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沈吟放撥插絃中,
整頓衣裳起斂容。
自言本是京城女,
家在蝦蟆陵下住。
十三學得琵琶成,
名屬教坊第一部。
曲罷曾教善才伏,
妝成毎被秋娘妬。
五陵少年爭纏頭,
一曲紅不知數。
鈿頭雲篦撃節碎,
血色羅裙翻酒汚。
今年歡笑復明年,
秋月春風等閒度。
弟走從軍阿姨死,
暮去朝來顏色故。
門前冷落鞍馬稀,
老大嫁作商人婦。
商人重利輕別離,
前月浮梁買茶去。
去來江口守空船,
遶船明月江水寒。
夜深忽夢少年事,
夢啼妝涙紅闌干。
琵琶行 三
沈吟して 撥を 放ちて 絃中に 插(さしはさ)み,
衣裳を 整頓して 起ちて容(かたち)を斂(をさ)む。
自(みづか)ら 言ふ 本(もと) 是れ 京城の女,
家は 蝦蟆陵下に 在りて 住む。
十三に 琵琶を 學び得て 成り,
名は 教坊の 第一部に 屬す。
曲 罷(をは)りては 曾(かつ)て 善才をして 伏さしめ,
妝 成りては 毎(つね)に 秋娘に妬(ねた)まる。
五陵の 少年 爭ひて 纏頭し,
一曲に 紅は 數 知れず。
鈿頭の 雲篦は 節を撃ちて 碎け,
血色の 羅裙は 酒を翻(ひるがへ)して 汚(けが)る。
今年の 歡笑 復た 明年,
秋月 春風 等閒に 度(す)ぐ。
弟は走りて 軍に從ひて 阿姨は 死し,
暮 去り 朝(あした) 來りて 顏色 故(ふ)る。
門前 冷落して 鞍馬 稀(まれ)に,
老大 嫁して 商人の婦(つま)と 作(な)る。
商人は 利を重んじて 別離を 輕んじ,
前月 浮梁に 茶を買ひに 去る。
江口に 去來して 空船を 守り,
船を 遶(めぐ)る 名月に 江水 寒し。
夜 深くして 忽ち夢むは 少年の事,
夢に啼けば 妝涙 紅 闌干たり。
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◎ 私感註釈
※これは、第三の部分。換韻されてはいるものの、作品本来にはこの区分はない。
※沈吟放撥插絃中:沈吟してバチを止めて、絃の中に挿しこんで。 ・沈吟:微かに口ずさむ。思いに沈む。ぐずぐずして決まらない。沈吟する。 ・放:(演奏から)解放する。自由にする。(していることを)やめる。はなす。口語では、「置く」の意が大きいが、そうとれば、「插絃中」と矛盾する。 ・撥:バチ。
※整頓衣裳起斂容:衣裳を整えて起って容(かたち)を斂(おさ)め。 ・起:たつ。 ・斂容:衣裳を整える。
※自言本是京城女:自ら言うことには、本々は帝都の者であるとのことだ。 ・自言:自分から言い出す。 ・本是:本来。もともと。 ・京城:帝都。みやこ。
※家在蝦蟆陵下住:住居は、蝦蟆陵の下にあって、そこに住んでいる。・家在:住居は…にある。 ・蝦蟆陵:長安中心地の東南数キロの地点、曲江にある。漢の董仲舒のものといわれる。 ・下:…のもと。 ・住:すむ。かの地は、妓女が多く集まり住んだという。
※十三學得琵琶成:十三歳の時には、琵琶は一流のモノとなり。 *「十三學得…成」ということは、十三歳で練達成就したということであって、習い始めの年齢をいうのではない。 ・學得:モノにする。成就する。身につける。 ・成:成就する。成功する。一流のモノとなる。
※名屬教坊第一部:その名は、教坊のトップグループに屬した。 ・名屬:名は…に属している。名簿では…に属している。 ・教坊:歌舞を教えるところ。 ・第一部:トップグループ。
※曲罷曾教善才伏:曲の演奏が終わった後に、かつてはお師匠さんを感服させたこともあった。 ・罷:終わる。 ・曾:いままでに…したことがある。 ・教:(…に…を)…させた。 (…をして)…しむ。 ・善才:唐代の琵琶の名手。転じて琵琶の名人。師匠。検校。 ・伏:感服する。
※妝成毎被秋娘妬:化粧してドレスアップした後(美しすぎて)、いつも杜秋娘に妬まれた。 ・妝成:美しく装いしあげる。 ・毎被:(…する)たびごとに、(いつも)……(ら)れる。 ・秋娘:杜秋娘のこと。名妓の名。金縷曲(勸君莫惜金縷衣)で有名。 ・妬:ねたむ。
※五陵少年爭纏頭:長安郊外の五陵(に住む豊かな)若者は、競って心付けをした。・五陵少年:長安郊外豊かな地域に住む貴公子。 ・爭:競う。 ・纏頭:(芸人などに与える)心付け。「はな」。踊り子が頭に飾った彩布。
※一曲紅不知數:一曲終わる毎の紅い
の心付けは、数が知れないほど(多かった)。 ・
:〔せう;xiao1〕きぎぬ。ここでは
頭で、頭に飾るはちまき状の飾りが転じた、心付けのこと。 ・不知數:多くて数が分からない。無数。
※鈿頭雲篦撃節碎:螺鈿のコウガイを打って、拍子をとっていたので、(コウガイが)碎けてしまった。 ・鈿頭雲篦:螺鈿の飾りのあるコウガイ。 ・撃節:拍子を打つ。リズムをとる。 ・碎:くだける。
※血色羅裙翻酒汚:血の色をしたうすぎぬのスカートは、酒をこぼした汚れがある(ほど、歓楽の日々を過ごしていた)。 ・血色:殷色。 ・羅裙:うすぎぬのスカート。 ・翻酒:酒をこぼす。言葉のイメージからすると、酒壷や酒杯をひっくりかえしてこぼすことになる。・汚:けがす。よごす。
※今年歡笑復明年:今年の歓楽の日々は、翌年も続いた。 ・今年:その年。当年。ことし。 ・歡笑:喜び笑う。・復:また、ふたたび。歓楽の日々が長く続いたようすをいう。 ・明年:翌年。来年。
※秋月春風等閒度:秋の月や春の風と各季節の風物を眺めている内に、(年月は過ぎ去ってしまい、)いい加減に過ごしてしまった。 ・秋月春風:秋の月に春の風といった、各季節の風物を眺めている内に年月は過ぎ去ったことをいう。 ・等閒:物事をいいかげんにすること。なおざり。 ・度:すごす。すぎる。
※弟走從軍阿姨死:(そうこうしているうちに)肉親の弟は、從軍して、阿姨は死んでしまった。 *身寄りがいなくなったことをいう。 ・弟:おとうと。 ・走:ゆく。でかける。 ・從軍:従軍する。 ・阿姨:おば。ここでは、肉親の叔母ではなくて、琵琶を弾く妓女たちのやりて。妓女たちを監督する女性をいう。蛇足になるが、現代語で“阿姨”は、自分の母親クラスの年配の女性に対する愛称、呼びかけとして、普通に用いられている。「おばさん」。
※暮去朝來顏色故:月日が過ぎ去って行き、容色が衰えてしまった。・暮去朝來:夕暮れが去ってゆき、翌日の朝がやってくる。日々が過ぎてゆく。 ・顏色:顔色。容色。色。 ・故:ふるびてしまう。
※門前冷落鞍馬稀:(かつて訪問客が並んだ)門の前は、おちぶれて寂しげになって、馬に乗った上客は稀になった。 ・門前:(訪問客が並んだ)門の前。 ・冷落:おちぶれる。 ・鞍馬:馬に乗った来客。クラに跨った来客。 *相応の身分や財産のある男性の客になる。 ・稀:まれになった。
※老大嫁作商人婦:としが長けて嫁入りをして、商人の妻となった。 ・老大:としが長ける。 ・嫁:よめいりする。 ・作:…となる。 ・商人:あきんど。商人。ここでは、陽湖一帯の水系~長江の水利を活用した物流に従事していることが、容易に想像される。 ・婦:つま。
※商人重利輕別離:このモチ-フは、婉約詞で大いに活かされて、本サイトの作品でもしばしば使われている。商人は、情誼よりも利益を重視して、離別して、別れて住むことを厭わない。 ・重利:情誼よりも利益を重視する。ビジネスを重視する。 ・輕別離:離別して、別れて住むことを厭わない。
※前月浮梁買茶去:先月に浮梁へ茶を買い出しに出かけていった。 ・前月:先月。 ・浮梁:〔ふりゃう;fu2liang2〕現在の江西省景徳鎮の東北部。茶の名産地。九江からは、陽湖を通って、昌江を八十キロほど溯ったところになる。 ・買茶去:茶を買い(出し)に行く。 ・去:行く。
※去來江口守空船:川辺を行き来して、独り寝の日を送っている。 ・去來:行ってより。行った後。「-來」は、添えている辞。 ・江口:序にある浦口になる。 ・守空船:独り寝を維持している。 ・空船:空閨のこと。件の女性は船上生活をしているのが分かる。
※遶船月明江水寒:月明かりに舟をめぐらせば、川の水は寒々としている。。或いは、女性の住んでいる船をめぐる月明かりの川の水は寒々としている。ここは「遶船明月江水寒」ともする。その場合、明月が女性の舟をめぐるの意になる。 *独り暮らしからくる寂寥感が、一層寒々としたものとしている。 ・遶船:女性の住んでいる船をめぐって。・遶:めぐる。めぐらす。 ・月明:月明かり。 ・江水寒:川の水は寒々としている。
※夜深忽夢少年事:夜が深けると、すぐに若かった時の事柄を夢に見る。 ・夜深:夜がふける。 ・忽夢:たちまち夢をみる。 ・少年事:若い時の事がら。
※夢啼妝涙紅闌干:夢の中で泣けば、実際にも涙が出て、お化粧のした上をとどめなく流れてくる。 ・夢啼:夢の中で声に出して涙を流して啼けば。 ・妝涙:化粧した顔を流れる涙。 ・紅闌干:紅く(頬紅の色に染まった)涙が次々に出てくる。 ・闌干:涙が多く出るさま。
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2001.12.16 2003.11.24 12.17 2004. 3.17 4.12 |
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