ミステリ&SF感想vol.153 |
2007.11.24 |
『タイム・トラベラー』 『『クロック城』殺人事件』 『死者の靴』 『神のロジック 人間のマジック』 『風果つる館の殺人』 |
タイム・トラベラー 時間SFコレクション P.J.ファーマー 他 |
1987年発表 (伊藤典夫/浅倉久志 編 新潮文庫 フ-18-1・入手困難) |
[紹介と感想]
*1: 当時編集者として勤務していた(らしい)大森望氏の尽力によるところが大きいようです。
*2: 同様の設定のL.ニーヴン『時間外世界』の感想では“浦島太郎”になぞらえてみましたが、“浦島太郎もの”といってしまうといわゆる“ウラシマ効果”と紛らわしくなってしまいますし……。 *3: もちろん、他にどうしようもないのは理解できるのですが。 2007.10.24読了 [P.J.ファーマー 他] |
『クロック城』殺人事件 北山猛邦 | |
2002年発表 (講談社文庫 き53-1) | ネタバレ感想 |
[紹介] [注意] [感想] 第24回メフィスト賞を受賞した、北山猛邦のデビュー作。いきなり“世界の終末”が間近に迫っていることが説明され、〈ゲシュタルトの欠片〉なる幽霊らしき存在が出没し、それをボウガンで消滅させていく探偵のもとに『クロック城』から少女が訪れたかと思えば、その少女を〈真夜中の鍵〉とみなして狩ろうとする集団“SEEM”が現れ――と、序盤だけで何だか満腹になってしまうような設定が盛り込まれています。
その後も、“十一人委員会”だの“ドール家の遺伝子”だの〈インサイド〉だの様々な設定やガジェットが登場するのですが、その大半が主に雰囲気作りのためだけに導入されたように思えてしまうのが残念。実際のところは必ずしもそうでもないのですが、総じて説明/掘り下げが不足したまま終わってしまうので、いかにも“浅い”という印象を与えてしまうのは否めません。それでも、次の『『瑠璃城』殺人事件』にも通じる幻想小説的な雰囲気は、それなりの魅力を備えているようにも思われます。 本書の眼目ともいえるメイントリックについては、残念ながらあまり評価できません。発想には十分に見るべきところがあると思うのですが、やはり真相がかなり見えやすくなっているのが大きな難点です。このトリックについては、解説の有栖川有栖氏も “この作品には大胆な物理的トリックが登場し”(410頁)と記しているのですが、少なくとも本書に関しては“物理トリック云々”と喧伝されることは決して幸福なことではないように思います(*)。 本書のミステリとしての見どころはむしろ、そのメイントリックが解き明かされた後の怒涛の展開でしょう。思いもよらない真相が次から次へと暴露され、“誰が真の探偵役なのか?”も含めて“解決”の不安定さがスリリングな謎解きを演出しています。そして、最後の最後に明らかにされる真相は、これ以上ないほど奇抜にして凄絶。前述のようにメイントリックには難があるものの、読後は大いに満足させられました。好みの分かれるところはあるかもしれませんが、やはりよくできた作品であると思います。
*: といいながら、私も書いてしまいましたが……。
2007.10.28読了 [北山猛邦] |
死者の靴 Dead Man's Shoes H.C.ベイリー | |
1942年発表 (藤村裕美訳 創元推理文庫178-02・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『フォーチュン氏の事件簿』(創元推理文庫)や『フォーチュン氏を呼べ』など、レジナルド(レジー)・フォーチュン氏を探偵役としたシリーズで知られる作者の、もう一人のシリーズ探偵である弁護士ジョシュア・クランクが登場する作品です。フォーチュン氏が比較的オーソドックスな名探偵であるのに対して、クランク氏の方は必ずしも真実を暴くことを目的としていないなどかなり型破りな探偵役となっています。
本書でも、どこかうさんくさい雰囲気の漂う依頼人のために、死因審問を引っかき回してあいまいな評決を引き出すところから始まり、その後もなぜか助手を現地に送り込んで長きにわたって事情を探らせるなど、とらえどころのない活動を続けます。その間、一貫して“無残な死を遂げた不幸な少年のために”といった言葉を口にし続けるのですが、その真意が奈辺にあるのかつかめないまま物語は進んでいきます。 事件の方も、今ひとつはっきりしないものになっています。本書の発端から結末に至る一年余りの間、海辺の小都市・キャルベイ市を舞台に様々な人々が複雑な人間模様を展開した結果、物語も終盤になってようやく事件の様相が見えてくる有様で、決して退屈させられるわけではないのですが、かなり気の長い方以外にはおすすめし難いところがあります。 最後に示される真相は、まずまずといったところ。むしろ、それによって鮮やかに浮かび上がってくるある人物の真の姿が、何より強い印象を残します。そして、すべての狙いを達成して満足げな結末のクランク氏の姿も。というわけで、謎解きそのものではなく、それを通じて人間を浮き彫りにすることに重点を置いたミステリとして、なかなかよくできた作品といえるのではないでしょうか。 2007.11.03読了 [H.C.ベイリー] |
神のロジック 人間{ひと}のマジック 西澤保彦 | |
2003年発表 (本格ミステリ・マスターズ) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 西澤保彦が本格ミステリ・マスターズのために書き下ろした本書は、傑作『人格転移の殺人』に通じるところのある、アメリカ(らしき海外)を舞台に風変わりなクローズドサークル内での事件を描いた作品となっています。登場人物も語り手の“ぼく”以外は日本人ではありませんが、舞台が曲がりなりにも“学校”であることで多少なりとも万国共通な雰囲気があり、それほど取っつきにくいものには感じられません。
特に、“学校”としては少人数であることもあってか、生徒たち自身がパワーバランスのようなものを重視している節があり(*1)、結果として生徒たち個人の対人スキルとそこにつながる性格がクローズアップされ、登場人物の大半が日本人でないこともほとんど気にならなくなっています。 しかしその一方で、この〈学校〉という舞台の“学校”としての異様さが、やはり目を引きます。外部に対する閉鎖性、生徒の人数の少なさ、そして独特の“授業”――これらの異様さは当然ながら読者の興味を引きますが、当の生徒たち自身もそこに疑念を抱き、様々にディスカッション――いかにも西澤保彦らしい――を繰り広げるところが非常に面白く感じられます。 その〈学校〉が、新入生の登場を機に“動揺”がもたらされることでホラー/ファンタジー的ともいえる舞台へと姿を変え、やがて堰を切ったかのように惨劇が始まります。クローズドサークル内での連続殺人のサスペンスに加えて、事件の動機がまったく予想もつかないことによるホラー的な恐怖が、物語を非常にスリリングなものにしているところが秀逸です。 そして明かされる真相の衝撃は……とある理由(*2)でやや減じてしまったのが残念ではありますが、すべてを崩壊させてしまうその破壊力は実に強烈です。さらに、その後に待ち受ける何とも切ない結末が絶品。不幸な事情(*2を参照)のせいもあってか、さほど評価されていないような印象も受けるのですが、これは必読の傑作です。 2007.11.04読了 [西澤保彦] |
風果つる館の殺人 加賀美雅之 | |
2006年発表 (カッパ・ノベルス) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] J.D.カーのアンリ・バンコランものを下敷きにした、シャルル・ベルトラン予審判事が謎解き役をつとめるシリーズの第三弾。また、「あとがき――あるいは好事家のためのノート」に記されているように、横溝正史『犬神家の一族』へのオマージュ的な作品でもあります。
まず、最初の章である「ある鉱山王一族の歴史」において、舞台となる『風果つる館』とそこに住む大富豪一族の歴史が説明されていますが、奇怪な妻妾同居生活から迷路で起きた惨劇、そして現代の事件の発端となる女主人の臨終に至るまで、正直この章だけで満腹感のようなものを覚えてしまうほどの“コテコテ”ぶり。そしてそこから始まる物語は、前述のように『犬神家の一族』をベースにしたプロットに、得意の不可能犯罪を組み合わせたものになっています。 個々の事件については、真相の一部がやや見えやすくなっているところもあり、不可能犯罪ものとしてもそれほど感心できるものではありません。しかし、事件全体でみるとよく工夫されていると感じさせられる部分があり、特にフーダニットとしてはなかなか面白いものになっているのではないかと思います。また、事件の真相とともに明らかにされる犯人の特異なパーソナリティも印象的です。ただ、ベルトランによる解決の手順や説明には、少々疑問が残ります。 もう一つ残念なのは、小説としていかがなものかと思われるような描写が散見されるところです。例えば350頁〜378頁あたりでは、ある人物が地元の警察署長に対して重大な告白を行っているのですが、その場に(語り手であるがゆえに仕方ないとはいえ)パトリック・スミス(パット)が同席しているのは、立場上どう考えてもおかしいでしょう(*1)。また別の場面では、パットがある人物に “貴方からベルトランさんに頼んで”(462頁)と声をかけられるあたりから、その場にいるはずのベルトランを無視したままのやり取りが展開されています(*2)。プロットの都合による部分もあるかと思うのですが、もう少し何とかしてほしかったところです。
*1: そのために、告白者は同じ室内にいるパットをなぜか無視したまま、あまり大っぴらにできないはずの内容を堂々と語り続け、パットが横から口を挟んでようやく
“そこで初めて私の存在に気がついたらしい”(376頁)という、かなり無理のある状況になっています。 *2: 最終的には、後からその場に登場する別の人物が、同じことを直接ベルトランに頼み込んでいる(468頁〜469頁)始末です。 2007.11.08読了 [加賀美雅之] |
黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト/作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.153 |