花明月黯籠輕霧, 今宵好向郞邊去。 ![]() 手提金縷鞋。 畫堂南畔見, 一 ![]() ![]() 奴爲出來難, 敎君恣意憐。 ![]() |
花 明るく 月 黯くして 輕き霧 籠もり,
今宵 好し 郞(きみ)が邊(もと)に 向かひて去(ゆ)くに。
襪(たびはだし)にて 香階を歩み,
手には提ぐ 金縷の鞋(くつ)。
畫堂の 南畔に 見(まみ)え,
一(しばし) 人に
(よりそ)ひて 顫(ふる)ふ。
奴(わらは)は 出で來ること 難きが爲,
君をして 恣意(ほしいまま)に 憐(いと)ほしましむ。
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私感注釈
※菩薩蠻:詞牌の一。詳しくは下記「◎構成について」を参照。この作品は、国主であったころの金陵の宮殿で、(皇)后の妹と懇ろな関係になったその情景を歌ったものである。馬令の『南唐書』巻之六によると、「昭惠感疾,后常出入臥内,而昭惠未之知也。一日,因立帳前,昭惠驚曰:『妹在此耶?』后幼,未識嫌疑,即以實告曰:『既數日矣。』昭惠惡之,返臥不復顧。」(この文の部分の写真はこちら
。)(昭惠(皇)后)が病気になってから、(妹の)小周后は、常に宮中に出入して泊まっていったが、(姉の)昭惠后は、このことを知らなかった。ある日、帳(ベッドのカーテン)の前に(妹の小周が)立っていたので、昭惠后は驚いて、『妹よ、あなたは、ここにいたの?』と言った。小周后は幼くて、まだ、疑うということを知らなかったので、すぐに本当のことを言ってしまい、『もう数日になります。』と答えた。昭惠后は、これを憎み、寝返りを打って後ろを向いてしまい、二度と振り返らなかった。)とあり、李煜(この頃二十代後半)自身が昭惠(皇)后(二十代後半)の妹(小周:十二、三歳位になるか)と通じており、この歌のようなことがあったらしい。(下の画像はその記述のある半ページ後の部分)。小周との禁じられた愛情の歌は、この外『菩薩蠻』(蓬莱院閉天台女)
、『菩薩蠻』(銅簧韻脆鏘寒竹)
がある。極めて艶麗な歌ばかりである。君王の愉楽、ここに極まれりというところの過激な詞である。また、詞としての一つの特徴をよく表した詞でもある。文字の異同の極めて多い詞である。なお、南唐の宮中生活と周姉妹については、伊勢丘人先生
より多くの教示をいただいた。
※花明月黯籠輕霧:花が咲いている辺りは、明るく浮かび上がり、それにひきかえ、月がほの暗く感じられるほどに、薄い靄がたちこめている。 ・花明月黯:花が咲いている辺りは明るく感じられ、それにひきかえ月が暗く感じられる。夜の花の盛んなさまをいう。二百余年後の陸游の詩に「山重水複疑無路,柳暗花明又一村。」があり、似た意味で使われている。柳暗花明であって、花明柳暗ではないのは、平仄のため。花明柳暗は○○●●になる。 ・籠輕霧:薄い靄がたちこめている。
※今宵好向郞邊去:(夜霧がたちこめているので、)今宵は(いとしい)あの方(男性)のいる所に行くのにちょうどよい。 ・今宵:こよい。「今朝」とするのもある。「今朝」の場合は、今日の意味で使っていることになるが、詞全体から見れば、苦しい。「今宵」、「今朝」、「今暁」など、発音が似かよっている。 ・好向:…に…のに ちょうどよい。好:白話としては、(その動作が)…に都合がよい。…し易い。虚字(用言)の前に付き、…し易い。結果が満足であることを表す。詞語としては、ちゃんと。気を付けて。
・向:…に。…へ。…に向かって。後に〔名詞+動詞〕がきて、動作の向かう方向を表す。 *夜霧がたちこめているので、愛しい人の許へこっそりとしのんで行くのに都合がよい、ということ。 ・郞邊:(いとしい)あの人のいる所。 ・郎:詞では、愛しいあの人。夫や情人などを指す。 ・去:(白話)行く。
※襪歩香階:(足音を立てないために、くつを脱いで)たび裸足になって、宮殿の(石の)きざはしを歩んでいった。 ・
襪:足袋はだし 。くつを穿かないで、(この詞の情景では、くつを手に持って)靴下のまま、石造りの階段を歩いていくこと。石畳で音を立てないように、足音を忍ばせて密会場所へ行くためである。馬令の『南唐書』巻之六(下の画像)にこの一節「
襪歩香階,手提金縷鞋」(「□(襪)歩香
,手提金縷鞋」と文字の形が多少異なっているが。)が見受けられる。蛇足になるが、『南唐書』は宋代の馬令が著したものの外に、陸游も同名の書を著している。このページで述べているのは、馬令のもの。なお、『南唐書』は、二十四史には入っていない。二十四史は、華北の中原王朝をそれに数えており、『舊五代史』巻一百三十四僭僞列傳第一
に僅かに南唐の事が載せられ、『新五代史』巻六十二南唐世家
で、李煜のことに触れているのみである。
・
:(旧戯曲)ただの、はだかの。=chan4。 (古白話)いちずに、ひたすら。=chan3。ここは前者の義。 ・襪:くつした。足袋。 ・歩:(たびはだしで)あゆむ。出や下とするのもある。 ・香階:麗しいきざはし。 ・香:見事な。立派な。麗しい。階を形容する語。他によく見かけるものでは、芳-、金-、瓊-、玉-、繍-、紅-など盛りだくさんある。平仄と語調、イメージの差異で選択していく。
※手提金縷鞋:手に金糸の縫い取りのあるくつをぶらさげて持って。 ・手提:手に持つ。 ・提:(手にぶらさげて)持つ。 ・金縷鞋:金糸の縫い取りのあるくつ。 ・金縷:金糸の縫い取り。 ・鞋:〔かい(あい);xie2〕くつ。短ぐつ。なお、「靴」〔くゎ;xue1〕はブーツ。匈奴の穿いたくつをいう。
※畫堂南畔見:美しく彩られた建物の南側で(しのび)会った。 ・畫堂:色が塗られた(美しい)建物。美しい建物。 ・畫:色がついている。色とりどりの。これも前記の香の類と同じく、後の堂を形容する。 ・畔:そば。ほとり。 ・見:あう。
※一人顫:しばし、人(男性=李煜)にしがみついて、震えていた。 ・一
:(白話)しばし。一向とするのもあるが、その場合は、ひたすら、になる。 ・
人:人によりそう。 ・
:(白話)よりそう。しがみつく。 ・顫:(白話)(ぶるぶる)ふるえる。
※奴爲出來難:わたしは(姉の昭恵后の目があるので)出て来ることが難しいので。 ・奴:(旧時白話)女性のへりくだった自称。わたくしめ。ここでは、昭惠后の妹の小周(后)になる。 ・爲:ために。 ・出來難:出て来ることが難しい。
※敎君恣意憐:あなたさま(男性=李煜)にほしいままに愛撫させる(のです)。 ・敎君:あなたに…させる。君をして…しむ。 ・教:使役の働きを持つ語。古語では、平声。
・君:あなた。男性を指している。ここでは、作者の李煜になる。 ・恣意憐:恣意:ほしいままに。 ・憐:愛する。かわいがる。いつくしむ。
◎ 構成について
双調。四十四字。二句毎の全句換韻。韻式は「aaBB ccDD」。韻脚「霧去」は第四部去声、「階鞋」は第五部平声、「見顫」は第七部去声、「難憐」は第七部平声。
2001. 5. 1 5. 2 5. 3完 5. 4補 5. 6 7.22 2002. 8.24 2004. 4.15 4.16 4.23 2007.10.11 |
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