韓公本意築三城,
擬絶天驕拔漢旌。
豈謂盡煩回紇馬,
翻然遠救朔方兵。
胡來不覺潼關隘,
龍起猶聞晉水淸。
獨使至尊憂社稷,
諸君何以答升平。
******
諸將
韓公の本意 三城を 築くは,
天驕(てんけう)の 漢旌(かんせい)を拔くを 絶たんと 擬(ほっ)すればなり。
豈(あ)に謂(おも)はんや 盡(ことごと)く 回紇(くゎいこつ)の馬を煩(わづら)はし,
翻然(ほんぜん)として 遠く 朔方(さくはう)の兵を 救はんとは。
胡 來(きた)りて 潼關(とうくゎん)の隘(せま)きを覺えず,
龍 起こりて 猶(な)ほ 晉水(しんすゐ)の淸きを聞く。
獨(ひと)り 至尊(しそん)をして 社稷(しゃしょく)を憂(うれ)へしめれば,
諸君 何を以てか 升平(しょうへい)に答へん。
◎ 私感註釈 *****************
※杜甫:盛唐の詩人。712年(先天元年)~770年(大暦五年)。字は子美。居処によって、少陵と号する。工部員外郎という官職から、工部と呼ぶ。晩唐の杜牧に対して、老杜と呼ぶ。さらに後世、詩聖と称える。鞏県(現・河南省)の人。官に志すが容れられず、安禄山の乱やその後の諸乱に遭って、流浪の生涯を送った。そのため、詩風は時期によって複雑な感情を込めた悲痛な社会描写のものになる。
※諸将:諸将軍。命を受けて軍を統帥して、外征や衛戍の指揮統率をする者たち。諸将軍や節度使たち。辺疆防衛のためにおかれた軍団の長たち。作者は安史の乱に遭い、大唐の軍部の不甲斐なさを歎いてこの詩を作った。ここでは、異民族と漢民族の抗争史に基づいた描写があるが、ここで両者の関係を略述すると、次のようになる。
・秦 ・匈奴 ・前漢 ・匈奴 ・後漢 ・東匈奴
・西匈奴
・鮮卑・三国 ・鮮卑
・匈奴
・羌(チベット?)
・(チベット?)
・五胡十六国 ・宋 ・北魏(鮮卑)
・柔然・唐 ・東突厥
・西突厥
・突厥
・ウイグル(回)
・吐蕃(チベット)
・キルギス・五代 ・遼(契丹)
・吐蕃(チベット)
・女真
・モンゴル・宋 ・遼(契丹)
・西夏(大夏)
・吐蕃(チベット)・南宋 ・金(女真)
・西夏(大夏)
・吐蕃(チベット)・元(モンゴル) ・明 ・韃靼(タタール)
・烏斯蔵(チベット)・清(満洲=女真)
杜甫は、各異民族を区別して論ずるよりも、漢民族対異民族とのスタンスで詠う。
※韓公本意築三城:韓国公である張仁愿が三つの(匈奴の降服を受け入れるための)受降城を築いた本来の意味は(匈奴の来寇を根絶やしにしようと思ったことにある)。 ・韓公:韓国公のことで、ここでは、韓国公である張仁愿のことになる。後出の三つの(匈奴の降服を受け入れるための)受降城を築いた(再興した)。後世、李益は『夜上受降城聞笛』で「囘樂峯前沙似雪,受降城外月如霜。不知何處吹蘆管,一夜征人盡望郷。」と詠う。 ・本意:本来の意味。本来の意志。まことの意味。 ・三城:三つの受降城。漢・武帝の時、匈奴の降服を受け入れるために塞外に築いた城塞。その後、唐代になって、張仁愿が唐の時代に突厥の攻撃を防ぐため河北に再興したもの。ここでは後者のことを指す。張仁愿が三つの受降城を築いたことを謂う。現・内モンゴル自治区包頭西北の黄河沿岸にある。
※擬絶天驕拔漢旌:(西北方の異民族の)匈奴が漢民族の領域を侵して漢の旗印を引き抜く事態を根絶しようと思ったからである。 ・擬絶:根絶しようと思った。絶たせようとした。 ・擬:〔ぎ;ni3●〕…しようとする。…しようと思う。ほっする。 ・天驕:〔てんけう;tian1jiao1○○〕天の驕れる者。匈奴。西北方の異民族。漢代、凶奴の単于(君主)が天之驕子、つまり、天の驕れる子と称したことから、後に、北方の一部非漢民族の君主をこう称した。驕虜。 ・拔:抜き取る。占領する。項羽の『垓下歌』に「力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何。」
とある。 ・漢旌:漢民族の国家、領土の旗印。漢民族の象徴である旗標。漢民族の国家である唐を擬える。白居易の『長恨歌』では「漢皇重色思傾國,御宇多年求不得。楊家有女初長成,養在深閨人未識。」
と詠う。 ・旌:〔せい;jing1○〕はた。
※豈謂盡煩回紇馬:思いがけなくも、ウイグル人の軍馬に労をすっかりおかけしてしまい。 ・豈謂:どうして推し量れたであろうか。予想外にも。思いがけなくも。あにはからんや。「豈謂」の語以降の部分「盡煩回馬,翻然遠救朔方兵」が予想外であるということ。 ・謂:〔ゐ;wei4●〕思う。考える。また、(意味を述べて)いう。ここは、前者の意。 ・盡:ことごとく。「煩」にかかる。 ・煩:〔はん;fan2○〕わずらわす。めんどうをかける。つかれさせる。(…の)手をわずらわせる。ここでは胡人系(突厥人との混血)である安禄山の乱を平定するのに、漢民族の力ではなくてウイグル人の力を借りたことをいう。 ・回紇:〔くゎいこつ;Hui2he2〕ウィグル人。ウイグル民族。現・新疆ウィグル自治区等に居住する中央アジア北方の大民族で、この詩で詠われた当時、隆盛を極めて、漠北(モンゴル)一帯を支配し、西域と中原とを窺った。 ・馬:軍馬。軍兵。軍勢。軍隊を謂う。
※翻然遠救朔方兵:反対に、我が唐の北方軍のために、遠路救援に(駆けつけてもらった)。 *唐朝は安禄山の乱を鎮圧するために、異民族であるウイグル人に援助を要請した。本来、異民族制圧のためにあった唐朝節度使の朔方軍が、逆に異民族である回(ウイグル)人の軍によって、救援され、安禄山・史思明反乱軍を鎮圧してもらったという、皮肉、唐政府軍の不甲斐なさを謂う。夷を以て夷に当たらしめた手法に疑問を投げかけている。 ・翻然:〔ほんぜん;fan1ran2○○〕却って反対に。ひるがえるさま。心ががらりと変わるさま。 ・遠救:(異民族である回
の軍兵が)遠くから(我が唐朝の異民族制圧のためにある朔方の兵)を救いに来る。 ・朔方兵:(匈奴の征討と衛戍の為の)駐屯兵。漢代、武帝が匈奴を討って今の内蒙古(内モンゴル)自治区の鄂爾多斯(オルドス)の地に置いた駐屯部隊。 ・朔:〔さく;shuo4●〕北の方。北。地名で、鄂爾多斯(オルドス)地方。朔北。六朝(南朝)宋・鮑照の『代出自薊北門行』に「羽檄起邊亭,烽火入咸陽。徴騎屯廣武,分兵救朔方。嚴秋筋竿勁,虜陣精且彊。天子按劍怒,使者遙相望。鴈行縁石徑,魚貫度飛梁。簫鼓流漢思,旌甲被胡霜。疾風衝塞起,沙礫自飄揚。馬毛縮如蝟,角弓不可張。時危見臣節,世亂識忠良。投躯報明主,身死爲國殤。」
とある。
※胡來不覺潼關隘:安禄山の叛乱軍が来た時には、潼関は、狭いものとは感じられなかった。胡の叛乱軍が来た時は、あっという間に潼関は陥されてしまった。 ・胡來:安禄山の叛乱軍が来た時、の意。安禄山は配下に多くの胡人がいたために「胡」といわれた。『舊唐書』では「賊」と表す。 ・胡:えびす。(西方の)異民族。ここでは、安禄山軍。安禄山は、突厥のソグド人系統に生まれたことと、その配下に多くの胡人がいたことによる。 ・潼關:〔とうくゎん;Tong2guan1○○〕現・陝西省の東端にある関所の名。洛陽から長安に至る通路の要害。陝西省の東端で、南下する黄河が華山に衝って東に流れを変える地点である華山の北側の絶壁にある要害の地。北に渭水、南に華山の絶壁、東に黄河を控えた要衝。(『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)京畿道 関内道(40-41ページ)にある。 ・隘:せまい。道が険しくて狭い所。険隘。要害の地を謂う。
※龍起猶聞晉水清:わが皇祖(皇帝陛下の祖宗である高祖李淵が挙兵した所である太原の町を流れる)晋水は清らかで(外夷に穢されていない)。 ・龍起:唐王朝の高祖李淵の挙兵をいう。 ・龍:天子の譬喩。 ・猶:〔いう;you2○〕なお。それでも。まだ。やはり。なお…ごとし。また、すら。さえ。ここは、前者の意。 ・聞:聞こえてくる。 ・晉水:〔しんすゐ;Jin4shui3●●〕太原を流れる川で、唐の高祖李淵が挙兵した太原を指す。 ・清:清らかである。澄んでいて、外夷に穢されていないことを謂う。蛇足になるが、逆に外夷に穢された場合は「腥」「」「羶」と表現する。南宋の豪放詞
に多用される。
※獨使至尊憂社稷:ひとり天子にだけ憂国の思いをさせて(いるようだが)。 ・獨:ひとり(だけ)。 ・使:…に…をさせる。…をして…しむ。国語(日本語)の未然形、連用形は「しめ」。 ・至尊:天子を指す。最も高貴な存在である(人)。この上なく尊い(人)。 ・憂:心配する。憂える。ここでは、(国の行く末を)心配する。(国を)憂える。 ・社稷:〔しゃしょく;she4ji4●●〕祖国、国家をいう。天子が宮殿の右に祀った国家の尊崇する神霊。国家の最も重要な守り神。土地神(=社)と五穀の神(=稷)のこと。宗廟に対置される。日本では後世、藤田東湖に『和文天祥正氣歌』に「天地正大氣,粹然鍾神州。秀爲不二嶽,巍巍聳千秋。注爲大瀛水,洋洋環八洲。發爲萬朶櫻,衆芳難與儔。…中郞嘗用之,宗社磐石安。」と使う。
※諸君何以答升平:諸将軍たちよ、どのようにして平和を願う(陛下の御心に)お答えしようとしているのか。 *乱に対して、ウイグル民族に依存して、積極的な対応策が講じられなかった将軍たちの無能ぶりを批判している。 ・諸君:〔しょくん;zhu1jun1○○〕節度使を始めとした諸将軍たちよ。 *ここでは、詩題の「諸将」のことになる。 ・何以:どうして。どのようにして。何をもって。 ・答:(天子の御心に)お答えする。 *「答」は、(問いを受けて)返事をする。 ・升平:〔しょうへい;sheng1ping2○○〕平和の世。太平に至ろうとする上り坂の平和の世。太平。
◎ 構成について
韻式は「AAAAA」。韻脚は「城旌兵淸平」で、平水韻下平八庚。次の平仄はこの作品のもの。
○○●●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
●●●○○●●,
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
○●○○●●○。(韻)
●●●○○●●,
○○○●●○○。(韻)
2006.3.15 3.16 3.17 3.18 2009.9. 3完 2021.2.19補 |
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