してみました。音符をベタで打ち込んだだけで表情などは一切つけてありませんが(ピアノは難しいのです)、興味のある方はお聞きになってみて下さい。
 なお、著作権は連城三紀彦氏に帰属するものと考えられますが、何か問題がある場合には速やかに削除いたします。
  • 「九つの花」 (スタンダードMIDIファイル:1KB)*1
  • 「SOS」 (スタンダードMIDIファイル:6KB)*2
  • *1: テンポは四分音符=115にしてみました。
    *2: テンポは四分音符=60にしてみました。なお、作中でも“中間の十七小節はリズムも拍数もでたらめに狂っているんです”(82頁)と指摘されているように、四分の二拍子という指定に合っていない部分があるのですが、とりあえず譜面に記された音符をそのまま打ち込んだ結果、中盤はすさまじい変拍子になっています。

    2007.08.22読了  [連城三紀彦]



    名探偵登場 Escapade  ウォルター・サタスウェイト
     1995年発表 (植草昌実訳 創元推理文庫192-02)

    [紹介]
     稀代の脱出王フーディーニは、英国貴族の屋敷メープルホワイト荘を訪れた。親友であるコナン・ドイル卿を招いて催される降霊会に出席しようというのだが、自分を恨んでつけ狙う奇術師チン・スーから逃れるためもあり、護衛としてピンカートン社の探偵ボーモントが付き添っていた。だが、到着早々に幽霊騒ぎ、謎めいた狙撃、そして密室での怪死と立て続けに事件が起こり、ついにはロンドン警視庁から敏腕警部が派遣される事態に。一堂に会した人々すべてを巻き込んだ不可解な事件の真相を解き明かすのは、一体誰なのか……?

    [感想]

     1920年代の英国貴族の屋敷を舞台とし、ピンカートン社の探偵を語り手に、脱出王フーディーニやコナン・ドイルをはじめとする個性豊かな人物を取り揃えてゆったりと展開される、何とも愉快なミステリです。

     登場人物たちは、有名どころ(?)はもちろんのこと、ちょっとした脇役に至るまでしっかりと肉付けされ、実に生き生きとしています。また物語の方も、幽霊騒ぎに狙撃事件、密室での怪死事件に降霊会、さらに恋の鞘当てにボクシングでの決闘とサービス満点の内容。山口雅也氏は解説でディクスン・カーの名前を挙げていますが、舞台や人物、そして黄金時代のパロディめいた雰囲気など、J.アンダースン『血のついたエッグ・コージイ』『血染めのエッグ・コージイ事件』)に通じるところがあるように思います。いずれにしても巧みなストーリーテリングが光っており、500頁を超える大ボリュームながら退屈させることなく読ませるのはさすがです。

     ただし、純粋にミステリとしてみた場合にはあまりに弱すぎるのが難点。事件そのものもさほどではないのですが、トリックも今ひとつ面白味を欠いたものであり、さらに真相を示唆する手がかりも物足りないという有様です。また、あのフーディーニが探偵役に名乗りを上げることに端を発する“探偵合戦”という趣向も、なかなか愉快ではあるものの、ミステリとしてはあまり効果的とはいえません。

     それでも、“探偵合戦”のクライマックスである謎解き場面はそれなりにしっかりしたものになっていますし、そこでもさらに思わぬ爆弾が用意されているなど、プロットはまずまずの面白さを備えています。ボリュームはあるものの、どちらかといえば肩の力を抜いて楽しんで読むべき作品かと思いますし、その限りにおいてはよくできた作品であるといえるのではないでしょうか。

    2007.08.27読了  [ウォルター・サタスウェイト]



    あいにくの雨で  麻耶雄嵩
     1996年発表 (講談社ノベルス・入手困難ネタバレ感想

    [紹介]
     高校生の烏兎、獅子丸、祐今の三人は、雪に囲まれた廃墟の塔で他殺死体を発見した。現場には塔へ向かう足跡が一筋だけ残っているという密室状況だった。殺されたのは、かつて同じ状況で祐今の母を殺したと目され、容疑者として逃亡中だった祐今の父親。衝撃を受けた祐今のために、烏兎と獅子丸は生徒会機密漏洩事件の調査という仕事を抱えながらも事件の解決に乗り出すが、調査が遅々として進まないまま、やがて新たな事件が……。

    [感想]

     麻耶雄嵩の第4長編で、メルカトル鮎や木更津悠也といったシリーズ探偵は登場しませんが、主役である如月烏兎は『夏と冬の奏鳴曲』などに登場する如月烏有の弟のようです。もっとも、それらの作品との間に直接のつながりがあるわけではなく、独立した作品として読むことができます。

     高校生たちが主役であり、学校生活にもそれなりの分量が割かれるなど、一応は“青春ミステリ”といえないこともないのですが、その言葉からはイメージしがたい荒涼とした雰囲気が物語を包んでいるのが作者らしいところです。友人の家族絡みの殺人事件が影を落としているのもさることながら、作中で描かれる学校生活の大部分が生徒会絡みの諜報活動だというのが何とも。ゲーム感覚と非情さとが極端に強調されたその活動は、戯画化されてリアリティを欠いているようでもありながら、一見無駄なことにも思いきり力を注ぎ込むことができる学生時代ならではのようにも思えるものですが、いずれにしても殺伐とした学校生活であることは確かです。

     繰り返される事件は、廃墟の塔を現場とした足跡のない殺人、いわゆる雪密室となっています。講談社ノベルス版カバーの紹介文には“麻耶雄嵩、正面から雪の密室に挑戦!”と記されていますが、それがそのままには受け取れないのは、冒頭に配置された「13章」を読めば一目瞭然。“変化球”というよりもやはり“歪み”と表現したくなるこのあたりのセンスは、いかにも作者らしいと思わされます。

     雪が降るのを望む烏兎の思いもむなしく、『あいにくの雨で』という題名の通り、降りしきる冷たい雨の中で物語は結末を迎えます。他の作品のような強烈な衝撃を伴うのではなく、あくまでも静かに、しかし確実に“何か”を破壊する真実が突きつけられ、読者の心にも寒さがしみわたってきます。決して代表作とはいえないでしょうが、印象に残る作品です。

    2007.08.28再読了  [麻耶雄嵩]



    死の相続 Murder on the Way!  セオドア・ロスコー
     1935年発表 (横山啓明訳 原書房)ネタバレ感想

    [紹介]
     ハイチに住む怪しげな実業家“アンクル・イーライ”が急死し、屋敷には8人の相続関係者が集められた。そこで公開された遺言状では、相続人たちが屋敷に24時間とどまることが求められていた上に、24時間以内に第一相続人が死亡した場合は遺産は第二相続人へ、第二相続人が死亡した場合は第三相続人へ……という奇妙な内容が記されていた。その遺言状をなぞるかのように、屋敷では相続人たちが順番通りに奇怪な死を迎えていき、さらに……。

    [感想]

     主にパルプ雑誌で活躍したらしい作者による、幻の密室ミステリ……といえば何となく聞こえがいいのですが、その実態は比較的きっちりした解決ととんでもない展開とが同居した怪作です。

     そもそも、最初に公開される遺言状の内容がかなり無茶で、殺し合いをしろといわんばかりの挑発的なものになっているのがご愛嬌。そしてお約束通りに相続人たちが次々と怪死して人数が減っていくあたりは、発端や設定こそ違うもののA.クリスティ『そして誰もいなくなった』を思わせます*。が、アンクル・イーライの親戚であるヒロインを除き、相続人たちがどこからどう見ても悪人ばかりであるため、サスペンスというより予定調和的に感じられてしまうのが何ともいえません。その中にあって、ヒロインに付き添って訪れた異国で思わぬ事件に巻き込まれ、いきなり犯人扱いされかけるなど大変な目に遭ってしまう主人公はお気の毒です。

     次々と起こる事件の大部分が何らかの不可能興味に彩られているのも面白いところですし、まだ余裕のある(?)初期段階では登場人物たちが推理を披露し合うなど、ぎりぎりで真っ当なミステリの範疇にとどまるかと思わされる部分もあります。しかしそれを一気に台無しにしてしまう(←けなしているわけではありません)のが、中盤に至って突如勃発する無茶苦茶な騒動と、そこから始まる予想外の展開です。思わず唖然とさせられてしまったのですが、実際のところはよく考えられたものであることは確かですし、何より一生忘れられないほどの強烈なインパクトは間違いなく一読の価値があるでしょう。

     そして殺人の続く屋敷は奇怪な迷宮と化し、主人公はこれ以上ないほどの恐怖を体験させられ、異様な雰囲気のまま迎える怒涛のクライマックス。収拾がつくとは到底思えない狂騒と混乱の中、まったく予想することもできなかった最後の対決の(色々な意味での)すさまじさはまさに圧巻です。

     ただそれだけに、事件が決着した後で示される解決が蛇足めいたものに感じられてしまうのが、個人的には実に惜しいところです。途中の展開からすると思いの外しっかりしたものになっていますし、最後のオチもよくできていると思うのですが、広げに広げられた風呂敷が畳み込まれてしまったようで……とはいえ、バカミス好きとしては総じて大満足の出来ですし、バカミス好きならずとも本格ミステリファンには広くおすすめしたい作品です。

    *: もっとも、本書は『そして誰もいなくなった』より先に発表されているのですが。

    2007.08.31読了  [セオドア・ロスコー]


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