「貴族探偵」はいかに改造されたか?

ドラマ第5・6話 「春の声」

2017.10.20 by SAKATAM

ドラマ「貴族探偵:第5・6話」と、原作「春の声」『貴族探偵』収録)のネタバレがありますので、未読・未視聴の方はご注意ください

第5・6話 「春の声」

放送日:2017年5月15日・22日
原作:『貴族探偵』の第5話「春の声」

○あらすじ

 貴族探偵の正体を探るべく、高徳愛香は玉村依子の紹介で、貴族探偵と懇意にしているという旧華族の大物・桜川鷹亮に会いにきた。折りしも桜川家では、鷹亮の孫・弥生の婿取りの儀式が行われることになっており、四人の花婿候補たちが雉狩りから帰ってきたところだった。儀式の合間に鷹亮との面会がかなった愛香は、早速貴族探偵のことを尋ねるが、そこに当の貴族探偵が現れる。儀式の立会人として呼ばれた貴族探偵とともに、自身も立会人をつとめることになった愛香だったが……。
 儀式の席上、雉を射止めた花婿候補・金山俊市が血を吐いて倒れ、床に“うつき”という謎の文字を書き残す。病院に運ばれた金山は毒を飲まされたことが判明し、生死は予断を許さない状態だという。そしてその夜、邸の別棟に宿泊した残りの花婿候補三人が、相次いで殺される三重殺人事件が発生する。しかし密室状態の別棟の中には、犯人の姿がなかったのだ……。


○登場人物・舞台・事件の概要

[主要登場人物対照表]
原作ドラマ
高徳愛香(武井咲)
玉村依子(木南晴夏)
豊郷皐月豊郷皐月(加藤あい)
桜川鷹亮桜川鷹亮(竜雷太)
桜川弥生桜川弥生(北香那)
愛知川愛知川真司(篠井英介)
愛知川友也(白洲迅)
金山俊市(忍成修吾)
高宮悟高宮悟(佐藤祐基)
水口佳史水口佳史(金井勇太)
尼子幸介尼子幸介(駒木根隆介)
市辺政史刑事
貴族探偵貴族探偵(相葉雅紀)
執事・山本執事・山本(松重豊)
メイド・田中メイド・田中(中山美穂)
運転手・佐藤運転手・佐藤(滝藤賢一)

 原作は桜川鷹亮の外孫・豊郷皐月の視点で描かれていますが、ドラマは基本的に女探偵・高徳愛香に焦点を当てて進んでいきます*1。桜川家からすると完全に部外者の愛香ですが、得体の知れない貴族探偵の正体を探るために、皐月と同じく鷹亮の外孫である玉村依子の紹介*2で、貴族探偵とつながりがあるらしい鷹亮に話を聞きにきた――という、ドラマ独自の設定を生かして愛香を自然な形で登場させる流れがよくできています。

 桜川家の主要な人物は、原作では鷹亮、弥生、皐月、そして執事の愛知川でしたが、ドラマでは愛知川の息子・友也が若き使用人として加わっています。友也と弥生の幼なじみ設定、しかも幼い頃に弥生を助けて大怪我をしたという友也の過去もあり、二人の間には主従の垣根を越えたロマンスの気配が漂い、それがドラマの中で「月9」らしい要素となっています。と同時に、友也の存在が愛香による“誤った解決”を支えているところも見逃せないでしょう。

 そして、原作では高宮悟・水口佳史・尼子幸介と三人だった弥生の花婿候補ですが、ドラマでは金山俊市が加わって四人の花婿候補となっているのが大きな違いです。そのため、ドラマ序盤では花婿候補たちの様子が――“蓬莱の雉”をめぐる婿取りの儀式もあって――“竹取物語”にたとえられることになりますが、金山が早々に“退場”した後の三人は、原作のように“三匹の子豚”になぞらえられています。

 また、原作の刑事が“マル貴”とは別にそのまま登場していたドラマ第2話「加速度円舞曲」ドラマ第3話「トリッチ・トラッチ・ポルカ」と違って、この第5・6話では原作で捜査を担当した市辺刑事の名前がなく、“マル貴”が捜査関係者の中心的な立場となっています。今回は、まだ事件性がはっきりしない段階で“マル貴”が呼ばれたこともあるでしょうが、次回以降の内容をみると、もはや原作の刑事は不要と判断されたということかもしれません*3

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 原作では花婿選びといっても特に儀式めいたところはなく、花婿候補たちが一週間滞在した末に、鷹亮が三日の期限を切ったところで殺人事件が起こり、解決はその二日後――といった具合に、ドラマに比べるとゆったりしたペースで事態が進みます。対するドラマでは、まず日取りの決まった婿取りの儀式(雉狩り)のために花婿候補たちが集まった節があり*4、その日に事件が起こり、翌日には解決されるというスピーディな展開です。これは、ドラマの都合ということもあるでしょうが、本来は“招かれざる客”である愛香が加わることを考えれば、当然の改変ともいえます。

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 ドラマではメインの三重殺人事件の前に、新たに加わった花婿候補・金山を狙った毒殺未遂事件が追加されています。初めての前後編となっているドラマの(殺人事件発生までの)間を持たせる狙いもあるでしょうが、原作にない事件、しかも原作の真相とうまく結びつかない事件が追加されることで、原作既読者からみても予想がつかない状況になっているところがよくできています。“うつき”という不可解な“ダイニング”ダイイングメッセージも、“「皐月」を「うつき」と読み間違えた”という鼻形の推理はともかく(苦笑)、第5話の終盤で“ドクウツギ”というそれなりに妥当そうな解釈*5を示しつつ、“弥生”(三月)と“皐月”(五月)の間の“卯月”(四月)の存在まで疑わせるようなところが巧妙です。

 そして、原作では執事・愛知川が、またドラマでは弥生が受ける水口からの電話で発覚する、三人の花婿候補たちが殺害された三重殺人事件では、細かい部分を除いてドラマも原作とほぼ同様ですが、現場となった別邸(ドラマでは別棟)の密室状況の違いが目を引くところ。原作では、水口からの電話の少し前に降り止んだ雪の上に足跡が残されていない、いわゆる“雪密室”であるのに対して、ドラマでは――単純に季節の問題もあるでしょうが――窓が内側から施錠されて玄関の扉にチェーンがかかった状態に変更されています。どちらも“密室”という点では同じですが、人の出入りの障壁となる現象が異なるために、推理も違ってくることになるのが見どころでしょう。

*1: ドラマでは、愛香(視点人物(に近い))と愛知川友也(弥生を支える役割)が加わったことで、物語の中での皐月の立場がやや微妙になっているところもないではないですが、その分、鷹亮の代理としての“女主人”的な役割が強調されている感があります。
*2: 当の依子は愛香との約束を忘れてドバイへ買い物に行った挙げ句、皐月にも“きっと依子さんがしっかり連絡していなかったんでしょうね”と見抜かれる、愉快な有様になっています。
*3: ドラマ第3話「トリッチ・トラッチ・ポルカ」では“マル貴”以外の刑事が“敵役”として必要だったので、原作の古川刑事をそのまま登場させた――そのための“地ならし”としてドラマ第2話「加速度円舞曲」でも原作の久下村刑事を登場させた――ということも考えられますが、いずれにしても、続くドラマ第7話(「ウィーンの森の物語」)、さらに第9話(「こうもり」と、原作で名前の出た刑事が不在となっています。
*4: 依子や皐月の口ぶりからすると、儀式で桜川家が慌しくなるのは“その日”だけだと考えられます。
*5: とはいえ、(部屋のゴミで示唆されているように、金山自身がドクウツギの毒を準備していたとしても)何者かに飲まされた毒が即座に判別できるとは考えにくいので、この時点では今ひとつしっくりしないところがあります。

○ドラマの愛香の推理

 今回、ドラマでの使用人の推理は原作にほぼ忠実なので、使用人の推理は後でまとめて検討することにして、まずはドラマでの愛香の推理について。

 水口殺しの凶器の指紋、尼子が右側頭部を殴られたこと、そして高宮が握っていたボタンから、事件は表面的には(鼻形が推理したように)尼子が水口を刺殺し、高宮が尼子を撲殺し、水口が高宮を絞殺した――という“円環殺人”*6の様相を呈しています。が、これが成立するはずがないのは、愛香の鼻形に対する反論の通り。

 その中で、弥生が“犯人”と推理した愛香は、その具体的な犯行の手順を、三人の花婿候補たちを順番に訪ねて、言葉巧みに殺し合うように仕向ける“操り”として、最後に生き残った水口を自らの手で刺殺した後に、水口から電話があったように装ったと結論づけています。弥生が三人を次々と殺していくのはさすがに無理があるので、“操り”による殺人にはそれなりに説得力がありますし、果物ナイフでの刺殺は比較的力がいらないという理由で、水口を最後に回してあるところもよくできています。

 実はこの部分では、愛香が弥生による“操り”の例として、水口に“高宮さんが水口さんを殺して、それを尼子さんのせいにしようとしている”と告げたと説明していたり、尼子が高宮を絞殺(ただし腕は交差していない)/水口が尼子を撲殺する再現映像が流されたりと、いずれも事件の表面的な様相とは“逆方向”の、後に使用人たちが解き明かす真相が示唆されているのが興味深いところです。

 しかし弥生を“犯人”とするには、事件の現場である別棟の密室状況が障害となるわけですが、そこで愛香は友也が“共犯”として密室を作ったという推理を示します。“密室が破られるまで内部に隠れていた”というトリック自体は陳腐で、別棟に入った一行の背後から友也が声をかけたところで見え見えなのは否めませんが、扉を破って玄関に入った運転手・佐藤をオブジェ越しに映すことで、(棒が一つ欠けたオブジェの手がかりを示すと同時に)オブジェの裏側(映像では手前側)に隠れるスペースがあることを示唆している(ように思われる)ところが絶妙です。

 密室を作ることができるのが友也しかいない一方、アリバイのある友也には殺害が不可能*7なので、弥生と友也の共犯だとする愛香の推理はそれなりの説得力を備えていますし、変事に弥生が関わっていることを危惧して――少し前まで別棟で花婿候補たちと一緒だったわけですから、当然といえるでしょう――いち早く別棟に走り、弥生をかばうために密室を作ったという流れも自然です。これについては、貴族探偵らが運転手・佐藤の到着を待って現場に向かう原作そのままの状況を利用して、友也が事後工作を行う時間的余裕をうまく確保してあるのも見逃せないところです。

 原作の“雪密室”の場合、犯行後(雪が降り止んだ後)には本邸から別邸までの道を誰も通っていないことになる*8――別邸から出るのはもちろん入ることもできないわけですから、ドラマで友也がやったような事後工作は不可能。実のところ原作の“雪密室”は、本邸にいた人物や外部からの侵入者を犯人とする“別解”をつぶすためのものと考えられる*9ので、そのままで多重解決に仕立てられるはずがありません。そこで、犯行後に別棟に侵入できる密室状況に改変するとともに、密室を構成するだけの“事後共犯”*10を用意することで“別解”を可能にした、多重解決のための改変が実によく考えられています。

 そして、貴族探偵が“妄想浪花節推理”と揶揄する*11愛香の推理によって、互いにかばい合う弥生と友也の心情が明るみに出され、「月9」的なロマンスを中心に据えた大団円に突入する、“雨降って地固まる”展開が見事で、原作にない“誤った解決”を追加するだけでなく、謎解きと物語を巧みに融合させて印象的なドラマに仕立てた手腕に脱帽せざるを得ません。さらにいえば、解決を誤った愛香にも結果オーライでさほど傷がつかないようになっている*12ところもよくできています。

 実のところ、愛香の推理はまったくの的外れというわけではなく、密室に限れば完全に正解ですし、実は殺人についても即座に否定されるようなものではない――実際にドラマでは、はっきりと否定はされないまま*13使用人たちの推理が始まります――ので、ドラマ第1話から第4話までの推理と比べてみると、ドラマを通じて愛香が少しずつ探偵として成長していることが、推理の中身で表現されている……のかもしれません*14

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 ちなみに、愛香の推理を否定する根拠としては、(合理的に考えれば)弥生が自ら手を汚す必要がないことが挙げられます。というのも、花婿候補たちの争いで二人が殺されてしまえば、残った一人は殺人犯――少なくとも容疑者として排除できるのは確実*15で、弥生の目的はすでに実質的に達成されているからです。つまり、三人のうち二人が殺されたことを確認したところで弥生が取るべき最善の行動は、残った三人目を自らの手で殺すのではなく、三人目が罪を逃れるための偽装工作を施したりする前に、直ちに通報することでしょう。

 それでも弥生が三人目を殺すとすれば――例えば水口を殺す場合には、尼子の部屋に誘い込んで刺殺することで相討ちを演出しようとするのが妥当で、そうでなければ、すでに殺された尼子の仕業だとわざわざ偽装する意味はない*16のですから、ナイフに尼子の指紋がきれいに残るような殺し方を選ぶはずがありません。そう考えると、残念ながら愛香の推理は成り立たないことになります。

*6: 原作では、同じ構図を口にした貴族探偵が、将棋の“煙詰め”(→「煙詰 - Wikipedia」)ならぬ“煙殺人”と表現しています。
*7: 弥生が水口からの電話を知らせてくるまで、愛香らと一緒にいたため。
*8: 本邸と別邸の間が“五十メートルほど”なので、綱渡りトリックはどう考えても無理です。
*9: 実際に原作では、弥生や皐月、果ては車椅子の鷹亮にまで(警察や皐月によって)一応は疑いが向けられているものの、本格的に容疑者扱いされるには至っていない、といっていいでしょう。
*10: 友也に犯行時のアリバイがなかった場合、“友也が三人を殺した”可能性を否定するのが難しくなり、使用人たちの推理にも支障を来すことになりかねません。
*11: 愛香の推理が終わったところでの貴族探偵の賛辞が、“Brava!”(女性に対するもの)ではなく“Bravo!”(男性に対するもの)になっているところに、誰に対する賞賛なのかが表れています。
*12: ドラマ第2話「加速度円舞曲」での結果と比べてみると、違いがわかりやすいのではないでしょうか。
*13: 友也は“別棟に入った時に水口がまだ生きていた”と主張していますが、“共犯者”の証言はそのまま採用できない上に、水口が弥生に電話をかけた証明にもならないので、否定材料とはなり得ません。
*14: この後、(愛香が推理しない第7話と第8話を挟んで)第9話、さらに第10・11話での愛香の推理をみると、制作陣にそのような意図があってもおかしくはないように思われます。
*15: とても共犯関係とはいえないでしょうし、殺人教唆にも該当しないと思われるので、口封じの必要もないと考えられます。
*16: “円環殺人”などという非常識な(?)“偽の真相”を演出するのは、誰も“真相”を見抜いてくれないおそれがあるので、考えられないでしょう。

○原作とドラマの使用人の推理

 順序が前後してしまいましたが、三人の花婿候補たちが殺害された事件の細かい状況は、おおむね以下のようになっています。

[1]水口殺しの状況
[1-1]背中を果物ナイフで刺されて死亡
[1-2]ナイフの柄には尼子の指紋があった
[1-3]額には二つのこぶがあった(原作では、片方は当日の朝に躓いて転んだ際のものとされる)
[1-4]死ぬ間際に“尼子が頭の左側を殴られて……”と電話をかけてきた

[2]尼子殺しの状況
[2-1]右側頭部を鈍器で殴られて死亡
[2-2]凶器は玄関のオブジェの右端の棒
[2-3]メガネがひび割れて灰皿の中にあった
[2-4]スペアのメガネをかけていた(原作のみ)
[2-5]灰皿の下に貴族探偵の名刺が敷かれていた
[2-6]灰皿には尼子の指紋がなく、高宮の指紋があった(原作のみ)
[2-6']灰皿には尼子の指紋がなかった(ドラマのみ)*17

[3]高宮殺しの状況
[3-1]脱衣場の紐で背後から首を絞められて死亡
[3-2]ボタンを握り締めていた(原作では右手/ドラマでは左手*18
[3-3]ボタンは水口のジャケットのもの(原作では右袖/ドラマでは左袖
[3-4]尼子の服を着ていた(原作のみ)

 前述のように、水口殺しの凶器の指紋から〈尼子が水口を刺殺〉、尼子が右側頭部を殴られたことから〈高宮が尼子を撲殺〉、そして高宮が握っていたボタンから〈水口が高宮を絞殺〉という具合に、一見すると“円環殺人”のように思われる事件ですが、使用人たちの推理によってそれぞれの殺人で施された犯人の偽装が暴かれていきます。

〈執事・山本の推理〉――高宮を殺した犯人は尼子
 背後から絞殺しようとすれば、紐を握った犯人の腕が交叉することになるので、高宮が右手左手で犯人の右袖左袖のボタンをもぎ取ることは不可能で、[3-2]・[3-3]は犯人の偽装ということになります。
 そして[2-3]から[2-6]/[2-6']の手がかりをもとにして――特に灰皿の移動を示す[2-5]と、尼子が手袋をはめていたことを示す[2-6]/[2-6']*19から、〈尼子が犯人〉と結論が導き出されます。[2-5]の手がかりについては、原作でも貴族探偵の罰当たりな奴め”という言葉で強調されており、もしかするとこれがドラマでの〈御前ヒント〉のきっかけになったのかもしれません。
 ちなみに原作の[2-4]スペアのメガネは、尼子のメガネが割れたのが撲殺された際ではない、ということを明示するためのものではないかと考えられますが、補助的な手がかりにすぎないので、ドラマで削除されても大勢に影響はないように思います。

〈メイド・田中の推理〉――尼子を殺した犯人は水口
 [2-2]から凶器の棒は右手で取られたと考えられるので、[2-1]で左利きの犯行に見えるのは犯人の偽装ということになります。
 [1-4]水口の電話が[2-1]死体の状況と矛盾することから〈水口が犯人〉とされているのですが、推理は妥当としても、この言い間違いは考えが浅いにもほどがあるのではないでしょうか(苦笑)
 ドラマではこの電話は弥生が受けたことになっているので、厳密にいえば、弥生にかかった容疑が完全に晴れてから――愛香の推理を否定してからでなければ証拠として使えないところですが、まあそこはそれ。

〈運転手・佐藤の推理〉――水口を殺した犯人は高宮
 凶器が小さな果物ナイフ、しかも犯人が水口を一度刺しただけで済ませているのは、ナイフの尼子の指紋を残すためだと考えられるので、[1-2]は犯人の偽装ということになります。
 ここで原作では、[3-4]尼子の服を手がかりとして、ナイフで刺した際の返り血に備えた〈高宮が犯人〉とされますが、この手がかりは露骨な上にいささか無理もあるせいかドラマでは削除され、いきなり〈高宮が犯人〉と結論が出されています。ナイフの指紋が偽装と判明した時点で納得できる結論ではあるのですが、(高宮殺し・尼子殺しと違って)高宮の犯行であることを積極的に示唆する手がかりがなく、犯行時に別棟が密室状態ではないこともあって、推理が微妙に危うくなっている感がないでもありません。

 三つの殺人の犯人が示された後、原作では最後に推理を披露した運転手・佐藤がそのまま、またドラマでは使用人たちを代表して執事・山本が、事件の全体像を解き明かします*20。ポイントとなるのは、ナイフで刺された水口が即死しなかったことによる、“内出血密室”ならぬ“内出血殺人”ですが、[1-3]二つのこぶの扱いに原作とドラマで違いがあるのが面白いところ。原作では、水口が当日の朝と同じように転倒したと勘違いし、刺されたことに気づかないまま尼子を殺害したと推理されますが、ドラマでは刺された際と絶命した際の二度倒れたことを示す手がかりとなり、“内出血殺人”という推理に説得力を与えています。

 かくして、最初に水口が高宮に刺され、次いで高宮が尼子に首を絞められ、最後に尼子が水口に撲られるという、当初の様相とは逆方向の“円環殺人”が完成します*21。“円環殺人”には前例が――知る限りで二つほど――ありますが、“(真相とは)逆回りの円環”から出発して推理を積み重ねることで構図が逆転するのがユニークですし、犯人たちが“ライバルを殺して、もう一人のライバルに罪をかぶせる”ことを狙ってそれぞれに偽装を施すことで、正逆両方の“円環”が描き出されることになるところもよくできています。

*

 ところで、ドラマでの(原作にはない)執事・山本のそして誰もいなくなったという言葉でおわかりのように、この作品(原作もドラマも)はアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』の系譜に連なる、三津田信三がいうところの〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉*22となっています……が、正直なところこの台詞が出るまでまったく気づいていなかったのがお恥ずかしい限り。それがなぜかと考えてみると、〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉に付き物となっている“内側”で進行中の事件の描写がなく、事件が終わった後の結果だけを見せられるからで、その意味で〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉としてはかなり異色の作品といえます。

 つまりこの作品は、(結果として(?))〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉の範疇に含まれるものでありながら、『そして誰もいなくなった』などとはまったく違った狙いに基づいている――具体的には、“内側”を捨てて“外側”にいる探偵に焦点を当て、真相の意外性もほとんど放棄して*23、“犯人不在”という一種の不可能状況を“どのように解明するか”に力が注がれているのであって、そこには麻耶雄嵩の一面が強く表れているようにも思われます。

*17: 執事・山本が言及するこの手がかりは、ドラマの中で明示されていない(メイド・田中によるまとめの中にも示されていない)ように思うのですが……。
*18: ドラマでは、高宮が左利きであることを考慮して改変されたものと考えられます。
*19: 原作にあった高宮の指紋がドラマで削除されたのは、あからさまに過ぎるからではないかと思われます(水口の部屋の灰皿には吸殻が入っているので、入れ替えたとすれば高宮の部屋の灰皿であることは確実です)。
*20: 原作では、一階に尼子・二階に水口・三階に高宮と部屋が分かれていましたが、ドラマでは隣り合った三つの部屋に改変されたことで、再現ドラマで三人の移動がわかりやすくなっています(最初の方は若干苦しいところがありますが)。
*21: 水口が即死しなかったのであれば、当初の様相のままの“円環殺人”も成立するのではないか――と考える向きもあるかもしれませんが、絞殺は撲殺に比べると長く力を入れ続ける必要があるので、ナイフで刺された水口が高宮を絞殺するのは無理でしょう。原作の場合はさらに、[2-4]スペアのメガネも補強材料となります(背後からナイフで刺されて倒れた水口は犯人に抵抗できないので、尼子のメガネがひび割れる機会がなくなる)。
*22: 以下の四つの条件で定義されています。
 一、事件の起こる舞台が完全に外界と隔絶されていること。
 二、登場人物が完全に限定されていること。
 三、事件の終結後には登場人物の全員が完全に死んでいる――少なくとも読者にはそう思える――こと。
 四、犯人となるべき人物がいない――少なくとも読者にはそう思える――こと。
  (三津田信三『作者不詳 ミステリ作家の読む本』講談社文庫下巻123頁)
*23: これは、犯人たちの偽装によって、真相とは“逆回り”とはいえ“円環殺人”の構図が早々に示されているところにもうかがえます。

○ドラマの結末

 原作でもドラマでも、“せっかく三つの殺人事件が起きたんだ”と貴族探偵の“鶴の一声”によって、三人の使用人たちがそれぞれ一つの殺人を担当することになっているのは同様ですが、ドラマではこの推理の分担にもう一つの意味を持たせてあるところが巧妙です。すなわち、使用人たちの推理の対象を限定することで、暗黙のうちに最初の毒殺未遂事件を推理の対象外として、巧みに愛香らの、ひいては視聴者の盲点に追いやっているところに注目すべきでしょう。

 しかして、事件が解決されて大団円を迎えた……と思われた後、愛香が桜川邸の庭にドクウツギを見出したところから始まる、ドラマ独自の結末が秀逸。ようやく金山のことを思い出して病院に駆けつけてみると、予断を許さない容態だったはずの金山はすでに退院し、鷹亮が名誉会長をつとめる医療法人傘下の病院には記録も残っていない――といった手がかりを入手した愛香や視聴者とは別に、桜川邸での貴族探偵と鷹亮との密談の中で、原作では漠然とした意図が存在する可能性にとどまっていた、鷹亮による花婿候補皆殺しの企みが暴露されるのが強烈です。

 原作での鷹亮は“場”を用意しただけで、花婿候補たちに対する貴族探偵の煽りが事件の直接の引き金になったともいえるので、その責の大半を鷹亮に負わせるような改変も(後から考えてみれば)理解できるのですが、配下の金山を偽の花婿候補として婿取りの儀式に送り込み、自作自演の毒殺未遂と意味ありげなダイイングメッセージ*24により、三人の花婿候補の恐怖と疑心暗鬼を煽って殺し合いを引き起こす企みは何とも凄絶。そしてその恐るべき企みを淡々と語っていく貴族探偵の、隠された“黒さ”をうかがわせるような表情も印象的です。

 ちなみにこの部分、視聴者には愛香が知った手がかりが見えているために、貴族探偵が推理しているようにも思えますが、貴族探偵がそれらの手がかりを入手したことは示されていないので、これまでの〈御前ヒント〉と同じように*25推理によらず真相に到達している、と考えるのが妥当ではないかと思われます。

 さらに、病院で目にした桜川家の紋章をきっかけとして、愛香が一年前の出来事へと思考をめぐらせていくと同時に、桜川邸での密談も貴族探偵が愛香に隠している“事実”に迫っていき、最後にはどちらも“喜多見切子の死”*26にたどり着く結末は実にスリリングで、今後の展開に興味を引かれずにはいられないでしょう*27

*24: 愛香は“ドクウツギ”と解釈していましたが、確かに自ら毒を飲んだ金山には毒の種類がわかっているものの、解読に時間がかかっていることを踏まえれば、ストレートに毒の種類を知らせようとしたとは考えにくいものがあるので、これも花婿候補たちの背中を押す演出の一環だと思われます。
*25: あるいは、『神様ゲーム』『さよなら神様』に登場する神様・鈴木くんへのオマージュともいえそうです。
*26: もっとも、第5話で愛香が鷹亮に呼ばれて話をする際に、鷹亮が切子のことを“優秀な探偵だ。それに、魅力的な女性だしね”現在形で語っていることから、最終話で明かされる真相をある程度予想していた方も多いのではないでしょうか。
*27: 続く第7話の予告での“確実に殺せ、鈴木という貴族探偵の一言で、麻耶雄嵩ファンにとどめを刺したところまで含めて、これ以上ないほど強力な“引き”となっています。

○まとめ

 初めての前後編となった今回は、多重解決の導入を利用して“「月9」成分”を組み込む巧みな改変にうならされたかと思えば、バランスを取るかのように最後に明かされる企みで“麻耶雄嵩成分”が補充されて、おそらくは誰も予想し得なかった“「月9」と麻耶雄嵩の融合”という空前絶後のドラマに仕上がっています。

 また、原作が貴族探偵に近い世界の物語ということで、そこに貴族探偵自身の秘密につながる足がかりが用意される――と同時に、ドラマ全体のもう一つの軸となる“師匠”にまつわる謎がついに表に出され、ドラマの雰囲気や貴族探偵の印象も大きく変わるターニングポイントとして、非常に重要なエピソードです。


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