ミステリ&SF感想vol.210

2014.03.26

パラークシの記憶 I Remember Pallahaxi  マイクル・コーニイ

2007年発表 (山岸 真訳 河出文庫 コ4-2)

[紹介]
 内陸にある村ヤムの男長の甥ハーディは、海辺の村ノスで女長の娘チャームと出会い、伝説の女性ブラウンアイズと同じ色の瞳を持つ彼女と恋に落ちた――少しずつ気候が厳しさを増し、作物の収穫も狩りの獲物も目に見えて乏しくなり始めていた。〈夢見〉によって先祖の記憶をたどろうとしても、およそ例のない危機に対策は見出せない。進んだテクノロジーを持つ地球人も、こればかりはどうしようもないらしい。そんな中、ノスの村へ交渉に赴く父ブルーノに同行したハーディは、チャームとの再会を楽しんでいたのも束の間、背中を刺されて海を漂う男の死体を発見する。罪の記憶が遺伝するのを恐れて、誰も犯罪など起こさないはずなのに……。

[感想]
 傑作『ハローサマー、グッドバイ』の、待望の続編……とはいっても、舞台こそ前作と同じ(地球とは別の)惑星ですが、前作の主役ドローヴとブラウンアイズがすでに伝説の存在となっている遙か未来(数百年から千年以上)の物語であり、前作にはなかった新たな設定も加わっていることで、若干の戸惑いを覚えるのは確かです。それでも、「訳者あとがき」“これは恋愛小説であり、ミステリ小説であり、SF小説であり、さらにもっとほかの多くのものでもある”*1とされているように、様々な要素が一つにまとまった物語の味わいは前作同様です。

 まず目を引くのはやはり、人々が先祖代々の記憶を持つという新たに導入された設定です。その記憶――〈夢見〉という儀式を通じて適宜“追体験”する〈星夢〉は、何世代も遡っていくのは必ずしも容易ではないものの、長い年月にわたって積み重ねられてきた生活の指針として何よりも重視されており、どこまで遡れるかで村の長(の家系)が決められ*2、また同性の親からの記憶のみが受け継がれるために村の中で男女が微妙に分離されているなど、社会の形態を規定している部分がある*3のが興味深いところです。

 さらに、自身の記憶が子孫に伝えられることが、犯罪(に限らず悪行全般)に対する強い抑止力にもなっている――にもかかわらず思わぬ殺人事件が発生してしまうという、SFならではの一種の“不可能状況”が非常に面白いところ。主人公ハーディ自身が心当たりのないまま命を狙われる事態*4も含めて、“誰が?/なぜ?”という強力な謎が物語を引っ張る原動力の一つとなり、前作よりもSFミステリ色が強くなっているのが大きな見どころです。

 前作では、ラストに用意された“SF史上有数の大どんでん返し”が大きな衝撃をもたらしましたが、本書の終盤から結末にはさほど大きな驚きはなく、誤解を恐れずにいえば予定調和的でさえあります。というのも、前作で秘密の一端はすでに明かされているわけで、本書はその“詳細な補足説明”という性格が強い作品といえるからです。加えて、自ら“結末から逆算してプロットを組みたてるタイプ”*5という作者のスタイルにより、逆に結末を――殺人事件の真相も含めて――予想しやすくなっているのは否めないところがあります。

 もっとも、本書の眼目はやはり、前作の衝撃的な結末で示唆された真相に理論的な奥行きを与えるとともに、それがいかにして“再発見”されるかを描くことにあるといってよく、結末から逆算して精緻に組み立てられたプロットは実に巧妙で、展開が予想しやすいのは決して瑕疵とはいえない――題名からしてかなり暗示的ではありますし――でしょう。少なくとも前作を楽しんだ方は必読の傑作、未読の方は前作からぜひ。

*1: 前作『ハローサマー、グッドバイ』の巻頭に付された作者の言葉、“これは恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説であり、さらにもっとほかの多くのものでもある。”をアレンジしたものです。
*2: 作中には、“ぼくの家系の男性の血筋は、はじまりの時にまで星夢で遡れるといわれています。(中略)それができるのは、この星のどこへ行ってもぼくたちだけだ、とみんながいいます。”(67頁)とありますが、“はじまりの時”から男親もしくは女親の血筋が続いているのはみな同じで、理論的には誰もが“はじまりの時”の世代の記憶を受け継いでいるはずなので、やはり遡る能力の問題だと思われます。
*3: 作中では明示されていませんが、前作に比べて文明が後退しているようにみえるのも、〈星夢〉を指針とするがゆえにそこからの逸脱(進歩)が好まれないことが、一因となっているのではないでしょうか。
*4: 物語中盤の、お気に入りの場所で〈夢見〉を行うハーディを狙った犯行などは、ハウダニットとしてなかなか面白いものになっています。
*5: 「訳者あとがき」より。

2013.10.17読了  [マイクル・コーニイ]
【関連】 『ハローサマー、グッドバイ』

イン・ザ・ブラッド In the Blood  ジャック・カーリイ

ネタバレ感想 2009年発表 (三角和代訳 文春文庫 カ10-5)

[紹介]
 相棒のハリーとともに早朝から釣りをしていたカーソン・ライダーは、ボートで漂流する赤ん坊を発見して救い出した。赤ん坊は何とか一命を取り留めるが、赤ん坊が海に流されたと思しき地域を探ってみると、焼け落ちた家の中に、銛で腹を刺された男の死体が。さらに、赤ん坊が収容された病院には、赤ん坊を狙う怪しい男たちの襲撃が相次ぐ……。一方、倒錯的なプレイの最中に変死した男が発見されるが、その正体が高名な極右のキリスト教説教師だったことから、事件は一大スキャンダルに発展し、カーソンらの捜査も困難をきわめる……。

[感想]
 アラバマ州モビール市警の刑事カーソンとハリーのコンビを主役としたシリーズ第五弾で、前作『ブラッド・ブラザー』と似たところのある題名ですが、内容に直接のつながりはありません。むしろ、前作でシリーズの大きな流れに一区切りがつけられたこともあってか、本書では過去への言及もほとんどなく、シリーズの新たなスタートといった趣もあるので、場合によっては本書から読んでもあまり問題はないかもしれません*1

 さて物語は、漂流していた赤ん坊を狙う不可解な事件と、極右の説教師のスキャンダラスな死を発端とする事件という、一見すると関係のなさそうな二つの事件が組み合わされた形になっています。巻末の解説で酒井貞道氏が指摘しているように、二つのプロットを並行して進めながらも“読者に混乱や退屈の暇を与えない”ところにカーリイの手腕が表れていますが、具体的には主人公であるカーソン自身の“ある変化”がクローズアップされることで緊迫感が高まっているのがうまいところです。

 もちろん、バラバラに見える二つの事件がどのようにつながるかが本書の眼目で、一方の筋はわかる人にはある程度わかる*2と思われますが、もう一方の事件とのつながりが――正確にいえば、つながりがあること自体は中盤で示されるものの、その意味するところが容易には見えなくなっているのが巧妙。このあたり、やや遠回りしているようにも思えますが、警察小説らしい地道な捜査を通じて少しずつ新事実が浮かび上がり、その積み重ねによって真相が次第にはっきりしてくるのが見どころといえるでしょう。

 二つの事件がどのようにつながるかが見え始めてからは、それまでの部分に配されていた様々な伏線が絡み合って収束していき、息をもつかせぬ怒涛の展開。表面に現れた事件だけにとどまらず思いのほか根深いものが掘り起こされ、何ともいえずおぞましい印象を与えているのが強烈ですし、カーリイお得意のどんでん返しが鮮やかに決まっているのもさすがで、最後までまったく目が離せません。

 謎解きとしてはやや物足りない部分もありますが、読者の目から真相を隠し通す手腕が光る作品。と同時に、いつになく後味のいい幕切れを迎えるところも含めて、カーリイの新境地といってもいいように思います。

*1: とはいえ、前作『ブラッド・ブラザー』で初めて明らかになった事実にさらりと言及されている箇所があるので、個人的にはシリーズ第一作『百番目の男』から順番にお読みになることをおすすめします。
*2: しかも、かなり早い段階で。

2013.10.24読了  [ジャック・カーリイ]

貴族探偵対女探偵  麻耶雄嵩

ネタバレ感想 2013年発表 (集英社文庫 ま20-4/集英社)

[紹介と感想]
 推理を使用人に任せる異色の探偵役“貴族探偵”が登場する『貴族探偵』の続編ですが、今回は女探偵・高徳愛香を全篇でゲスト(?)に迎えた連作で、探偵同士の(正しくは一方的な)ライバル関係が導入されたことにより、前作よりもややコメディ色が強くなっています。また、“探偵対探偵”ということで誰しも予想するところでしょうが、探偵同士の“推理合戦”――というよりも“多重解決”の趣向*1が大きな見どころで、“誤った解決”の引っくり返し方などにも工夫が凝らされています。

 ただし、前作と同様にロジックを駆使した推理に重きが置かれている……はずが、前述のように“多重解決”が採用されたことで、ほぼ同じ手がかりから複数の解決をひねり出す必要が生じたせいもあってか*2、(最後の真相はともかくとして)ところどころ推理に怪しげな部分が見受けられるのが残念。もっとも、気にならない方はあまり気にならないでしょうし、何より貴族探偵の設定が設定だけに、“推理が多少怪しかろうが事件を解決した者勝ち*3というスタンスが強調されているといえなくもない……かもしれません。

 もちろん、面白い部分やよくできた部分もあるのですが、個人的には楽しみながらもやや不満の残る一冊です。

「白きを見れば」
 友人・平野紗知の山荘に招かれた探偵・高徳愛香は、その地下にあるいわくつきの古井戸で、紗知の所属するゼミの後輩が殴殺されているのを発見する。現場に残された血の足跡などを手がかりに、誰が殺人犯なのか推理しようとする愛香だったが、そこには貴族探偵も滞在していたのだ……。
 女探偵・高徳愛香の初登場は、山荘に到着早々に事件に遭遇するというもので、その前途が懸念されるというか何というか。“誤った解決”を引っくり返す手際はなかなか鮮やかですが、若干微妙に感じられる部分もあります。ただし、単行本で見落とされていた推理の“大穴”はきっちり文庫版で修正され、より隙の少ない作品となっているのは確かです。

「色に出でにけり」
 中妻尚樹は恋人の玉村依子の別荘に招かれるが、そこには依子の家族の他に依子のもう一人の恋人・稲戸井遼一の姿もあり、さらに第三の恋人まで現れることに。そしてその夜、稲戸井が自殺に見せかけて殺害されてしまい、中妻に疑いがかかるが、依子の依頼を受けた愛香が別荘を訪れて……。
 “三人の恋人を持つ女”という状況が不穏な空気を……というわけでもなく、玉村依子の“自由な”キャラクターが印象に残る作品*4。ミステリとしては、“誤った解決”が少々強引なところを除けば、全体的にはまずまず無難という感じですが、最後に明かされる“ある真相”が面白いと思います。

「むべ山風を」
 とある大学で貴族探偵と出くわした愛香は、誘われて“光るキノコ”を栽培しているという研究室を訪れる。そこでしばしくつろいでいると、思わぬ事件が。給湯室の隣にある控室で、大学院生の一人が殺されていたのだ。被害者は、犯人と二人で紅茶を飲んでいる最中に殺されたらしいのだが……。
 よくよく考えてみると色々とよくできている作品ではあるのですが、分量の割に詰め込みすぎになっているのか、やけにごちゃごちゃしていたり説明不足な箇所があったりするのが残念。また、“誤った解決”がいささかお粗末にすぎるのも気になるところです。

「幣もとりあへず」
 願い事をかなえてくれる“いづな様”目当ての平野紗知に付き添って、山中の温泉宿を訪れた愛香だったが、別の客に付き添ってきた貴族探偵と顔を合わせる羽目に。付き添いの二人以外は儀式のために奥館に閉じ込められるが、翌朝、奥館の浴場で客の一人が殺されているのが発見された……。
 本書最大の問題作。サプライズも十分で、最後に示される真相にも説得力があり、傑作と評されてもまったくおかしくはないでしょう。しかし、多少はやむを得ない部分もないではないにせよ、推理の一部には(いかんともしがたい)無茶苦茶な飛躍があり、それを実に巧妙にごまかしてあるのが難点で、うまいのは確かですが本末転倒という印象も残ります。

「なほあまりある」
 正体不明の依頼人からの仕事で、個人所有の孤島を訪れた愛香は、そこで玉村依子と再会することに。さらに、島の所有者である具同家の人々に加えて、憎らしい貴族探偵の姿まで……。そして翌朝、滞在客の一人と料理人の死体が発見され、事件解決のために現場の痕跡を調べていた愛香は……。
 連作を最後に締める書下ろしの作品で、それらしい作りになっているのが見どころ。大きなインパクトこそありませんが、(とある理由もあって)手堅く感じられる推理も含めて、よくまとまっていると思います。事件解決後の結末も、かなり見え見えではありますが、オチというより(いい意味で)予定調和的な、見事なフィナーレといっていいでしょう。

*1: さらにもう一つ趣向が用意されているのですが、ここでは伏せておきます。
*2: パズラー的なロジック重視のスタイルで“多重解決”をやろうとすると、どこかに“甘い”(もしくは“緩い”)部分を作らざるを得なくなり、結果として“正しい推理”の説得力も低下してしまう(あるいは、“誤った推理”が露骨にお粗末なものになってしまう)きらいがあるので、あまり相性のよくない組み合わせではないかと思われるのですが……。
*3: あるいは、推理ドラマ『安楽椅子探偵』シリーズでの有栖川有栖の名台詞を裏返した、“犯人さえ当たれば痛くもかゆくもない”といったような。
*4: 本書の中で唯一、愛香が途中(事件発生後)から登場するせいもあるかもしれません。

2013.10.25読了
2017.02.23文庫版読了 (2017.02.26若干改稿)  [麻耶雄嵩]
【関連】 『貴族探偵』

星を創る者たち  谷 甲州

2013年発表 (NOVAコレクション)

[紹介]

「コペルニクス隧道」
 月面都市を結ぶ地下鉄道を建設するために掘削作業中の長大なトンネル、コペルニクス隧道。掘削に伴って生じる岩石屑を廃棄する圧送システムの効率が低下し、山崎主任とクリシュナの二人が原因究明のために現場へ赴いたが、そこで……。

「極冠コンビナート」
 火星の極冠にコンビナートを建設するため、各工事現場を覆うように作られた与圧ドーム。その一つで発生した不自然な二酸化炭素濃度上昇に気づいた立川主任だったが、原因を突き止める間もなく異変は次第に拡大していき、やがて……。

「熱極基準点」
 水星に大型射出軌条を建設するプロジェクト。その建設予定地で測量を担当する技術員の秋山は、許容範囲内ではあるものの明らかに偏りのある誤差を気にしていた。地殻が安定した水星では考えられないはずの地殻変動を疑った秋山は……。

「メデューサ複合体{コンプレックス}
 木星の大気圏に建設途上の巨大構造物、メデューサ複合体。その主構造材に想定外のひずみが見つかり、衛星アマルテアの支援基地から堂嶋主任が現場に乗り込む。過酷な大気圏突入を経てようやく到着したそこに待っていたのは……。

「灼熱のヴィーナス」
 金星で進行するプロジェクトの主要構造物、高度四万メートルに浮遊するカイトに、落雷による事故が発生した。地表面の現場で作業中だった重機械の整備士・埴田は、支援基地の当直勤務者に事故の情報を求めるが、何やら様子が……。

「ダマスカス第三工区」
 土星の衛星エンケラドゥスにあるダマスカス第三工区で事故が発生し、現場はすぐさま保安部の管理下に置かれ、情報が極度に制限された。そんな中、保安部の要請で山崎部長が現場を訪れるが、工事が進行していたダマスカス地溝{サルカス}には……。

「星を創る者たち」
――内容紹介は割愛します――

[感想]
 太陽系内の様々な惑星・衛星を舞台に、開発工事現場で作業に従事する技術者たちの活躍を描いた、〈宇宙土木〉シリーズの連作短編集。1988年に最初の三篇が「SF奇想天外」に掲載された*1後、2010年から2013年にかけてアンソロジー『書き下ろし日本SFコレクション NOVA』に三篇が収録され、さらに書き下ろしの表題作を加えて、初出から実に25年をかけてようやく一冊にまとまったシリーズです。

 まずは、「コペルニクス隧道」の月に始まり、火星→水星→木星→金星→土星(の衛星)と、天地創造の一週間になぞらえて*2次々と舞台が移っていく趣向が目を引きます。いずれも工事現場という点で似通った印象もないではないですが、例えば「コペルニクス隧道」では月の特殊な地盤と砂の特性が焦点となり、また「熱極基準点」では遥か昔に地殻が安定したはずの水星で地殻変動が疑われる*3など、それぞれの舞台特有の環境が物語と緊密に結びつけられているところがよくできています。

 それぞれのエピソードで、異変に対処する現場の技術者たちが、様々な困難を乗り越えて状況に応じた解決策を見出していくあたりは、ハードSFならではの魅力に満ちています。と同時に、いわば「プロジェクトX」風の――というのはいささか安直かもしれませんが――熱い“技術者魂”のようなものを感じさせてくれるのも大きな魅力で、技術的な問題以外の障害――例えば「灼熱のヴィーナス」での悪しき官僚主義との“対決”なども含めて、技術的なところがあまりわからなくても十分に楽しめる物語に仕上がっていると思います。

 「ダマスカス第三工区」までの六篇は、大筋で基本パターンを踏襲しているようなところも見受けられますが、書き下ろしの最終話「星を創る者たち」ではかなり違った形の物語が展開されているのが大きな見どころ。直前の「ダマスカス第三工区」の内容などから多少は予想できる部分もあるものの、そこからユニークな分析や推論によって*4明らかにされていく“真相”の行き着く先実には凄まじいもので、とりわけその途方もなく壮大なスケールには圧倒されるよりほかないでしょう。

 あまりにも話が大きくなっているがゆえに、本来であれば現場の技術者の手に負えるものではなくなってしまうところを、これまた意表を突いた展開に持ち込むことで、(少々都合がよすぎるように感じられる部分もないではないですが)それまでのエピソードと同じようにあくまでも一技術者の視点で物語の幕を引く、作者の力技には脱帽です。帯に“衝撃の結末に瞠目せよ”と謳われているように、(やや好みは分かれるかもしれませんが)まったく予想外の結末を堪能させてもらいました。

*1: これら三篇は初出が古いこともあって、本書収録に際して大幅に改稿されているようです。
*2: 「あとがき」を参照。
*3: 「熱極基準点」については、(以下伏せ字)実際には存在しない天体バルカンが登場している(ここまで)のも興味深いところです。
*4: 一つ気になるのは、331頁~332頁の(以下伏せ字)シミュレーションが不可能――その時点では太陽の異変は検出されていないはずなので――(ここまで)ではないかと思われる点ですが……。

2013.11.20読了  [谷 甲州]

奇動捜査 ウルフォース  霞 流一

ネタバレ感想 2013年発表 (ノン・ノベル)

[紹介]
 刺し傷だらけの死体には奇怪な“装飾”が施されていた。周囲にはフォークとナイフが散乱し、臀部の傷には定規が、そして腹部の傷にはマイクが突っ込まれていたのだ。さらに殺害現場のマンション六階の外壁には謎の足跡が。被害者は、伝説の演歌歌手・月我峰貴雄を讃える記念館のスタッフだったが、その関係者周辺では過去に不可解な自殺と心中事件が起きていた。やがて、リコーダーをくわえた髑髏や火星地表の人面岩を模した奇怪なオブジェが近隣に出現し、ついに新たな殺人事件が発生した――特殊装備満載の覆面パトカー〈狼炎号〉を駆る機動捜査隊の最厄コンビ・木羽と花倉は、事件の真相を追い求めるが……。

[感想]
 2007年発表の『夕陽はかえる』あたりから本格ミステリ(バカミス)とともにアクションにも力を入れ始め、『スパイダーZ』ではさらに警察小説のスタイル(一応)も取り入れるなど、だいぶ作風が変わってきた感のある*1霞流一の最新作は、やはりアクションにも重きを置いた本格ミステリ+警察小説ですが、主人公がストイックでダークな雰囲気の漂う『スパイダーZ』とは対照的に、破天荒で傍若無人な刑事コンビを主役に据えた派手で痛快な(?)作品になっています。

 その刑事コンビ、強面の木羽健介とマニアックな花倉正人は、いつも適当な報告で上層部をだまくらかすことから“アラフォーの狼少年”とも称される典型的な不良刑事で、強引かつアバウトな捜査を繰り広げる上に、覆面パトカー〈狼炎号〉に007さながらの特殊装備を勝手に施すなど、やりたい放題。機動捜査隊の“狼部隊(ウルフォース)”と仲間からも恐れられる(?)有様ですが、関係者たちとのやり取りや型破りな行動は(好みは分かれるかもしれませんが)なかなか愉快です。

 また、カルト的な人気を誇った演歌歌手(故人)という題材(?)も強烈で、例えば「ドーバー海峡冬化粧」のように外国を舞台にした〈ワールド演歌〉、あるいは「月面心中」や「UFOは寝て待て」といった〈イリュージョン演歌〉など、言及される曲のタイトルからして脱力ものですし、さらには記念館に展示されている様々なグッズなどがいちいち凄まじいB級感をかもし出しています。記念館に関わる関係者たちもそれぞれにくせのある人物揃いで、霞流一らしい“濃い”作品です。

 事件の方はといえば、発端から何とも異様な姿の死体が登場していますが、その“装飾”がはっきりした何かの見立てというわけではなく、さっぱり意味がわからないものになっているのが異色。物語が進むにつれてさらに数々の不可解な謎が浮かび上がり、怪事件が連打されていくものの、事件全体の構図がなかなか判然としないのが本書のポイントで、肝心のところで関係者の口が堅いこともあって、木羽と花倉の強引な捜査なくしては解決困難な状態となっているあたり、キャラクターに合致したプロットといえるかもしれません。

 事件がかなり無茶苦茶な様相を呈しているのをはじめ、全体的に雑然とした印象が拭えないのは確かで、そのためにミステリとしてひねくれた/面白い部分がやや目立たなくなっている感もありますが、終盤に明かされる“ある事実”には仰天させられましたし、事件の真相ももちろんよくできています。解決場面で恒例の消去法*2がないのがファンとしては少々物足りなく感じられますが、これはやむを得ないところかとも思われますし、それを抜きにしてもやりすぎと思えるほどのサービス精神に満ちた作品といえるのではないでしょうか。

*1: 2006年発表の『プラットホームに吠える』あたりまでは、“毎回動物をお題として、それに関する蘊蓄と裏テーマへの発展、奇怪な見立て殺人、豪快すぎて無茶ともいえるトリック、そしてロジカルな犯人の特定”『ウサギの乱』の感想より)といった要素が顕著でしたが、近年の作品ではお題の動物に関する薀蓄や裏テーマなどはあまりみられなくなってきています。
*2: 霞流一の大半の作品では、消去法による犯人特定――しかも時に趣向を凝らした――が採用されており、大きな見どころとなっています。

2013.11.30読了  [霞 流一]