すのものの「いろいろ」(その114)

回文>「白雉の地区は?」(はくちのちくは)

本文ナシ

2005-01-23 (0) 16:47:33 +0900

回文>「インコと懇意」(いんことこんい)

ドリトル先生とか。

2005-01-23 (0) 16:43:29 +0900

回文>「平行棒、恋へ」(へいこうぼうこいへ)

意味不明。

2005-01-23 (0) 16:41:14 +0900

回文>「君、並木?」(きみなみき)

並木は姓。

2005-01-23 (0) 16:39:50 +0900

回文(?)>「何波よ? ヨハンナ」(なんはよよはんな)

ラジオの放送局が複数の周波数を持っている場合、 その数を「三波もっている」のように言ったと思うのだが、 違っているかもしれない。 そして、その数を how many ... と聞くときは 「何波(なんは)」と言うと思うのだが、 違っているかもしれない。

2005-01-23 (0) 16:31:15 +0900

回文>「モニカはカニも」

本文ナシ

2005-01-23 (0) 16:30:04 +0900

回文>「辺見は明へ」(へんみはみんへ)

辺見は姓。明は昔の国の名。

2005-01-23 (0) 16:26:28 +0900

回文>「彼、誰か」(かれだれか)

本文ナシ

2005-01-23 (0) 16:25:33 +0900

回文>「田中のかなた」(たなかのかなた)

本文ナシ

2005-01-23 (0) 16:23:52 +0900

回文(?)>「数字とジウス」(すうじとじうす)

ジウスとはジュースのこと。 ヂウスなら田舎の食堂か何かで見た記憶があるのだが、 ジウスは実際にあるかどうか。それで「?」を付しておいた。

2005-01-23 (0) 16:21:49 +0900

現代国語の試験問題に web page の文章が出る日はくるか?

今年度のセンター試験で、 教科書に載っていた文章を出してしまったミスがあった。 そのことから考えたのだが、 無名の人の文章を出す手もあるのではあるまいか。 web page の文章が使われ、出典として URI が書かれる日も近いと思うぞ。 私は。

2005-01-23 (0) 16:16:59 +0900

旧暦だと、日が長くなってきたのがはっきりわかってから新年がくるのか……

ここ金沢では、冬至のころの17時はまっ暗だが、いまでは17時でもまだ明るく、 春が近づいているなと感じさせる。 旧暦ではまだ十二月であるから、 日が長くなってきたのを感じてから新年、というわけだ。

2005-01-23 (0) 15:44:51 +0900

回文>「君の子どもは? 鱧どこ? 呑みき。」(きみのこどもは……)

魚たちの会話、かな?

2005-01-23 (0) 15:40:15 +0900

回文>「ナイトに問いな」(ないとにといな)

ナイトは騎士の意味だが、チェスの駒の一つでもある。 キングを逆から読むと軍記になることを利用した回文は以前書いた。 クイーン、ビショップ、ポーンは逆から読めないから、 これでチェスの駒の名で回文に使えるものはすべて使ったことになる。

2005-01-21 (5) 20:39:33 +0900

回文>「クールなルーク」

ルークはチェスの駒の一つ。

2005-01-21 (5) 20:38:53 +0900

回文>「エノキ好くは白村江」(えのきすくははくすきのえ)

本文ナシ

2005-01-21 (5) 20:37:13 +0900

回文>「嫁取り止めよ」(よめとりとめよ)

本文ナシ

2005-01-21 (5) 20:36:28 +0900

回文>「嫁菜をなめよ」(よめなをなめよ)

本文ナシ

2005-01-21 (5) 20:35:46 +0900

回文>「斜め7」(ななめなな)

斜めに7が並んだ、と。

2005-01-21 (5) 20:30:14 +0900

回文>「冷気 凍てつく靴・定期入れ」(れいきいてつくくつていきいれ)

冷気で靴も定期入れも凍てつく、と。

最初は、「怜、聞いて、定期入れ……」(れいきいてていきいれ)というのを考えた。 怜は怜子の愛称。

2005-01-21 (5) 20:22:28 +0900

回文>「軽く来るか」「軽、くくるか」(かるくくるか)

軽は人名。

2005-01-21 (5) 20:19:58 +0900

回文>「元すし屋死すとも」(もとすしやしすとも)

本文ナシ

2005-01-21 (5) 20:18:52 +0900

回文>「なだめだな」

本文ナシ

2005-01-21 (5) 20:17:47 +0900

回文>「禁煙延期」(きんえんえんき)

禁煙を始めようかなと思ったが延期した、と。

2005-01-21 (5) 20:16:26 +0900

回文>「検査で産気」(けんさでさんけ)

検査に行ったら産気づいた、と。

2005-01-21 (5) 20:15:21 +0900

回文>「サルサ」「猿さ」(さるさ)、「サルサは去るさ」(さるさは…)

本文ナシ

2005-01-21 (5) 20:13:46 +0900

回文>「功徳」「口説く」(くどく)、「功徳で口説く」(くどくでくどく)

くどくてすみません。

2005-01-21 (5) 20:12:27 +0900

回文>「ルカスが黙るマダガスカル」(るかすがだまるまだがすかる)

ルカスは、普通ルカと呼ばれる、第三福音書・使徒行伝の著者名。 (本当にルカが書いたとは信じられていないが。)

パウロと一緒に船でローマへ向かうが、嵐にあって難破する。 そしてマダガスカル島まで流されてしまい、 さすがのルカも言葉が出なくなってしまった、 というようなことが想像されないか。 (難破するところまでは実際に使徒行伝第 27, 28 章にあることだが、 マダガスカル島まで流されはしない。 黙ってしまったから書いてない?!)

付)本当に発音に忠実に書けばルーカースである。

2005-01-21 (5) 20:02:10 +0900

回文>「世良、鳴らせ」(せらならせ)、「世良、減らせ」(せらへらせ)

世良は姓で、呼びかけているのである。 ほかにもまだまだ考えられる。

2005-01-21 (5) 19:59:48 +0900

回文>「金気なか」(かなけなか)

「なか」は方言。

2005-01-21 (5) 19:58:28 +0900

回文>「貸すんざんすか」「課すんざんすか」(かすんざんすか)

本文ナシ

2005-01-21 (5) 19:56:26 +0900

回文>「絹枝は生え抜き」(きぬえははえぬき)

本文ナシ

2005-01-21 (5) 19:54:28 +0900

回文>「『花形満、ルツ見たがな』は?」(はながたみつるるつみたがなは)

ルツは旧約聖書「ルツ記」に基づく女性名。 「がな」は方言。 こんな見出しはどうかな、と編集部で話し合っているところ。

2005-01-21 (5) 19:51:53 +0900

「ローマ字に翻字して」は romanize の訳語としてはわかるけど

いつだったか、岩波新書の大野晋「日本語の起源 新版」(岩波書店、1994 年) を読みかけた。 丸谷才一氏が朝日新聞でタミル語起源説について書いていたのを読んだときかも知れない。

その 31 ページに、 「ところがこの『ドラヴィダ語語源辞典』 は単語をすべてローマ字に翻字して英語で意味が書いてある」 とある。 ラテン字母を「ローマ字」と呼ぶこともあるから、 間違ってはいないのだが、なんだか気持ちが悪い。 日本語をローマ字でつづることもローマ字と言うからである。 例えば、広辞苑第五版の付録の「ローマ字のつづり方」とか。

ジーニアス英和は Roman alphabet に「ローマ字」という訳語だけをあげている。 国語辞典でも、そのような意味だけしか載っていないことが多いが、 だったら「英語はローマ字で書くのが普通である」と言えるだろうか。

2005-01-20 (4) 23:28:21 +0900

ジークフリートとグンターは一そうの舟で出かけて、帰りは別々に帰ってきた

一そうの舟で出かけて、帰りはグンターとブリュンヒルデが舟に乗り、 ジークフリートは飛んできたようだ。

ジークフリートも帰りの舟に乗っていたら、 そこでラインの三乙女と指環が接近するな、と思ったものだから。 《ラインの三乙女がジークフリートを水中に引き込んで指環を奪うのは不可能か》 に間違ったことを書いてしまったかと思って。

2005-01-20 (4) 23:03:08 +0900

クイズ>「ジークムントの元の名はヴェーヴァルト。ではジークリンデは?」

作中では語られていないように思えるが。

2005-01-20 (4) 22:25:58 +0900

「ワルキューレ」前半がすべてフンディングの妄想だった、というのは?

「さまよえるオランダ人」には、すべてはゼンタの妄想だったという演出があり、 また、オランダ人と父親がそっくりという演出もあると聞く。 では、そっくりなジークムントとジークリンデが登場する「ワルキューレ」 の前半を、すべてはフンディングの妄想だった、とするのはどうか。 例えば、妻が浮気をしているのではないか、との妄想とか。

2005-01-20 (4) 22:22:00 +0900

第一幕。 フンディングが自分の家へ帰ってきたところ。 ちょっと納屋にものを置いてから母屋へ向かうと、 そこにジークムントがやってきて、先に中へはいる。 外から様子をうかがうフンディング。 しかるべきところで中にはいる。 後半の愛の二重唱は、フンディングが見ているところで歌われる。 これらは全てフンディングの妄想であり、 第一幕と第二幕の間で、 妄想夫から逃れようとジークリンデは一人家を出る。 ヴォータンとフリッカの対話もフンディングの妄想で、それからいろいろあって、 第二幕終わりではフンディングは自分の子をみごもっている妻を槍で突こうとし、 そこを通りかかったワルキューレの一人ブリュンヒルデが彼女を救って……、 っていうのだと、あとが続かないよな。失敗。

2005-02-03 (4) 21:05:04 +0900

フンディングが大いびきで寝ているところで愛の二重唱、ってのはどうか?

「ワルキューレ」第二幕冒頭で二人がまだフンディングの家にいたら》 で書いたように、 第二幕をフンディングの寝室から始めるのはどうかと思ったのだが、 それには第一幕でもフンディングの寝室を描いたほうがわかりやすいだろう。 では、愛の二重唱そのものをフンディングの寝室で歌わせる、 ってのはどうだろうか? あるいは、風が吹いてきて寝室との間のドアが開き、 眠っているフンディングが見える、とか。

2005-01-20 (4) 22:20:44 +0900

ワーグナーの「指環」でも蛇から剣が出た、と言えないか?

「ラインの黄金」の初演の際、 幕切れに剣の動機が出るところで、 ワーグナーはヴォータンにファフナーの忘れていった剣を高く掲げさせたそうだ。 ファフナーはのちに大蛇に変身する。ということは、 蛇から剣が出た、とも言えそうである。 草薙の剣が思い出される。

ワーグナーの「指環」でも永遠の若さが蛇に奪われた、と言えないか?》 参照。

付)三種の神器に剣が含まれているのは知っていたが、 草薙の剣がそうだったのか……。

2005-01-20 (4) 22:19:00 +0900

指環>四作全てに登場する小道具はあるか?

四作全てに登場する人物はいない。 これは有名な事実だが、では、小道具は? 指環は 「ワルキューレ」には登場しない。

「ラインの黄金」の初演の際、 幕切れに剣の動機が出るところで、 ワーグナーはヴォータンにファフナーの忘れていった剣を高く掲げさせたそうだ。 これがノートゥングなら、ノートゥングは四作を通じて登場することになる。

2005-01-20 (4) 21:37:01 +0900

ジークリンデもブリュンヒルデの愛馬グラーネに乗ったはずだよな……

そのことをブリュンヒルデはジークフリートに告げてないような……。 「あなたのお母さんをかつてこの馬に乗せて助けたのです」とか、 「そのときあなたはお母さんのお腹の中にいたのです」 とか話してもよさそうに思えるが。

2005-01-20 (4) 21:28:30 +0900

ブリュンヒルデはジークリンデが死んだことをどうして知っているんだ?

「ジークフリート」第三幕第三場。 そりゃ観客にはわかっていることだけどさ。

2005-01-20 (4) 21:23:52 +0900

「同性婚」も「どうせ遺恨」もカナで書けば「どうせいこん」

発音は少し違うと思う。前者は「ドーセーコン」、後者は「ドーセイコン」。

2005-01-20 (4) 21:16:02 +0900

回文>「とっさにさっと」

本文ナシ

2005-01-20 (4) 21:15:29 +0900

回文>「乳母かばう」(うばかばう)

本文ナシ

2005-01-20 (4) 21:14:54 +0900

ちびまる子ちゃん>「まる子タラコを食べる」とかの楽屋落ちってないな

まる子を担当する声優が TARAKO だけど。

2005-01-20 (4) 21:11:29 +0900

タイムの記録が永遠に更新され続けるかどうかは測定の精度によるのでは

19日づけ朝日新聞大阪本社版スポーツ面「EYE西村欣也」。 《スポーツの世界で、速さを競う種目の記録は、 限りなく更新されていくのだろうか》という質問をある選手にしているのだが、 100 分の 1 秒までしか計らないと決まっていれば、 10.00 秒が世界記録である時点からあとたかだか 1000 回しか更新されないことは明らかだ。

そういう意味の質問でないことはよくわかっているのだが。

2005-01-20 (4) 00:57:25 +0900

朝日新聞>郷富佐子記者は 20 年前にイタリアの高校を卒業、奨学生だった…

19日づけ大阪本社版国際面「特派員メモ」はベネチアから、 タイトルは「仮面の思い出」、筆者は郷富佐子記者である。

20年前にイタリアの高校を卒業した時》とある。 少し前に 《朝日新聞>郷富佐子記者は《東京のカトリック系女子校》出身》 を読んだので、東京の高校の出身だとばかり思っていた。

「郷富佐子」を google で検索すると「卒業生名簿」が見つかるけど本人かな》 で言及したページでそのかたの小学校卒業の年を調べ、 その六年後の春に高校を卒業したと仮定すると、 この三月でそれから 20 年である。 同一人物である可能性が高まったと言えよう。

あとのほうには《奨学生の身で》とある。 カトリック系女子校から留学したということも想像される。

2005-01-20 (4) 00:46:33 +0900

Google で見つかるこのページに、 留学体験記が載っている。 私の想像はかなり違っていた。 第一に、 カトリックの女子校だったのでイタリアを選んだのかと思ったらそうではなさそうだ。 また、 留学先では英語を主に使っていたらしい。イタリア語の時間もあったようだが。

私の関心は、どのような経歴が郷富佐子氏をあのような unique な記者にしたかであったが、 これを読んで少しわかったような気がした。

なお、このページには顔写真も載っているが、 pdf ファイル内の画像のせいか、 Google のイメージ検索では見つけられないものである。

2005-01-27 (4) 00:33:51 +0900

サラ・リーマンさんっているかな

サラ Sarah が first name でリーマン Riemann が姓。

2005-01-20 (4) 00:30:11 +0900

回文>「澄ましにします」「須磨氏にします」(すましにします)

前者は澄まし汁にします、の意。後者の須磨は姓。

2005-01-20 (4) 00:26:24 +0900

神々のたそがれ>「神々のたそがれの動機」が最後に現れるときは重変ホ長調

終わりから 9 小節目から 8 小節目にかけて。 ヴォーカルスコアではここだけ突然シャープ系のニ長調に変わる。 その前の「ジークフリートの動機」は前半が変ト長調、後半が変ト短調なのに。 フルスコアでは、この動機を奏する楽器のうち、 バイオリンとビオラはニ長調だが、 フルート・オーボエは重変ホ長調になっている。 実は重変ホ長調だったんだ。 それなら、 変ト短調の下属調であるところの変ハ短調の平行長調だから、 納得がいく。

でも、なぜバイオリンとビオラだけニ長調に書き換えているんだろう? そりゃ、 そのほうが弾きやすいけど、それならフルートやオーボエだって。

2005-01-19 (3) 00:20:26 +0900

斎藤茂吉「万葉秀歌」(岩波新書赤版)の序を読む

数は先ず全体の一割ぐらいの見込で、 長歌は罷(や)めて短歌だけにしたから、 万葉の短歌が四千二百足らずあるとして大体一割ぐらい選んだことになろうか》。 どうも、「トートロジー」ということばが頭の中に浮かんでしかたがない。

田畔汽車中電車中食後散策後架上就眠前等々》とある中で、 「散策後」と読んではいけない。「散策 / 後架上」と切るのである。

付)1938 年の本だが、私の手元にあるのは 1968 年に改版されたものである。

付)上巻下巻とも同じころに改版しているが、 1948 年の改版は下巻のみである。 一般に上巻のほうが多く売れるから、上巻だけというならわかるのだが。

注) 岩波文庫の「万葉集」は短歌の総数を 4208 としている。 茂吉は確か旋頭歌からも選び出している。 旋頭歌は 63 あるそうだ。

2005-01-19 (3) 00:10:07 +0900

「駐車場に乳児頭部」と言われたら乳児の遺体の頭部だと思うだろう

  1. 大変です! 裏の駐車場で、乳児の頭部が発見されました!
  2. なに! すぐに警察に連絡だ!
  3. それよりも先に!!
  4. それよりも先になんだ?!
  5. その子が泣いてます。
  6. そんなバカな。首だけが泣くわけないだろう。
  7. いえ、胴体もついてます。
  8. 胴体もついてる?! 胴体もついていたって、死体が泣くわけないだろう。
  9. いえ、生きてます。
  10. 生きてる? ってことは、生きた赤ん坊が泣いている、ってことか?
  11. はい、そうです。
  12. だったら初めからそう言え。「乳児の頭部が」なんて言うから。
  13. 私が何か間違ったことを言いましたか?

けさの朝日新聞大阪本社版テレビ面で、石川テレビ朝8時からの 「とくダネ!」の丸囲みの3として「駐車場に乳児頭部」とあるのを見て、 上のような会話を考えついた。 テレビで放送されるのは、まず間違いなく、 遺体の頭部のみが発見された、という事件である。

2005-01-18 (2) 23:57:24 +0900

「みんな昔は子供だった」と「昔はみんな子供だった」の違い

前者は、 きょうづけ朝日新聞大阪本社版テレビ面「試写室」で取り上げられた、 フジ系のドラマのタイトルである。 これを、後者のように言い変えてみることを考えた。

前者は、一人一人について、ある時代が過去に存在して、 そのときその人は子どもだった、の意味であるのに対し、 後者は、ある時代が過去にあって、そのときにはみんなが子どもだった、 という意味になると思う。

for all と exists の順序を変えると意味が変わる例と似ていないか?

2005-01-18 (2) 23:36:39 +0900

指環>初めて全曲を聞いたのはベーム盤がFMで放送されたときだったか?

「ニーベルングの指環」の全曲を初めて聞いたのは、 ベームのバイロイトライブがレコード化され、 それが日曜日午後のNHK−FMの「オペラアワー」 で何週かにわけて放送されたときだったかと思う。 少なくとも、それを聞いたのは間違いない。 時間が余ると、 それでは時間まで来週お送りする**をお送りしましょう、 と予告編があったのでそれも録音した。 あのときは、テープが一本しかなかったので、 一週間くり返し聞いて上から次のを録音した。 そうして、前奏曲などの管弦楽だけの部分を集めたものを作ったんだっけ。

2005-01-18 (2) 23:31:49 +0900

第一幕幕切れを「ジークフリートのラインへの旅」の終結部に使う

あれは中学生のときだっただろう。 全曲レコードはもちろんのこと、抜粋盤を買うお金もありゃしないから、 FMで放送される管弦楽曲を録音してくり返し聞いた。 その中に「夜明けとジークフリートのラインへの旅」もあったが、 その後、全曲を聞いて驚いた。 序幕の終わりから、第一幕の幕切れへとつないでいたことがわかったのである。

2005-01-18 (2) 23:24:52 +0900

神々のたそがれ>グンターに化けたのにジークフリートの強さはそのまま?

大蛇に化けたファフナーは大蛇並みの強さになったし、 ひきがえるに化けたアルベリヒはひきがえる並みの弱さになり、つかまってしまった。 「ニーベルンゲンの歌」のせいもあって、 ブリュンヒルデは、相手がグンターだったら格闘で負けないように思えるのだが、 グンターに化けたジークフリートには容易に組み伏せられてしまう。

2005-01-18 (2) 22:50:13 +0900

神々のたそがれ>グンターに化けているジークフリートがなぜ角笛を吹く?

第一幕第三場の後半の始まりの部分。 グンターに化けたジークフリートが帰ってくると 「ジークフリートの動機」と「角笛の動機」が流れるが、 どうして角笛を吹いているんだ? ジークフリートであることがバレバレじゃないか?

ブリュンヒルデのひとり合点であることをオーケストラが示しているんだったかも、 と思ったのでヴォーカルスコアで確認した。 やはり Horn auf dem Theater だ。

吹かないと炎を越えられないんだろうか?  台本では炎の外で待っているグンターは描かれないが、 これが描かれることにして、 “じゃあ行ってくる” と身振りで示したジークフリートが角笛を口に当てるのでグンターが止め、 ジークフリートは “わかった、そうだった、角笛は‘なし’だった” と理解するのだが、進み始めるとどうしても角笛を吹いてしまう。 “うー、こりゃだめだー”と嘆くグンターがひとり取り残される。---

付) Horn auf dem Theater が終わったあともオーケストラは 「角笛の動機」の後半を奏し続ける。 これはブリュンヒルデの心の中を示しているのだろう。

2005-01-18 (2) 22:35:02 +0900

オペラの演出で、歌手がマイクに向かって歌う、ってありかな

たとえば「神々のたそがれ」第二幕第三場のハーゲンの呼びかけ。 現代の話に読み替えるなら、家臣を呼ぶ際にマイクを使うことも考えられる。 もちろん、実際には PA は使わず、客席には歌手の肉声が響くのだが。

角笛を吹く代わりにハーゲンはボタンを押してサイレンを鳴らしたりして。

2005-01-18 (2) 22:23:18 +0900

よく「テレビアニメ」というが、「ラジオアニメ」ってあるのかな

たぶんない。 映画のアニメとの対比で言っているんだろう。

2005-01-18 (2) 22:20:56 +0900

神々のたそがれ>夫の帰りに気づいたブリュンヒルデが甲冑をつけて横たわる

第一幕の終わり近く。 ジークフリートの角笛を聞いたブリュンヒルデは夫が帰ってきたと喜ぶが、 夫を驚かそうと、ワルキューレ時代の甲冑に身を包み、 横たわってじーっとしている、なんて演出はダメだな。

TVアニメ「サザエさん」の回想シーンで、 波平が新婚のノリスケの家に行くと誰もいない。 あがり込むとたんすから恥ずかしそうにタイコが出てきて、 「ノリスケさんかと思ったものですから……」と言う、 というのがあった。 夫を驚かそうと隠れたのである。

2005-01-18 (2) 22:19:18 +0900

「オレオレ詐欺」の言い換えとして「事故です詐欺」はどうかな

「事故です」と電話してくる詐欺だから「事故です詐欺」。

短い字句で完全に定義・説明することは無理なので、 「オレオレ詐欺」のままでゆくことも考えられると思うのだが、 あえて言いかえを考えてみるならば、と思ってときどき考えてみている。

2005-01-18 (2) 02:12:07 +0900

万葉集 1 の「籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち」がやっとわかった

「籠(こ)もよ」は「籠も」というものがあって、 それに「よ」がついていると誤解していた。 「み籠持ち」はそういう役目の人がいるのかと誤解していた。 「ふくしもよ」は「ふくしも」に「よ」がついていると誤解していた。 そのため、「みぶくし持ち」との関連が全くわかっていなかった。

そのあとの「そらみつ」はソラマメのあんみつみたいなものかと勝手に想像していた。

やっぱり辞書はひくもんだな。いろいろわかって賢くなる。

2005-01-18 (2) 02:06:23 +0900

創世記冒頭の天地創造の部分では、どこでどう日付が変わっているのか?

通勤途中などに読んでいる口語訳聖書だが、 年明けに黙示録を読み終え、また創世記に戻った。 こんどは、旧約はヘブル語聖書の順で読んでみようと考えている。

それはさておき、 創世記冒頭の天地創造の部分。 「夕となり、また朝となった。第 * 日である」 が六回くりかえされるが、 これと、 それぞれの前に語られた部分との関係はどうなっているのだろうか? たとえば、 第四日の段落では太陽、月、星が創造され、その次に上の句がくる。 普通に読めば、第四日にそれらの天体が創造されたあとに 「夕となり、また朝となった」がくるから、 第五日の夕と朝であるようにも読める。 しかし、その次に「第四日である」とあるので、なんだかおかしい。

ユダヤの習慣では日没をもって新しい一日が始まることに注意。 岩波版にはこの点について何の注もない。 TOB には夕から一日が始まる時期の編纂であるとの注があるのみ。

関根正雄訳(岩波文庫)を見たら、 「こうして夕あり、また朝があった」と訳しているので、 その創造が行われた日を振り返って記していることがはっきりした。

2005-01-18 (2) 01:02:26 +0900

z = z(x,y) の y を x で偏微分するっていったいどういうこと?

偏微分の記号であるところの丸い d を @ で代用して書くことにする。 ネット上のとあるところで、 @z/@x, @y/@x, @x/@z など、いろいろな偏微分をごちゃごちゃに用いている人を見た。 z を x, y の関数と見るなら @z/@x, @z/@y には意味があるが @y/@x には意味がない。 あるいは、y を f(x,y) = y で定義される関数と見れば、 それを x で偏微分したものは 0 である。

しかし、 z = z(x,y) を y について解いて y = y(x,z) としたものの x による偏微分を @y/@x と書くなら、それなりの意味はある。 この意味で @y/@x を計算するときは z を一定に保つことに注意。

z = z(x,y) が微分できて導関数が連続であると仮定すると、 これが y = y(x,z) と解けてそれが微分可能であるためには、 x を a にとめて考えた z = z(a,y) が y の関数とみて微分係数が常に正、 あるいは常に負であることが必要十分条件である。 a の値も動かすと、@z(x,y)/@y が常に正または常に負、とわかる。 そしてこのとき、 一変数の場合の逆関数の微分の公式から、 @y/@z = 1/(@z/@y) などの等式が成り立つ。 だから、@y/@z などを導入してもあまり意味はないのだ。

z = z(x,y) に y = y(x,z) を代入すると z = z(x,y(x,z)) となる。これは x と z の恒等式である。 x で偏微分すると 0 = @z(x,y(x,z))/@x + @z(x,y(x,z))/@y * @y(x,z)/@x となり、 @y(x,z)/@x = - @z(x,y(x,z))/@x / @z(x,y(x,z))/@y が得られる。 簡略記法を用いれば @y/@x = - (@z/@x) / (@z/@y) である。 (xyz 空間の中でグラフの接平面を考えてもわかる。)

2005-01-17 (1) 22:35:06 +0900

七進法なら 16 進数は存在する

七進の 16 は十進の 13 であり、13 は素数だから。

2005-01-17 (1) 21:38:23 +0900

偏微分の記号は何を一定に保つかは示せないことに注意

xy-平面上の関数 f(x, y) = x + y を考える。 偏微分の記号であるところの丸い d を @ で代用して書くと、 @f/@x = 1 である。次に、同じ平面に

で定義される座標 u, v を導入する。 だから、 f を u, v で書けば v となる。 よって @f/@u = 0 である。

x = u なのに @f/@x = @f/@u でないところが不思議だが、 @f/@x を計算するときは y を一定に保っているのに対し、 @f/@u を計算するときは v を一定に保っているところが違う。 f = v だったから、v を一定に保てば f も一定であり、 後者が 0 になるのは当然なのである。

(あるいは、こう考えてもよい。 x で偏微分するということは、 座標平面の上で水平に右に進みつつ、 関数の値の時間による変化を考えることである。 それに対し、u で偏微分するということは、 v = x + y を一定に保つのだから、 斜め右下に 45°下がりで動くことを意味する。 よって、意味は全く異なる。---)

以上はよく知られた事実だと思うが、 この一見奇妙な現象の原因が 「記号 (@/@x) は何を一定に保つかは示せない」という点にあることと、 上に示した最も簡単と思われる例をメモしておくために、本項を書いた。

2005-01-17 (1) 18:14:10 +0900

自分の子が受験するときは入試に関わらないことを文部科学大臣は知らない?

ネット上の読売新聞のニュースなどによると、 文部科学大臣が 《センター試験関係者には、 自分の子が試験を受けているぐらいの当事者意識を持ってもらいたい》 と注文をつけたそうである。

普通、自分の子が受験するときは入試関連の仕事はしないものだ、 と聞いたことがある。大学だけでなく、一般に、 そういうときは仕事を辞退する、あるいは半ば強制的にはずされる、 というのである。

もしそうなら、 「自分の子が試験を受けているぐらいの当事者意識」 を持ったらセンター試験に関係する仕事はできなくなるのではないかと思われるが、 そういう意味の発言ではないのだろう。

タイトル行に書いたような疑問を一瞬いだいたが、そうではないと思いたい。

2005-01-17 (1) 17:37:11 +0900

セ試監督員の親に対し(子になりすましての)オレオレ詐欺、も考えられる

新聞やインターネットを見ると、きのう・おとといのセンター試験で、 いくつかの試験監督上のミスがあったようだ。 それを悪用し、監督員の親などにオレオレ詐欺、というのも考えられる。 「試験監督でミスをしてしまった。 発覚すると大学にはいられなくなり、研究者としての生命を絶たれるかも知れない。 受験生の親はいくらいくらで手を打つと言っているので振り込んでほしい」 などと言うのである。 うまくいったら、 「親戚に新聞社の編集委員がいるそうなので口止め料が必要」 などとさらに振り込ませようとする。

付) すでに報道されている事件をセ試に置き換えただけで、 私のオリジナリティーはありません。 また、決して、このような行為を推薦したり、奨励したりするものではありません。

2005-01-17 (1) 16:43:29 +0900

「オレオレ詐欺」を言いかえるとして「パニック詐欺」はどうかな

短い字句で完全に定義・説明することは無理なので、 「オレオレ詐欺」のままでゆくことも考えられると思うのだが、 あえて言いかえを考えてみるならば、と思ってときどき考えてみている。

詐欺にはいろいろな分類法があると思うが、 「なぜ被害者がだまされるか」で分類すれば、 「オレオレ詐欺」の特徴は被害者がパニック状態になることにあると思う。 落ち着いていれば、 まずは電話などでほんとうに事故があったかどうかを確認するはずだ。 それをせずに振り込みに走ってしまうのは、パニック状態にあるからだろう。

では、被害者がパニック状態にあることを利用する詐欺には、 ほかにどんなタイプのものがあるだろうか?

付)パニックということばの厳密な定義は知らないのだが、 「いま急いでこれこれをすればこんなに得をする」 と思い込んで大あわてするのも含む?

2005-01-17 (1) 15:55:26 +0900

「オレオレ詐欺」を言いかえるとして「架空事故詐欺」はどうかな

起きていない交通事故が起きたことにして保険金を詐取、 というようなケースも含まれるように思われるのが欠点。

「ニセ事故詐欺」とすれば音節数は一つ減って四になり、 「オレオレ」や「振り込め」と同じになる。

短い字句で完全に定義・説明することは無理なので、 「オレオレ詐欺」のままでゆくことも考えられると思う。 あえて言いかえを考えてみるならば、と思ってときどき考えている。

2005-01-17 (1) 15:30:27 +0900

回文>「『立て!』『ばてた……』」(たてばてた)

本文ナシ

2005-01-17 (1) 15:25:56 +0900

歴史的かなづかい回文>「人妻にまづ問ひ」(ひとづまにまづとひ)

最初はこれと前項とを組み合わせ、 「クナについて人妻にまづ問ひていつになく」 (くなについてひとづまにまづとひていつになく) とするつもりだったが、「問ひて」は文語であろう。 それとクナの組み合わせがやや強引な気がするし、 分けられるので、分けた。

2005-01-17 (1) 15:21:55 +0900

回文>「クナについて、いつになく」

クナは大指揮者クナッパーツブッシュの愛称。

2005-01-17 (1) 15:17:06 +0900

旧かなづかい回文>「紫の上、雹退き去らむ」(むらさきのうへ……)

「雹」は昔は「へう」だと思われていたが、 最近は歴史的かなづかいでも「ひょう」であるべきだ、ということのようである。 タイトル行で「旧かなづかい」としたのはそのためでもある。 文語訳聖書の 1980 年以前の版では「へう」、 1982 年版では「ひょう」であることについては 「聖書の誤植」のページに以前から書いている。

「退き去る」という動詞の組み合わせがあるかどうかは知らない。 でも、あっても不思議はなさそうである。

2005-01-17 (1) 15:13:56 +0900

文語文回文>「汝がリフの振り仮名」(ながりふのふりがな)

リフは(たとえば)「立」の字音かなづかい。 全体は「あなたのリフのふりがなが」ぐらいの意味。

2005-01-17 (1) 15:06:55 +0900

受験時に写真照合する人が見ると吹き出してしまいそうな顔だったら

タイトル行は二つの意味があるように書いた。 (というか書いたらそうなってしまった。)

私が大学を受験したときの経験では、 試験室の入り口で受験票の写真と顔の照合があった。 その際には係員の顔をまっすぐ見るわけだが、 その係員がおもしろい顔をしていて、 見ると吹き出してしまいそうだったら困っただろう。

逆に、 写真照合する人が吹き出してしまうようなおもしろい顔をした受験者もありえる。

“おもしろい顔”というのは失礼な表現かもしれないが、 ちょっと誰かに似ていて、 「そのことを考えて笑ってはいけない」と思うと余計に気になって、 というようなことは十分にありえる。

2005-01-17 (1) 15:03:34 +0900

受験しなかった志願者を合格させてしまう事故 / それを防ぐ工夫

何年か前だと思うが、 受験しなかった志願者を合格にしてしまった大学があった。 「内申書などのほかの資料から判断して十分な学力があると認められる」 とあとから理屈をつけたように記憶している。

いったん入学させてしまったら合格を取り消せないとは思うが、 入学時に「私は志望して本学の入学試験を受験し、合格しましたので入学します」 との誓約書を出させれば、 もしも受験しなかったことが判明した場合には入学を取り消せるかもしれない。

このような事故を防ぐには、 試験の際に監督員が出欠をしっかり確認するのが一番だと思うが、 試験中に受験票にハンコを押して受験した証拠にすることも考えられる。

2005-01-17 (1) 14:49:51 +0900

きょうの補筆箇所

2005-01-17 (1) 01:49:56 +0900

ちびまる子ちゃん>お正月スペシャル(?)の温泉へ行く話

前々回、すなわち新年一回目の、 クラスのメンバーが花輪君に招待されて熱海の温泉へ行く話。

その1. 利用した東海道本線の普通列車の座席は向かい合って固定されているタイプ。 ちびまる子ちゃんの舞台である 1970 年代(だったよな)には、 窓の下に灰皿がついていたはずだが、 それは描かれていなかった。 現在ではたぶん全車禁煙なので、それに合わせたものだろう。

その2. まるちゃん、たまちゃんはそれぞれ家族も参加したので、 家族単位で部屋に泊まっていた。 たまちゃんのお父さんにしてみれば、 久しぶりに娘と同じ部屋で寝るわけで、 「たまえの寝顔を撮ったぞ!」 とか言いつつ写真を写しまくったのではあるまいかと想像されるが、 何も描かれていなかった。

その3. 永沢君は家が火事になったという設定なので、親に電車賃を出してもらえない。 あきらめるところだったが、花輪君と一緒にヒデじい(←この字であってるかな) の自動車で行くことになった。 しかし、帰りは電車に乗っていた。 片道分の代金なら出せたということか。 両親にお土産を買って帰るという話にもっていきたかったのはわかるが。

2005-01-17 (1) 01:11:39 +0900

西鹿児島駅が改名したのは新大阪のような駅だとの誤解を避けるため?

九州新幹線開通に伴って西鹿児島駅が「鹿児島中央」に改名したのは、 新大阪のような、町の中心にはない新幹線の都合でできた駅、 との誤解を避けようという意図もあったのではあるまいか。 つまり、新幹線で鹿児島市へ行こうとする人が、 「新幹線で西鹿児島まで行って在来線に乗り換えて一駅」 と思わないように、という配慮である。 在来線だけだったときは、 鹿児島本線の特急列車が西鹿児島どまりであることで、 その誤解は避けられていたと思われる。

2005-01-17 (1) 01:06:14 +0900

落語「時そば」で、まねして失敗した人はそのあとどうなったか?

前項で述べた小さんのでは、 その晩すぐにまねしたかったが小銭がなくてできず、 翌日は早くから小銭を用意して宵のうちからうずうずしていた、 というような設定になっていた。 それは、前日の人は「九つ」にやったのを「四つ」にまねして失敗する、 というところの伏線になっているのだが、 失敗したあとはどうなったのだろうか。 小銭をわざわざ用意したぐらいだから、 細かいのは十六文ぎりぎりしか持っていなかったのではあるまいか。 あのまま払うと全部で二十文になる。 二十文持っていなければ、小銭が足りなくなって気がつくはずだ。

……っていうようなことを考えるのは野暮だな。

2005-01-16 (0) 23:58:24 +0900

小さんが「時そば」の下げのあとに「余計に払ってしまいました」と付加

先週の日曜日のNHK「ラジオ名人寄席」 で小さんの「時そば」が放送されたが、 普通の下げのあとに「余計に払ってしまいました」と “説明”がついていた。 (「余計に」だったかどうかははっきり覚えていない。 別のことばだったかもしれない。)

お正月の寄席にはふだんあまり寄席にこない人もくるから、 そういう人にもわかりやすいネタとして「時そば」もよく選ばれる、 という解説があったので、下げもそうなっていたのかもしれない。 (お正月の寄席での収録と言っていたかどうかは忘れた。)

2005-01-16 (0) 23:48:58 +0900

「差別語言い換え」と同音の言い換えをしたら「差別的」と言われる?

「str1 は差別語だから str2 と言い換えなければならない」 ということが頭にこびりついていると、 str1 を substring として含む言葉の中の str1 を str2 で置き換えて言ってしまう可能性があるような気がする。

それには差別語 str1 は含まれていないのだが、 聞いた人が容易に str1 を思い浮かべる場合、 やはり差別的だと言われるだろう。

2005-01-16 (0) 23:10:03 +0900

回文>「稲島のまじない」(いなじまのまじない)

「稲島」は架空かもしれない姓。 「伊那島」とか「伊奈島」といった書き方も考えられる。

2005-01-16 (0) 23:05:41 +0900

メガネのフレームにカメラと送信機が隠せるとカンニングに使われるだろうな

きちんとした試験では、 試験時間が終了するまでは、 たとえ「放棄します」と言っても受験者を外に出さない。 問題がもれると不正が起こるかもしれないからである。 でも、メガネのフレームにカメラと送信機が隠せる時代になると、 試験開始直後に全部の問題に目を通しているようなふりをして問題を撮影し、 それを外部に送る者が出てきそうな気がする。 (スイッチは枠のどこかに隠しておき、 ずり落ちかけたメガネをあげるふりをして押すのである。)

2005-01-16 (0) 23:02:44 +0900

携帯電話のバイブレータを利用してカンニングするやつが出てきたら困るな

機種によっては、 メール受信時の振動のパターンを発信アカウントによって変えることができるらしい。 これをももや腹などに隠しておけば、 外部から誰かが情報を伝えることができる。 たとえば、このパターンだったら 0, このパターンは 1 として、 二進法を利用して数値データを送ることは簡単だ。 これが、センター試験のような、 数字や記号を選択する方式の試験でカンニングに使われるようになると困るだろう。

(情報を送る側は、 それら複数のアカウントからしかるべき順番でメールを送るのである。)

注:決してこのような不正を奨励しているわけではありません。

補: 携帯電話の「マナーモード」のバイブレータは、 実際には音がするのでバレてしまう可能性が高い。 携帯電話よりももっと小さな受信機で、 音が小さくてバレにくいものを作るのは可能だろう。 それを、身体の各所に何個か貼りつけておく。 そして、左ひざのが振動したら「1」、 右の脇腹だったら「2」、右ひざなら「3」などと決めておけば、 より短時間で数字を伝達することができる。 ……と考えているうち、「六三除け」の図を思い出してしまった。 それは全身像に「一」から「九」までの数字が丸囲みで書かれているもので、 数え年 mod 9 の箇所に治りにくい病気が起きていたらそれは 「六三」であって、「六三除け」をすれば治るというのである。 上にあげた「1」「2」「3」の位置は女性の場合であり、 男性では左右が逆になる。 お寺でくれる暦に載っていたもの。

付:もしも上のようなカンニングが行われた場合、 「途中の計算を全くしていないのに答えの数字だけを記入している受験者がいる」 として発覚するであろう。

2005-01-16 (0) 22:45:39 +0900

回文>「つくる会 --- 怒る靴」(つくるかいいかるくつ)

本文ナシ

2005-01-15 (6) 20:08:27 +0900

きょうの補筆箇所

2005-01-14 (5) 01:45:59 +0900

「かへり見すれば月かたぶきぬ」の「かへり見すれば」

万葉集巻一、48 番の歌。作者は柿本人麿。 上の句は「ひむがしの野にかぎろひの立つ見えて」である。 小学生のころから知っている歌だが、 「かへり見すれば」を誤って理解していたことに気がついた。 「見すれば」を動詞+助詞か動詞+助動詞+助詞と思っていたようである。 そうではなくて、 ちょっと考えてみればわかるように、「かへり見」+「すれば」なのであった。

テレビゲームの普及とともに「ミスる」という言い方も出てきたように思う。 「帰りミスれば」と思う小学生がいるかもしれない。

付) 歌の本文は斎藤茂吉「万葉秀歌 上巻」(岩波新書)によった。 佐佐木信綱「新訂 新訓 万葉集 上巻」(岩波文庫)では 「ひむかし」「かきろひ」と濁らない。

2005-01-13 (4) 23:54:08 +0900

きょうの補筆箇所

一つめのは月曜日に補筆した分です。 メモはしておいたのですが、 忘れていたのできょうの分と一緒にして載せました。

2005-01-13 (4) 03:01:17 +0900

朝日新聞「声」>「振り込め詐欺 / 名称に違和感」。やっぱり来ましたか

タイトル行の引用は、11日づけ朝日新聞大阪本社版オピニオン面「声」に載った、 ある短大教員の投書についている(おそらくは編集部のつけた)題名である。

私が 《「振り込め詐欺」は命令形+名詞 / 「降りこめ詐欺」と誤解されないか?》 に書いたのと同様に、これが命令形+名詞であることを指摘しているが、 《「振り込め」はどう見ても動詞の命令形だ。 これを詐欺の前に置くのは、言語学的に無理がある。 (中略) 動詞の命令形と名詞の組み合わせで複合語ができるなどという前例を作らないでもらいたい》 と言われると、 そういう例を探してみたくなる。 (そもそも、「言語学的に」には無理があるように思う。 一般に、言語によって複合語を作る際の規則は異なるからだ。 「日本語の性質からいって」ぐらいが適当ではあるまいか。)

「行け行けキャンペーン」は前に書いた。 似たパターンとして「歩け歩け運動」。 子ども向け番組に出てきた悪者の集団に「死ね死ね団」というのがあったような。 Google で調べてみたら「レインボーマン」らしい。 フランス語の rendez-vous は se rendre の命令法からきているんだろうか。 もしそうなら、英語の rendez-vous point もそのような例になるな。

この投書者は《広島県警が考案したという「なりすまし詐欺」》 を提案しているが、 オレオレ詐欺の特徴は、電話をかけて、 相手に“振り込まないと大変なことが起こる”とのパニックを起こさせて、 というところにある。ここがすっかり抜けてしまうのが欠点である。 単に「安徳天皇の子孫です」といって「なりすまし」、 お金を借りて逃げてしまうのとは違うわけだ。

付) 「振り込め詐欺」に感じる違和感は、 「振り込め」という命令形がほとんど使われないせいかもしれない。 「行け」「歩け」「死ね」は(それなりに)耳にする表現である。

2005-01-13 (4) 02:37:21 +0900

1月16日づけ朝日新聞大阪本社版オピニオン面に、 京都市の 38 歳の弁護士、江頭節子氏の反論 「振り込め詐欺 妥当な名称だ」が載った。 要点は 《名称の適否は「詐欺の電話を受けた人に、 それが詐欺だと気づかせられるかどうか」を第一に考えるべきだと思う》 である。

しかし、その観点に立つと、 完全に定着している「取り込み詐欺」もまずい名称だということになろう。 犯人は「取り込み」とは言わないからである。 また、犯人が「振り込め」と言ってくるのはいわゆる「振り込め詐欺」 だけとは限らない。 現に、 《朝日新聞>「振り込め詐欺の架空請求」って、オレオレ詐欺とは全く別物では》 のような混乱が起きている。

犯罪防止に適切かどうかを最重視して名称を決めよう、 という発想は理解できなくはないのだが、 名称というよりはキャンペーンという感じがする。 (この「キャンペーン」は本来の用法とはやや違うかも。)

付) 元の投書者名は伏せたが反論については伏せなかった。 これは、私の方針が変わったためで、他意はない。

2005-04-30 (6) 02:28:49 +0900

朝日新聞連載小説「讃歌」>「コーヒー一杯まで割り勘です

タイトル行の引用は11日づけ大阪本社版掲載の第 115 回から。 おそらく、実際には、割り勘ではなく「自分の飲食した分は自分で払っている」 の意味だと思われる。 本来の意味だとすると一杯のコーヒーを複数の人間で飲んだことになるだろうし、 喫茶店の代金を本当に割り勘にしたとしたら、 リベートを受け取っていないと主張する目的には合わないことになる。 より高価なものを飲食した側にお金が渡ったことになるのだから。

2005-01-13 (4) 02:22:10 +0900

『センター試験で「振り込め詐欺」?』ってただの詐欺では?

タイトル行の引用は12日づけ朝日新聞大阪本社版社会面の見出しから。

15、16日に実施される大学入試センター試験の問題を入手したとして、 問題と解答を販売すると書き込んだホームページが、 10日から11日にかけて、閲覧できるようになっていた》。 《振込先の銀行口座を二つ示した上で、 振り込み後にEメールで申し込むよう指示していた。 「入金を確認後、 問題を掲載した別のホームページのURLや解答を見るためのパスワードを教える」 としていた》。

「Eメール」は「電子メール」、 「URL」は「アドレス」などとするのが朝日の標準だったような気がするが、 それはさておき。

プロバイダが《「新手の振り込め詐欺の可能性がある」 として削除した》そうだが、 確かに銀行振込で金を取ろうとはしているものの、 いわゆる「振り込め詐欺」が “振り込まないと危害が及ぶかもしれない”と思わせるのとは全く異なる。

付) 《大学入試センターは掲載されていた写真を 「本物とは異なる」と注意を呼びかけている》とあるが、 これから行なう試験について、 「本物とは異なる」という形であったとしても、 何らかの情報を出してしまったことになる。 おそらく写真に写っているのは表紙程度であって、 全く妥当なのだとは思うけれど。 一方、何も発表しないのも、受験者の動揺を招くのでよくないと思う。 (もしも問題そのものが出てしまった場合、 「本物とは異なる」と発表するのは正しいだろうか?)

ところで、その写真に写っていたのはなんだったんだろう?  予備校のそっくり模試、というのが私の推理だが……。

2005-01-13 (4) 01:52:27 +0900

朝日新聞>「投函」だけでなく「玄関」「玄関先」も意味不明になってきた

12日づけ朝日新聞大阪本社版社会面 『政党ビラ配布 男性起訴 / 東京地検が住居侵入罪で / 弁護側「表現抹殺だ」』。 《朝日新聞>社説を書いた人は「投函」の意味がわかってないのではあるまいか》 と同じ事件だと思われる。

地検は「各戸の玄関まで立ち入ったことや反省がないことなどを考慮し、 違法性があると判断した」などと起訴した理由を説明している》。 「玄関まで」って、マンションの場合、どこまで?  私は、各戸の入り口のドアを開けた内側が玄関だと思うが、 錠のかかっていなかったドアを開けてはいり込んだのだろうか。

起訴状や調べによると(中略)ビラを各戸に配るため、 玄関先まで侵入したとされる》。 玄関先というのは玄関のドアの外側だろうか。

マンションの入り口には「チラシなどの投函は固く禁じます」 と記載した張り紙があった》とあり、 これ以外に「投函」の説明がないので、 「投函」を朝日新聞がどう理解しているかがわからない。

地検は「セキュリティーの高さを理由にマンションを購入する人も多い。 ピッキングなどの犯罪もあり、 知らない人が玄関先にいれば不安を感じるのも当たり前だ」とし》 とあり、さっきの「玄関」がここでは「玄関先」になっている。 (地検はマンションだからいけないのであってアパートならいい、 と言っているようにも読めるが、これはまた別の問題ということで。)

2005-01-13 (4) 01:28:26 +0900

そもそも特許でそんなに会社がもうかるのがおかしいという意見はないのか?

12日づけ朝日新聞大阪本社版トップ 「青色LED / 8.4億円支払いで和解」 「日亜と中村氏 / 一審から大幅減」。

社会面の記事。 中村教授は 《「日本では、もう技術者たちは仕事をする意欲がなくなるのではないか」 と失望を隠さなかった》。 終わりの部分では 《「これからは講演等を通じ、 理系を目指す人にはぜひ、実力が収入に反映される米国に来るよう勧めたい」 と述べている》。 理系イコール技術者ではないのだが。

社説。 《言われてみれば、官庁も大会社も、とかく文系出身者が羽振りを利かせてきた。 上下関係や組織論ばかりが優先する社会の軸を、 地道な研究を重ねる人々の側にもう少し移してはどうか》とあるが、 論理学や数学、理論物理学といった基礎科学の研究者は視野にはいっているだろうか。

2005-01-13 (4) 01:07:52 +0900

「バスク・ロック」という語があるのか……。バスク地方のロック音楽の意味

「バスクロック」といえばパソコン関連用語か、 お風呂の時計だと思っていたが、 もしかしてと思って google で検索してみたら。

2005-01-13 (4) 01:01:04 +0900

「らい病」は差別表現なのか?

南野法相がハンセン病を「らい病」と繰り返し言ったという件だが、 ある新聞社のページでは差別表現であると決めつけている。 患者が差別されていた時代に使われていた用語であることは確かだが、 差別用語なんだろうか。

2005-01-13 (4) 00:24:36 +0900

神々のたそがれ>グートルーネが最大の黒幕、という演出はどうかな?

もうだいぶ前だけど、 主要登場人物の中でただ一人生き残るグートルーネにスポットを当てた演出、 というのを聞いたことがある。 では、すべては彼女がしくんだことだった、という演出はどうだろうか。

第一幕のハーゲンの見張りの歌では、 物かげにかくれてハーゲンの様子を見て、 自分の思いのままにことが進んでいることを知り、ほくそえんでいる。

第二幕冒頭では、 立体映像の投影機のようなものを持って登場し、 アルベリヒの姿を映し出す。 ハーゲンと対話するアルベリヒは、 実はグートルーネの映し出した幻で、 語っているのはグートルーネという設定。 実際に歌うのはアルベリヒ役の歌手だが、 わきでグートルーネが全く同じように口を動かしている。

第三幕で、すべての事情を知って退く際に“夫”ジークフリートの遺体に近づき、 隙を見てジークフリートの指の指環をすりかえる。 よって、ブリュンヒルデがラインの乙女に返すのも、 ハーゲンが追っていってライン川に飛び込み命を落とすのも、 ラインの乙女が持ってうれしそうに舞うのもニセの指環である。 みんなは燃えさかるワルハラ城などを見て感動にひたっているが、 舞台の前面ではグートルーネが指環をはめた拳を威嚇するように突き出している。 ---

付) グートルーネの父親がアルベリヒでないことは、 ワーグナーの台本で明らかなんだっけ? ジークフリート第二幕で、 アルベリヒが少年時代のハーゲンを連れている演出があるそうだが、 代わりに少女を連れていて、それがのちのグートルーネ。 ハーゲンは、グートルーネの計略により、 自分はアルベリヒの息子だと信じ込んでいるだけ……。

付) 死んだジークフリートの腕が上がるのも、 グンターとハーゲンの争いにみんなが夢中になっている間にグートルーネがそっとひもをつけておき、 ころあいを見てひっぱったから、 とするとお笑いになってしまうだろうな。 あ、だったらそのときに指環をすりかえてしまえばいいんだ。 最後にもう一度ジークフリートの遺体に近づいてひもをはずす。 そうでないとブリュンヒルデに見つかってしまうから。

2005-01-12 (3) 18:30:37 +0900

「ジークフリート」第二幕に少女時代のグートルーネを出すとして、 第二場に移るところでグートルーネだけが少し遅れて引っ込むと、 ジークフリートと会ってしまう可能性もある。 そのうえで「神々のたそがれ」第一幕でジークフリートが忘却の魔酒を飲むと、 グートルーネのことも忘れてしまう? :-)

2005-01-14 (5) 01:32:51 +0900

「神々のたそがれ」を聞くようになってから三十年ほどになるが、 いまだにストーリーが完全には理解できない。 第二幕第五場でジークフリート殺害に賛成するグンターが 第三幕ではジークフリートを殺したハーゲンをなじるのはなぜか、 も謎の一つである。 これも、“グートルーネ黒幕説”に従い、 さらに「第二幕第五場のグンターはグートルーネだった」 とすればつじつまが合うのではあるまいか。

グートルーネはその前で退場するが、 その際、ジークフリートの腰のかくれかぶとを指しながら何か話している。 それは「それが兄グンターに化けるときに使ったかくれかぶとね。 ちょっと貸して頂戴」と言っていたのであり、 そのかくれかぶとでグンターに変身して現れたのだった。 幕切れでは本物のグンターとジークフリートが再登場し、 そこにかくれかぶとを脱いだグートルーネが合流する。---

そういうふうに舞台上で見せようと思ったら、 ジークフリートと一緒に舞台に現れるグンターには吹き替えを使い、 グンター役の歌手はグートルーネが化けているグンターから本物のグンターに “早変わり”すればよい。

2005-01-17 (1) 01:40:06 +0900

運ばれてきたジークフリートの遺体にすがるふりをして、 彼女は指環をすり替えるのだが、その際、 あるいはハーゲンとグンターが戦う間に、かくれかぶとをも盗み取ったらどうか。 死せるジークフリートの手が上がるのは、 かくれかぶとで姿を消したグートルーネの仕業である。

2009-12-21 (1) 00:52:43 +0900

ウルトラセブン>アンヌ隊員と薩摩次郎はその後どうなったのか?

最終回が近づくにつれ、 ダン隊員とアンヌ隊員が恋人どうしのように行動するシーンが増えてくる。 このあたりはウルトラマンのフジ・アキコ隊員とは違うんだな、 と子ども心にもはっきりわかったものだが、 最終回で、ダンは自分の正体を明かし、M78星雲へと帰ってゆく。

では、ウルトラセブンが地球人の姿に変身する際にモデルとした、 薩摩次郎はどうなったのだろうか。 「地底GO!GO!GO!」で、 ダン隊員との一人二役で演じられたあの坑夫である。 単にセブンがモデルとしただけだから、 ウルトラセブンが地球を去ったあとも、普通に生きていたであろう。 ダンを忘れられないアンヌは彼に近づいて、というようなことも想像されるのだが。

2005-01-12 (3) 18:18:51 +0900

薩摩次郎がダンのモデルであるということはダンだけが知っている事実であり、 アンヌは知らないという設定だったと思う。 だから、もしもそうなるとしたら、 アンヌがダンに似ていた薩摩次郎のことを何となく思い出して、 ということになろう。 念のため。

2005-01-17 (1) 01:44:19 +0900

ウルトラマン>その後ホシノ少年はどうなったのか?

なぜか科学特捜隊本部に出入りを許されていた唯一の少年である。 彼はその後、大きくなって科特隊入りしたかもしれないが、 そのときにはウルトラマンはすでに地球にはいないのである。 「ウルトラマンが助けにきてくれないんだったら、怪獣に勝てそうにないから、 科特隊にはいるのはやめる!」なんてことは言わないと思うが。

2005-01-12 (3) 18:18:08 +0900

回文>「中村屋にやらむかな」(なかむらやにやらむかな)

本文ナシ

2005-01-12 (3) 18:11:01 +0900

回文>「爺へ言え『永平寺』」(じいへいええいへいじ)

本文ナシ

2005-01-12 (3) 18:10:15 +0900

回文>「巣で入れ食う餌 / エウクレイデス」(すでいれくうえ…)

エウクレイデスは英語でいうユークリッド。 前半は釣りに関連していそうだが、自分でも書いてて意味がよくわからない。

2005-01-12 (3) 18:09:42 +0900

回文>「素手? 痛いです」(すでいたいです)

素手でつかめと言われたので、痛いですと言い返している。

2005-01-12 (3) 18:09:14 +0900

回文>「ケノビ、飛び退け」(けのびとびのけ)

オビワン・ケノビに飛び退くよう言っている。

2005-01-12 (3) 18:09:01 +0900

回文>「リモコン小森」「リモコン子守」(りもこんこもり)

前者は小森さんをリモコン代わりに使っている、の意。

2005-01-12 (3) 18:08:48 +0900

回文>「蚊帳開き、きらびやか」(かやびらききらびやか)

海開きやプール開きがあるんなら蚊帳開きがあってもいいんじゃないか。

2005-01-12 (3) 18:08:33 +0900

回文>「スウ、備前、ゼビウス」(すうびぜんぜびうす)

スウさんが備前の国でゼビウスをしたという意味だが、 かなり苦しい。

2005-01-12 (3) 18:08:18 +0900

回文>「すだれ出す」(すだれだす)

本文ナシ

2005-01-12 (3) 18:07:46 +0900

回文>「お忍びの塩」(おしのびのしお)

これをまくと、しばらくの間、レベルの低いモンスターは出現しなくなる。 なーんちゃって、「忍び足」と間違えてるやつ。>自分

2005-01-12 (3) 18:07:31 +0900

大貫隆「新約聖書ギリシア語入門」(岩波書店, 2004 年)を買った

出たのは 2004 年 12 月 21 日だが、私が入手したのは年が明けてからだった。

練習問題の模範解答が投げ込み付録になっているが、 そのことは本体には書かれていないようだ。

大学等での現在の年間の平均的な授業回数に合わせて、 24講に分けてある」 というのは、 十五回のうち中間試験と期末試験で二回がつぶれることを考えれば妥当であろう。

ギリシア文字のフォントがあまり見やすくない。TeX ではないし、 岩波全書の「ギリシア語入門(改訂版)」とも違う。

聖書諸文書の一覧表。 旧約諸文書がキリスト教会の聖書における順序になっているのは「70 人訳」 に従っているからか。 文書名は岩波版の聖書に従っているようだが、 「歴代誌上」「歴代誌下」「詩篇」でなく 「歴代志上」「歴代志下」「詩編」となっている。

θ、φ、χの発音のしかたがはっきりと書いてない。 アルファベット一覧の「発音」には th, ph, kh と書いてあり、 発音の節でそれぞれ歯音、唇音、口蓋音に属することも書いてあるが、 τ、π、κ を強い息を伴って発音するのか、 それとも英語の thin, fin, ドイツ語の ach のように発音するのか、 はっきりと書いてないのだ。 私が習った先生は、自分は古典ギリシア語では前者、 新約聖書ギリシア語では後者で発音すると言っておられた。 「文字と発音」の章の最後の、語末の短母音が省略される場合があることの説明の中に 「無声帯気音 φ」とあるので、 大貫先生は前者を考えておられることがわかる。

付) ギリシア語を学ぶときはギリシア語式に字母名を言っていたつもりだったが、 母音の長短がいい加減だったことに気づいた。 エプシーロン、イオータ、オミークロン、シーグマ、 ユープシーロンと延ばすのだった。 (ただし、iota subscriptum のときだけは延ばして読んでいたようだ。 「ギリシア語入門」に 《「下書きのイオータ」(lat. iota subscriptum) 》 とあるのが頭に残っていたのかも。 おっと、アクセントの位置も正しく覚えねば……。)

2005-01-11 (2) 01:04:21 +0900


すのもの Sunomono