ミステリ&SF感想vol.208

2013.11.08

生ける屍 Walking Dead  ピーター・ディキンスン

1977年発表 (神鳥統夫訳 ちくま文庫 て13-1)

[紹介]
 医薬品会社の実験薬理学者デビッド・フォックスは、カリブ海に浮かぶホッグ島に派遣されたが、そこではいまだに魔術を信仰する島民たちを独裁者トロッター博士が支配し、秘密警察が跳梁していたのだ。当地の研究所長ドライザーからきなくさい事情を聞かされ、島を離れようとしたその矢先、実験室で殺人事件が起こり、フォックスは容疑者として捕らえられてしまう。そして、反体制派の囚人たちを被験者とした薬物の人体実験に加担させられることになったフォックスだったが、やがて事態は急変し……。

[感想]
 かつてサンリオSF文庫で刊行されたきり入手困難で、凄まじい古書価がついていた*1ことで知られる作品が、ようやく待望の復刊。内容の方はといえば、殺人事件が起こりその謎が解かれはするものの、主眼がそこに置かれていないという点では『毒の神託』にも通じるところがあり、謎解きもあるスパイスリラー、あるいはポリティカル・フィクションといったところになるでしょうか。

 物語の舞台となるのはカリブ海の小国ですが、異国情緒に加えて随所に顔をのぞかせる魔術信仰に彩られ、一風変わった世界が広がっています。序盤にある人物が語るように、魔術は“もう一つの科学”として島民たちの間にしっかりと根を下ろしており、独裁者トロッター博士の母トロッター夫人が最強の“魔女”として恐れられる有様。科学者である主人公フォックスにとっては、異質で相容れない文明との遭遇であるわけですが、ひょんなことから当のフォックスが“魔力”の持ち主と見なされるようになるのが皮肉です。

 もう一つ目を引くのが、強力な独裁政治が生み出すある種の不条理さで、体制側の振る舞い――例えば研究所長ドライザーが語る“誘拐事件”の顛末や、秘密警察による“盗聴”など――はかなり戯画化されているようでもあり、悪い冗談のように奇妙でシュールな印象を与えます。もっとも、それはあくまでも“恐怖”で裏打ちされたブラックなものである*2――ということは、殺人事件をきっかけにフォックス自身がその渦中に巻き込まれ、なす術もなく人体実験に加担させられるところにも強く表れています。

(前略)魂と服なら幽霊、魂と肉体だけならば野蛮人、服と肉体だけならば屍――いや、屍ならば組合せなくてもひとつだけで屍だ。服と肉体との組合せは、生ける屍ではないか。
 (186頁)

 “生ける屍”と自嘲するフォックスは、強いられた人体実験を――それまでのネズミやサルを使った実験と同じように――精緻な手順で粛々と進めていくように見えますが、“生ける屍”のように流されるままだったフォックスはやがてそこから脱し、行動を起こすことになります。このあたり、冒険小説的なカタルシスを伴う展開*3である反面、“傍観者という怪物{ウォーキング・デッド}*4たるわが身を省みて、さらにはフォックスと立場を異にする人々の行く末を鑑みて、少々複雑な思いに駆られる部分でもあります。

 そこから物語は、これまた奇妙な味わいの終幕へとなだれ込み、最後の最後になって唐突に――半ば忘れかけていた(苦笑)――殺人事件の謎解きが行われるのがユニーク。(以下伏せ字)題名で暗示された(ここまで)真相もさることながら、事態に収拾をつけるための謎解きという扱いが興味深いところで、異色ではあるもののそこで謎が解かれることに納得させられるのが巧妙です。収まるところへ収まった結末はややあっけなくも感じられますが、最後の一行の余韻はお見事。

*1: 数万円は下らなかったように記憶しています。
*2: 「ピーター・ディキンスン『生ける屍』を読んだ - 真・立ち読み師たちの街」を読んで、改めて意識させられました。
*3: 個人的に連想したのはラリイ・ニーヴン『地球からの贈り物』だったりしますが。
*4: 岡和田晃氏の解説より。

2013.07.03読了  [ピーター・ディキンスン]

know  野﨑まど

2013年発表 (ハヤカワ文庫JA1121)

[紹介]
 “人は知るべきだ”――情報技術の革新を経て超情報化社会が到来し、人造の脳葉〈電子葉〉の移植が義務づけられた2081年の日本・京都。情報庁で働く官僚の御野・連レルはある日、情報素子のソースコードの中に隠された暗号を発見する。それを残したのは、御野のかつての恩師であり14年前に失踪した天才研究者、道終・常イチだった。暗号を解いた御野は、道終の真意もわからぬまま一人の少女を託されることになり、“すべてを知る”ために彼女と行動を共にする。その先に待っていたのは……?

[感想]
 デビュー作『[映]アムリタ』以来、主にメディアワークス文庫で作品を発表してきた作者の、ハヤカワ文庫初登場*1となる作品。作中の年代もはっきりと未来に設定され、現在とは大きく異なる社会の姿が描かれるなど、これまでの作品よりも“SF度”の高い一作となっています。もっとも、その手法はこれまでの作品の延長線上にあるといってよく、野﨑まどらしい味わいももちろん健在です。

 物語のテーマは題名の通り“知る”こと――ですが、本書で描かれている超情報化社会にあっては、作中でも序盤で言及されているように“知る”の意味合いが変化しており、半自動的に情報検索を行う〈電子葉〉の機能によって、“「最初から知っている」と「調べて知る」ことの差異はどんどん縮まっている。”(24頁)という状況。そのような、少なくとも現代に比べれば“知る”ことのハードルが下がった世界でさらに“知る”ことを追求する物語は、挑戦的といってもいいように思います。

 その主体となるのは、野﨑まど作品に付き物の“天才”――桁違いに高スペックの人物ですが、本書では情報庁でも屈指の情報処理能力を誇る主人公、御野・連レルからみても異次元レベルの人物であり、その凄まじい能力がどのように発揮されるのか、巧妙に描かれているのが大きな見どころ。デビュー作『[映]アムリタ』からほぼ一貫して、直接描くことが不可能な“もの”を読者に理解可能なレベルに“投影”して伝えることに腐心してきた感のある*2作者は、本書でもその本領を十分に発揮しています。

 とはいえ、中盤(「III. adult」)での危機的状況への対処などは、大いに見ごたえはあるものの少々疑問の残る部分もあります。(以下、一部伏せ字)例えば、銃弾の回避については人体の反射速度で再現可能な“解”が存在する余地があるとは考えにくいものがありますし、“門”についてもその人物の何を知ればその重大な決断を確信できるのか見当もつきません。(ここまで)まあ、あまり細かいところを気にしても仕方ないのでしょうが、裏付けのない“魔法”のように見えてしまうのは否めないところです――閑話休題。

 終盤(「IV. aged」以降)になると、物語は一気に加速しながら当初からはおよそ予想もつかないところまで進んでいきますが、そこに至る手がかり(伏線)は随所に配置されており、物語を組み立てる作者の手腕が光ります。そして、イメージとアナロジーを駆使した“飛躍”*3の末に明らかになる狙い――“知の果て”には圧倒されるよりほかありません……と思っていると、不意討ちのような「epilogue」の最後の一文に、思わず唖然とさせられつつも、やはり野﨑まどの作品であることを改めて納得させられます。前述のように若干気になるところはあるものの、快作といっていいでしょう。

*1: その後続けて『ファンタジスタドール イヴ』が刊行されています(未読)。
*2: 例えば、『[映]アムリタ』の感想には“常人には理解不能な凄さを間接的に読者に伝えようとする手法は、なかなか巧妙”と書きましたが、読んだ限りでは他の作品でも大なり小なり同様の手法が見受けられます。
*3: (ネタバレにはならないと思いますが)“輪を描いて回る炎の剣”の扱いなどは秀逸です。

2013.08.14読了  [野﨑まど]

Another(上下)  綾辻行人

ネタバレ感想 2009年発表 (角川文庫 あ45-8,9)

[紹介]
 夜見山北中学三年三組に転校してきた榊原恒一は、何かに怯えているようなクラスの雰囲気に違和感を覚える。クラスの中で不思議な存在感を放つ少女・見崎鳴に惹かれ、接触を試みる恒一だったが、彼女に対するクラスメイトたちの態度もどこかおかしい。そしてそれはやがて恒一自身にまで……。そんなある日、クラスメイトの一人が階段から転落して壮絶な事故死を遂げ、クラスは一気に恐怖に包まれる。危惧されていた不可解な〈現象〉――なぜか三年三組を数年おきに襲ってきた不幸な死の連鎖が、ついに始まってしまったのだ……。

[感想]
 とある田舎町の中学校を舞台とした学園ホラーであり、なおかつ第10回本格ミステリ大賞の候補作にも選出されて惜しくも一票差で受賞を逃した*1ホラーミステリの大作。漫画化・実写映画化・アニメ化と盛んにメディア展開されて話題を呼んだこともありますが、内容そのものももちろん堂々たる傑作といってよく、綾辻行人の新たな代表作というにふさわしい一作です。

 都会から転校してきた少年を主人公に据えて、“ボーイ・ミーツ・ガール”も絡めながら怪異を描いていくという、物語の骨格は王道といっても過言ではありませんが、目次にも示されている*2ように怪異にまつわるあれこれがはっきりと“謎”の形に仕立てられている――すなわち、“何が起きている/行われているのか?”を皮切りに、四つの“謎”順を追って浮かび上がってくる構成になっているのが興味深いところで、ホラーとミステリの融合という意図がしっかりと表れています。

 怪異――〈現象〉の発生と並行して、四つの“謎”を通じて〈現象〉の全貌が少しずつ明らかになっていくことで、その不条理さによる恐怖がじわじわと高まっていくのが印象的。一方で、本書を“特殊設定ミステリ”とみた場合、(例えば西澤保彦の多くの作品のように)特殊設定が最初に説明されるのではなく、“謎”として提示された特殊設定それ自体を探っていく形になっているのがユニークで、“特殊設定ミステリ”の困難の一つである“ルール説明”の煩雑さをうまく解消した、効果的な手法といえるでしょう*3

 もっとも、四つの“謎”は必ずしもミステリ的に解かれるわけではなく、どちらかといえば物語の軸はホラーに置かれている印象。〈現象〉――理不尽な死がもたらす直接的な恐怖はもちろんのこと、その〈現象〉に対処すべく(冷静に考えれば)常軌を逸した手段をとる、クラスメイトをはじめとした学校関係者の心理にも空恐ろしいものがあり、二重の恐怖が展開されているといっていいでしょう。クライマックスではさらに、『殺人鬼』を思わせる恐怖が加わっているところにニヤリとさせられますが……。

 前述のように基本はホラーであり、とある理由で推理が困難な状態にもなっているのですが、最後の真相については私見では十分にフェアに書かれており、注意深く読み進めて巧みに配置された手がかりを拾い上げ、その意味を正しく解釈すれば、少なくともクライマックスまでには解明も可能になっているのが見事。もっとも、強力なミスディレクションも含めた秀逸な仕掛けによって真相はしっかりと隠蔽されており、スリリングな結末に至って圧倒されるよりほかありません。読み終えてみるとやはり、実に綾辻行人らしい傑作。

 なお、去る2013年8月31日に本書を課題本として「エアミステリ研究会」読書会が行われました。当日の様子は「エアミステリ研究会 第28回読書会 綾辻行人『Another』」にまとめてありますので、興味がおありの方はご覧下さいませ。

*1: 選考結果については「第10回本格ミステリ大賞 結果」を参照。ただし選評をみると、“本格ミステリか否か”という点についてだいぶ意見が分かれたようです。(→ 「綾辻行人データベース Ayalist」内の「『Another』は本格ミステリでしょうか」を参照)。
*2: 文庫版では上巻となる「Part 1」What?............Why?、下巻の「Part 2」How?............Who?と、それぞれ題されています。
*3: このあたりは、三津田信三の(刀城言耶シリーズ以外の)一部の作品、例えば『禍家』などにも通じるところがありますが、本書ではさらにその“特殊設定”をもとにした“謎”が用意されているのが見どころです。

2013.08.17 / 08.23読了  [綾辻行人]
【関連】 『Another エピソードS』

水族館の殺人  青崎有吾

ネタバレ感想 2013年発表 (東京創元社)

[紹介]
 夏休み、向坂香織ら県立風ヶ丘高校新聞部の面々は、市内の穴場である丸美水族館を取材に訪れた。館長自らの案内で館内を回っていると、水族館の目玉の一つ、サメの巨大水槽で事件が発生した。首筋から血を流した飼育員が水槽に転落し、サメに喰われてしまったのだ。現場の痕跡から殺人事件と断定されたが、県警の仙堂と袴田が事情聴取していくと、容疑者である水族館関係者11人全員にアリバイが成立してしまう。事件解決を最優先にする仙堂は、アリバイトリック解明のため、やむなく裏染天馬に連絡を取ることに。かくして、卓球の試合の最中だった柚乃とともに現場へ向かう天馬だったが……。

[感想]
 鮎川哲也賞を受賞したデビュー作『体育館の殺人』に続く長編第二作で、題名からもお分かりのように前作と同じ探偵役が登場するシリーズ続編*1です。探偵役・裏染天馬をはじめ、前作で登場したキャラクターが掘り下げられている――柚乃の卓球の試合*2や天馬の家族の登場など――あたりが続編としての見どころですが、もちろんミステリ部分も前作に優るとも劣らず、実に見ごたえのある推理が展開される力作となっています。

 事件の舞台は学校から離れて地元の水族館に移り、およそ他では起こり得ない水族館ならではの事件、しかもこれ以上ないほど凄惨な事件が起きる発端のインパクトは、十分すぎるといってもいいでしょう。そして事件発生以降は*3、前作にも登場した向坂香織ら風ヶ丘高校新聞部の面々が事件に巻き込まれたことなどもあって、とんとん拍子に(?)探偵役の天馬が事件の謎解きに乗り出すという具合に、学校外での事件にも関わらず比較的スムーズな展開で読ませるのがうまいところです。

 さて、カバーのあらすじには“容疑者11人に強固なアリバイが……”とありますが、実際にはアリバイトリック自体は――現場の細かい状況に着目した天馬の鮮やかな推理が光るとはいえ――早々に解明されてしまうのが潔いというか何というか。しかも、この段階で容疑者を減らすわけにはいかないとばかりに、容疑者全員にアリバイがあったはずが一転、全員アリバイなしの状態までいってしまうあたりにも、謎解きのスタイルにこだわる作者の姿勢が表れているように思われます。

 しかし、アリバイトリックの解明が犯人の特定にまったく役立たないかといえばさにあらず。前作では一本の傘の“使い倒し”が眼目でしたが、本書でポイントとなるのは(アリバイトリックも含めて)“犯人が何をしたのか”。犯人の特定に直結する手がかりが見当たらない中、最終章で披露される天馬の推理は、様々な痕跡や小道具をもとに犯行前後の犯人の行動を細かく明らかにしていくもので、その結果としておなじみの消去法に使える手がかり――“犯人の条件”が浮上してくるのが圧巻です。

 容疑者が完全に限定されていることもあって*4、犯人の意外性に乏しいのは否めませんが、前述の“犯人の条件”も含めて推理のプロセス自体に再三のサプライズが仕込んであるのも大きな魅力。加えて、最後の最後に示される、奇抜な事件の背景に隠されていた凄まじい動機が強烈で、(好みは分かれるかもしれませんが)非常によくできていると思います。そこから印象的な“最後の一言”につながる結末も見事で、個人的には大満足の傑作です。

*1: 事件は独立しているので本書から読んでも問題ないとは思いますが、若干微妙な箇所がないこともないので、できれば前作から順番にお読みになることをおすすめします。
*2: 本筋にはまったく関係ないのですが、個人的には楽しく読みました。
*3: 事件発生あたりまでは、柚乃の卓球の試合と並行して話が進むこともあって、ややもどかしく感じられる向きもあるかもしれません。
*4: さらにいえば、容疑者全員が比較的均等な扱いになっている――あまり人物を掘り下げられることなく、またいかにも怪しそうな/怪しくなさそうな描写もない――のも一因でしょう。これはもちろん、読者に先入観を与えることなく、手がかりに基づいた論理的な推理を促すためなのでしょうが。

2013.09.03読了  [青崎有吾]
【関連】 『体育館の殺人』 『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』 『図書館の殺人』

八王子七色面妖館密室不可能殺人  倉阪鬼一郎

ネタバレ感想 2013年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 八王子市の一角にある、外壁を七色に塗られた奇妙な洋館〈七色面妖館〉。魔術の部屋、拷問の部屋、占星術の部屋、邪教の部屋、異端の部屋、死の部屋、そして名づけえぬ部屋と、倒錯的なテーマを持つ七つの部屋を擁する館で、各部屋に収められた財宝を目当てに訪れる、一癖ある客たちを恐るべき惨劇が襲う。密室状態だったはずの魔術の部屋で魔術研究家が刺殺された事件を皮切りに、連続する七つの不可能殺人。館主の依頼を受けた探偵・宵内初二は、事件の謎を解こうとするが……。

[感想]
 年に一度のお楽しみ、“倉阪流バカミス”の最新作。いつものように、その労力に頭が下がる膨大な〈○○〉と、苦笑を禁じ得ない“バカトリック/バカな真相”という、“倉阪流バカミス”を特徴づける柱は健在ですが、カバー袖の「著者の言葉」にもあるように*1、そこにこれまでのバカミスにはみられなかった新たな要素を組み合わせてあり、読後の印象がだいぶ違ったものになっています。が、それはひとまず置いておいて……。

 物語は「プロローグ」の“ある告白”に始まり、カットバックの本篇で〈七色面妖館〉を舞台にした七つもの“不可能殺人”が描かれていきます。が、“普通”の不可能犯罪ではないのが“倉阪流”。倒叙ミステリ風に犯行の過程が描かれる中にあって、犯人が弄するトリックは“いかに被害者を油断させて殺害するか”を目的とした、いわば被害者のみに向けたトリックであり、密室もまたその一環として“被害者に絶対安全だと思い込ませる”ために使われているのが、密室ものとしては異色です*2

 そのトリックは本来であれば、犯行の過程が描かれることで露見してしまうところですが、それを支えているのが“倉阪流バカミス”でおなじみの極度に制限された描写で、犯行場面でも分量が少ない上にやけに抽象的なために、何が起きているのか大筋では明かされていながらも、具体的なところはさっぱりわからない状態*3。結果として、読者に対しては(島田荘司氏がいうところのもの*4とはやや違うかもしれませんが)一種の“ホワットダニット”に仕立てられているのが面白いところです。

 この“ホワットダニット”に対して、解明のための“補助線”となるのが恒例の手間のかかった〈○○〉ですが、こちらがだいぶ慣れてきたせいもあってか、少なくとも事件の謎解きに関わる部分についてはかなりわかりやすいものになっている感があります。ある程度真相の見当をつけた上で、謎解きに至るまでをニヤニヤしながら楽しむのも悪くはないのですが、探偵・宵内初二による趣向を凝らした謎解きを十全に楽しむためにも、(本書に限っては)あまり気合を入れて探そうとしないのが吉ではないでしょうか。

 七つの“不可能殺人”の真相はあの手この手で苦笑を誘うもので、この“館”ならではのバリエーションという点でなかなかよく考えられています。そして謎解きの後にはある種のカタストロフが待っている……のですが、そこからがらりと雰囲気が変わるのが本書の特徴。インパクト勝負(?)とは違った方向へ向かう展開は、これまでの“バカミス”に慣れた読者としては戸惑いを覚えるところでしょうし、好みの分かれるところでもあるかもしれませんが、味のある作品になっていると思います。

*1: “かつてはミステリーとホラーの融合などということを私なりに実践してきましたが、手持ちのカードはほかにもたくさんあるつもりです。今回はそのカードを組み合わせて、新たな役を作ってみました。”(「著者のことば」より)
*2: 密室という“不可能状況”が、犯行以前に機能しているという点で。
*3: 平たくいってしまえば一種の叙述トリック(←本書に関してはネタバレにはならないと思います)なのですが、“隠して騙す”一般的な叙述トリックとは違ってミスリードも何もなく、ただひたすらに“隠す”だけのトリックとなっているのが独特です。
*4: 例えば「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音楽 » Blog Archive » 島田荘司講演会『本格ミステリーの定義と迷走について』@台湾・金車文藝中心 (2)」を参照。
 ちなみに、“フーダニット(Whodunit)”は“Who (had) done it?”(“Who'd done it?”)の短縮形で、間違いではないはずです。

2013.09.08読了  [倉阪鬼一郎]